修行とそれから
真理の言葉に、文はいまさらながら気が付いていた。
そう、康太が魔術師と出会ったのは今年の二月。そして魔術を覚えたのもほぼ同時期。
まだ二カ月弱しか経過していないのに康太は魔術師と戦い、なおかつ勝利して見せた。
師匠である小百合の言ったとおり、魔術師としては異端の戦い方を言われた通りに実践してみせたのだ。
なるべく自分の手の内を見せずに自分の体を駆使して戦う。相手に近づきなおかつ攻撃をして相手を振り回す。
本来なら射撃戦を行う魔術師が最も嫌う戦法でもある。やれと言われてやってみることはできるかもしれない。文も師匠にやれと言われればそれなりに魔術を使ってその真似事をして見せることはできるだろう。
だがそれを実戦でできるかといわれると、正直自信がない。
長年魔術師として訓練を重ねてきた文ではあるが、実戦で一度もやったことがない戦い方をしろと言われてもうまくいかないだろう。
それどころか途中で自分の得意な戦い方に切り替えてしまうかもしれない。人間が本当の本番で訓練と同じようなことができるようになるにはそれだけ時間がかかるのである。
それを康太は初めての実戦でやってのけた。
「私がそれを確信したのはビーの最後の追跡の時・・・そう、貴女が飛び降りた後に追いつくために屋上から飛び降りた時です・・・彼は貴女が落ちようとするとほぼ同時に動いていました・・・普通なら躊躇するはずなのに」
自分が魔術を有していたとしても、飛び降りたらどうなるか、もし地面にたたきつけられたらどうなるか、そんなものは考えるまでもなく悩むまでもなくわかりきっていることだ。
しかもただ飛び降りるならまだしも、康太は頭から飛び降りた。そうしなければ追いつくことはできないとわかっていたからである。
普通の人間なら躊躇するその場面で、康太は一切躊躇をしなかった。それは康太が一種の興奮状態にあったというのもあるだろう。追い詰めなければむしろ自分がやられるという窮地に立たされた状態だったというのもあるだろう。
だが一切躊躇しないというのは異常だ。
いくら負けたら師匠の鉄槌が待っているということがわかっていたとしても、負けたらどうなるかわかっていたとしても、自分から、しかも頭から屋上からダイブするなどという事が普通の人間にできるはずがない。
康太は確かに魔術師だ。魔術を一人で発動できるという魔術師の条件を満たしている。それは間違いない。
だが彼はまだ魔術師としての精神を持ち合わせていないのだ。体が魔術師のそれになじんでいないほどに経験の浅い彼がそんなとんでもないことをやってのけることができる、そのことこそが異常なのだ。
「それは・・・ビーがおかしいってことですか?それとも凄いってことですか?」
「私としては両方だと思っているんですが・・・師匠は後者だけだと思っているでしょう。それができる人間は稀です。だからこそ師匠は、ビーを魔術師として異端の存在に育てようとしている。私としてもその方がビーのためになると思っているんです」
ビーは魔術師としての素質は微妙ですからねと付け足しながら苦笑して見せた。
普通の魔術師として育てることも十分できただろう。だがあれだけの行動力を潜在的に秘めているのであれば、異端として育てたほうが大成する。
小百合も真理もそう言う結論に達したのである。
魔術師として異端というのはつまり定石から外れるという事でもある。魔術師が普通に考えることを康太は考えない、というより魔術師としての普通というものを康太は『知らない』のだ。
だからこそ、異端としての考えや行動などを徹底的に叩き込み、将来的には小百合にも匹敵するほどの異端者に育てようとしているのだ。
決してほめられた道ではない。兄弟子である真理としても複雑な心境であるのは間違いない。
だがそれでも立派に成長してくれるのであればそれ以上のことはないと思っているのだ。何より康太の為にもなる。
魔術師として正しい成長はできないかもしれないが、恐らく将来的に康太は誰もが恐れる魔術師になるだろうと考えていた。そう育つように自分が上手くサポートすればいい、真理はそう心に決めていたのだ。
小百合が教えるのは彼女の技術と考え方、そして真理は魔術師としての考え方をそれぞれ教えていく。
正しく理解したうえでその道から外させる。もちろん康太が普通の道を望んだのならその時はその時対応するつもりのようだったが、少なくとも今は康太はこのままでいいと考えていた。
「魔術師として・・・それがいいことなのか悪いことなのか・・・」
「そうですね、確かにそればかりはわかりません。だからこそ師匠も私も持てるすべての技術を彼に教えるつもりです。可愛い兄弟弟子ですから」
彼女としては兄弟子として、小百合は師匠として康太のことを認めたうえで魔術師に育てようとしているのだろう。
『破壊の権化』ともいわれるデブリス・クラリス。『万能』と称されるジョア・T・アモン、この二人の指導を受けて康太が今後どのような魔術師になるのかははっきり言って未知数だ。
一人前になるまで一体何年かかるか、文がそんなことを考えていると康太が小百合に叩きのめされ文たちのいる場所まで転がってくる。
「次!十分休んだだろう、さっさとかかって来い」
「呼ばれていますね」
「・・・はい・・・行ってきます・・・!」
厳しいのは望むところだと、文は立ち上がり自分の体の状況を確認しながら小百合に立ち向かっていく。
