康太からの依頼
数日後、康太と文は小百合の店で神加の修業を眺めていた。
すでに魔力のコントロールに対する試験は合格し、彼女は小百合に背中を預け自らが作った少し不格好なプラモデルを前に集中している。
小百合が教えているのは康太が最初に覚えたのと同じ分解の魔術だ。難易度もそこまで高くなく必要な魔力量も低いために初心者が覚えるには最適な破壊の魔術なのである。
かつての自分を見ているようだと康太は少しだけ懐かしく思っていたが、康太と違い神加はすでに魔術師としての視覚を有している。
長年精霊をその身に宿し、その体に魔力を多く内包していたからこそだろうか、それとも自らの危機に瀕した時に精霊たちが魔術に近い状態の術を発動させていたからか、どちらにせよ彼女はすでに康太と同じだけのものが見えているのだ。
小百合が背中に触れて直接術式を流し込んでいるのはあくまで術式の感覚を教えるという目的があるからだ。見えているのであれば術式をそのまま見せたほうがいいと康太は思ったのだが、何もわからない人間にいきなり術式を見せたところでそれを作り出せるはずがない。
まずは体の中に術式を入れ、その感覚を覚えさせるのが目的のようだった。
見えるだけではなく感覚で覚えられる。小百合に言わせると視覚と感覚の相乗効果で分解の魔術を覚えるのは康太よりも大分早くなるだろうとのことだった。
「なんかあいつには魔術師の壁ってなさそうだよな・・・とんとん拍子で先に進んじゃいそうだ」
「そうね。少なくともあの子は二番目の壁とその次の壁は苦労しないでしょうね」
魔術師にとっての最初の壁は魔力を操ること。すでに彼女はその壁を突破している。
そして二番目の壁は魔術を発動すること。これも小百合の見込みが正しければすぐに攻略してしまうだろう。
何せ精霊たちが何度も似たような形で術を発動していたのだ。何が起きていたのかはわからなくとも体が覚えている可能性は十分にある。
そしてその次の壁は属性別の魔力を練れるようになることだ。康太はかなり苦戦していたが彼女の場合おそらく苦戦しないだろう。
何せ彼女の中には多種多様な精霊が宿っている。長年数多くの種類の魔力を内包していた可能性の高い彼女にとって、無属性以外の他属性魔力は自分の体と同じのようなものなのだ。
「問題は小百合さんがいったいあの子をどういう風に育てるかね・・・あんたみたいに戦闘特化にはしないでしょうけど」
「何言ってんだ、あの人が育てて戦闘特化にならないはずがないだろ。基本俺や姉さんはあの人に戦闘用の魔術しか教わってないんだぞ?ほかの魔術は自分で覚えていくんだ」
「・・・あぁ・・・そういえばそうだったわね・・・」
小百合は戦闘用の魔術しか教えない。少し大げさなように聞こえるかもしれないが実際これが事実なのだからしょうがない。
実際康太が今まで小百合から教わった魔術はすべて破壊に関するものであり、戦闘に役立つものばかりだった。
逆に戦闘以外で必要になるような魔術に関してはほとんど師匠である小百合以外の魔術師から教わったものばかり。
暗示も肉体強化も解析も索敵も、すべて小百合以外の魔術師から教わったものなのだ。
魔術師として覚えておいたほうがいいような魔術をすべて師匠以外から教わるというのは一体どうなのだろうかと文としては微妙な心持だったが、そうなってくると今あのようにして修業している幼い魔術師見習いはいったいどのように育つのか不安でしょうがなかった。
「一応聞いておくけど、あんたとしてはあの子はどう育ってほしいわけ?」
「可能ならば蝶よ花よと箱入り娘のように育ってほしいな。俺みたいに無茶苦茶に巻き込まれないような人生を送ってもらいたいと思っている」
「・・・聞いてて泣きたくなってくるような言葉ね・・・まぁでも確かにそうかも。あの子には幸せになってほしいわ。別に何かがなくてもいいから、それこそ平凡に・・・」
平凡にと言いながら文自身それが難しいことは百も承知だ。そして康太も何となくそれを理解している。
小百合の弟子になってしまった以上、奇天烈な事件からは逃れられないのだ。康太がそうだったように、真理がそうだったように、そして小百合の兄弟子たちがそうだったように、奇妙な縁とでもいえばいいのか、彼女は面倒に好かれてしまう。
「だから俺らが何とかするしかないんだよ。あの子はまだ何もできないに等しいんだ。身を守るのは精霊たちに任せるとして、それ以外のことは可能な限りフォローする」
「そうね、そのほうがいいでしょうね。でもあんまり気張りすぎちゃだめよ?あんたあの子が来てから妙に頑張ってるし」
「そうか?」
「そうよ、弟弟子ができてうれしいのはわかるけどね」
文は一人っ子であるために兄弟ができるという感覚はわからない。だからこそなのかもしれないが弟弟子のために頑張っている康太を見て少しだけ、ほんの少しだけだが神加がうらやましく思えてしまった。
こんな風に思ってもらえて、尽くしてもらえてうらやましい。
そんなことを頭の中で考えて、どうして自分はこんなことを考えているのだろうかと首を横に振る。相手は小さな女の子だ。
