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ポンコツ魔術師の凶運  作者: 池金啓太
十四話「世代交代と新参者」

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新たな血族

「にしても疲れたわね・・・複数人の戦闘はどうしても処理が多くなるから面倒だわ・・・」


「まぁそうかもな。俺みたいに突っ込むだけなら楽なんだけど、ベルみたいなタイプはいろいろ考えなきゃだもんな」


「ただ突っ込むだけならいいんだけどね・・・私の場合肉弾戦よりも射撃戦のほうが得意だし、どうしてもいろいろ考えなきゃいけないのよ」


康太のように肉弾戦メインでとにかく攻撃することだけを考えているのであれば相手の攻撃をよけ自分の攻撃を当てるというただそれだけに終始できるのだが、文のように身体能力、というか回避能力がそこまで高くない人間からすればそういうわけにもいかないのである。


相手の攻撃を自分の魔術で防ぐかいなすかして自分の攻撃ができるだけの状況を作らなければ自分自身が危険にさらされてしまう。


さらに二対二のような状況ならば味方のフォローもしなければいけないだろう。そこまで広くはないとはいえ一つの戦いの場の状況を正確に把握しておかなければフォローなどできはしない。


康太よりも考えることもやるべきことや把握しなければいけないことが格段に多いのである。


実力云々はさておいて、高い処理能力と対応力を持った文がそういった役回りになるのはある意味仕方がないことだといえるだろう。


「今回は運よく無傷だったけど・・・あんたは?多少ケガとかしたんじゃないの?」


「ちょっと火傷したくらいか。それ以外に特にこれといって怪我はなしだな。今回は相手が相手だったしなぁ」


「まぁ・・・年上とはいえ未熟者相手だったからね。そういう意味では今までの戦いよりはましだった方かしら。多少拍子抜けって感じがあるけど」


康太と文が今まで戦ってきた相手は良くも悪くも格上が多かった。もちろん格下に近い相手もその中にはいたのだが、どれも康太としては苦戦する相手ばかりだったためにこうして格下相手との戦闘というのは地味に珍しいように思えてしまうのだ。


特に文の場合康太と一緒に行動していると格上か同格の魔術師にしか遭遇しないためにこういう相手は珍しいの一言だった。


訓練の相手も格上ばかり、そのせいもあって相手がもっと強力な魔術での攻撃を仕掛けてくるのではないかと戦っている最中戦々恐々としてしまっていたくらいである。


相手も自分たちの戦力をわかっているのだからそれなりに準備をしてくると思っていたのだが、実際は正面から正々堂々と戦いに来ただけだった。


昨日戦った魔術師はしっかり方陣術で準備をしてきていたというのにこれでは若干拍子抜けという感じがある。


「しょうがないんじゃないか?昨日の魔術師が負けた時点で同盟内派閥での戦力の偏りが出てるのは明らかになったし、今日戦ったのは俺らとの実力差を正確に測る、あるいは俺たちを後々油断させるためのものかもしれないぞ?」


「・・・それは今後問題を起こすかもしれないってこと?」


「逆の可能性を考えてるのかもしれないな。今回一応俺たちの方から仕掛けたって感じだし。まぁ多少事情は理解してるだろうけど、こんな練習試合もどきで実力発揮するまでもないって思ったんだろ」


まぁそれはこっちも同様だけどなと康太は笑っている。仮面をつけたままだというのにその表情が透けて見えるようである。


相手がこちらに対して手抜きとは言わずとも、全力を出してこなかったのは文もなんとなくわかっていた。


戦闘に関していえば相手は全力を出しただろう。だが本当の意味での戦いというのは待ち伏せやら罠やら、そういった戦闘だけではないそれ以外のものすべてを使ってありとあらゆる手段を講じて勝利しようとする貪欲さがなければいけない。


そういう意味では昨日の魔術師は全力を出していた。方陣術をあらかじめ仕込んでの戦いを挑んできたのだから。


今日戦った二人がそれほど全力を出してこなかったのは、康太の言っていたようにこれからのことを考えていたのかもしれない。


派閥内のパワーバランスが崩れた時点で二年生派閥を何とかしなければいけないのは目に見えていた。


これからどうなるかまではわからないが、自分たちと康太たちの実力を測るいい機会だと判断してあえて待ち構えていたのかもしれない。


だが相手がそう考えたように康太もまたそこまで実力を発揮しつくしたとは言えなかった。


Dの慟哭に加え新しい魔術の仲間であるウィル、そして康太が本来得意とする不意打ちやだまし討ち、そして肉弾戦を用いての強引な立ち回りが今回は見えなかった。


今回の場合、文に言われて意図的に肉弾戦を封じていたからというのもあるかもしれないが、先ほどの考えに気付いてから康太自身が意図的に接近戦を行わないように努めていた節がある。


