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ポンコツ魔術師の凶運  作者: 池金啓太
十五話「夢にまで見るその背中」

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多勢VS少勢

この場にいる敵性勢力の魔術師は三人。負傷した氷を扱う魔術師に念動力を扱う魔術師、そして拠点で待機していたはずの魔術師だ。


三人目の拠点に待機していた魔術師は戦術も実力も不明。この中で一番不気味な存在だった。


さらに一人拠点の中に残っていると思われるが、康太の索敵では彼らの拠点まで索敵することはできない。


なにより、康太は今そんなことを気にしていなかった。


一秒でも早くこの連中を片づける。ウィルをまとった状態の康太の姿は変化していき、禍々しい鎧をまとった騎士のような姿へと変貌していた。


その姿は魔術師のそれとは到底思えない。攻撃のみを目的としていると思われる、本来の用途とはかけ離れた鎧に槍。あれを見て魔術師だと思えるものは数少ないだろう。


康太は肉体強化の魔術をかけると相手に近づこうと一気に駆けだしていた。第一目標はすでに決まっている。


負傷した氷の魔術師めがけて襲い掛かった康太は相手の動きが鈍いのを理解したうえで高速で移動しながらその体めがけて攻撃を仕掛けていた。


無論相手も攻撃されるとわかっていて何もしないわけではない。先ほどのように氷の鎚を振り回すことはうまくできないようだったが、その代わりに地面から氷柱を突き出して康太めがけて攻撃を放っていた。


そして康太が近づいてくるとわかった時点で念動力を扱う魔術師も動き出していた。周囲にある物体を宙に浮かせるとそれを康太めがけて投擲していく。


どうやら人間大のものを浮かせるとなるとそれなりに集中が必要なのだろう。そのため攻撃の時は小物などを飛ばすことで攻撃してくるようだった。


とはいえ周囲には先ほどまで康太たちが戦っていた結果できた氷のつぶてが山ほどある。それらを飛ばせば十分以上に攻撃としては成り立つだろう。


さらに拠点で待機していた魔術師も動き出していた。


両手に光り輝く球体が作り出されたかと思えば、光る球体は宙に浮き康太めがけて襲い掛かってくる。


雷光などがないところを見ると電撃ではない。おそらく光属性の魔術か火属性の魔術だろうかと判断しているとその光の弾丸、そして念動力によって動かされている氷のつぶてから康太を守るように水の奔流が盾となって立ちふさがった。


康太が一人で前に出たと同時に倉敷は康太を守る行動に移行していた。自分の水の攻撃は氷の魔術師によってほぼ無効化されてしまう可能性が高いためにここぞという時以外では使わないようにしたいのである。


そのためまずは康太のフォローを最優先に動いたのだ。


水の奔流は氷のつぶてをすべて押し流し、光の弾丸を飲み込んで見せた。だが光の弾丸だけは水の流れに干渉されることなく直進し続ける。


水の流れに押されないだけの操作を行っているのかそもそも物理的な干渉を受けないのかは不明だったが、現段階では警戒するしかないと、康太は自身に襲い掛かる氷柱を跳躍して躱しながら上空にお手玉を投擲し、自身の装備している盾に込められている鉄球と一緒に炸裂鉄球、そして同時に再現の魔術を発動し槍の投擲を発動していた。


盾は新たに現れた魔術師に、炸裂鉄球は氷を操る魔術師に、再現による槍の投擲は念動力を操る魔術師に向けて放っていた。


完全に警戒状態を保っている氷の魔術師は氷の盾を作り出すことで鉄球から身を守り、光の弾丸を作り出した魔術師は同じような光の壁を作り出して鉄球の攻撃を防いで見せていた。


念動力を操る魔術師は再現の魔術を何かしらの方法で感知したのか、炸裂鉄球から逃れるために地面すれすれを飛行しながらその槍の軌道から大きくそれることで容易にそれを回避して見せる。


康太は攻撃すると同時に自分に向かってきた光の弾丸を槍で攻撃してみる。すると光の弾丸は硬質な音を響かせその場で炸裂していく。


光の欠片のようなものをまき散らし、わずかにウィルの鎧に直撃するとそれらが斬撃に近い威力を持っているということが把握できた。


光そのものに物理的な干渉能力を持たせる魔術。いや光っている物体を作り出す魔術といったほうがいいだろうか。


弾丸自体は康太が使う炸裂障壁のそれと似たようなものだ。直撃すると炸裂し斬撃に近い攻撃を与えることができる。


先ほどの光の盾も炸裂鉄球を防ぐことができる程度には高い防御力を持っているようだった。


厄介だなと思いながらも、すでに康太は次の攻撃の手段を決めていた。


地面すれすれに飛行している念動力の魔術師めがけて、暴風の魔術を発動すると周囲に転がっている大量の氷のつぶてが吸い寄せられるように念動力の魔術師めがけて勢いよく襲い掛かる。


何とか身を守ろうと念動力で氷のつぶてを操ろうとするが、数も速度もありすぎてうまく防ぐことができずにいるようだった。


どうしようもないと真上に逃げようとした瞬間、その行動の間違いに気づく。


すでに康太が真上に位置し、右腕にウィルを集中し巨大な拳にした状態で高速で落下してきていた。


落下と同時に動作拡大の魔術を発動し右腕を振り下ろす形で思い切り地面にたたきつける。ちょうど上に向かおうとしていた念動力の魔術師はその攻撃を真正面から受けてしまい、地面にたたきつけられたことで脳震盪を起こしたのかそのまま意識を手放した。


当たり所が悪かったのかその右腕と左足は折れ、すでに戦うことができる体ではなくなっていた。


「まず一人・・・」


康太が最初に狙ったのは念動力を扱う魔術師だった。康太は念動力の魔術と、もっと言えば無属性の魔術と相性が悪い。


康太が得意としている属性は無属性だが、それはあくまで使用する場合に限られる。康太は肉弾戦や物理攻撃がメインであるために念動力などでそれらを防がれたり先ほどのように動きそのものを阻害されると戦闘能力が激減してしまう。


そのため念動力を扱う魔術師を最初に狙うために炸裂鉄球や再現の魔術を使って相手を誘導し、ウィルの力を借りた動作拡大の魔術によって一撃で倒すことにしたのだ。


ウィルの体を一部分に集めることで威力を高めることはできるがその分動きは鈍くなる。そこで空中に足場を作り落下する速度を高めた状態で拳にウィルを集め一撃を放つことで速度の遅さをカバーしたのである。