自分が今嫉妬にも似た感情をあんな小さな女の子に抱いていたという事実と、なぜ嫉妬などしなければいけないのかと自分の感情に疑問を抱きながら半ば強引に話を切り替えようと頭の中で話題を探していた。
「そ、そういえば幸彦さんから連絡は来たの?あの人が探偵を探してくれてるんでしょ?」
「あぁ、実は今日ここに来ることになってるんだよ。俺らも知ってる人だとさ」
「・・・知ってる人って・・・まさか奏さん・・・?いやそんなわけないか・・・」
「いやいや文さんや、前に協力したことあるだろ?ほら、ウィルの一件で」
康太がそういうと文は自分の中の記憶を呼び起こしていき該当する一人の魔術師の存在を思い出していた。
「あぁ、ひょっとしてマゥ・フォウ?」
「そうそう、あの人なら実力は確かだし幸彦さんからも自信をもって紹介できるってさ」
マゥ・フォウとは以前康太たちが協力した魔術師である。彼自身探偵として活躍する傍ら魔術師としても捜索を行うことを主な活動としている。
特に以前かかわった大量の行方不明者を出していた神父の事件に関していえば、三年以上事件に関して追い続けた実績を持ち、その調査能力は折り紙付きときている。
康太も文も彼の実力に関してはよく理解している。あれだけの情報を調べられるのだから今回依頼するのも彼ならば納得、安心できるというものである。
「確かにあの人ならやってくれそうよね。そういう意味ではちょっと安心かな・・・」
「俺らのほうでは引き続き継続的に神加の家を確認して、マゥ・フォウには別の方向から両親を探してほしいと思ってるんだよ。どうだこの考え」
「いいと思うわ。実績がある人に探してもらったほうがいいし、何より知らない仲じゃないしね。幸彦さんもなかなかいい相手を紹介してくれるじゃないの」
「幸彦さんには本当に頭が上がらないよ。いやまぁ奏さんにもなんだけどさ・・・師匠の兄弟弟子の人たちはすごい人ばっかりだからな」
師匠そのものももちろんすごいのだがと思いながら康太は小百合のほうに視線を向けてため息をつく。
実際小百合がすごいのは康太も認めるところなのだ。戦闘能力に関していえばまだまだ康太は足元にも及ばない。
こと戦闘に関していえば小百合はまさにスペシャリストというべきだろう。
奏が組織的な対応になれているのに対し、幸彦は持ち前の人の良さで協会内の人脈には事欠かない。そして小百合は協会内でこそ厄介者扱いされているかもしれないが、その実力は協会内部に響き渡っている。
単純な戦闘だけではなく、問題解決の能力がずば抜けて高いのだ。その解決方法が多少暴力的であることは否定しないが、それでも彼女のここぞという時の実力の高さは否定しようがない事実である。
もっとも普段この店で生活している姿を見ている康太としては、あれはただのフリーターかニートの類なのではないかと思えてしまうのだが。
「なんだかんだ小百合さんもこの店を仕切ってるわけだしね・・・そういえば最近商品の納入とかそういう仕事はないの?」
「あぁ、そういう仕事は入ってないな。たまに個人が商品を注文することがあるけど、大概支部で受け渡しだから俺や姉さんが行くだけで事足りるしな・・・大規模な商品の売買は今のところない感じだ」
以前のように京都まで商品をとりにいかなければならないような状況は今のところ発生していない。
少なくとも現状確認した時点では地下倉庫に収められている商品の欠落や品薄などということは発生していないのだ。
それだけこの店の中にある商品の在庫が多いということでもあり、この店から商品を注文する人間が少ないということでもある。
協会などが扱っていないような商品ばかりを扱っているために比較的位の高い魔術師が利用することが多いようだが、そういう人間が商品を補充することはほとんどないのだ。
たいていの平均的な魔術師は協会で物品を注文する。協会がこの店に仕入れを依頼することもあるがそれはある程度時期が決まっているために急遽大量の入荷が求められるということはまずなかった。
「俺としては今は仕事がないほうがありがたいよ。神加になるべくついていたいしな。ウィルのこともあるし可能な限り魔術師としての仕事で遠出はしたくないんだ」
「・・・そういえば気になったんだけどさ・・・あのスライムもどきってあんたの魔力供給で動いてるのよね?」
「そうだぞ?今も元気にぷよぷよしてるだろ?」
康太と文の視線の先には神加の近くで文字通り震えているウィルの姿がある。
修業に精を出している神加を応援しているのか邪魔をしているのか、どちらにしろ非常に独特な動きをしている。
「あれってどれくらいの距離魔力供給ができるの?この前神加ちゃんの家に行ったとき普通に動いてたのかしら?」
「あー・・・そういえばどうなんだろ・・・魔力を受け渡しするための設定したのアリスだからな・・・ちょっと確認しておくか」
デビットが扱っていた全盛期のDの慟哭はそれこそ封印指定の名に恥じないだけの効果を持っていた。
どのような原理かはわからないが何百メートルどころか数キロレベルで魔力を伝達し本体へと魔力を供給していた節がある。
今はその片鱗しか扱えないがそれでも十分すぎる性能を有している。
