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ポンコツ魔術師の凶運  作者: 池金啓太
十六話「本の中に収められた闇」
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特別な何か

「・・・その・・・ちょっと自分の手を見たときとか・・・焦ってるときとか、自分の体温を感じたときとか・・・康太のことを思い出した時とか・・・かな・・・」


「ふむ・・・何でもない時だの・・・コータのことを思い出した時・・・とは?その光景にコータはいたのか?」


「いたわ。むしろ視界のほとんどを占めてるのよ」


文の発言に何やら話の流れがおかしな方向に向かったなとアリスは自分の考えを改め始めていた。


てっきりアリスは相手の攻撃が自分に向かってくる、強い痛みやそれに対する恐怖によって生じる精神的な苦痛が原因であると思っていたのだが、その光景に康太がいて、なおかつ康太がその視界のほとんどを占めるということに強い違和感を覚えていた。


康太と文の戦い方はアリスもよく知っている。基本的に康太が前に出て文が後ろでフォローや攻撃を行うのが基本的なスタイルだ。


つまり康太が前に出ている限り文が攻撃されること自体が珍しい。それほどの強敵だったら康太がもっと大怪我をしているところだろうが、先日の一件で康太はほとんど怪我をしていない。


これはいったいどういうことだろうかとアリスは首をかしげていた。


「フミよ、確認だ。お前が思い出す光景というのはどのようなものだ?しっかりと教えてほしい」


「えっと・・・思い出すのは康太の背中なの。私が攻撃されそうになった時に割って入って助けに来てくれた康太の背中・・・あと私を抱え上げた康太の体温と匂い・・・何度も思い出すのよ・・・」


文の言葉にアリスは今まで考えていたのがすべて自分の勘違いで、完全に文の症状を誤解していたということに半分安堵を、そして半分呆れを含めた大きな大きなため息をついてしまっていた。


こんなことに真剣に考えてしまった自分が情けないと思う反面、話をきちんと聞かずに勝手に判断するのはいけないことなのだなとアリスは何百年も生きてきた人生で何度目かの反省を行っていた。


「なんだそんなことか・・・心配して損した・・・てっきりミカのように深刻な状態なのかと思ったぞ」


「そりゃ神加ちゃんに比べたら私のなんて大したことないかもしれないけどさ・・・それでもなんていうか嫌なのよ・・・こういう風に悩んだことなかったから・・・これがどういう状態なのかもわからないし・・・」


神加がアリスの目から見ても深刻な状態であるというのは今更のことだが、アリスは文の今の状態を見てあきれながらもこれが思春期というものかと半ば感慨深かった。


自分も昔はこんな風だったのかもしれないなとかつての、本当に少女だった頃の自分を思い出しながら小さくため息をつく。


「フミよ、お前は頭がいいのに妙なところで鈍いのだな。というかほとんど答えに達していても不思議はないというのに」


「何よ・・・あんたはわかったの?」


「わからいでか。つまりお前はコータに惚れたのだ。コータに恋い焦がれるがゆえに常に考えてしまい何事も手につかなくなっているのだ」


アリスの何の遠慮もない言葉に文は凍り付く。長い沈黙があたりを支配する中でようやく文が動いたかと思えば口を何度か開閉し、何かを言おうとしているようなのだが言葉が全く出てこないという奇妙な状態になってしまっていた。


まるで鯉や金魚の真似だなとアリスが小さくため息をついて自分の趣味に戻ろうと思った瞬間、文は自分の頬を両腕で思い切り叩く。


眠気覚ましのつもりか、それとも情けない自分を叱咤しているのか。唐突に自虐趣味に目覚めたわけでもあるまいなとアリスが少し心配そうに見つめる中、文は不気味な笑いを浮かべて見せる。


「ふふはははは・・・わ、私が康太を?ば、馬鹿じゃないの?そんなことあるわけないじゃないの・・・!誰があんな奴・・・!」


「だが嫌いではないのだろう?」


「そりゃ・・・嫌ってたらこんなに長く一緒にいないわよ」


文は康太と出会って半年以上になる。まだ一緒にいた期間としてはそこまで長いとまでは言えないが、ほぼ毎日のように顔を突き合わせそれなりに濃厚な時間を共に過ごしてきたのだ。


嫌いだったら早々にこの関係を解消しているだろう。少なくとも文は八篠康太という人物が嫌いではなかった。


「嫌いではないなら好きになっても不思議はないだろうに。なぜそんなに強く否定する?何か理由でもあるのかの?」


「否定する理由っていうか・・・その逆よ、好きになる理由がないってのよ。今までだってあいつに助けられてきたし、あいつに盾になってもらってたし、なんで今回に限ってこんなことになってるのよ、おかしいじゃない」


康太と文が一緒に行動する場合、康太が前に出て相手の攻撃をひきつけ文が距離を開けて攻撃するというのが常だった。


そのため今回のような康太に助けられるということがなかったわけでもない。文の考えとしては今までそんなことがあって何の感情も抱かなかったのになぜ今回に限ってということなのだろう。


特別なことがあって惚れるならまだしも、毎度似たようなことがあったにもかかわらず今までは惚れなかったのに、今回に限って惚れるなんてことがあり得るはずがないと文は考えているのだ。


普段一緒にいて、何か特別なことがあるならばそうなっても不思議はないが、常に一緒にいて、いつも通りのことをしていたのになぜ今回だけ変なのか。


いつも通りなのにいきなり惚れたのだといわれても否定したくなるのは仕方のないことなのかもしれない。


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