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ポンコツ魔術師の凶運  作者: 池金啓太
十五話「夢にまで見るその背中」

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彼女の名

季節は十一月、例年通り暑さもすでに終わり徐々に涼しく本格的な秋へ、そしてこれから冬に向かおうという時期に康太は槍を手に小百合を相手にして訓練を行っていた。


どの時期でもやることは変わらないというかのように康太は槍を、小百合は刀をもって互いに攻撃し続けている。


小百合が持つ武器の中で最も得意である刀に対して、康太はようやくまともに攻撃を受けずに立ち回れるようになってきていた。


いや、立ち回るという言い方が適切なのかもわからない。攻撃を防ぐのが精いっぱいで反撃などほとんどできていない。


さすがに小百合の剣撃は激しい。一回でも直撃をもらえばそれこそ四肢や胴体など簡単に両断されるであろう鋭さを持っているのは容易に想像できた。


だからこそフェイントが織り交ぜられているとわかっていてもオーバーによけざるを得ないのである。


単に刀をたたきつけるだけの攻撃であればそれこそ槍を盾にして防御することもできたのだろうが、小百合の攻撃は物体を斬るということに特化しているようで一度槍で防ごうとしたときに練習用の槍がいともたやすく両断されてしまったのだ。


練習用の槍も基本的に康太が普段使っているものと材質的には変わらない。刃の部分をつぶしてあるだけのものである。つまり康太の持つ槍では受け流さない限り小百合の攻撃を止める手段はないのである。


あとは小百合の攻撃の初動で動きを強引に止める方法があるが、これは一歩間違えば逆に相手の射程範囲に身を乗り出す危険な行動であり本当に死ぬ可能性があるためにあまりやりたい行動ではなかった。


そのため引きながら槍の射程を利用しつつ小百合と対峙するのが今の康太にできる精いっぱいの抵抗だった。


最近は小百合も本気になってくれているようで、康太は反撃さえまともにできない状況になってしまっている。


魔術を使わない訓練で身体能力は康太のほうが勝っているはずなのにここまでの差が出るというあたりさすが小百合というほかなかった。


そしてこの拮抗状態もそう長くは続かない。康太が集中を保っている状態だからこそ成り立っているこの均衡は、康太がほんの一瞬でも集中を乱せばいともたやすく崩れてしまうもろいものだ。


その証拠に、小百合がほんの少しタイミングをずらし、なおかつ近くにある道具などを意味もなく上に投げただけで、康太は小百合に対しての集中がほんの少し乱れてしまい、その隙をついて簡単に首元に刀を添えられてしまった。


警戒していても足りない。小百合のこの動きをとらえるには肉眼だけでは圧倒的に足りないのだ。


いや、仮に索敵の魔術を使っても認識し続けることができるかも怪しい。それほどの速度をもって小百合の刃が襲い掛かってくるのだ。


「集中を崩すな。相手が予想外の動きをしたのであればまず状況の把握に努めろ。相手が何を目的にしているのかを瞬時に判断して必要なら退避に専念。対応を迷うから集中が乱れて対応が遅れる」


「・・・あ、アイマム・・・!」


珍しく師匠らしいアドバイスをするものだと、康太は冷や汗をかきながら添えられた刀が首から外れるのを確認するとその場に座り込む。


動くのをやめた瞬間に全身から汗が吹き出る。先ほどまでの緊張の糸が途切れたというのもあるのだろうが、この季節でもまだ動けば暑いのだ。特に小百合との訓練は緊張が強いられるために緊張が解けた後の汗も尋常ではないほどに出る。


そしてそんな様子を見ている人物が二人いた。一人は康太と同盟を組んでいる封印指定二十八号ことアリス。相変わらず手元に趣味と思われる携帯ゲーム機をもったまま康太の様子を眺めていた。


そしてもう一人は先日めでたく正式に小百合の弟子となり、康太と真理の弟弟子となった天野神加だ。液体状の魔術ウィルの上に乗って何やら魔術の練習をしながら康太と小百合が訓練をしているのをただ眺めていた。


この光景はもう一週間前から続いている。いつまでも神加に対して過保護すぎるのは良くないということで少しずつ魔術師としての世界に慣れさせるという意味も含めて康太の訓練の様子を見せるようにしているのだ。


