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ポンコツ魔術師の凶運  作者: 池金啓太
十四話「世代交代と新参者」

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エンカウント

魔術協会日本支部の一角。場合によっては打ち合わせや個人使用も可能な一室にその人物はいた。


プラナ・オーバー。魔術協会の日本支部の中でもそれなり以上の実力を有し、同じようにそれなりの数の教え子を持つ彼はその部屋でただ待っていた。


待っているのは件の三人の魔術師、彼らが精霊を大量に宿す少女、天野神加を連れてくるのを、この部屋で待っているのだ。


方法は彼らに任せてある、どのような方法になるかはわからないがその少女さえ連れてくればなにも文句はない。


デブリス・クラリスの店に侵入させるという時点で彼女との戦闘に発展させてはいけないということは厳重に注意してある。


そもそもデブリス・クラリスを相手にして戦闘をしたらこの日本支部の中で勝てる魔術師などほとんどいないのだ。


それほどに戦闘に特化した魔術師、類を見ないほどだといってもいいほどの脅威だ。おそらく三人も問題なく彼女との戦闘は避ける形で行動するだろうとプラナ・オーバーは考えていた。


そしてその考えは正しい。三人の魔術師は彼の言いつけ通り、デブリス・クラリスこと小百合が外出した時を見計らって接近してきた。


もしあの場に真理がいなければ、彼女が索敵をしていなければおそらく難なく店にたどり着くことができていただろう。


もっともそのあとに神加を攫うことができたかどうかはわからない。康太にアリスがいるような状態で攫える状態であったかは微妙なところだが、そんなことは彼はあずかり知らぬところである。


いろいろな考えを巡らせて待っていると、扉がノックされる。一定のリズムを刻んで響くノック。彼らが来たのだろうかと立ち上がり、扉を開けようとした瞬間、扉が粉砕される。強い衝撃に部屋の奥まで吹き飛ばされたプラナ・オーバーはそれを見ていた。


粉砕された扉の破片に混じって、ゆっくりと、だが確実にその奥からひび割れた仮面をつけた女性が部屋の中に入ってきたのを。


「御機嫌よう、初めまして。なぜ私がここに来たかわかるな?」


「・・・デブリス・・・クラリス・・・!」


なぜ彼女がここにいるのか、その疑問を抱く必要はなかった。彼女がここにきている時点であの三人が失敗したという考えに至るのは難しくない。


「師匠、いちいち壊さないと部屋に入ることもできないんですか?」


「あとで支部長に怒られますよ?ていうか文句言われるのこっちなんですからね」


さらに小百合の両脇を固めるような形で彼女の弟子二人がやってきていることに、プラナ・オーバーは眩暈すら起こしていた。


デブリス・クラリスの一番弟子ジョア・T・アモン。魔術協会日本支部の中では基本的に温厚かつ平和的な解決を模索することに長けているが、デブリス・クラリスの弟子という時点で高い戦闘能力を有していることは明白。彼女に対して戦闘という区分における評価がほとんどない点が不気味さを増す原因になっている。


同じくデブリス・クラリスの二番弟子ブライトビー。魔術協会日本支部に今年の初めに登録したが、師匠と同じくらい無茶苦茶な行動をすると噂になっている。特に特殊な体質を持っているのか特殊な魔術を有しているのか、封印指定に関わる事件を二度ほど解決している。不気味さでいえばむしろこちらの方が上かもしれない。


