子育てとは
「そういえば八篠ってお姉さんと仲悪いの?確か今大学通いながら一人暮らしだっけ?」
「あぁ、もう二度と帰ってこなくていいと思ってる」
「すごいなその嫌悪感・・・なんでそんなに嫌いになったんだよ」
なんで、そう聞かれて思い出すたびに康太の額に青筋が走る。いやな記憶を思い出すたびに腹立たしさが体の内から湧き出てくるのだ。
魔術師になって広い世界を見た今でもそれは変わらない。自分の姉が理不尽で傍若無人でどうしようもない人物であるということは何も変わらないのだ。
「お前らも弟になってみればわかるよ。自分のほうが立場が上だって常に主張してくるんだぞ?そのくせこっちが正論言ったら『男のくせに』とか女の弱い立場利用して、向こうはガンガン殴ってくるのにこっちがやり返そうとしたら『男のくせに女を殴るの?』だ」
「・・・あー・・・それは・・・なるほど」
「そういう嫌な経験の積み重ねなんだね・・・いやな印象が付くのも仕方がなさそうな感じが・・・」
「わかるか?子供の時からずっとそうなんだよあいつは。少なくともあんなのが姉だったことは俺の人生の中でも数少ない汚点の一つだね」
そこまで言うかと青山と島村は苦笑してしまっているが、それだけ徹底した性格の悪さ、というか自己主張の強さを持ってるのはなかなか珍しい。
たいていは良心の呵責やらが付きまとってあまり主張できないと思うのだが、そのあたり康太の姉は飛びぬけて特殊なタイプなのだろう。
姉と比べれば攻撃しても何も言わない小百合は何倍もましなのだ。小百合は女であることを笠にして物事を主張しない。むしろ女である自分を誇らしく思いながらあのように理不尽かつ傍若無人に生きている。
決して女が弱いとは思っていない。それは奏という兄弟子や智代という師匠を持ったからなのだろう。自分から自分を卑下するようなことは絶対にしなかった。
「じゃあ育成計画に追加だな。八篠の姉貴みたいにしないって感じで」
「あぁ、そういえばそんな話だったね。そのお姉さんは育成には参加しないの?」
「姉貴はノータッチだな。たぶん俺と文と、あと親戚がちょっとかかわるくらいか。年齢が近い奴らが集まる感じ」
「なるほど、まぁ子供からすれば歳の近い奴のほうがいろいろいいか。子供の頃は大人ってだけで威圧感あったからなぁ」
「わかるわかる。背の高さっていうのもあるんだろうけど、なんか怖かったなぁ」
「それなんだよなぁ・・・今のところいきなり知らないっていうか覚えてない人と会っていきなり生活しろ状態だからさ、結構精神的に来てると思うんだよ」
実際は見ず知らずの全くの赤の他人と生活させられているわけなのだが、それとはまた別の意味で神加の精神状態はよろしくない。
精神状態をよくするためには生活環境からよくしなければいけないのだ。それが一番難しいということは康太も理解している。
「やっぱりまずは信頼されるところから始めるべきじゃない?小さい子供だったら懐いちゃえばすぐに打ち解けられると思うよ?」
「でも男の、それも年上にそんな簡単に心開くか?やっぱここは同性なんじゃないのか?鐘子の助けが得られるならそのほうがいいんじゃね?」
「でも文も文で忙しくてな、なかなかこっちに手が回らないんだよ。それなら比較的自由に動ける俺が・・・って話なんだ」
「んー・・・まずはなるべく一緒にいられる環境づくりかな・・・やっぱり親元離れてると不安だから誰かと一緒にいたいってのは正直なところだと思うよ?」
「あとは親がいないってことを忘れられるだけ忙しくするか楽しくするしかないな。そうすれば寂しく思う暇もないだろ」
「となるとゲームか・・・いや女の子だったらおままごととかか?女の子の遊びなんて俺知らねえよ」
「やっぱりここは女子の助けが必須か・・・八篠の身近に今絶賛子育てしてる人はいないの?そういうところから情報得られないかな」
「そんな人がいたらとっくに話聞いてるって・・・やっぱ子育てって難しいなぁ・・・」
紆余曲折を経て、何度も何度も脱線した挙句に再び子育てとは何ぞやという話に戻ってくるわけなのだ。
話が延々に逸れ続け、結局どこを終着点にしたらいいのかわからずに康太たちの雑談は続く。
最初は康太の何気ないつぶやきから始まったこの話もいつの間にか無駄に白熱してしまった。
男子高校生の休み時間はたいていこんなものだ。最初に話していた内容などほとんど覚えていない。話が転々と文字通り転がるように展開し、最終的な着地点を見失う形でチャイムが鳴りうやむやになっていく。
今回の話もまさにそれだった。最終的に子育てとは何なのだという話をしている段階で昼休みの終わりを告げるチャイムによってこの議題は打ち切られてしまった。
愛をもって子を育てることが子育てである。ならば愛とは何ぞやというところまで話が進んだところでの中断だったために、ほかのクラスメートからすればあいつらはいったい何の話をしていたんだったかと思い返すこと数度、最終的に神加育成計画の方針はある程度固まっていた。
固まったといっても源氏物語計画ではないが、こんな感じの健やかな女の子に育ってほしいという願望でしかない。
男の一方的な考えによって作り出されたそれが彼女にとって良いものであるかは不明であるが、少なくとも善意から生まれているものであるのは間違いない。
その善意が良い方向に向けばよいのだがと康太は思っていた。男子高校生が昼休みに作った善意が何の役に立つかは分かったものではないが。
