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ポンコツ魔術師の凶運  作者: 池金啓太
十五話「夢にまで見るその背中」
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これからの方針

「あんた微妙に支部長疑ってるのね。疑惑は晴れないわけ?」


支部長への報告と今後の予定を話したところで康太たちは自分たちが住んでいる町の最寄りの教会まで戻ってきていた。


現段階で動ける時間にも限界がある。一度現地に行って話を聞いて、少し現場を見たらすぐに戻ってこなければ支部長への報告を同時にこなすことは難しい。


今回も例にもれず、支部長への報告を終えた時点でその日の調査を終了して切り上げてきたところなのだが、支部長に対して猜疑心を抱いている倉敷に対して文はあまり良い感情を抱いていないようだった。


それもそのはずである。今まで支部長にはいろいろと世話になってきた。その人物が疑われているとあっては心中穏やかではないだろう。


「疑っているっていうのとはちょっと違うかな・・・まぁさっきのはちょっと攻撃的に聞いたけど、実際思わなかったか?なんで最初から情報を出さなかったのか」


「情報を出さなかったのかっていうけど、一応情報自体は聞いてたのよ?向こうにいる魔術師は個人で縄張りを持ってるものもいればグループで縄張りを確保してるのもいるって。まさかそのグループが丸ごと移動してきたとは思ってなかったけどね・・・」


事前に最低限の情報は与えられていた。今回新たに得られた情報も決して最初から何も得ていなかった情報というというわけではない。


今まで得ていた情報の見る角度が少し変わった程度のものだ。そう考えると別段不思議な話でもないし、支部長がこのことを言わなかったのも理解できる。


言わなかったというより言えなかったというほうが正しいだろう。情報そのものが多すぎて整理しきれていないのだ。最近情報を得ることばかりを先行しすぎて情報をまとめることを疎かにしていたかもしれないと文は反省していた。


「でもいいんじゃないか?誰彼構わず信頼して信じてるんじゃいろいろと不安だからな。一人くらい支部長を疑ってる人がいてもいいと思うぞ?」


「・・・そういう考え方もできるか・・・確かにそうね。盲目的に信じすぎるのはかえって危険か」


信頼とは聞こえのいい言葉だ。他人から聞いても自分から言っても悪い気を起こすものは少ないだろう。

だが信頼とは裏を返せば妄信とも言える。過度な信頼は相手への負担にもなるし、時には危険な状況を作り出してしまうことだってある。


康太たちは支部長を信頼している。それは自分の師匠と知り合いだからというのもあるが、今までの彼の姿勢を見ていてそう思ったからだ。


何度も世話になったし、きっとこれからも世話になるだろう。


だがだからといって毎回毎回百パーセント信じるということを続けてはいけない。支部長だって魔術師だ。どんなことを起こすかわからないということには変わりない。


その可能性が限りなく低かろうとゼロではないのだ。そういう意味では倉敷が疑っているのは決して間違いではないのである。


疑わなければ思考も生まれない。思考が生まれなければ怪しさに気付くこともできない。怪しさに気づけなければ指摘もできない。そうなってしまっては誰も支部長の悪行を止めることができないのだ。実際に何かしているかどうかはさておいて。


「よし倉敷、あんたはそのまま支部長を疑いなさい。それで気付けることがあれば報告すること。些細なことでもいいわ」


「そりゃいいけど・・・いいのか?お前ら的には支部長のこと信頼してるんだろ?」


「そりゃあな。でもさ、今回の相手が魔術師相手にいろいろ暗示とか洗脳もどきのことが行えるとなると支部長がその対象にならないとも限らないだろ?急に考えが変わったとかさ、意見が急に変わったとかさ、そういうことがあるかもしれないから疑っておいてもいいと思うんだよ」


康太の言うように今回の相手は魔術師相手でも問題なく暗示などの魔術をかけることができるだけの実力を有している。


それはつまり多くの魔術師がすでにその毒牙にかかっている可能性があるということでもある。


すでに支部長がそういった魔術にかかっている可能性も否めない。もちろんかかっていないという可能性も十分にあるが、これからかけられる可能性もある以上誰かがしっかりと支部長の動向に注意していなければいけないのだ。


康太と文はすでに支部長のことを信頼してしまっている。多少変な行動をしてもある程度理由があれば『そういうことなのだろう』と納得してしまうかもしれない。


疑うのに必要なのは先入観をなくすことだ。支部長の言うことならば間違いはないだろう、あるいは問題はないだろうという考えが浮かんできてしまう康太と文ではその役割は不適切なのである。


それに対して倉敷は支部長との付き合いもそこまで長くなく、元から支部長に対して疑いの視線を向けているためにそういった先入観がない。


何より倉敷自身が精霊術師ということもあってほかの魔術師からはそこまで注目されていない。


倉敷を対象にした認識の操作などは行われないだろうというのが康太と文の考えだった。つまりどこの誰だろうとどんな状況だろうとしっかりと疑うということができるということでもある。


疑うということは言葉にすると悪のように思えるがこれも必要なことだ。


特に信頼を確保し続けるために必要な一つの確認という意味にもなる。盲目的に信じるよりも信じたうえで確認するほうが両者にとって良い結果をもたらすのだと康太と文は考えていた。