アリスがどのような仕掛けをしたのかはわからないが少なくともウィルは数百メートルも魔力供給することはできないだろう。
できて百メートルが限度といったところか、どちらにせよあまり遠くまで行けばウィルの魔力供給は止まってしまう可能性がある。
「あぁそのことか。安心しろ、お前の言うようにある程度限界距離はあるが、その場合ウィルは強制的にスリープモードになるようだ」
「スリープモードって・・・なんか機械みたいだな」
「省エネモードといえばさらに機械らしくなるかの。供給が止まると最低限の機能だけを残して活動を停止する。動かなくなるといったほうが正確かもしれんがな」
康太自身はその光景を見ていないためにそうなのかとしか感想を抱けないのだが、普段あそこまで軽快に動いているウィルが動かなくなるという光景も少し見てみたくもある。
だが康太の体から自動的に魔力が供給されていることを考えると康太が離れるという条件を満たす以外ではウィルが活動を停止することはまずないように思えた。
「ちなみにだがやり方によっては百メートルどころか数百メートル単位で活動させることもできるぞ。少し面倒だがの」
「へぇ、具体的には?」
「簡単な話だ。要するに康太の体から百メートル以内の場所にウィルの本体が少しでもいればいいのだ。細長い糸のように体を伸ばしてうまく行動可能範囲を広げればいいだけよ。ただ当たりまえだがその分しっかりと動くことができる部分は少なくなるがの」
「要するにコンセント式になるわけか・・・伸ばす長さにも限界が出てきそうだな。何よりどれくらい細くできるのかもわからないし」
そのあたりは試してみるしかないのとアリスは微笑んでいる。
デビットのように本気を出したら数百メートルどころではなく何キロも魔力を補充できるのと異なり、ウィルの行動範囲には限りができてしまっている。
だがウィル自体が体の形を変えて細長くなっていけば、それなりに長い距離でも活動が可能になるようだ。
だがデビットのように無線状態ではなくある程度有線に近い状態にしなければまともに魔力を供給できないようだ。
なかなか難儀なものだなと思いながら康太は一つ疑問に思う。
「・・・そういえばさ、俺が使ってるこれってウィルには有効なのかな?」
そういって康太は体の中から黒い瘴気を噴出させる。そういえばどうなのだろうかとアリスも文も康太とウィルのほうを見比べていた。
Dの慟哭はもともと疫病の性質を組み合わせることで完成した魔術だ。そのため康太はその対象が生き物であると勝手に決めつけていたが実際のところ生き物とは言えないようなウィルに魔力がある場合、その魔力を吸うことはできるのだろうか。
さすがに強制的にウィルから魔力を吸収してしまうと活動できなくなってしまうためにある程度ウィルの了承をとる必要があるだろうが、一度試してみて損はないのではないかと思えた。
もしこれができるのであれば、無機物の中に込められた魔力も吸収できることになる。それはつまり方陣術のような物体に術式を刻み込んだものへの対抗策としてDの慟哭が有効ということにある。
これは康太にとって大きな利点となり得るものだ。
「もしできたら方陣術をメインにしてる魔術師は間違いなく康太に手も足も出なくなるわね。かなりの脅威よ」
「んー・・・私は無理だと思うがの。そもそもその魔術は生き物を対象にしている魔術だろう?無生物に対して有効とは思えん」
文としてはもしそうならかなりの力になると考えているようだが、アリスはそんなことはありえないと考えているようだった。
この反応の違いも仕方のないものかもしれない。何せDの慟哭のオリジナル、疫病の性質を取り入れる前の原点というべき魔術を作り出したのがアリスなのだ。
そもそもの根本的な原理を知っている魔術師である以上可能なことと不可能なことは完全に把握しているのである。
「まぁまぁ試してみて損はないじゃないか。とりあえずウィルは今応援に忙しいみたいだから・・・文、なんか方陣術作ってくれ」
「簡単に言うわね・・・何か適当な・・・まぁこれでいいか」
文は適当に近くにあったモップを手に取って術式を刻み込み、方陣術を作り出すとモップの柄部分に魔力を流し込んでいく。
するとモップの柄部分が淡く輝きだす。どうやら光属性の魔術を使ってモップを光らせているのだろう。
光り輝く聖なるモップのように見えなくもない。モップな時点で光り輝いても何のお得感もないがそのあたりは置いておくべきだろう。
「よっしゃ行くぞ。吸い取れ吸い取れ」
康太がDの慟哭を光るモップに向かわせ、そのモップから魔力を吸い取ろうとするのだがどうにもうまくいかなかった。
魔力を吸い込むためにはその対象の内部に黒い瘴気をしみこませる必要があるのだが、どうにもその作業ができないのである。
モップの中に入ることはできず、黒い瘴気は輝くモップを前に退散してしまっていた。
「・・・あぁ、やっぱだめだ。吸い取れないわ」
「さすがにそううまくはいかないか・・・もしできたらすごく強かったのになぁ・・・」
「やり方にもよるのかな・・・例えば皮膚に方陣術を仕込むやり方なら吸い取れるかも」
「そういうやり方ね。確かに生き物に刻んでるわけだしできなくはないか・・・」
