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ポンコツ魔術師の凶運  作者: 池金啓太
十六話「本の中に収められた闇」

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魔導書の技術

アリスとの報酬の交渉を終えたところで、文は次の話題に入っていた。


いや、次の話題というよりは今回の話の本題というべきだろうか。報酬の話題の前にまずそちらを話すべきだったかなと文は微妙に後悔しているが、煎餅を口にくわえながら今回の事件の事情を説明していた。


「ふむ・・・魔導書の持ち出しか・・・いや盗難というべきか。どっちにしろフミの言うように私が使うものと同種の魔術を扱うものがいても不思議はないな」


「でしょ?そういうわけもあって同行してほしいわけよ」


「・・・だが現状を聞く限り、コータが見つけた裏口からのルートを使った可能性が高いな。少なくとも物的証拠が残っているのであればなおさら」


「証拠といっても本の糊みたいなのと紙の切れ端が残ってただけだけどな。まったく別の・・・それこそフェイクの可能性もあるし、あるいはまったく別の理由で落ちたって可能性もあるし」


本の搬入は主に出入り口から行われるといっていた。あの裏口から出し入れされるのはあくまで出入り口を通すことができない大きな家具の類だけだ。


そのためあの場に本に関する何かが残っている時点でおかしいのである。それが犯人側の思惑なのか、それともただ単にミスして証拠を残していったのかは判断に迷うところでもある。


「まぁ一応の備えだと思っておいて。あとは私たちが至らないところがあったら指導するみたいな感じでいてくれればいいわ」


「私はお前たちの師匠ではないのだがな・・・まぁいいだろう。向上心のある若者の願いを無碍にするのはいささか気が引ける」


見た目的にはアリスも結構、というか康太たち以上に若く見えるのだが、彼女の実年齢を考えるとこの言葉に妙に重さが宿る。


人類皆年下という状況になれているのは伊達ではない。こうした康太たちの提案にも多少思うところはあっても最終的には納得できる答えを出してくれるのだから。


「一応確認しておくが、私は今回の件に主にかかわることはしないぞ?やるのはあくまでお前たちの指導だ。いいな?」


「もちろんよ。今回のことは私たちで解決するつもりだもの。さっそくだけど明日さっき話した建物を調べようと思うからついてきてくれる?」


「・・・むぅ・・・明日は見たい番組があったのだが・・・仕方あるまい」


テレビ番組によってその日の行動を決めるようになってきた当たり、本当に日本の娯楽に毒されてきているなと康太は眉を顰める。


状況的に仕方がないとはいえ、アリスを日本に連れてきたのは少し失敗だったかなと今更ながら過去の自分の行動が間違っていた可能性を感じながら康太は複雑な表情をする。


「とはいえ魔導書の盗難か・・・いつの時代もそういうことをする人間はいるのだな」


「あぁ、やっぱり昔からこういう輩はいるのね」


「むしろ昔のほうがひどかったように思うぞ?今のように管理している人間がある程度いて、警備などもしっかりしているのと違い昔は無造作に置いてあったり、適当に保管しているなどよくあったことだ。魔術師同士のコミュニティは少なかったが、だからこそ勝手な行動がしやすかった」


今は魔術師協会という大きな組織がある程度の魔術師を管理しているからこそ、多少迷惑な行動をとる魔術師は淘汰されたり罰せられたりする。


そのせいもあって法に背く行動はある程度容認される部分もあるが度が過ぎたり、ほかの魔術師に目をつけられたり、あるいは一般人に対して行き過ぎた行動をすれば魔術協会が直々に対処することになる。