その分高い威力になり相手にもかなりの負傷をさせたが、康太は今そんなことを気にしていられる余裕はなかった


康太は右腕に集中していたウィルを再び鎧に戻すと、次に氷を扱う魔術師に目をつける。


倒せる相手から倒していく。康太のその考えに変わりはない。だがその前に一つやることがある。


「トゥトゥ、あの光の弾丸には近くの氷をぶつけてみろ。たぶん無力化できる」


「オッケーだ。固体に当たると炸裂する感じか?」


「たぶんな。別の攻撃してきたときは気をつけろ。水だと防ぎきれるかわからないぞ」


「了解、その前にこっちも奥の手を出すさ」


「先にあの氷の奴仕留めてくる。それが終わったらいったんベルの救出に行く。それまであの光の奴頼んだぞ」


「オーライ。さっさと仕留めて来いよ。早くしないとこっちも終わらせちまうぞ」


「そうしてくれると助かるよ」


康太は負傷し、その場から動くことのできない氷の魔術師を標的として一気に動き出す。


とはいえ相手もそれをさせるつもりはないのか、氷の魔術師は先ほどとは違い氷の刃のようなものを康太めがけて投擲し、光を扱う魔術師は先ほどと同じく光の弾丸を康太めがけて飛ばしてくる。


倉敷は今度は地面に転がっている氷のつぶてを巻き込みながら水の奔流を作り出すと光の弾丸に氷のつぶてを当てるような形で康太を守って見せる。


水の中に含まれた氷のつぶてに光の弾丸が接触すると同時に光の弾丸ははじけて氷のつぶてを砕いていく。


どうやら康太の推察は当たっていたようだった。これなら倉敷でも光の弾丸の攻撃は攻略できる。


だがそれも相手が次の魔術を使うまでの間だ。康太は氷の刃を回避しながら一気に氷の魔術師めがけて接近していく。


射撃系の魔術であるならば康太にとってはそこまで脅威にはならない。近づけることを避けようとしている時点で康太の勝ちは揺るがない。


康太は相手の攻撃をよけつつも再現の魔術を駆使して徹底して射撃攻撃を行いながら近づき応戦する。

そして盾に含まれている対生物用の炸裂鉄球を発動していく。


相手も攻撃が来るとわかっているのか氷の盾を作り出して防ごうとするが、先ほどよりも高い威力の鉄球に氷の盾は砕かれて行ってしまう。そして砕けた氷の盾の合間を縫うように再現によって作り出されたナイフと槍の投擲が襲い掛かる。


腕についている氷の鎚を盾代わりにして防いでいるところを見ると、あの鎚の硬度は通常の氷よりも高いものであるらしい。


思えば先ほども何度もたたきつけていながらもほとんど損傷していなかった。通常の氷よりも高い魔力を注いで作り出していると思われる。


負傷した状態で自分の動きが鈍くなることよりも、自分の体に武器兼防具がなくなるのを嫌がっているのだろう。


よほど自信があるのかもしれないがあいにく康太はそんな自信に付き合ってやるほど暇ではなかった。


氷の刃を回避しながら一気に駆け寄ると、さすがにこの距離で攻撃しても無意味だと察したのか、康太めがけて氷の鎚を思いきりたたきつけてくる。


足場からは氷の氷柱を、そして自身では氷の鎚を繰り出すことで康太への攻撃を繰り返していた。


とはいえ再現の魔術で空中に足場を作ることのできる康太にとって脅威とは言えなかった。


逆に氷の氷柱を足場に、再びウィルを右腕に集め振り下ろされた鎚に向けてたたきつける。


衝撃音とともに康太が足場にしていた氷の柱が砕け、康太は後方へとはじかれてしまう。


威力はあちらのほうがまだ上。ならばと今度は拡大動作を含めた状態で思い切り拳をたたきつけた。


相手も動きが鈍っているのであればウィルの打撃強化状態でも十分立ち回れる。康太が拳をたたきつけると今度は相手の鎚と威力がほぼ互角になったのか、どちらもはじかれることはなかった。


そんなことを何度か繰り返し、康太は頃合いを見て魔術を発動する。


蓄積の魔術。康太がたたきつけた拳の一撃の威力はすべてあの両腕についている氷の鎚に蓄積され続けている。


一度にそれを解放したことで、氷の鎚は粉々に砕け、同時にその鎚とほぼ一体化していた魔術師の両腕は完全にひしゃげてしまっていた。


これでは戦えないだろう。それがわかったうえで康太はもう一度拳を振り上げその体めがけてたたきつける。


動作拡大の魔術も含まれたその一撃は氷の魔術師を吹き飛ばし地面を何度も跳ねながら転がっていく。


魔術師は完全に意識を手放し、康太は小さく息をついた。


「二人目」


康太たちがそんな戦いを繰り広げている中、文は三人を相手にぎりぎりの戦いを強いられていた。


持ち前の素質の高さと魔術師としての実力から、三人を相手にしても文はぎりぎりのところで何とか踏ん張ってはいるが、それでも多勢に無勢。


索敵、防御、攻撃、そのすべてを一人で担わなければいけないこの状況は文にとってかなり負担になっていた。


それも無理のない話である。普段であれば康太に攻撃のほとんどを任せ、相手からの攻撃も引き受けてもらう形で戦うのが基本のスタイルになりつつあったのだ。


一人で戦うことを想定していなかったわけではないが、それにしても三対一というのはあまりにも想定外すぎた。


数の利を活かされるとここまで厄介なのだなと文はよく認識していた。


自身が使える魔術を最大限に利用し、勝つことを目的とせず何とか逃げ回ることを最優先にして立ち回る。


索敵魔術で相手の位置を把握、光属性の魔術を使って暗闇地帯をいくつか作ることで相手の視覚をごまかし、風の魔術で自分の機動力の底上げ、相手の動きの阻害、そして隙あらば水と雷属性の合わせ技で相手を攻撃するという、文が得意とする属性魔術をすべて使った基本的な逃げの戦法をとっていた。


これは文が小百合と戦闘訓練をするときによくやる手である。圧倒的強者を前にした時に文が行う基本戦法。とはいえ小百合との訓練の時のように強者との一対一ではなく、三対一というのが文の処理能力の大部分を必要とする原因となっていた。


康太たちのほうにもまだ魔術師が残っていた。こちらに応援に来れるとは思えない。何より文自身が強がって大丈夫などと口走ってしまったのだ。


今更ながら文はそれを後悔していた。


せめて康太がいれば状況をいくらでも変えることはできるだろうにと思いながらも、この状況を自分自身で作り出したのだから自分で何とかするしかないと文は自分自身に活を入れながら目の前にいる三人の魔術師に目を向けていた。


魔術師の実力は文よりも下。少なくとも魔術の扱いのレベル自体は平均よりやや上程度のものでしかないのは把握していた。


機動力に優れている魔術師、風の属性に加えて若干の念動力、さらに水の魔術を扱う主にほかの二人の補助を行うための魔術師だ。この魔術師は攻撃はほとんどしてこない代わりに文への妨害、そして味方への補助を徹底的に行っている。


特に文が行う水の魔術で作り出した霧によってできた雷の道を風で吹き飛ばしてくる。妨害に防御、補助もこなすかなり厄介なタイプの魔術師だ。可能なら彼を一番に倒したいところだが、水の魔術を扱うということもあって電撃では彼に決定打を与えることができない。文の相性の悪い相手だった。


