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ポンコツ魔術師の凶運  作者: 池金啓太
十六話「本の中に収められた闇」
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本能と理性

アリスの言葉に文は硬直してしまっていた。


体臭とは人間の判断基準の一種であるというのはよく知られていることでもある。中には相手の体臭に強い嫌悪感を示すものもいるという。


文の場合はまだそれほど強く嫌いなにおいというのをかいだことはないが、少なくとも今手の中にある康太のにおいがするタオルに嫌悪感は一切抱かなかった。


本能的に自分が康太のことを好いている。文が頭で否定したかった心に加え、本能まで加えられてしまってはもう認めるしかないのではないかと思い始めていた時、もう一つのことを思い出す。


それは今日何気なくした会話だった。


康太も匂いについて言及していたのだ。文のにおいについて。それがどういうことを意味しているのか、文は康太のにおいのするタオルに顔をうずめながらわずかに震えだしてしまっていた。


「・・・ねぇアリス・・・匂いをかいでさ・・・その匂いが好みのにおいだって言ったら・・・本能的に好きってことなの・・・?」


「判断基準の一つだといっただろう?無論好みのにおいである以上相性はいいと思うぞ。相手がどう思っているかは知らん。人によって好みは違うからな」


アリスの言葉を聞きながら、文は安堵したその直後から安堵してしまった自分に憤慨していた。


康太は文のにおいを好みだといっていた。それはつまり康太は文のことを本能的に好いている、あるいは好みだと思っていることになる。


無論アリスの言うように判断基準の一つであることは間違いないし、においが好みだからといって康太が文のことを好きだという理由にはつながらない。


だが相性はいい。文にとってはその事実は安堵するに値し、同時にその安堵に対して強く否定したいという気持ちを抱く原因になってしまっていた。


「もうあきらめよ。何度頭で否定したところで同じだ。自分の心に素直になってみればいいではないか、なぜそうも否定する」


アリスの言葉を黙ったまま聞いていた文は座り込んだまま徐々に肩をすぼめて小さくなってしまう。


こんな文の様子を見るのは初めてだなとアリスは少し珍しそうにしながらも文が何か話し始めるのを待っていた。


「・・・わかんないのよ・・・」


沈黙に耐えかねたのか、それともアリスに何かを伝えるべきであると思ったのか、文は小さく口を開きながらゆっくりと顔を起こす。


「私も・・・なんでこんなに康太のことを好きじゃないって否定してるのか・・・わからないのよ・・・別に康太のことが嫌いってわけでもない・・・むしろ男子の中では・・・たぶん一番好きなタイプだし・・・」


文の言葉にアリスは何か言うわけでもなくただ黙って耳を傾けていた。


自分の口に出して初めて自覚するということもある。頭の中で整理できていなくても、口に出すことによって整理されるということもあるのだ。


アリスは文が自分の考えを言い尽くすまで聞きの姿勢を保つつもりだった。


「康太と一緒にいると楽しいし、楽だし・・・頼りになるし・・・一緒にいたいと思えるのに・・・なんでそんなのあり得ないって思うのか・・・わからないのよ・・・」


少なくとも文は康太のことを好意的にとらえている。むしろ嫌いな部分のほうが少ないのだろう。


つぶやくように上げていく康太のことを聞く限りは、いつ好きになってもおかしくなかったレベルだ。

一つのきっかけで見方が少し変わっただけなのだろう。文自身がその見方の変化に追い付けていないだけなのだ。


急に視界が変わったことで文自身動揺しているのだろう。だがアリスはそれをあえて指摘することはなかった。


こういうことは自分で気づかせたほうがいいのだ。


「一緒にいて、一緒に魔術師として行動してて・・・なんだかあいつに先に行かれてるような・・・そんな感じがして・・・」


それは文が抱える劣等感だった。総合的には勝っているはずなのに、文は康太に助けられることが多い。


正確には康太が文に助けられることのほうが多いのだが、文が康太に助けられる面は戦闘という印象に残りやすい部分のため、二人の中で印象の誤認が発生しているのだ。


おそらく文は康太のほうが優秀なのではないか、あるいは康太のほうが成長しているのではないかと感じているのだろう。


実際はそこまで重大な変化はない。むしろ康太は駆け出しなのだ、覚えたものが一つ増えただけで劇的に変わるのは仕方がないことだろう。


そもそも出会った時のレベルが違うのだ。そのレベルが上がる速度が違うのも仕方のない話だ。


理屈では理解できても、康太と常に一緒にいた文からすればその速度の違いは劣等感を抱えるのに十分なものだったのだろう。


「あいつよりも・・・あいつに頼られるくらいじゃないと・・・ダメなのよ・・・私は・・・だってあいつは私のことを頼りにしてくれてるんだから」


自分で口にしていることが徐々に支離滅裂になっていることに文は気づいているだろうか。アリスはそれを感じながらそういうことかと小さくため息をつくと、その手を掲げて大きく拍手をして見せた。


急に大きな音がしたせいもあって文はわずかに体を強張らせる。そして自分が今まで何を言っていたのかを思い出そうとしたが、記憶をたどるよりも早くアリスが自分の目の前に指を立てたことで思考をせき止められていた。



