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ポンコツ魔術師の凶運  作者: 池金啓太
十六話「本の中に収められた闇」
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暖房器具

康太と文が一度調査を切り上げて小百合の店に戻ると、店のちゃぶ台で茶をすすりながらパソコンを眺めている小百合の姿が目に入る。


いつもの光景だなと思いながら店の中に入ると、奥のほうから神加が康太たちが帰ったのに気付いたのか駆け寄ってきた。


「お兄ちゃん、お帰り」


「ただいま。今日は疲れてないのか?」


「うん、頑張って起きてた」


普段なら小百合は神加の体力の限界まで訓練をさせるところなのだろうが、何の心境の変化か神加にある程度の体力を維持させたようだった。


どういった目的があるのかは不明だが、こうして起きている神加に会うとやはり心が洗われるようである。


康太は自分が連れていたウィルを神加に返すと、神加は勢いをつけてウィルの上に乗りいつもの状態になって見せる。


「こんにちは神加ちゃん、ウィルの上ってどんな感じなの?」


「こんにちは。お姉ちゃんも乗ってみる?」


神加の誘いに文は恐る恐るウィルの上に乗ろうとする。神加ならその体格的に余裕で乗れるのだが、文は自分の体格的に乗ることができるだろうかと不安になっていた。


神加が乗っている状態で彼女を抱え上げるようにしてウィルの上に乗ると、ウィルは若干震えながらも二人の体重を支えて先ほどよりもゆっくりと移動を始める。


おそらく二人を同時に乗せるのはなかなかつらいのだろう。ウィルのものを持ち上げたりする力にも限界はあるということだ。


さすがに人二人は限界だろうなと察したのか、文は神加に礼を言ってウィルの上から降りる。すると神加はいつも通りスライムナイト状態になって悠々と地下のほうへと降りて行った。


この状態ではない神加のほうが落ち着かないくらいだが、あのように懐いているのはきっと良いことなのだろうと自分に言い聞かせながら康太は師匠である小百合のほうを向く。


「にしてもどうして修業を緩めたんです?師匠ならその気になれば倒れるまでしごくとかやったでしょうに」


「ん・・・そろそろ少しずつ覚醒している時間を増やしていたほうがいいと思ってな。これからあいつは小学校に通うことになるんだ。今のように起きている間に徹底的に体力を削るやり方では日常に溶け込めない」


「・・・師匠もそういうこと考えるんですね・・・意外です・・・」


「私をだれだと思っている。これでもお前の師匠だぞ」


だからこそですよと康太は魔術師装束を片づけながら明らかに警戒した目で小百合を見つめている。


小百合のような自由奔放で傍若無人を絵にかいたような人間が今後の神加のことを考えて修業の方針を変えているとは思わなかった。


神加の精神が壊れかけているほうが修業がはかどっていいというようなニュアンスのことを言っていた人間とは思えないほどに気の利いた変更である。


確かに今のように起きている状態で常に魔術の修業を行い、無駄なことを考える暇がないほどに魔術の修業させるというのは彼女の精神状態を鑑みれば別段おかしなことであるわけではない。


多少神加がかわいそうではあるが、神加の精神が崩壊するのを防ぐためには仕方がないことでもあるのは事実である。


だがそれも長くは続かないのだ。何せ彼女はこれから小学校という社会の第一歩を踏み出さなければならない。


今のように常に動いて常に別のことを考えていられるわけではないのだ。無駄な時間もあれば無駄な考え事をすることもあるだろう。


そうした時間を徐々に増やしていって、精神的に不安定な部分を少しずつ減らしていこうというのが小百合の考えなのだろう。


「そういえば師匠、姉さんは?」


「あいつは今日別件で来られん。何か用でもあったのか?」


「まぁちょっとだけ。聞きたいことがあった程度ですよ。それならアリスは?」


「いつも通りだ。何か妙なものを先ほど買ってきていたが・・・」


そういって小百合は渋い顔をする。また自分の倉庫の中に妙な空間が出来上がるのだと考えると頭が痛いようだった。


「あー・・・どうやらばっちり準備してるみたいだぞ?どうするよ」


「どうするもこうするもないわ、少しでも楽になるように交渉するわよ。それじゃ小百合さんお邪魔します」


「あぁ・・・話を聞く限り何か取引でもしたのか?」


「えぇ・・・その、ちょっと面倒ごとがありまして」


その面倒ごとというのは依頼関係のことなのだが依頼そのものではなく、アリスの提示してきた条件そのものなのだが小百合はそのことを知らないためにほどほどに頑張れというしかなかった。


