文の頼み
「なるほど・・・あの場にあった死体を・・・」
「えぇ、この写真の夫妻がいるかどうかだけ確認できればいいですので」
写真という情報を得ることができたため、すでに亡骸になっている者たちでも十分に確認だけなら可能だ。
少なくとも現時点で天野夫妻を確認するうえでもっとも単純だが初めにやるべきことは神加の捕まっていたあの檻の中に二人がいたかどうかの確認なのだ。
新しい情報である彼らの写真を手に入れたからこそできるようになったこととはいえ、支部長は少々難色を示していた。
「んー・・・確認するのは構わないんだけども・・・正直お勧めしないよ?原形とどめていないような死体もいくつかあるし・・・君みたいな若い子が・・・しかも女の子が見るようなものじゃ・・・」
「安心してください、死体程度でどうこういうような軟な鍛え方はしていません」
もうそれ以上にえげつないものも見たからねと文は心の中でため息をつく。
アリスの魔術によって見せられた神加の脳内。いったいどのようなことが起きたのか正確に把握できないほどの事象の嵐。
中には人が死んでいくような光景もあった。何度も何度も繰り返し見たことで文はそれらの光景をしっかりと思い出すことができた。
それに比べればすでに死んでいる肉体など大したことはない。こういうのは被害者の人間に少々申し訳なく思うが、完全に粉砕されていない死体だけに用がある。
体の部位や、顔が残っていれば判別できるのだ。その中に神加の両親がいないのであればそれだけで探すに値する。
「死体は今どこに?まだ協会で管理しているんでしょう?」
「一応ね・・・前の時もそうだったけど簡単に死体を廃棄するわけにはいかないから・・・正直すぐにでも対処したいんだけどなかなかどうしてうまくいかないね」
法治国家において死体を保有しているだけで大問題になる。基本的に死体を保有できるのは特別な許可を持った機関や施設だけなのだ。
正式な理由がない限り死体を保有していれば当然罪に問われることになる。
魔術協会では魔術によって死亡した人間の対処はある程度決まっている。いつまでも保管しているわけにもいかないためにある程度条件が整ったら一般人にも明確にわかるように処理するのだ。
その処理の方法は多種多様だ。事故や事件に巻き込まれたことにすることもあれば、怪死事件として残しておくこともある。
だが最近一定区域での死者が多発しているために一度に死体を排出するわけにはいかなくなっているのだ。
一度に大量の死体が見つかれば当然何事かと世間は疑問に思うだろう。そういった疑問を抱かせないために最低限期間を空けて疑問を抱かないように調整する必要があるのである。
そのためまだ死体がこの協会に残されているのだ。協会としてはあまり歓迎する事態ではないが死体を調べたい文からすれば不幸中の幸いとしか言いようのない事態だった。
「保管庫の場所はわかるかい?必要なら案内をつけるけど?」
「大丈夫です。それよりも支部長、あの子のことですけど・・・」
「・・・あぁ、君も聞いたんだね。君はブライトビーとつながりがあるから知ってても不思議じゃないけど・・・あんまり言いふらさないようにね?」
あの子というのが神加のことであると支部長も何となくわかっているようだった。
そして彼女が平穏に暮らすためには彼女の体質を可能な限り吹聴させないことが必要であるということもわかっているようだった。
すでに何人もの魔術師が彼女の体質のことを知っているために完全な箝口令というのは難しいかもしれない。
人の口には戸が立てられないという言葉があるように、どうしても人づてに情報というのは広まってしまうのだ。
「それはわかってます。たぶんですけど彼女、あと数日か・・・遅くても一週間程度でここに来ますよ」
「・・・へぇ・・・まだ彼女の修業を始めてそこまで時間はたっていないように思うけど・・・なるほど、体質だけじゃなくて才能にも恵まれたわけだね」
「昔から精霊を身に着けてた副作用ですかね・・・どちらにしろあぁいうのを神様に祝福されてるっていうんでしょうね」
「うらやましい限り・・・と言いたいけど正直僕はごめんだな、そんな体質になったら命がいくらあっても足りないよ・・・やっぱりクラリスのところに彼女を預けたのは正解だったかな?」
「ビーもジョアさんもすごくかわいがってますよ。きっとしっかり守ってくれると思います。少々過保護すぎるような気もしますけどね」
過保護くらいがちょうどいいのさと支部長は笑って見せる。
仮面をつけているために顔はわからなかったが、きっとその仮面の下は穏やかな笑みを浮かべていることだろう。
支部長としても彼女の行く末は不安だったのかもしれない。事情が事情とはいえ小百合のもとに預けるのは一種の賭けだったに違いない。師匠である小百合もそうだが兄弟弟子となる康太や真理もかなり癖が強い人種だ。そんな中で彼女が無事に過ごせるかどうかはやってみないとわからなかっただろう。
そういう意味では彼は賭けに勝ったことになる。少なくとも彼女は少しずつあの奇妙な店になじみつつあるのだから。
それが彼女にとってプラスになるかどうかは今後の彼女の生活次第。そして師匠や兄弟子たち次第ということになる。
康太たちの今後が少女の将来にかかわってくるというのは少しだけ、いやかなり不安でしょうがなかった。




