マナの濃薄
「いやぁ・・・緊張した・・・あぁいう雰囲気は慣れないな」
「これからいやでも慣れなきゃいけないのよ、今のうちに経験しておいて損はないでしょ」
学校から脱出した後、康太たちはそれぞれ仮面と外套をしまってから帰路につこうとしていた。
だがその中で一つ気になることがあったのだ。
「なぁ、来週の合宿大丈夫だと思うか?」
「んー・・・大丈夫だと思うけど、何で?」
「いや・・・なんか嫌な予感するんだよな・・・大丈夫だと高をくくってると痛い目を見る気が・・・」
康太の言いたいことを察したのか文は苦笑してしまっていた。確かに問題ないだろうと思っていたところで躓くのはよくあることだ。
油断というわけではないが楽観視できるわけがない。普通なら警戒して然るべきなのだろうが今回に関しては文はそこまで問題視していなかった。
「それに関してはたぶん大丈夫よ。今回私達が行くのは魔術師の間では価値の低い場所だから」
「・・・価値?物価的な話か?」
康太の返しにどこから説明すればいいものかと文は額に手を当てていた。そう言えば康太は魔術師的な知識が全くないんだったということを思い出し、どうにかして康太にもわかりやすいように説明しようとしていた。
「えっと・・・術を発動するためにマナが必要なのは知ってるわよね?」
「あぁ、マナを体の中に取り入れて魔力を練る、それを術の原動力にしてるんだろ?」
魔術だけではなく、精霊術、方陣術、あらゆる超常現象を発生させる術の原動力は魔力であり、その魔力を作り出すのに必要なのがマナだ。
術師にとってマナは必要不可欠なものと言ってもいい。それがなければただの人間とほとんど変わりはないのだ。
「今回私達が行く場所はマナが薄いところなの。術者が拠点にするには不向きな場所、そう言う意味であの場所にはほとんど魔術師がいないとされてるわ」
マナが薄い
言葉にすると奇妙な感じではある。なにせ康太はまだ魔術師の感覚を有していないためにマナの感覚などもまだ感じ取れないのだ。
「マナに濃いとか薄いとかあるのか?」
「あるわよ。必ずマナの濃薄にはムラがあるの。逆にマナが濃いところもあるしね」
「えっとつまり・・・マナが濃ければ術を使いやすいから術師には人気があるけど、マナが薄ければ逆に人気がないから術師はいない・・・そう言う事か?」
そう言う事よと文は小さく息を吐いて見せる。こんなことも教えていないあたり小百合は康太をどのように指導しているのだろうかと不思議に思えてくるが、魔術師になったのが最近という事もあって最低限の知識しか教える時間がなかったのだろう。
知識を教えるよりもそれを実体験で学ばせた方が手っ取り早いと考えているのだろうか、それも間違ってはいないだろうが予備知識の有無ははっきり言って重要だ。こういう知識は自分や真理が教えていくのだろうなと文は内心ため息をついていた。
「もちろんそう言うマナが薄いところを意図的に選んで拠点にしている魔術師もいるけど、本当にそういう人は稀よ」
「ふぅん・・・じゃあ事件を起こすような人間もいないってことか?」
「あー・・・まぁいないとは断言できないわね。でも普通に魔術的な事件を起こすなら魔術を自由に行使できる場所を選ぶと思わない?」
まぁそれもそうかと康太は納得する。
確かに術師である以上、自分の力を思う存分行使できる環境で事件を起こすというのが自然な考えだろう。
何をしようとしているのかはさておき、その成功率は結局自分の実力によって変わるのだ。それなら実力をいかんなく発揮できる場所を選ぶのは普通の思考だろう。
だがだからこそ怪しいと思えてしまうのだ。
「それに、一年ある中での三日にそんな場所でピンポイントに事件を起こす人間がいるとは思えないわ。そんなのに遭遇するなんて宝くじ一枚買って一等当たるような確率だもの」
「まぁそうだよな、そこまで気にするような事でもないか」
本当に何も起きなければそれでよし、自分たちはあくまでただの学生として旅行に行けばいいだけなのだ。
何か事件が起こった場合は魔術師としての活動を開始する。事件が起きたら活動開始すればいいだけであってそれまではただの学生としての行動を心がければいいだけだ。
「むしろあんたはマナが薄いっていう事の意味を理解したほうがいいわね。普段より魔術が使いにくくなる。酸素が薄い感じって言えばいいかしら。妙な息苦しさを感じるはずよ」
「そうなのか・・・お前は行ったことあるのか?」
「別の場所だけどね。マナの薄いところや濃いところ、実際に行ってみるとその違いは歴然よ・・・少なくともマナが薄いところは凄く行きたくないわ」
文が行きたくないという事はそれなり以上に息苦しさがあるという事だろう。彼女はかなり優秀な魔術師だ。使える魔術もその威力も康太のそれとは比べ物にならない。
その彼女がこういう感想を抱くという事は、マナが薄いところは本当にかなり厄介なのだろう。
今度小百合や真理に話をしておこうと康太は思いながらも少しだけ楽しみだった。
なにせそれだけの感覚の違いが生じるという事はこれをきっかけにして康太の魔術師的な感覚が開花するかもしれないのだ。
今まで自分だけ感じ取れなかった感覚を理解できるようになるかもしれない。そう言う意味ではむしろ楽しみでもある。
もっとも文はかなり億劫のようだったが、それも仕方のないことだろう。
「ちなみにさ、さっきあえてマナの薄いところを選ぶ魔術師もいるって言ってたけど、それってどういう人なんだ?」
