兄弟弟子の扱い
「ん・・・?あれ皆さんお揃いで・・・え?ひょっとしてもう終わっちゃった感じかな?」
再び門が開き、現れた大きな体を見て最初にため息をついたのは奏だった。
自分は間に合ったというのに時間がありながら間に合わなかった弟弟子にあきれてしまっているようだった。
「バズ、まったくお前という奴は・・・どこで道草を食っていた?」
「あはは・・・ごめんごめん。これでも急いできたんだよ?社会人なんだからしょうがないじゃないか」
「私だって仕事があったがこうしてきているぞ。タイミングとしては最高だった。それに比べてお前ときたら」
「もうそれ以上いじめないでくれよ。とりあえず何事もなかった・・・わけじゃなさそうだけど無事でよかったよ」
エントランスの凄惨な状態を見て幸彦は苦笑してしまっていた。仮面の下で苦笑している幸彦の困った顔が見えるようである。
エントランスの状態はお世辞にも良いとは言えない。康太が使った無差別な炸裂鉄球のせいでいくつかの道具が破損しているし、鉄球そのものがまき散らされているしプラナ・オーバーの血液が床に滴っている。
さらにプラナ・オーバーへの私刑といえるような制裁を加えたせいで床などが砕け、壁などにも亀裂が入っている。
しかもここだけならばまだいい、ここに至るまでの廊下などにはプラナ・オーバーを守るために立ちふさがった魔術師たちが何人も意識不明の状態で転がっている。
さらに言えばプラナ・オーバーが待機していた部屋は壁が粉砕されてしまっている。
これだけの被害を出したのがほとんど小百合だというのだから笑えない。もちろんこれだけの被害を出した一端を康太が担っているという事実に苦笑が止まらなかった。
それを見ていた魔術師たちもこれは片付けが大変だぞと思いながらも小百合たちがかかわっているのでは仕方がないなと半ばあきらめてしまっているようだった。
そして事態の収束を把握したからか、それともこの状態になるのを待っていたのかエントランスに支部長がやってきた。
この状態を見てやっぱりこうなったかとため息をついてしまっていた。
「クラリス・・・何というか君は本当に無茶苦茶やってくれるよね」
「私だけに言うな。今回はうちの弟子二人もいろいろやっているぞ。それに一部に関してはこの二人がやったことだ」
この二人といって視線を向けられた奏は堂々と胸を張り、幸彦は自分も含まれているのか?と動揺していた。
幸彦は今来たばかりだというのに巻き込もうとする小百合の考えに、康太と真理は申し訳なくなってしまっていた。
「すいません支部長、細かいものが壊れてるのは俺のせいです。あと床の損傷の一部も俺です」
「そのあたりで転がっている魔術師と床の亀裂、あと部屋の壁が粉砕されているのは大体師匠の仕業です。このお二人はあんまり被害は出していません」
師匠と弟子の証言で意見が若干食い違う中、それでも奏は堂々と、幸彦はどうしたものかとおろおろしていた。
実際奏が個人的な制裁を加えているとき、周囲には全く影響を与えていない。
力の加減の方法が絶妙というべきか、それだけ苦痛だけを与えられるコツをつかんでいるというべきか、小百合のような力任せな制裁とは違い洗練された徹底的な拷問に近い攻撃では支部の施設は全くの無傷だった。
「まぁ話は後で聞くよ・・・とりあえず全員支部長室まで来てくれるかな?ほかのみんなには片づけをしてもらうから」
「意識を失ってる魔術師たちはどうしますか?割とやばい人もいるかもですけど」
「もうすでに手当を始めているらしいよ。全員命に別状はないらしいけど・・・クラリスにしてはうまく手加減したね」
「いちいち私を引き合いに出すな・・・不愉快だ・・・」
「なんか妙に機嫌悪いね、二人がいるから照れてるの?」
「黙っていろ・・・黙る気がないなら黙らせてやろうか?」
小百合が強くにらむと支部長は悪かったよと茶化していたことを認め、さてとと一区切りつけてから周囲の状況を見る。
すでにあらかた状況は察している。あらかじめ話を聞いていただけに支部長やほかの魔術師たちの動き出しは早かった。
おそらく先ほどまで姿を見せなかった間に事後処理に必要なことはすべて終えてしまったのだろう。
小百合が動く時点で被害をゼロにすることはできないと察して、止めるために余計な被害を出すよりも被害を割り切って後片付けすることに集中することにしたのだ。
さすがは小百合という問題児を今まで見てきたわけではないらしい。どうするのが最も適切な行動か理解しているようだった。
「・・・一応聞いておくけどさ・・・その人生きてるの?」
支部長の視線の先にはぼろ雑巾のようになったプラナ・オーバーの姿がある。
生きているかを確認しなければいけないほどに今の彼はボロボロで、微動だにしない状態だった。
「息はしているし脈もある。十分だろう?」
小百合がそういうと逆に言えばそれ以外は何もないのではないかと勘ぐってしまう。
もしかしたら彼が目を覚まさない可能性もあるなと支部長は頭痛を覚えながらため息をつく。
小百合が動くといつもこうだと、これからは小百合を極力支部に呼ばないようにしようと心に決めていた。
事後処理は全部こちらでやっておくよという支部長の心強い言葉によって康太たちは早々に解放されていた。
