議論の結果
「で、だ・・・話を戻そう」
結局育てるべき女性像は黒髪、そしてセミロングで少し髪が外にはねている活発な女子。身長は百六十台、細身だが巨乳。尻が大きいのがコンプレックス。勝気な性格だが恥ずかしがりやかつ甘えん坊。普段は一人前であろうとし、育て親に対して冷たくもそっけない態度をとっているが実は育て親のことが大好きという結果となった。
昼休みを丸々使いかねない勢いで白熱した議論を交わした三人に対してほかのクラスメートがいったい何を思ったのか、それは三人は全く知らないことである。
少なくとも良い視線を向けていないのは間違いないが。
「結局なんでお前が子育てなんだ?まじめな話捨て子でも拾ったのか?」
「いやいや、捨て子なんて拾えるかっての。それ拾ったなら育てるの俺の親だ」
「じゃあどうして?あ、わかったお姉さんの子供とかでしょ。出産後って結構忙しかったりするもんね」
「いやいや、うちの姉貴は結婚はしてないぞ。妊娠もしてなければ彼氏がいたって話も聞いたことない」
なんだつまんないのと島村が吐き捨てる中、実はこの中で一番腹黒いのはこいつなのではないかと康太と青山が考える中、康太は一度咳払いをして二人に説明することにした。
「実は親戚がちょっと長い出張することになってさ、その先が海外だってことで俺の親戚がそれを預かることになったんだけど・・・なんでか俺がその世話を主にすることになっちゃってな」
もちろんこの説明も完全なる嘘だ。神加の両親はすでに死んでいるし、康太の親戚が預かるなどということもない。
ちなみに康太の言っている子供を預かったほうの親戚というのは小百合をイメージしている。
「・・・ん?親戚の子供を親戚が預かったのに八篠が世話をするの?」
「そう、俺その人に頭上がらないんだよ・・・あ、子供を預かったほうの親戚な」
「あー・・・なるほど、相関図がわかってきたぞ。その子供を預かったほうの親戚ってのは住んでるのが近いわけだ。それで歳の近いお前に子守を押し付けたと」
「正確にはやりそうにないから俺らが買って出たって感じだな。あのひと本当にそういうことほとんどやらないから・・・」
「なるほど、それでさっきのつぶやきが出たわけだ」
いきなり子育てがどうのこうのという話を出されて二人としても困惑しただろうが、若干嘘を踏まえたとはいえ大体の状況を把握したのかなるほどなとうなずきながら康太の悩みに対してどうすればいいか考え始めているようだった。
「でも普通さ、長い出張だったら子供も連れて行かないかな?海外ってのがネックかもしれないけど、最近じゃ海外でも日本人の通う学校って珍しくないよ?」
「それがいろいろ事情があるんだよ。両親の思惑とか手続きの関係とか・・・詳しくは俺も知らないけどさ。いつの間にか預かるって形で決着してていきなり知らされたんだよ」
この話はほとんど嘘はない。預かるという話は本当にぎりぎりまで知らなかったのだ。いきなり神加が店の一角にいたときは目を見開いたものである。
師匠である小百合が誘拐してきたのではないかと疑ってしまったほどだ。兄弟弟子二人がそろってそんなことを考えるというのもどうかと思うが。
「そりゃ災難だな。にしても子育てか・・・その子っていくつなんだ?」
「えっと・・・来年小学校だから・・・五、六歳?」
「うっわ、本当に小さいね。そりゃ確かに子育てになっちゃうか・・・良かったね八篠。源氏物語計画開始だ」
「茶化すなよ、これでも結構悩んでるんだからさ」
ごめんごめんと島村は謝ってはいるがその目は全く冗談を言っているようには見えなかった。
少なくともこの同級生たちに神加のことを紹介するのはやめようと康太は固く誓った。
先ほど冗談交じりに話していた将来に近づかないように気を付けなければと、康太は心の中で小さくうなずくと話を先に進めることにした。
「やっぱり親元から離れて寂しいっていうのもあるだろうしさ、結構精神的に不安定になってるっぽいんだよ・・・文とかに手伝ってもらってるんだけど、どうしたらいいもんか・・・」
「あー・・・そっか、親戚同士だからいろいろ協力できるのか。いいじゃないか、女の子のことは女の子に聞くのが一番だよ。ディープな話から軽い話までいろいろできそうじゃんか」
「確かに女のことだと俺ら男はいろいろ聞きにくいこととかあるもんな。そのあたりはデリケートだから気を付けたほうがいいぞ?」
「んー・・・そういうもんか?うちの姉貴とかはそういうの結構・・・ていうかかなりオープンだったけどなぁ・・・」
「一般的に女の子は男にそういうのを知られたくないって思うんじゃないかな?特にそれが身内ならなおさらだよ」
「俺たちの感覚で言うと中二病の頃にかいた黒歴史ノートを見られる感覚に近いかもな。そう考えるといやだろ?」
「・・・なるほど、確かにそれは自殺したくなるな」
いやいやそこまではいかないだろと青山と島村は笑っているが、その顔に若干の冷や汗をかいていたのを康太は見逃さなかった。
黒歴史ノートは男の子だったら誰でも作るといっても過言ではないほどの代物なのだ。
かつての幼く未熟でなおかつ大きな自尊心を抱えた中学生が作り出した暗黒の書物といってもいいほどの物体。もし身内に、しかも身近な存在に見られでもしたら膝を抱え何日も引きこもり、最後には自らの命さえ投げ出すかもしれないほどの羞恥心にまみれることだろう。
それでもかつての自分への懐古の情からか捨てることもできないのだ。そのあたりが厄介なところだが、女の子のデリケートな問題を知られることがどういうことなのか正確に理解した康太は本格的に文や真理の協力が必要不可欠だなと再認識していた。




