報告連絡相談強迫
「結論から言います、現状この周辺には百十七人の魔術師がいます」
「・・・わーい。たくさんいましたねこりゃ」
アリスと文の索敵を互いに報告しあった結果、確認できるだけで百十七人もの魔術師がこの界隈で活動していることが判明した。
徒党を組んでいる者もいれば単身で活動している者もいる。その種類は多種多様で少なくとも共通点があるものもいれば共通点がないものもいる。本当の意味でのランダムというべき状況だった。
「争いらしい争いは起きてないな・・・明らかにピリピリしてるけど」
「索敵しててもわかるわ、常に周りに気を張ってるのね・・・こんなところにいたんじゃ気が休まらないじゃない・・・」
「それだけこの場所が魅力的だということか、それともまた別の理由があるのか。どちらにせよ彼らがなぜこの場所を選んだのか調べる必要が出てきたわけだ」
「土地が原因だったら話が早かったんだけどなぁ・・・」
支部長への報告事項をメモとしてまとめながら文は思い切り大きなため息をついていた。
彼女の言うように今回の密集が土地が原因によるものだったのならどれだけ話が早かっただろうか。これが土地が原因ではないというだけで調べる事柄が倍以上に膨れ上がったといっていいだろう。
「とりあえず可能性の話も含めて支部長に報告するしかないだろ。今後の方針も踏まえながらさ」
「そうね・・・とりあえず争い事をしてた魔術師と接触しようと思ってるんだけど、康太はそれでいい?」
「いいぞ。この状態でもやりあったってやつが気になるしな。あとは実際に観察してて問題を起こしそうなやつがいたら接触するって感じか」
「そうなるでしょうね。どうしようか、今度から倉敷も呼ぶ?戦力としてはある程度役に立つと思うけど」
「そうだな、水の術なら比較的安全に拘束できるかもしれないし、殺傷力を抑えて攻撃できるのは強みだな。文の魔術との相性もいいし」
これから戦闘、およびその状態への干渉が条件に加えられるのであれば戦力は多少なりとも多いほうがいい。
あまり多すぎても注目を浴びる結果になってしまうかもしれないが、倉敷のような人間が一人いるだけでもだいぶ変化があるはずだ。
康太のように攻撃的でもなく、文のように万能でもなくある一つの属性に特化した術師がいるというだけで多様性は広がる。
今回は住宅地ということもあって天候を変化させるのも十分有効になる。霧や雨を発生させることができれば一般人により見つかりにくくもできるだろう。
倉敷への協力の打診は問題ないとして、問題なのはどれほどの魔術師が一回の戦闘に介入してくるかという話である。
現段階で確認できているだけで百を優に超えるだけの魔術師がいることになる。一つの戦闘が起きたことでその流れに乗じてことを起こす魔術師がいないとも限らない。
可能ならもう一人くらい熟練の魔術師に協力してほしいところだった。
「真理さんの手は借りられないかしら?あの人がいてくれたら相当楽に事が運ぶわよ?戦闘面でも交渉面でも」
「それなんだけどさ・・・正直あんまり姉さんの手は借りたくないんだよ」
「どうして?優秀すぎるから?さすがに私が受けた依頼であんたの兄弟子に力を借りるのは不快?」
「いやいや、不快とかそういうことはない。そうじゃなくて、姉さんには神加についててもらいたいんだ。師匠が万が一暴走した時に止められるだけの要員として」
康太の言葉に文はなるほどねとあきれ交じりに納得してしまっていた。
康太の弟弟子である神加は絶賛魔術師としての修業中なのだ。康太のような厳しい修業をあの幼子にさせるということはさすがの小百合でもしないと思いたいが、絶対にしないと確証を持てないのもまた事実である。
そのため康太は真理、アリス、ウィルのうち最低でも一人、可能なら二人以上は神加の近くにいてほしかったのだ。
戦闘を行う時点でウィルは康太の近くにいてもらわなければならない。ただでさえあまり装備を持っていけないような状態なのだから最低限の防御としてウィルは同行させたかった。
そうなってくると真理かアリスが神加のもとに残るということになるのだが、アリスは実力があっても基本的には部外者だ。ウィルのようにある程度条件がそろえば勝手に動く魔術と違ってきちんとした人間であるために師弟の問題に口を出すということが難しい時もある。
そうなってくると神加の近くにいるのは真理が最適なのだ。むろん康太が近くにいるというのもありだが今回はそういうわけにもいかない。
そのため真理を今回の件にかかわらせるというのは康太としては気が進まないのである。
「しょうがないわね・・・かわいい弟弟子が心配なんでしょ?それなら無理にとは言わないわ」
「すまんな。今度神加をなでる権利をやろう」