「あぁもう・・・体痛い・・・」
「こっちもだよ・・・かなりボコボコにされた・・・」
康太たちはその日の訓練を終えて互いの体をいたわりながら街を歩いていた。
康太と文の体には一見すれば傷一つない。真理が目立つ傷だけはしっかりと治してくれたのである。
治癒の魔術。真理が言うには属性的には無属性と水属性に位置するようでどのような理屈なのかはわからないが非常に重宝している。毎度毎度兄弟子である彼女には頭が上がらない。
ただ傷は治せても体に残るダメージだけはそう易々とは消せない。傷として残らない部分にもしっかりダメージが入っているのだ。そう言うところまで全部治すことは彼女でも難しいという事だった。
「傷の跡が残ってないのはさすがはジョアさんというべきかしら・・・万能の名前は伊達じゃないわね」
「万能・・・ねぇ・・・」
あの名前が万能などという響きのよいものではなく器用貧乏というあまり良い印象とは言えない言葉が起因になっているとは彼女は知らないだろう。
確かに真理は万能と言ってもいいほどの実力を持っている。いやそうならざるを得なかったのかもしれない。
小百合の一番弟子、恐らくその注目度は自分よりずっと上だったはずだ。だからこそ彼女は実力をつけざるを得なかった。その結果が今の彼女なのだ。
恐らく自分より何倍も苦労しただろう、その苦労は今の自分では計り知れないところがある。
「ちなみにさ、傷を治す場合のはどういう方法があるんだ?姉さんは結構普通にやってたけど」
「そうね・・・まぁ有名なのは強化の力を使った『自己治癒能力の増強』かしら。ただこれだとどうしても限界があるのよ。だからそれとは別に難易度の高い治療がいくつかあるわ。それが属性別の治療法」
属性別、つまり人間の治療にはいくつかの属性が必要不可欠という事だろうか。
なんというか想像していたよりもずっと面倒そうである。ゲームなどでは治療魔法などはしっかり分類分けされて白魔法などと言われていたのだが、実際の魔術ではそれは違うのだろうか。
小百合は基本的に壊す魔術しか教えてくれないためにこういうことは真理か文に教わるしかないのが悲しいところである。
「属性別って、つまりどういうこと?」
「簡単に言えば人間そのものを属性別に分類できるのよ、血液なら水、骨なら土って具合に。それでそれぞれの負傷箇所によって属性を分けて治療するってわけ。そうするとただの強化より高い治療効果が望めるわ。もちろんそれでも限界があるけどね」
「あー・・・なるほど・・・姉さんがやったのは無属性強化と水属性治癒の併用だったってことか」
そういうことねと文はつぶやきながら自分の体にあった傷を眺める。そこにはすでに痕一つない。それは真理の治療技術の高さがうかがえる。
康太や文が負っていた傷は基本的に痣の部類だ。強い打撃によって毛細血管などが損傷し体内に血が流れ出るというものである。
だからこそ彼女は無属性強化による自己治癒能力の助長と水属性治癒魔術による血液の操作で傷を完全に治して見せたのだ。
もちろんそれ以外の傷、ところどころの筋繊維の損傷は多少残っている。これは彼女が意図的に残したものだと思っていた。
傷というのは普通に治癒すれば『治しすぎ』という現象が起こる。切り傷や擦り傷などで度々起こる現象だ。人間の体とは不思議なもので損傷が起こるとそれを必死に治そうとする。そしてその結果治しすぎてその部分の肉が少し膨らんだりして痕が残ってしまう。
損傷を治しすぎた結果、その部分が本来の体とは異なってしまうのだ。
もちろんこれを利用すれば筋肉の損傷はそれすなわち筋肉の増強につながる。
真理の治癒魔術の技術はかなり高い。ただの負傷箇所に関しては全く痕が残らないようにすることができている。
その気になれば筋肉の損傷も全く問題なく治せただろう。それこそ『治しすぎ』が発生しないくらいに。
だがそれはもったいないと思ったのだ。せっかく筋肉が丁度良く負荷をかけられて悲鳴を上げているのだから、自分の力で治させた方がいいと感じたのだろう。
魔術に頼るのは別に悪いことではないが、頼りすぎるのは問題だ。可能な限り魔術は使わないに越したことはない。
「ちなみにお前は治癒とか使えないのか?いろいろ覚えてるんだろ?」
「一応強化を元にしたものは使えるけど・・・属性治癒はそれだけ難しいのよ・・・私は治癒って苦手なのよね・・・」
どんな人間にも得手不得手があるのだなと康太はしみじみと思ってしまう。もっとも治癒どころか普通の魔術さえもまだ全然覚えていない自分がとやかく言えることではない。
早くたくさん魔術を覚えたいものだが、恐らく小百合が教えるのは破壊に関係する魔術と技術だけだ。それ以外は自分で覚えていくしかないだろう。
早く自分の五感が魔術師のそれにならないかなと、康太はしみじみ思っていた。
「それはそうと・・・ちゃんと仮面持ってる?ローブは?」
「大丈夫、ばっちり持ってきた。」
「そう、ならいいわ。」
二人がこうして街を歩いているのはただ家に帰るのが目的ではない。そう、二人はこれからある場所へと向かっていたのだ。
あの時自分たちが戦った三鳥高校へと。
ちょっと諸事情で投稿できなくなってしまうので数日分予約投稿します
そのお詫びも兼ねて二回分投稿していきますのでどうかご容赦ください
これからもお楽しみいただければ幸いです