よもや協力の報酬に生放送への出演を依頼されるとは思っていなかっただけに文もどのように交渉すればいいのか結局答えが出なかった。


「とりあえずアリスのところに行くか、いつも通りなら地下ですよね?」


「あぁ、そろそろあの場所をもう少し片づけるように言っておけ。少々目につくようになってきた」


小百合としてはあの趣味全開な場所は目に毒なのだろう。もう少し何とかしてほしいと康太から遠回しに注意させるつもりのようだった。


別に気にする必要はないのだがと康太は思ってしまうが、家主としてはあのような環境があることそのものが気がかりなのだろう。


店主というのはこういうことも考えるのだなと康太は珍しい師匠の一面に目を白黒させていた。


「アリスー、ちょっといい?」


康太と文が地下に降りて言ってアリスを呼ぶと、遠くのほうからアリスの返事が聞こえてくる。


「今手が離せん、こっちに来てくれるか」


魔術による遠くからの音の伝達ではなく、直接大声を出して返事をしたアリスに康太と文は顔を見合わせて首をかしげていた。


魔術を使うのを惜しむほど忙しいのか、それともそれだけ集中しているのか、康太と文はとりあえずいつもアリスがいる場所に向かい彼女の姿を探すことにした。


その場所にたどり着くと二人は同時に眉間にしわを寄せる。


その場所はいつも通り、いや、いつも以上に散らかっている。そしてその印象を強めているのはアリスが小百合から借りている区画のほぼ真ん中に少し大きめのテーブルである。


そしてそのテーブルがただのテーブルではないことは康太も文も理解できていた。何せそのテーブルから毛布のようなものが出ているのだ。


それがこたつであると気付くのに時間は必要なかった。そしてその炬燵布団の一角からアリスの持つ金色の髪が見える。


「おいアリス、お前これどうしたんだよ」


「どうしたも何も、買ってきたのだ。いやはや日本の文明とはすばらしいの・・・これは魔性の家具だ、こうなってしまっては出られん」


アリスは自分の首までを炬燵の中に収めて寝っ転がっている。炬燵の最終形態とまで言える状態になっているアリスに、小百合がなぜ渋い顔をしていたのかを理解して康太はため息をつく。


「ていうかお前よくこんなもの運んだな・・・ていうかもうこんなに周辺散らかしてるのかよ・・・」


「仕方がないだろう、こうなってしまってはこれから出られないのだ。手が届く場所でしか行動できないのだから」


そういいながらアリスは近くにある棚から漫画を一冊取り出す。だがその取り出し方は当然魔術だ。念動力によってさも当然のように漫画を取り出して近くに積み上げていく。


炬燵の上には煎餅と熱いお茶が用意されている。ここまでだらけた空間を作り出しているあたりアリスがどれだけ日本で遊びたいのかがわかる。


康太は炬燵の周りを観察して少し違和感を覚える。炬燵の長さとアリスが首まで炬燵布団に埋まっているのはいいのだが、その反対側から足が少し飛び出しているのだ。


普段のアリスの身長と縮尺からしてこの場所から彼女の足が伸びているのはおかしいなと康太は足の側へと回り込む。


「ていうかちょっと待て・・・お前の体ここまで長くないだろ・・・誰の足だ?」


そういって康太が足を掴んで強引に引っ張ると、炬燵から現れたのは先ほど下に降りて行った神加だった。


どうやら炬燵の魔力に引き込まれたのはアリスだけではなかったようだ。


「神加・・・炬燵にこんな潜り方すると苦しいだろ」


「あったかくて気持ちいい」


「・・・まぁ最近寒くなってきたからな」


そういって康太は神加を座らせると自分も炬燵の一角に座り込む。足を入れてみるとどうだろう、ゆっくりと足先に熱が伝わる。


気温も下がってきて冷えがちな足先を炬燵の熱気がゆっくりと温めてくれるのがよくわかる。


これは確かに出られなくなる。何百年生きた魔術師でも、日本人が生み出した堕落人間量産兵器には勝てないようだった。


「ちょっと康太、あんたまで何やってんのよ。片づけさせるんじゃなかったの?」


「いや文、これは片づけちゃいけないだろ。日本の美だ、風情だ、こういうものを楽しめないといっぱしの日本人とは言えないぞ」


「然り、ほれフミも恥ずかしがらずに入ってくるがよい」


アリスが手を少し動かすと文の体が宙に浮き、無理やりに近い形で文の体は炬燵の中に吸い込まれていく。


ご丁寧に文が座るとすぐに熱いお茶と煎餅が目の前にスタンバイされていた。


「炬燵に煎餅に熱い茶、これぞ日本の冬景色よ」


「俺的にはミカンが鉄板だと思うんだけどな。今度買っておくか」


「・・・まぁあったかいのは否定しないけどさ・・・」


「なんだ、文は炬燵嫌いか?」


「嫌いってことはないわよ?ただこのまま寝ちゃいそうなのよね・・・それだと風邪ひきそうじゃない?」


「それはあるかもな。神加、寝ないように気をつけろよ?」


「うん、大丈夫」


神加は机の上にある煎餅を口に運びながら炬燵の温かさを堪能しているようだった。


炬燵の魔力というのは抗いがたい。日本人が作り出した魔性の暖房器具というだけあってその効力はすさまじい。


何を話しに来たのか一瞬忘れるほどの効果に、文はすぐさま気分を切り替えて煎餅をかみ砕くと念動力の魔術を使ってアリスを強引に座らせる。


「アリス、話があってきたのよ、ちょっと話を聞きなさい」


「んー・・・せっかくいい気分だったものを・・・仕方がない」


アリスが何か合図をするといつの間に現れたのだろうか、ウィルが彼女の体にまとわりつき座椅子のようになる。


いつの間にあんなことができるようになったのかと、康太はウィルの成長に驚きながらも何かクッションのようなものがないかと探し始めていた。


土曜日なので二回分投稿


これからもお楽しみいただければ幸いです

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