数的有利
「おいどうすんだ?やっぱ水大量に出すか?」
「このままでいい!そのまま細く展開し続けろ!」
このままじゃじり貧だぞと倉敷は文句を言いながらも康太の指示通り多方向から細く鋭く伸ばした水を魔術師めがけて向かわせる。
だが先ほどまでと同じように瞬時に凍らされ、そしてその両腕にある巨大な氷の鎚によって砕かれていく。
砕かれた氷は足元に転がるものもあればそのままどこかへと飛んでいくものもある。だがそのほとんどが拘束力などない状態になってしまっていた。
だがそれも問題はない。康太はすでに次の攻撃の手段を考えていた。
「トゥトゥ!俺が合図したら全方位に水を展開しろ!いいな!」
「全方位かよ!結構きついんだぞこれ!」
水の量が少ないとはいえ普段以上の数を、しかも形状をある程度コントロールした形で操らなければいけないというのはかなりの負担になるだろう。
たとえ水に特化した精霊術師でも、同時に操作する量が増えれば処理が増えるのは必然的だ。
その分操作もおぼつかなくなるし速度も下がる。だがそれでも十分だと康太は考えていた。
時折炎での射撃を織り交ぜ、倉敷の行動を補助しながら康太は接近していた。あの両腕についた巨大な鎚を何とかする必要はない。必要なのはもっと別のことだ。
炎の弾丸と水の鞭に紛れるように接近し、その槍の射程距離に収めるとさすがに相手も危険だと判断したのだろう、康太めがけて思い切り氷の鎚を振り回し応戦する。
だがたとえ氷を操作してある程度速度を増したとしてもこれだけ大きな動作の攻撃を康太がよけきれないはずがない。
あまりにも遅すぎるために反応に困るほどだ。康太は振り下ろされる鎚をぎりぎりで躱すと同時にその槍で脚部に斬りかかる。
太もも部分を切り裂かれた魔術師は負傷個所を凍らせることで一時的に止血を行ったが、あの状態ではあの場所の細胞そのものも壊死しかねない。長時間の止血ではなく本当に一時的なものであるということがうかがえた。
それからも康太は執拗に脚部への攻撃に集中した。足を止めることで相手の動きを止めることを目的としたが相手もそのことに気付いたのだろう。自身の脚部にこれ以上攻撃がされないように氷の膜のようなものを展開して見せた。
康太の槍が襲い掛かるも、氷の薄い膜は槍の斬撃を完璧にではないものの防いで見せた。刃ではあれを突破することは難しそうである。
打撃などで一度砕いてから攻撃するのが正解かと考察しながら康太は振り回される鎚を紙一重で回避していた。
防御の膜を張った分動きにくくなっただろうが槍の刃が通りにくくなった。移動するかもしれない相手にこれ以上脚部を負傷するのは得策ではないと考えたのだろう。その考えは正しい。
頻繁に襲い掛かる水の鞭、そして康太のような接近して戦うような魔術師。この状況では早々にどちらかを片づけておきたい。特に康太を倒すのが第一目標だといえるだろう。
幸い康太はこれだけの近さにいるのだ、鎚の一撃が当たってしまえばそれで決着はつく。
周囲にまき散らされた氷を見ながら魔術師が考察し、鎚をたたきつけると康太は倉敷に合図を送りながら魔術師の上空へと飛び上がる。
その瞬間、魔術師の全方位から鋭い水の鞭が一斉に襲い掛かる。これだけの数、そして密度に魔術師は一瞬ひるむが動揺することはなかった。
先ほどまでと同じ、脅威になる部分を凍らせてしまえばいいだけの話だ。全方位に存在する水を一気に凍らせ、体を思いきり回転させて鎚を振り回し一気に砕いていく。氷によって逃げ道をふさがれることもない。
砕けた氷の結晶が宙を舞う中、魔術師はこの程度の攻撃では自分は負けることはないと確信していた
その瞬間、直上にいる康太は魔術を発動していた。発動した魔術は暴風。魔術師の全周囲から中心に向けて吹き荒れる強烈な風。
全力で放たれた暴風は砕けて舞っていた氷の結晶を巻き込んで魔術師めがけて猛威を振るう。
氷の結晶は鋭く、なおかつ速度をもって魔術師めがけて襲い掛かった。倉敷に水を鋭くさせていたのはこれが目的である。
だがこれでは終わらない。康太は同時に直上からナイフの投擲を大量に再現し直下にいる魔術師めがけて放った。
全方位から襲い掛かる氷の斬撃、そして直上から襲い掛かるナイフの斬撃。地面以外のすべての方角から襲い掛かる攻撃に、魔術師は完全に反応できずにいた。
全身を切り刻まれる中、せめて体の急所だけは守ろうといくつかの部位に氷の膜を張ることに成功しているようだがあまりにも遅かった。
すでに体のいたるところから出血し、ところどころに氷の刃が突き刺さっているような状態だ。
戦闘を行えるかはさておき、これ以上痛めつければ命に係わるだろうことは容易に想像できる姿となっていた。
暴風の魔術を利用した攻撃。相手の魔術によって生み出される氷さえも利用した康太の策略。いや戦術というべきか。
以前文から受けたアドバイスを的確にこなしながら勝利を確信しつつあると、康太はそれを発見していた。
先ほどまで順調に戦っていた文が宙に浮いているのである。
いったい何をしているのか、宙に浮く必要があるのだろうかと思っていたがどうやらそうではないようだった。
浮いているのは文だけではない、先ほどまで文が戦っていた念動力を扱う魔術師も一緒に浮いているのだ。