「というわけで頼んだぞ疑い担当。何かあったら合図をくれ。合図は『あれれーおかしいぞー?』だ」


どこのコナン君だと突っ込みを入れながらも、倉敷は頼られているこの状況が嫌いではないようだった。ぶっきらぼうにそっぽを向いて見せるが彼の中にいる精霊たちが喜びの感情を抱いていることに文は気づいていた。













昼に学校、夜には魔術師としての調査活動。こうした昼間と夜間の連続行動をこなしていれば当然疲労はたまってくる。


そうした疲労をどこで解消しているかというと、どうしても物理的に暇な時間になってきてしまう。

そう、つまり授業中だ。


授業をしているのだから暇ではないのではないかといわれるかもしれないが、実際は動くわけでもなく頭を動かすわけでもない。特に黒板を写すだけの作業の場合、康太はほとんど寝て過ごしてしまっていた。


授業で行う内容はたいてい理解できているし、授業中に指されるということもほとんどないような教師の時だけ、康太は悩むようなそぶりをしながら目を閉じて少しでも体力の回復を図ってた。


肉体強化を施し、自らの肉体にある自然治癒力を高めながら寝ることによって普段以上の回復が望める。

小百合との訓練によって毎回毎回痛めつけられたことによって康太が習得した一種の回復術の一つである。


といっても寝ている間に発動できる魔術にも限界がある。特に肉体強化の場合そこまで高い効果は望めない。せいぜい少し回復が早くなるかな程度のものだ。


だがそれでもないよりはマシというもの。気持ち程度の効果でもあることによって何かしらの効果は望めるのである。


「八篠、授業終わったよ?」


「・・・ん・・・しまった・・・ずっと寝てた・・・」


クラスメートで部活仲間の島村に起こされたことで康太は一瞬体をけいれんさせるとゆっくりと目を覚ます。


体にかけられていた肉体強化はいまだ健在だ。出力自体は低いがしっかりと康太の身体能力を全体的に高めている。


以前の不安定な状態でしか発動できなかったころがうそのような進歩だと我ながら感心してしまっていた。


「最近お疲れみたいだね。夜更かししてるの?」


「あぁ。ちょっと面白い動画を見つけちゃってな・・・ついつい遅くまで視聴してしまった・・・ふぁぁあ・・・」


夜更かししていることに関しては事実であるために康太は適当な嘘をつく。さすがに魔術師として活動して大分まで出かけてるんだなどといっても信じてもらえるはずもない。というかそんなことを言ったら康太の精神が心配されてしまう。


