ベルとビー
「すいません、もう大丈夫です、確認は取れました」
「そうかい。残念ながらお目当ての死体はなかったみたいだね。いや見つからなくてよかったというべきなのかな?」
「・・・どちらでしょうね・・・私にもよくわかりません」
神加の両親の死体が見つからなかったというのは良いことのはずだ。少なくとも神加のいた牢屋の中では死んでいないという確証は得られた。
だがまだ神加の両親が死んではいないという確証は得られていない。むしろ調べなければいけない範囲が広がっただけではないかと思えてしまう。
ある種専門家であるマウ・フォウに依頼したのは正解だった。これ以上の捜索は自分たちでは困難を極める。
早い段階で別の人間に委託したのは良い対応だったのかもわからない。
だが探せば探すほど、ひとつ前に進めば進むほど、神加が幸せから遠ざかっているようなそんな気がしたのだ。
手がかりを見つければ見つけるほど、絶望という崖へとつながっているのではないかと思えて仕方がない。
文が心配性なだけか、それとも文の何かがそう告げているのか。小百合のように自分の感性によって物事を決めるということをしたことがない文にとってこの感覚が正しいものかどうか判断できなかった。
「この遺体はどれくらい保存しておくつもりなんですか?」
「さぁね。少なくともお偉いさんのゴーサインが出ない限りはこのままだろうさ。不憫ではあるけど仕方がないね」
フールツールもこの死体の群れを見て何かしらの感情は抱いているのだろう。だがすでにその感情はだいぶ摩耗しているように感じられた。
当たり前なのだがどこか他人事のような感じがしているのだ。目の前に死体があるというのに、どこか別の媒介を通してそれを見ているかのような距離感を感じる。
先ほど文が抱いたような湧き上がるような感情はそこにはない。感情がそこにあるようなふりをしているかのようである。
高齢の魔術師でこの場所を管理しているということは、おそらくそれなり以上長くこの場にいて、この場所で数々の死体を見てきたのだろう。文が感じたような感情も最初のころは感じていたのかもしれない。
だが人間の精神とは摩耗するものだ。よく言えば慣れるといえばいいだろうか。
どんなに衝撃的な事象でも、何度も何度も見れば、経験し、数をこなしていけば次第に慣れてしまう。
この男性もそうやって少しずつ精神を摩耗させていったのだろう。頭の中ではこれが不憫であるとわかっていても感情が動かないのだ。
頭でわかっていても、心が反応してくれないのだ。
それが人間として必要な部分が欠落し始めているということに彼自身気づいているだろうか。
「それにしても驚いたよ。君くらいの歳の魔術師ならこういうものを見たらたいてい胃の中をぶちまけるものだけれど。ひょっとしてダイエット中だったかい?」
「ちゃんと朝昼晩と食事はとっていますよ。ただこういうのを見る機会があったってだけの話です」
間接的にではあるが文も死体を何度も見た人間だ。この程度であればまだ吐きはしない。すでに何度も吐いているのだ、これ以上醜態をさらすわけにはいかないのである。
自分が信頼している人間に対してであれば、そういった醜態を見せることもやぶさかではない。だが今まで見ず知らずだった人間にいきなりそういったところを見せられるほど文は弱くなく、強くない。
「ふぅん、その年にしちゃ随分と場数を踏んでいるみたいだね。君の相棒もそんな感じなのかな?」
「・・・相棒って・・・」
「ブライトビーのことさ。君らが一緒に行動してるってのは協会内では結構有名な話だよ。てっきり今日も一緒だと思ってたんだけどね」
そういわれれば確かに魔術師として行動するときには決まって康太が一緒にいる。それは決して言い過ぎということはない。
むしろ文が魔術師として行動するときには必ず康太が一緒にいるといっても過言ではないほどだ。
たまに別行動をとることもあるが基本的な行動方針が同じである以上わざわざ別々に活動する意味を感じられないのである。
「そういえばそうですね・・・ビーと一緒にいるのが最近は当たり前になってるかもしれません」
「うんうん、仲睦まじいのはいいことだ。協会の中では君らがすでに恋仲なんじゃないかなんて話題もあるくらいだよ」
「・・・は?私とビーが・・・?」
「そうそう、いつも一緒にいるし支えあってるみたいだからね」
フールツールからすれば雑談ついでのちょっとした世間話のようなもののつもりだった。実際そういう噂が協会内にあるのは事実だ。同じ学校で同じ学年、常に行動を共にするとなればそういう話題が出てくるのも不思議ではないだろう。
以前にもどこかで康太と恋仲なのではないかと聞かれたことがある気がする。あの時文はあり得ないなどと言って否定した。
だが今こうしてそういった話題があることを知って、文は康太のことを考えていた。
あり得ない、本当にそうだろうか。そんなことを心のどこかで考えながら、文は今の康太と自分の立場を改めて見直していた。




