神加の未来
未来など確定していない。確定した未来など存在しない。そんなことを言ったところで神加がどんな風に成長するのかを決めるのは今この時点の自分たちと神加しかいないのだ。
それこそこれから魔術師に利用されて死んでしまう未来だってあり得るだろう。そうならないように康太と真理、そして多分小百合も協力して彼女のことを守っていくことになるだろうが魔術師としての未来よりずっと人としての未来のほうが重要なのだ。
魔術師としての強さや能力というのは生まれ持った才能というのもあるかもしれないが努力のほうが大きな影響を及ぼす。
才能を持っていても努力しなければ魔術は覚えられないし、戦い方を覚えなければ戦うことだってできない。頭をひねって物事を考えなければ魔術によって引き起こされた事件などは解決することができない。
つまり、魔術師としての未来は本人の努力によってどうとでも変えられる。運も多少絡んでくるだろうが本人が望めばある程度の地位までは上り詰めることができるだろう。
だが一般人としての生活の場合、努力だけではどうにもならないことが多々存在する。
それは金銭的な理由だったり家庭的な問題だったりといろいろとあるが、神加の場合その両方が彼女にのしかかることになるのだ。
両親を亡くし、自身の中で最も信頼できるであろう親という存在から切り離されて彼女はこれから生きていかなければならない。その重責に耐えながら、魔術師としての成長を強制されながら、なおかつ彼女は一般人としても生きていかなければいけないのだ。
「こういっちゃなんだけどさ、奏さんの会社にコネ入社できればすごく楽じゃない?あの子がそれを望むかはわからないしそれだけ先まであの会社があるかもわからないけど」
「お前さりげなくひどいこと言うな・・・まぁ確かに入社するだけなら奏さんが何とかしてくれるかもしれないけどな・・・ぶっちゃけ神加がどうなるかさっぱりわからん。まだ性格面も把握できてないしな」
「まぁそりゃそうよね・・・あの状態じゃ仕方ないわよ」
神加の素顔ともいうべき屈託のない笑顔を見ている文としては今の神加がどれほど異常な状態であるかは察することはできる。
おそらく今の彼女は性格的にも元の神加とは同じではないだろう。今の彼女を見て彼女の本当の姿を理解したつもりになっても無意味なのだ。
「小百合さんはどういってるの?あの子の育成方針に関して」
「師匠は魔術師として神加を育てるつもりはあっても、人間として育てるようなことはしないつもりみたいだ。ほとんどそのあたりの話は聞かないし」
「・・・なんか神加ちゃんの食生活のあたりまで気がかりになってきたわね・・・あの子栄養失調とかにならないといいけど」
「師匠もちゃんと食事はとってるし、そのあたりは大丈夫だと思うぞ?栄養管理に関してはちょっと自信ないけど」
小百合だってずっと一人暮らしを続けていたのだからある程度料理はできる。今までも何度か彼女の料理を食べたことはあるがそれなりに美味いものを作ることはできるのだ。
店に出せるかと聞かれると首をかしげるが、家庭料理としては十分すぎる実力を持っているのである。
ただそれはあくまで味の話だ。育ち盛りの子供を満足させるには味だけではなく栄養面にも気を配らなければならない。
小百合にそういった気配りができるとは思えないために、いろいろと準備をしておかなければならないだろうなと文は悩んでいた。
「今は二つ目の魔術を覚えてるんだっけ?」
「あぁ、すごい早いペースだと思うよ。俺の倍近い」
「あの子の事情を聴けばそこまで驚くことでもないと思うけどね・・・あの子自身気づいていなかったでしょうけど、あの子は日常的に魔術師の側にいたんだもの。そういったものへの対応に慣れてても不思議はないわ」
今こうして生活している間も、神加の体内にはたくさんの精霊がいる。数多くの属性の精霊たちが彼女を守るために体内から彼女を見守っているのだ。
そのおかげで彼女は死なずに済み、今このような面倒な状態になっている。
何も知らない一般人の段階から、彼女はすでに魔術師として必要な素質も、そして普通なら異質と思われるような魔術に対する親和性も持ち合わせていたのだ。
いつ頃から彼女の体に精霊が宿っていたのかはわからない。おそらくは生まれたときからあのような状態だったのだろう。
子供のころから目をつけられなかったのは本当に幸運としか言いようがない。もしかしたら不運だったのかもしれないが。
「でも康太、弟弟子にかまってあげるのは悪くないけど、あんた自身のこともしっかりしておきなさいよ?ただでさえ最近訓練を怠ってるんだから」
「それなぁ・・・でも最近ちゃんと再開したぞ?前よりはガンガン訓練してる」
神加が近くにいる時は自粛していた訓練を最近はすでに実施している。彼女にも魔術師としての戦いをある程度見せておいたほうがいいと思ったのだ。
どのような戦い方をするのが魔術師として一般的なのかを教えることはできないが、どのようにすれば魔術師に対して効果的であるかを教えることはできる。
小百合としてもそのあたりはお手の物だ。まだ神加が幼いゆえに実戦形式にはしないが見稽古としては十分だろう。
「それならいいんだけどね・・・今度私のほうにちょっと依頼が出そうなのよ、その関係であんたにも手伝ってもらうかもしれないから」
「へぇ、でもお前のところに来るってことは調査メインじゃないのか?俺足手まといにならないか・・・?」
「ならないように頑張りなさい。それに最近ちゃんと索敵もできるようになってきてるじゃない。少なくとも足手まといにはならないわよ」