あるいは寝不足のせいで現実と夢の区別がついていないと思われるだろう。そのまま精神科への診療を勧められてしまうかもしれない。


「なんだ八篠、お前も寝てたのか。まったくだらしない奴だ、授業はちゃんと聞かないとダメだろ」


「青山も寝てたよね?結構ぐっすりと」


「睡眠学習といってな、普通に授業を聞いているよりも効率よく勉強ができるんだよ。八篠のようにただ惰眠をむさぼっているのとは違うんだ」


「・・・じゃあさっきの授業でやった問題、第一次世界大戦時の」


「悪い、俺実は理系なんだ。世界史はパス」


「せめて問題聞いてから答えてくれないかな・・・ていうか結局青山も聞いてなかったんじゃない」


島村の指摘にあっはっはと青山は笑っている。苦手な分野の授業というのはどうしても眠くなってしまうものだ。気持ちはよくわかるために康太は何も言えなかった。


「で?八篠はさっきの授業ちゃんと理解できたの?」


「時々起きてノートはとってたよ。ほれ」


そういって康太は先ほどの授業のノートを見せる。教師が書いた板書をしっかりと書き記してあった。時々起きて必要だとも思われる場所だけ徹底的に書いていったのである。


回復自体はそこまでできなくなってしまうが、まじめに授業を聞き続けるだけの意味がない授業というのもあるのだ。


せっかくの学業に望める時間を睡眠に費やすというのももったいないような気がしなくもないが、さすがにこの時間に寝ないと夜に起きていられないのだ。


「今度のテストで泣きを見ないようにね。それはそうと今日の部活はどうするの?そんなに眠いなら休む?」


「あー・・・そうだな。ちょっと親戚の様子も見に行きたいし。ちょうどいいから今日はさぼるか・・・」


「なんだと?おいおい授業も眠って部活もさぼりか?体も鈍るぞ?」


「大丈夫だって、自主トレは欠かさずやってるから。ていうか最近筋肉の付きがやばいんだよな・・・走るための体からどんどん遠ざかっていく・・・」


陸上をする選手にとって自身の肉体の管理は欠かせない。無駄な肉をそぎ落とし競技を行うのに必要な筋肉だけを鍛えていかなければよい結果は出せないものがほとんどだ。


そのため陸上競技を行うものは比較的スレンダーな体形のものが多い。それに比べて康太は上半身から下半身にかけてまんべんなくバランスのいい筋肉の付き方をしている。


もともと陸上をやっていたということで細身ということに変わりはないのだが、それでも並んだ時に青山と島村と比べると筋肉質に見えてしまう。


これではかつてのベストタイムを出すことも難しいかもしれないと康太は悩んでいた。


これは一種の変化だ。陸上をしていたものの体から魔術師の体へと変化している。


その変化は着実に康太の体に訪れているのだ。ゆっくりと、だが確実に。


その変化によって康太は戦いにおいては助けられるだろうが、スポーツなどの場合では足を引っ張られることになる。


日常と非日常のバランスは難しいなと、今まで何年も魔術師をやっている文を尊敬しながら自分の筋肉を触っていた。


「筋トレのバランスが良くないんじゃないの?腕だけじゃなくて他のところの筋肉も結構ついてるよ?」


「普段何やってるんだ?もうちょっと考えてやらないと意味ないぞ」


「そうなんだよなぁ・・・ちょっとバランスよく鍛えすぎたな・・・これじゃ中距離のタイム十秒・・・いやそれ以上落ちてるかも・・・」


体力自体は以前よりも大分増えている。だがおそらく筋肉がついた関係で俊敏性が以前より落ちているように思えたのだ。


肉体強化の魔術をかければそのあたりは全く問題ない。身体能力を高めることによって俊敏性は高く維持できる。だがこれ以上筋肉をつけるとその俊敏性も失われるだろうということは想像できた。


肉体強化の魔術はあくまで人間の身体能力を超えることはできない。もともと有している筋力との差があればあるほど素早く動くことができる。


筋肉がつけばつくほど体が重くなり、重いものを動かすにはその分筋力が必要になるからである。


肉体強化によって少ない筋力でも高い身体能力を発揮すれば素早く動くことはできる。だがその分一撃一撃の威力は少なくなる。これは肉体の持つ質量の問題だ。


拳や蹴りなどの威力にかかわらず物理的な攻撃には質量と速度がかかわってくる。どちらもある程度ないとはっきり言って攻撃としては意味がない。もちろん速度重視で考えるのも悪くはないのだろうが、接近戦を重視している康太からすれば一撃の威力が低くなるのは避けたかった。


そのため結論としてある程度バランスよく鍛えることにしたのがこの結果だ。速度もある程度維持でき、なおかつ攻撃力も保持できる。無論その分陸上競技での走る競技で必要な俊敏性は損なわれている。


どちらかを得ればどちらかがなくなるというのは当たり前だが、こういう時の言いわけに少し困ってしまっていた。


「最近親戚にバイトっていうか手伝いさせられててな・・・重い荷物とか運ぶから体の筋肉が程よく鍛えられてるのかもしれん・・・厄介だよ本当にあの人は」


「あー・・・最近ちょくちょく部活休んでたのはそれが原因だったんだね。ていうか何の仕事?引っ越しとか?」


「いや、倉庫の荷物整理。これが結構手間でさ・・・広いうえにものも多いし結構重いのもあるから・・・」


実際は訓練でこの筋力を身に着けたのだが、倉庫整理も一応筋トレの一環だと思って行っているため嘘ではない。


「やっぱ本格的に陸上やるなら体も作り直さないとね・・・これだと今の競技じゃ結構苦労するかもよ?」


「いっそのことやる競技かえたらどうだ?砲丸投げとかいけるか?いやそれにしちゃ筋肉が足りないか」


「今のままの競技のほうがいいんだけどな・・・でもこれだけ筋肉がついてるとちょっと今のままだと記録は難しいな・・・」


とはいえこの筋肉を落とすというのもまた面倒だ。人間の体は肉をつけるのは比較的難しくないが、肉を落とすというのは地味に苦労する。


筋肉を脂肪に変えることも、脂肪を筋肉に変えることもできるが、筋肉や脂肪をなくしていくとなるとかなり的確に栄養補給と運動のバランスを考える必要が出てくる。


何よりせっかくここまでついた筋肉を手放すというのももったいない。そこまでムキムキになったというわけでもボディビルダー並みの体が手に入ったわけでもないのだが、男としては一度ついた筋肉を手放すというのは少々、というかかなりもったいないように思えてしまうのである。


幸彦のような体になりたいとは思わないが、男に生まれたからにはしっかりと割れた腹筋などはほしかった。


あまり細細しいと貧弱だと思われてしまう。細マッチョというのがベターなのかもしれないなと康太は自分の筋肉を触りながら唸っていた。


「そういうお前らはめっちゃ細いけど、やっぱ体のコントロールとかしてるのか?」


「カロリーと体重のチェックくらいはしてるよ。食べた分は運動してカバーしてる。部活で走るからどっちにしろ運動はできてるしね」


「お菓子とか普通に食うから走る分が増えるけどな。脂肪がつくと着替えの時に先輩に笑われるし・・・」


「お前その歳でお菓子とか食ってるのかよ・・・」


「おう、柿の種うまいぞ」


「あれってお菓子っていうの・・・?つまみの部類なんじゃないの?」


「何言ってんだよあれはれっきとしたお菓子だよ。俺子供のころからあれ食べてるし」


「でもせんべい系って一応コメとかと同じ部類だっけ?小麦粉とか使ってるし?」


「そうだな、脂肪にはなりやすいかも。クッキーに比べたらましだろうけど」


「あれの糖分やばいからな・・・洋菓子系はあんまり食わないかな・・・チョコとかはたまに食べるけど」


「あー・・・でもチョコ系ってアーモンドとかも入ってるしね。穀物系ってどうしても体に吸収されるから」


「そういえば穀物系って結構肉つくんだよな・・・米結構好きなんだけどな」


男子の会話だというのにカロリーや脂肪の話につながっているあたりからダイエット中の女子のような会話になりかけている。


陸上競技で体のつくりに気を付けなければいけないというのはわかるのだが、なんでこんな話になったんだっけと三人は頭の中で疑問符を浮かべていた。


「悪い、八篠いるか?」


そんな男子なのにガールズっぽいトークをしていると教室の入り口から聞きなれた声が聞こえてくる。

その声の主は倉敷だった。教室の中を眺めて康太を見つけるとこちらのほうに歩いてくる。


「おぉ倉敷。どうした?」


「あぁ、ちょっと話があってな。来てくれるか?」


「えっと・・・倉敷君?ここじゃダメなの?」


「悪い、ほかの奴にはちょっと聞かれたくないんだ」


おそらく魔術関係の話なのだろうが、このような言い方をすると誤解を招きかねない。いったいなぜこのタイミングで呼び出したのかわからないが変に不信感を抱かれるのはあまり良くない。