そして補助一辺倒の魔術師に比べ攻撃をメインとした魔術師が二名。康太が使う魔術と似た効力を持った、いわゆる念動力の弾丸を繰り出すタイプの魔術師とナイフなどの武器を飛翔させて攻撃してくる魔術師だ。


どちらも念動力の魔術を得意としている魔術師なのだろうがタイプが違いすぎる。


視覚で判断できる飛翔するナイフなどの武器は躱すことはそう難しくはない。だが文は物理的な防御手段が乏しい。倉敷のまねで水の盾を作り出すが、文は水の魔術はあくまで補助的な扱いしかしたことがないためあまり効果を及ぼさない。


とはいえ風の魔術ではナイフなどの物体は飛ばしにくい。多少軌道をそらす程度のことしかできないため完全な防御というのはかなり難しかった。


文自身も無属性の障壁を作り出す魔術を覚えているものの、攻撃に対して反射的に作り出せるほどの練度は持ち合わせていない。


さらに言えば視覚的に、そして索敵によって判別しやすいナイフでの攻撃に比べ、念弾は見ることも難しければ索敵で判別することも難しい。


念弾一発一発の威力はそこまではない。普通に殴られる程度の威力しかないため肉体強化や多少の壁を作ってしまえば脅威とはなり得ないのだが、見えているナイフの攻撃に加え見えない念弾が加えられると面倒なことこの上なかった。


ナイフのほうに意識を割いていると念弾が狙いすましたように飛んでくる。しかも念弾はある程度コントロールできるらしい。


直線で単純な動きであれば先ほど言ったような殴る程度の威力だが、多少威力を落とせば曲げたりすることができるようで不規則な方向から念弾が当たってきたりする。


物理的な攻撃手段を有している魔術師とは戦ったことはあるとはいえ複数相手にするとここまで面倒になるとは思っていなかっただけに文は歯噛みしていた。


こんなことならもっと物理的な防御手段を有していくんだったなと後悔しながら周囲に電撃を放っていく。


だがこの電撃が防御専念の魔術師によって簡単に防がれてしまうのがまた文のつらいところだった。


電撃を放っても水の魔術を放つことで簡単にその軌道を変えられてしまう。おそらく先ほどまで康太たちと一緒に戦っていた念動力の魔術師は、文の魔術の相性的にこちらに配置されている魔術師たちに任せたほうが有利に戦えると理解したうえでこの場所に飛ばしたのだろう。


グループでの戦闘に慣れている。あくまで自分たちがやりやすい相手と戦う。しかも一人一人ではなく多対一になるようにうまく調整している。


状況分析も早いうえに、この場にいる三人の魔術師も決して無理な攻めはしていない。踏み込んで自分を危険にさらすよりも少し間をおいて攻め続けたほうがいいと理解しているのだ。


有利な状況を崩すことなく攻め続ける。この状況でもなお強気に広範囲の縄張りを保持し続けているだけあって戦いそのものに慣れている感がある。


これはまずいかもしれないなと、文は念弾の攻撃を体で受け止めながらナイフの攻撃を回避し何とか状況を打開できないかと頭を回転させ始めていた。


相手の攻撃の中で厄介なのは念弾による打撃である。ナイフの攻撃はその軌道と動きを予想しやすいため簡単に防ぐことも回避することもできるが、念弾だけはどうしても反応が遅れてしまう。


索敵を張っていても無属性の念動力に属している攻撃は感知しにくく、反応もしにくい。威力が低いのが唯一の救いだ。


体で打撃を受けても多少痛いだけでそこまで致命的なダメージは負わない。ぎりぎりで反応してある程度魔術師装束に装着されている装甲などで軽減することもできるし、場合によっては腕などを盾にして防ぐこともできる。


普段康太が使う再現の魔術がどれだけ面倒なものかを再認識していた。康太が使う再現の魔術によるナイフなどの攻撃はそもそも投擲などを再現しているものであるため軌道を変えるということは基本難しいようだが、見えにくく感知しにくい攻撃で斬撃を扱えるというのは大きな利点だ。