武闘派で知られるデブリス・クラリス一派がそろってこんなところにやってくるということがどういう意味を持っているのか、すぐに想像がついた。


「・・・私を・・・どうするつもりだ?」


「ご想像にお任せしよう。お前の頭の中にあることをすべて現実にしてやってもいいぞ?」


ゆっくりと部屋の中に入ってくる小百合とは対照的に、その弟子二人は部屋の中に入ってこようとはしなかった。


手を下すのは小百合の役目、だが万が一にも逃げられないように入り口はきっちりと固めておく。


師匠と弟子の連携とでもいえばいいだろうか、立てるところはしっかりと立てる良い弟子たちだとプラナ・オーバーは歯噛みしていた。


少しでも出しゃばってくれればまだいくらでも対応できたものをと頭の中で考えながら、ゆっくりと深呼吸して目の前にある脅威に対峙する。


「あれの可能性を君も理解しているだろう?君のところに預けていても持て余すだけだ、私に預けたまえ」


「何の話をしている?いきなりわけのわからないことをのたまうな、せめてちゃんと順序立ててものを話せ阿呆が」


自分のことは完全に棚に上げているなと弟子二人はあきれている様子だったが、プラナ・オーバーからすればとぼけているようにしか見えなかった。


何か目的があるのだろうかと警戒する中、発言には気を付けなければいけないと考えているとき、小百合はさらに一歩前に出て少しずつ肉薄していく。


「あの子の持つ体質は魔術師にとっての革新にもなるかもしれないんだ。君はその可能性を有効に使うことができるのか?できないのであればそれこそ」


「人の話を聞かないのかこの阿呆は」


壁を背にしていたプラナ・オーバーの顔のすぐ横の壁が砕ける。どのような手法を用いたのかはわからないが、小百合がそれをしたのは明白だった。


「可能性とか、体質とかそういう話を私は今していない。私がしているのはお前たちが私の身内に手を出した。だから我々が制裁に来た・・・ただそれだけの話だ」


可能性も保護者である適性も、魔術師にとっての革新なども全く関係ない。


身内が手を出され、ムカついたから殴りに来た。要するにそういうことなのだ。


シンプル故に理解しにくいかもしれない。特にこういう輩にとっては。


自分は間違っていないとプラナ・オーバーは心底思っているのだろう。この状況にありながらもまだあきらめていないようだった。


普通の魔術師ならば一人でこの三人に囲まれた時点であきらめるだろうが、さすがに実力者だけあって考えることは普通の魔術師とは違うということだろう。


「悪いが少し時間をもらうぞ。何そんなにはかからない。ただ公共の場所で痛めつけるというだけだ」


公開処刑を行うつもりなのかと康太と真理は心底師匠である小百合に畏怖の念を抱きながら、それが最も効果的なやり方だと理解していた。


理解できる時点でだいぶその考えが小百合に似てきていることに二人は気づいているだろうか。


「・・・生憎だが、今時間がなくてね。この場はお暇させてもらうよ」


「逃がすと思っているのか?」


「逃げられると思っているさ。この場から逃げてしまえば君たちは私を追跡する術を失うのだから」


この場というのが協会のことを指していることはすぐに理解できた。もしこの魔術師に協会の門をくぐられてしまえばその時点で彼がどこにいるのかを探るのは難しくなるだろう。


仮に拠点を探そうとしても、こうなってしまったからには悠長に拠点に居座ったままというのはまずありえない。門をくぐった時点でかつての拠点は放棄し、どこか別の場所に新しい拠点を築くだろう。


そうでもしなければ小百合から逃げられないことを知っている。否、そうしなければ自分の命が危ういことを知っているのだ。


小百合に対して正しい評価をしている魔術師というのは実に厄介だ。引き際をわきまえている。


小百合のことを知らないような魔術師ならば、あえて矛を交えようとするものだが本当の意味で小百合のことを知っている魔術師は戦うということ自体が悪手であることを知っている。


小百合だけならまだしもその弟子二人も一緒にいるとなればなおさらだ。だからこそ小百合とは敵対関係にならないように言い含めたのだが、まったく意味をなさなかったことにプラナ・オーバーは内心舌打ちしていた。


だが逃がしてはいけないとわかっているからこそ三人は逃がすつもりは毛頭なかった。逃がす前にこの場で仕留めるくらいのつもりでいる。


いつ相手が動いてもいいように三人とも集中を高めている中、最初に動いたのはプラナ・オーバーだった。

壁に背を預けたまま魔術を発動し、その体から目もくらむような強烈な光を放つ。


同時に動いたのは小百合だ。相手が何か仕掛けてくるとわかった時点で小百合は攻撃を仕掛けていた。


いつの間に動いたのかと問いたくなるほど速く彼我の距離をゼロにすると、その顔面めがけて思い切り蹴りを放つ。


何かが砕けるいびつな音と同時に、聞きなれない妙な音がすることに三人は気づいた。


強い光のせいで目がくらんでしまっているものの、視覚をつぶすということが魔術師にとって有効ではあるとはいえ決定打ではないことは相手も理解しているだろう。


康太と真理は同時に索敵の魔術を発動し何が起こったのかを確認しようとする。すると先ほどまで壁に張り付いていたはずのプラナ・オーバーはいつの間にか壁の向こう側の隣の部屋へと移動しすでに廊下へと走っているところだった。