康太はとりあえず倉敷をいけにえにこの場を乗り切ろうと考えていた。


「すまない倉敷。お前の気持ちはうれしいが、俺ノンケだからさ、そっちの趣味はないんだよ・・・」


「はぁ!?俺だってそんな趣味ないっての!」


康太の発言に倉敷は声を荒らげて否定しているが、その否定の仕方が妙に必死だったために青山と島村にはもしかしたらという疑念を抱かせた。


「え・・・?そっちの人だったの・・・?」


「まぁ待てよ島村。今の時代そういう趣味の人がいるのを否定しちゃいけねえよ。こういう時はおおらかな態度で許容してやるべきなのさ・・・そうだろ八篠?」


「そうだな。自分にその感情が向けられると果てしなく気持ち悪く思うけど俺は応援してるぜ倉敷、いつかお前の気持ちを察してくれるいい男が現れるさ」


「ざっけんなよお前!いいから来い!」


「あーれー!俺はそっちの趣味はないんだ!堪忍してくれ!」


「いいから黙ってろ!殴るぞお前!」


ふざけながら倉敷に引きずられていく康太を見ながら青山と島村は手を合わせて康太の無事を祈っていた。


一緒にふざけていたとはいえほぼ初対面の相手にあれはちょっとまずかったかなと思いながらも康太があの調子だったためにあの対処で間違ってはいなかっただろうと男子高校生のノリを取り戻したところでまた別の話題に切り替えた。


そして倉敷に引きずられている康太は二人の視界から外れたところでふざけるのをやめて倉敷のほうを見る。


「で?何の用だよ。教室まで来るってよっぽどだぞ?」


「ちょっと急用ができたんだよ。お前か鐘子だったらお前のほうが話しやすいからな」


康太と文を比べたときどちらのほうが話しかけやすいかといわれると同性の康太のほうが話しかけやすいのは理解できる。


だが教室にまでやってくるというのは珍しい。文だって教室にやってくることはまれだ。たいていどこかで待ち合わせてそこで話をするというのがほとんどだったため教室に康太を訪ねて誰かがやってくるというのはあまり記憶にない。


「急用って大分の件か?それともまた別件か?」


「別件って言ったら別件だな・・・まぁとにかく来い。ここじゃ話しにくい」


「・・・ひょっとしてマジでお前そっち系だったのか?悪いけど本当に俺はそっちの趣味は・・・」


「俺もないって言ってるだろ!そういう話じゃないから安心しろ」


「そうか。なら文も呼んどくか?あいついたほうがいろいろ話はしやすいと思うぞ?」


「そうしてくれると助かる・・・っていうかさっきのやり取り何なんだよ。あからさまに妙な流れに誘導しやがって」


「クラスに来てまで俺を呼び出す奴って結構少ないんだよ。文がたまに来るけど最近はそれも少なかったからな。誘導を含めてあぁした。あんまり不審がられたくないからな」


「お前だったら暗示とかかけられるだろうよ、覚えてるんだろ?」


「あんだけ人がいるところで、しかも二人同時にかけるなんてやりたくないっての。そういうのは文のほうが得意なんだからさ」


魔術師にも向き不向きがあるというのは精霊術師である倉敷も知っているが、康太がそういった魔術が苦手だとは思っていなかったのか少し意外そうな顔をしている。


「お前普通に強いからそういうのも得意なんだと思ってたけど、そうでもないのな」


「俺の師匠が誰か知ってるだろ?あの人の弟子な時点である程度の技能は教わるんだよ。戦闘技能だけな」


「・・・お前も案外苦労してるんだな」


「それほどでもないよ・・・っていうかどこで話すんだ?文呼び出すからあらかじめ教えてくれ」


「話せるところならどこでもいい。屋上とかでもいいぞ」


「んじゃ屋上で集合かけとくぞ・・・来てくれるかな?」


「来なかったらお前が鐘子に伝えてくれればいいよ。別に直接聞かせることに重要性があるわけでもないんだから」


「そうなのか?ならわざわざこんな目立つ形で呼び出さなくても」


「放課後になって部活中に呼び出すほうが不自然だろうが。こっちもいろいろ気を使ってるんだよ」


倉敷は倉敷なりに考えがあって昼間に呼び出したらしいのだが、康太からすれば割と目立つ行為であるために推奨はしたくない行動だった。


もっとも倉敷の印象を悪くすることで問題なく潜り抜けることができたためここは気にしないでおくべきだろうと考えながら康太と倉敷は屋上へと向かっていた。












「で?なんで私を呼び出したわけ?なんかあるの?カツアゲ?それともこの学校の番長でも決めようっての?」


「お前相手にカツアゲできるほどアホじゃないっての。ちょっと話があったんだよ、一応お前らにも伝えておこうと思ってな・・・てか番長って・・・時代錯誤も甚だしいな」


呼び出しを受けるのは割と多いとはいえ、倉敷から呼び出しを受けるというのは実は珍しい。


以前倉敷に呼び出されたときは康太と戦った時だったためにもしかしたらまた戦うのではないかと文は若干警戒していたのだ。


康太と二人がかりなら問題なく倒せるだろうとは思っているが、以前の倉敷よりも戦闘能力は上がっているために一人だと苦戦を強いられると考えていたため、ただの情報共有であるという事実に少しだけ安堵していた。