「何それ、それあんたに許可もらわなきゃいけないの?」
「なんだ不服か?それならウィルをクッションにできる権利をやろう」
「・・・そっちはちょっと興味あるわね」
普段神加にクッション扱いされているウィルの感触を文も味わってみたいと思ったのか、興味をそそられているようだった。この軟体魔術の誘惑は何物にも代えがたいのかもしれない。
「以上が今日の報告です。今後の流れは先ほど話した通りですが、何か追加事項などはありますか?」
文はその日の報告を支部長に終えると一息ついていた。康太とのかかわりがある関係で支部長ともよく遭遇している文だが、やはり支部の長である彼に会うというのはなかなか緊張してしまう。
この人に気楽に会いに来る康太は大物なのではないかと思えてしまうほどだ。
「ん・・・今のところはないかな・・・初日の調査にしては上々の結果だと思うよ。まず土地や現象が原因ではなかったとわかったのが大きい」
「そのあたりはアリスのお手柄です。彼女をほめてあげるべきだと思います」
「いやいやいや、アリシア・メリノスを褒められるほど僕は大した魔術師じゃないよ。立場から言えばそういうことができるかもしれないけどね」
たとえ日本支部の中でのトップだとしても、魔術師の中で最も長い年月生きてきたアリスに対して褒めるなどということができるとは思えなかった。
アリスがたとえ外見上ただの幼女だったとしてもその中身が化け物級の魔術師なのだ。支部長からすれば畏怖すべき対象であるためにそう易々とアリスに対して言葉をかけることもはばかられた。
「でも土地ではないとわかった時点で調査範囲は一気に広がったね。調査には時間がかかりそうだ・・・」
「はい。まずは現地の魔術師との接触から始めようと思っています。やはり現地にいる者たちが最もあの場所に魅力を感じているわけですから」
「うん、それで問題ないと思うよ。たださっき話してくれたいくつかの懸念に関して・・・この辺りはちょっと考えておく必要があるかもしれないね」
文が話した懸念というのは今日の日中に康太たちと話した内容である。実際この状況を作って何の得があるのか、そしてどのような方法を用いて作りだしたのかなどなど、考えられる限りの可能性を提示したつもりだった。
無論未熟者の考えることだ、それがすべて的中しているということなどあり得るはずもない。むしろ一つでも的中していたら良いほうだ。
重要なのは一人前の魔術師にも似たような考えを持ってもらい、対応できるように考えを進めておいてもらうということである。
支部長はそれだけの力を有している。多少目立ってしまうかもしれないが支部専属の魔術師たちを動かせば多少の状況なら一気にひっくりかえせるだろう。
そんなことにならないようにことを進めるのが理想だが、そう簡単に思い通りにいくわけがないと文はマイナス思考を進めていた。
「現状可能性としてありそうなのは組織による誘導ってところかな。個人でこれだけの規模を動かすっていうのはちょっと現実的じゃないように思えるよ。もちろん組織で動いてるってなると目的がわからないのが不気味だけどね」
「土地に対して何のアドバンテージも得られないとすると、ビーは集めることそのものが目的なのではといっていましたが・・・」
「それはもう最悪の目的だよね。今回のこれはあくまで前座、何か本格的な目的があることになる。これだけの成果を出しておいてただの下準備だったら・・・そう思うと背筋が寒くなるよ」
康太の言っていた考えは支部長からすれば可能ならばあまり実現してほしくない仮定だったらしい。
康太と文はそこまで重要視しなかった目的だが、支部長からすれば『魔術師を意図的に集める』という行動はかなり重要度の高い問題であると考えているようだった。
無理もない話かもしれない。ある程度条件が限定されるとはいえ一時的にでも魔術師の行動を操ることができるのだ。
特定の場所に動かすという目的ではなく、その先にさらに大きな目的があったとしたらこれは一種の実験段階。
その実験は大成功というべきだろう。何せあれだけの状況を作り出すことに成功してしまっているのだから。
「なんにせよ、何者かが裏で手を引いてるのは間違いないだろうね。ただの偶然であんな場所に集まっただなんて宝くじが何回当たる確率か分かったものじゃないよ」
「そういえばアリスが運命を操る魔術に関して言及していたんですけど・・・そういった魔術はあり得るんですか?本人も疑わしいようでしたが」
運命を操る魔術。その単語に支部長は興味深そうに口元に手を当てた。といっても仮面越しであるために実際に口には触れていないのだが。
「面白いね。現在からの未来への干渉という意味では特に変わったことはしていないように思えるけれど、特定の未来を引き寄せることができるとなると・・・うん、あり得なくはないね」
