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ポンコツ魔術師の凶運  作者: 池金啓太
十五話「夢にまで見るその背中」

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調査と先入観

「魔術師の記憶もしっかりと消せる魔術師か・・・なるほど確かに前にもそんなことあったな・・・」


「同一人物かどうかはわからないけどね・・・少なくとも警戒しておいたほうがいいのは間違いないと思うわ」


魔術師相手には暗示や記憶操作の魔術は基本的に効きにくい。だというのにこれだけの数の魔術師の記憶に残らないというのはかなりの実力者ということになる。


これだけの魔術師が支部の関知しないところで勝手に動き回り何かしらのことを起こしているとなると油断ならない。


特にそれが同一人物だった場合はかなり警戒が必要になってくる。


ただでさえ厄介な事象が二つ繋がるとなれば、支部長も腰を上げざるを得ないだろう。


一つは禁術、もう一つは魔術師そのものの扇動。


この二つがどのような共通点を持っているのかは知らないが、少なくとも一個人でどうこうできるレベルを超えている。


同一人物であることを視野に入れて行動したほうがいいだろうが、問題なのは支部が動けばその動きを相手にも悟られるということだ。


「どうする?支部長にこのこと報告するか?それともある程度隠してもらうか?」


「隠してもらうかどうかは支部長が判断することよ。私たちは私たちが調べたことをきっちりと報告するだけ。そういう判断は上の人間がするべきなのよ」


自分たちはまだまだ下っ端だという考えを崩さずに文は額に手を当てた。すべて支部長に丸投げするといいながらも文は自分でもどうすればいいのかを考えているようだった。


特に相手が組織立って動いていた場合の想定でいくつか考えを巡らせているらしい。


少なくとも現状康太たちにできるのは調べることとあの場所を引っ掻き回すことくらいのものだ。


できることを確実にとは言ったが成果をあげられる可能性が低いのが難点である。


「とりあえず報告は任せる。一応俺も一緒に行くけど・・・トゥトゥ、お前はどうする?」


「一応俺もついていくよ。一緒に行ってもなにが変わるってわけじゃないけど、あの支部長には顔をつないでおきたいからな」


支部長が魔術師の中でも精霊術師に偏見を持っていないということを何となく察したのだろう。


倉敷からすれば数少ない魔術師の知り合いになるかもしれない。しかも役職はかなり上。うまくいけばよいコネができるかもしれないと倉敷は画策していた。


そんな倉敷の底の浅い考えを理解しているのか、文は倉敷を横目にため息をついていた。


そんなことをしても無駄なのにといいたそうな目に康太は苦笑してしまうが、今問題なのはあの場所の報告についてである。


「ところでベル、これからの行動としてはどうする?まだ調査自体は続けるんだろ?」


「そうね・・・とりあえず今日いろいろ情報は仕入れられたからそれをつぶしていく予定よ。あの場所にいる血気盛んな魔術師の場所も結構聞けたしね」


世間話感覚で話を聞いていた文はあのあたりにいた魔術師からかなりの情報を仕入れることに成功していた。


特にあのあたりに最近やってきた魔術師グループがあるということ、そしてそのあたりで以前もめごとがあったということ。ほかにもいくつかいざこざが新しい場所の位置を聞くことができていたために調査対象には困らない。


「調査していく関係でどうしても戦闘に発展することもあるでしょうから、そうなったらあの場をかき回す結果にもなるし、それで今回の本命が出てきてくれるならなおよし。何も出てこないならそのまま調査続行。幸いにも支部長は調査結果には割と満足してくれてるみたいだしね」


「今日の報告でもだいぶ報告事項が増えるからな・・・支部長としてはうれしいと同時につらいところだろうよ」


「そうでしょうね、ただでさえ面倒ごと・・・っていうか面倒な人を抱え込んでるっていうのに・・・不憫な人だわ・・・」


「・・・いったい誰のことだろうな」


「本当にだれのことでしょうね。顔が見てみたいわ」


康太は目をそらし、文はそんな康太の顔を覗き込むような形で身を乗り出して見せる。乾いた笑いが出てくる康太をよそに文はため息をついてから姿勢を正す。


「とにかくこのことは支部長以外には他言無用ね。特にジョアさんには言わないほうがいいわ」


「なんで?姉さんならいろいろ聞いたりして教えてくれるかもしれないぞ?」


「それがだめなのよ。あの人ただでさえ支部の中に知り合い多いんだから、そういう関係でもし真犯人に調査してるってことがばれたらどうするの」


「あぁそういうことか・・・でもあえてばらして動きを見るっていうのもありじゃないのか?泳がせる的な意味でもさ」


「特定できてるならそれもありだけどまったく特定できてない状態でそれやっても無意味よ。逃げられるだけだもの。やるなら釣り針に食いついた後で泳がせないと。そうじゃないと全くの無駄行動よ。少なくとも現段階ではやめておいたほうがいいわね」


