狂気のさらに先
「そういえばさっきから何度か名前?が出てきてたけど、ウィルっていったい何なんだ?誰っていったほうがいいのか?」
「あー・・・そういえばお前は知らなかったか・・・この間仲間にした軟体魔術だ。いろいろと協力してくれてる」
「・・・魔術を仲間に・・・?ってどういうことだ?」
「そのまんまの意味だって。魔術そのものが意志を内包してるんだよ」
康太の言葉に対して、理解できないのは俺が頭が悪いせいかと倉敷は文に助け舟を求めるが実際康太の説明の通りなのだ。
経過などを全く無視してウィルのことを説明しようとするとどうしてもこのような説明になってしまうのである。
ウィルの存在はそれだけ説明しにくく、厄介な存在なのである。
「まぁこいつが連れてるデビットの亜種だと思っておきなさい。その液体版だから多少物理的な能力も持ち合わせてるのよ」
「・・・えーと・・・何となく理解はしたけどさ・・・俺結局こいつがだす黒いあれが前に見た封印指定ってことくらいしか知らないんだけど」
倉敷は封印指定百七十二号の現場にエアリスとともに足を運んでいた。
その顛末の一部は知っていても全容は知らないのだ。具体的には康太が封印指定百七十二号の力の片鱗を使えるようになったことは知っていても、康太がその元凶ともいえるデビットの残滓を内包したことまでは知らないのである。
知っていたとしてもたまに康太から黒い瘴気でかたどられた人の姿をした何かが湧き出ている程度だろうか。
「そういえばちゃんと説明したことはなかったか・・・紹介しよう、俺にとりついている元神父デビットだ」
そういって康太は体の中からデビットを顕現させる。黒い瘴気が人の形を作っていき現れたその存在に、倉敷は明らかに不快感を示しているようだった。
精霊術師として何か思うところがあるのだろうか、それともあの惨事を引き起こした張本人であると察したのか、少なくとも快い感情を抱いていないのは確かである。
「そいつ・・・なんかすごい嫌われてるんだけど・・・なんかしたのか?」
「嫌われてるって・・・誰に?」
「俺の中の精霊にだよ。そいつが出てきたとたんうちのやつらがめちゃくちゃ警戒してる・・・近づくなって言ってるぞ」
「まぁ水属性の精霊って綺麗好きだからね・・・こんなどす黒いものじゃ嫌うのも無理ないわ。ばい菌扱いよ、ばい菌」
「随分嫌われたもんだな・・・まぁ水の属性に対してこっちは病原菌みたいなものだからな。清潔を好む輩だと嫌うのも無理ないかもしれないな」
デビットの魔術であるDの慟哭はもともと、アリスが作り出した生命力をつかさどる魔術をデビットが改造し、伝染病の性質を取り込ませたことで完成した魔術だ。
特性を考えると確かに不潔感が漂っているのも無理ないのかもしれない。
ただこうして姿を現さない限り精霊が反応しないということは倉敷が連れている精霊はそこまで察知能力が高くないのだろう。
というか一般的な精霊は察知能力は高くないのかもしれない。普段デビットを内包している康太からすれば近くにアリスがいるだけでデビットがざわつくためにてっきり精霊もそういう類だと思っていたのだがどうやらそういうわけでもないようだ。
「前の時もやばいくらい使ってた時は全然こんなに反応しなかったのにな・・・どういうことだ?」
「あぁイギリスの時か。今は本体が出てるからじゃないか?こいつが魔術の核みたいなもんだし」
「そういうもんなのか・・・よくわからん」
魔術そのものが意志を持つということが理解できないのかそれとも納得できないのか、倉敷は複雑そうな表情を浮かべている。
実際デビットの存在はまじめに考えるべきではないのだ。そもそも魔術に自分の意志を残して暴走させるなどと正気の沙汰ではない。
狂気のさらなる先にある狂気に身を浸した結果がこのデビットの作り出したDの慟哭という魔術なのだ。
狂気を正気で理解しようというのがそもそも無理な話なのである。
「とにかくこいつの液体版が康太の仲間になってるのよ。多少は役に立ってくれるわ。現にあれのおかげで康太の戦闘能力上がってるし」
「これの液体版ねぇ・・・そいつって今いるのか?体の中に入ってるとか?」
「いやいや、今は留守番してもらってるよ。今は店に置いてきた」
「店って・・・あそこここからだとだいぶ遠いぞ?魔力の供給とかはどうしてるんだよ・・・」
「たいていは店に行く時にたくさん魔力を与えておく。魔力が枯渇すると省エネモードになるからそこが難しいところだな。アリスとかが魔力を供給してくれてる時もあるけど」
もとよりウィルと康太の魔力供給のパスを作ったのはアリスだ。自分にも似たようなパスを作るのは容易なのだろう。
康太がいない間は基本的に残った魔力で動いているウィルだが、時折アリスの魔力供給で動いていたりする。
今ウィルは神加の護衛役としてしっかり動かなければいけない時なのだ。アリスもそのあたりは理解しているのだろう。
何より自分の趣味を手伝わせるために猫の手でも借りたいほどなのだ。もっともあのウィルを何の手と表現するかは微妙なところである。
中に大量の人間の意志が入っているということで人の手といえなくもないかもしれないが、外見上は人とはいいがたいだけに難しいところである。




