魔導書図書館
支部長から知らされた魔導書図書館の場所は位置で言えば千葉県に位置している。
千葉県の内陸部の住宅街にその場所はあった。住宅街の中にありながら周りの建物よりずっと大きく、一瞬廃墟と見間違うような周囲の雰囲気とはミスマッチなつくりをした洋館のような建物。それが今回の依頼の場所のようだった。
「これって人住んでるのか?」
「住んでないでしょうね・・・ぱっと見てみたけど人の気配はほとんどないわ・・・地下には何人かいるけど」
「地下・・・そこが図書館ってことかね?」
「そうなんじゃない?向こうもこっちに気付いてるみたいだから反応を待つ?」
「いや、時間が惜しいからさっさと行こう。鍵開け頼むぞ」
どんどん先に進んでいく康太を横目に文はため息をつきながら建物にかけられているカギを一つ一つ外していく。
そして康太たちが許可もなく勝手に入ってこようとしていることから、地下にいる魔術師たちは何事かと地上へと上がって康太たちの様子をうかがおうとしていた。
だがあいにく康太はそんな様子見に付き合うつもりは毛頭なかった。
自身も索敵を発動して相手が魔術師であることとその位置を把握すると、遠隔動作の魔術を発動してその人物の首根っこを掴み強引に物陰から引きずり出す。
「な、なんだお前ら!不法侵入だぞ!」
聞こえてきたのは若い声だった。自分たちと同じか、おそらく少し年下くらいだろうか。身長自体もそこまで高くはない。声変わり前だろうか、少し高めではあるが男の声だということがわかる。彼が中学生の魔術師だろうと判断した康太は文を引き連れて彼に近づいていく。
「そっちが言えた義理かよ、支部長の依頼を受けてきた。さっさと現場に案内してくれると助かるんだけど」
「え・・・?早くね?だって館長は昨日話をしたばっかりだって・・・」
「それだけ支部長が気をまわしてくれたってことだよ、それくらい察しろ。依頼書もあるからそっちのトップと話をさせてくれ。まずはそれからだ」
康太はあらかじめもらっておいた支部長からの依頼書を幼い魔術師に見せる。すると彼も康太たちが支部長の依頼を受けてやってきた者たちであるということを信じたのかついてくるように言いながら建物の内部へと歩を進めていく。
康太たちが外見で判断したのと同じように、この建物は荒れ放題になってしまっていた。
だがつくり自体はかなり頑丈になっているようで少なくともどこかに穴が開いているとかそういうことはなさそうだった。
家具などが壊れていたりカーペットが一部はがれていたりといろいろと目立つところもあるが、肝心の建物としての強度が損なわれているわけではない。
廃墟になってどの程度の時間が経過したのかは康太はわからないが、なるほどこの広さならばかなりの人数が拠点として利用していても不思議はない。
「ここから下に降りられる。館長は下で他の仲間と本のチェックをしてる」
壊れた家具の間にその階段はあった。隠される形で存在する階段は明らかにもともと用意されていたものではないように思える。
おそらく後付けで作られたものなのだろう。廊下の突き当りにあるその階段はかなり下まで続いているのか暗くてその先を見渡すことはできなかった。
「館長・・・それがこのグループのトップの役職なの?」
「そうだ。ここは図書館だ。だからトップも館長がいいだろうって・・・」
魔導書図書館。グループとしてどのような活動をしているのかは知らないがこのような若い魔術師もしっかりと役職で呼び合っていることから統制が取れているチームであることがわかる。
統制が取れていなければ魔導書の管理などはできないかと今更ながら思いながら康太と文は魔術で明かりを作りながら図書館に向かうための階段を下りていく。
下に行けば行くほどに、その匂いが強くなってきた。
古本のにおいとでもいえばいいだろうか、紙が酸化した時に出る独特の香りだ。それに加えてカビか何かの若干の不快なにおいも漂っている。
どちらも多くの古い本を扱う場所ではよくある匂いだ。