相手へ与える情報の量とそのタイミングは吟味しなければならない。タイミングが良ければ康太の言うようにうまく相手を誘導することもできるかもしれないが、タイミングが悪ければ相手に情報だけ与えてそのまま逃げられる結果にもなりかねない。


そしてそのタイミングを見計らうのは現場の人間では難しい。もっと全体を見渡すことのできている者がやるべきだ。


それこそ支部長のような上の人間がするべきだと文は考えていた。とはいえこれ以上支部長の負担を増やすと本当に倒れかねないのではないかと心配でもある。


ただでさえ心労が多いというのにこれ以上負荷をかけていいものか、文としても悩ましいところだった。











「以上が今回の報告になります。何か質問はありますか?」


「・・・あー・・・一気に状況が進んだせいでちょっと整理しきれてないな・・・ちょっと待ってくれるかい?」


報告する事項をまとめた文たちは今回得た情報と自分たちの推察を可能な限りわかりやすく理解しやすいように支部長へ報告していた。


だがわかりやすくしたのが逆に良くなかったのか、多すぎる情報量に支部長は頭を抱えてしまっていた。

昨日の今日でここまで話が進めば頭を抱えたくなるのも無理はない。康太も文も、支部長と同じ立場に立たされたら間違いなく頭を抱えるだろう。


支部長はまだ面倒ごとに耐性があるからこの程度でいられているが、もしほかの人物だったら間違いなく胃に穴が開いているだろう。


あまりいい意味ではないが支部長は鋼の胃袋を持っているのだ。食に関する方面ではなくストレスへの耐性という意味での鋼だが。


「ひとまず・・・この三日間で随分と話を進めてくれたね。そのことに感謝するよ。ほかの魔術師ではこうはいかないだろうね。さすがはエアリスの弟子というべきかな?」


「おほめに与り光栄です。ビーやトゥトゥが協力してくれたおかげです。何より運にも助けられました。私の実力だけではありません」


「・・・うん、そうやって謙遜できるあたり本当に彼女の弟子なんだなと思うよ。エアリスが君を選んだのは間違いじゃなかったみたいだ」


互いに互いを知っている仲である支部長としては文がエアリスこと春奈の弟子としてふさわしいか少しだけ不安なところもあったのだろう。


小百合の弟子である康太と一緒に行動していることもあって多少乱暴なところがあるのではないかと思ったのだろうが、それは杞憂に終わったようだ。


「さて・・・とはいえどうしたものだろうか・・・話に聞く限りそんな魔術師がいるなら支部としても動かざるを得ない・・・けれど動いたら逆効果になりかねない・・・難しいよこれは・・・」


「支部長、やはり私たち以外にも依頼を出すべきではないでしょうか?昨日の今日でそこまで優秀かつ信頼のおける魔術師が捕まらないというのは百も承知ですけど、こうなったらこっちからも積極的に動かないと・・・」


「積極的かつ慎重に、ばれないように動かなきゃいけないっていうのが難しいところだよな・・・だからこそ支部長も悩んでるんだろ?」


「そうなんだよね・・・優秀で信頼のおける魔術師がいないわけじゃないんだけど・・・どうにも秘密裏に活動っていうことにとことん向いてないからなぁ・・・」


そういって支部長は一瞬だけ康太のほうを見る。その視線ですべて納得してしまった。要するに支部長は小百合に出動を要請しようと考えていたのだろう。


だがあいにくと小百合が隠密行動などできるはずがない。いやできたとしても非常に面倒なことになるのは確実だ。


というか何もかも破壊しつくして解決するという選択肢以外持っていない小百合を野に放ったらどうなるか支部長も想像できないのだ。


少なくとも今回のような調べごと、相手にばれてはいけないような状況での調査では小百合がどのような成果を持ち帰るか予想できないのである。


「クラリスさんはさておき・・・バズさんはどうです?あの人はクラリスさんと違って温厚な性格ですよ?」


「うん・・・実は彼への打診を何度か考えたんだけどね・・・あの人も結構すごいよ?何というか、やっぱりクラリスの兄弟子なんだなって感じがする」


「それってどういう・・・」


そこまで言いかけて文は想像する。支部長が結構すごいというだけの何かがバズこと幸彦にはあるのだ。


今まで温厚かつ優しい頼りになるおじさん程度にしか見ていなかった幸彦だが、小百合の兄弟子であるという事実を再認識するだけの何かがあると考えると今回の依頼に適しているとは思えない。