「お兄ちゃん、また負けちゃったね」


康太が槍を置いて休憩をしようとすると、ウィルの上に乗ったまま神加が康太の近くまでやってくる。


まるで某スライムの上に乗っている騎士のような構図だなと思いながら少しだけ残念そうにしている弟弟子の頭をなでながら康太は苦笑する。


「あぁ、やっぱまだまだ師匠には勝てないよ・・・神加の調子はどうだ?今は何の魔術の練習してる?」


「今、これ」


そういって神加が手を握ると康太の腕が何かにつかまれる。どうやら神加は今遠隔動作の魔術を練習しているようだった。


康太のようにある程度最初から身体能力がある人間であれば再現の魔術のほうが多様性を持つことができるが、神加のように幼く力も弱い少女では再現の魔術はあまり意味がないと思ったのだろう。


遠隔動作を使って攪乱ができる程度の実力はつけさせようと思っているのだろうか、小百合の考えをトレースしながら小さくうなずいていた。


「もうこれを覚えてるのか。いいじゃないか、うまく発動できてるぞ」


康太が笑みを浮かべながら頭をなでると神加は無表情のままではあるがほんの少しだけ恥ずかしそうにして見せた。


神加と出会ってすでにそれなりの時間が経過していた。新しい生活に彼女自身徐々に慣れてきているのだろう。少しずつ環境を改善させ、同時に彼女の精神状態も少しずつ快復に向かっていると思いたい。


いまだ表情はほとんどないといってもいいほどだが、ほんの少しではあるが感情にも似たものを見せることができるようになってきている。


本当にほんの少しだ。康太が感じ取っているこの感情が正しいものかどうかは正直正確に判断することはできない。


だがそれでも無機質な状態だった出会ったばかりのころよりはずっとましになっていると思えた。


結局、神加はこの小百合の店で暮らしている。時折アリスとともに康太や真理の家に泊まりに行ったりするが基本住んでいるのはこの店だ。


彼女の衣類や日用品、そして必要そうな物一式を買い込み、店の奥にある部屋の一つを彼女の部屋とすることで形だけではあるが彼女が暮らしていけるだけの環境は整えたつもりだった。


だがそれもやはり形だけなのだ。いくら形としてそこに暮らせる環境があっても、リラックスできる環境でなければ意味がない。


そこにいて安心できる場所、何の負担もなくその場にい続けることができる場所。それが住む場所というものだ。


特に神加のような幼い子供にとってそれは絶対必要だ。体が十分に成長しきっていない状態では、肉体は精神の影響を大きく受ける。多少のストレスでも体調に異常をきたすことはよくあることだ。


彼女の精神状態がただでさえ不安定なこの状況で少しでもまともな状態にするには多少のストレスも与えてはいけない。


ただ自分の家ではなく、家族と一緒でなくこんなところにいる時点でストレスを感じてしまうだろう。


アリスが暗示などの魔術を駆使して彼女の精神状態を少しでも安定することができるように調整しているようだが、アリス曰く気休めレベルなのだという。


少し前までただの女の子だった神加にとってこの状況は違和感が強すぎるのだ。たとえアリスのように卓越した技術を持った魔術師でも、暗示などの魔術でこの状況に順応させようとしても限界があるのである。