だが昔、特に魔術協会がまだそこまで大きな組織ではなかったころはそういうことがほぼ横行していたのだろう。


止めるものがいなければ当然そういった行動を起こす者も多くなる。今よりも昔のほうが目に見えない暗い部分は多かったことだろう。


こういった事件は何も珍しいことではないのだ。


「だが三冊か・・・盗まれたものが三冊ということは何か目的があって盗んだということになるの」


「そうなのよね・・・あらかじめ盗む本を厳選したって考えるべきだし・・・というか盗む必要性があったってことだもんね」


「聞く限り、閲覧ができる状況であるならその魔術を覚えることも可能なはずだ。なのにそれをせず『本を盗む』という選択をした・・・ということはつまり」


「魔術を覚えるのが目的じゃないってことだな・・・とすればどこか遠くにいる人間にその魔導書を渡したり売ったりするのが目的・・・ってところか?」


あの図書館は魔導書を保管し管理している。そしてあの図書館に入館を許可されたものはあの場の本であれば閲覧は許可されている。


だというのにあの場から持ち出そうとしたということは、あの場に入ることを許可されなかった誰かのために盗んだ可能性が高い。


そんなことをする意味があるのだろうかと康太は疑問だった。魔導書に関しての知識がかけているせいでその判断が正確にできなかった。


「俺さ、魔導書って春奈さんのところのをよく見てるけど、普通に術式を記載されたものじゃないのか?術式解析を使って読み解けば誰でも読めるんだろ?」


「まぁそうね。基本は紙切れ一枚でも術式が書かれていたら魔導書になるわ」


「じゃあなんで自分でその場で書き写したりしなかったんだ?そのほうが盗むよりもリスク低いだろうに・・・」


康太の言い分は間違ってない。何度か通い詰めてその場で魔術を覚え、その魔術を自分で書き写せば盗む必要性はなくなってくる。


魔術を覚える時、小百合や奏などが術式の記された紙を康太に渡しているように、紙に書き写せば余計な手間はかからずに済んだはずなのだ。


盗む手間と書き写す手間、どちらのほうが上かと言われれば盗むほうが面倒だし何より後々面倒なことになる可能性は高い。


「あー・・・そっか、康太はそのあたり知らなかったわね」


「というか、おそらく人にものを教えたことのあるものでないとわからんと思うぞ。あれは実際にやってみて初めて分かるものだ」


文とアリスの物言いに康太は首をかしげてしまっていた。自分は何かおかしなことを言ったのだろうかと少しだけ場違いのような感じがしてしまう。


「康太、あんたも方陣術の技術を結構身に着けてきたからわかると思うけど、魔導書の技術は基本的に方陣術の技術を応用してるのよ」


「それはわかる。だから一般人にも見えないようにしてるんだろ?そうしないと意味がないからって」


物に術式を刻み込む。これは方陣術の基本だ。そこに魔力を流し込むことで魔術を発動できるのが方陣術であり、その技術を使って他者に魔術の術式を伝えることができるのが魔導書である。


つまり魔導書とは方陣術の塊といってもいいのだ。


「で、ここで問題なんだけど、普通に使う方陣術と誰かに教える方陣術だといろいろと勝手が違ってくるのよ」


「違ってくるってのは・・・具体的には?」


「そうね・・・方陣術はぶっちゃけ自分が使えれば問題ないって感じでしょ?でも魔導書は相手に伝えることを考えなきゃいけない。この違いはないようでかなり大きいのよ」


「要するに、自分だけが理解できるメモ書きと、他者に理解させるために作った教科書のようなものだ。同じ文章でもあらかじめの知識などがない分書き記す量もその伝達方法もかなり違ってくる」