破壊とまではいわずとも戦闘中心の探し口になるかもしれないだけにあまり積極的に声をかけたい人物とは言えなかった。


信頼はある、実力もある。だがその性質があまり良くないのだ。


隠密能力にも長け、なおかつ信頼と実績のある人物でなければならない。選出方法にも苦労するなと康太は一人の人物を思い浮かべていた。


「じゃああの人はどうだ?マウ・フォウ。あの人なら隠密行動得意そうだし何より探し物と人探しのプロだぞ?」


マウ・フォウは康太が何度か世話になっている魔術師の探偵だ。実績も十分以上にあり、何より依頼の関係でかかわったこともあって信頼度もそれなりにある。


事情が事情だけに彼に依頼するのも一つの手ではないかと思ったが支部長はあまり快く思っていないようだった。


「確かに彼なら実力も信頼度も申し分ないだろうけど・・・ちょっと戦闘能力が低すぎる気がするんだよね・・・単身で調べている間に襲われたりして情報を抱えたまま・・・なんてことがあるとちょっと困るんだ・・・」


「あー・・・確かにあの人調べごと専門だって言ってたような・・・」


マウ・フォウはあくまで調査専門の魔術師だ。調査に必要と思われる魔術のほとんどを網羅し、持ち前の考え方と洞察力から高い調査能力を持つが戦闘能力のほうはあまり、というかそれほど高くない。


支部長の言うように調査中に襲われでもしたら対応できないかもしれないのだ。そう考えるとマウ・フォウもまた適切な人材ではないように思える。


「えっと・・・まとめるとだ、ある程度戦闘能力があって隠密行動に長けてて、なおかつ調査能力の高い奴?そんな奴いたらどこでも引っ張りだこだろうよ」


「そうなんだよなぁ・・・そういう意味じゃエアリスさんなんか適任なんじゃないのか?あの人が戦ってるところって見たことないけど」


強さ、隠密能力、調査能力、この三つを満たすだけの能力を持ち合わせている人間は康太の中で何人か思い当たる。


小百合の兄弟子である奏。康太の兄弟子である真理。そして文の師匠であるエアリスこと春奈だ。


奏と真理に関しては小百合の関係者ということで支部長としてはあまり依頼したくない対象だろう。


幸彦がだめとなると奏はもっとだめだろうし、真理に関しては小百合の凶暴性を押し隠したようなところがあると支部長自身気づいている。


そうなると春奈が適任のように思えるが、康太は彼女が戦っているところを見たことがないだけにその戦闘能力に対して不安を持っていた。


「そこは僕が保証するよ。彼女の戦闘能力は高いよ。クラリスにはやや劣るところがあるけれどね」


「あの人を引き合いに出されるとあれだけど・・・うちの師匠はレベル高いわよ?私が足元にも及ばないんだから」


エアリスは一般的な魔術師として高い技術を持ち、ほかの魔術師からも高い評価を得ている。


小百合のそれとは対極的とも思えるその評価に加え、小百合のそれとはまったく違う一般的な魔術師を絵にかいたような人物である彼女だが、長年小百合と一緒にいた彼女が弱いはずがなかった。


長年一緒にいたせいで多くの面倒ごとに巻き込まれてきた彼女にとって、実力を磨くだけの実戦は何度となく彼女に襲い掛かったことだろう。


日々に努力も欠かさない彼女のようなまじめな人間がそのような実戦に駆り出されればどうなるか、それはすぐにわかることだった。


「師匠かぁ・・・でももともとこの話って師匠から私に紹介されたじゃない?それで師匠にまた仕事がいくってなんかちょっと複雑な気分よ」


「あぁそうか・・・お前だけで事足りるかもしれなかったのに結局エアリスさんが出たんじゃ・・・お前が至らなかったんじゃないかとか思われるかもな」


「今回に関しては仕方がないと思うよ?現場と裏側を同時に探ることなんてできないんだから・・・エアリスには僕のほうから話しておくよ?あるいはほかの魔術師を探すか・・・今のところ候補はいるんだけどね・・・」


なにも康太たちの周りだけが支部長の交友関係ではないのだ。それ以外にも支部長の信頼を勝ち取り、戦闘能力も調査能力も隠密能力も兼ね備えた魔術師はいる。


その数は少ないがいないわけではない。春奈がその中の一人であることを否定はしないが最初から決めてしまうよりいくつか候補を残しておいたほうが良いように思うのだ。


「支部長、こういうのは何ですけど信頼度の低い順から依頼を出していったほうがいいと思いますよ」


「低いほう?高いほうからじゃなくて?」


「はい、今はまだ猶予がある状況だと思います。相手側もこっちの動きに気付いてるかもしれないですけどそこまでアクションを起こそうとしていない。まだこっちのことを探ってる段階でしょう。そこまで切迫しているわけじゃないので」


