聞き込み開始
「というわけで話を聞きたいんだけど、いいでしょ?」
「・・・拒否権はなさそうだな」
調査四日目、康太たちはさっそく昨夜対峙した火を扱う魔術師と接触していた。
接触した理由は言うまでもない、以前に聞いた拠点を移そうと悩んでいたということをどれくらいの人間に話していたかということである。
これで誰にも話していないとなればまた今までと同じようにだれがやったかもわからないような状態に戻るわけだが、もしこれで事前にだれかに話していた場合、そのあたりから犯人の特定ができるかもしれない。
今まで闇雲に手を出していた調査が初めて犯人の背中につながっているかもしれないということもあって康太たちは意気揚々としていた。
「で?何を聞きたいんだ?そこまで大した話はできないぞ?それともあいつをどうにかする算段でも付いたのか?」
あいつといわれて康太たちは瞬時にこちらを見ている水を扱う魔術師のほうに意識を向けた。
何か問題が起きない限り手を出すようなことはしないのだろう。だが逆に言えば理由さえあればいくらで手を出しに来るということでもある。
なかなかに厄介なストーカーだなと康太たちは眉をひそめながら意識を目の前にいるストーカー被害者に向ける。
ストーカー被害を受けている者からすれば、いち早く解決したいのがストーカーというものだ。
しかもなるべく穏便に、かつあまり騒ぎ立てられることなく。
だが文は小さく首を横に振って見せた。
「悪いけどそれはそっちでやってくれるかしら。一応支部長には話は通しておいたけど、やっぱり個人間の問題だと介入しにくいみたいだし」
「・・・やっぱそうなるよな・・・まぁそっちはあんまり期待していなかったからな・・・じゃあお前らはいったい何しに来たんだ?」
「前にも聞いた話よ。ここに来る前、あんたは拠点を移そうと悩んでたのよね?」
「あぁそうだ。あいつから何とか逃げられないかとな・・・」
「その悩み、具体的にはどこかに拠点を移したいってことを誰かに話したかしら?術師名とか役職が出てくれるとありがたいけど」
「んー・・・特にこれといって話した記憶は・・・あぁ、でも一応支部の人間には話はしておいたぞ。拠点を移すかもしれないってことと、今使ってる拠点を破棄するかもってことは伝えた」
あたりだ。康太たちは内心ガッツポーズをしながら互いに視線を合わせてから小さくうなずく。
「支部の人間っていうけど、誰?受付?それともほかの役職の人間?」
「拠点だから・・・あの時は術師課に話をしたと思うぞ?その中の誰かはさすがに覚えてないけど」
術師課というのは文字通り術師の登録や管理を行っている課のことである。康太が支部に初めてやってきたときに支部長と一緒にいた人物などが該当する。
魔術師の能力の有無、そしてその登録や記事の編集などを行っている。その中には拠点の情報に加え、当人が所持、着用している仮面のデザインなども登録されている。
なお魔術師だけではなく精霊術師の登録なども行っているために比較的多忙な部類だが、一度登録した情報が変わることはそれこそ拠点の変更くらいのものだ。
それに拠点の変更を術師課に通す魔術師はいるようで案外少ない。そのため新たな魔術師が育つ、あるいは登録される時期は多忙を極めるが、それ以外では普通に忙しいレベルの業務内容なのだという。
康太は今まで一度も自分から術師課の人間とかかわったことはない。
拠点の変更もしていないし、仮面の変更などはいつの間にか奏がやっていてくれたために康太は何もしていないのである。
「そう、ほかには?何か思い出すことはある?世間話程度でも誰かに話したとかそういうのは」
「あー・・・うー・・・思いつかないな・・・あんまり自慢することじゃないかもしれないが俺そこまで魔術師とかに知り合いいないんだよ。主にあいつのせいで」
「・・・なるほど、厄介そうなやつに目をつけられたくないから徐々に離れていったってことか・・・」
ストーカー被害にあった人物がいた場合、その周りにいる人間の反応はある程度決まってくる。
その被害を少しでも減らす、あるいは犯人を捕らえようと尽力するパターン。あるいは自分はそのストーカーに何かされたくないために徐々に距離を置くパターン。そして他人事だからと無責任なことを言い、適度に距離を置きながらも楽しむパターン。
この魔術師の周りは比較的離れていくものが多かったのだろう。気の毒としか言いようがない状態だが今回ばかりはこれ以上手を貸すのは難しくなりそうだった。
「世間は冷たいよなぁ・・・困ってるやつがいても手を差し伸べないんだからよ・・・」
「差し伸べてあげたいけど、あいにくこっちも手が足りない状態なのよ・・・少なくともあいつの根本的な考え方とかを変えないと無理じゃない?」
「畜生・・・支部もお手上げとか・・・俺はこれからいったいどうやって生きていけばいいんだ・・・」
「大げさね・・・とにかくなんか思い出してくれない?ないならないでいいけどさ」
「ないね。最近一人ぼっちで寂しいってことを思い出して軽く死にたくなったが、そのくらいしか思い出せん」
「・・・そう、悪いこと聞いたわね・・・」
「俺でよければ話聞くぜ?少なくとも厄介なものに精神的に参ってるのは理解した。多少でよければ力になる」
康太の言葉に久しぶりに手を差し伸べられた気分なのか、わずかに震えながら火の魔術師はそうかよとそっぽを向いてしまう。
照れ隠しが下手だなと思いながら苦笑する康太をよそに文は眉をひそめていた。