もしそんな魔術が存在したらの話だけどといって支部長は苦笑している。
未来というのは過去と現在の集大成だ。どのような行動を起こしたか、どのような事象を刻んだか、それによって未来は少しずつ変わっていく。
特定の未来だけを引き寄せる。それは確かに運命を操っているといえなくもないのかもしれない。
過去と現在の関係からがんじがらめになった、変えようのない未来、これを運命と呼ぶのなら運命を操るということは望んだ未来を思うがままに引き寄せることができるということになる。
無論そんな魔術は個人が使用できるレベルを超えているうえに、現在に対する干渉の度合いが強すぎるため発動すら難しいだろう。
仮にこの魔術をアリスが使ったとしても正確に発動できるかは定かではない。
無論こんな魔術が現実に存在したらの話だが。
「アリシア・メリノスがそういうことを言及したのは面白いけれど、やはりそれは現実的ではないね。コツコツと裏工作しておいた方がよほど現実的だ」
「やっぱそうなりますよね・・・」
康太の言っていた運命操作(地道)という言葉ではないが、結局未来を変えるためには今こうしている現在に行動を起こすしかない。
一見関係ないと思えるような突拍子もないような行動が、未来に大きく影響を及ぼすというのはよくあることだ。バタフライ効果というのとはまた少し違うかもしれないが、小さな小さな何の変哲もない出来事が大きな未来の変化の始まりになることだってある。
過去から現在にかけて積み重ねた行動が未来を創るのだ。運命操作という魔術はその過程をすべて無視して強制的に未来を引き寄せるということになる。
「もちろん可能性がないとは言い切れないよ、少なくともゼロではないだろうね。ただそんな小さな可能性よりも誰かが動いているって考えのほうが強くなっちゃうんだよ」
「それは同意します。誰かが・・・個人なのか複数なのかはわかりませんけど、とにかく動いているのは間違いないでしょうから」
「これでただの偶然なんて言われたら・・・ロトセブンでも買っちゃおうか、当たりそうな気がするよ」
「まぁ、偶然っていうことはないと思いますけど・・・実際に見に行ってみて牽制がすごかったですもん」
「そうだろうねぇ・・・あれだけの数の魔術師がいればそうなるさ」
牽制の方陣術の数を思い出すだけで文は嫌な顔をしてしまう。あれだけの数の方陣術を見たのはあれが初めてだ。しかも意図的に感知できるような形で残しているためになおたちが悪い。
胃に悪いといえばいいだろうか、意図的に悪意や敵意、警戒心をむき出しにされているために近くを通るだけで不安になってしまうのだ。
アリスの索敵妨害がかかっていたとはいえいつ見つかるかとひやひやしてしまったのは内緒である。
「そういえば君の同盟・・・ブライトビーとアリシア・メリノスは?先ほどから姿が見えないけれど・・・」
「あぁ、あの二人なら一足先に帰りましたよ。ビーの新しい兄弟弟子・・・シノ・ティアモのことが心配のようですね」
「あぁ・・・あの子かぁ・・・どうなんだい?一応部外者の君に聞くのも変かもしれないけど、クラリスのもとでちゃんと元気に暮らせているのかな?」
文は小百合の店に頻繁に足を運んでいるとはいえ一応は部外者だ。康太と同盟を結んでいるために関係者ではあるが彼らの師弟関係に関しては全くの部外者であることに変わりはない。
そのため支部長としてもこの質問を文にすることのおかしさを自覚しているのだろう。文ももちろんそのことを理解している。
「一応今のところ元気ですよ。ちゃんとご飯も食べてるみたいですし、少しずつですが魔術も覚えてきていますから」
「料理を作ってるのはクラリスなのかい?」
「・・・さぁ・・・そこまでは・・・あ、でもこの前はビーの兄弟子のジョアさんが作ってましたよ」
「・・・そうか、そうだったね。クラリスのところにはあの子がいたか・・・」
おそらく康太の兄弟子であるジョアこと真理のことをすっかり忘れていたのだろう。支部長は何やら納得したような安心したような声を出しながらうんうんとうなずいている。
小百合に対しての信頼度は地を這うに等しいようだが、真理に対する信頼度はそれなり以上のものであるらしい。
師匠が弟子に信頼度で負けるとはどういうことなのだろうかと文は不安になってしまうが、小百合らしいといえばらしいなとフォローすることができずにいた。
「クラリスのところには昔から厄介な出来事が舞い込むからね・・・あの子がちゃんと育ってくれるか不安でしょうがないよ」
「・・・支部長はシノの体質についてご存じなんですよね?」
「もちろん。そもそもクラリスのところに預けるように言ったのも僕だしね」