肉弾戦において康太に傷をつけることも、康太の攻撃を防御することもかなり難しくなってしまっている。


何せ近づいた状態で康太を攻撃しようとすれば当然だが自分にも被害が来てしまう。そのため威力を調整して小規模かつ康太だけを狙い撃ちできるタイプの魔術を使いたいのだが、そうするとウィルの装甲に阻まれてダメージを与えられない。


自分ごと攻撃する覚悟で魔術を使わなければ近くにいる康太にダメージは与えられない。だがそれをしても康太がまともな負傷をする可能性が低いのだ。


康太は魔術師としての戦法を徐々にだが確立しつつある。


近づきがたい相手には射撃に加えDの慟哭を使いながらなんとか隙を見て近づく。近づいてからはウィルの装甲を頼りに肉弾戦で相手を圧倒してそのまま倒す。


これをやられると非常に厄介だ。防御も攻撃もある程度のレベルに達しつつあるため攻略そのものが難しくなってくるだろう。















「ただいま戻りました。師匠帰ってきてますか?」


康太は文と別れ、一度小百合の店へとやってきていた。自分の魔術師としての装備を置きに来たのである。


最近師匠である小百合にもあっていないためにそろそろ挨拶くらいはしておきたいなと思っていたのだが、声を出しても小百合の返事が返ってくることはなかった。


またいないのかなと康太が魔術師装束を片手で持ちながら店の奥のスペースにやってくるとそこには座布団の上にちょこんと座りながらコップに入ったオレンジジュースらしきものを飲んでいる小さな女の子がいた。


もちろんそれがアリスではないことは康太にはすぐに理解できた。何せ黒髪でアリスよりもさらに幼く見えたからである。


アリスが変身しているのではないかとも疑ったが康太の体の中にいるデビットが全くざわめかないところを見ると本当に別人なのだろう。


康太は一瞬自分の目がおかしいのだろうかと、その顔についている二つの目をこするが相変わらず座布団の上には小さな女の子がいた。


歳はおそらく一桁だろう。小学校低学年、いやもしかしたらそれより低い年齢かもしれない。なぜこんな胡散臭い店にしかもこんな時間にこんな小さな子がいるのだろうかと康太はかなり混乱してしまっていた。


これはどうするべきなのだろうか、少なくとも泣いているわけでも、無理やり連れてこられたわけでもないらしい。


とりあえず康太は目の前の女の子に対して索敵をかけることにした。まずこの女の子が魔術師か否かを調べようとしたのである。


康太が調べると、この女の子の中には大量の魔力があることが分かった。この齢にしてすでに魔術師なのだと康太は感心してしまっていた。


だが同時に文が魔術師になった年齢を思い出してそうそうおかしな話でもないのだなと自分の中で納得してしまう。


さすがにこんな時間にこんな場所にいるのかという疑問までは解消できなかったが、彼女が魔術師であるということを知って康太は少しだけ気が楽になっていた。


これで何の魔力もない少女がこんな場所にいたら小百合がとうとう誘拐でもしてきたのではないかと本気で警察に電話をする可能性があった。


だがとはいえ目の前にいる幼子に対してどのように反応するべきか迷っていると地下に向かうための階段の方から何やら声が聞こえてくる。


どうやら康太以外にも誰かいるようだ。この場合いてくれないと正直困ってしまうわけなのだが。


地下に向かいたいところだがこの幼子を放っておくわけにもいかない。ということで康太はギターケースに擬態していたウィルをその場に残し、万が一の時は対応してくれるように頼むとこそこそと地下の方へと降りて行った。


康太が地下へ足を進めれば進めるほどに声は大きくなっていく。その声の主はどうやら自分の兄弟子である真理のものであるようだった。


彼女がいるのであればこの状態も何とかできるかもしれないと康太が少しだけ安堵していると、その安堵が気が早いものだったとすぐに気づくことができた。


何せ聞こえてくる真理の声は怒号に近いものだったからである。


普段あまり怒るということをしない彼女がここまで怒気を隠さずに言葉を出すというのはなかなかないことだ。いったい何が起きているのだろうかと思うと同時に、真理が話している相手はいったい誰なのだろうかと疑問を持ってしまう。