「それで?あんたが情報持ってきたってこと?協会にでも行ってきたわけ?」


「いやいや、そういうんじゃなくて。前に話したと思うけど精霊術師の知り合いにちょっと話を聞いてな。いろんなところで情報とか拾ってもらってたんだよ」


「へぇ・・・案外精霊術師同士でコミュニケーションってとってるんだな。それで結果は?具体的に何の情報があったんだ?」


精霊術師同士の情報共有というのがどれほどの精度と密度を持っているのかはわからないがこういう時はありがたい。


魔術師同士での情報共有では今回の犯人にも探っているという情報が伝わりかねないが、精霊術師間での情報共有ならば魔術師にこの話題が通じる可能性は低い。


こういう時は精霊術師と魔術師の間に溝があってよかったと思ってしまう。本当にいいことなのかはさておいて。


「とりあえず拠点を急に移動した奴がいるのは間違いなくて、いきなりグループごといなくなったってのも確認できた。七人のグループでいきなりいなくなったんだと」


「七人を一度にかぁ・・・こりゃ面倒そうなにおいがしてきたなぁ」


「今回のとかかわりがあるかはさておいて、やっぱりそれなりの数を一度に動かすこともできるって考えておいたほうがよさそうね・・・今日接触する予定なんだけど・・・あんたらの準備は大丈夫なわけ?特に康太」


魔術師グループそのものに接触するとなると、戦闘状態になる可能性が高い。相手がまともに話をしてくれるだけの冷静さを保っていられるのであればまだいいのだが、あの場所は無駄に魔術師間での緊張状態が続いている。


そんな中に康太たちのようなイレギュラーが入ってきたら相手がどんな反応をするのかわかったものではない。


文や倉敷は戦闘に準備はほとんど必要ないためにそこまで気にする必要はない。心の準備さえできていればいいだけだ。


問題は康太である。武器や道具の類を持っていないと康太の戦闘能力は激減する。ウィルによって多少の武器を再現することはできてもオリジナルに比べると使い勝手が悪くなるため結果的に戦闘能力は下がっているのと同義だ。


一人二人を相手にするならまだしも、複数人を同時に相手にしなければいけないとなるとやはりちゃんとした道具を持っていくべきなのではないかと思えてしまう。


「まぁ、最近道具の類はほとんど使ってなかったからな、在庫は余ってるよ。持っていけば十分戦える。けど文の索敵妨害がきっちり決まってないと無駄に相手を警戒させることになるぞ?」


「そこはもうしょうがないわね。あんたの戦闘能力を下げるほうがこっちにしたらデメリットが大きいわ。警戒心を与えないように妨害するから、今日はフル装備でお願い」


不幸中の幸いというべきか、今まで周りにいる魔術師に対して無駄に警戒心を与えないようにあまり武器をもっていかなかったためにそこまで武器や道具の消耗は激しくない。


もともと作ってあった武器の類を持っていけばいつもと同じ戦闘能力にまで戻すことは可能だ。

自分の槍をもって戦えるというのは地味にうれしいものだと康太は小さく笑みを作っていた。


「でもそのグループ・・・ていうか倉敷の言ってたグループかどうかもわからないのか・・・とにかくグループに接触するっていったけど、その拠点とかはわかってるのか?」


「ある程度絞り込みはできてるわ。今までの行動範囲に加えて今は情報提供が結構あるからね。人数まではわかってないけど、ひときわ大きい縄張りを持ってるところに行こうと思ってるわ」


「うっわ・・・ちなみに相手の人数は?」


「不明よ。だからフル装備で行けって言ってるんじゃない。今回はだいぶ激しい戦闘になる可能性が高いのよ。って言っても話し合いで済めばそれが一番いいんだけどね」


話し合いで済むはずがないよなぁと康太と倉敷は互いに目を合わせていやそうな顔をしている。

あの状態で話しかけてはいそうですかと話を聞かせてもらえるはずがない。


まず近づこうとした段階でフリーズの警告、それが済んだらホールドアップさせられるだろう。


武器の類をすべて取り上げられて話を聞くのではなく、むしろ聞かれる立場になってしまう。それでは本末転倒というものだ。


多少、というかかなりリスクはある。とはいえなるべく戦闘をしたくないのも事実だ。


「戦闘に発展したとして、相手は全員つぶすのか?それとも部分的にか?」


「相手が降参したら途中でストップ。降参しなければ全員つぶしましょ。そのうえで全員に話を聞けばいいわ」


いきなり襲い掛かってきて話を聞くというのはかなり攻撃的な考えだが、早々に情報を得るとなるとこの手しかない。


なるべく穏便に進められるように話をするつもりだが、万が一ということがある。準備をしておいて損はないだろう。


「ところでさ、グループに接触するのはいいんだけど、もしその中に本命がいた場合を考えなくていいのか?まぁ状況によりけりだからまだ何とも言えないんだけど」


状況によりけりというのはグループがあの場所に移動してきたときのことを指している。全員に術をかけるにしろ、時間も労力もかかる。そのためそのグループ内に犯人、あるいはそれにかかわるなにものかがいるという可能性が高い。