換気はしっかりと行われているらしい、エアコンなどないだろうにどのように空調を効かせているのか気になるところではあるが、今はその疑問は置いておこうと康太たちがその場にたどり着くとそこには春奈の修業場よりも数があるのではないかと思われるほどの魔導書の数々が並んでいた。
本棚の上にさらに本棚を重ね、すべてが整理整頓されている。まるでパズルのように種類の違う本を組み合わせる形で少しでも多くの本を保管しようという試みがあるのが見て取れる。
本をとるために必要な梯子に加え、本を管理するための帳簿のようなものも数多く存在していた。本当に本を管理するためのものであることがうかがえる場所だった。
「すごいな・・・これ全部魔導書か・・・?」
「そうだ、俺たちはこれを保管、管理してる。暇な奴らはほかの場所から新しい魔術を覚えてきて適当な本に書き記したりしてるんだ」
「それだとどんどん魔導書が増えていくことになるわね・・・よくここまで増やしたものだわ・・・」
「その分管理が大変になるけど、でも恩恵もある。ここにいれば覚えられない魔術はあんまりないからな」
このグループに参加すると魔導書を管理するという義務が発生する代わりに魔導書に記してある術式は覚え放題ということだ。
それは確かに大きな恩恵といえるだろう。かつて倉敷のような精霊術師が魔導書を読めないということを聞いている康太からすれば、術式を読み解けるということがどれだけ術者にとって重要であるかは理解できる。
「館長、支部長から依頼受けた魔術師が来ましたよ」
「おぉ来ましたか。お待ちしていました。この図書館の館長をしています、ヘイランズと申します。すいません、魔術師装束も身に着けず・・・」
「いえ、それはこちらも同じことです。図書館がこのような場所にあるとは思わず・・・一応持ってきてはいるのですが・・・」
時間を優先したために魔術師装束を身に着けることよりも優先してこの場所にやってきたために康太と文は魔術師装束を身に着けていない。
そしてこの場にいるおそらく魔術師たちも康太たちと同じように魔術師装束を身に着けていないのだ。
魔力を内包しているということで魔術師であるということは確定的なのだが、これが彼らのスタンスなのだろうかと少し気になりながらも康太と文は話を先に進めることにした。
「申し遅れました、私はライリーベル、そしてこっちのはブライトビーです。支部長の依頼を受けてここにやってきました」
「あぁ・・・君たちが噂の・・・特にブライトビーに関してはいろいろな話を聞いていましたからもっと大男なのかと思っていましたが、結構スマートなんですね」
「これでもちょっと筋肉ついて太くなったんですけどね。噂の中にはちょっと大げさなものも多いですし」
相手が非常に丁寧な言葉を使っているということもあって康太も非常に丁寧な対応を心掛けていた。
ペーシングという話術の一つだ。相手の口調に合わせてこちらも口調を変えることで相手からの警戒度を下げることができる。
といってもある程度社会的な立場のある人間であればたいていは敬語を使うのであまり意味はないのかもしれないが。
「それで盗まれた魔導書についてなんですけど・・・」
「はい、現在こちらでも確認中です。それと現場保存という意味も含めて紛失が発覚してからは部外者は一人も入れていません」
「ありがたいです現段階で盗まれたもののリストはありますか?その場所が分かればさっそく調査を始めますが」
「一応今のところ確定している盗難物は三点です。他のものについては現在急いで確認中でして」
そういってヘイランズはその三つの魔導書に関する簡単な説明と、どの場所に置いてあったかが書かれている紙を渡してくれる。
康太と文はその紙に書かれた地図と簡単な説明文を見てこの場所と現在位置を把握しようとしていた。
「・・・この図書館は貸し出しもしているんですか?」
「えぇ、もともとこの中に入れる魔術師は限られています。信用できる人間だけを入れ、貸し出すのはさらに限定されてはいますが」
その言葉に康太と文はなるほどなと小さくうなずく。この図書館が貸し出しをしていないというのであれば確認はそこまで時間はかからなかっただろう。その場からなくなっている本を記載すればいいだけだ。