「そうか・・・本当に切迫した時とかのために信頼度の高い人たちを残しておこうってことなわけね」


康太の言葉を文が続けると康太がそうそうと何度か首を縦に振る。


康太の言うようにまだ状況は切迫していない。無論調査を始めたほうがいいのは事実だが、一刻を争うような状況でもなければ一つの間違いがすべてを崩壊させるというわけでもない。


まだ相手の全容もつかめていない段階であるため、それなりに隠密行動と信頼度、そして戦闘能力が必要であるのは認めるがそれらの一番を使うような状況ではないのだ。


そのためまずは様子見、というわけではないが本当に重要な戦力はまだ残しておく必要があると康太は考えたのである。


「確かにそれは言えてるかもしれないね・・・こういう言い方で選ぶのはちょっと心苦しいけど・・・そういう意味ならエアリスへの依頼は控えておいたほうがよさそうだ」


少なくとも支部長の中ではエアリスはかなり高い位置にいる魔術師であるらしい。小百合と春奈のどちらが信頼度が高いのか少し知りたいところだがそのあたりは置いておくことにする。


「うん、とりあえず君ら以外にも依頼を出しておくようにするよ。ただ情報が少なすぎるのが厄介だね・・・せめて輪郭でもわかればよかったんだけど・・・」


「それに関しては支部長、私から提案があります。その依頼を出す人に対して拠点を失ったとか、拠点を探してるとかそういう嘘の情報を支部内に流してあげてほしいんです」


「・・・あぁ・・・なるほど。要するにおびき出すってことだね」


「そういうことです。相手の手口が一致しているならこの方法が一番楽かと・・・もっとも引っかかってくれるかは微妙なところですが」


相手がどのような情報網を持っているのかは知らないが、拠点を探している人間に対して拠点を提供するという方法で魔術師を集めているのだ。この方法で引っかかる可能性はゼロではないだろう。


もちろん相手だってバカではないだろうからそのあたりの裏どりはしっかりするだろう。だが支部長のコネを使えばそういった虚偽を真実に変えることくらいは容易だ。無論面倒な手続きやら対処が必要になるが犯人をおびき寄せることができる可能性があるならば必要経費だといえるだろう。



「わかった・・・その方向で話を進めよう。君たちは引き続き現地の調査を頼むよ。向こうで何かが起こらないとも限らないからね」


「了解です。ところで支部長、現地にいる人間に何か話し合いの場を持たせることってできないんですか?」


文の提案に支部長は一瞬きょとんとしていた。今までの文たちの対応からなぜ今更話し合いを提示する必要があるのか不思議だったのだ。


特に自分たちの話し合いならともかく、現地にいる人間同士で話し合いをさせるというのはさらに意味が分からなかった。


「話し合い・・・?どういうことだい?」


「現地の人間は自分たちが、というより自分以外が自分と同じ、ないし似たような条件でその場所に来ているということを知りません。その異常性に気付いていないんです。一度全員を集めてその状況を理解してもらえば・・・」


「・・・なるほど・・・現場に新しい流れが生まれる・・・か・・・でもそれは同時にあの状況の終わりを意味する・・・新しい情報は得られなくなるかもしれないね」


「はい・・・あの場所にいる魔術師全員に・・・いえあの場所に集められた魔術師に記憶操作やらがかけられていて、件の人物の記憶を有していなければ・・・」


今回の情報の中で得た十人以上の目撃情報などを鑑みても、相手は徹底して自分の情報を隠しに来ている。


あの場にいる魔術師たちすべてに話を聞いても同様に誰も覚えていないといった結果が待ち受けている可能性は十分にあり得る。


文の言う手段を講じるということはつまり、あの場に集まっている魔術師たちの作り出した拮抗状態そのものを崩すということだ。


それはこれを引き起こしている人間にとっては引き際を意味する。これ以上新しい情報が得られなくなる可能性も十分にあり得る。


そのためこの手段はあの場の拮抗状態を解消するために使われるべきだ。新しい情報を入手するために使われるべきではない。


「最終手段として頭に入れておくよ。それだけの大規模な動きをすると、相手にも気づかれるだろうけどね」


「そうですね・・・私たちがやっている小規模な介入程度であれば気づかれにくいし、何より気づいた場合相手が接触してくる可能性もありますから・・・ただ情報の量と精度はあまり期待できませんが・・・」