またはその場所自体に何かしらの術式がかけてあるという可能性もある。


前者であれば本命がいる、後者であればグループ内に本命はいないということになる。


「本命がいた場合・・・ねぇ・・・具体的にはどうするわけ?」


「俺らだけだと本命を取り逃がす可能性がある。特に倉敷がさっき言ったような七人同時に相手にするとなると一人二人逃げても俺らじゃ追いきれない」


「戦力に不安があるから増援を頼みたいってことね?」


「別に一緒に戦う必要はない。逃げようとするやつがいたらそいつを追跡してくれればそれでいい。素性を把握するうえでも必要だろうしな」


前者であった場合を考えて、仮に先ほど倉敷が言った七人ほどの魔術師のグループがあったとして、康太の言うように三人で倍以上の相手をしなければいけないのだ。


康太の不意打ちが早々に決まったとしてもかなりつらい人数である。


一人一人相手をするようにやってきてくれればいいが、せっかく複数人数で固まっているのに数の利を使わない理由がない。


七人もの相手をしている状態で逃げようとする魔術師にかまっていられるだけの余裕がないのは明白だろう。


何回も戦闘してきた康太はそれくらいわかっている。複数の魔術師の相手をするのはそれだけ面倒なのだ。


「んー・・・じゃあ私たちが接触するタイミングでその監視をする魔術師を支部長に手配してもらいましょうか・・・私たちの知り合いから選出してもいいけど・・・ある程度戦闘能力もないと不安だものね」


「そうなんだよな・・・あの場所に行くって時点で戦闘能力ないと最悪ぼっこぼこにされるからな」


康太たちの知り合い、というか師弟関係の人間ならばある程度の戦闘能力は保証されているが、何人かは呼びたくない人物が含まれている。


そのために支部長にある程度信頼のおける戦闘能力のある追跡者兼監視者をつけてもらう必要がある。


「でもあんた的にはそれでいいの?戦闘のところを監視されることになるとある程度手の内が割れちゃうけど」


「そこはもう仕方ないだろ。情報優先だ。それにどうせ複数戦闘って時点でこいつを出すから主に索敵で判断してもらうことになるしな」


こいつといいながら康太は自分の体から黒い瘴気を噴出させる。相手の視覚を封じることで索敵でしか認識できないようにするのだ。康太がよく使う手である。


「あー、悪いんだけど康太、今回はそれ使わないでほしいのよ」


「なんで?相手が混乱するから便利なんだけど」


「その分私たちも混乱するわよ。いつもは私は遠くにいたりあんたが一人だったりでいいかもしれないけど、今回は私たちも一緒なのよ?しかも今回は倉敷もいるんだからさ、そのあたり考えなさい」


「・・・そっか、お前索敵使えないのか・・・!くっそ、それじゃ視覚制限するわけにはいかないか」


倉敷が魔術師で遠くから黒い瘴気の中を確認できるだけの索敵魔術を有してくれていたなら、文と倉敷を遠くからの射撃系補助要員として使うこともできたのだろうが、あいにく倉敷は精霊術師であるために索敵を使えない。


仮にDの慟哭で黒い瘴気を大量発生させた場合、その中にいたら周りを全く確認できなくなってしまうのだ。倉敷いわく水の術で索敵できなくもないが、それも詳細に感知できるとはいいがたい。


自分以外の仲間がいると行動が制限されるのだなと康太は眉をひそめていた。


「悪いな。でもそれ使ったらお前も見えなくなるだろ?そのあたりはどうするんだよ」


「複数人数が相手の時って、相手の連携を崩す意味でもこっちの的を絞らせないって意味でもかなり有用なんだよ。こっちは近くにいるやつ全員敵だけど、相手は味方もいるから攻撃がしにくい・・・けど今回はこっちも複数なんだよなぁ・・・」


普段一人で戦うことが多かったために、どうしても複数人で戦うということに慣れていない康太。


文と連携しても康太は接近戦、文は遠距離からの狙撃やフォローを入れる役と完全に分業しているためにそこまで気にしていなかった。


文はスペックが高いためにある程度康太が勝手な行動をとっても問題なく対応してくれるが、普通の魔術師や精霊術師は康太の無茶苦茶についていけないのだ。


そのあたりを正しく認識する必要があるなと康太は自分の近くにいる文という魔術師のことを再認識していた。


「まぁしょうがないな。俺がどんな戦い方をするのか知られるのはちょっと痛いけど、それもある程度は知られてしかるべきだろ。ある程度戦ってたら知られちゃうことだしな」


魔術師として生活し行動していけばどうしても露出が増えていく。その露出の分だけ相手に情報を与え攻略されやすくなってしまうが、その分こちらも成長し相手の予測の上をいけばいいだけの話だ。


魔術師戦において情報は重要だ。隠すことができれば何よりだが今回ばかりはそういうわけにもいかない。自分一人ならまだいいが今回は一緒に来てくれる者もいるのだ。ある程度康太が身を切らなければ先に進めなくなってしまう。


