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ポンコツ魔術師の凶運  作者: 池金啓太
十五話「夢にまで見るその背中」
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その背中と感情

得られた情報は康太たちが思っていた以上に重要なものだった。というより、この男から得られる情報はないくらいに考えていたのだ。


だが実際には彼から得られたものは大きい。


『パンダ』というあだ名の魔術師、その特徴をかなり得ることができていた。


彼らの言うような白と黒を基調にした仮面、そして彼の身体的特徴も把握できた。百八十半ばの高身長で、体格はかなり分厚い。がっしりしているというより、分厚いという印象が強いのだという。


筋肉だけではなくある程度脂肪も蓄えられているということだった。完全に鍛えあげられたというより、鍛え上げたからだが鈍って筋肉がぜい肉に変わったというような印象を受けたそうだ。


声は男のもの、声質から三十代後半くらいだとのこと。そして何より特徴的だったのは右足を引きずっているということだった。


さらに言葉に独特のなまりがあるのだとか。どこか地方の出身の可能性が高いとのこと。少なくとも標準語のイントネーションではないらしい。


身体的な特徴はかなりある。これならば特定することは不可能ではないだろう。


その人物が戦闘したところどころか、魔術を使ったところさえ見たことはないらしく、それだけ念入りに自身の魔術を隠しているということがうかがえた。


その身長の高さや体格、そして右足に抱えていると思われる何らかの不調。


さらに今支部長が手配した魔術師が追跡を行っている。これだけの条件がそろえば追い詰めることができるのは時間の問題ではないかと考えていた。


「以上が、今回の報告です」


文たちは情報を聞き終えると支部長のもとへと報告にやってきていた。気絶した魔術師たちを全員放置した状態で戻ってきたのは少々心苦しいが、あとはあの場にいる魔術師たちが何とかするだろう。


事情をすべて聞いた支部長は眉をひそめていた。魔術師が描いた仮面の模写を見てどうしたものかと頭を悩ませているようだった。


「・・・十分以上・・・いや、最高に近い形で調査を終えたことになるね・・・さてとどうしたものかな・・・」


「追跡してくれている人からの連絡は?まだないんですか?」


「今のところはまだないね。追跡には一家言持ちだから問題はないと思うけれど・・・問題なのはその人物がどこに逃げるかってところだ」


「・・・ちなみに、そいつの特徴に心当たりは?独特のイントネーションに右足を引きずった大柄な男」


「・・・思い当たる人物はいないな・・・それだけ特徴的な人間なら覚えていてしかるべきなんだけど・・・最悪の想定を考えておくべきかな・・・」


「・・・最悪?」


「・・・その人物がうちの支部の人間じゃないってことさ。可能性としては十分にあり得るだろう?」


支部長の言葉に康太と文、そして倉敷はものすごくいやそうな顔をする。もともとただ魔術師が集まっているという状況を把握するためにやってきたというのに、ふたを開けてみればほかの支部とのかかわりまで出てくるとなるとその厄介ごとのレベルはちょっとやそっとのレベルではなくなる。


独特なイントネーションというのが気になるところだが、まだ断言はできない。何よりそんなことを大々的にやっている者が日本支部の管轄のこの国で何をしようとしているのか疑問で仕方がなかった。


「あの支部長・・・ぶっちゃけ俺らの・・・ていうかベルへの依頼ってどうなります?少なくとも今のところやるべきことは全部やったって感じで、裏で操ってる可能性のある奴も把握したって感じですけど」