まだ調査を始めて三日が終わったところだ。康太たちが積極的に魔術師たちに介入していったために比較的情報量としては多く、今回の背景にある情報の半分程度は得られたのではないかと支部長は考えていた。


だが肝心の部分の情報が入ってこない。おそらく角度を変えない限り新しい情報は得られないのかもしれない。そういう意味では別の人間に依頼を出すという文の進言は適切である。


「現状、君たちはこのまま現場で動いてもらったほうがいいかもね。君たちならある程度戦闘能力もあるから万が一にも対応できる。特に・・・彼がいるからね」


そういって支部長は康太のほうに視線を向ける。その視線が物語る通りこの中で最も戦闘能力が高いのは康太だ。


持っていける装備が限定されているとはいえ、それでも純粋な戦闘能力だけならまだ二人より高い。


さらに二人の援護があればなおさら戦闘能力は増す。それこそ何回も戦わされるようなことがなければ問題なく切り抜けることはできるだろう。


小百合の弟子として康太の戦闘能力は支部長にもかなり評価されているらしい。そこまで大々的に戦ったことはなくとも、これまでの功績や康太が戦ってきた相手からしてそれなり以上の戦闘能力を有していることは容易に想像できるらしい。


「あんまり期待されても困るんですけどね。状況が状況ですからそこまで本気を出すこともできませんし」


「まぁそれはそうかもしれないね。クラリスなんかは場合によってもうまく立ち回るけど、さすがに君にそれを求めるのはまだ時期尚早だ。これからいろいろと覚えていけばいいだけだよ」


小百合ならばどのような状況でも切り抜ける。それはつまり戦闘経験と有している魔術の数が原因だろう。


康太はまだ戦闘経験も少なく、覚えている魔術自体もそこまで多くない。これから魔術を覚えていけばその分多種多様な状況に対応できるようになっていくことだろう。


支部長もそのあたりをよく理解している。康太が二月から魔術師になったいわゆる新米であることを知っている支部長からすれば、康太の成長速度そのものが異常なのだ。


だがそれは一般的な魔術師から見た場合の成長速度だ。普通の魔術師はほかにもいろいろと必要な魔術を覚えながらバランスよく育っていくため康太のような戦闘特化の魔術師というもの自体が珍しい部類に位置する。


だからこそその成長速度の原因を誤解しがちだが、康太自身はまだ足りない部分の多すぎる魔術師なのだ。


それを補うように実力の高い、だが康太以上に実戦経験の少ない文が一緒にいることによってさらに高いポテンシャルを発揮することができる。


この二人のコンビは良くも悪くも互いにかけている部分を補っているのである。


それに加えて今は精霊術師の倉敷の協力も得られている。ただの魔術師程度は多少連戦を行ってもこの三人ならば切り抜けられると支部長は確信していた。


やはり自分の近くに信頼のおける魔術師がいるというのはありがたいものだなと、支部長はこの状況に頭を抱えながらもまだ救われていた。


少なくとも頼ることができる相手がいるのだから。












「とはいってもさぁ・・・三日経ってようやく背後関係が確実になろうかってのにさ・・・こんな進捗状況でいいのかな?」


翌日の昼時、康太たちはいつものように勝手に侵入した学校の屋上で昼食を食べながら今後の話をしていた。


「まだ今日で四日目だぞ?そこまで焦ることか?」


「逆に今日で四日も経ったとも考えられるわよ?相手の出方次第だけどもうこっちの動きに気付いてる可能性だってあるじゃない」


倉敷の少し悠長な発言に文はため息をつく。現場しか見ていない文たちからすれば犯人がどのような動きをしているのかは知りようがない。


相手の動きの常に最悪を想像すると、四日という時間は十分に手を引くに値する時間であるように感じたのだ。


今日で調査四日目。マウ・フォウがやっているような調査からすればまだスタートラインから少し進んだという程度ではあるがそろそろ状況の変化が望めなくなってきているのも事実だ。


このまま魔術師にちょっかいを出してその背後関係を調べたとして、得られるのは件の拠点を譲るという提案をしてくる魔術師のことだけ。しかもその魔術師の情報といっても『そういう魔術師がいた』というだけでそこから先の情報が何も得られない可能性が高いのである。


「このまま続けても得られるものがないなら、いっそのこと切り口を変えてみるか?」


「変えてみるって具体的には?」


「調査を目的にしない」


康太の意見に倉敷はいったい何を言いたいのかわからず完全に疑問符を浮かべてしまっていた。


だが文は何となくその意味を理解したのかなるほどと小さくつぶやいていた。


「なるほど・・・状況の攪乱に終始するってことね」


「あぁ。多少リスキーにはなるけど得られる情報に限りがあるならいっそのことあの場所を動かすことに集中したほうがいいと思う。もちろんそれで得られるものがあるかは微妙なところなんだけどさ」