「フミよ、お前が抱えているのは面倒な感情だの。コータと対等でありたい、そして対等でなければ恋はできないなどと考えているのではないかの?」


「対等・・・そう・・・なのかな・・・?」


対等。康太と文は同盟を結ぶ際に対等であるという条件だったはずだ。それは今も変わっていない。


三鳥高校の魔術師同盟に加わる際は便宜上文のほうが立場が上という形にしたが、実際は康太と文の間に上下も優劣も存在しない。


だが実際に事件などに立ち会った時、文は康太のほうが上であると判断してしまいがちなところがある。

それは康太が頼りになるからということもある。戦闘面やとっさの判断は康太のほうが上であるからこそ、無意識のうちに康太のほうが上であるかのような錯覚を抱いているのかもしれない。


文が康太のことを好きになるわけがないと思っているのは、その無意識下の認識が原因ではないかとアリスはにらんでいた。


「対等でありたいと思うのは別におかしな話ではない。だが対等でなければ恋ができないなどということはないぞ。どのような理由があるにせよ、好きになってしまったものは仕方がない」


「そりゃ・・・そうかもだけど」


「物語などでも身分違いの恋というのは多々あるだろう?貴族と平民などでの差が生まれているならまだしも、お前たちは実力面での違いだけだ。それにこういっては何だがフミのほうが魔術師の実力は上だぞ」


アリスから魔術師としての実力は康太より上といわれるのは自信に繋がる重要な一言なのだろうが、文はその言葉を話半分に聞いてしまっていた。


何を聞いても慰めのように思えるのだ。その慰めがどのような意味を持っているのか正確に把握できずにいる。


というか話をしていく段階で文はどんどん自分のことがわからなくなりつつあった。


アリスに言われて自分の状態を改めて考え直した時、確かに客観的に見れば自分が康太に恋をしているといわれても何ら不思議がない。


アリスの言い分は正しい。こういう考えが浮かんでしまっている時点でそれは仕方がないことのように思える。


だがそれ以上に文はその事実を否定したかった。そしてどうしてそこまで康太が好きであるという事実を否定したいと思うのか、それすらわからなかった。


自分は康太のことを好きなのだろうか。文は一度先入観などを一切捨てて康太という人物を見直してみることにした。


八篠康太。高校一年生。身長は百七十前半。細身だが筋肉質。陸上部に所属していて勉強は平均よりややできる程度。


性格は明るくさばさばしたタイプ。良くも悪くも普通の高校生といった感じだ。


髪は黒の短髪。陸上をやっている関係で髪を長くしたくないらしい。少し跳ねた硬めの髪質をしている。


目はやや三白眼気味。だが目つきが悪いというわけではない。顔だちは平凡ではあるが整っているほうだといえるだろう。


陸上部ということもあって身体能力は高め。最近はいろいろな部分を鍛えているのか走る速度自体が若干落ちたらしいがそれ以外の項目は筋肉の付きによって記録を伸ばしているところが多い。


実家暮らしで家族構成は父母姉。現在姉は大学に通うために一人暮らしをしているので実質父親と母親を含めた三人で暮らしている。なお最近はそこにアリスという居候もどきが増えている。


交友関係は陸上部の仲間に加え、クラスメートともそれなりに仲良くやっているようだ。時折クラスの様子を確認することがあるのだが、その際も和気あいあいと話しているのを何度か見かけている。


何の変哲もない普通の高校生、それが客観的に見た康太の評価だ。だが実際は普通とは少し違う。


康太は文と同じく魔術師である。康太の師匠は魔術協会の日本支部の中でもだいぶ問題児扱いされているデブリス・クラリスこと藤堂小百合。そして兄弟子は協会内で評価の高いジョア・T・アモンこと佐伯真理。そして最近新しく弟弟子として精霊に愛された少女シノ・ティアモこと天野神加が加わっている。


戦闘スタイルは基本的に接近戦を得意とし、その槍の扱いに加え相手に認識されやすい攻撃、されにくい攻撃を多角的に打ち込むことで相手を切り崩していく戦法を得意としている。


主に不意打ちなどを駆使して連続攻撃を叩き込み相手へのダメージを重ねていくのが康太の得意な戦法だ。


その反面、康太の魔術師的な素質と、その戦い方が原因でもあり長期戦に弱い。魔力消費に比べ魔力の供給が追い付かず、連続で大量に魔術を使用すれば最終的に魔力が枯渇することも十分考えられる。


さらに攻撃に使用する装備は有限のものが多いため、使用していけば使用するほどにのちの戦闘が苦しくなってしまう。


長期戦に向かない短期決戦タイプ。あと先を考えない戦い方はかなりの成果を上げているといっていいだろう。


魔術師としての交友関係は一般人としての交友関係に比べ狭いが、その分何人かは信頼できる人物を獲得している。


その中に文もいる。文からすれば康太は心から信頼できる数少ない人の一人だ。同世代では唯一といってもいいだろう。


土曜日なので二回分投稿


これからもお楽しみいただければ幸いです

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