できるのはせいぜい精神状態を悪化させない程度、しかもそれも些細な効果でしかない。ちょっとしたきっかけでそれが崩れることは十分にあり得るのだという。


自分の弟弟子のことを眺めながら康太は小さく息をついてから大きく伸びをする。


神加は順調に魔術師としての道を進んでいる。すでに二つ目の魔術を覚え、先ほどの様子だとある程度コントロールすることもできるようになってきているようだ。


幼いころから魔術師としての訓練をしていた文に言わせると、神加の成長速度は彼女のそれを軽く凌駕しているのだという。


文の場合、ひとつの魔術を覚えても何度も何度も試行錯誤を繰り返し、ひとつの魔術を完璧にするのに二カ月以上かかったと記憶しているらしい。


子供は大人に比べて魔術の習得速度が遅い。それは大人と違い自意識や感覚といったものを操作する技術が未熟だからである。


コツをつかみ、ある程度操作できるようになるまでは早いだろうが、問題はそこから先なのだと文は語る。


少なくとも魔術で戦闘ができるようになるのはもっとずっと先、魔術というものを覚えてもそれを満足に使用できるまではだいぶ時間がかかるといっていた。


それに比べて神加は魔術を習い始めて一カ月未満でもう二つ目の魔術を身に着けつつあるのだ。


しかも魔術の使い方も問題なく、その魔術がどういうものであるかもわかっているようだった。


これが彼女の才能が原因なのか、それとも彼女の精神状態が原因なのか、それとも彼女の中にいる精霊たちが原因なのか、康太には分らなかった。


長年精霊を身に宿し、魔力を体の中に満たしていたということがあったために彼女が魔力の操作を早々に身に着けたこと自体はそこまで驚くべきことではなかった。


康太も魔力の操作はあまり時間をかけずに習得したために特筆するべきところでもないと思っていた。


だが魔術の習得速度に関しては違う。文に言わせれば彼女のそれは常軌を逸した速度だという。


魔術の習得に慣れ、平均よりも比較的習得速度がすこし早い康太よりも神加のそれはさらに早い。


魔術に触れてまだ一カ月も経過していないただの少女だった神加がそれだけの速度で魔術を習得しているというのは異常なのだ。


その異常さも、現状でなければ素直に喜ぶことができたのだろう。神加の精神状態が安定している状態であれば彼女の才能なのだと素直に祝福できたのだろう。


だが今の神加は良くも悪くも普通の女の子とは違いすぎる。環境も才能もその状態も、ありとあらゆる意味で普通とは異なってしまった。


才能があるとはいえ、一応は普通の魔術師として育った文とはそもそも比較することができないのだ。


「あんまり根を詰めすぎるな・・・いや、頑張りすぎるなよ?たまには休まないと疲れちゃうからな」


「うん、お兄ちゃんもだよ?」


「そうだな、気を付けるよ」


子供にもわかるような言葉遣いをするというのはなかなか難しいなと康太は苦笑しながら、この子が少しでもまともに成長できるように何をすればいいのか頭を悩ませていた。


まだ高校一年なのに育児に手を出すことになるとはなと、康太は少しだけ複雑な気分だった。










「というわけで知恵を貸してほしいわけだ。何か考えてくれ」


「いきなりきておいて何を・・・って言いたいけどまぁいいわ・・・しかも本人まで連れてきて・・・」


「こういうのは早いほうがいいからな」


後日、康太は神加とアリスを引き連れて文の師匠であるエアリスこと春奈のもとを訪れていた。


当然そこでは文が修業をしており、いつも通り魔導書が大量に存在していた。神加に新しい魔術を覚えさせるということもできるし、小百合と違って常識人な春菜と文ならばうまく神加の成長を助けられると思ったのだ。


図書館のような異常な蔵書量に神加はだいぶ驚いているようだったが、小百合の店の書物版のようなものだと近くにある本を興味深そうに眺めていた。


「それで?連れてきたのはいいけど今日はまだ師匠いないわよ?あと二時間くらいで来ると思うけど」


「そりゃありがたい。ついでにうちの可愛い弟弟子を紹介しなきゃな」


「それは魔術師として?あの子もう協会に登録したんだっけ?」


「あぁ、正式に魔術師になったぞ。術師名もある。『シノ・ティアモ』があの子の名前だ」


シノ・ティアモ。それが天野神加に与えられた術師名である。


魔術師として正式に登録し、正式に小百合の弟子になった彼女に与えられたのがこの名前だ。


どういう意味があるのか小百合は教えてくれなかったが以前然言っていた言葉から察するに皮肉のきいたものなのだろう。


少なくとも素直に喜べるようなものではないのは確かである。


だが今は名前よりも彼女の環境の変化のほうが大切だ。育児など康太はやったことがないために常識人の意見を聞こうとここにやってきたのだが、春奈が不在となると文しか頼れる人がいない。


同い年の人間に育児のことを聞くことになるとはなとなんとも複雑な気分だったが今は置いておくことにした。


「それはさておいてだ、これから神加に何が必要だと思う?同じ女性としてためになる意見を聞きたい」


「・・・それって一応小百合さんとか真理さんとかにも聞いたの?」


「師匠にそんなこと聞くはずないだろ。姉さんには聞いたぞ。あの人もいろいろ頭を悩ませている最中だ」


真理は康太の身近で数少ない常識的な人物の一人だ。神加と同じ女性としていろいろと気づくことができることがあると判断して康太は積極的に相談を持ち掛けている。


彼女も神加の状態を少しでも良くするためにいろいろと考え行動を起こしているのだ。そのため康太も何かしたいと思ってこうして紹介することもかねて文のもとを訪れたのである。