打撃と違って斬撃は体で受けるとまず間違いなく出血する。出血すればそれだけ死の危険が付きまとい、何より体力を消耗してしまう。


文が今ナイフのほうに意識をとられ、念弾による攻撃を受けているのと同じ理屈で、どうしても斬撃のほうに意識を集中してしまう。


とはいえ、いくら威力が低いとは言っても人が普通に殴る程度の威力はあるのだ。何度も何度も受け続けていれば当然体の中にダメージは蓄積されていく。


これ以上攻撃され続けるのはまずいと判断し、何とか状況を打開するべく文は視線を動かし続ける。


今文にとって脅威となっているのはあくまでナイフの攻撃だ。これを何とかできれば文にも勝ちの目が出てくる。


相手の攻撃を何とかしなければこちらが満足に攻撃することもできない。片手間で突破できるほど相手の防御は脆くないのだ。


飛翔しているナイフは全部で八つ。これらすべてを無力化することを前提に行動することを最優先にするべきだろうと文は考えていた。


相手がまだ武器の類を隠している可能性はあるが、なんにせよあのナイフが邪魔でうまく行動できないのだ。


仮に念弾の攻撃になってもある程度の威力であれば痛みを我慢すれば問題なく攻撃に集中できる。


自身に襲い掛かってくるナイフに文は的確に電撃を着弾させていった。するとナイフに電撃が付与されたかのように雷光をまとい始める。


それがどのような効果であるか、相手は最初警戒しているようだったが、帯電している以外特に何の効果も表れないために特に気にした様子もなく攻撃を続けてくる。


文は何度も同じようなことを繰り返し、すべてのナイフに電撃を直撃させ、帯電させることに成功すると、電撃の球体を作り出してそれを近くにあった街灯に向けて放つ。


ナイフと同じように電撃をまとった街灯は一瞬強く光ったかと思うと壊れてしまう。威力としては低いがそれで十分だった。


もとより破壊活動がこの目的ではないのだ。


文が電撃を街灯にまとわせると、先ほどまで宙を自由自在に飛翔していたナイフは動きを鈍らせ、まるで吸い寄せられるかのように街灯のほうへと移動していく。


ナイフを操作していた魔術師は何とかあらがおうとしているようだが、強い力で吸い寄せられるナイフを操ることができなくなってしまったようで完全に制御を手放していた。


結果、ナイフは街灯に貼り付くような形で完全に固定されてしまう。


これは以前文が使っていた魔術の応用だ。多少手間がかかるが電撃を複数の物体にまとわせることで強くひきつけあう、磁石のような関係を疑似的に作り出す魔術だ。


何はともあれ相手のナイフは無力化することができた。あと残っているのは念弾を使う魔術師に防御専念の魔術師。


相手に電撃が効かないのであればこちらも攻撃手段を変えるだけの話だと文は自分の懐の中から小さい鉄の杭のようなものをいくつも取り出す。


自らの魔術によって磁力を作りだし、宙に浮くそれは文の合図と同時に勢いよく射出された。


そう、磁力によって射出される物理攻撃。文が扱える物理的な攻撃の中でも最も射程と威力を誇る攻撃だ。


物理的に鉄の杭を打ち出しているために残弾に注意する必要があるが、今回の相手には十分効果があるとにらんでいた。


とっさに防御専念の魔術師が水の壁を張るも、文の射出した攻撃のほうがやや早い。


先ほどまで使っていた電撃と違って今回のこの攻撃はかなりの速度がある。打ち出すことがわかっていてもそのタイミングを把握できなければ防ぐことは難しい。


結果、文の放った鉄の杭は防御に専念していた魔術師の体に何本か食い込む。あの魔術師さえなんとかできれば電撃での攻撃を本格的にできるのだ、最初につぶすのであればあの魔術師にするべきである。


文は的確に状況の分析はできていた。だが同じように、相手もこの状況を見越していたようだった。


早々に勝負を決めようと杭を連発するが、文の放った杭は唐突に現れた物体によって防がれてしまう。


先ほどまで飛翔していたナイフはすでに完全に沈黙しているが、それとは別の物体が今度は飛翔し始めていたことに文は気づける。


四つのそれは円盤のようにも見えた。それが盾であり刃であると気付くのに時間は必要なかった。


盾であり武器、物理的な防御能力も有した攻撃を相手は隠し持っていたのである。


さすがにそう簡単には勝たせてくれないかと文は内心舌打ちをしながら自身に向けられている念弾を適度に回避しながらどうしたものかと悩んでいた。


先ほどのナイフと同じようにどこかに磁力でくっつけてしまってもいいが、おそらく相手も先ほどの文の魔術の効力を把握しているだろう。


文の扱う電磁力を用いた射撃の威力を最大限まで上げれば、あの程度の小さな盾であれば貫通、あるいは弾き飛ばすことくらいはできるだろうが、それだけ威力を高めると周囲への影響も大きくなってしまう。


先ほどの一撃で一人仕留められなかったのは痛かったと文は内心舌打ちしていた。あの場で仕留められていれば物理攻撃に頼らず電撃で一気に攻め、倒すことができていたというのに。


あそこで相手に気を使ってしまったのが運の付きというべきか。もっと大量の杭を打ち込んでいればもしかしたらと、そんなことを考えてその仮定に意味がないことを察し文は首を横に振る。


相手の攻撃手段は変わらない。念弾に加え先ほどまで八本のナイフだったものが四つの盾に変貌している。


防御に関しては先ほどまでと同様、いや攻撃専門だったナイフが物理攻撃を防ぐこともできる盾になったことでむしろ重厚になったと思うべきだろう。


八方ふさがりというべきか、否、まだ文にできる攻撃は残っている。多少リスキーではあるが相手の防御を崩すにはほかに方法がないのも事実だった。


文は光属性の魔術で自分の周辺を一気に暗くしていく。夜ということもあって暗くすることはそう難しくはない。三人の魔術師がそれぞれ索敵の魔術を使って文の位置を把握しようとするが、その段階ですでに文は動き出していた。


暗闇から抜け出した文は魔術師のうちの一人、念動力で盾を操る魔術師へと全速力で直進していた。


文は自身の体に肉体強化の魔術を施すと同時に、その両腕にエンチャントの魔術を発動し雷を宿らせていた。


急速接近、そしてその両腕に込められた雷の光が明らかに接近戦を目的としているということに気付いた魔術師たちは先ほどとはまた違った対応を取り始める。


防御を担当している魔術師はまず文の行く手を阻むべく風を起こし、その風にわずかに霧を混ぜることで文の腕に込められた電撃を分散させようと試みていた。


念弾を扱う魔術師も同様に文の接近をさえぎろうと念弾を放ち、文に徹底的に攻撃を仕掛け、盾を操る魔術師は自分にこれ以上近づけないように文めがけて盾を襲い掛からせた。


近づかれることを嫌がっているからこその対応であると文は察することができていた。なるほど、自分から近づこうとすると魔術師はこういった反応をするのかと文は内心感心していた。


先ほどまで余裕をもって攻撃し対応していた魔術師たちが急遽保身に走った。ただ雷のエンチャントを施し、近づいただけだというのに一気に防御に意識が向いた。


康太が普段やっているのはこういうことなのだなと文は魔術師戦における接近の意味をこの状況でようやく理解していた。


中距離においての射撃戦ならば相手は攻撃と防御どちらにも対応できるように余裕をもって考え行動を選択することができる。そうすることによって魔術師の総合力をぶつけることができるといってもいいだろう。


だが相手が近づいてくるという条件が加わると、魔術師は第一に相手を近づけないということに意識が向く。


つまり先ほどまで攻撃、防御、補助などと割り振っていた思考の大部分を一時的にとはいえ防御に回さなければいけないことになる。


そうすればこちらは近づくという行動に加え、相手の防御に対して攻撃するという余裕が生まれる。


康太が普段近づくことでどのようにして相手を攻略しているのかがよくわかる状況だ。三対一だからこそ相手もまだ余裕があるが、これが一対一の状況だったら相手はまず距離をとり、安全を確保することを優先する。


三人が繰り出してきた魔術は的確だ。文の行動を無力化するには十分すぎるといってもいいだろう。


だがそこは文も対応する。自身に襲い掛かる暴風を同じく風を操って無効化し、そこに含まれている霧も同時に吹き飛ばした。


念弾に関してはもはやどうしようもないため、文は肉体強化をかけた状態で自身の体の周りにほんの少しではあるが障壁を作り出し防御して見せた。


襲い掛かる盾は何をする必要もない。普段小百合との訓練や奏との特訓で物理攻撃には慣れっこになっているのだ。


ナイフなどのように軽いものならまだしも、盾のようにある程度重量のあるものならいきなり軌道を変えることも難しいだろう。


文はぎりぎりで攻撃を回避しながらさらに足を進め接近しようとしていた。


そして同時に、相手の選択肢をさらに狭めようとした。


ほんのわずかな、威力もほとんどないような雷の弾丸を放つことで、攻撃や補助に向いていた意識をさらに防御へと割り振らせる。


さすがにいくつも魔術を同時に発動している状態ではそう威力も出せないし精度も高くないが、相手の意識をそらすには十分すぎた。


文が魔術師に肉薄しその腕に込められた電撃を放とうとした瞬間、その体に勢いよく何かが襲い掛かる。

それが鉄球であるということに気付くのにだいぶ時間がかかってしまった。


康太が使うのと同じ、いやそれ以上に大きな鉄球だ。おそらく殺傷能力自体は低いが威力を求めたものとして懐に忍ばせていたのだろう。


相手が近づいてきたとき用の奥の手として。


体に張り巡らせていた障壁によって多少は緩和されたが。それでもすべての威力を減衰することはできなかった。


腹部、左肩、右足にその鉄球を受けてしまった文は痛みを覚えながら自分の体が吹き飛んでいることを実感していた。


近距離で受けたということもありほとんど回避も防御もできなかった、脆いとはいえ障壁の魔術を展開していたのが不幸中の幸いだった。だが即座に体勢を整えられるほど文は頑丈ではなかった。


