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ポンコツ魔術師の凶運  作者: 池金啓太
十六話「本の中に収められた闇」
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思春期の悩み

何度も助けられてきたし何度も助けてきた。今までの活動で康太と文はまさに二人三脚に近い状態といってもいいほどに協力し合ってきたのだ。


それは文だけの思い込みではなく、康太も思っていることだ。文がいなければそれだけで困難になる状況はいくらでもあった。


こうして思い返してみると、康太のことを好きになる理由はあっても嫌いになる理由はない。


文自身も康太のことを嫌いだなどと思ったことはない。時折デリカシーのないところや鈍感なところを見かけるがそれはある意味仕方のないところだろう。


嫌いではない。だがここで異性として好きかと聞かれると、どうしてか文の中には抵抗感が浮かんでくる。


いや、抵抗感というのはやや語弊がある。拒否ではなく、そんなはずがないという否定に近い感覚なのだ。


自分が康太を好きになるはずがないという、何の根拠もないただの否定。なぜそんな考えが浮かぶのか文自身理解できなかった。


「ねぇアリス・・・どうして私康太のことを好きになるはずがないって思うのかな?」


「・・・お前自身がわからないのに私がわかるわけがないだろう・・・と言いたいが・・・そうだな・・・近くにいすぎたことが原因で、そう思ってはいけないというような感覚があるのかもしれんな」


「・・・どういうこと?」


「例えばだ、兄妹などでは近親相姦を避けるために本能的に体臭などに嫌悪感を抱くという。同族嫌悪とは少し違うが似たようなものだ。だがそれだけではなく世間体・・・いわゆる常識や他人の視線などを気にしてその考えを否定するものも少なくない」


「・・・要するに、自分の感情よりも周りを気にしちゃうってこと?」


「そういうことだの。特に日本人はそういったタイプのものが多い。周りに合わせなければいけないという考えが強いからこそ強く周りの意見を気にしてしまう」


でも私たちは別に親類でも何でもないといいかけて文は一つ、いや二つほど思い当たる点があった。


康太と文は学校で話などをしやすくするために嘘ではあるが親戚であると言い張っている。そしてそれは周知の事実となりつつあった。


それだけならまだよかった。だが文にはもう一つ懸念に近いものがあった。


それは部活の仲間である森田茜の存在である。康太に好意に近い感情を抱き、それなりにアタックをかけている彼女の存在が文の中で大きな枷になっている可能性に文はようやく気付くことができていた。


アリスの言うように周りの意見や視線などに強く反応してしまう。それは間違いではないのだろう。そういった考えが一度もよぎらなかったわけではない。


もしそれが原因だとしたらどうすればいいのか、文はわからなくなってしまっていた。


「それともう一つ可能性がある。今の関係を大事にするあまり、別の関係になることを恐れてしまっているのかもしれん」


「・・・なんか恋愛小説とかでありがちね」


「事実は小説よりも奇なりという言葉もあるだろう。それにだ・・・フミ、私はお前がコータのことを好きになったというのは間違いではないように思うのだ」


「・・・間違いじゃないって・・・人を好きになるのに正しいも何もあるの?」


「あー・・・言い方が悪かったな・・・私から見て、コータはいい男だ。そういう意味でお前の男を見る目は決して間違ってはいないということだ」


アリスが康太の評価をそれなりに高くしているのは知っている。魔術師面ではなく人格面でアリスは康太を高く評価しているのだ。


良くも悪くも普通で真摯に物事に打ち込める。そして何より手を抜くということは理由がない限りしない。


アリスの評価は文も納得できるものだ。だからこそアリスのこの言葉が文のことを想っての言葉であることと、それが過大評価でも何でもないただ事実を言っているということも理解できた。


「とにかく・・・フミ、今すぐにその感情を消化しろとは言わん。だが今お前の周りにある生活環境や、それに関係するすべての条件、それらをもう一度見直してみろ。そうすることでお前の中で答えが出せるはずだ」


「・・・そんな悠長なことで大丈夫かしら・・・?」


「別にあと一週間で世界が終わるというわけでもなかろう。お前たちは若い。何年もかけて・・・というのは少々時間をかけすぎだと思うが、ゆっくり悩んでしっかりとした答えを出すがいい」


時間をかけて悩めるのは若者の特権だぞとアリスは笑って見せる。見た目幼いアリスが言うと非常にミスマッチなような気がするが、実際彼女は数百年生きた魔術師なのだ。その言葉には妙な重さがある。


「時間をかけて・・・か・・・」


「うむ。悩むときは思い切り悩め。悩みすぎて他のことが手につかないということもあるだろうがそれは仕方のないことだ。もしどうしようもなくなったらまた相談に来るがいい。話くらいは聞いてやれる」