康太と文はDの慟哭の可能性について議論しているが、アリスからすれば自分の不肖の弟子が残した魔術に関しての議論というのは少々気恥しくもあるのだ。
よくもまぁあんなものを残したものだとアリスは内心ため息をついてしまっていた。
残すのであればもっと人のためになるようなものを残せばよかったものをと師匠としては恥ずかしい限りなのである。
そんなアリスの心情を理解しているのか、康太の中にいるデビットはわずかにざわめていた。
「ふぅ・・・」
一度一息つくのか、小百合が神加の近くから離れて適当に置いてあった椅子に腰かけると神加も休憩であると思ったのか、ウィルの上に乗って休憩し始めていた。
どうやらウィルの上に自分の居場所を見出したのかその光景は妙に様になっている。
「神加、お疲れさま」
まるでスライムナイト状態の神加に近づいてその頭をやさしくなでると、康太が近くにいたことにやっと気づいたのか神加は顔を綻ばせた。
「あ・・・お兄ちゃん・・・あんまりうまくいかない」
「最初はそんなもんだって。でも神加はすごく物覚えが早いって師匠も姉さんも言ってたぞ」
「そうかな・・・?」
「あぁ、俺だったらまだ魔力の操作やってるよ。俺はいろいろポンコツだったからなぁ・・・いや今でもそうか・・・」
まるで過去の話のようにしているが康太がまだまだ未熟ものであるということには変わりはない。
それに比べて自分の兄弟弟子はとても優秀だ。同じ師匠を持つ弟子としては何とも肩身が狭い。
「お兄ちゃんは修業しないの?」
「俺もやってるぞ。ただあんまり派手にやると神加を巻き込んじゃうからな。場所を変えてやってるんだ」
神加がやってきてからというもの、それぞれ相談しあって康太や文は神加がいる場所での訓練を自粛していた。
ここでやる訓練というのが主に肉弾戦のものであるのはもはや言うまでもないが、康太と文がやるそれは戦闘用の訓練だ。
魔術師の戦いに巻き込まれて危険な目にあった神加にその光景を見せるのはあまりにも早すぎると康太と文は思ったのだ。
せめてもう少し精神的に安定してから修業に参加、あるいは見せるつもりでいた。最低でもあの写真の笑みを少しでも浮かべられるようになるまでは。
「お兄ちゃんは今日はずっといる?」
「ん、あとでお客さんが来るからその人の対応をするけど、それ以外はここにいるよ。基本的にウィルに一緒にいてもらうから安心だろ?」
「・・・ん・・・」
神加は康太に迷惑をかけてはいけないと思っているのか、ウィルの体をつかんでうつむいてしまっている。
何といじらしい姿だろうかと康太は目覚めてはいけない何かに目覚めそうになってしまっていた。
真理がかつて自分を初めて見たときに感じた感情もこれに近いものなのだろうか。庇護欲を駆り立てられるというか、構ってあげたくなる姿である。
康太はウィルから神加を取り上げ、もとい抱え上げると簡単に持ち上げて肩車して見せる。
この店に来てもうそれなりに日数は経過しているがまだまだ軽い。栄養失調に近い状態になっていたあの時よりはまともになってはいるがまだまだ痩せすぎている。
最近の子供はこんなものなのかなぁと康太なりに心配になりながらも神加を連れて文とアリスのいる場所にやってきた。
「さぁさぁ二人とも、お姫様のおなりじゃ。頭が高いぞ」
「いったい何の真似なのよ・・・神加ちゃん怖がってるんじゃないの?」
「え?神加って高いところ苦手か?」
康太の頭をしっかりつかんでいる神加だが、康太も神加の足をしっかりとつかんで落ちないようにしている。
安定しているかどうかはさておき多少の恐怖を抱いているのは間違いなさそうだった。
「ふむ、姫が乗る乗り物としてはあまりにも不格好だの・・・ウィル、支えてやれ」
アリスの言葉にウィルは康太の体をはいずって上るようにし、神加を支えるための椅子のような形を作り出した。
肩車の状態でありながら優雅な椅子を作り出したウィルに文は素直に感心してしまっていた。
「へぇ、こいつってこんなこともできたんだ」
「これでもいろいろと仕込んでおるからの。コータがいないときは基本的に私が魔力を供給して動かしておるから比較的いうことも聞く」
ウィルは基本的に康太の家に置いておくことはできないのでこの小百合の店に置きっぱなしだ。
最近アリスは康太の家だけではなく小百合の店、そしてこの地下倉庫をねぐらにすることもあるためにそういう時はアリスの小間使いのようにしてウィルは日常を過ごしているのだとか。
喜ぶべきなのか悲しむべきなのかはわからないが、少なくとも新しい世界が見えているのは間違いないだろう。
「にしても神加ちゃん、もう魔力の操作できるようになったのね。すごく上達が早いわ。きっと才能があるのよ」
「・・・ぁ・・・ありが・・・と・・・」
康太以外の人間と話すのはまだ慣れないのか、神加はウィルと康太の陰に隠れようと体を小さくしてしまっていた。
シャイな子なのかそれとも大人が怖いのか、それとも人見知りか。それかそれらのすべてか。
どちらにしろ神加とまともに話せるようになるのは彼女の信頼を勝ち得たものだけなのだろう。