とにかく吹き飛んでいるこの状態を何とかしようと文は風の魔術を発動して自分の体を近くに屋根の上に着地させる。


骨は折れていないと思いたいが、三か所同時に攻撃されたせいで痛みの感覚が散漫になっていて正確に自身の体の状態を把握できずにいた。


せめて重傷箇所がわかればその場所を重点的にカバーできたのにと文はこんな時にも自分が足りないものを実感していた。


うまく体が動かない、痛みのせいで足が痙攣し立ち上がることも難しい状態だった。


何とか上半身だけでも起こすが、自身に向かって三人の魔術師が近づいてきて攻撃する準備を整えているということを確認した時歯噛みする。


三対一、逃げ回っていればまだ何とかなったかもしれない。勝てるかもしれないと接近戦を挑んだのが間違いだったのだろうかと自分に問いかけていた。


未熟な間に接近戦を挑めば手痛いしっぺ返しを食らう。そんなことは何度も教えられていたことだった。


理解していたつもりだったが本当の意味で理解していなかった。今まで康太の後ろで攻撃と補助に専念していたせいで戦いにおいて本当に重要なことを学べていなかったのだと文は強く後悔しながら自身もこの状態に対応しようと集中する。


痛みがあっても魔術は発動できる。訓練でもできることなら実戦でもできる。文は普段の小百合たちとの訓練は決して無駄ではなかったと思いながら魔術を発動しようとする。


まだ負けてはいない。圧倒的不利な状況になったが負けてはいない。まだあきらめるわけにはいかない。

文が意を決して魔術を発動しようとしたその瞬間文と対峙していた三人の魔術師めがけて上空から大量の鉄球が降り注いだ。


文のほうに意識を向けていた攻撃手二人は反応できなかったが、防御に徹している魔術師はその攻撃をいち早く察知し三人を守るような形で水の盾を作り出す。鉄球は水の盾によってその威力を減衰されるも何発かは威力を完全に殺しきれずその体に命中しダメージを与えていた。


いったい誰がそんなものを。そんなことは文は考えるまでもなかった。


真上から落ちてくるその影は文の眼前に、かばうように立ちふさがった。


ところどころ装甲のつけられた黒い外套、背中だけ見てもわかるほどに何度も見たその姿。


前に出て何度も文をフォローし続けたその姿を、文は見て悔しそうに、だがうれしそうに笑う。


そして同時に、どこか背筋が寒くなった。今まで見てきた康太と何かが違うのだ。空気というか雰囲気というか、自分に伝わってくるその感情がどこか鋭い。肌を刺すように伝わってくるその違和感に文は不安を覚えていた。


康太は文が無事ではありながらも負傷しているということに安堵し、同時に強い怒りを覚えていた。


「三対一はちょっと辛かったか?」


「・・・うっさいわね・・・わ、私だって頑張ったわよ?」


「・・・あぁ、あとはフォロー任せた。あいつらは俺が叩き潰す」


こちらに振り返ることもなくそういいながら拳を鳴らす康太、その背中に、文は目を奪われていた。


多くの感情が織り交ざり、それでもなお文を守ろうとしてくれるその背中、今までずっと見てきたその背中が、今は全く違うものに見えていた。


康太が文から離れようとするその時、その体から何かが剥がれ落ちると文の近くにはいよっていた。


それは康太と行動を共にしている魔術、ウィルだった。おそらく自分を守るように命令を受けているのだろう。


だがウィルがいなくなっては康太の戦闘能力はかなり落ちてしまう。さすがにウィルをすべて自分の防御に回すというのは文には容認できなかった。


「ウィル、あんたはビーにつきなさい。私は自分で防御くらいはできるわ」


文の言葉にウィルはどうしたものかと悩んでいるのか震えている。康太が主な魔力供給元かつ命令を聞く対象だとは言え、ウィルは自分で思考する能力をある程度持っている。康太以外の人間の言うことも聞けるはずだと文は考えていた。


結果、ウィルは自分の体を半分に分け、片方を文の防御に、片方を康太に追従する形として見せた。


そういえば分裂することもできるんだったなと、ウィルの多様性にあきれさえ覚えながら文が康太のほうを見ると、康太はいつの間にか槍を構えゆっくりと前に進んでいた。


「ビー、相手の魔術を教えるわ。一人は物体を操作する、今は盾を操ってるわ。一人は念弾、あんたの再現の魔術みたいなものよ、威力は弱いけど曲げることができたりするわ。一人は水とか風の魔術を使って防御と補助に専念してる。厄介よ」


「・・・了解。すぐ片づけるから待ってろ」


すぐ片づける。康太にしては攻撃的な言葉だなと思いながらも文はいつでも康太のフォローができるように構えていた。


「さてと、三対一でこいつをいたぶるのは楽しかったか?」


康太の言葉に三人は返答するつもりはなかった。だが康太はその返答を待つつもりもなく、満面の笑みを仮面の下で浮かべていた。


「覚悟しろ、もう二度となめたまねができないようにしてやる」


まず康太が行ったのは火の弾丸による相手の牽制だった。広範囲にわたってまき散らされ、収束の魔術によって三人それぞれの魔術師へと軌道を変えて襲い掛かる。


火の魔術は見えやすく対応しやすい。三人の魔術師は火の魔術に特に驚く様子もなく適切な対応をとっていた。


念動力で盾を操る魔術師は襲い掛かる炎を二つの盾で防ぎ、残った二つで康太を攻撃。そして防御に専念していた魔術師は三人の周囲に水を展開して万が一にも火が命中することのないように防御して見せた。