「・・・やはり、あの子はちゃんとした魔術師に育てたほうがいいと思いますか?」
ちゃんとした魔術師。文の言っている言葉がどのような意味を含んでいるのか、文自身わからなかったが支部長はその問いに対してゆっくりと首を横に振って見せた。
「正直に言えば、あの子は魔術師にならないほうがいいとすら思ったよ。才能が有りすぎる上に、彼女自身の身の回りも変化がありすぎた。だからこそ僕はあの子をクラリスのところに預けることにしたのさ。君の言うところのちゃんとした魔術師にならないように」
ちゃんとした魔術師。文の言ったあいまいな言葉を支部長は一般的な魔術師という意味でとらえたようだった。
実際ちゃんとした魔術師というのは突き詰めれば一般的な魔術師と取れなくもない。その区切りで表すのであれば康太などはちゃんとした魔術師とは言えないだろう。
「あの子の才能をつぶしてしまうかもしれなくてもですか?」
「むしろ才能がつぶれるならそのほうがいいさ。良くも悪くも出る杭は打たれる。あの子の場合兄弟弟子には恵まれたかもしれないけどそれ以外はどうかわからない。ある程度才能を摩耗させて、平凡以下の魔術師になったほうが幸せなんじゃないかと思うよ」
優秀であればあるほど誰かに利用されてしまうからねと支部長は苦笑していた。
仮面をしていたためにその表情は文には分らなかったが、支部長が困ったような笑みを浮かべているということは彼の声音から判断できた。
優秀すぎるというのも考え物だなと思うと同時に、その言葉が支部長が自分自身のことを言っているのではないかと思えてしまう。
優秀だと苦労する。支部長はまさにその言葉を体現しているかのようだった。
「それはさておき、これからの方針だけど、僕のほうでもできることはあるかな?あるならこちらでもいろいろ手を打っておくけれど」
「そうですね・・・ちなみにですけど今回の場所にまだ行こうとしてる魔術師はいるんですか?」
「ん・・・申請自体はまだだけど、たぶんまだ来ると思うよ。それがどうかしたかな?」
「一応そういった動きを見せている魔術師の監視をお願いしたいんです。誰かから何かの細工を受けたかも確認したいですけど・・・私たちはそういうことには不向きなので」
康太も文も基本的にだれかの後をつけたり監視をしたりということは向いていない、というかそういうことをやったことがなかった。
康太は身を隠すすべを持たないし、文はそういう魔術を覚えてはいるが一般人ならまだしも魔術師相手に完全に身を隠せるほどの技量は持ち合わせていない。
もし今後該当区域に移動しようとする魔術師がいればそれは今回の魔術師の密集に対して何かしている可能性のある存在への手がかりになる。
文たちが現地にいる魔術師にアプローチをかけている間に、支部長は協会のほうからアプローチをかけてほしいと考えたのである。
「うん、わかった。そこから何かしらの手がかりが得られるかもしれないね」
「むしろ支部長のほうからの調査のほうが役に立つと思います。場合によってはほかの人に依頼を出すことも考えたほうが良いと思います」
現状あまり大々的に支部の人間を動かすのは良くない。相手が魔術師だとして細工をしていることをばれたくないと考えているのなら、不信感を抱いている支部長の手ごまの人間に対しては特に警戒をしているはずだ。
支部の専属の魔術師は特に警戒されていると思っていい。それならば今回文にそうしたように個別に依頼を出したほうがいささか怪しまれることはないだろう。
とはいえ大人数に依頼を出すわけにもいかない。できるなら数は少ないほうがいいためそれだけ腕利きの人間を使わなければいけないだろう。
それだけの人間が支部長の周りにいるかと聞かれると微妙なところだ。
しかも支部長自身が信用に足る人物でなければならない。さらに言えば調査関係を得意として身を隠すことにたけている魔術師であることが好ましい。
そう考えるとなかなか限定されてしまう。というかそんな魔術師存在しないのではないかとさえ思えてしまう。
アリスなどはその条件に当てはまっているかもしれないが、彼女が支部長の命令で動くとも思えないし、何より今回の件にこれ以上首を突っ込むとも思えなかった。
少なくとも文の周りでそういったことにたけている人物は今のところ思い当たらない。
「わかった、こちらはこちらで何とかしておこう。君はブライトビーと一緒に周辺地域の魔術師への対応を頼むよ」
「了解しました。何かわかれば報告します。といってもこちらも学校とかがありますので調査は夜間のものだけになってしまいますが・・・」
「それでもかまわないさ。昼間は魔術師の活動は控えめになる。夜に活発に動いているときの調査結果のほうがいろいろとわかることもある。何より君らは学生だ、そちらを優先するべきだよ」