だがその疑問もすぐに自分の中で解消された。こんな状況になって真理が怒っていて、その相手が想像できないはずがない。


「・・・あぁ・・・やっぱり師匠だったか」


「・・・ん、なんだ康太か、問題は終わったようだな」


「今まさに問題が起きてるみたいですけどね・・・上にいたあの子一体何者です?ていうか姉さんなんでそんなに怒ってるんですか」


康太が来たことで真理も少し冷静さを取り戻したのか、先ほどまで声を荒げていたのを自覚したのか小さくため息をついて自分をいさめようとしているようだった。


怒っている状態ではまともな話し合いはできない。そういう意味では小百合のほうが何倍も冷静であるようだった。


「戻ったかコータよ。首尾は上々かの?」


「こっちはな・・・でもこれどう言う状況なんだよ。お前なんか知ってるか?」


「さぁ?サユリがいきなり上にいた幼子を連れてきたことくらいしか知らんよ。下に行っていくらたっても戻ってこないから見に来たらこうなっていた」


「なるほど、そっちもあんまり把握できてないってことか・・・しかも連れてきたって・・・まさか本当に誘拐してないでしょうね?」


「お前は私を何だと思っているんだ。そんな非道なことをするわけがないだろうが」


初対面の時に俺は殺されかけたんですけどと喉元まで出かかった言葉を康太は無理やりに飲み込みながら真理の方を見る。


深呼吸を繰り返してようやく冷静さを取り戻したのか、深く息を吐きだしてから再び小百合の方を向いていた。


「師匠、もう一度言いますが私は反対ですよ?こんなところに置いておくなんてできません。せめてちゃんと親を探してあげるべきです」


「探すも何も手掛かりもゼロだぞ?その間どこに預けるつもりだ?協会においていたらそれこそ面倒なことになるのは確実だ。最悪実験動物扱いだろうな」


「そうならないように私たちが手を尽くせばいいんです。協会内に味方をしてくれる人はいくらでも」


「あいつの体質を知ったら手のひらを返すだろうさ。手元に置いておいた方がまだ安全だ」


どうやら上の少女のことに関して話をしているようなのだが、康太はさっぱり状況がつかめず疑問符を浮かべてしまう。


何がどうなっているのかわからないといった様子の康太を見て真理は説明するつもりになったのか小さくため息をついてから視線を上の方に向ける。


「実は今日、康太君たちがここを出て行ったあとで師匠があの子をいきなり連れてきまして・・・どうやら今回師匠がかかわった事件での被害者の一人のようなのですが・・・」


「あれを私の弟子にしようと思ってな」


真理の説明を遮った小百合の言葉に康太は目を丸くする。あれを弟子にする。あれというのがあの場所にいた幼女の事であるのは康太でもわかる。


あれを小百合の弟子にするということがどういう意味を持っているのかさすがの康太でも理解できた。


「は?え、ちょっ・・・本気ですか師匠!?だってあの子見た目小学生くらいですよね?しかもかなり低学年・・・最悪幼稚園生くらいでしたよ?」


「魔術師になるのに年齢は関係ない。もっともあいつの場合魔術師ではないかもしれんがな・・・」


「え?ってことは精霊術師・・・?いやいやいやいや、そもそもあの子一体どこから攫ってきたんですか?場合によっちゃ警察呼びますよ?」


「阿呆が・・・私が誘拐なんてしてくるはずがないだろう。私だって好き好んで爆弾を抱えたいなどと思わん」


「何でも支部長からの指示のようで・・・あの子は少々特殊な体質らしいのですが・・・」


特殊な体質といわれても康太には全く理解できない。先ほど小百合が興味深いことを言っていた。あの体質を知ったら誰もが手の平を返すと。


いったいどんな体質なのだろうかと康太も少し興味があるが、そんなことよりもまずはやることがあるだろう。


「いや、あの子を弟子にする云々はまぁ後回しです。あの子これからどうするんですか?まさかここに置いておくなんて言いませんよね?」


「そのつもりだが、何か問題が?」


「ありまくりです。あの子の親は?そもそもあの子の名前は?ていうかどういう状況で何で師匠が引き取ってきたんですか?」


何か問題があるのかと聞かれても何もかもが問題だとしか言い返しようがない。


あんな幼子を親元から離して生活させるなど正気の沙汰ではない。幼少時から魔術師として生活してきた文だって最初のころは親のところで修業をしていたという。


文でさえもそんな状況だったというのに、あの女の子に親元から離し、しかも師匠が小百合になるだなんて一体何の悪夢だといいたくなってしまう。


さすがにそんな所業を許すわけにはいかない。おそらく真理が反対しているのも同じような理由なのだろう。


「あれの名前は知らん。親もどこにいるか・・・今回私がかかわった事件で実験体にされていてな。言葉は理解できているようだが自分のことを一切話そうとしない」


そういえば先ほど康太が近くにいても全くと言っていいほど話そうとしなかったなと、あの歳の子供にしては随分静かだったのを康太も覚えている。


いったいどういう状況で何の実験体にされていたのかは知らないが、少なくともあの子がただの女の子ではないというのは康太も理解できた。


だがそれだけの説明では理解はできたとしても納得はできない。


「それで、何で師匠が引き取るなんて話に?あの子もう魔力もありましたし魔術師なんでしょう?」


「それがですね・・・あの子の場合まだ魔術師かどうかわからないんですよ・・・」


「どういうことです?だって魔力ありましたよね?」


「はい・・・ですが実は、彼女の中には精霊が何体も住み着いてしまっているんです」


「精霊が?あぁ、実は精霊術師だったってことですか。別に驚くことじゃないですけど・・・それがどうかしたんですか?」


精霊との契約の仕方を知らない康太にとって、別にあの歳の女の子が精霊を身に宿していたところで何も不思議はないように思える。


例えば親が勝手に精霊を内包させたということだってあり得るのだ。別に本人が精霊を引き連れたり契約しなくとも別の人間が代理で契約させることだってできるのではないかと考えたのである。