だが貸し出しをしているとなるとそこからなくなっている本が貸し出している本なのかそれとも盗難されたものなのかを確認する必要がある。
しかもこれだけの蔵書量だ。一日で確認できる数にも限りがあるだろう。
「ちなみにこの図書館・・・皆さんのグループは全員で何人いるんですか?今動いてるだけでも結構な人数がいるみたいですけど・・・」
現在康太の魔術で確認できているだけで十五人の魔術師が動き回っている。それぞれが本のチェックをしているのだろう、バインダー片手にせわしなくチェックをつけているのがわかる。
「非番の人間と私も含めて五十七人です。グループの中ではそれなりの規模であると自負していますよ」
五十七人。グループの規模としてはそれなりの数である。少なくともこれだけの規模のグループに遭遇するのはなかなかないことだ。
康太は以前誘われた魔術師グループの規模はどれくらいだったかなと思い出しながらとりあえず現在わかっている盗まれた魔導書の位置を確認すると眉をひそめていた。
「完全に場所はバラバラですね・・・これだと本当に計画的に盗んだという可能性も出てきますね・・・」
「いくつか伺いたいのですが、まずこの図書館の警備体制はどうなっていますか?これだけの数だとやはり勝手に持ち出したりだとかが横行しそうですけど・・・」
「はい、その可能性を加味して普段から出入り口に二人から三人は常に見張っているようにしているんです。貸し出しをする人間はカードをもってその見張りに告げ、そのカードを持っていない人間が本を持っていたら止められるように」
要するにこの図書館では勝手に本を持っていくということは難しいということだ。当然不可能ではない。二人から三人の魔術師が気づけないように本を持っていれば問題なく盗むことができるということになる。
だがおそらくその監視につく魔術師はそれなりに腕の立つものだろう。万が一の時は本の奪取を止めなければならないのだ。
そして本を持っているかどうか感知するための索敵系の技術も高く持っているだろう。
さすがにこれだけの魔導書を持っているということもあって警備体制に関してはだいぶ気を使っているようだ。
それくらいしておかないと魔導書を簡単に持っていけるような状況になってしまう。
逆に言えばこれだけの警備を敷いていても三冊の魔導書が盗まれたのだ。相手がそれだけ技術を持っていたということなのか、それとも何かしらの特性をもって盗めるような状況を作ったのか。現段階では判断できなかった。
「ヘイランズさん、盗まれた当日にこの図書館を利用した魔術師の名前はわかりますか?それがわかれば調査も楽になるんですけど」
「はい、来館された方はすべて帳簿をつけていますのでわかりますよ。ですが来館された人の場合、常にチェックしていますから盗めるとは・・・」
「確認のためですよ。それと当日出入り口を固めていた人はいますか?その人がどれくらいの実力を持っているのかも確認したいです」
文がどんどんと話を進めていく中、康太は盗まれた魔導書についての説明を読んでいた。
一つ目は変質の魔術だ。以前神加の起源のことを話した時に知識だけはあったがまさかこの場でそれを見ることになるとは思っていなかった。
この魔導書が変質できるものは電気らしい。電気に物質的な力を持たせることができる魔術が記載されていたらしい。
文が見たら喜びそうだなと思いながら二冊目の説明に目を移す。
こちらは肉体に関する強化や調整にかかわる魔術だ。あらゆる属性における強化と体の状態そのものを変える魔術が記載されていたらしい。
康太の覚えているような嗅覚強化の魔術も記載されていたのだろうかと気になるが、今はそれよりも別のことを調べたほうがいいだろう。
三冊目は結界に近い魔術だった。結界の内部に干渉する魔術らしい。その範囲を狭めれば狭めるほど効果が高まる。その効果は主にその場所にその人をとどめるというもの。結界の内部にとどめることに何か意味があるのだろうかと康太は不思議に思いながらその三冊が収められていた場所に意識を向けていた。