さぼるなんてのはもってのほかさと支部長はまるで教師のようなことをつぶやく。
文としては完璧を目指したいために昼間と夜間の両方の調査結果を出したいところではあるが、物理的に時間が取れないのでは仕方がない。
学校をさぼることができれば不可能ではないがそこまでして調べるようなことではないと支部長にくぎを刺されてしまっている。これではさぼるわけにはいかないだろう。
「わかりました、学校優先で調査はさせていただきます。というか支部長、今回の依頼ってだいぶ長引きそうに感じるんですが、一応調査期間とかはあるんですか?」
「んー・・・状況が状況だけに正直何とも言い難いんだよね。一応一カ月を一つの区切りとしようとは思ってる。その時の調査結果によりけりかな・・・少なくとも現段階では答えは出せないよ。背後関係もかけらもわかっていないからね」
「わかりました・・・じゃあとりあえず一カ月程度で結果を出せるように心がけようと思います」
「あぁ、お願いするよ。ブライトビーにもよろしく。あと彼の弟弟子君のことも気にかけておいてくれると助かるかな」
「そのあたりは支部長に言われるまでもないですよ・・・依頼の件はよろしくお願いします。こちらも可能な限り早く結果を出せるようにしますので」
そういって文は支部長の部屋を出ていく。小さく息をついてから神加の注目度は思っていたよりも高いのだなと認識を改めていた。
特に体質的な問題だけではなく、支部長が彼女をただの女の子としても見ていたということに少々驚きを隠せなかった。
魔術師としての彼女の才能だけではなく、彼女の境遇のことまでも考えての采配だったことは理解していたが、一応部外者の文にまで神加のことを頼んでくるあたり本当に気にかけているのだろう。
それが彼女の境遇を憂いてのことであるということは文も理解はできた。
神加は境遇には恵まれなかったようだが人徳には恵まれたようだ。
康太たちをはじめとする小百合の兄弟弟子たち、そして文や春奈、支部長にも目をかけられている。
このまま魔術師として成長していき、なおかつ彼らの信頼を勝ち取ることができたならこれ以上ない魔術師になるだろう。
もっとも彼女がこのまま魔術師としてまともに成長できるかは怪しいところだ。そのあたりは小百合の修業の内容と教育、そして兄弟子である康太と真理がどれだけ彼女のケアを行えるかにかかっている。
まだ彼女の精神状態が万全とはいえない中、今後の神加の成長と動向は注意しておきたいところだった。
「というわけで倉敷、あんた今回の依頼手伝いなさい」
翌日、文と康太はいつも通り屋上に精霊術師である倉敷を呼び出していた。
目的はもちろん今回の件への協力を打診するためである。打診というかもはや強制に近いのだがそのあたりは目をつぶるべきだろう。
「毎回思うんだけどさ、なんでお前らは俺に対してまともな説明してくれないわけ?いい加減俺も怒るぞ?」
「まぁまぁ落ち着けよミスタートゥトゥ、要するにやることは現地にいる魔術師たちが喧嘩し始めたらちょっかいかけるだけの単純なお仕事だ」
「それって要するに戦えってこと?それとも仲裁しろってこと?どっちにしろ俺が出張る意味あるのかよ」
「それが大ありなのよ。まぁ事情説明してあげるから聞きなさい」
相変わらずぞんざいな扱いに倉敷は憤慨しているが、そんなことをまったく気にしないとでもいうかのように文と康太は今回の状況の説明を始めた。
戦闘になるというのになぜ倉敷の手が必要なのかというところも話すと倉敷は納得したらしく、ものすごくいやそうな顔をしながらため息をついていた。
「また妙なことに首突っ込んだな・・・大体なんでそんな面倒そうなことに首突っ込んだんだよ」
「仕方ないでしょ、私の師匠からの紹介だったんだから。あんただって師匠にはお世話になってるんだからちょっとは手伝いなさい」
「ちょっとはっていうけどお前らかなりこき使うじゃん。思い切り使い捨てる気満々じゃん」
「大丈夫大丈夫、今回君はかなりの戦力になると見込んでいる。今のところは君の力に頼ることになるだろうから使い捨てなんてしないよ」
「つまり戦力にならないとわかったら使い捨てるんだろ?」
「・・・まぁ否定はしない。ぶっちゃけ役立たず連れてても仕方ないしな」
「帰る。そんな危険な状況に首突っ込みたくない」
面倒ごとに望んで首を突っ込むような趣味はないのか、倉敷は屋上から立ち去ろうとするが康太が即座に遠隔動作の魔術を使って倉敷の動きを止める。
軽く関節を極めて動けないようにしてからにこやかに肩を組んで見せた。
「へいへい倉敷君、ちょっと待ってくれよ。俺らと君の仲じゃないか、ちょっとくらい手伝ってくれたっていいだろう?」