「フミよ、聞く選択肢に私が入っていないような気がするのだが気のせいかの?」


「なに?子育て関係で役立つ知識なんてあるの?」


「・・・あまりないが、最初から選択肢に加えられていないというのは少々思うところがあるのだ。私だって女性だからの」


「はいはい、話は後で聞くわ。あんたでないとわからないこととかもあるだろうからね」


神加のメンタル面での補助をしているのがアリスである以上、彼女の精神状態を最も理解しているのがアリスなのだ。


そのため今後の彼女の生活の改善という意味ではアリスの意見を聞くことは最も重要であるといえるだろう。


「ところで、生活の改善とかはいいけどさ、神加ちゃんってまだ学校にも通ってなかったわよね?」


「あぁ、来年度から入学だけど?もうすでにいろいろと手続きは進めてる。支部長とか奏さんとか幸彦さんとかと協力して方々への手続きとかをしてるところなんだ」


学校に通うための手続きというのは案外多い。住んでいるところへの登録もそうだが各役所などに登録しなければいけないこともある。


神加の場合両親がすでに死亡しているがそのことを隠すためにいろいろと面倒な手順を踏まなければいけない。


こればかりは仕方がないことだ、なにせ魔術の隠匿などもかかわってくるために早い段階で手続きをしないと間に合わない可能性がある。


「うん、手続き関係はいいんだけどさ、神加ちゃん自身の学力的にはどうなの?文字の読み書きとかできるの?」


「・・・あ」


康太は文の言葉にそういえばと神加のほうを向く。先ほどから神加は本に興味津々なのかあちらこちらに視線を向けているが、彼女が文字を読むことができるのかどうかを失念していた。


自分たちがさも当然のように文字の読み書きができるため失念していたが、今こうして文字を読み書きできるのも話したりできるのもそのための勉強をしたからに他ならない。


生活環境のことを整えるのはもちろん必要だ、魔術師として訓練をするのも当然必要なことだ。


だが一般人としての教養を有するのもまた一般人に紛れるために必要なことなのである。


今更ながらに根本的なことを忘れていたなと康太は頭を掻きむしっていた。


「ちょうどいいからちょっと勉強してみましょうか。ちょっと待ってて、今いろいろ持ってくるから」


そういって文は奥のほうから小さな机と筆記用具の類を持ってくる。思わぬところで勉強会が始まったが、康太はこの時間が嫌いではなかった。


結果的に言えば、神加は簡単な足し算や引き算、そして平仮名とカタカナを書くことはできるだけの学力を有していた。


年齢相応といえば確かにその通りの学力を有しているといえる。いや、学校に通う前からこういったことをできるようになっているということはつまり彼女の両親がしっかりと勉強させていたということなのだろう。