アリスに魔術で信頼を勝ち取れるようにしてもらってよかったと康太は考えていたが、あれはあくまできっかけに過ぎなかったのだがなとアリスは康太の考えを読んだうえでそんなことを考えていた。
「お兄ちゃんは・・・あの人の・・・ししょーのでし、なんだよね?」
「そうだぞ、神加の兄弟子に当たるな」
子供に兄弟子などという言葉を言ってもわからないかもしれないがとりあえず自分が兄という立場であることに違いはないと神加に教えるつもりだった。
妹も弟もいない自分が兄になるとは何とも不思議なものだと思いながら康太は肩車をしたまま笑って見せる。
神加はその顔を見ることはできなかったかもしれないが康太のその声音から康太が笑っていることを察したのだろうか、ウィルに体を預けながら康太の髪を恐る恐る触れていた。
「神加が魔術を覚えたら正式に俺の弟弟子だ。俺と姉さんと神加で三人兄弟になるわけだな」
「兄弟・・・お兄ちゃん・・・お姉ちゃん・・・」
つい先日神加の家に行ったとき、記録上神加は一人っ子ということになっていた。おそらくほかに兄弟がいなかったから兄弟ができるという感覚がよくわからないのだろう。
特に弟や妹ができるならまだしも新しく兄や姉ができるというのは子供ながらに矛盾しているということはよくわかっているようだった。
「いつまで休んでいる。そろそろ再開するぞ」
「あ・・・ししょー呼んでる」
「まったくあの人は・・・師匠、もうちょっと休ませてあげてもいいじゃないですか」
「もう十分休んだだろうが、さっさと魔術を習得してしまえ」
本当にこっちの都合を聞かないんだからと康太はあきれて神加を降ろす。ウィルもそれに追従し神加の体を守るように動いていた。
「頑張れよ神加、魔術師になったらいろいろとお祝いしてあげるからな」
「・・・うん・・・いってきます」
徐々に康太に対して心を開いてくれているのだと思いたいが、いまだ神加の表情は硬いままだ。
写真に写っていたような子供らしい表情を見ることはできないでいる。
当たり前といえば当たり前かもしれない、何せここは彼女にとって自分の家ではないのだ。
自分の家というのは自分自身が一番リラックスできる空間のことを指す。リラックスできない状態にあるというのでは緊張状態を強いられるのは無理のない話だった。
「三人兄弟ね・・・図らずも小百合さんたちと同じような形になったわけだけど」
「あぁ、そういえば師匠たちも三人兄弟か・・・しかも長女長男次女・・・男女比まで一緒とは思わなかったけども」
「あんたのところは兄弟たくさんでいいわよね・・・私のところはずっと一人だからちょっと寂しいわ」
「そういえば文の師匠ってほかに兄弟弟子いないのか?昔から師匠と付き合いがあるってのは知ってるけどそれ以外は知らないな・・・」
文の師匠、エアリスこと春奈は康太の言うように昔から小百合とのかかわりがあるいわゆる幼馴染という奴だ。
彼女から昔の小百合の蛮行は聞き及んでいる。今の行動に勝るとも劣らない無茶苦茶っぷりで周囲を振り回していたのだという。
だが彼女からは小百合の話を聞いても春奈自身の話というのはあまり聞かない。小百合からもそういった話はしないために春奈の人物像に関してはかなり不透明な部分が多いように感じていた。
「うちの師匠やその師匠は基本的に弟子を一人しかとらなかったみたい。一人っ子政策ってわけじゃないだろうけどなんかそういう方針なんだって。あんたのところがちょっとだけうらやましいわ」
「兄弟たくさんだといろいろと得だぞ?いろいろ助けてもらえるし助けてやれるしな。ただまぁその分いろいろありますが」
「ふぅん・・・そういえばあんたって実際に姉弟いたでしょ?確かお姉さんだっけ?」
「・・・あぁ、あれか・・・うん、まぁ一応実の姉はいるぞ。もうだいぶ直接会ってないけどな」
康太の姉は文も話には聞いている。小百合とは別の意味で理不尽かつ傍若無人な人間なのだとか。
康太は姉のことをよく思っていないらしく、実姉の話になると必ずと言っていいほどに表情を曇らせてしまう。
良いイメージがないというのは本当のことなのだろうし、実際にそういう扱いを受けてきたのかもしれないがそれにしてもこの反応は少し大げさなのではないかと兄弟のいない文は思ってしまっていた。
「兄弟って基本仲悪いみたいな印象があるけど、それでもあんたのところはちょっとその傾向が顕著ね・・・確か今大学生だっけ?」
「そう、一人暮らししてるから年末くらいしかこっちには帰ってこないな。むしろ俺としてはそれはありがたくあるんだけども」
康太が魔術師になったのが二月。以前帰ってきた年末年始からずっと康太の家に康太の姉は帰ってきていない。
つまり康太の姉は魔術師になった康太を知らないのだ。もちろん魔術師として活動していることを知られるわけにはいかないし、そもそも彼女は魔術師という存在そのものを知らないかもしれないが。
「ちょっとくらい寂しいとか思わないの?真理さんとか神加ちゃんに接してるとこ見ると普通に兄弟仲は良くなりそうなもんなのに」
「それはあの二人がまともだからだ。まともじゃない人種に振りまくやさしさは俺にはないんだよ」