味方が防御することを把握していた念弾を扱う魔術師は康太めがけて攻撃を仕掛ける。広範囲から襲い掛かる念弾の雨あられ。先ほどまで文に扱っていたのと同じ攻撃だった。


見える物理攻撃に見えない物理攻撃。確かに文が厄介に感じるのも無理のない相手だ。

だが康太はそんなことはまったく気にしていなかった。


「フローウィル」


康太はウィルを体にまとった状態でそうつぶやくと襲い掛かる二つの盾を完全に見切って躱し、その盾をウィルで捕まえて見せた。


相手が念動力で動かしているのはわかっているため、ウィルのように質量をもった物体をまとわせれば動きはかなり阻害できる。しかも今ウィルは康太の鎧となっているのだ。


その重量は人一人を優に超えている。


この状態でも操れるのであれば脅威だが、このような武器を念動力で操っている時点でおそらく出力自体はそこまで高くないのだろう。


最初は盾を何とか取り返そうと念動力で必死に動かしていたが、やがて無駄だと察したのかウィルの中にある盾は動きをとめる。


そしてウィルの鎧は康太めがけて襲い掛かる念弾をすべて受け止め、まったく康太へのダメージを与えさせなかった。


四つの盾のうち二つを奪われ、今まで主力にしていた念弾を完全に無効化され、攻撃手を担っていた二人はどのように感じただろうか。


攻撃が無力化されるのであれば別の攻撃をするまで。盾を無力化された魔術師は懐から液体のようなものが入った瓶を取り出して見せた。


それがいったい何なのかはわからないが瓶の蓋を開けた瞬間、その液体が宙に舞い生き物のように動き始める。


そして念弾を扱う魔術師は自身の念弾ではダメージを与えられないことを理解してか、別の魔術を発動しようとしていた。


先ほどまでの単純な射撃魔術ではないようで腰を落とし、まるで正拳突きをするかのように片腕を引いている。


二人の様子を見て防御に徹していた魔術師も康太への妨害へと移行していた。康太の周りに風が吹き荒れ、その動きを阻害しようとしている。


なるほど厄介な連携だと康太は眉をひそめていた。


相手の使う魔術から考えて文との相性は最悪だっただろう。この相手に対してこれだけ時間を稼いでいたのだからやはり文は大したものだと思いながら目を細める。


この中で一番厄介なのはあの防御に徹している魔術師だ。康太は文と同じ結論に至っていた。


あの魔術師がいるおかげで攻撃手を担っている二人の魔術師がかなり余裕を持って行動できている。


あの魔術師をつぶすことで多少相手の意識を攻撃から防御に割くことができるだろうと考えていた。


謎の液体が康太めがけて襲い掛かる中、康太は暴風の魔術を発動していた。自身に襲い掛かる液体はその性質はわかっていないが自分に振りかけることを目的としているものであるということは何となく理解できている。


ならば近づけないのが最善手である。康太は暴風の魔術で液体を吹き飛ばそうとかなり強めの風を起こし、自分も迂回するような形で防御に専念している魔術師めがけて接近しようとしていた。


槍を持った状態での接近は相手へもかなりの圧力になるだろう。その証拠に防御専門になっていた魔術師は康太めがけて風を放ち、その接近を阻止しようとしていた。


そして康太の接近を阻止しようと、念弾の魔術師が魔術を発動する。


腕を思いきり横なぎに振りきると、康太の体に強い衝撃が加わる。


はじけ飛ぶように吹き飛ばされた康太は、屋根の上を数回跳ねながらウィルの力も借りて何とか停止する。


強い力が急に襲い掛かった。いや衝撃が襲い掛かったというべきか。康太はそれが自分自身が覚えている魔術と同種のものであるということを理解していた。


種別としては遠隔動作、そして拡大動作の合わせ技のようなものだろう。発動までに時間がかかったところを見ると、消費魔力に加え必要な処理もかなり多いようだが威力はその分お墨付きだ。


ウィルをまとった状態の康太が易々と吹き飛ばされた。ウィルがとっさにクッションになってくれたためにダメージ自体は少ないとはいえそれなりに厄介な攻撃であるのは間違いない。


無属性の攻撃はよけにくい。康太がそのことを一番理解している。あとは相手の動きを把握してタイミングよく回避するほかなかった。


幸いにして相手も動作をしなければいけないということは康太が使う魔術と共通している。ならばやりようはあると握り拳を作りながら槍を構えなおしていた。


優先順位を少し変える必要があるかもしれないなと思いながら、康太は自分の持つ装備を確認していく。

これだけあれば倒しきれる。だが問題は彼らを倒しただけでは終わらないということだ。


まだ倉敷のところに残してきた魔術師がいる。全員叩き潰すには配分を考えて使わなければなと、加減をすることを無視しながらも康太の頭は冷静に今の状況を分析し判断し続けていた。


康太が狙うのは依然として防御に専念している魔術師だ。とはいえそれをさせるほど攻撃手の二人も甘くはない。


謎の液体を何度でも襲い掛からせ、康太が急速に近づいたタイミングで再び強烈な衝撃の魔術がその体に襲い掛かる。


さすがに何度も何度もこの攻撃を受けるわけにはいかない。あまりにも攻撃を受けすぎればおそらく師匠である小百合に怒られてしまうだろう。


何より、このタイプの魔術に対して康太は慣れているのだ。


何せ小百合も似たような魔術を使うのだから。


康太は再び防御に専念していた魔術師に急接近する。だが当然二人の攻撃手はそれを許さない。


前方に謎の液体を、後方から強力な衝撃をそれぞれ康太に向けて放っていた。


だがさすがにそう何度も同じ手を食らう康太ではない。先ほどと同じように液体に対しては暴風の魔術を、そして背後から襲い掛かる衝撃の魔術には拡大動作の魔術を用いて対応していた。


相手が使っている衝撃の魔術はあくまで念動力によって疑似的に再現されたもの。ならば同じように疑似的に再現された衝撃で相殺することは可能だ。そのことは訓練で実証済みである。


自身の拳を拡大化させ放つと、背後から襲い掛かっていた衝撃の魔術は一部相殺され、康太に攻撃を与えることはできなかった。


多少タイミングと軌道をずらしてしまったせいで完全に相殺することはできなかったがこれで十分、康太が接近するのにあと数秒もかからない。


康太が近づいてきているということを把握している魔術師は康太を近づけないように、そして自身は逃げやすいように風を操って距離をとろうとする。


だがその時点ですでに康太は次の一手をとっていた。


盾の中に仕込まれている対人用の鉄球、そして頭上に向けてお手玉を、さらに周囲から迂回するような形で火の弾丸を放ち波状攻撃を仕掛ける。


直線、そして真上から収束する鉄球、角度をつけて襲い掛かる火球。これらすべてに対処する術をすでに魔術師は有していた。


鉄球に対しても炎に対しても水の魔術が有効であることを察している魔術師はその全身を包むように少し分厚い水の膜を作り出す。火の魔術は水の膜で容易に止められ、鉄球も水の膜によってその威力を減衰されてしまいあまり効果的とは言えなかった。


相手が攻撃を防ぎ切ったと完全に安心している中、唐突に水の膜が砕け散りその体に強い衝撃が加わる。

いったい何が起こったのか。それを理解するよりも早くその体は吹き飛ばされ、屋根を転がって地面にたたきつけられる。


あまりに強い衝撃をたたきつけられたことで満足に受け身をとることもできず、背中から地面に落下したこともあり肺の中の空気が一気に押し出され一種の呼吸困難に陥ってしまっていた。