自分の子供の時はどうだったかなと思い返しながら、康太は自分の名前をひらがなで書いている神加を見ながら少しだけ安堵し、同時に大きな不安を抱いていた。


今まで師匠である小百合が育てるなどと安易に考えていたが、実際それをやるとなるとかなり難易度が高いことは容易に想像できた。


人間はペットとは違うのだ。ただ躾をして餌を与えればいいというわけではない。人間社会に適応できるように適切な教育を施さなければいけないのだ。


学校だけで事足りるのであればいい。もし万が一わからないことがあれば康太や真理が教えてやればいいのだ。その点はまだいい。


問題なのは彼女の家庭環境に関してだ。やはり幼いうちから親元を離れて生活するというのはいろいろと問題があるだろう。


彼女の精神状態に悪影響を与える可能性が大きいうえに、学校内での彼女の立ち位置にまでかかわってくるのではないかと思えるほどだ。


幸いに金銭的な余裕はあるため、しっかりとした学校には通わせてやれるだろう。彼女の学力さえあればそのあたりは問題ない。


康太が懸念しているのは友人関係だ。学校内でしっかりと友達を作ることができるか、そこが少し不安である。


子供というのは残酷なもので小さなことやちょっとしたことで仲間外れやいじめの対象とする。


小百合の訓練を受ければその程度何のことはないと言い切れるかもしれないが神加は女の子だ。そこまでの強い精神力を持っているかははなはだ疑問である。


もし彼女に手を出すような輩がいたら。そう考えているときに康太は横にいる文からチョップされた。


「あんたまた変なこと考えてるでしょ」


「へ?何を言うか、将来のことについて考えてただけだぞ」


「嘘言わないの。もし神加ちゃんに手を出すようなやつがいたら俺が殺すみたいな顔してたわよ?」


「・・・そんな顔してた?」


「かなり怖そうな顔してたわ。もう少し楽観的になりなさいよね。それが難しいのはわかってるけどさ」


どうやら文も人間一人を育てるとなったときにどれだけ苦労をすることになるのかある程度想像を働かせたのだろう。


康太が怖い顔をしているというだけで康太の考えをぴたりと当ててきたのだ。おそらく彼女も似たようなことを考えたに違いない。


「そうは言うがな、もし神加が学校でいじめにでもあってみろ。ウィルを神加のそばに常に配置してカウンター戦法待ったなしだぞ」


「アホ、魔術の存在が露呈しかねないことは慎みなさい。せめてデビットとかにボディガードさせるくらいにしなさいよ、できるかどうかわからないけど」


ウィルは一般人にも普通に見ることができるが、デビットは魔術師としての視覚を有していなければ視認することはできない。


確かに隠れてボディガードさせるには適任だろう。文の言うようにできるかどうかはわからないが。


ウィルのように康太や神加たちの言うことをある程度聞いてくれるのならまだしも、デビットの場合完全に康太の言うことしか聞かないし、たまに康太の言うことも無視して勝手に動いてしまう。


それに何より神加の体にデビットを宿らせるというのはいいが、その宿らせた部分がきちんと活動できるのかは怪しいところだ。魔力を吸い出すための端末としてならいくらでも出すことができるが、活動するための核となるとそうはいかない。


本体を康太から動かすのはデビットとしてもデメリットが大きいだろう。もちろんできないわけではないだろう。かつて本体だったデビットの死体から康太の体の中に移っているのだから。


「そうなると・・・今のうちに神加の中にいる精霊たちに教え込んでおくか・・・もしなんかあったら神加を守るように・・・ガキ大将くらいならノックアウトしていいぞって」


「やめなさいっての・・・でもあの子が学校に通うまであと半年・・・ぎりぎりってところか・・・ちゃんと魔術師としての常識とかも教えなきゃいけないのよ?」


「あぁそうか。魔術を人に知られてはいけないとかそういうことも教えなきゃいけないのか・・・・なんだよやること山積みだな」


「ただの人間ならまだしも魔術師を育てようっていうんだから苦労するわよ?しかも親の協力もないからそのあたりも大変ね・・・」


「文の時はどうだったんだ?ある程度いろいろ教わってたんだろ?」


「そりゃね。五歳の時だったから・・・幼稚園に通ってたときか。ぶっちゃけほとんど覚えてないけど、人に教えちゃいけないことを教わってるっていうのはちょっと優越感あった気がするわ」


「そんなもんか・・・やっぱ子供ってのはそんなもんか・・・文も子供の頃があったんだなぁ」


「何それバカにしてんの?」


いえいえ滅相もないと康太は笑っているが、文が子供のころというのは少々想像するのが難しかった。


写真でも見ればすぐにイメージできるのだろうが、こうしてしっかりとしている文しか知らない康太からすれば、幼く子供っぽい文というのは想像できないのである。



「おや、今日はずいぶんと客が多いな」


そんな感じで神加の勉強を見ていると、この修業場の主であるエアリス・ロゥこと春奈がこの場にやってくる。


その姿を文が確認するとすぐに一礼し、その場にいる全員を視界に収めながら楽にしていいぞと手で合図する。


「あ、春奈さん。お久しぶりです」


「久しいな康太君、うちの文がいつもお世話になっている」


「いえいえ、世話になってるのはむしろこっちですよ。いつも助けてもらっています」


「そういってくれるとこちらとしても気が楽になる。それはそうと・・・」


お決まりの挨拶を終えたところで春奈は小さな机で学習ノートに向かっている神加に視線を向ける。


その姿を見て明らかに驚いた様子だったが、康太とアリスが彼女の近くにいるということと、文が彼らを連れてきたのだということを察すると彼女が何者であるかというのを瞬時に理解したようだった。