「んな危ないことにかかわりたくないってんだよ。大体話聞く限り組織的な動きまで見え隠れしてるじゃねえか。俺みたいな一介の精霊術師が出張るようなことじゃねえだろ」
「話聞いてた?向こうにいる連中を無駄に警戒させないためにも、無手でもある程度戦える都合のいい戦力が必要なのよ。つまりあんたってこと」
「すげえなこいつ・・・本人目の前にして堂々と都合のいいとか言いやがったよ・・・明らかに捨て駒にする気満々だぞ」
「だから安心しろって、簡単に捨て駒にはしないからさ」
「いつかはするんだろ!?それがわかりきってて協力なんかするかバカ」
倉敷の扱いの低さは康太と文の中では共通認識だが、一応簡単に使い捨てるつもりは二人にはなかった。
倉敷の水属性の術式はかなり優秀なものが多い。デビットの一件の時にもそうだったが水を操って天候を変化させることができるというのはかなりの利点だ。何よりそれだけの術を扱えるものは魔術師の中にもそうそういないだろう。
もちろんあの時はほかの魔術師との協力体制があったからこそ大規模な天気の変化をすることができたというのもあるが、倉敷単体でも局地的な夕立のような現象を作り出すことくらいは容易にできる。
これだけの精霊術師を簡単に使い捨てるつもりなど毛頭なかった。
「わかってないわね。あんたは協力する以外に選択肢はないのよ。言ったでしょ、これはうちの師匠から紹介された仕事だって」
「・・・知ってるよ」
「あんたうちの師匠にはお世話になってるでしょ?毎回毎回魔導書見せてもらってるし、最近じゃ指導も受けてるじゃない」
「そりゃ・・・エアリスさんには世話になってるよ・・・でもそれとこれとは」
「もしあんたがいなくて私たちが失敗したら、師匠の顔に泥を塗る結果になっちゃうのよね・・・でももしあんたがいて成功したら、あんたは堂々と師匠に俺も手伝いましたって恩返しに近いことができるわよ?」
「んぐ・・・その言い方は卑怯じゃねえか・・・?」
「どこが?もし私たちが失敗したらの話をしただけじゃない。あんたがいてくれたら心強いともいったけど」
「そんな言い方はしてなかったぞ絶対・・・」
「ていうかお前は俺の手伝いは絶対にするって約束になってただろうが。少なくともこの一年に関しては絶対服従だろ」
もとより倉敷に拒否権などないに等しい。以前康太に対して敵対行動をとったときにそのような形で決着したことを忘れたといえるような状況ではなかった。
せっかく都合よく仲間に引き入れられる口実なのだ。これを利用しない手はない。
少なくとも倉敷としてはこの言葉を出されると反論のしようがないのが実情だった。
「くそったれ・・・煮るなり焼くなり好きにしやがれ・・・」
「オッケ決まり。んじゃ今夜からバリバリ働いてもらうぞ。やることは山積みだからな」
「とりあえず今夜になるまで待つしかないわね。それまで英気を養っておきなさい」
笑顔でそんなことを言う二人に、倉敷は本気でこの二人に借りを作ってしまったことを後悔していた。
六月の頃の自分に警告を飛ばしたいくらいである。
ブライトビーには手を出すなと。
「ていうかさ、武器とかもっていっちゃいけないとかいうと、八篠の戦闘能力ってどれくらいなんだ?」
「うーん・・・本気の戦闘で武器とか武装を使っちゃいけない状況があんまりないから断言はできないけど、だいぶ戦闘能力は落ちると思うぞ。槍なし盾なし武装なしだと本当にただのポンコツに成り下がるな」
「自分で言うのってどうなのよ・・・でも確かに武器とか使えなかったら戦闘能力が下がるのは否めないわよね・・・武器と認識されないようなものを身に着けておけば?」
実際康太が使っている武装の中で武器と認識できないものは多々ある。槍や盾などは完全に武装の一種だとわかるだろうが、鉄球の入ったお手玉や鉄球で作り出された数珠などは装飾品などと受け取られるかもしれない。
康太の主力は槍を扱った体術、そしてその体術などを用いた再現、そして鉄球などを利用した蓄積の三つだ。
状況によりけりで遠隔動作、動作拡大なども使っていくがこの二つは使いどころが難しいのが実情である。
槍を相手に印象付けて接近する動きを徹底し、同時に再現の魔術で一定距離から射撃、蓄積の魔術で多角的な攻撃、相手の体勢が崩れたら近接攻撃で一気に崩しに行く。この流れが康太の戦いの大まかな流れである。
だがこの流れの中で槍を失うとなると相手に接近されるという威圧感をかけることができなくなる。
相手が自分から離れながら戦おうとするからこそ相手の動きを読みやすくなるのだが、こちらの接近に対しての相手の動きが読み切れなくなると攻撃を当てるのも難しくなってくるだろう。