何とかしてこの場を脱しようともがいているが、康太がその隙を逃すはずもない。勢いよく飛び降りながら、右腕にウィルの体を集め巨大な拳へと形を変え思い切り振り下ろす。


満足に動くこともできない魔術師はその拳の一撃をまともに受け止めてしまい地面と拳に挟まれる形で衝撃を受け止め、完全に意識を手放した。


康太がやったのは相手の視界を水の膜によって制限し、相手が気を緩めた瞬間に拡大動作によって槍の打撃を与えたのである。


もともと槍の射程は拳よりずっと長い。その長い射程を拡大動作の魔術によって大きさごと無理やり伸ばし、威力を高めた一撃を放ったのである。


槍の矛の部分で突きを放ってもよかったのだが、それだとおそらく相手の魔術師の体が真っ二つになるだろうと予想して柄の部分での打突に切り替えたのだ。


殺すつもりはないが加減をするつもりはなく、康太の追撃は容赦なく相手の意識を刈り取った。


問題なく、目的通り相手を倒すことができた。あとは残り二人だけだと康太は意気込んで屋根の上に飛び上がる。


これで防御専門の魔術師はいなくなった。盾を二つ操る魔術師に、念弾や衝撃を操る魔術師。倒すのは時間の問題だと康太は槍を操りながら二人に向けて敵意を振りまいていた。


完全に防御に回っていた魔術師を倒されたことで、二人も康太の攻撃力を理解したのだろう。


特に念弾を操る魔術師は自分の攻撃が康太の攻撃によって相殺されたということを把握しているらしい。康太の動きそのものにも注意を注いでいた。


似たタイプの魔術を扱う者同士、何に気を付けるべきか、どう対処するべきかを大まかではあるが理解しているのだ。


そして康太はどうしたものだろうかと悩んでしまっていた。何せ相手は液体と念動力による攻撃を企てている。


液体は風で吹き飛ばせるとはいえ毎回毎回吹き飛ばしているのでは魔力消費が激しくて無駄が多いし効率が悪い。


まずはあの液体が何なのかを把握するところから始めようと、康太はその指先から火球を放ち液体めがけて攻撃を仕掛けていた。


可燃性か否か、あれがガソリンなどの類なのか、それとも硫酸のような触れるだけでダメージを与えるものなのか判別したかった。


康太の意図を察したのか、相手は液体を縦横無尽に動かし康太の火球に当たらないように回避させていた。


その間に念弾を扱う魔術師は次の攻撃の態勢に入っている。あと数秒もすれば攻撃が襲い掛かるだろうというタイミングで康太の背後から大量の火の弾丸が発生し、火球を回避しようとしている液体めがけて襲い掛かる。


火の弾丸を放ったのは文だった。康太が防御を専門としている魔術師を倒すまでの時間で何とかまともに魔術を発動できるような状態まで回復したのだろう、康太の思惑を察して援護の射撃を行っていた。


火属性は得意じゃないだろうにと康太は苦笑しながらも文の援護に感謝していると、文の放った火球のうちの一発が液体に直撃する。


すると液体は火に触れた瞬間燃えだす。どうやら可燃性のものだったらしい。あれを体に受けた状態で火の魔術を使うのは危険だなと思いながらも、急激に炎を強くしていく液体に対して康太は眉をひそめていた。


だがそこで動いたのは文だった。あの液体が可燃性なのが判明した時点で、いやそれが判別する前からすでに彼女は動いていた。


大量に展開された火の弾丸。そして康太たちも気づかぬ間に振りまかれた霧。この二つを利用して文は上空に雲を作り出していた。


それにいち早く気づいた康太はなるほどと意を決して二人の魔術師のうち念弾を扱う魔術師に近づいていた。


相手が自分と同じタイプの魔術を使っているのであれば攻略は難しくない。相手が考えていることをトレースすればいいだけの話だ。


近づいてきている状態で、もし康太が近づかれたくないと考えているのであれば確実に攻撃を当てようとする。そうなったときにやることはシンプルだ。


真正面からの攻撃。だが同じタイプの魔術を扱うということを加味して一つ相手に罠を仕掛けるだろう。


魔術師は思い切り左腕を振り、攻撃の動作をして見せた。康太もその予備動作を見て再現の魔術を使い空中に飛び上がり回避しようとした。


その瞬間、見計らっていたように相手は右拳を握り締め思い切り殴る動作をして見せた。


そう、左腕の振り払うような動作は何の魔術的な意味も込められていないただのフェイント。本命は康太がフェイントに反応するだろうことを予想して放たれた拳による一撃である。


完全にうまくいったと、相手が油断している中、康太は笑みを崩さなかった。


康太はウィルの体に取り込んだままだった盾を前面に展開すると蓄積の魔術を発動しその衝撃をすべて受け止めて見せた。


先ほどと同じ威力で放ったのに、康太の体は全く微動だにしていない。先ほどのような攻撃の動作をしたわけでもなく攻撃を受け止められた。


この事実は相手に強い動揺を与えていた。それだけ強い防御魔術を有していると錯覚してしまったのである。


その動揺は相手にほんのわずかではあるが隙を作り出していた。


その隙を見逃すほど康太は甘くはない。


攻撃動作に入ろうとすると燃えた状態の液体が康太めがけて襲い掛かろうとするが文がそれを許さなかった。


康太と液体の間に水の盾を作り出し、その攻撃を阻むと強力な風で液体を吹き飛ばしていった。


さすが頼りになるぜと心の中で呟きながら康太は眼前まで近づいた魔術師に対して拡大動作の魔術を発動する。


相手も康太の接近に対して防御、あるいは攻撃の相殺を行おうと身構えている。気を付けているのは槍の動きだ。この槍の一撃で先ほど仲間がやられたのを見ていたのである。この判断は必然だろう。相手の攻撃には警戒してしまうのは無理もない。


だが今度は殴りかかるわけではない。康太はその腕に拡大動作をかけていた。


槍を持っていない左腕にかけた拡大動作、それによって作り出す動作は攻撃ではなかった。


手を開き、拡大し疑似的に再現された巨大な手で魔術師を掴むと思い切り上のほうに投げ飛ばす。


攻撃が来るとばかり思っていたために投げられるまでいったい何が起きているのかわからなかっただろう。魔術師は空中で何とか体勢を整えようと魔術を発動してもがくが、その高さまで上がってしまえばもはや意味はない。


