次の段階の話し合い
「盗難品っていったい何が盗まれたんだ?」
「実はそれを依頼側が教えてくれなくて・・・こうして当日訪れた方のところに聞き込みをしてその割り出しもしようかと・・・まぁあの場所から盗まれるものなんてほぼ確定してるようなものでしょうけど」
「ふぅん・・・まぁ魔術師にとって大事なものを盗まれたってこともあるだろうしな。隠しておきたいのは無理もない話だろう」
あの場所というのがどこかをまだ康太は言っていない。相手がそれでぼろを出してくれたらまだ助かるのだがさすがにそこまで間抜けではないようだ。
ここはもう少し踏み込んだほうがいいだろうかと思いながら康太がメモを取っていると、後ろに控えていた文が少し前に出る。
「それでお聞きしたいのは、当日、妙な動きをしていた者はいませんでしたか?それこそ妙にこそこそしてるというか、挙動不審というかそんな感じの奴」
「そうはいってもな・・・俺も俺で自分のことに集中してたし、ほかの奴のことなんて見てもいないぞ?悪いが力にはなれないと思うが・・・」
こちらから情報を出さない限りは相手からついうっかり情報を漏らすということはなさそうだった。
なかなかに面倒な奴だなと思いながら康太と文は仕方ないと考えながら一瞬顔を合わせて小さくため息をつく。
「そうですか・・・ありがとうございました。じゃあ最後に一つだけお聞きしてもいいですか?」
「なんだ?」
「残りのお二人の居場所について教えてほしいんです」
一瞬、ほんのわずかな一瞬ではあるが相手が身を強張らせたのに康太と文は気づくことができた。
間違いない。どうやら康太たちが考えていた通り、今回の事件は三人が連携して犯行を行ったのだ。
そしてもう二人の居場所をこの男は知っている。
「二人・・・ってのは誰のことだ?」
「いいえ、もう十分です。あとは別の形でしっかりとお話をさせてもらいますから」
先ほどまでのような話し合い重視の受け答えとは打って変わって、康太はその雰囲気を完全に変えていた。
目の前に立っている魔術師からすれば一種の恐怖すら覚えただろう、先ほどまでただの聞き込み程度にしか思っていなかった相手が急に変貌しだしたのだから。
もしこの魔術師が目の前にいる魔術師のことを『ブライトビー』だと認識できていたのであれば、最初から最大限の警戒に加え先制攻撃をするくらいの余裕はあったかもしれない。
だがもう遅い、康太と文は確信してしまった。
この目の前にいる人物こそが魔導書を盗んだ実行犯の一人であると。
「何をするつもりだ・・・?」
「今言ったとおりです。お話をさせてもらうだけですよ。俺たちが知りたいことをしっかりと話してもらいます」
先ほどまでの穏やかな口調でありながら、その声には謎の圧力がある。
警戒しろ、警戒しろ、警戒しろ。
魔術師の中にある何かが目の前にいる康太に対して強く警鐘を鳴らし続けている。
先ほどまでのただ話を聞きに来たという穏やかな声を持つ魔術師とは全く別、まるで違う生き物に変貌したかのような康太のその変化に魔術師はわずかにたじろいでいた。
そして自らのうちから湧き出る警戒心と、ほんのわずかに抱いた恐怖に退避しようとした瞬間、康太はすでに行動していた。
相手との距離を詰め、まずは拘束しようとその体を掴もうと手を伸ばしていた。
だがさすがに相手も魔術師、自らに近づこうとする相手に対して何の対策も持っていないというわけではない。
康太の腕を払うとその足を思い切り振り切った。康太はその蹴りを完全に見切って回避するが、その瞬間康太の体に強い風が襲い掛かる。
康太の体を吹き飛ばすとまでは至らなかったが、その接近を止め、なおかつ数メートルの距離をとることには成功している。
自身が起こした風を増幅するという魔術だろうか。風属性という意味では康太や文との相性は比較的にいいように思える。
「何のつもりだ・・・!お前ら何者だ!?」
「その質問に意味はあるのか?いいからとっとと質問に答えろ。残り二人はいったいどこにいる?」
温厚な仮面を捨てて本性を現したかのようなその口調の変化に文は若干あきれながらも、この二面性を簡単に出すことができる康太に少しだけ感心していた。
小百合が常に凶暴な性格をしているのに対し、真理はほぼ常に温厚な性格をしている。身内を傷つけられたりするとその本性がほんのわずかに垣間見えるが、基本はその本性を隠している。
康太の場合は戦闘状態に移行するとその本性、というか攻撃的な一面が見えてくる。
その切り替えの早さと唐突さは、すぐ近くで見ている文でさえもついていけないほどだ。
康太の中にスイッチでもあるかのように、それが押されると即座に康太は変貌する。
雰囲気も、動作も、そして表情さえも一変し、一般人に近かった性格は魔術師デブリス・クラリスの弟子のそれへと変わる。
魔術師としての攻撃性と一般人としての平凡性。その両面を持つのが康太の特徴なのだ。
文は康太のその様子を後ろから眺めながら康太のフォローをしようと魔術を発動しようとする。
この男を捕らえ情報が得られれば何かわかるかもしれないのだ。ここは失敗できないと意気込んでいた。