「ベル!大丈夫か!?」
康太が叫ぶがさすがに距離が遠すぎるのか聞こえていない。あるいは彼女自身も叫んでいるせいで聞こえないのか先ほどから電撃を放って念動力を操る魔術師を攻撃している。
だがその攻撃は近くに散乱した氷によって防がれてしまっていた。先ほどまでの戦闘で嫌というほどにまき散らされた氷は念動力を操る魔術師にとってはいい道具になってしまったのだろう。
文が浮かされているあの力が念動力であるのは疑いようがない。文も同じように念動力の魔術を扱えるが、おそらく単純に出力で負けている。念動力を専門に扱える魔術師と念動力をかじる程度に扱える文では圧倒的に出力に差が出てしまっているのだ。
何とかしなければと康太は再現の魔術を使って空中を駆け上がり、念動力の魔術を扱う魔術師に向けて急接近する。
だが康太の接近に相手も気づいていたのかその手を康太に向けると直進していたはずの康太の動きが急に鈍くなる。
康太にも同じように念動力の魔術をかけているのだろう。文のほうに集中しているためか出力は低めだが康太の接近を阻むには十分すぎた。
「この・・・!ベルを放せ!」
康太はいったん上空に駆け上がると、火の弾丸の魔術を放ち相手を牽制するも宙を華麗に舞いながら回避されてしまう。
機動力が違いすぎる。相手に空中の動きを阻害された状態で何とかなるとは思えなかった。
炸裂鉄球を使いたいところだったが、近くに文がいるこの状況では無差別な鉄球は使えない。とはいえ盾などに仕込まれている指向性の鉄球では先ほどのように躱されてしまうのがおちだろう。
「ビー!こっちは大丈夫だから!あんたはそっちを片づけなさい!」
捕まっている状態でも強気な発言に、康太は少しだけ安心するもあれが虚勢であることは十分に理解できた。
康太が落下していく中、文の体は徐々に運ばれていく。その方角は文が先ほどから感知していた後方で待機している三人の方角だった。
「・・・なるほど、向こうから襲ってくるんじゃなくて仲間外れを作って向こうに運ぶってか・・・」
「おいおい!あいつ大丈夫かよ?あっち確か三人いるんだろ!?」
「あぁそうだな・・・でもこっちも三人になったみたいだぞ?」
屋根の上に戻ってきた康太の言葉に、倉敷は周囲を確認する。
負傷した氷を使う魔術師、そして念動力を扱う魔術師、そして拠点で待機していたはずの二人のうちの一人がこちらにいつの間にかやってきていた。
「・・・三対一と三対二の構図か・・・数的有利をうまく利用してきやがるな・・・」
「まじかよ・・・これ以上どうしろってんだよ・・・」
一人一人の実力的に言えば自分たちと同等、あるいはそれ以下だということは康太は何となく察していた。
だが人員の配置の仕方が絶妙だ。おそらくこのグループはチームで戦うことに慣れているのだろう。
自分たちの実力を把握したうえで、的確に数的有利を作り出す。相手の実力を把握したうえでそれができるように流れを作る。
面倒な奴らだと思いながら、康太は文の運ばれていった方向に一瞬だけ視線を向けると小さくため息をつく。
「トゥトゥ、お前あの三人のうちの一人の相手、頼めるか?」
「それはいいけど・・・たぶんあいつらこれから結託してくるぞ?相手のほうが数が上になったんだし・・・」
先ほどまでは三対三の構図だったために一対一に分かれることができたが、今は三対二。相手はおそらく連携してどちらかを倒そうとしてくるだろう。
誰か一人でもいいから魔術師を倉敷が担当したいところだが相手がそれを許してくれるとは思えなかった。
戦いとは数で大きく状況を変える。特にある程度実力が拮抗しているのであればその数の違いというのはかなり濃厚に表れるだろう。
「そりゃそうだな・・・だったらすぐにその数の利をなくしてやるよ」
康太の言葉に、いやその声に倉敷は寒気を覚えていた。
先ほどまでの康太の声ではない。低く、どこか底知れぬ恐ろしさがその声の中には秘められていた。
激昂しているわけではない。激怒しているわけでもない。強烈な恨みを抱えているわけでもなければ我を忘れているわけでもない。
だというのに、康太は今まで出したことのない声を出していた。そしてその目が今まで誰も見たことのないものになっていることに、この場の誰も気が付いていない。
その体の中からはわずかに黒い瘴気が噴出し、康太の傍らにいるウィルはそんな康太の様子を恐れているのか、それとも喜んでいるのか、わずかに震えていた。
「二人は俺がやる。お前は残った一人を頼むぞ」
「お前は?どうするんだ?」
「二人を倒したらベルの応援に行く。さすがのベルでも三対一はきついだろうからな・・・助けてやらないと」
「・・・あぁそうかい・・・わかった、一人はやっておくよ」
康太がなぜこのようになったのかを倉敷は何となく察していた。相棒である文の危機に、おそらく康太もあせっているのだ。
文を助けなければいけない。康太は自分でその感情に気付いているかはわからないがそれが今何よりも強い感情になっている。
怒りでも憎しみでもない、一種の使命感が今の康太を動かしていた。
そう、それこそこの後この魔術師たちの話を聞かなければいけないという本来の目的すら忘れている。
日曜日なので二回分投稿
これからもお楽しみいただければ幸いです