「お前も見ればわかると思うがな、あいつの中には数多くの精霊が織りなすように住み着いている。それこそ属性も何も関係なしだ」


「・・・あれ?他の属性同士だと精霊って喧嘩とかするんじゃなかったでしたっけ?」


「たいていはそうなんです。そのはずなんですけど・・・彼女の中にいる精霊たちは全く喧嘩もせず、むしろ穏やかに楽しそうにしている節さえあるんですよ・・・普通ならありえないことです」


どんなに技量の高い精霊術師でも、複数の異なる属性の精霊を引き連れるのはかなり難易度が高いらしい。


各種属性の精霊同士の相性に加え個別の好き嫌いなどもあるために別の属性で同じように内包できる精霊は限られる。


それを内包しているためには互いの精霊が互いに嫌っていてもこの精霊術師についていきたい、あるいは嫌いな精霊と一緒にいる以上の価値を見出さなければならない。


あの少女はそれをしていることになる。しかも一体や二体ではなく、何十という数の精霊を内包しているのだとか。


「私も驚いたがな・・・どうにもあいつはそういう体質を持った人間であるらしい。特殊すぎて少なくとも普通の魔術師では扱いきれん」


「・・・体質って・・・具体的には」


「さぁな。精霊に愛されるとか、庇護を受けるとか加護を持っているとか、そういうタイプの人間なんだろうさ」



どうやら小百合自身もあの少女の身の上や体質について正確に把握しているわけではないらしい。


話を聞くととある魔術の実験の材料として集められていた人間や動物の中にあの子供はいたらしい。


すでに実験材料として使用され、すでに息絶えたものたちや原形をとどめていない肉塊と同じ牢の中で彼女だけが無傷で生き残っていた。


身に着けていた衣服は血にまみれていたが傷はなく、やや栄養失調気味ではあったがそれ以外はいたって健康体。


周りの人間が魔術の被害にあったと思わしき傷を蓄えているのにもかかわらず彼女だけは全くの無傷だった。


小百合も最初驚いたのだという。てっきりもう生き残りはいないだろうと思って半ば強引に破壊した牢の中に生き残りがいたのだから。


一緒に行動していた協会の魔術師たちがどう対応するか迷っている中、小百合はその女の子を抱えてすぐに日本支部に戻り支部長のもとへとその少女を連れて行った。


この時点で小百合はこの少女の特異性に気付いていたのである。


魔術や何かで感じ取ったわけではない。小百合独特の勘とでもいえばいいだろうか、この娘には何かがある。


そう感じ取った小百合は今回の事件について統括をしていた支部長のもとに駆け込んでまずは体調を整えるために医療チームを呼ばせ、事情を説明した後で彼女の状態を確認させた。


支部長直々に調べた結果、彼女の体内には大量の精霊が存在しており、彼女の体を媒介にすることで正式な術とは言えないが、精霊術に近い形で半ば強引に超常現象を起こし彼女の身を守っていたということが判明する。


精霊が魔力の補給や放出、貯蓄などといったこと以外で人間に意図的に干渉するなどと今までありえなかったことだ。


しかも彼女が望んだことではなく、精霊たちが自発的に彼女を守ろうとしている節さえあった。


小百合の言っていた、精霊に愛される体質とでもいえばいいだろうか、精霊の加護を持った彼女の体質は魔術師にとって非常に重要なものになることは想像に難くなかった。


いや、魔術師だけではない。世の精霊術師にとっても彼女の体質とその原因を解明し、応用することができれば精霊術師と魔術師の格差がほとんどなくなるといってもいいだろう。


彼女の体質はそれほど可能性を秘めたものなのだ。


だがそれは可能性であると同時に危険なことでもあった。具体的には彼女自身の身の危険だ。


それこそ今回実験体として捕まっていた彼女ではあるが、他の魔術師に捕まって同じように実験体にされるかもわからないのである。


新たな魔術師の可能性、そして精霊術師の可能性を開く扉の鍵が人間の命一つなら、おそらく多くの魔術師は彼女の体を徹底的に調べることを選択するだろう。


その方法はともかくとして、多くの魔術師がいる協会に置いているわけにはいかないと支部長は考えたのだ。


その結果、ありとあらゆる魔術師が手を出しにくい、同時に敵対しつつある小百合に預けることにしたのである。


小百合の弟子ということにすれば同時に多くのものを敵に回すことにはなるが、この少女に手を出すということは同時に小百合、真理、康太、そしてそのほかの小百合の兄弟弟子などを一気に敵に回すことになる。