さすが支部長と称賛の言葉を送りたかったが、支部長本人からすれば面倒を起こしかねない人間はさっさと帰れということだったのかもしれない。
少なくともその声に疲れが混じっていたのは間違いないだろう。その疲れの原因を自分たちが作り出したかと思うと罪悪感でつぶされそうになってしまうが、そのあたりはもはや割り切るしかないだろう。
「さて、では新しい弟子の初お目見えと行こうか」
「・・・結局ついてくるつもりなんですね」
「もちろんだ。何のために時間を作ったと思っている?このためといっても過言ではないぞ」
早々に解放された康太たちと一緒に小百合の店にやってきている人物の中に、奏と幸彦の姿もあった。
すでに仮面を外し魔術師装束を外した状態でいる彼らに共通点を見つけるのは難しい。それだけ康太たちの一団は浮いていた。
その中で小百合は今にも爆発するんじゃないかというくらいに不機嫌な表情をしていた。
ただでさえフラストレーションがたまっただろう自らの状況を自覚してしまった上に、苦手としている兄弟子たちが自分の牙城にやってくるのだから。
無理もないかもしれないが奏たちの気持ちもわからなくはないのだ。支部長からの申し出とはいえ小百合が弟子をとるという少女を一目見たいと思うのは至極当然の考えだといえるだろう。
普段忙しくてあまり小百合のもとを訪れることができていないのだから、この程度のことは容認してしかるべきであると康太と真理は考えていた。
それに神加のことを早い段階で奏と幸彦に引き合わせておいたほうがいいと思ったのだ。
こう言っては何だが神加の状態は非常に危うい。彼女の精神状態だけの話にとどまらず、誰かの庇護下に入れておいたほうがいいような状態なのだ。
今回のことで小百合の身内に手を出すことがどのような結果をもたらすのか魔術協会の人間の一部には触れ回ることができたが、それを踏まえても神加に手を出すだけの価値があると考える人間は多いだろう。
そういった輩がこれから現れないとも限らない。そういういざという時に頼れる人材を紹介しておく必要があるのだ。
「まぁまぁいいじゃないですか師匠。ただでさえ神加はいろいろと大変なんですから。頼りになる大人が複数いても誰も困りませんよ」
「私が困る。あまり私の店に出入りされるのは困る」
「それは師匠が困ってるだけでしょう?少しは神加さんのためを思って行動してください。いつまでも苦手意識があってはいけませんよ」
弟子二人にそういわれて小百合は何も言い返すことができないのだろう。結局小百合が奏と幸彦を苦手としているのは彼女の感情論でしかないのだ。
理屈や利益不利益などを考えて物事を決めるようにならなければこれから苦労する。
それが兄弟子のことだけだからこそ厄介なのかもしれない。せっかく優秀すぎる人材が身近にいるのだからこれを利用しない手はないというのに。
「はっはっは、随分といい弟子を持ったものだな。これは新しい弟子を見るのが楽しみになってきた」
「さーちゃんがこういう反応をするのは久しぶりだねぇ。いやぁ昔を思い出すよ」
「いつまでも昔の私だと思わないでください。いつになったらその子ども扱いを辞めてくれるんですか・・・!」
「私たちにとって、お前はいつまでも手間のかかる可愛い弟弟子だよ。いくつになっても何年たってもそこは変わらない」
「そうそう、兄弟子冥利に尽きるってやつだよ。下の子はいつまでもかわいく見えるってやつ」
奏と幸彦が小百合を子ども扱いしているその光景に、康太と真理は何となく小百合の立ち位置を理解してしまった。
こうして兄弟弟子三人がそろうのは実に久しぶりなのだろう。いつも以上に奏と幸彦の機嫌がいいように思える。
普段康太と真理が師匠である小百合に対して協力して口を出しているように、おそらくかつての奏と幸彦も同じように協力して小百合のことをかわいがっていたのだろう。
愛されていたがゆえに苦手意識を覚えてしまうというのもなんとも複雑な心境だが、今の神加の状態を考えると似たようなことになるのかなと康太は真理と小百合たちを交互に見比べる。
何の因果か、康太たちも構成としては小百合たちと同じ形での兄弟関係だ。
一番上に頼りになる姉、真ん中に少し頼りない兄、そして最後に少し手のかかる妹。
なるほど、康太と真理が今の神加にしているように、しっかりと愛情を注いだ結果が今ここにいる小百合なのだろう。
いったいどこで育成を間違えたのだろうかと小百合のほうを見ると、からかわれ続けている小百合はその視線に気づいたのか康太をにらみ舌打ちをする。
「さっさとあってさっさと帰ってもらいますよ・・・私だって暇じゃないんですからね」
「わかっているとも。私だってお前以上に暇じゃない。例の子の顔を見て自己紹介をしたらさっさと帰るさ・・・おそらくいきなりあっても警戒されるだけだろうがな」
奏のその言葉に、彼女がある程度の事情をすでに知っていることがうかがえた。
いや、もしかしたら幼い子供がいきなり大人に会った時の反応を想像しているのかもしれない。
どちらにせよ、神加が奏と幸彦に会ったところで記憶にとどめておくことができるかは微妙なところである。
土曜日なので二回分投稿
これからもお楽しみいただければ幸いです