大量に魔術師がいる状態で戦う姿をあまり見せたくはないが致し方ない。これも必要経費だと康太は割り切っていた。















「というわけで今日接触しようと思うので、誰かを監視につけてほしいんです。万が一のことを考えて」


「また急だね・・・いやまぁ構わないけれど・・・急に用意できる人材となるとどうしても技能は限られるよ?」


「構いません。今回の目的は相手を逃がさないことじゃなくてどこに逃げるかを特定してほしいので、戦闘技能に長けていなくても問題はありません」


それでもできるかどうか怪しいんだけどなぁと支部長は難しい顔をしている。


昨日の今日でこんなことを言われても支部長としても困ってしまうだろう。いきなり信頼できて追跡が可能な人物を用意しろと言われてもそう都合よくそういった人物がいるとは思えない。


「それに今回は一応ってことですから。私たちが逃がさなければいいだけの話ですよ。それにそのグループの奴の中にそこから逃げようとするやつがいれば役割がありますけど、逃げようとしなければ同じように出番もありません」


「うん・・・言いたいことはわかるんだけどさ・・・まぁ僕のほうからその話を振ったんだから仕方がないのかな・・・?」


文はそんなことは起こらないだろうという風に話しているが、その実そのどちらか、あるいは別の何かが起きるのではないかとにらんでいた。


そろそろ文たちが行ってきた活動に向こうの人間が気づいてきても何の不思議もないのである。


現実問題今回の接触でも何の反応もないとなるとこれ以上取れる手段がなくなってくる。


相手の思惑も規模も何もわからないままにできることがなくなってしまうというのはかなりまずい状況であるというのは康太も理解している。


文は賭けに出ながらも同時に保険をかけているのだ。その保険がどれほどの効力を持つのかはわからないがかけておいて損はない保険である。


「まぁ人は用意するよ。ただ時間かかるかもしれないから深夜近くなっちゃうけど・・・構わないかい?」


「構いませんよ。その時間まで少し休んで・・・いや、相手の注意を引いたほうがいいか・・・相手が深夜で休まれたらそれこそ本末転倒だし」


「えー・・・さすがに戦いながら時間稼ぎできるほど余裕ないぞ?相手が何人いるかもわからないのにさ・・・」


「そうなのよね・・・ちょっかいかけるにも限界があるし・・・」


「すぐできる人材となるとやっぱり君らの知り合いとかになっちゃうけど・・・あるいは支部の人間」


康太たちの知り合いであればおそらく呼べばすぐに来ることは可能だろう。康太たちがこうして活動していることも知っているし、信頼できて実力もあるものばかりだ。


問題があるとすれば康太と文が個人的な理由で彼女たちの力を借りたくないと思っているくらいだろうか。


そしてすぐ用意できる人材の中で支部の人間というのもあまりよくない。何せ支部の専属魔術師が現場をうろついているということ自体があまり良くないのだ。


相手に余計な警戒をされかねない。今まで支部長が思うように動けなかったのも相手に余計な警戒をさせないことが目的だったのだからここにきて下手に警戒させないほうがいいだろう。


無論あえて警戒させて動きを観察するというのもいいかもしれないが、相手を特定もできていない状態ではそういったことは避けるべきだ。


「支部の人間はあんまり使いたくありませんね・・・これまでせっかく支部の人間に頼らず来たんですし・・・」


「そうなるとやっぱり時間はかかるよ・・・深夜近くは覚悟してほしい」


「・・・それならにらみ合いでもするか?こっちがにらみつけてるなら相手も逃げにくいだろ」


「戦闘に発展させる一歩手前で待とうっていうわけね・・・そんなにうまくいくかしら?」


「少なくとも戦闘状態で時間を稼ぐよりは現実的だろ。俺はそんな何時間も連続で複数人を相手にはできないぞ」


康太は素質的な意味でも戦闘スタイル的な意味でも長期戦には向いていない。魔力の補給自体がおぼつかないために供給量より消費量が上回ってしまうためある一定の時間を越えて戦い続けるとどうしても限界がやってきてしまう。


魔力が枯渇した状態で戦い抜けるほど魔術師は甘くない。


そして何より攻撃の要ともなる装備を消耗してしまうというのもある。魔力は消耗しても時間をかければ回復することもできるが、残念ながら消耗した道具や武器に関しては改めて作り直さなければいけない。


魔力の消耗に加えて装備の消耗。この二つが康太が長期戦に不向きな大きな理由となっている。


「お前だったら槍一本である程度立ち回れるんじゃないのか?普通に肉弾戦も強いんだろ?」


「ただの肉弾戦でどうやって魔術師に近づくんだよ。逃げ回るにしろ肉体強化がないと難しいし、俺の場合魔術が使えないってだけで機動力までがた落ちなんだぞ?」


そうなのかと倉敷は少しだけ驚いたような表情をしている。康太の機動力はたびたび目にしている。空中を駆け回りアクロバティックに回避や攻撃をするその姿は蝶のように舞い蜂のように刺すを体現しているかのようだった。


あの動きの核となっているのが魔術の存在だと気づいてはいたが、そのもととなっているのはあくまで康太の身体能力だとばかり思っていたのだ。


魔術が使えなければ康太は少し槍を扱える高校生程度の身体能力しかない。魔術師相手にそれは致命的だ。屋内のように視界も行動範囲も狭められているならまだしも、屋外で魔術師相手に立ち回れるほど康太は人間をやめてはいなかった。