射撃攻撃のみで相手を威圧できるほど康太の中距離、遠距離攻撃は多彩ではない。どうしても相手を威圧できるだけの象徴のようなものが必要なのだ。
目に見える形での刃物である槍はある意味最適な武器なのだ。斬る、突く、叩くといった近接攻撃すべてを行える上にある程度リーチもある。
康太の槍の扱いを見れば一目で使い慣れているということを理解できる。だからこそ相手を的確に威圧できる。それが康太にとって一つの強みだった。意識を常に槍にも向けていなければいけないという心理的な特徴の一つ。
それがなくなるということは康太の視覚的な圧力の一つを消すことにもつながる。
「てか普通に隠し持っとけばいいんじゃないのか?普段だってそうしてるんだろ?」
「俺だって本当ならそうしたいけどさ・・・ちゃんとした索敵とかだとベルトに入れた状態じゃ見つけられちゃうんだよ・・・槍を隠し持ってたら間違いなくばれるね」
「そうなのか・・・魔術師すげえな」
「何よ今更・・・ってそうか、あんた索敵できないのか・・・それじゃ確かにわからないわよね」
「失礼な。霧を応用した位置の把握くらいはできるぞ。詳しくはわからないけど」
倉敷は康太や文と違って精霊術師だ。つまりそれは無属性の魔術を扱うことができないということでもある。
彼が得意とするのは水属性の魔術、それを利用した独自の索敵方法があるが康太や文が使っているような一般的な索敵を使うことはできず、普通に索敵してわかるようなことを倉敷は把握することができない。
霧を応用した索敵ということは視覚的に相手にも情報を与えてしまうことになる。大きなデメリットでもあるが同時に相手の視界をわずかにではあるが封じることができるため有効な手段の一つであることは否めないがやはり相手の装備などを瞬時に理解できないというのは一手二手後れを取る印象がついてしまうのは仕方のないことだろう。
「まぁとにかく、武器らしい武器を持つわけにはいかないのよ。あとはもっとうまく隠すくらいかしら・・・物理的に密閉しちゃえばわかりにくくなるんじゃない?たいていの魔術師の索敵って輪郭がわかればいいくらいの感じだし、警戒するのは外套の下くらいでしょ」
「あー・・・結構隠してるところって共通してるもんな。そうか、なら別のところに隠せば・・・って言ってもそう簡単にないぞ?もともと荷物もってたらそっちも疑うだろ?」
「それもそうか・・・ウィルはどう?あいつの体に埋め込んでおくとか」
「・・・ちょっとわからないな・・・実際に文が索敵してみて一見わからなければそれでやってみるか・・・もしダメだったら矛先は持ってかないで棒の部分だけ持っていくよ」
それは槍としてどうなのだろうかと二人は複雑な表情をしている。槍ではなくただの棒として持っているというのは相手にとって警戒に値するか迷っていたのである。
康太の槍術はそれなり以上だ。仮にそれが棒術になっても十分通用するレベルである。斬撃がすべて打撃に変わっただけで脅威度は全く衰えない。殺傷能力が若干落ちるくらいで近接戦闘における戦闘能力は下がっていないのだ。
だがやはり相手に与える第一印象というのは大きく変わるだろう。
「それこそウィルに矛先になってもらえばいいんじゃないの?ただの棒でもウィルがついてれば槍になるでしょ?いくつかギミックは使えなくなるでしょうけど」
「それも考えて試してみたんだよ・・・なんか微妙に狂うんだよな・・・棒としての扱いもそうなんだけど普段使ってる重さと違うからか妙な感じなんだよ・・・前に新しい槍に変えたときもちょっとあったんだけどな」
以前竹箒を改良して竹箒改にした時もほんのわずかではあるが違和感はあった。日々の訓練を繰り返すことでその違和感を取り除いていったのはこれからその槍を主流で扱うためだ。
だが今回のように一時しのぎで使う場合はその違和感を拭い去るわけにはいかない。何せ普段使う槍は別にあるのだ。近接戦闘などで可能な限り速度が求められるような状況ではその違和感は多少なりとも影響するだろう。
やはり普段の装備を使えないというのは康太にとって多少なりとも戦力ダウンと言わざるを得ないようだった。
「なんか魔術師のくせにいろいろ苦労してるんだな・・・自分で何でもできるんだから魔術で何とかして見せろよ」
精霊術師からすれば魔術師は何でもできるような印象を持っている。それは倉敷も同様だった。
水属性の術しか使えない倉敷からすれば無属性や火、風属性といった多種類の魔術を扱える康太は一見すれば『何でもできる』という印象を持ってしまうのだ。
「そうは言うがな、実際何でもできるってわけでもないぞ?正確にはそういう選択肢があるってだけで一朝一夕で何とかなるわけでもないし・・・」
