ゆっくりと動く現場
均衡を破るのがどちらになるか、警戒を続けていた康太たちに対して届いた一報。それは康太たちにしかわからない形で届いた。
『支部長の依頼で配置についた。行動を開始してくれて構わない』
以前アリスも使っていた音を指定した場所に届ける魔術。康太たち三人のそれぞれの耳にのみ、小声で届いたそれは三人以外には全く聞こえなかっただろう。
支部長が頼んでいた監視の魔術師だということを判別しようと文が周囲の魔術師を徹底的に索敵するが、それらしい人物はいなかった。
どうやら文の索敵の範囲外からこちらを確認しているのだろう。なかなかの距離だ。おそらくこれならば相手に気付かれることもないだろう。
「ベル、気づかれそうな場所にいるか?」
「大丈夫、かなり離れてるみたい、私でも見つけられないわ・・・別のものは見つけたけどね」
文は先ほどの索敵で監視者とは別の変調を感じ取ることに成功していた。
「三人、五十メートル後方に待機してるわ。この辺りで三人も固まってる魔術師がいるって時点でおかしいと思わない?」
「相手が待ってた増援か・・・目の前にいる魔術師に拠点待機の連中も加えて合計八人。結構な戦力差だな・・・」
「こちらが戦いを挑んでも大丈夫なように万全を期してる感じね。挟み撃ちを受けるとつらいわよ?」
「後ろの連中は俺が請け負ってもいいけど・・・前の五人、いや出てきてる三人はお前ら二人で抑えられるか?」
「誰にものを言ってるわけ?トゥトゥの援護があればもんだいなく対処できるわ。ただ倒しきれるかは怪しいところだけどね」
文と倉敷の術の相性は決して悪くない。文の電撃に対して倉敷の水の術は効果的な補助となり得るものだ。
互いにフォローしあえれば数的有利を覆すことができるかもしれない。
ただ少し気になるのが拠点のほうで待機している二人だ。あの二人がどのような動きをするかわからないためにどうしても不安は残る。
「逆に俺が前に出てもいいぞ?二人に後ろの三人を任せるって手もある」
「お前ひとりで戦う以外に選択肢ないのか?三人で協力したほうがよくね?」
「それでもいいけど、たぶん一人でやったほうが楽なんだよな。ベルの魔術は攻撃するとき味方を巻き込む可能性があるから近接戦やってるときはあんまりフォローできないし」
以前康太と先輩魔術師たちが戦った時のように、文の魔術は攻撃の際に味方も巻き込む可能性がある。
無論やりようによっては狙撃など巻き込まないような攻撃も可能だろうが、近接戦を得意とする康太に対して文の攻撃は連携がとりにくいのだ。
連携を取りにくい康太と文、そして文との相性はいい倉敷。ならば組み分けは決まったようなものだろう。
問題なのはどちらがどちらを担当するかということである。
危険性で言えば拠点側にいる、目の前の三人のほうが上だ。何せ拠点に待機している二人を合わせて五人の相手をしなければいけなくなるかもしれないのだから。
そうなると戦闘能力が高いものがこれを請け負うべきだろう。とはいえこの三人の中で最も戦闘能力が高い人間は聞くまでもなく康太だ。
問題は連携した文と倉敷の戦闘能力が単体の康太の戦闘能力に勝るかという点である。
さすがの康太でも五人の魔術師が一斉に襲い掛かってきた場合、対処できる自信はない。三人でも少々怪しいところではある。
徒党を組んでいる魔術師たちがどの程度の実力を持っているかということもあるが、これだけしっかりと対策をしてくる相手だ。弱いということはありえないだろう。
「いっそのこと話し合いで済ませられればいいんだけどな」
「確かにそうなれば最高ね・・・一応交渉してみる?」
「話さえ聞ければ十分だしな。問題なのは拠点にいる二人がどう出るかだ・・・俺が黒幕っていうか操ってる奴なら表舞台には出てこないでひきこもるね」
「同意見だな。話をしている間に逃げられて・・・ってこともあり得るぜ?」
「そのための監視でしょ。逃げられても追うことはできるわ。今監視してくれてる魔術師の実力を信じるほかないけど・・・」
問題となっている人物がいるか否か、現段階では判別ができないためにこうして監視をつけてもらっている。
その監視の魔術師が裏で操っている可能性のある者の逃走を追跡できれば康太たちの思惑通りに事が進んだということになるが、もし取り逃がしてしまったらという不安ももちろんある。
そのあたりは支部長が選んだ人物を信じるほかないと康太たちは割り切っていた。
「んじゃどうする?後ろの三人には気づいてない振りするか?」
「そうね、最初は気づいてないふりして近づきましょうか。たぶんある程度の段階で不意打ちしかけてくるでしょうから、ビーも索敵しててね」
「了解。俺が前、お前らは後ろを担当してくれ。なるべく早く片付けて援護に回れるようにするよ」
「それはこっちのセリフなんだけどね・・・あんたが言うと頼もしいわ」
さすがは小百合の弟子だとほめたいところだが、康太にとってその言葉が誉め言葉になるかは微妙なところである。
膠着状態を続ける意味もなくなったため、康太たちは行動を開始する。場の空気がどんどんと重く鋭くなっていくのを感じながら康太たちは一歩足を踏み出した。