神加はともかく真理をまともとするかは文の中では少々議論が必要なところだが、とりあえず今のところ康太の中で一番の常識人は真理ということになっているらしい。
「康太君、文さん、お客さんがいらっしゃってますよ」
噂をすれば影というべきか、上の店の対応をしていた真理が地下の階段からほんの少し顔を出す。
どうやら康太たちが待っていたマゥ・フォウがやってきたようだった。
「来たか。んじゃアリス、神加のこと頼んだぞ」
「うむ、任された」
康太は文を引き連れて上の店まで移動する。するとちゃぶ台の近くには以前にもあったことがある少しやせた男性が待っていた。
すでに真理が飲み物を出していたのだろう。湯呑の中には冷たい茶が入っているようだった。
「やぁ久しぶり。今日は僕に依頼があるんだって?」
「はい、お願いしたいことがありまして」
康太と文がちゃぶ台の近くに座ると真理は二人分の飲み物を持ってきてくれる。
そして真理は話の邪魔をしてはいけないと感じたのか、店の地下のほうに引っ込んでしまった。
もしほかの客がやってきたら自分たちで対応しなければならないだろうが、こんな店にほかの客が来るはずもなく、特に気にすることもないだろうと考えていた。
「それで、依頼内容は?協会にじゃなくてここで話すってことは魔術関係じゃないのかな?」
「それが何とも言えないところでして・・・とある夫婦を探してほしいんです。これがその人物の写真です」
神加の家に忍び込んだ時にカメラで撮影しておいた家族の写真。神加の両親と神加が写っている写真だ。
マゥ・フォウはその画面を見ながらそこに写されている家族の顔や特徴を覚えようとしているようだった。
「名前は天野和也、そして天野里奈。先日協会に保護された少女天野神加の両親です」
「協会で保護・・・何かあったのかな?」
「あまり多くは俺も知りませんが、協会内のグループ同士での抗争がありまして、その抗争を収めるためにうちの師匠が両方を壊滅させたところ片方の勢力の拠点にいたそうです。監禁に近い状態だったので実験材料扱いされていたのではないかと」
その言葉にマゥ・フォウは表情を曇らせる。携帯の画面に写されている少女が魔術の実験体にされていたという事実もそうだが、かつて自分が追っていたのと同じような事件がまだ起こっているということが許せないようだった。
魔術師である以上魔術の訓練をする関係で実験体が必要になるのはよくわかる。そのくらいのことはわかっている。だがそれはあくまで理屈だ。感情で納得できないというものはどうしてもあるのである。
「なるほど、それで保護された少女の家族の安否を確認したいと・・・」
「可能なら親元に返すことも考えています。ただ俺らで調べたところ・・・かなり絶望的な状況であるように思えます」
「調べたって・・・具体的にはどのくらい?」
「この家族が住んでいる家はすでに把握済みです。あと父親である天野和也の勤め先もわかっています。ただこちらに関してはすでに退職手続きが取られているということでした」
康太たちの言う調べたという意味がどれほどのものか分かっていなかったのだろう。いったいどれほどの手がかりからたどり着いたのかは知らないが、少なくともさすがは魔術師、さすがはデブリス・クラリスの弟子というべきかと思いかけて彼女の弟子なら戦闘のほうが得意だろうなと思い返す。
おそらく康太の隣にいる少女、エアリス・ロゥの弟子の文が尽力したのだろうとマゥ・フォウは解釈していた。
「ふむぅ・・・その様子だと家を訪ねてみてもいなかったと・・・」
「はい、もぬけの殻でした。書類などの必要なものはすべてそのまま、生活の跡もそれなりにありましたが人だけがいない状態です。かなりの時間見張っていましたが家主が帰ってくる気配もなく」
「警察とかのほうへの連絡もなし。誘拐されてた人はその女の子だけ?」
「他にもいたようですが、師匠曰く監禁されてた檻の中は死体だらけで、生き残りはあの子だけだそうです」
康太の説明にマゥ・フォウはうなり始める。話を聞く限り状況はかなり絶望的であるように思えたのだ。
「・・・うーん・・・状況的にはもう両親は死んでいると考えるのが妥当かもしれないよ?経験上こうなったら間違いなく消されてる。それでも依頼するの?」
娘が魔術師のグループに誘拐され、魔術の実験体にされていたということはおそらくほかにも同じような境遇のものがいたことになる。
誘拐されているというのに両親が反応しないのなら暗示をかけられているということで解決するし、日常生活を送っているのであればまだ希望も持てた。
だが会社も退職、そして家にも帰っていない。足取りもつかめないうえに『いなくなっている』というのが問題なのだ。
隠匿するためにもっとも単純で誰にでもできる手段、つながりを絶つということを物理的に行っている。
これはつまり外見上その人物を消す算段をつけているということだ。
もう手遅れかもしれない、ただの徒労に終わるかもしれない。それでも依頼をするのか。
その問いに康太はゆっくりとうなずいた。
「はい、確証がほしいんです。生きているのか、死んでいるのか。お願いしたいのは天野夫妻の足取りと、生死の確認です」