「師匠仕留めそこなってます!目標なお健在!」


「・・・当たったと思ったんだが・・・最近あいつにかかりきりになっていたから鈍ったか・・・?」


「そんなことはいいですから、追いますよ!この壁隠し扉があります。私とビーは回り込んで門の前に行きますから師匠はこの壁を通ってあの人を追ってください!」


「私に指示を出せるようになるとはずいぶんと偉くなったものだな・・・」


「そういうのいいですからさっさとしてください!」


仕留めたと思った攻撃で完全に仕留め切れていなかったという事実に若干不機嫌になっているのか、小百合は舌打ちをしながら目の前にある壁に向かって拳をたたきつけた。


隠し扉があるといったはずなのに小百合はその壁ごと粉砕してプラナ・オーバーを追っていく。


なぜあぁもスマートではないのかと康太と真理は別ルートを通って先に門の前にたどり着こうと全力疾走していた。


索敵をしながら走る真理は相手の位置情報を確認し眉を顰める。


初動が早かったせいか、相手のほうが少し早く門にたどり着いてしまうだろう。このままでは取り逃がす。


「ビー、うまいこと妨害しますよ、いけますか?」


「もちろんです、十分射程距離に収めてますよ」


康太も同じように索敵を発動して相手の位置はしっかりと抑えている。この二人が離れた場所にいる相手に対して妨害をするという時点で何をするのかはわかりきっている。何せこの二人は兄弟弟子なのだから。


康太と真理は同時に空中めがけて拳と蹴りを放つ。康太は思い切り振りかぶって拳を振りぬき、真理は飛び蹴りの要領で移動の速度を維持したまま全力で攻撃を仕掛けた。


その瞬間、移動していたプラナ・オーバーが腹部と背中に強い衝撃を受ける。そう、二人は同時に遠隔動作の魔術を発動したのである。


康太が使える魔術は真理だって使える。単純な理屈だ、なにせ二人は師匠が同じで同じような魔術を教わったのだから。


康太と真理の強烈な一撃によって、プラナ・オーバーは一瞬とはいえその場に転がってしまう。それは二人の師匠が距離を詰めるのと同義だった。


小百合は今いらだっている。確実に倒したかと思った一撃にもかかわらず回避されたか、あるいは耐えられてしまったのだから。


小百合がプラナ・オーバーを視認すると、小百合の攻撃が全く無駄ではなかったことを示していた。

その仮面の一部は砕け、砕けた部分からプラナ・オーバーの素顔が露わになっている。


しかも仮面が砕けたときにどこかを切ったのか、その頭から血が滴り少なくとも無傷ではないことを示していた。


目視したことでプラナ・オーバーはすでに小百合の射程距離に入ってしまった。小百合は意識を集中し、今度こそ外さないと攻撃を仕掛けようとする。


だがその瞬間、小百合の背後から別の魔術師の攻撃が放たれた。


「先生!逃げてください!」


「・・・あいつの腰巾着か・・・」


放たれた攻撃を軽々とよけると、その攻撃をした魔術師を視認して小百合は舌打ちをする。


そう、小百合を攻撃したのはプラナ・オーバーの弟子だった。魔術協会の中でもそれなりに立場を持っているというだけあって弟子も多いらしい。三人だけとは思っていなかったがどうやらほかにも弟子がいるようだ。


