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ポンコツ魔術師の凶運  作者: 池金啓太
十四話「世代交代と新参者」

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そこにある死体

支部長の部屋を後にした文は日本支部の死体安置室を訪れていた。病院のような完璧な科学によって施された保存ではなく、この場所で保存されている死体のほとんどが魔術的に処理されたものばかりだ。


肉片の一つまで回収され、ガラスの筒の中に収められている。科学によって薬、あるいは冷凍保存するようなものとは違い、薄いガラス一枚の中で状態を維持し続けるというのはなかなかに難易度が高いだろう。


それらすべてを方陣術で担っているわけではないが、こういった技術にも長けた魔術師がいるのだなと文はその部屋を見渡しながら感嘆の息をついていた。


「・・・君がライリーベルだね?」


奥のほうからやってきたのがいくつもの果実が合成されたような独特な仮面をつけている魔術師だった。


身長は文と同じくらい。声からして男性だというのはわかるのだが、その目線は文のそれより少し低い。


その原因は彼の腰が曲がっていることにある。おそらくそれなりに高齢なのだろうか、動く速度も非常にゆっくりだ。


「初めましてライリーベルです。いきなりお邪魔してすいません」


「ご丁寧にどうも。私はフールツール、ここの管理をしているよ。それに構うことはない、若い女の子とおしゃべりできるなんてこの歳になるととんとなくてね」


特にこんなところにいるとねとフールツールは乾いた笑い声を出していた。仮面に隠れているためにその表情を窺い知ることはかなわないが、割と温厚な性格なのだろうか、文は自分の祖父と話しているような不思議な気分になる。


「今回は以前デブリス・クラリスがかかわった事件で発生した遺体の確認をしたくて来たんです。見せていただけますか?」


「あぁわかっている、坊ちゃんから聞いてるよ。物好きなものだね、その歳で死体を見たいだなんて」


「私も必要がなかったら見たいとは思いませんよ。ただ今回はその必要があるってだけです」


「そうかい。何でも構わないけれど、この部屋を汚すようなことはしないでほしいな。エチケット袋いる?」


大丈夫ですと文はフールツールが差し出した半透明な袋を受け取らずに堂々と胸を張る。


死体を見た程度で吐くような軟な精神はしていないと文は自負していた。もうすでに似たような光景を見て二度ほど吐いているのだ。今更ただの死体を見て吐くものかと意気込んでいた。


その意気込みにいったい何の意味があるのだろうかとフールツールは少し不思議そうにしていたが、今の若い子はこういうものなのだろうと勝手に納得していた。


「さて・・・んじゃあのじゃじゃ馬の一件の死体だね・・・こっちにまとめてあるよ。いくつか原形をとどめていないものもあるけどそのあたりは気にしないほうがいいだろうね」


気にしないほうがいいといわれてもそれを確認するのが文の仕事なのだ。康太が別のことをしている間に少しでも康太の負担を減らすのが文の今の仕事だ。


ただでさえ考えることが多くなってしまっている康太の力になりたいと思ったのは本音だし、何よりあの不憫な少女のために自分も何かしたいと思ったのも事実。


文はこれから損壊の激しい死体を見ることになる自分を奮い立たせながらフールツールの後に続いていた。


「ここから・・・ここまでが件の死体だ。好きにみるといい。ただガラスを壊すのは厳禁だ。可能なら魔力を出すのも遠慮願いたいね」


「わかっています。ただ見るだけですから」


そういって文は死体を一つ一つ確認していく。


男性、女性、子供、老人。比較的成人男性のほうが多いだろうか、その中には確かに原形をとどめていない死体もあったが、幸いにしてそれは体積的な関係から子供のものであるということを文は理解することができた。


子供がこんな目にあっているという事実に文は目を覆いたくなったが、今自分はそんな感傷に浸っている時間も余裕もない。


これをやった魔術師たちへの制裁はすでに小百合がやっているのだ。ここで自分が悲しんだところで憤ったところで何も変わらない。


これからを変えるためには神加の両親をこの中から探すことだ。いればそれで話は終わる。いなければこれから長期的に捜索が始まる。


どちらにせよこの場に死体がいないことを祈りながら文は指定された範囲の死体を一つ一つ確認していった。


自分で考えている以上に、人間の死体を見るというのは何かのエネルギーを消耗するものであるらしい。

病院などに見舞いに行くと妙に疲れたり、精神的に疲弊するのと同じような理屈なのかもしれない。


まるで死人に自分の生気を吸い取られたかのような独特の疲弊感を伴いながら、自分の精神が少しずつ摩耗していくのを文は感じていた。


それは特に死体の表情を見た時に起きていた。おそらく死の瞬間の表情をそのままにしていたのだろう。安らかとは程遠い恐怖と絶望に染まった表情を見るたびに文は自分の手を握りしめこぶしを作っていた。


そしてすべての死体を見終えたとき、この中に神加の両親がいないということを理解しほんの少しだけ安堵する。


これで神加の両親の生存率が上がったとは言えないが、少なくともあの場にいなかったのは事実だ。


喜ぶべきなのか、それとも厄介なことになったと思うべきなのか、文はどちらなのかわからなかった。


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