彼女の身の安全を確保するために、支部長はある意味的確な判断をしたということだろう。


確かにそう考えれば小百合の弟子にするというのもあながち的外れでも、危険な行動というわけでもないように思える。


だが別に小百合である必要はないのだ。例えば文の師匠であるエアリスこと春奈でもいいし、他にも信頼できる魔術師は多々いる。そんな中で小百合を選んだのは彼女が今回の件に関わっていたということに加えて、彼女の生活環境が原因でもある。


ほとんどの魔術師は自分の生活を持っている。家に住んでいる中で一人暮らしの人間もいれば家族と一緒に暮らしているものもいる。


昼間は仕事をしていて夜に魔術師として活動しているものだっている。そんな中小百合は基本的に日がな一日のんびりとパソコンをいじっているだけだ。それが彼女の仕事なのだが幼い子供を預けるという条件で考えると大人の目が昼間もフリーになっているというのはある意味好条件といえなくもない。


しかも小百合のところには康太や真理、さらには文に最近はアリスもいる。誰かがやってきてあの子を攫おうとしても最低限の守りは固めてあるといっていいだろう。


そういう意味では確かに小百合のもとに預け、小百合を師匠とさせるということは間違ってはいない。


小百合自身もそこまで否定的ではないようだった。少なくとも弟子にすると自分から言うくらいには乗り気であるらしい。


一体彼女の何がそうさせるのかはわからないが、あんな小さな子をなぜ弟子にしようと思ったのか康太には全く理解できなかった。


だが話を聞いたことで弟子にするという理由は理解できたし納得もできた。確かにそういう事情があるのであれば小百合の弟子にするのは適切だし、小百合の店に置くというのも間違った判断ではないように思える。


だがいくつか順序を飛ばしているのも事実だ。


まずは彼女の身の回りのところから固めるべきだ。どこの誰で親はどこにいてどこから攫われてきたのか。いついなくなったのかなど確認するべきことは山ほどある。真理が反対している理由の一つがこれなのだろう。


「師匠、弟子にすることに関してはもうどうせ言っても無駄でしょうから口ははさみません。でもあの子の親とか家族とかを探すのが最優先だと思います。あの子の体調の関係もあるでしょうけど・・・正式に決めるのはそのあとでも問題ないと思います」


彼女の体質。確かに精霊術師やほかの魔術師からすれば喉から手が出るほど手に入れたいものだろう。


もし彼女の体質の原因を解明でき、なおかつその体質を手に入れることができればありとあらゆる属性の魔力を補充できるようになるのだ。


それは魔術師としても精霊術師としてもさらに上の段階にステップアップできることを示唆している。


他の魔術師に手を出されないように警戒、そして対応するために小百合の弟子にするというのは間違いではないだろう。少なくとも今できる中では最も適切な行動なのかもしれない。


だがそれはそれこれはこれだ。彼女を小百合の弟子にすることが正しくても、身を守るために小百合の手元に置くのが適切でも、彼女の親を探さなくていいという理由にはならないのである。


何よりここ数日の間に見つけて栄養失調気味だったということはまだ体力が完全に戻っていない可能性もある。


しっかりと栄養を取らせて療養させるべきでもあるのだ。こんなただの民家に置いているのが良いとは思えない。


「それが急を要するから問題なんだ。順序としては私の弟子にするのが最優先。親を探すのはそのあとでもいい。そうでないとよからぬことを考える連中を黙らせることができないだろう」