現段階であれだけの人数に話を聞いて、なおかつ得られる情報が限られているとなればほかの魔術師も同様である可能性が高い。


このまま調査を続けても進展がないのであればいっそのことあの状況そのものを動かし、犯人側の行動を待ったほうが良いのではないかと考えたのだ。


以前康太たちが話したように、あの状況を作り出すことで何を目的としているかという犯人側の視点に立った時、集めることそのものが目的か、集めた後の経過観察が目的か、それによってこの行動の成果は大きく分かれる。


もし集めることだけが目的だった場合、状況を混乱させても意味はない。むしろ混乱を生んだことで犯人が手を引く可能性もあり得る。


だが経過観察が目的だった場合、康太たちが行う攪乱はあまり彼らからすれば好ましくないいわゆる異物だ。


犯人側からそれらを排除するために行動する可能性はある。


「・・・最初から得られるものがない、あるいは得られる可能性は限りなく低い調査をするか、一か八かの変化を作るか・・・確かにリスキーね・・・調査と違って得られる成果は百かゼロかの二極化するわ」


「そうだな。本格的にかき回せば相手に逃げられる可能性もあるから最終的な決断は文と支部長に任せる。ただ俺はこのまま続けても得られるものはないと思う」


「・・・あれだけ念入りに記憶消してるやつだからね・・・それは同意するけど・・・どうしたものかしらね・・・」


大分のあの場所に集まっている魔術師の中で、拠点を譲るという申し出を受けた十人。あの人数全員に記憶操作ないし記憶消去を施しているという時点でかなり慎重な魔術師であるということは容易に想像できる。


おそらくほかの魔術師に対しても同様の処置を施しているだろう。となれば康太の言うように得られるものはない可能性が限りなく高い。


それならばいっそ。そう思うのも無理のない話である。


「情報を聞き出すだけなら昨日お前が支部長に話してたあの場の魔術師に話し合いをさせるっていう段階でもできる。むしろそっちのほうがスマートだ。ただ支部長も言ってたけどそうすると確実に犯人には勘付かれる」


「それは最終手段ね・・・その一歩前の段階、いわゆる最終段階に移行させるか否か・・・っていうことでしょ?」


「そうだ。ただこれはあくまで一つの案だ。そのあたりは依頼を受けたお前が判断してくれ。今回はお前の判断で俺は動く」


「・・・好きなように使っていいってこと?」


「あぁ。俺ができることならな」


康太ができることなどたかが知れている。康太自身そのことはわかっている。できることといえば戦うことくらいだ。その程度のことでよければ康太はいくらでも文に力を貸すつもりだった。


文も康太のこの言葉がうそではないことは理解している。康太は本心から自分の決断にその行動のすべてを託すつもりなのだ。


信頼。その一言で片づけられる話だが、こうして実際に信頼を寄せられて、その決定権を託されるとその責任の重さを実感してしまう。


自分の決定が康太を危険にさらすかもしれない。支部長が抱えるような苦労の片鱗を理解しながら文は小さくため息をつく。



「倉敷、あんたからは何かない?現状新しい一手・・・何でもいいわよ」


「いきなり言われてもな・・・こいつみたいに適当に暴れるくらいしか思いつかないんだけど・・・」


「それじゃ話が終わっちゃうでしょ。あんたもあの場にいたんだからなんかひねり出しなさい」


そんな無茶なと倉敷は口に焼きそばパンを咥えながら悩みだす。実際に現場を見ているということで何かしら思うところはあるはずなのだ。


康太のように何かを思いつくということは難しいかもしれないが、何かきっかけになるような意見が出ないとも限らない。


こういう場では第三者、あるいはそれに近い人間からの意見というのは重要だ。倉敷は二人に協力はしているがこの件に積極的にかかわろうとかそういうことはあまり考えていないのだ。


あくまで協力しているだけ、参加しているわけではない。そのためあまり深く物事を考えることをしていない。


そういう人間から突拍子もなく出る意見が何かしらの突破口を開くということは割とよくあることだ。


「そういやさ、その拠点くれるって言ってるやつさ、どうやってそういう奴らをピックアップしてるんだろうな?」


「ん?そりゃ仲間か本人が直接拠点を奪ったりしてるんじゃないの?そうすれば情報収集なんて・・・」


「拠点をいきなりなくした奴はそうかもしれないけどさ、あのストーカーされてたやつ覚えてるだろ?あいつなんて拠点を移動したい程度にしか思ってなかったんだぞ?なのに拠点を譲るなんて話が出てきたじゃん?」