「まぁ何でもできるように見せかけるのは重要よね。相手にそれだけプレッシャーかけられるし・・・ていうか私だって何でもできるわけじゃないのよ?それぞれ魔術師には相性があるし」
魔術師として優秀な部類になる文でさえできることとできないことははっきりと分かれている。
得意不得意というのもあるが、文は自分に必要だと思ったものや覚えたいと思った魔術以外は割とおざなりな部分が多い。
以前康太に見せた土属性の魔術などがその最たる例といえるだろう。得手不得手がある以上魔術師は万能とは言えない。
もちろん精霊術師よりは万能性は高いだろうが、それでも限界があるのだ。
「今回はあんたみたいに武器を使わなくても戦闘能力が変わらないタイプの術師が必要なのよ。康太は今回武器なしだからちょっといつもより弱くなるから」
「頼むぜ倉敷、お前の真の実力を発揮してくれ」
「って言われてもな・・・俺前回お前と戦って普通に負けてるんだけどそのあたりはどうなんだ?」
「そこはお前あれだよ、前より成長してるってところ見せてくれよ。ただ今回は住宅街がメインだからな、あんまり派手に攻撃しないようにだけ気を付けてくれればそれでいいや」
倉敷の術は水の術だ。巨大なドームのように水を展開することも、鞭のような形で相手を拘束することも容易にできる。
水そのものの持つ性質を存分に発揮した術を多く使うために物理的な干渉能力はかなり高いといえるだろう。
水の力は甘く見られがちだが、災害などでその力の強さは嫌というほど思い知る。一立方メートル程度の水がぶつかっただけでも人間は身動きが一瞬ではあるがまったく取れなくなるだろう。
水の力はそれだけ物理的な干渉能力を持っている。そのため少し力のかけ方を間違えれば近くにある住宅街は大きな被害を受けることになる。
その点だけは注意が必要なのだ。威力が高すぎるゆえに多少加減をして操らなければ被害が増すだけである。
倉敷が扱える水の量はかつてのそれとは一線を画す。術そのものを効率よく扱えるようになったため、より精密な動作も可能になっている。
康太の言う前より成長しているというのは決して冗談でも間違いでもない。今倉敷と戦って勝てる自信が康太にはなかった。
万全の態勢を整えて、本気で相手をして勝機があるかないか。正直に言えば倉敷はあまり戦いたい相手とは言えなかった。
殺傷能力自体はそこまで高いとは言えない。倉敷が本気で殺そうと思えば話は別だが水の攻撃は制圧能力のほうが高い性能を有しているのだ。
今回想定される戦いでは相手を殺すのではなく、うまく拘束、あるいは無力化することが求められているため倉敷のような存在は最適だといえるだろう。
康太たちが倉敷に協力を求めているのは決して身近にいる都合のいい駒というだけではないのである。
「あんまり俺を持ち上げても何も出ないぞ?大体お前ら頻繁にエアリスさんの修業場にいるんだから知ってるだろ?基本的に使える術自体はあんまり変わってないんだぞ?」
「でも性能自体は上がってるでしょ?まだそれで十分よ。今まで使ってた非効率な術式を効率的な術式に変えてるところなんだから無理ないわよ」
「そうそう。前より強くなってるってのは間違いないだろ?第一今回は本気で戦うのが目的じゃない。あくまで補助してくれってだけだ」
「・・・それならいいけどよ・・・あんまり無茶させるなよ?場合によってはすたこらさっさとおさらばするからな?」
「アリスの時にもふつうに立ち向かってたんだから今回だって楽勝楽勝。あの時に比べれば楽なもんだろ?」
「あれと比較するのもどうかと思うけど・・・まぁ同意見ね」
倉敷は口では逃げるようなことを言っているが、実際は男の意地のようなものを持っているためかあまり逃げようとはしない。
以前アリスと対峙した時、いや正確にはアリスに近づこうと動いていた時も襲い掛かる攻撃に対して的確に防御をして見せていた。
なんだかんだで倉敷は術師としては優秀な部類に入るのだ。素質に恵まれない代わりに本人は努力を重ねていたのだろう。
練習は決して裏切らない。訓練を積んだだけ自由に術を扱えるようになっていくのだ。彼の実力はたゆまぬ努力のたまものといえるだろう。
「行動開始は今日の夜、集合は康太の拠点の店でいいわね?」
「あそこか・・・なんか八篠の師匠に睨まれそうなんだけど」
「睨まれてもスルーしとけば大丈夫だって。無駄にかみつきやしないから」
「・・・お前師匠の扱いぞんざいすぎないか?」
こんなもんでいいんだよと康太は手をひらひらと振って見せる。康太や真理の小百合の扱いに慣れていない倉敷からすれば不安になる一言だが、これが普段通りの光景なのだから小百合としては頭が痛いだろう。
誤字報告35件分受けたので八回分投稿
これからもお楽しみいただければ幸いです