「そりゃそうかもしれませんけど・・・あの子が魔術を覚えるまでいったいどれだけかかるか・・・」


先ほどの話を聞く限り、彼女の身を守っていたのは彼女自身ではなく彼女の中にいる精霊たちだ。


精霊たちが術を不完全な状態とは言え発動させ続けたからこそ身を守ることができたのであって彼女自身が魔術を使用したわけではないのだ。


魔術師として認められ、正式に小百合の弟子として登録するには彼女自身が魔術を覚えるしかない。


「それに、あの子自身の意志に問題もあります。あの子がそれを望まなければこちらとしてもそれを強要するわけには・・・」


「あの歳の子供にそういったことを考えろという方が無理な話だ。ある程度は大人がリードしてやらなければ危険にさらされるだけ・・・というのはあのバカの言葉だがな」


あのバカというのが支部長のことを指しているのは何となく理解できたが、確かに支部長の言葉通りかもしれない。


幼い子供に何か決断をしろと言われてもなかなか難しい。


そもそも知識も自身の考えもないような歳の子供では何かを自分の考えのもと決断するというのはほぼ不可能なのだ。


たとえできたとしてもそれは感情的なものであって理屈や理論によって成り立つものではない。


それが正しいのか間違っているのかの判断もできないのだ。そんな判断に身を任せるくらいならば確かに大人がある程度リードしてやるべきなのかもしれない。


もっとも小百合の場合リードというより縄をつけて引きずり回すという印象なのだがそれは口に出さないほうがいいだろう。


「とりあえず当人の考えを聞いておかないとどうしようもなさそうですね・・・というかせめて名前くらい知らないと調べようがないですよ。俺がいろいろ調べたりしますから姉さんはあの子の指導を見てあげてくれますか?」


「・・・待て康太、なぜ私ではなく真理に頼む?あれは私の弟子にするといったはずだが?」


「師匠の指導なんかしたらあの子ストレスで死にますよ。姉さんがしっかり監督していてくれれば多少ましになるかと」


「確かに。わかりました、あの子の指導に関しては私がしっかりと管理します。決して無理のないようにしましょう」


相変わらずこいつらは私のことを尊敬していないのだなと小百合は舌打ちをしながら奥の方に行って修業の準備を進めていた。


精霊たちが魔力を補給、管理しているとはいえ自分自身で魔力を練ることができるようにならなければ魔術師とは言えない。


またゲヘルの窯を持ってきて訓練するのだろうと康太は少しだけ心配になりながらもアリスに手招きをしてこちらに呼び寄せた。


「アリス、悪いんだけどちょっと手伝ってくれ」


「手伝うとは、いったい何を?」


「これからあの子のところに言っていろいろ話をするからさ、話しやすいように暗示とかそういうのをかけてほしいんだ。たぶんこっちのことをすごく警戒してると思うから」


「ふむ・・・警戒心を解けばいいのだな?」


「まぁ話しやすい状況を作ってくれればなんでもいいや。話を聞く限りすごく気の毒な境遇だからさ・・・何とかしてやりたいんだよ」


「ふむ・・・新しくできた弟弟子のために兄弟子として手を差し伸べてやりたいということだな」


「正直弟弟子にならなければいいなって思ってるんだけどな・・・でもたぶんそういうわけにもいかないんだろうし・・・」


実際小百合の弟子にならず、問題なくただの子供として過ごすことができればこれほど良いことはないのだろうが、状況的にそれは難しいのだろう。


最低でもある程度自分で魔力や魔術を操れるようにならなければ彼女自身が危険になってしまう。

なかなかうまくいかないものだと康太はため息をついてしまっていた。


康太が上に上がると、そこには先ほどと似たような形でたたずんでいる少女の姿があった。


唯一違うのは軟体状のウィルをクッションのようにして戯れているという点である。


感触がいいのか、それとも居心地がいいのか自分の体を揺さぶるようにしてその弾力を楽しんでいるようだった。


こうしてみるとただの女の子のようにしか見えない。というか実際ほとんどただの女の子なのだ。その体質が少々特殊であるというだけなのである。


「えっと・・・初めまして。俺は八篠康太。君の名前は?」


「・・・」


さすがにいきなり自己紹介はなかったかなと口にしてから康太は後悔していたが、後ろにはすでにアリスが控えている。


言葉は理解できているということなのだが、一体どれくらい理解できているのか正直微妙なところだった。

子供にでもわかるような言葉で、そしてなるべく警戒心を与えないように努めなければならないだろう。


「師匠から・・・あの目つきの悪い怖いお姉さんからどれくらいお話を聞いた?」


「・・・」


何を聞いても無反応だ。本当に自分が言っていることを理解できているのか怪しいところだった。


小百合のことだからまた適当に話をしたのではないかと考えてしまうが、少女は自分の体を預けていたウィルから一度離れ、上に乗るとゆっくりと座り康太の方に顔を向けじっと見てくる。