「・・・そういわれれば・・・悩んでたら話を振ってきたって言ってたもんね・・・」


昨夜遭遇した火を扱う魔術師。彼は水属性を得意とする魔術師に追い回されていたようだった。


ことあるごとにちょっかいを出され非常に苦労しているようで拠点を移ることも視野に入れて悩んでいたといっていた。


そしてその段階で拠点を譲るという人間がやってきた。ほかの魔術師たちは多くが拠点を奪われたなどの被害にあっているのに対し、彼だけ少々事情が特殊なのである。


拠点を譲るという人間にかかわっているか否かを確認するあまりそのあたりの調査がおろそかになっていたなと文は口元に手を当てて悩みだす。


「あの時のストーカー被害者が、支部の人間とか、拠点を移すことを誰かに話してたらまだ調査のしようがあるな。そのあたりから追っていけるかもしれない」


「そうね、何も得られないかと思ってたけどこれならまだ調査するだけの価値がある内容だわ。何よ倉敷、あんたなんもないとか言っておいてちゃんと意見言えるじゃない。しかもかなり重要な意見よこれ」


「お?まじか。ふっふっふ、隠された俺の実力をついだしてしまったか・・・」


褒められたことで若干調子に乗っている倉敷を放っておいて、康太と文は話を先に進めることにした。


「となると、今日の調査は昨日と同じ地区、あのストーカー被害者のところに話を聞きに行くことになるな。当時のことをどれだけ覚えてくれてるかは微妙なところだけど、少なくとも誰かに話を通したかどうかだけは確認しておかないと」


「そうね。場合によっては事情を説明してでも協力してもらいましょう。それでも協力が得られなかったら・・・康太、頼むわよ」


「そこまで想定する必要があるとは思えないけど・・・まぁ了解」


現地に行って、現場の人間に直接会って、特に今回話を聞くあの日の魔術師と少し話して、少なくとも話が通じないタイプの人間ではないように康太は感じていた。


文が懸念しているような協力を渋るようなタイプの人間ではない。だが文の懸念ももっともだ。もし万が一協力してくれないようであれば実力行使に出るほかない。


その実力行使はつまり、康太による尋問。


あまり康太としてもやりたい手段ではないが、情報を得るには最も適切かつ簡単な方法だといえるだろう。


もっともその分康太が相手に恨まれるという結果を生むことになるが、こればかりは仕方がないと文も康太も割り切っているようだった。


「仮にだ、ストーカー被害者が誰かに話をしてて、そこから誰かに話が通じた場合・・・つまり話がどんどん遠くに行った場合、それも追ってくのか?」


「それも視野に入れるけどね。もしそれを話した人物が協会の人間だったなら話は別よ。たぶんだけどあの人、近々拠点を移すってことを協会の人間に話したと思うのよね・・・」


「・・・その心は?」


「まっとうな魔術師なら、拠点を移す可能性があるなら事前に報告しておくのよ。そのほうが手続きとしてもスムーズに済むし、何より運が良ければこの辺りがいいかもって紹介してもらえたりもするし、それが無理でも周辺の情報がもらえるしね」


「そんなことあるのか?」


「もちろん。協会としては魔術師の動向をコントロールしたいからね。今回みたいな過密状況を作らないように、本人が住んでる場所やこれから住む場所の近くで特殊な魔術師がいたら避けておいたほうがいいだろうから、あくまである程度だけど」


協会としても魔術師の動きをある程度コントロールしたいために拠点を移そうとしている魔術師の動きをある程度誘導したいと考える。


もちろん現地の魔術師の情報を完全に教えるわけにはいかないから少々気難しい人が拠点を作っているとかその程度の情報しか教えられない。引っ越し前の事前情報だと思えばわかりやすいかもわからない。


「よしよし、話が先に進んだな。協会の人間に話をしていた場合は支部長にちょっと調べてもらおう。俺らが協会の人間について調べるよりも簡単だろうから」


「そうね。そのほうが自然だろうし、何より理由も作りやすい。で、もし普通の・・・知り合い程度に話をしていた場合は」


「俺らが調べる。そこから順々に話を聞いていってその中で容疑者を絞り込む。もしくはそれらと接触した魔術師が怪しいってことになるな」


「・・・なんか膨大な量になってきそうだけどそのあたりはいいのか?」


「いいんだよ。何もわからない状態から何をすればいい状態まで進んでるんだから。少なくとも前には進んでる」


康太の言うように状況は確実に前へと進んでいる。少なくとも何をすればいいのかはっきりとしているくらいに絞り込みができているのだから。


何をすればいいのかわからなくなるほどに空白が作られているよりはずっとましな状況だといえるだろう。


調査系の依頼はどうしてもこうやって一つ一つ状況を進める以外に方法がない。戦闘系、殲滅系の依頼と違って相手を倒せばそれで終わりということがないために時間がかかってしまうのが難点だ。


