互いの立ち位置
デブリス・クラリスとエアリス・ロゥが協力関係にある。そしてその弟子たちは同盟関係にある。その意味を正しく理解したのだろう、二年生、そして三年生の魔術師たちは二人を見る目を変えていた。
先程まではまだ仲良くしてやろうか、あるいは敵対しようか、はたまた傍観しようか迷っているような複数の思惑が混在するような視線だったが、今は一転して『関わらない方がいい』という感情だけがともっていた。
これでこの場にいるのが、康太と文が対峙しているのがただ一人の魔術師だったのであれば話は別だったのだろう。
二人と仲良くしてそれぞれ適当にあしらうという考えもあったのだろう。だがこの場にいたのは複数の魔術師たちだ。
それぞれ派閥があり、学年同士でもある種の取り決めや考え方の差異があるだろう。そんな中で明らかに近づくことさえも忌避するような魔術師の弟子と、可能ならば関係を持ちたい魔術師の弟子が同時にやってきた。それも師匠も弟子も互いに同盟関係を認める程の間柄の二人がだ
互いににらみを利かせているような状態で、均衡が保てているような状態でそれをあえて崩すような存在がやってきたことでそれぞれ手が出せない状況になってしまったのだ。
もし干渉しようとすれば同学年、あるいは別の学年の魔術師が牽制に入る。互いに手を出せないような状況になっている以上、この場ではこれ以上の進展は望めない。
そうなるように康太と文が仕向けたのだ。
魔術師に限らず人間というのは群れたがる生き物だ。何かの役職、職業、部活などでも必ず人とのかかわりや営みがある以上必ず派閥が存在する。
そしてそれが一つになることは決してありえない。だからこそこの社会はこのような面倒な形にできてしまったのだ。
そしてその中に投下された爆弾、それは手にいれられれば相手を牽制する大きな力になるだろう。だが制御することができなければ同時に自らが最も危険になるのは言うまでもない。
康太と文はいわば爆弾だ。それぞれの実力はさておき、良い意味でも悪い意味でも多大な影響を及ぼす。
それが良い結果だろうと悪い結果だろうと今まで築いた関係を破壊するのには十分すぎる威力を持っているのである。
自分達だけの問題ならまだいい、それどころか自分の師匠にまで面倒をかけかねないことなのだ。この場で判断するには少々ことが大きすぎるのである。
何もこの場で結論を出す必要はないのだ。これから互いの関係を少しずつ明らかにしていきながら、可能なら自分の陣営に加えればいいだけの話である。可能ならエアリスの弟子だけを。
恐らくそんなことを考えているのだろう。状況が状況なだけに相手の考えは非常に読みやすい。
だからこそ相手が口に出す前にこちらからそれを言い出しておきたいところだった。
「可能なら、俺たちは二年生や三年生の先輩方とは不干渉を貫きたいと考えています。なにせまだまだ未熟者でして、敵になるにも味方にするにも実力が足りませんので」
どの口がそれを言うのかと、二年生と三年生の魔術師たちは思っているだろう。事実その場にいたほとんどの魔術師がそう思っていた。康太の隣にいる文を除いて。
デブリス・クラリスの弟子である時点で未熟であるはずがないと勝手に思い込んでいるのだ。
なにせ彼女の一番弟子であるジョア・T・アモン、康太の兄弟子は相当に優秀な魔術師だ。その実力は魔術協会の中でもよく聞くほどに。
だから康太も同じくらい優秀なはず。そう言う先入観ができてしまうあたり真理がどれくらい優秀であるかがよくわかる。
本当に兄弟子様様だと思いながら康太は小さくため息をついていた。
「なるほど・・・ライリーベル、君も同じ気持ちかな?」
「はい、私達はまだ未熟な魔術師です。ですのでまだ修業に集中していたいというのが本音。まだ先輩方と比肩するようなことはできません。」
あえて文にそれを聞いたのは最終確認のようなものだったのだろう。本当に文もそう思っているのか、本当に意見を同調させているのか、そう言う意味での確認だったのだろう。
結果的にこの二人が同盟関係を結んでいるという事実をはっきりとさせることになってしまった。
康太と文からすればまさにもくろみ通りの展開と言えるだろう。
康太も文も何一つ嘘は言っていないのだ。互いに自分が未熟であるという事は百も承知の上。さらに言えば同盟関係を結んだことも実際に嘘ではない。
互いに得られるものがある以上、同世代である以上最低限協力していきたいと考えていたのである。
特に、その同盟関係は文が言い出したことでもある。その最大の理由は『康太が信用できる人間』であると感じたからでもある。
魔術師として多少抜けているところはあるが、人間的に見て康太は信頼できると感じたのである。
いや、魔術師として抜けているからこそ信頼できると感じたと言ったほうが正しいかもしれない。
魔術師が群れる場合、そこには必ず利害関係が存在する。自分が敵対している相手の敵だからという理由で同盟を組むこともあれば、相手の魔術を学びたいからという理由で同盟を結ぶこともある。
康太と文の場合は後者になるが、文はそれだけではなく、利害というものを度外視しても康太を信用できると感じたのだ。
魔術師として育ってこなかったからこそと言えるだろう。康太は魔術師にしては圧倒的に平和主義すぎるのだ。
「なるほど、そちらの要求はわかった。こちらとしても君たちの意見を尊重しよう。我々は基本君たちの行動に関与しない」
尊重するまでもなくそうする以外の選択肢がないのはその場にいる全員が理解していた。それでもこういうセリフを言うという事は『こちらの方が上である』という事を知らしめたかったからに他ならない。