「というわけで女子力の高い文さんや、子育てとは何ぞや!」
「・・・いきなり何なのよあんたは・・・禅問答でもしてるわけ?」
「そんな哲学的な話はしていない。文にとって子育てとはいったい何なのかという話だ」
「そっちのほうがなんか哲学的じゃない?まぁいいわ・・・神加ちゃん関係でしょ?」
然りと康太はうなずいて見せる。時間は放課後場所は購買部の近く。いつも康太たちが雑談をするために使用しているいつものベンチである。
せっかく同級生たちと神加の育成計画に関してよい話が聞けたのだからこれを逃す手はないと文に話を聞こうとしているのである。
もっとも大半の人間からすれば康太たちが言っていたあの育成計画は危険極まりないものだろうが、そのあたりは気にしても仕方がない。
今重要なのは文が神加をどのように育てるべきであるかということだ。
「子育てねぇ・・・とりあえずその子を一人前にすればいいんじゃないの?それまでの過程は大変だろうけど、その分達成感も得られるんじゃない?もちろん逆も然りだと思うけど」
「ふむふむ、一人前か・・・では文にとって一人前とは何ぞや?」
「・・・このまま延々と質問攻めにしないでしょうね・・・?そうね・・・一人でも生きていけるようになること。金銭面だけじゃなくて精神的にも自立している人が目標かな。ただ一人よがりなだけじゃなくて周りとも協調性をもって行動できる人だとなおよし」
随分具体的かつ現実的な意見を出してきたなと康太は少し驚いていた。
康太たち男子が外見や内面といった人格面を成長ととらえ子育てにおいて重要視していたのに対して文は一人の人間として必要な実力こそが成長であると考えたのだ。
むろん彼女の場合は仕事だけではなく周りとの協調性を加味した複合された考えだが康太はさも当然であり見失いがちな事柄に触れていくことにした。
「ほほう・・・一人でも生きていける・・・と・・・だけど言っちゃなんだけど女でそこまで稼ぎが得られるか?女で正社員っていうと大体事務員とかだろ?事務員になっても得られるものは微々たるものなんじゃないか?」
「それを含めて一人前って言ったのよ。生き方は自由よ、一人で暮らしても誰かと暮らしても、たとえ結婚してもしなくてもしっかりと自分で考えて行動できるのであればこれに勝るものはないわ」
金銭面でも自由があるっていうのは貴重だしねと文は笑って見せる。
自由というのはありとあらゆるものに当てはまるが当然その自由には当然対をなすように義務が発生してくる。
多くの自由を味わうためにはそれ相応の金額が必要だ。それこそ人生を数回遊べるような金があってもありとあらゆる自由を味わうには至らない。
一人がそれを味わうくらいならほかの人間に金額として給付したほうが何倍もましというものだ。
逆に束縛されたからこそ実感できる自由というのも存在する。結婚などはまさにそれだろう。
結婚して一人でいられる時間が少なくなればなるほど、逆に一人の時の時間が愛おしく思ってしまうものだ。束縛されるからこそ自由を感じられる。働くからこそ自分の時間を実感できる。
そうして徐々に人を縛る規則や関係が増えていけばいくほどにそれらを対価にした自由をより強く感じられるのである。
労働に対する自由であるように、金銭に対する報酬であり、それらはありとあらゆる自由のために存在するのだ。
もっとも、一部の特殊な人間のせいで自分の自由を奪われている人間がいるのも確かだ。
今は修業を続けている神加などがその最たる例だろう。
彼女は彼女が自由にできる特別な力を持っている。だがその反面、いやそのせいで彼女は多くの自由を失っている。
これが彼女の望んだものではないというのがまた厄介なところだがとりあえず現段階で特に逆らわないのは康太たちの言っていることが正しいと本質的に理解できているからかもしれない。
「結婚ねぇ・・・私は絶対に認めないぞ!うちの神加を嫁に出すなんて!」
「あんたいつからお父さん役になったわけ?しかもいろいろ雑だし」
可愛い可愛い弟弟子をどこの馬の骨とも知らない男に嫁がせるわけにはいかないと康太は今から鼻息を荒くしている。
文からすれば過保護すぎといえるだけの状態といえるだろうが基本的にトラブルは次のトラブルを生むのだ。これから神加が無事でいられるという保証がない以上過保護になるのは当然の反応といえるだろう。
「それはさておき、あんたはどうなってほしいわけ?まさかとは思うけどあんたの師匠みたいになれとか言わないわよね?」
「言わない言わない。俺の師匠みたいになったら面倒臭いことこの上ないよ」
康太が望むのは健やかに育って欲しいというささやかなものだけだ、もちろん康太なりに思うところはある。先ほどの源氏物語計画ではないが、つんけんしながらも兄の様子を気遣う活発少女になってほしいと心の片隅で願っていた。
実際できるかどうかはさておき神加を一人前の女の子に育てるには相当以上の時間がかかる。
康太が言っているようなタイプの女性もそうだし、文が言っているタイプの人物もまた時間がとてつもなくかかってしまう。
「バリバリのキャリアウーマンか・・・あるいは零細企業の探偵事務所・・・!どっちの未来を選ぶか・・・わりかしどっちも安定はしないだろうな・・・」
二人の思想をまとめるとそんな感じだ。結果どうなるかはそれこそこれからの生活次第になるだろうが、どちらかというと文のほうがまだ未来があるように思えた。
土曜日なので二回分投稿
これからもお楽しみいただければ幸いです