「なるほど・・・この子があいつの新しい弟子か」


「はい、紹介します。俺の弟弟子でデブリス・クラリスの三番弟子『シノ・ティアモ』です。ほら、話してた文の師匠だ、ご挨拶しなさい」


康太が促したことで春奈の存在に気付いたのか、神加は立ち上がって康太の後ろに隠れながら春奈との距離を確保しながら彼女の目をじっと見る。


小百合と長い付き合いだった春奈はその目をどこかで見たことがあると感じた。そして数秒間見つめられたことでそれを思い出した。


幼いころ、小百合とともに修業していたころによくこの目を見ていた。


それが小百合の師匠の智代がしていた目とそっくりだと気付いて、なぜ小百合がこの子を弟子にしたのかをほぼ正確に理解していた。


「・・・あ、あまのみかです・・・よろしくおねがいします」


「・・・初めまして、文の師匠をしているエアリス・ロゥだ。こういう時は術師名を名乗るべきだぞ?」


「あ・・・えっと・・・し、シノ・ティアモ?です・・・」


まだ自分の術師名を覚えていないのかと少しだけ情けなくなりながらも、子供なら仕方がないかと康太はしっかりと自己紹介できた神加の頭をなでる。


やはり新しくあった人には警戒してしまうかと少しだけ複雑な気分だった。春奈は非常に良い人物であるためになるべく怖がらずに接してほしいところなのだが、やはりそういうのは難しいのだろう。


「あいつもまたすごい人材を弟子にしたものだ・・・一瞬子供のころを思い出したよ」


「あぁ・・・智代さんのことですね・・・やっぱり似てますよね?」


「似ているな。あの目は忘れられそうにない。あいつがこの子を弟子にした理由がよくわかるよ」


智代を知っている人物であれば神加を見て、いや神加に見られて彼女のことを思い出すのは難しくないだろう。


それほど独特の目を彼女はしているのだ。目の形とかそういう意味ではなく、本質的なものの見方が特殊だと思うべきだろう。


「私小百合さんの師匠にはあったことはないんだけど、そんなに似てるの?」


「あぁ、あの人に会うとまさに蛇に睨まれた蛙状態になるからな。こう、何も悪いことしてないんだけど懺悔したくなるというか、ごめんなさいしたくなるというか・・・」


「なによそれ・・・この子に見られても全然そんな感じしないわよ?」


「そりゃ超えてきた場数が違うからだろ?きっと神加が成長したら智代さんみたいになるさ」


「・・・それはそれで恐ろしいんだがな・・・」


智代のことを知っている春奈からすれば神加が智代のようになるというのは笑い話であり笑えない話だった。


康太は智代の優しい部分しか知らないが春奈は昔の智代を、厳しかったころの智代を知っている。


神加が彼女のようになったら困るなと複雑な気分だった。


「それにしてもどうしてこの子をここに?何か調べごとでもあったのか?」


「いえいえ、今日は顔見せが目的みたいなもんですよ。せっかくなんで顔をつないでおくのも必要なことかと思いまして」


「なるほど、兄弟子として世話を焼いているということだ。こういうのを見るとほかに弟子をとるのもいいんじゃないかと思えてくるな」


「どうせそんなこと言って取る気ないくせに。師匠のお眼鏡にかなう人ってほとんどいないんですから」


「そうか?私は案外判定は甘いほうだと思うが・・・」


文は今までほかに兄弟弟子というものを持ったことがない。そしてそれは春奈も同じだった。


彼女たちの師匠筋は必ず弟子を一人しかとらなかったのだ。兄弟弟子が比較的多い小百合の師匠筋とは違い、一人っ子だったためにこうした兄弟弟子でのやり取りはうらやましく思えるのだろう。


兄弟弟子が少ないからこそ周囲に敵を作らないという方針ができたのかもしれないが、それでも兄弟がうらやましくなるのは仕方がないのかもしれない。


「今からでもいいから取ればいいじゃないですか、そしたら文も兄弟子になれますよ?」


「そうだな、気が向いたら探してみよう。そういった出会いがあればいいのだがな」


結局人と会う時に重要なのは人との出会いだ。一期一会という言葉があるようにいつどこで誰と会うかはわからない。それがいい人であることを祈るばかりだが、なかなかそういうわけにもいかないのだ。


誤字報告を20件分受けたので五回分投稿


これからもお楽しみいただければ幸いです

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