「・・・そうだね・・・確かに依頼内容に対しての活動結果としては十分すぎるかもしれない・・・ただその・・・重ねて申し訳ないんだけどね、もう一つお願いが」


「支部長、報告に来たぞ」


康太たちが話をしていると支部長室の扉がノックされ、返事も待たずに一人の魔術師が入ってくる。

康太たちはその声に聞き覚えがあった。


「お、君たちも報告に来てたのか。タイミングとしてはばっちりだったかな?」


「来てくれたか。ライリーベル、ブライトビー、トゥトゥエル、紹介するよ。今回追跡の任を担ってくれた魔術師『シェロ・マイヤ』だ」


「初めまして。君らが気を引いてくれてたおかげでこっちは仕事が楽だったよ」


そういいながら仮面越しでもわかる朗らかな笑みを含んだ声を出す魔術師シェロ・マイヤ。


身長は百七十に届くか届かないかといったところだろうか。若干小柄ではあるもののその体はなかなかに筋肉質だった。


「じゃあシェロ、とりあえず報告を」


「こいつらがいてもいいのか?一応関係者だからいいのか・・・?」


「あぁ、彼らは信用できる。話してくれ」


その言葉に康太と文はしまったといやな顔をしていた。このタイミングでこの話を聞かされるということがどういう意味を持っているのかわかっているのだ。


巻き込むつもりだ。この件がどれほどの規模の話になるかはわからないが、支部長やこの日本支部の立場から信頼できる人間だけにこのことを明かすつもりだろう。


つまり信頼できるという条件だけで協力者を募っていくことになる。


上澄みのごく一部、きっかけに近い形とはいえこの件にかかわってしまったのだ。このまま本筋の話にまで康太たちを巻き込もうとしているのかもしれない。


さっさと報告を済ませて帰ってしまえばよかったと康太と文は強く後悔していた。


「まず結論から・・・逃げて行った魔術師の拠点は確認したよ。協会の門を経由してたから追跡がちょっと面倒だったけど・・・場所は中国だ」


「・・・中国地方とかじゃなくて?」


「国のほうだな・・・つまり今回の件は」


「・・・中国支部とのかかわりが出てくるってことかい・・・?厄介な・・・」


中国。日本のすぐ隣にある大陸に存在する大国。かつての日本との関係もありその関係はあまり良くない。


一般的な認識とその程度の知識しかない康太にとって、中国支部とやらがかかわってくるとわかった段階でどのような面倒が押し寄せてくるのか想像もできなかった。


だが今回の件にかかわっているのが日本支部の人間ではなく、ほかの支部の人間の仕業であるとわかった時点でそれはそれで面倒だ。


これ以上の現場の調査はほぼ意味がないかもしれない。何せあの場にいた、何かを観察していたと思われる人間が逃走したのだ。おそらくもう二度とあの場には現れてこないだろう。


「それで支部長、報告をさえぎってすいませんが、これからどうします?ベルの依頼はこのまま継続させるつもりですか?」


「いや、さすがにここは一度中止だね。何せほかの支部が出てきたとあっては現地でまともな情報が得られるとは思えない・・・でも君たちのおかげでここまでこぎつけた。それは感謝しているよ」


ひとまず今回の依頼はこれで終了という形になりそうだった。


それを喜ぶべきなのか悲しむべきなのかはわからない。康太が思っていたよりも大分違う結末による終了だが、ほかの支部が出てきてしまった時点で康太たちの出番はほとんどないのだ。


何せ話の規模がただ日本支部の内部の話から、日本支部になぜか干渉してきている中国支部との話し合いになりかねない。


無論中国支部の魔術師が勝手に活動して日本に魔術的な干渉をしているという可能性も否めないがまずは各支部の長同士でこの状況を正確に把握することが必要になるだろう。


康太たちに与えられた仕事は一度終了。これからは支部長が直々に仕事をしなければいけないことも多くなってくる。


おそらく専属の魔術師たちを主に使っての調査になってくるだろう。初動調査の依頼はほぼ終了だと思っていい。


「さて、こんな形になってしまったが、君たちには本当に助けられた。本当にありがとう。今回のことは感謝してもし足りないよ」


「そりゃどうも・・・まぁこっちはおいしいところを持ってっただけだ。あんまり大したことはできてないさ」


「そういってくれると助かるよ・・・さて・・・ライリーベル。本当にありがとう、君のおかげでかなり情報が集まった・・・こんなに早く状況が進むとは思っていなかったから少し焦ったけどね」