万が一のことを考えて近くに配置していたのかもしれない。だがこの攻撃は火に油を注ぐようなものだった。


「行ってください先生!この場を切り抜ければどうとでもなります!」


「すまない!」


後ろだけではなく、プラナ・オーバーが走っていたほうにも現れた別の弟子が小百合の行く先をふさぐ。


挟み撃ちをする形で小百合を止めようとした弟子二人だが、それが足止めになるかははなはだ疑問であった。


「ここは通さないぞ!」


「先生のところにはいかせない!」


「邪魔だ」


二人が放った魔術が同時に小百合めがけて襲い掛かる。だが小百合は最初からその弟子二人など眼中になかった。


最小限の動きで魔術を躱しながら、移動する速度を落とすことなく魔術を発動する。


瞬間、背後から小百合を狙っていた魔術師は壁にたたきつけられ、行く手をさえぎっていた魔術師は急に腹部を抑え蹲る。


いったい何をされたのか、それを理解するよりも早くこの場を通り抜けるついでと言わんばかりの小百合の蹴りが彼の意識を刈り取った。


「・・・やはりダメだな、訓練していなかったせいか鈍っている・・・少しさぼっただけでこれか・・・」


自身の蹴りの威力を嘆きながら小百合は駆け抜ける。相手がどこに行ったのかはわかっている。


ほんの一瞬遅れたがこの程度ならばすぐに取り返せると小百合は特に焦った様子もなく追い続けた。


小百合がそのような妨害を受けている間も、康太と真理はプラナ・オーバーに対する妨害行動を続けていた。


走りながらであるためどうしても単純な打撃になってしまうが、それでも相手に確実にダメージと精神的な苦痛を与えていることは間違いなかった。


「姉さん、師匠が一瞬誰かと戦闘しましたけど・・・あれってプラナ・オーバーの味方ですかね?」


「おそらく彼の弟子でしょう。彼はかなり弟子がいたと聞きますから彼を守るためにこの場にいたのかもしれませんね」


「味方が多いっていいですね。うらやましい限りですよ」


「本当ですね・・・おっと、どうやらこちらにもいらっしゃったらしいですよ」


「どうやらそのようで・・・」


康太と真理は同時に背後から追ってきている一人の魔術師の存在に気が付いた。康太と真理の走ってきた道筋を追うかのように全力疾走しているその人物がプラナ・オーバーの弟子かどうかはわからなかったが、少なくとも自分たちを追っているのは間違いない。


「もしかして師匠が壁壊したからその犯人を捜してる協会の魔術師かもしれませんよ?」


「あぁその可能性はありますね・・・どうしましょうか・・・ビー、あなたはこのまま先行していてもらえますか?あとで追いかけますので」


このまま後についてこられるより、どちらかが足止めをしたほうが確実であるのは間違いない。


相手がこれから速度を上げて二人に追い付かないとも限らないのだ。どちらかが確実に足止めをして片方がしっかりと目標を追ったほうが確実というものである。


「大丈夫ですか?足止めなら俺頑張りますよ?」


「もし協会の魔術師だったら説明がしっかりできたほうがいいでしょうから私が残りますよ。もし敵だったらすぐに後を追いますから」


先ほど可能性を上げたように、小百合が壁を壊したことを知ってその犯人を追っている協会の魔術師だった場合事情の説明をしなければならないだろう。


破壊された部屋から急いで出てきた二人の魔術師が犯人であると考えるのは実に自然な考えだ。協会の魔術師がそういった行動に出ても何の不思議もない。


そうなると確実に話をできる人物が残ったほうが適切だ。


この場合康太よりも真理のほうが説得、あるいは事情説明に向いている。


ある程度攻撃性を知られてしまっている康太よりも、魔術協会の中ではまだ常識人と知られている真理のほうがまだ会話が成り立つだろう。


それに康太よりも真理のほうが戦闘能力が高いのだ。足止めとは言わず戦闘になった場合の時間的ロスも少ない。


「それじゃあ任せます。先に行きますね」


「行ってらっしゃい!さぁ鬼が出るか蛇が出るか・・・いらっしゃい」


康太を先に行かせた真理は振り返り自分のもとに向かってくる魔術師めがけて仮面の奥で笑みを浮かべる。その仮面の下の歪んだ笑みを知る者は誰もいなかった。


誤字報告十件分受けたので三回分投稿


これからもお楽しみいただければ幸いです

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