立場というのは面倒なものだ、いくら面倒なものに自分から関わりたくないとはいえ、そう仕向けたということがわかっているとはいえ、自分の方に決定権があることを振る舞わなければいけないのだから。
だがこの反応で康太も文もある確信を持っていた。三鳥高校の魔術師同盟、五人の魔術師からなるこの同盟は、実際同盟とは言うもののそれは名ばかりのものなのだ。
同盟内部にも派閥があり、なおかつおそらく敵対関係や協力関係を維持している魔術師がいるのだろう。ただでさえ面倒事を抱えているためにこれ以上別の人間の面倒に巻き込まれるのはごめんだと考えていたが、そう言う意味ではこの状況は今のところ好都合だ。
相手が勝手に反目しあって手が出しにくい状況になってくれるのであればこれほど楽なものはない。
そう言う意味では自分の師匠の面倒さ加減は今回はいい意味で作用したと言えるだろう。
「ただあくまでそれは君たちがおとなしくしていた場合の話だ。もし面倒を起こしたなら我々が総出で君たちの敵になる。そしてその逆も然りだ」
「貴方方が面倒を起こした場合は、私達もそれの鎮圧に尽力しろ、つまりはそう言う事ですね」
「そうだ、この魔術師同盟はこの高校での魔術的事件を未然に防ぐのが目的でもある。だから君たちにも一応三鳥高校の魔術師同盟に名を連ねてもらうことになる。構わないね?」
つまり、この三鳥高校の魔術師同盟の存在理由は協調ではなく牽制が目的なのだ。
その牽制対象は内外を問わず、あらゆる魔術師に対して適応されるものなのだろう。例えば外部の魔術師から三鳥高校への魔術的な干渉があった場合は協力してそれを解決。内部の人間が魔術的な事件を起こそうとしたらそれもまた同じく解決する。
そして名前だけでも連ねておくことでこの三鳥高校に手を出しにくくするという目的もあり、互いがある種の派閥を作ることで互いに手を出しにくい状況にしているのだ。
つまりこの同盟はあくまで高校生活を送るにあたって余計な面倒を起こさないように設立されたものなのだろう。
もっとも当初の設立理由がどうなのかは定かではないが、現在の理由としては学生生活に重点を置いたものであるというのは間違いない。
文が康太の方に視線を向け、問題がないかの確認をする。康太も名を連ねる事自体に異論はない。そもそも彼らに自分達への命令権などあってないようなものなのだ。
仮に命令をされたところで突っぱねればいいだけの話である。
康太が頷くと文も小さくうなずき再び先輩魔術師たちに向き合う。
「わかりました、ライリーベル、並びにブライトビーは三鳥高校魔術師同盟に名を連ねましょう。これからもどうかよろしくお願いいたします」
名を連ねるというだけ、仲間になるつもりはない。文の言葉の意味を正しく理解したのかその場にいた魔術師たちは警戒したまま二人を眺めつづけている。
これからの高校生活が面倒なことになりそうだなと考えているのがひしひしと感じられる。
なんというか前にもこんなことがあったなと康太は小さくため息をついていた。
「さて、これからのことに関しての話をしよう。まず君たちの学校行事についての確認だ。一年生の君たちは来週に控えている交流合宿、当然ながら他学年の我々はついていけない」
交流合宿。それはつまり学校の行事説明や同学年の交流を深めるために行われる宿泊込の学校行事だ。
四月末、ゴールデンウィークの直前に行われ期間は二泊三日。学校が所有している研修所のようなところで一年生全員が寝泊まりし行動するというものである。
オリエンテーションを含んでいる合宿であるために最低限のスケジュールなどがあるが、基本的には自由行動の方が多い。場所は長野県某所、どちらかというと避暑地に近い場所なのだが敷地は広いだけにスポーツなども十分できる。時期が時期ならそれなりに観光客が多くなるだろう場所である。
一種の小旅行のようなものだ。その意味に関しては正直図りかねるところがあるが、どうやらこの学校では恒例行事のようなものらしい。
野球応援のようなものだと割り切って楽しめと担任教師から言われた覚えがある。
「君たちはこの旅行中、魔術的な事件が起きないように、並びに何か事件が起きた場合はそれを解決しなければならない。それを肝に銘じておいてほしい。まぁ大丈夫だとは思うが」
「なるほど・・・わかりました」
大丈夫という意味には恐らく二人がそれぞれ有名な魔術師の弟子だからというのも含まれているのだろう。
正直それだけでは安心できる状況ではないとはいえ、確かに二泊三日の中で何か事件が起こるとも考えにくかった。
「今日の話はここまでだ。各学年ごとの主席は随時連絡を怠らないように。ライリーベル、今後の一年の連絡役は君に任せる。構わないな?」
「はい、そのように彼とも話を終えています。連絡先に関してはこちらに」
そう言って文が連絡先の書かれた紙を宙に舞わせる。いつの間にか魔術を発動したのだろう、柔らかな風がそれらをそれぞれの学年の魔術師たちに届けていく。
それらを受け取ったのを確認すると康太と文は一歩下がってから体育館から出ていく。今日の用事はすでに終わった、この場に残っている意味もない。徐々に文の魔術の光球が消えていく中、康太たちは体育館から足早に離れていた。
高校にいる魔術師たちの状況を知ることができただけ重畳というものだろう。少なくとも今のところ自分たちと面倒事を起こそうという気は相手にはない。
そしてこちらもそれは同じだ。少なくとも彼らと事を構えるつもりはない。少しの間は平穏を享受できるだろうと半ば安心していた。
引き続き予約投稿二回分
反応が遅れてしまうのはご容赦ください
これからもお楽しみいただければ幸いです