康太はその目を見たことがあった。いやその目に似た目を見たことがあった。


澄んだ目だ。自分の奥底まで観察しているような深い瞳だ。


それがかつて出会ったことがある小百合の師匠、智代のものに似ているということに気付くまで康太はかなりの時間を要した。


なるほど、小百合がこの子を弟子にするといった理由の一端が少しではあるが理解できたような気がする。


小百合は誰かに言われたからといって弟子をとるような人間ではない。少なくとも誰彼構わず弟子にするような人間ではないのは確かだ。


自分の場合は多少例外的だったかもしれないが、少なくともこの子に関してはしっかりと何かしらの才覚を感じ取って弟子にすると決めたのだろう。


「俺の言葉はわかる?」


「・・・」


康太の問いに少女は小さくうなずいて見せる。そのうなずきがただ適当にしたものなのか、本当に康太の言葉を理解してのものなのか、康太にはまだ理解できなかった。


「とりあえず君の状況を大まかに話すね。わかりやすいように話すから正確じゃないかもしれないけど、そのあたりは許してほしい」


「・・・」


康太の言葉に一切の反応を示さず、だがその目は康太のことをまっすぐに見つめ続けている。


そして康太が大まかに、というかこの子のような小さな子供にでもわかりやすいようにかいつまんで彼女の状況を伝えていく。


子供にもわかるように言葉を選ぶというのがここまで難しいものだとは思っていなかっただけに康太は少し疲れてしまっていた。


普段使っている言葉だって子供には理解できないのだ。知らないということがこれほどまでに大変なことだとは思っていなかったが康太は必死に伝わりやすいように、理解できるように言葉を紡ぎ続けた。


小学校の先生などはきっと大変なのだろうなとこんな時に思いながらあらかたの事情を話し終える。


この話がすべて理解できたかはわからない。だが目の前の少女は康太の姿を目に収め続け、なおかつ康太の言葉に耳を傾け続けていた。


「それで、君はこれから魔術・・・魔法みたいなものを使えるようにならないといけない。下で目つきの悪いお姉さんと優しいお姉さんが準備してる。優しいお姉さんが君のことをしっかり守ってくれるから安心していい。それで君のお母さんたちのことを調べておきたいんだ。君の無事も伝えなきゃいけないから・・・だから」


「・・・みか」


「・・・え?」


「みか・・・私の名前・・・みか」


みか。それが彼女の名前であるらしい。自分の名前を言うくらいには信用してくれたということだろうか。それに加えて彼女が本当に言葉を理解しているのだなという事実に少しだけ安堵しながら康太は小さく微笑む。


「そうか、みかちゃん。名字はわかるかな?それかお父さんかお母さんの名前は?」


「・・・天野・・・お父さんとお母さんの名前は・・・わからない・・・」


この歳の子供では両親の名前を知らなくても仕方のないことかもしれない。そもそも名前で呼ぶことがないのだ。普通お父さんやお母さんなどといってしまうためにその名前をしっかりと覚えるまで時間がかかるだろう。


むしろ苗字含めて本名がわかったのは僥倖だった。これでしっかりと調べることができるだろう。


天野みか。漢字表記含め正確な本名を調べるには時間がかかるかもしれないがこれは有力な手掛かりだった。


これで少しは前に進んだかもしれないと康太は少しだけ安堵していた。


「康太君、準備ができました。その子は大丈夫ですか?」


「わかりました。みかちゃん、この人が俺の兄弟子・・・姉さんの佐伯真理って人だ。もし困ったことがあったらこの人を頼るんだぞ?」


「・・・」


真理が出てきたことでまた警戒心を強めてしまったのか、みかはまったく口を開こうとはしなかった。


ただ真理から隠れるように康太の体を盾にしているようなそぶりがある。少しは信頼してくれたのだろうか、それとも自分の身を守るために康太を犠牲にさせようとしているのだろうかと少しだけ複雑な気持ちだった。


「康太君、あの子にどれくらい事情を話しましたか?」


「かいつまんでの事情は・・・ただ理解できてるかは微妙ですね。魔術・・・魔法みたいなものを覚えなきゃいけないんだよってことは教えましたけど・・・名前は天野みかです」


「ふむ・・・みかさん、私は真理といいます。これから私たちの師匠・・・怖いお姉さんと一緒に魔法を使えるように特訓をしようと思うんですが、ついてきてくれますか?」


それが身の安全につながるといわれてもおそらくこの少女はそのことを理解できていないだろう。


当たり前だ、自分自身の体質が原因で狙われるなど小さな子供に理解しろといっても無理の一言なのだから。


理解できることはせいぜい魔法を覚えることができるかもしれないということくらいだ。それが必要な背景などは全く理解できないだろう。


「みかちゃん、お父さんとお母さんにあえるように俺の方で調べておくから、今は姉さんと一緒にいてくれるかな?」


「・・・」


みかは康太のほうに顔を向けその服の裾をつかんでくる。離れたくないのだろうか、それとも不安なのだろうか。


いやおそらくそのどちらもだろう。こんな小さな少女が親元を離れていきなりわけのわからない大人の集団に囲まれて怖くないはずがないのだ。


かといって康太が一緒にいるのもどうかと思われる。何せゲヘルの窯を使う関係でたぶんだが裸にされるだろう。


康太は幼女に興奮するような性癖は持ち合わせていないが、幼いとはいえ女の子は女の子だ。男に裸を見られるというのがよいはずがない。


「んー・・・じゃあウィルを連れていくといい。何かあったらきっとこいつが守ってくれるよ」


そういって康太が軟体魔術のウィルの方に目を向けると、ウィルはそれがわかっていたようにその体を震わせてみかの近くにやってくる。


先ほどまで自分が座っていた謎の物体が自分の近くにやってきたことで、みかはほんの少しだけ安心したのか、それとも守ってくれるという言葉を信じたのか、みかはウィルの上に乗って小さくなっていた。