見つけ出すことよりも生死の確認を優先する。康太もすでに生きている可能性が低いことは重々承知だった。
もしこれで両親ともに神加を探すための旅に出ているとかならばまだいい。生きているというだけでこちらからすれば望んでいた状態になるのだから。
だが警察への連絡もなく、自分たちの力で探し出すとなると話が変わってくる。
警察にのみ連絡しないという一見矛盾した内容を暗示によって強制されていたとしたらこの状況もあり得るかもしれないが、暗示というのは相手の思い込みを利用するものだ。妻、あるいは夫がすでに警察に連絡しただろうと思い込んでいたとしても数日間連絡がないなどということを親である彼らが許すだろうか。
一日でも早く娘の安否を気遣うのが親というものだ。さらに言えば連絡などの関係からそういうときほど家にいるのが当たり前だというのに家にいない時点でもはや確定といっていいほどに状況は絶望的になっている。
「わかったよ。調査方法は?」
「お任せします、俺たちでは調査できないこともありますし・・・天野家の経過観察はこちらで行うのでそちらには別方向での調査をお願いします。必要な経費はこちらで持ちますので」
「うん、それじゃあ現段階で分かっている情報を全部教えてくれるかな?どんな小さなことでも構わないから」
康太と文は互いに視線を合わせてとりあえず自分たちが行ったことを一つ一つ話していくことにした。
それこそ神加の記憶を読んだところから、神加の家を探し出す過程、そして探し出してから神加の家で見たものすべて。それこそ一から十まですべてを話していった。
それら一つ一つを聞いてマウ・フォウは一つ一つをメモしていった。記憶するだけではなく記録することによって正確に状況の把握をしようとしているのが康太と文にも容易に理解できた。
「・・・だいぶ調べたんだね・・・これだけあれば調べるのは少しは楽になるよ・・・ただこの内容だと、すごく時間がかかるか、すぐに見つかるかのどちらかになると思う・・・それはわかってほしい」
「・・・はい、重々承知しています。ちなみにすぐ見つかるっていうと大体どれくらい時間かかりますか?」
「そうだね・・・大体二週間から三週間あれば見つけられるかな・・・一か月がボーダーラインだと思ってくれればいいよ・・・もし両親がすでに亡くなっていたらの場合だけど」
やっぱりそういう想定になるかと康太と文は眉を顰めるが、これは康太たちも考えていたことだ。むしろそれをはっきりさせるためにマウ・フォウを呼んだといっても過言ではないのだ。
だがこうしてはっきりと口に出されるとやはりいろいろと複雑な気分になってしまうものである。
だがそれでも一か月はボーダーラインとしてみなければいけないのだという。これで短いというのだから康太たちとは時間感覚がおかしいのではないかと思えてしまう。
さすがに三年以上一つの事件を延々と追跡し続けた男は考え方が違う。一か月ではむしろ短いと感じるのだから。
「一か月を超えた場合は・・・夫妻は生きている可能性が高いということですか?」
「そうだね。その魔術師グループが手を下したのであれば死体の処理方法に関してはある程度予想はつく。それらを探して回りながら目撃証言を照らし合わせるから、生きていたら捜索時間は一か月を超えると思ってほしい」
「・・・逆に言えば一か月以内に見つかる場合は死体になってるときだけ・・・か・・・」
「それに関してはもうどうしようもないとしか言いようがないね。もうすでに起きてしまったことだ。その魔術師グループに自白させるのが一番手っ取り早いんだろうけど・・・彼らは目を覚ましていないんだろう?」
「もう目覚めるかもわかりませんよ・・・師匠がやったことなので・・・」
康太も一人廃人を作ってしまっているが、師匠である小百合は当然ながら康太以上の攻撃力を持った魔術を扱っている。
二度と目を覚まさない植物人間状態にすることだって簡単だろう。特に小百合は今回かなり虫の居所が悪かったようだ。
大抵目的の人間だけを倒していくというのに、今回に限ってはそのグループ全員を対象にして壊し続けた。
「となれば地道に探すしかないね。まぁこれだけの情報があるだけ十分ましさ。それじゃあ結果と経過の報告はここに来ればいいのかな?」
「はい、何か進展があればここにいる人間に報告してください。師匠か姉さん、それか俺に報告してくれれば・・・あ、でも一つだけお願いが」
「何かな?」
康太は神加がまだ地下にいることを確認してから少しだけ声を小さくする。万が一にも彼女に聞こえることがないように。
「もし神加が・・・あの子がその場にいた場合は話をするのを少しだけ待ってあげてほしいんです。あの子はまだ精神的に不安定なので」
「・・・あぁ、わかった。そのくらいならお安い御用だよ。さすがに話を聞く限り不憫な子だというのはわかっているからね」
こっちとしても多少気くらいは使うさと笑うマウ・フォウに対して康太と文は小さく安堵の息をついていた。
とりあえず神加の両親の件に関してはこれ以外にとれる方法はない。
一か月長いようで短いその期間を悶々と過ごさなければいけないというのは多少精神衛生上よろしくないかもしれないが、専門家が言うのだ、早い段階で神加にもこの話をしなければいけないかもわからない。