「おほめに与り光栄です。まだまだ未熟なので周りの人に随分と助けてもらいましたけど・・・」


そういって文はほんの一瞬康太のほうに視線を向ける。康太がいなければ今回の依頼は間違いなくこなせなかっただろう。


それだけの難易度を持っていた依頼だった。主に戦闘面でやはりまだ自分は康太に劣っているのだという自覚と、実績を作ったことで康太に対する劣等感を強めたが、同時に康太に対して今まで持っていなかった感情を有することになったのはまた別の話である。


「報酬に関してはこちらのほうで用意させてもらうけれど・・・君たちはどうするべきかな?まずはライリーベルに一括で払ってあとで山分けしてもらうのが一番かな?」


「そうですね。あとは今回の成果に応じたものをいただければと思います。今回はビーやらトゥトゥやらアリスやらに手伝ってもらったので彼らにも支払いたいですし」


「わかった。成果などを見越して支払うよ。今回のことで君の評価はだいぶ上がるだろうね。調査系のことに関してはかなり強いらしい」


「いえ・・・正直純粋な調査系の依頼は私ではまだまだ・・・今回はある程度戦闘も見こされる総合的なものだったのでまだましだったかと」


文の立ち回りは専門家の魔術師からすれば決して褒められたものではなかっただろう。だがそれでも全く評価に値しないというものでもないのだ。


万能手。


そういえるだけの実力を文は収めつつある。もちろんまだまだ足りないところは多いしそれらを補うために誰かとともに行動しなければいけないということも多い。


だがそれでも文は確実に実力をつけつつあるのだ。


「もしかしたら・・・話が進展したらこちらから君たちにまたお願いをすることになるかもしれない・・・その時は、よろしく頼むよ」


「・・・面倒ごとはごめんですけど・・・支部長から頼まれたら断れませんね」


「そういってくれると助かるよ・・・ブライトビー、トゥトゥエル、シェロ、君たちも頼むよ」


「はいよ・・・できることはするつもりだ」


「俺にできることなんてたかが知れてますけど、頼ってくれるなら応えますよ」


「俺なんかでよければ」


三人とも支部長から依頼を受ける場合は特に問題さえなければ快諾するつもりのようだった。


何せ今回のことは自分たちも無関係ではいられない。多少面倒だとは言え放置しておくのは少々危険すぎるのだ。


他国の魔術師による侵略ともとられないこの行動、これがのちにどのような結果を及ぼすのか、康太たちはまだ知らない。









「ふぅ・・・今回はやたらと疲れたな・・・さすがにしばらく休みたいよ・・・」


「んだな・・・つーかこれ以上俺を引っ張りまわすなよ?今回のことでよくわかった。お前ら危なすぎ」


「なんだよ、別に俺が危ないってわけでも文が危ないってわけでもないだろ?ただちょっと運がないだけなんだからさ」


魔術協会からの帰り道、康太たちはすでに魔術師装束を外してそれぞれ帰路につこうとしていた。


倉敷は悠々と歩いている中、康太と文は若干速度を落として歩いている。


なぜなら文の体には今ウィルが歩行補助としてついているのだ。まだ体の痛みは完全に抜けきっておらず、大事をとって康太が文の家まで送ることにしたのである。


「ていうか鐘子は平気なのか?まだ足引きずってるけどよ」


「問題ないわ・・・って言いたいけどやっぱ痛いわね・・・ウィルが助けてくれてるからまだましだけど、これがなかったらだいぶつらいかも」


「うちのスライム君お手柄だろ?一家に一台ほしいくらいだ」


「助かってるのは本当だけど作り方を考えるとかなりげんなりするけどね」


ウィルの作り方をほぼ正確に理解している文としてはウィルそのものを新しく作ろうとは思えなかった。


倉敷はそんなもんなのかねと思いながら康太たちが進もうと思っているのとは別の道に進もうとする。


「それじゃあな。気をつけて帰れよ?もう俺に面倒押し付けるなよ?」


「それじゃあな倉敷。また面倒があったら連絡するから」


「何かあったら頼らせてもらうわ。お願いね」


「お前らは人の話聞く気ないのか・・・?」