「現段階で他に手はないだろ?支部長、人が用意できて、なおかつ監視体制に入ったら俺らに合図を送ることってできますか?」


「それは問題ないと思うよ。合図なんて送ろうと思えばいくらでも送れるからね。何なら携帯のほうに連絡入れてもいいし」


「さすがに携帯は・・・にらみ合いをしてる状況で携帯見てる余裕はないと思いますよ?」


今にも戦いが始まりそうという場面で携帯の振動が聞こえてきたらどんな反応をするか想像に難くない。


不意な物音が戦いのきっかけになるというのはよくあることだ。もちろん準備ができているからこそ携帯が鳴るわけだから戦いの合図になってもいいのかもしれないが、せっかく話し合える可能性があるのであればその可能性を最初から捨てるのはもったいないように思える。


「ちなみににらみ合いって言ってもどのレベルにするつもりなんだ?本当に戦う寸前?」


「あぁ、だって結局戦うことには変わりないだろ?戦わずに話を聞くことができれば最高だけどな」


そううまくはいかないだろうなと康太と文は考えていた。まず間違いなく、というか十中八九戦闘になるだろう。


あのような緊張状態が続いている中でにらみ合いを続けるというのなら相手の沸点もだいぶ低くなっている可能性が高い。


「戦いの準備はばっちりって感じなのはいいけど・・・一応無意味な人を巻き込まないでほしいな・・・難しいかもしれないけど」


「難しいですね・・・多対多の状況で戦闘範囲が広がらない保証はないです・・・一対一だったらこの前の二組みたいに足を止めて戦うかもしれないんだけどな」


一対一であれば自分と相手だけの純粋な魔術師同士の戦いになる。だが多対多の状態では自分と相手以外にも味方と敵という概念が生まれるためどうしても連携が重要性を増してくる。


そうなれば相手との距離、味方との距離が重要になってくる。相手を攻撃できる良い位置へと、味方をフォローできる良い位置へととにかく移動し行動するのが最適な行動といえるだろう。


そうなればもう戦闘を行っている場所はぐちゃぐちゃだ。誰の縄張りだとか言っていられなくなる。


仮にグループが広範囲の縄張りを保持しているといっても限度がある。特に機動力にものを言わせるような魔術師がいた場合は行動範囲も戦闘範囲も広くなる。


「とりあえずほかの魔術師は巻き込まないように注意しますよ。俺も師匠みたいに誰彼構わず攻撃するようにはなりたくないですから・・・」


「それは本当に思うよ・・・君はクラリスみたいになっちゃだめだよ?・・・この前のあれを見てるとそれも微妙なんだけどね・・・」


この前のあれというのはこの支部で起きたプラナ・オーバーの一件である。エントランス部分で無差別な炸裂鉄球を使った康太。もちろん自身の持つ防御魔術によってある程度攻撃力を落とした状態だったため完全な無差別攻撃というわけでもなかったが、一種の公共の場所であるこの魔術協会でそれだけの魔術を使ったという時点ですでに支部長の信頼が傾きかけているのがよくわかる。


小百合ほどとまではいわないまでも、それに近しい何かになりつつある。康太の評価と信頼がそう簡単に揺るぐことはないが、それ以上に小百合の存在は大きいものなのだ。信頼も評価も簡単に覆せるほどの存在感を持っているのである。


「とにかく、今日はにらみ合いをすることでも、戦闘をすることが目的でもないのよ?そのグループの連中に話を聞くのが目的なんだから」


「話を聞く過程でぼっこぼこにする必要がある時点で結構なことだよな・・・まぁ仕方ないのかもしれないけどさ」


「話を聞けばそれでよし。聞く耳持たないなら耳をつけてやるだけってな。なかなか強引な手段だとは思うけど」


「せめてこの辺りが緊張状態じゃなければいいんだけどね・・・残念ながらそうもいかないし・・・」


そればかりは今更というものだと康太と倉敷はもはや半ばあきらめているようだった。


仕方がないかもしれない、あの場所の魔術師たちはずっとあの場所にい続けているのだ。周りに常に誰かがいるというのはどうしようもなくストレスになってしまう。


人付き合いが好きな人種でも、二十四時間毎日誰かの視線が付きまとえば少しずつではあるが心因的な疲れがたまっていくだろう。


その疲れはやがてストレスになり、ストレスがたまり続ければいら立ちもする。苛立っていけば当然攻撃的になる。


そうやってあの場所の魔術師たちは好戦的になっているのだ。無論戦闘が得意ではない魔術師はその被害を受けているということになる。


そんな状態ならあの場所から離れればいいのにと思うが、そう簡単にはいかない事情があるのだろう。

それは人それぞれ。人によって理由も違えば目的も違う。どうしようもないことというのも中にはあるのだ。


「注意すべきことは相手が逃げようとしたら私たちが応対しようとしないこと。無論ある程度追おうとする素振りとか、攻撃するふりはしたほうがいいかもしれないけどね」


「あぁ、完全にスルーするとわざと逃がしたように思えるもんな。そのあたりもちょっと注意しなきゃいけないかも・・・」


完全に無視してもいけないし執着してもいけない。そのあたりは難しいところだなと康太は今回の目的の難易度の高さに少しだけ辟易してしまっていた。


誤字報告を35件分受けたので八回分投稿


これからもお楽しみいただければ幸いです

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