康太の槍
「さて・・・まぁこんなものか」
逆に文はトレードしなければよかったとこの時心の底から思うのだった。
場所は小百合の店の地下、魔術的な道具が置かれている場所とはまた別の訓練に使っているやや広めの一室。
エアリスの方の訓練と違って、小百合の訓練は基本的に体を動かす。インテリ派には非常につらい訓練であると言えるだろう。
既に文は小百合によって適度にボコボコにされ、部屋の隅の方で休んでいた。
全力で小百合が向かってくるために魔術を利用して上手く距離を取ろうとするのだが、どうやっても簡単に追い詰められて簡単に殴られてしまう。
一度捕まってしまえばどうあがいても逃げることができないのだ。
康太と戦ったときにも行った相打ちに近い形での電撃を当てようとするのだが、小百合はその動きさえも見切って軽く回避してから再び攻撃を開始する。
何がどうなっているのか理解するよりも早く戦闘不能状態に追い詰められてしまうのである。
文に同情の視線を向けながら康太は今度は自分の番だと意気込んで師匠である小百合の前に立つ。
「師匠、俺はどんな訓練を?」
「いつも通りだ、魔術を発動して私と戦え・・・と言いたいところだがお前に一つ渡すものがある」
小百合はそう言うと奥の方に立てかけてあった二本の棒を持ってきた。
その二本のうち片方は先端に両刃の矛がついている。もう片方は刃のように形どられているが刃の部分が潰してある。所謂模造品のようだった。
どちらも竹のような節目がつけられており、色も竹のように見える。
「なんですかこれ?竹槍?」
「竹を模して造られたお前の槍だ。片方は練習用、片方は実戦用だ。これをつけておけばただの竹ぼうきに見えるようになっているらしい」
小百合が取り出したのは竹ぼうきについている箒の先端部分だった。
刃の部分に巻き付けるように取り付けると刃はしっかりと隠れ確かにただの竹ぼうきのように見える。
「いいですね!魔術師・・・魔法使いには箒が鉄板!」
「空は飛べないけどな」
小百合に冷ややかなツッコミを入れられても康太は自分のものになった槍を握って軽く振ってみる。
槍の使い方などほとんど知らないがそれはこれから学んでいけばいいだけの話である。だが一つ気になったのはこの竹槍、竹にしては妙に重いのだ。
「あの師匠、これって竹で作られてるんじゃないんですか?」
「アホか、そんなもの使い物にならないだろう。あくまでデザインが竹というだけだ」
どうやら外見が竹の様でも実際は何かの鉱物でできているようだった。それが鉄なのか銅なのかはたまた鋼なのかは知らないが、少なくとも強度は保証されているとみて間違いないだろう。
だが箒をいくら模していると言っても持ち運びに不便な気がしてならない。これだと流石に持って歩くわけにはいかないだろう。
どうしたものかと悩んでいると、小百合が槍の一部をもって強くひねって見せる。
すると槍が分解されていき五分割されていった。
「おぉ・・・!分割で運ぶことができるんですか!」
「一本の状態に比べると多少強度は落ちるが・・・まぁ十分だろう。持ち運びの時はその状態で、実戦の時は組み上げて使うといい」
「いえぁ・・・これはいい・・・!これはいいものだ・・・!」
どうやら康太はこの槍をいたく気に入ったようで目を輝かせながら軽く振り回していた。
気に入ってもらえてなによりなのか、小百合は薄く微笑んでいる。
「ところでこの槍の名前ってなんかないんですか?ロンギヌスとかグングニルとか・・・」
「そんな大層な名前があると思ってるのか?特に聞いてはいないが・・・竹槍でいいんじゃないのか?」
そんなご無体な・・・と康太は悩んでしまう。
さすがに千人長の槍や神の持っていた槍と比肩するのはやりすぎかもしれないが何かしら名前は欲しいところである。
せめてかっこいい名前がいいのだが、自分が考えるとなんだか中二臭くなるような気がしてならなかった。
「竹か・・・竹箒・・・槍の名前にはちょっとなぁ・・・」
「別にいいだろう、そこまで槍の名前にこだわらなくても。竹箒でいいんじゃないのか?」
小百合としては別にこの槍の名前はそこまで興味ないのか明らかに面倒くさそうな表情をしている。
名前なんてどうでもいいからさっさと話を先に進めたいという態度が見え見えだ。もう少しこの槍の名前に興味を持ってくれてもいいのではないかと思える程に竹箒という名を押してくる。
さすがに竹箒という名前はどうかと思うのだが、このままでは訓練が進まないのも事実。ここは康太が折れて話を先に進めたほうがよさそうである。
よってこの時、康太の槍の名前は『竹箒(仮)』になったのである。
他に良い名前があればまた変更するつもりだろうが、きっとこのままなのだろうなと康太はため息を吐きながら竹箒を軽く振り回していた。
「ちなみに師匠って槍使えるんですか?」
「当たり前だ。槍術は師匠に徹底的に仕込まれたからな。お前にもしっかり教えてやるから覚悟しておけ」
本来ならばありがたいと思う事なのだが、どうして小百合が言うとこうも不穏に聞こえてしまうのだろうか。
何で自分の師匠はエアリスのように優しくないのだろうかと康太は本格的に後悔を始めていた。だがその後悔ももはや今さら、どうにもできないことというのは得てして存在する物である。