上空に作り出された暗雲は康太が投げた魔術師の存在をまるで認知したかのようにその内側から音を鳴らし、大量の電撃をその魔術師めがけて降り注がせた。


文の最大威力を持つ魔術。雷雲。準備に手間がかかる上に狙いを定めるのが難しいのが欠点だが、上空に一つだけ打ちあがった的ならば外すことはない。


黒い煙を体から放ちながら落ちてくる魔術師を拡大動作で受け止めてから適当な場所に転がすと、康太は最後に一人残った魔術師をにらむ。


「逆転したな。さてどうするか・・・」


もはや勝機はない。そういっているかのような康太の言葉に最後まで残った魔術師はわずかにたじろいでいた。


まだ勝機がないわけではない。やりようによってはまだ勝ちの目は出てくる。何より自分にもまだ隠しだねがあるのだ。仲間がいては使えないような手段ではあるが。


とはいえ使いたい手段ではないし、康太たちに攻略される可能性だって高い。どうしたものかと悩んでいる魔術師を見て康太は小さくため息をついた。


「あぁすまん、言い方が悪かったな」


相手が悩んでいる姿に、康太は自分の言葉が適切ではなかったということを理解し、苦笑しながら軽く槍を振り回す。


「お前に選択肢はない、お前が許してくれといっても終わらせるつもりはないからそのつもりでいろ」


康太のその言葉に、絶望しながらももはや逃げることはできないと察したのか、魔術師は自分の懐の中から先ほどと同じような瓶をとりだす。


だがその中身は液体ではなく、黒い粉だった。


いったい何をしようとしているのか、文が警戒する中康太は悠々と近づいていく。


もはや相手が何をしようと関係ない。油断は一切なく康太は相手を徹底的につぶすつもりでいた。


相手がビンを開けようとした瞬間、康太は遠隔動作の魔術を使ってそのビンを奪い取った。


相手が行動を起こす前に行動する。特に防御も攻撃も相手は中途半端に使えるようなタイプの魔術師だ。


味方がいなくなったことで破れかぶれになる可能性もあったうえに、自分の念動力で動かせる何かがあるとはにらんでいた上に、一度ビンからものを出しているのを見ていたのもあって奪い取るのはそこまで難しくはなかった。


「なんだこりゃ、黒い粉か・・・?火薬とかってところか・・・?」


康太は奪い取った瓶を自分の手元まで投げ飛ばし、まじまじと観察する。それがいったいどのような性質を持っているのかは康太には分らなかったが、これを利用して相手が何かを起こそうとしていたのは間違いない。


自分の奥の手ともいえるものを奪われたことで相手はかなり動揺しているようだったが、その動揺は康太にも、そして文にもしっかりと映っていた。


「ベル、まだ動けるか?」


「問題ないわよ・・・あんまりけが人扱いしないで」


「そりゃ失敬。それじゃいっちょ竜巻を頼む。あいつめがけてプレゼントだ」


康太がビンを片手に笑って見せると、文はため息をつく。最後の最後まで相手を追い詰めるつもりなのかと思いながら、文は小規模な竜巻を発生させる。周りの家屋に影響を及ぼさないようにしなければいけないためにその規模は限定されてしまうがそれでも十分すぎる強さの風が巻き起こっていた。


「さてはてどうなるかなっと」


康太はビンを何度か殴った後竜巻の中にビンを放り投げる。蓄積の魔術によってビンに蓄積された打撃は、竜巻の中心に入った瞬間に解放され竜巻にまんべんなく黒い粉を巻き込ませていく。


竜巻は徐々に移動していき念動力を操る魔術師のほうへと移動していく。


さすがに竜巻に巻き込まれるわけにはいかないと逃げるつもりのようだったが、逃げようとした彼の足は全く動かなかった。


康太は相手からビンを奪った段階でウィルを移動させ、見つからないように相手の足元へと向かわせると逃げることができないように拘束具と化したのである。


逃げることもできず、もはや竜巻に飲まれるだけとなった魔術師は絶望していた。もう助かることはないと目をつむりながらも、まだあきらめられないのか自分の体の周りに鉄の盾を展開し何とか身を守ろうとしていた。


その様子を見ていた康太は文に合図をする。すると文は魔術師に竜巻が襲い掛かる寸前で竜巻を解除し、電撃を放つ。


相手はほぼ完全にあきらめてしまっていたこともあって文の電撃をよけることはできなかった。


結果的に言えば三人いた魔術師のうち二人を文の攻撃で倒したことになる。


「結果的にあの黒いのは何だったのかしらね・・・良かったの?ぶつけなくて」


「もしあれがやばい毒物とかの類だったらどうしようもないからな。ベルの電撃のほうがまだ安全だろ」


康太の言うように、もしあの黒い粉が劇物の類だった場合、少しでも吸い込んでしまえば危険になるほどの代物だった場合、最悪相手を殺してしまうところだった。


それならば加減の慣れている文の攻撃のほうがいい。康太が攻撃するのも一つの手だったが、どうせなら辛酸を味わわされた文がとどめを刺すべきだと思ったのだ。


その気遣いを文がどのように受け取ったのかは微妙だが、三対一の絶望的な状態から何とか脱した文はその場で大きくため息をつく。


「それにしてもきつかったわ・・・三対一でもだいぶつらいのね・・・」


「相手との相性が悪かったのもあっただろ。あれが別の魔術師だったらきっと楽勝だったぞ?」


「どうかしらね・・・にしても・・・いっ・・・!ちょっと動くのは難しそうだわ・・・」


何とか体を起こして立ち上がろうとするが、攻撃を受けたときにどこかを痛めたのか立ち上がろうと力を込めた瞬間にその場に蹲ってしまう。


こればかりは急激に回復できるものではないのかもしれない。文は多少の応急処置ならできるが本格的な治癒の魔術は扱えない。


真理に見せる必要がありそうだなと思いながら康太はウィルを近くに呼び寄せると文の体を持ち上げる。いわゆるお姫様抱っこの形で。


「ちょ!?な、なにするのよ!」


「何って移動するんだよ。まだ向こうでトゥトゥが頑張ってるんだ。さっさと応援に行ってやらないと厳しいぞ」


「移動って・・・私を抱えた状態で移動するつもり?結構距離あるわよ?」


「そこは問題ない。こっちに来た時と同じ方法で行くから」


こっちに来た時と同じ。その言葉を聞いて文はそういえばと一つの疑問が浮かぶ。


文たちが最初にいた場所と今いる場所ではかなりの距離があった。少なくとも文の索敵でようやく認識できるだけの距離だ。この夜闇の中では視認することは難しい。


しかも康太はこの場所の方角も詳細な場所もわかっていなかったというのにどうやってこの場所にやってくることができたのか。


その答えは康太がすぐに見せてくれた。康太はウィルを自分の体に薄くまとわせると、残った体積をさらに薄く広げてまるで布のような形にして見せる。


「それじゃ、お空の旅にご招待だ」


康太が暴風の魔術を発動すると布の部分がパラシュートのように広がり康太と文の体を持ち上げていく。


パラグライダーのそれと原理は似ている。ただの風の力で体を浮かすよりもずっと効率的に浮くことができる。そして何より走るよりもずっと速い。


こうやって上空から自分を探したのかと文はあきれながらも感心していた。


誤字報告45件分受けたので10回分投稿


この戦闘長かったはずなのに一瞬だなぁ・・・あれ?前にもこんなことがあったような・・・


これからもお楽しみいただければ幸いです

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