康太と文
相方の文がそんな年寄りとの世間話に奇妙な気分になっているとはつゆ知らず、康太は弟弟子の修業を邪魔しないように少し離れた場所で魔術の訓練を行っていた。
神加には小百合とアリス、そしてウィルがついている。そこで康太と真理は修業場の一角に陣取って魔術の鍛錬をしているのだ。
新しくできた兄弟弟子がかわいいのはわかるが、いつまでも付きっ切りというわけにはいかない。
これから神加が魔術師として修業することになればおそらく師匠である小百合は彼女につきっきりになるだろう。
すでにある程度戦えるようになった康太よりも、ほとんど戦闘能力のない神加についていくのは必然だ。
そうなれば康太と真理は基本的にフリーになる。もちろん神加の修業の手伝いなどもするが、あのような小さな子供相手に近接戦闘の訓練をするとも考えにくい。
そうなると魔術の訓練をメインに手伝うことになるだろうが、基本的に魔術の訓練というのは自分自身で何とかするものだ。
個人によって癖や感じ方の違いなどもあるためにアドバイスをするというわけにもいかない。
つまり自分たちが神加に対してできることは少しでもこの店と修業場の環境をよくすることくらいなのだ。
すでにここで暮らすことができるだけの手続きの準備はできている。
あとは両親の生死さえ確認できればそれに応じた処理を進めていくことになるのだが、魔術の訓練をしている康太と真理は神加の両親の安否が気になり、あまり訓練に身が入っていなかった。
そして二人ともそのことに気付いている。だからと言って魔術の訓練をおろそかにするわけにもいかずズルズルと訓練を続けているのだ。
集中しようとしてもなかなかうまくいかないというのはもどかしいものである。何かきっかけでもあればいいのだがと二人は思っていた。
近接戦闘の訓練をすればある程度は自分たちの中でスイッチが入ってくれるのだが、神加が起きていてしかもいつこちらにやってくるかわからないような状態でそのような訓練をするわけにはいかない。
となれば自分たちの中で勝手にスイッチを作るしかないのだ。
「・・・なかなかうまくいきませんね・・・いつもは近接戦闘を行うのが当たり前だったので、それをしないだけでなんだか今訓練をしているという気がしません」
「なんかわかります。いつも師匠にぼこぼこにされそうになって集中力上げてから魔術修業ってのが当たり前でしたからね・・・いつもとリズムが少し違うってだけでここまで違うとは」
普段の修業内容をしていれば、どんなに神加の両親のことが気になったとしても近接戦闘の修行をすればいつの間にか集中を保てるようになる。
基本的に瞬間瞬間の判断が命取りになるような訓練であるために余計なことを考えていられるだけの余裕がなくなるからである。
だが今はその切り替えを行っていないため、あまり高い集中を維持できなくなっているのだ。
「これもいい機会です。近接戦を行わなくとも集中できるようにしましょう。今後必要なことだと思いますし」
「確かに・・・でもせめて槍は持ってていいですか？これがないとやっぱりちょっと落ち着かないです」
普段魔術師として行動しているときは必ず槍を持っている。すでに康太にとってこの槍は離れがたいものになってしまっているのだ。
最初は魔術師なのに武器を持つなんてナンセンスだと思ったものだが、最近はむしろ武器を持たない魔術師のほうがナンセンスだと思うようになってきている。
価値観の変化というのは面白いものだ。かつての一般人であった頃の康太と今の康太が出会ったらきっと別人のように変化していることだろう。
また一つ普通から遠ざかったということを実感しながら、康太はゆっくりと意識を沈めていく。
「そういえば文さんは今協会に足を運んでいるんでしたね。神加さんのご両親の確認だとか」
「えぇ、あんまり俺が動きすぎたり考えすぎるとよくないっていうことで・・・前にも何度も言われたんですけどね・・・抱えすぎるなって」
「それは康太君のよいところでもあり悪いところでもあります。何もかも自分で抱える必要はありません。時には頼ることも必要ですよ。頼られる側は結構うれしいものなのですから」
そういうものですかねと康太は文の言葉と、その言葉を放った時の文の表情を思い出していた。
最初にそのことを言われたのはプールの時だったか、水着姿で周りにもたくさん人がいたというのに割とまじめな話をしたあの奇妙な空間のことを康太は今でも思い出せる。
まだデビットとあってそう時間もたっていなかった時だ。自分でも不安定だったのは自覚していたがそこまでひどいものだとは思っていなかっただけに少し意外だったのを覚えている。
「文さんには感謝してもしきれませんね。私では康太君を甘やかすばかりで叱ってあげられません。本当に彼女がいてくれてよかったです」
「そればかりは本当に同意します。あいつがいなかったら今頃どうなってたことか」
そういいながら康太は文と出会わなかった時の自分を想像する。だがまったくイメージできなかった。そもそも会わなかったら康太の魔術師としての人生そのものが変わっていたかもしれない。
些細な出会いだったかもしれないが、今となっては文の存在は康太の中でかなり大きなものになっている。それは間違いようのない事実だった。