アリスのたとえに康太は納得していた。康太も自分で書いたノートなどでは自分だけにわかるような、自分にはわかりやすいような表記などをする場合が多い。


だがそれを他人に伝えるとなるとかなり難しい。事前の知識も何もない状態で一からものを教えるということだ。


普通に使うだけなら自分に使いやすい形で自分なりにアレンジするが、魔術を教えるとなるとそういったアレンジなどは一切なく『原形』を記述しなければいけない。


この違いは大きい。特にただの方陣術でさえ苦労している康太にとっては手が出せないように思えた。


「じゃあ師匠とかが割と簡単にやってる術式の伝達とか、術式を書いた紙とかって結構高等技術なんだな」


「そうよ?少なくとも一朝一夕で身につくような技術ではないわね。ていうかそうか、そういうことも基本的に教わってないのね・・・」


「俺が師匠から教わってるのは破壊に関係することばっかりだぞ。それ以外のことって教わったことないような気がする・・・」


「あの人はそれが得意だからね・・・いやまぁ仕方がないのはわかってるんだけど・・・もうちょっと常識的なことを教えたほうがいいんじゃ・・・」


「あの人にそういうのを求めるの事態が間違いだって。いい加減学べよ」


小百合は魔術師としては優秀だ。真理や康太、神加の師匠としても教えるべきことはしっかりと教えている。


もっともそれらのほとんどが戦闘にかかわる技術ばかりで、それ以外に関する技術や知識は全くと言っていいほど教えられていないのが現実だ。


康太のようにまだ魔術師になって日が浅い人間にとって、小百合の施す教育は戦うという行動に対しては非常に適切でレベルの高いものだろう。


だが逆に、一般的な魔術師の常識などはほとんどが欠如してしまっているのだ。本来知っているべきこと、知っていて然るべき『当然のこと』を康太は多く知らないのである。


何せ知らなくても今まで何とかなってきたし、そもそもそれを教える人間が身近に兄弟子である真理以外いないのだ。


真理も常に康太にものを教えられるわけではない。何を知っていて何を知らないのか、そして何を知りたいのかわからないのでは教えようがない。


康太の境遇に改めて同情しながら、文はとりあえず魔導書作成の難しさを教えることにした。


「ついでに言うと、普通の方陣術っていろいろ条件を付けたりするでしょ?魔導書にはそういった条件も付けちゃダメなのよ。純粋に術式だけを書かなきゃいけないから」


「それってそんなに難しいのか?」


「やってみればわかるわ。無意識のうちに術式に条件を付けちゃうと思うから。だから魔導書っていうのは実は高等技術の塊なのよ。これを作れる人間て結構少ないはずよ?」


師匠なんかは簡単にやってるけどなぁと康太は眉を顰める。実際に小百合はそれをさも当然のように行っているが、実際にそれができないものも多いのだ。


とはいえ方陣術の基礎の部分を学び始めた康太にとってそんなことを理解しろというのがまず無理な話だ。


足し算もできない人間に微分積分の難しさを説くようなものである。


「じゃあ師匠とかは俺が思ってるよりずっとすごい魔術師なのか?」


「すごい魔術師ってのは同意するわ・・・まぁ万人にわかりやすい魔導書をかくのと特定の人物にさえわかるようにするのとはまた別だけどね」


「・・・?またよくわからなくなったぞ?どういうことだ?」


どう説明すればいいのかなと文とアリスは康太と神加を見比べた後で悩み始める。


実際どのようにこのことを説明すればいいのか、どう説明すればわかりやすいのか二人としても悩ましいところなのだろう。


学校の先生はこういう風にものを教えているのだなということをしみじみと感じる。事前知識がない人間にものを教えるということがどれだけ大変なのかを理解し、文は頭をひねって康太への説明の内容を考えていた。



「そうね・・・例えばあんたが覚えた術式、これをもとに説明していきましょうか・・・あんたは今まで分解、再現、蓄積っていう順に魔術を覚えていったわよね?」


「あぁそうだな。基本的に無属性がメインで覚えていった」


「そういう風に覚えていた魔術の知識はすでにあんたの中にあるのよ。具体的に言えばあんたの中には無属性、念動力タイプの魔術の知識がすでにあるの」


そうなのかと康太は首をかしげている。本人に知識があるといわれてもそれを認識することは難しい。


覚えていること、知っていることをすべて列挙しろと言われても難しいのと同じように、自分の中にある知識を正確に把握するのは誰にでもできることではないのだ。


「小百合さんの場合、あんたに紙伝達で魔術を教えたのは少なくとも視覚に目覚めた夏以降でしょ?それまでにあんたが覚えた魔術の知識があれば覚えやすいように多少簡単な術式にしてあると思うわ」


「・・・なる・・・ほど・・・?」


康太はうまく理解できていないが、これを算数や数学などの参考書に置き換えるとわかりやすいかもしれない。


康太は最初小百合に足し算や引き算に近い分解や再現の魔術を学び、ある程度基礎ができてから少々難易度の高い、いわゆる掛け算や割り算などのレベルの上がった魔術を覚えていったのと同じことだ。