「ベル、俺は本棚を見に行くから、そっちの確認は頼んだぞ」
「わかったわ、そっちは任せたわよ」
魔術師の調査能力に関する魔術は文のほうがよく知っている。この場所における魔術師の能力を判別するためには彼女の判断能力は必須だ。
対して康太はそういった確認は不慣れであるため、現在わかっている三冊の魔導書が収められていた場所を調べようと考えていた。
康太の持つ嗅覚強化の魔術を使ってその周辺にある人物のにおいがついていればそれを追跡することもできる。
盗難があってからそう日が経っていない。これが計画的な犯行であれば、犯人も頻繁にその魔導書を手に取っていた可能性が高い。
そうなればその付近ににおいが残っている可能性は高い。そうすれば康太のつたない調査能力でも今回の役に立てる。
康太が三冊のあった場所に向かっている間、文は当日訪れた魔術師の名前が記された来館帳簿を確認していた。
帳簿を確認している間に魔導書が盗まれた当日にチェックをしていた人間を呼んでもらっているところである。
とはいえ今日不在のものもいるため多少時間がかかるようだ。その間に調べられることはすべて調べておきたいところである。
当日訪れたのは七人。しかも訪れた時間まで記載されている。公的な施設よりもしっかり管理しているのだなと文は驚いていたが、その中に文の知っている名前はなかった。
一日かけても七人しか訪れないというのは多いのか少ないのか判断に困るところだが、現段階で七人の調査で済む可能性があるというのは文にとってはありがたいことだった。
「ヘイランズさん、この図書館の営業時間・・・ていうか人の入れる時間ってどれくらいですか?」
「基本的にはいつでも入れます。ですがほとんどの方は夜にいらっしゃいますね。魔術師としてもそうですが一般人としての生活がある方がほとんどですから」
「なるほど・・・でもそうすると本のチェックは大体何時ごろから行っているんですか?」
「たいてい深夜の一時を過ぎると皆さんお帰りになるのでそれ以降になりますね。その時にいる人員・・・たいてい毎日十人から二十人くらいはいるので手分けして本のチェックをすることになります。それでも一、二時間はかかってしまいますが」
毎日どれほどの魔術師がいるのかはその時によるようだが、五十人を超す魔術師グループであればたいてい一日には半分程度はいるようだ。
それだけの人間が集まってチェックをするとなればこれだけの蔵書量でもある程度は何とかなるのもうなずける。
「この七人の中に犯人がいるとお考えですか?」
「まだ可能性の一つです。それに姿を隠してこの中に入るということもできるでしょうし・・・」
「そんなことが可能でしょうか?止まっている状態ならまだしも・・・」
どうやらヘイランズも光属性の魔術を扱って姿を消すという発想はあるようだった。そしてそれがどれだけ難しいかも理解している。
動きながら光属性で姿を消し続けるには、当然それだけ周囲の景色を光属性によって再現しなければならない。
簡単に言ってはいるがそれができれば苦労はないのだ。アリスがどれだけの技量を持っているのかこの反応でもよくわかる。
「一度入ってしまえば中にいる人間はあまり警戒しないのでは?出入り口で監視をしているからと・・・常にこの図書館の中を索敵しているというわけではないのでしょう?」
「それは・・・そうですが・・・」
それはいわばオートロックの付いたマンションに住んでいる人間の心理に近い。
オートロックがあるのだからマンションの中にいる人間はこのマンションの関係者なのだという認識。その誤認を利用してよく空き巣などが入ったりもする。
唯一の出入り口を頑丈にしているからこそ生まれる心理ではあるが、その心理を突けばこの場所から魔導書を盗むということも不可能ではないのではないかと文は考えていた。
あけましておめでとうございます。誤字報告を五件分、そして日曜日なので三回分投稿
未熟な文章と内容ではありますが、今年もよろしくお願いいたします。