特に両親がすでに死んでいた場合に関しては。
「あぁ・・・憂鬱だ・・・どうしろってんだよ・・・」
マウ・フォウが出て行ったあと、康太はちゃぶ台に突っ伏した状態で大きくため息をついていた。
否が応にも突きつけられる現実にどうすればいいのかわからなくなってしまっているのである。
いや、どうするべきなのかはわかっている。やらなければいけないことも把握しているし理解もしている。
だがそれを自分の口から言わなければいけないというのが憂鬱でしょうがなかった。
両親がすでに死んでいるという事実を神加に伝えなければいけないということを。
「憂鬱に思ったっていつかは伝えなきゃいけないでしょうよ・・・特に今後の生活が直接かかわってくるんだからさ」
「そうだけどさ・・・あんな状態の神加に伝えられるはずないじゃんか・・・良くも悪くも今の神加はだいぶ不安定だし」
不安定な状態だからこそ神加はこの状況に疑問を感じず、両親に会いたいという泣き言も言わずに魔術の修業をしている。
彼女を魔術師にしなければいけない小百合の思惑からすれば彼女の状態はむしろ好都合だったのだ。
だが不安定だからこその懸念も残る。あの歳の少女が巻き込まれたものは精神を完全に破壊されても不思議ではないような事象だったのだ。
いつあれ以上にひどくなるかもわからない。もちろん精神状態が徐々に回復していくということも十分に考えられる。
だがこのままの不安定な状態のままならば、康太は両親のことに関して彼女に何かを言うということはできないだろう。
とはいえいつまでも放置しているわけにはいかない。これから新しい生活を始める時点で必ず告げなければいけない日は来る。
もし神加が自分から両親のことを聞いてきたら、その時は自分の口から言わなければいけないだろう。
守ることだけが優しさではないのだ。しっかりと伝えるべきことを伝えなければ彼女にとってもよくない。
「まぁ、結果が出るのは最短でも二、三週間かかるって言ってたし・・・それまでに神加ちゃんの容体が落ち着くのを待ったら?それで少しでもまともになったらその時は話せばいいじゃない」
「・・・そうかもしれないけどさ・・・なんかこううまいこと事が運ばないかな・・・実は生きてましたとかさ・・・」
「そうなったらもちろん最高だけどね・・・あんたがいったんじゃない、可能性低そうだって」
「いやあの状況じゃ誰だってそう思うだろ・・・」
「まぁ私もそう思うけどさ・・・」
今まで調べた状況を見る限り、神加の両親が生きている可能性は限りなく低い。
退職届なども出させてから失踪しているところを見ると魔術師グループに一緒に誘拐させたか、あるいは神加だけ誘拐してそのあとは殺したか。どちらにしろ生存の可能性は限りなく低いのだ。
特に問題なのが神加の目の前で死んでいた場合だ。神加の記憶を見た限り、人が死ぬ光景の中に両親らしき人物は見えなかったが、それは見えていなかった、あるいは神加自身が無意識のうちにその記憶を消去した可能性が高い。
神加の中に宿る精霊たちは神加の安全しか考えていないだろう。攻撃から神加を守ることはあってもその両親まで守るとは考えられない。
もし一緒に攫われていて、神加のいた牢の中で死んでいた場合どうしようもない。その調査もしなければいけないなと康太はため息をついていた。
だがどのように調査すればいいのか見当もついていなかった。先日写真を見せた時、小百合は特に何の反応もしていなかった。
少なくともあの場にいた死体の中に神加の両親と思わしき人物の死体はなかった可能性が高い。
支部長のところに行って死体の確認もしなければいけないだろうなとやることも考えることも山積みになっている状態で康太は頭を抱えてしまっていた。
「康太、悩むのはいいけど、私が前に言ったこと忘れてないでしょうね?」
「前に言ったこと・・・?」
「抱えすぎないの。あんたができることは限られてるんだから、あんたが全部背負う必要はないの」
「・・・そりゃそうかもしれないけどさ」
文の言いたいことはわかる。康太が何もかも抱えたところで康太一人でできることには限りがあるのだ。
「必要なら私も手伝ってあげるから、そのままだとあんた考えすぎて禿げるわよ?」
「この歳で禿げたくはないな・・・バーコードとか似合わなさそうだし」
「それが嫌なら負担を減らしなさい。とりあえず支部長のところに行って死体の確認だけは済ませておくから、あんたはあの子と一緒にいて少しでも精神状態を良くできるように心がけなさい」
本来ならば康太の弟弟子に関することは文には関係のない話だ。だというのにここまで手伝ってくれるのは偏に文の性格が原因なのだろう。
申し訳ないと同時にありがたい。
「・・・すまないなぁ、いつも苦労を掛けて」
「何言ってんだいあんた、それは言わない約束でしょ・・・って何言わせんのよ。とっとと行きなさい」
「はいはい、それじゃ頼むな」
康太と文は軽口をたたきあいながらそれぞれ行動を開始した。
誤字報告35件分受けたので八回分投稿
これからもお楽しみいただければ幸いです