康太は着実にできることを増やしてきている。今までのように戦闘だけしか役に立たなかったころとは違うのだ。
文は康太に対して全幅の信頼を置いている。それは康太も同じだ。依頼が出たのであれば信頼する魔術師と行動をとりたいと思うのは普通の考えなのだろう。
日曜日、世間一般的には休みになっているこの日、康太は文と神加を引き連れて奏のもとを訪れていた。
神加は唐突に連れてこられた高いビルに少し動揺しているのか康太の手を放そうとしない。不安になっているのだろう、周囲をとにかく観察して状況の把握に努めようとしているようだった。
「あんた神加ちゃんにちゃんと事情は説明したの?」
「もちろんだ。師匠の兄弟子に会いに行くって教えたぞ?さすがにこんな場所に連れてこられるとは思わなかったみたいだけど・・・」
「・・・まぁ確かに、あの店を構えてる人の兄弟子がこのビルじゃちょっとびっくりするのも無理ないか・・・」
思い切り不安がっている神加の不安もわからないでもない。以前初めてこの場を訪れた際に康太も文も似たような状態になったのだ。
こんな場所に自分たちがいていいのだろうかと途方もない場違い感を覚えていたのは昔の話である。
神加の場合はそういった場違い感による不安感ではなく、来たことのない場所にやってくるという子供特有の不安感なのだろうが、とにかく不安を覚えているのは間違いないだろう。
「ていうかさ、毎回私たち日曜日にここにきてるけどさ・・・あの人が休んでるところ一度しか見たことないのよね・・・いったいいつ休んでるの?」
「いやあの人ほとんど休んでないだろ。労働基準とかそういうのは完全に無視してるだろうしな。社員はともかくあの人社長だし」
「過労で倒れでもしたら大変よ?ただでさえあの人いろいろやってるのに・・・」
「まぁ魔術師としては最近活動してないみたいだし・・・自分で自分の体力はしっかり把握してるだろ。いつか過労で倒れそうってのは同意するけど」
康太が奏と出会ってもうかなりの時間が経ち、こうして日曜日にこの場所に足を運んだのもすでにかなりの回数になっているが奏が働いていなかった日はないといってもいい程に彼女は働き続けている。
働くことが日常になりつつある彼女にとって、働いていないという状況があり得ないのかもしれない。
そう考えると、全く働いていない自分の師匠である小百合の姿と比べてしまって申し訳なく思えてならなかった。
あの人ももう少し働けばいいのにと思う反面、小百合はしっかりと金自体は稼いでいるのだ。
株や為替などを駆使して動かずしてとにかく稼ぎまくるというある意味才能と運の両方がなければ成り立たないような生活を送っている。働き続けている奏と全く働かない小百合。この二人の姿を見比べて、さらに小百合の方が貯金額が多いという現実を見て働くということの意味を深く考えさせられてしまう。
「・・・お兄ちゃん、お姉ちゃん、ここにししょーのお姉さんがいるの?」
「そうだぞ、この建物の一番偉い人が師匠の兄弟子・・・お姉さんだ。いい人だから礼儀正しく・・・しっかりご挨拶するんだぞ?」
康太の言葉に神加は何度もうなずく。子供用の言葉遣いをするのもなかなか苦労すると考えている中、文はお姉ちゃんと呼ばれたことに何か奇妙な感覚を覚えているのか自分の中に生まれた何かを理解できずに悶えていた。
やはり文もこのように呼ばれることに慣れていないのだろう。一人っ子ということで妹や弟という存在がいなかったことが原因なのだろうが、神加にお姉ちゃんと呼ばれるのはなかなかに破壊力があるのだ。
そしてそんな風に悶えている文を見て神加は少し心配そうな表情をしていた。そして康太の手をつなぎながら反対の手で文の手を握る。
「お姉ちゃん、大丈夫?」
「え?あ、うん。大丈夫よ。ごめんね、心配させちゃった?」
子供は案外大人の感情を読むのがうまい。動物的な感性をまだ持ち合わせているというのが原因でもあるだろうが、他人の感情の機微に非常に敏感なのだ。
先ほどのは不安定になっている文の様子を感じ取ったのだろう。少しでも安心させようと文の手を握ることにしたようだった。
「大丈夫だよ、お兄ちゃんも一緒だから、心配じゃないよ」
神加はそういいながら文の手を少し強く握る。きっと安心させようとしてくれているのだろうという彼女の気遣いを受けて文は口元を押さえ口角が上がってしまっているのを隠そうとしていた。
もっともその目のせいで笑みを浮かべているのは完全にわかってしまっているのだけれども。
「やばいわね・・・この子人たらしの才能があるかもしれないわ・・・」
幼い子供の拙い気づかいに、文は初めての感覚を覚えさらにこの子を自分が守らなければという親鳥のそれに近い感覚を覚えていた。
人たらしというよりも単に年上を味方につけるのがうまいといったほうがいいのかもしれない。
いや、正確には勝手に大人たちが陥落しているだけなのだが、そのあたりは本人には全く分からないことなのだ、ある意味仕方のないことだろう。
「なんだよお前もう陥落したのか?一人っ子だからって早すぎやしませんかね?」
「いやでもあんただってわかるでしょ?呼ばれるとなんかこうきゅんとするじゃない?」
「わかるけどさ・・・まぁいいことだ。しっかり我が弟弟子に尽くしてやってくれ。文がいれば百人力だ」
お姉ちゃんと呼ばれたのがよほど効いたのか、神加そのものの魅力に勝てなかったのか、精霊たちが守りたくなるのもわかる気がするなと文は神加のことを守らなければと心の底から思うようになってしまっていた。
日曜日なので二回分投稿
たまりにたまった誤字は例によって月曜日に消化します
これからもお楽しみいただければ幸いです