基礎を知っていれば伝達する内容も少なくなる。もし分解などの魔術を知らなかったらそういった基礎の部分、足し算から教えていかなければいけなくなる。


その部分を省くことができている分、かなり省略された伝達方法であるのは間違いない。


「・・・要するに、本当の魔導書を作るほどの苦労はしていないだろうってことよ。本当の魔導書をあの人が作ることができるかどうかは私もわからないわ」


文の言う本当の魔導書というのは誰が見ても、それこそ魔術の事前知識がなくとも読み解くことができる万人のための魔導書のことだ。


小百合が康太のために作るような、無属性の知識があらかじめある人間のために作られたものはあくまで個人から個人への伝達用の魔導書もどきというべきだろう。


本当の魔導書があのような本一冊に収められているのは、万人に伝達するために必要な情報すべてを記載しているのが原因でもあるのかもしれない。


今度春奈のところにある魔導書を注意深く読んでみようかなと康太は考えていた。ただ解析するだけではなく、そういったところにも目を向けることができればまた何か見つけることができるだろう。


「とにかく話を要約すると、あの場所から直接魔導書をコピーするのが難しいから直接盗み出したってことだな?」


「そうね。誰に渡す、あるいは売るためだったのかは知らないけど・・・あるいは盗んだ本人たちも知らないのかもしれないわね」


「また厄介なことになりそうだな・・・まぁ協会から直接盗むよりはずっと簡単なのか・・・?お前のところは平気なのかよ」


「うちの場合ほとんど出入りを禁止してるからね。ていうか私たちのところに魔導書があるってそんなに知られてるのかしら?」


「あぁそうか・・・今回みたいに狙ったものがないんじゃ無理やり侵入しても無駄骨になる可能性が高いもんな」


今回の盗難は盗まれた魔導書の種類の少なさから、あらかじめ盗む本を決めていた可能性が高い。


康太たちが訪れた図書館のように認められてしまえば出入り自体はできる場所と違い、春奈の修業場は基本的に出入りが禁止されている。


特に春奈本人の許可がない限り怪しい人間は入ることどころか近づくこともできないだろう。


康太や倉敷、そしてアリスは文の関係者として入ることができているが、それ以外の人間は入ることはまずできないのだ。


そのため今回のように特定の魔導書だけを手に入れたいような連中にとって春奈の魔導書コレクションは狙いにくいものなのだろう。


「仮に誰かに渡すために盗んだとして・・・受け渡しとか考えるとなるべく早く動きたいよな・・・早くしないと盗まれた本がどこかのだれかに・・・」


「そうは言うけど手がかりが少なすぎるってのが現状ね・・・明日は支部長に件の魔術師たちを呼び出してもらって、準備ができたら順次お話し合い。それまではあの建物を調べることに終始しましょう。アリスもそれでいい?」


「構わんぞ。それにどうせ私の意見はあまり参考にならん。現場を見ているお前たちのほうが良い意見が出せるだろうて」


アリスはあくまで現場の話を康太たちから聞いただけ。実際に現場を見てみないとわからないことというのは多々存在する。


アリスといえど話を聞いただけですべてを理解できるとは思っていないようだった。記憶を直接読めば話は別だが、そこまでするつもりはないようだった。


「それじゃ明日の方針は決まったわね。ちょっと面倒になりそうだけど」


「フミよ、報酬の件を忘れるなよ?必ず一日空けられるようにしておくのだぞ?」


「わかってるわよ、頼んでおいて今更約束を反故にはしないわ。っていうかあんた生放送初めてならいろいろ練習しておいたほうがいいんじゃないの?いろいろ機材のセッティングとかあるんでしょ?」


「む・・・それもそうだな・・・よし今から少し放送してみるか。やってみないとわからないこともあるからの」


そういってアリスはゲーム機を準備していく。生放送の道具よりも先にゲーム機を用意する当たり、アリスがどのような考えを持っているのかが手に取るようにわかってしまう。


「康太、あんたはアリスを見張ってて、変なことしないようにね」


「了解。とりあえず顔を直接映すようなことはさせないようにしておくよ。声ならセーフだろ?」


「声がぎりぎりね。あとは神加ちゃんにも気を配っておいてね。あの子が映っちゃうと面倒なことになりかねないから」


「オーライだ。そのあたりは任せておけって」


康太だって文が言わんとしていることは理解できている。神加の立場が微妙だということも、アリスの存在そのものも、露見すると面倒になるのは間違いない。


康太はとりあえずアリスや神加と一緒に生放送を楽しむふりをして二人の動向を監視し続けた。


誤字報告を十件受けたので三回分投稿


これからもお楽しみいただければ幸いです

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