「・・・うん・・・わかった。ありがとねアリス。なんだか思ってたよりもすごく頼りになる気がするわ」


「ふふん、伊達に長く生きていないということだ。魔術以外でもいろいろ役に立つのだぞ?」


アリスとしては魔術師として頼られるよりもこうして一人の人として頼られるほうが嬉しいのだろうか、得意げに胸を張って笑いながら再び趣味に没頭しようとしていた。


そんな彼女の様子を見ながら文は少しずつ自分の置かれた状況を整理し始めた。自分以外から受ける影響を排除して、純粋な自分の気持ちを推し量ろうとしているのである。












「アリス、文の様子はどうだった?」


その日の夜、文が家に帰るのを見届けた後康太はこっそりとアリスのもとを訪れそんなことを聞いていた。


文の相談の内容は知らないとはいえ、アリスに相談するように仕立て上げたのは自分だ。どのような形に話が決着したのか気になるのである。


「・・・そうだの・・・まぁ悩んでることには変わりないが、お前が気にすることではない。いつも通りに接してやるのが良いだろう」


「そういうもんか?女の悩みはよくわからんな」


その悩みの原因はお前なのだがなと考えながらアリスはため息をついていた。思春期特有の悩みの内容だったとはいえ知らない仲ではないため無碍にはできない。


文がこれからどのような回答を出すのか、そしてどのような思考をするのか、康太とこれからどのようになるのかアリス自身も気になるところであった。


「ちなみにさ、ちなみにどんな悩みの内容だったんだ?やっぱ明らかに女子女子してる感じか?」


「女子女子してるとはどういうことだ・・・いや言いたいことはわかるが・・・そうだの・・・思春期特有の悩みとだけ言っておこう」


「思春期・・・将来の悩みみたいな感じか?」


「間違ってはおらん。いずれコータも同じ悩みを抱くことがあるかもしれんぞ?」


「まじでか。ていうか思春期の女子の悩みってどんなんだ・・・?」


「そんなもの知るか。思春期の少女の気持ちはもはや私にはわからんよ」


「見た目はいかにも思春期っぽいのにな」


アリスは見た目は少女だ。だが実際は何百年も生きた魔術師であるためにすでに思春期という一定時期の少年少女特有の考えなどとうに忘れてしまったのだ。


そんな彼女が思春期特有の悩みを聞いているのだから不思議なものである。どれだけ適切な助言ができたか分かったものではない。


長く生きた一人の人間としての助言はできたがあの助言によって文がどのような考えを抱き、どのような決心をしたのかはわからない。


「・・・コータよ、コータから見てフミのことはどう思う?」


「どうって・・・えらく漠然とした質問だな」


「いいから答えろ。いいやつかどうかとかそういうことでいい」


「いいやつだと思うぞ?一緒にいて楽しいし頼りになるし」


康太は嘘を言っているそぶりはない。アリスは康太も文のことを好きになっているのではないかと思ったのだが、どうやらまだその域に達していないのだろうということを察すると小さくため息をつく。


まだ康太の中での文は仲のいい女友達程度。いや文との関係性を考えれば女の親友といったところだろうか。


絶対的に必要不可欠な存在ではあるのは間違いないのだろうが、そこにどれだけの意味が込められているのかというところが重要なところだ。


具体的にどのような感情を抱いているのか。そこが文にとってのターニングポイントになるだろう。


「・・・コータ、フミが何か話をしたがったら相談に乗ってやるとよいぞ。ただ自分から言い出してはいかん」


「どうして?積極的に話にいったほうがいいんじゃないのか?」


「自分の中で気持ちの整理ができていない時に話しかけられても混乱するばかりだ。フミの中でしっかりと考えを固めて、それでもどうしようもなくなったら相談に来るだろう」


「そういうもんかね・・・」


「そういうものだ。特にコータはフミに信頼されている。必要とあれば向こうから話を振ってくるだろう」


実際に話を聞いてみたところ、おそらく文が康太のことを好いているのは間違いない。問題なのはあとは文の中でどのように気持ちの整理をつけるかというところだ。


あとはどれくらいの時間をかけるか、そしてどの部分でその思考を止めてしまうかというところだ。


誰かと話すことで思考が先に進むということは良くあることだ。そこで文がどのような思考の進め方をするのかも気になるところである。


その過程で康太、あるいはアリスに話をしに行くこともあるだろう。特に信頼されている人間ならなおさら相談を受けることもある。


それがたとえ恋の対象であってもだ。特に康太なら雑談という形でいくらでも話を振ることはできるだろう。


時間もあるしいくらでも悩むことはできる。アリスとしては文の恋を応援してやりたいところだ。


「ちなみにさ、まぁ悩みの内容は言わなくてもいいけど、アリスは今回の文と似たような悩みを持ったことはあるのか?」


「・・・そうだの・・・なくもない・・・はずだ。さすがにもう昔のこと過ぎて覚えていないがの」


アリスは自分が誰かを好きになったことがあるのか思い出していた。恋い焦がれ、ほかのことが手につかないほどに燃え上がる気持ち。自分にもあったのだろうかとアリスは自分の中にある記憶を手繰り寄せていくが、さすがに数百年も前のことを思い出すことは難しかった。


こんなことなら日記や日々の記録でも残しておけばよかったなと、アリスは若かりし頃の自分の行動に少し後悔していた。


残していたら残していたで気恥ずかしい思いをしたかもしれないが、何もかも忘れてしまうよりずっとましだろう。魔術師として長く生き過ぎたせいで一人の人としてどのように生きてきたのかを忘れてしまうのはもったいないように思えたのだ。


日曜日なので二回分投稿


今週末は何でもない土日でしたね。でしたね!(威圧感)


これからもお楽しみいただければ幸いです

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