こんなゴールも見えないようなことを三年もやり続けると気が狂うのではないかと思えてしまう。


康太たちは改めてマウ・フォウのすごさを実感していた。


「ところでこのことは支部長に報告すんのか?」


「もちろん。今日あの魔術師に話を聞いて、それで支部の人間に話を通したっていうのであれば支部長に動いてもらわなきゃいけないからね。ていうか調べたことは全部支部長に報告するつもりよ?」


「・・・あのさ、すっげぇ根本的なことを聞くようだけどさ・・・支部長が犯人の一味ってことはありえないのか?」


倉敷の発言に康太と文は「はぁ?」と素っ頓狂な声を上げてしまう。それだけ倉敷の言っていることが無茶苦茶な内容だったのだ。


倉敷自身どれだけ自分がおかしなことを言っているかは理解しているのだろう。自分で口にしながらバカなことを言っている、それが表情にも表れている。


「そもそも、この依頼はもともと支部長から出たものだぞ?支部長が依頼しておいて支部長が犯人の一味って明らかに矛盾しないか?」


「そうね・・・犯人の一味であるとしても、仮に支部長が操られていたとしても、身内の動向に気づけないほど相手が間抜けとも思えない。これだけ周到に後処理する奴がそんなミスをするとも・・・」


そこまで考えて文はある可能性に気が付く。もちろん可能性としては非常に薄いし、何よりあり得ないと文の勘は言っている。


だが百パーセントの絶対ではない。その事実が文の判断を鈍らせていた。


「派閥闘争・・・とかだったらどうかしら・・・?」


「・・・派閥・・・その組織内部での争いってことか?」


「そう。仮に今回のこの状況を作っているのが組織的なものだとして、この状況を作っている派閥と、支部長の所属してる派閥が別だった場合、そしてその思惑が全くの別だった場合、さっきの倉敷の考えも完全に間違いとは言えないわ」


「・・・つまり組織内での足の引っ張り合いをしてると・・・どの程度の組織なのかはわからないけど、大きな組織であればそういうこともあり得るか」


「でもそこでさっきの話に戻るけど、これでもやっぱり一応は身内なわけでしょ?派閥で争うだけの条件がそろっているなら当然その派閥の動向には・・・特に支部長みたいな表向き役職のある人間の動向には気を配ると思うのよ。だからやっぱりその線は薄いんじゃないかなと・・・」


文も自分で口にしていくうちに新しい考えがどんどん浮かんでくるために、自分の言っていることがどれだけ無茶苦茶なことであるかを理解しつつあるのか、口に出しては否定し、否定しては肯定しを繰り返しているようだった。


自問自答を繰り返す中、どうすればいいのか、どのように思考するのが正しいのか迷ってしまっているようである。


「でもさ、俺らとしてはそもそも支部長からの依頼なんだ。仮に支部長がここまででいいって言ったら、それ以上付き合う必要はないし、仮に支部長が犯人側の組織に所属していてもやることは変わらないぞ?」


「・・・そうね。依頼主の意向ってものがあるものね・・・ふぅ・・・この考えはするだけ無駄かしら・・・」


「悪い、なんか混乱させただけになっちまったな」


「いいのよ。そういう意見を出せっていったのは私たちなんだから。根本から覆すような意見が出るのは大歓迎よ。さすがに突拍子もなかったからびっくりしたけど」


もともと意見を出せといったのは康太と文だ。その意見を出したから批難するというのは筋違いである。

それにこの意見も全くの無意味だというわけでもない。


「でも、この考え結構貴重だと思うぞ。支部長がどうかはさておき、今の協会の中で立場がある人間がこういうことを起こす組織に秘密裏に所属している可能性もあるんだ。疑いの目ってわけじゃないけど、こういう考えは頭に入れておいたほうがいいとは思う」


「そうね・・・倉敷、あんた結構いい意見出せるんだからもうちょっと積極的に物事に参加したほうがいいともうわよ?もったいないわ」


「・・・考えとくよ」


二人と違って倉敷は精霊術師だ。魔術師である二人とどこか距離を置いているような感覚があるのは理解している。


倉敷は魔術師である二人がそんなことを全く気にせずに接してくれているのは理解している。だが昔からの先入観というのはなかなかぬぐえないのである。



誤字報告を30件分受けたので七回分投稿


魔王様マジ半端ねえっす。こっちが防御しててもお構いなしですよ。効果抜群ですよ。


これからもお楽しみいただければ幸いです

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