負傷と水
だが次の瞬間、水の魔術師の体に大量の鉄球が襲い掛かる。康太の渾身の一撃を防ぎ一瞬気が抜けた魔術師は反応が遅れた。自分の背後からの鉄球を反射的に水の膜を作り出して防いだはいいものの、鉄球は彼の周りすべてから襲い掛かっていた。
康太は魔術師の直上に位置し、一直線に火の弾丸を放つと同時に蓄積の魔術によって炸裂鉄球を放っていたのである。
二つの数珠を使った円の軌道を描く形で放たれた鉄球は康太の収束の魔術によって魔術師の頭上にある水の盾を迂回する形で魔術師めがけて襲い掛かった。
康太の使う火球の魔術は何も攻撃の主軸とするために覚えたわけではない。高い威力を求めるべきであればそれ専用の魔術があり、この魔術で威力を求めるのはかなり非効率である。
では康太にとってこの魔術とはなんであるか。それははっきり言えば囮であり牽制である。
火という見えやすい現象を放つために、康太から放たれるそれは嫌でも目についてしまう。
それに威力がないとわかっていても自分に襲い掛かる攻撃には反応してしまう。
そう、それがあからさまに囮であり牽制であるとわかっていても見えてしまっている以上反応してしまうのが人間なのだ。
反射的とでもいえばいいだろうか、突如飛んできたボールに対して腕を上げて防御しようとするのと同じように、魔術師は向かってくる攻撃に対して回避、あるいは防御を行ってしまう。
それが全く威力のない魔術であれば完全に無視もできたのだろう。だが火の魔術は低い威力でも人体に及ぼす影響は大きい。
特にそれが目などの重要な器官に命中すれば普通に失明もあり得る。
火の魔術は暗闇であればあるほど目立つ。そのため魔術師は必然的に火の魔術に目を向けてしまうだろう。
そこで康太の本命の攻撃が生きるのである。康太の使う再現の魔術。これは視認できず特定の索敵魔術を使わなければ認識できない。そして蓄積の魔術の応用技である炸裂鉄球。これは物理的にみることができないわけでも、索敵ができないわけでもないが直進する速度が高いうえに鉄球自体が小さいために集中して索敵していなければまず反応することはできないだろう。
見えるが威力の低い火の魔術。見えにくいが威力の高い炸裂鉄球。見えないうえにそれなりに威力がある再現の魔術。
この三つの攻撃を操ることで康太はすでに向き合っている戦闘の最中でありながらも不意打ちに近い攻撃を可能にしたのだ。
今回の攻撃がまさにそれである。多少非効率でも威力を高めて魔術師の視線を自身の放つ火の魔術に集め、それから身を守るために作り出した水の盾を隠れ蓑に炸裂鉄球を当てにいった。
これに反応できなかったのは無理もない。康太が攻撃を回避しながら動く間にも、倉敷の水の術や文の電撃までもが襲い掛かってきたのだ。
あの魔術師が康太以外の誰かが術を発動しているということに気付いていたかはさておき、あれだけの数の術を同時に対処しつつ康太の挙動にも気を配り適切に対処するのはほとんど不可能に近い。
康太は水の魔術師の近くに着地すると、全身に鉄球を受け血を流している魔術師を見てため息をつく。
急所は外しているようだがさすがに出血箇所が多い。このまま放置していては死んでしまうだろうということを理解した康太は即座に応急処置をしようとする。
だが康太が手をさし述べた瞬間、その手が掴まれる。
「余計なことをするな・・・!何度言えばわかる・・・!」
まだそのセリフは一度しか言われていないのだがなと思いながら康太はため息をつく。
仮に何を言われようと応急処置をやめる理由にはならない。魔術師を拘束した状態のウィルも近くに移動させつつある中、この魔術師をこのまま放置しているわけにはいかないのだ。
貴重な情報源は生かしておくだけの価値がある。
「・・・あんたの血を止めないと死んじゃうだろ?だから手当てする」
「それが余計な真似だというんだ・・・僕は止血くらいはできる」
そういうと魔術師の体から流れていた血がゆっくりと蠢き、その体の中に戻っていく。
汚くないのだろうかとそんなことを思ってしまったが、これが以前協会で調べたことのある血を操る魔術であるということは即座に理解できた。
出血が負傷にカウントされない。痛みそのものは覚えているだろうが出血によるショック死の可能性はほとんどなくなった。
この魔術はかなり有用なのだなと、何とか自分も覚えられないかと考える中、仮面越しにもわかるほどに水の魔術師は康太をにらみつけていた。
「これで勝ったつもりか・・・?僕はまだ戦えるぞ・・・!」
「まだ勝てるつもりか?言っとくけどこの距離になった時点で俺の勝ちだ」
康太と魔術師の距離は一メートルもない。それこそ手を伸ばせば届くだけの距離なのだ。
康太がその気になれば槍の斬撃に加え、拳の連打を一気に叩き込みそれで戦いは終わる。
それをしないのは彼が負傷者だからだ。
いくら血を扱えるといってもそれは意識がある状態だからこそ。もし意識を喪失すればその瞬間操られていた血はそのまま体外へと流れて行ってしまうだろう。
さらなる負傷を与える上に死ぬ可能性を引き上げるような行動は康太はしたくなかったしできなかった。
少なくともこの魔術師は康太が戦うべき相手ではないのだ。というかもうこの魔術師とは戦いたくないというのが本音だった。