また面倒なことに巻き込まれるのだろうなと倉敷はあきれているようだったが、これ以上二人に口答えするのも馬鹿らしいと思ったのか、その場から足早に去っていく。


その背中を見送りながら康太は小さく息をついていた。


「にしても文、倉敷じゃないけど本当に大丈夫か?何なら一度姉さんに見てもらいに行くか?今の時間だと・・・さすがにもう帰ってるだろうけど・・・」


「・・・大丈夫よ、それよりちゃんとエスコートして。ウィルが補助してくれてても歩きにくいことには変わりないんだから」


そういって文が手を差し出すと康太は何の抵抗もなくその手を掴んで文が歩きやすいようにほんのわずかだが体を支える。


「・・・ごめんね康太・・・今日はあんたに助けられっぱなしだわ・・・」


「どうしたんだ?今日はやけにしおらしいな。なんかあったか?」


「・・・あったわよ」


文は康太の手から伝わる体温を自分の手で感じながら小さくため息をつく。


この手に助けられた。この背中に救われた。まったく恥ずかしく、悔しがる場面なはずだ。劣等感を抱え憤り、普段の文ならばあんたになんて負けないからと強気な発言をしてしかるべき場面のはずなのだ。


だがそんな言葉の一つ一つがのど元まで登ってきては消えていく。まるでそれ以外に言いたいことがあるとでも言わんばかりだ。


文自身そのことを理解しながらも、康太に対して一体なんといえばいいのか、何を伝えるべきなのか全くわからずにいた。


「ねぇ康太・・・今日私が一人になったときさ、助けに来てくれたじゃない?そのときに気が気じゃなかったって言ったけど・・・あれってどういう意味だったの?」


「え?どういう意味も何も・・・そのままの意味だけど?」


そのままの意味。康太がどういう意味でその言葉を言っているのか文はわかりかねていたが、その言葉が妙に特別なもののような気がしてならなかった。


自分の体が熱くなっていくのがわかる。顔に血が集まっているのがわかる。どうして康太の大したことのない一言で自分がここまで動揺しなければいけないのか、文は理解できなかった。


「まぁとりあえず無事でよかったよ。文がいなくなったら困るからな」


「・・・困るって・・・どういう風に?」


「いろいろ。ていうかたぶんあらゆる意味で困る。お前がいなきゃたぶん俺いろいろ何もできなくなると思うし・・・」


文がいなくなったら。もし文が何者かに倒されたら。そんな想像をして康太は自分の体の奥から湧き上がるような何かがあるのを感じていた。


それがどのようなものであるのか康太自身理解していないが、わずかに沸き上がったその感情を近くにいた文は感じ取っていた。


「・・・康太・・・ごめん、ちょっと頼んでいい?」


「ん?どうした?」


「歩くのきつくて・・・運んでくれない?」


「お、今日の文はずいぶんと頼ってくれるじゃないの。はい喜んでっと」


康太はウィルに指示しながら文の体を軽く背負って見せる。


もともと康太の筋力でも軽く持ち上がる文の体、ウィルの補助が追加されその体は簡単に持ち上げられてしまった。


この背中に助けられたのだと、文は康太の背に全部の体重を預けながらその背中から伝わる体温を感じ、ゆっくりと目を閉じていた。


これがどういう感情なのか、ゆっくりと自分の中でそれを溶かすように浸透させていく。


一番近いところにいた魔術師。当たり前のように一緒にいることになった魔術師。同級生でどうにも憎めない、どこか少し抜けた魔術師。放っておけない、手のかかる同盟相手。


文は今まで康太のことをそんな風に思っていたはずだった。


だが少しずつ、文の中で康太の存在が変わり始めている。いや、もうすでに決定的に違うものになっているのかもしれない。


どちらにせよ、もう文は康太と今までのような関係ではいられない。それを自覚した時が、新しい関係の始まりになるだろうことは文自身まだ理解できずにいた。


50件分誤字報告を受けましたが物語の切り替わりなのでまず三回分投稿。残り分は明日投稿することにします。



大量投稿の時に限ってこれですよ。


これからもお楽しみいただければ幸いです

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