先程文が言っていた、マナの薄い場所をあえて選ぶ魔術師。少なくとも魔術が使いにくくなるという条件だけを聞くならそこにいる利益は無いように思えてしまうのだ。
「あー・・・うん・・・なんて言えばいいかな・・・そこを選ぶことでのメリットがないわけじゃないのよ。そうね・・・高山トレーニングのそれに近いものがあるかしら」
高山トレーニング、それは酸素の薄いところでトレーニングをすることで高い心肺機能を得ることができるというものである。
とはいえそれだけトレーニングの効率は低くなるし、技術的なトレーニングよりも一時的な心肺機能の底上げに近いだろう。
「要するにマナの吸収をより効率よくできるようになるってことか?」
「まぁね、魔術師としてある程度成長したらそう言う場所に行って訓練をするのは珍しくないわ。けどそれはあくまで一時的なものであって拠点にするほどではない。そう言う場所を拠点にする魔術師には別の理由があるのよ」
トレーニングや訓練はあくまで一時的なものだ。延々とその場に居続けるというわけではない。
トレーニングを終えたら自分のパフォーマンスを最大限発揮できる場所に戻るのが普通だ。そうでなければトレーニングそのものの意味が失われてしまう。
だがその場所をあえて選び続ける意味があるのだという。康太はそれがわからなかった。少なくとも康太が今この状況で得ている知識の中にはその答えは無い。
「術によってはマナ自体が干渉しちゃうものもあるの。結構特殊な部類になるけどマナの薄いところで最高のパフォーマンスを発揮する術もある。そういう術を得意としている術師はマナの薄い場所を拠点にしている場合があるわ」
「なるほど・・・そんな魔術があるのか・・・それなら他の術師は動きにくいけど自分は最高の状態に近いってわけか」
「まぁマナが少ない時点で魔力の供給が大変になるのは変わらないんだけどね・・・その環境に慣れてしまえば問題ないって話よ」
マナが薄い環境に慣れる。そうすればその状態こそが普通になり自分の術を好条件で発動できることになる。
対してその薄いマナに慣れていない術師たちにとってはその状況はむしろ自分の実力を最大限発揮できる状況ではない。もし対峙した場合もかなり有利な状況での戦いが望めるだろう。
自分の得意としている術を基本にして拠点とする場所などを考える。そう言うのも術師として必要なことなのだろう。
それを考えた時、自分の魔術はどうなのだろうかと思えてしまう。マナの干渉を受けるかどうかはさておき今まで普通に発動することはできている。
もしかしたら最高のパフォーマンスを発揮できていないかもしれないと思ってしまう。
「なるほどなぁ・・・ちなみに俺が覚えてる魔術ってどうなんだ?」
「そこはあんたの師匠に聞きなさいよ。実際にあんたが何を覚えてるとか私知らないんだからさ・・・」
康太が覚えている魔術は今のところ『分解』と『再現』
修得に向けて練習しているのが肉体強化を含めて二つあるがこちらはまだ時間がかかる。今回の合宿に関しても分解と再現をメインにしていくことになるだろう。
康太の覚えている二つの魔術はそれぞれ魔力消費が比較的少ないものだ。
例えば分解の魔術は、接合されている部品を分解するのだが、接合部分が強くくっついていればいる程必要な魔力が多くなる。同時に多くの部品を外そうと思えばその分必要魔力も増えていく。
プラモで言えば、接着剤も何も使われていないで、パーツ一つだけを外すならそれこそ魔力消費は最低と言ってもいい。逆にすべての部品に接着剤が使用されていてすべてのパーツを分解するとなるとその分魔力消費は多くなる。
再現の魔術は再現する動作時間が長ければ長い程魔力消費が大きくなる。
殴る蹴るなどの動作ならほぼ一瞬で済むためにかかる魔力消費もかなり少ないのだ。
康太が覚えている魔術は今のところ燃費の良いものばかり、小百合がそれらを選んで覚えさせたというのもあるだろうが康太からすれば有難い限りだ。
なにせ魔術を連発しても少し時間をかければきちんと補給できるのだ。
もちろん康太の魔力の供給が弱いためにそれでも時間がかかるが、それだけ長時間戦えるという事でもある。
後はどれだけ長時間戦えるだけの実力をつけられるかというところである。
どちらにせよマナの薄いところに行くのであれば師匠である小百合の意見を聞いておいて損はないだろう。
自分の魔術の特性などに関してもしっかり聞いておいた方がいいかもしれない。事件が起こるかどうかはさておき、あらかじめ確認しておいた方がいいと思えるのだ。
「ちなみに文はどうなんだ?そう言う魔術は覚えてるのか?」
「私は普通の魔術ばっかりよ。だから行くの嫌なんじゃない・・・結構今から気が重いわ・・・」
魔術師にとって自分の最高のパフォーマンスを発揮できない場所に行くというのはそれだけ危険という事でもある。
もちろんそれは文以外の魔術師にも言える事だろう。必要に駆られでもしない限りその場所に進んでいこうとするのはトレーニングに向かう魔術師か、特殊な魔術を得意としている魔術師だけという事である。
そう言う意味では康太はどちらかといえば前者に近いだろうか。
自らの魔術師的感覚を開花させるきっかけになればいいと思う反面、そのマナの薄さを学んでおいて損はないと考えているのである。
引き続き以下略
反応が遅れてしまうのはご容赦ください