「ウィル、みかを守ってくれよ?万が一の場合は師匠から引き離すんだ」


康太の言葉にウィルも了解の意を示しているのか、震えながらみかを地下のほうに連れて行こうと移動していく。


真理がそのすぐそばを歩いていく中、みかはほんの少し康太の方に視線を向けると真理とウィルのほうに視線を動かしながら少しだけ目を伏せていた。


「アリス、あの子に危険がないようにきちんと見ておいてくれるか?師匠の訓練だと危ないかもしれないから」


「構わないが・・・コータはどうするのだ?調べるといってもネットでいくらでも調べられるのでは?」


「それもそうなんだけど、一度協会のほうに顔を出そうと思うんだ。支部長から状況がどうなってるのか確認したい。名前はあの子が話せたから知ることができたけど、問題なのはそっちじゃないんだよ」


「・・・ほう、そっちじゃない・・・とは?」


「こんな状況になってるのは、師匠がどんな事件にかかわったのか知らないけど、あの子の体質が知られてるって前提だろ?他の魔術師が手を出せないように師匠のところに預けてるってことだ」


「ふむ・・・確かにそういうことになるだろうな」


そもそもみかが彼女自身の体質のせいで狙われる可能性があるということはつまりその体質を知っているものがいるということである。


小百合がかかわった事件がどの程度の規模のものだったのかはわからないが、狙うものがいるということはその事件にかかわったか、みかの体質を調べたか、どちらにせよ知っているものがいるということでもある。


そこで康太は小百合がかかわった事件がどの程度の規模のものだったのか、そしてどの程度の人間がそれを知っているのか調べるつもりだった。


以前の教会の神父が起こした誘拐事件のせいで協会の門の使用はかなり限定されてしまっている。どれほどの時期から起きたものなのかはわからないが、彼女が生きていたくらいの時間ということはそこまで時間は経過していないと思われる。


起きた時期、そしてどの場所でそれが起きたのか、それを調べるためにも支部長のもとを訪れなければいけないと感じたのだ。


「それならばサユリに直接聞けばいいのではないか?一応当事者だろうに」


「壊すのが得意な師匠がそんな細かい事情なんて気にするとは思えないんだよ・・・時期とか場所とか関係なしに壊せば一件落着みたいなところあるからさ・・・」


「あぁ・・・なるほど・・・」


小百合が細かいことを気にせずに破壊だけをして事件を解決したのであれば確かにその事件の裏側や細かい事情などを知らなくても不思議はない。支部長ならば確実にそういったことを知っているだろうからそっちに聞いたほうが確実だし早いのである。














「ということで、今回師匠がかかわってた事件について聞きたいんです」


康太はさっそく魔術協会日本支部にやってきていた。支部長にあうために手続きをしてすぐに支部長室に通された。


このあたりはコネの力が強いだろう。以前から支部長にはよくしてもらっているために比較的話を通しやすいのだ。


こういう時人脈というのは強いなと思えてしまう。普通なら支部長にこうして気軽に会うことは難しいだろう。


「来るとは思ってたけど・・・行動が早いね・・・しかも君が来るとは思ってなかったよ。てっきりジョアが来ると思ってたから・・・」


「姉さんは今弟弟子にかかりきりですから。師匠の訓練って荒っぽすぎますからあの子が耐えられるとも思えなくて・・・」


康太の言葉に支部長は何となく納得してしまっているようだった。小百合の施す訓練が一体どのようなものであるのかは知らないが、小百合がやるものなのだから多少体に負担がかかっても不思議ではない。


実際は多少どころか運が悪ければ死ぬレベルの内容なのだが、今はそんなことはどうでもよかった。


「それで、あの子が見つかった事件っていうのはどういうものだったんですか?概要だけでも教えてください」


「ん・・・本当はこういうのはだめなんだけど・・・まぁ君なら大丈夫か・・・こちらでもまだ調査中のものが多いけど、残されてた死体の状況から察するに死後一週間以上のものは見つけられなかった。たぶん最近に攫われたものがほとんどだろうね」


「・・・ってことは前の神父の時みたいに年間通して行われたわけでも、長い期間使ってさらってったわけでもないってことですね?門の使用も考えられないと」


「現段階ではそう判断するしかないね。まだ完全に調べられていないから断言はできないけれど」


残されていた死体の状況を見て死後どれくらい経過しているかを判断できる魔術師がいるというのもなかなか恐ろしい話だが、今回に関してはありがたいことだ。


そもそもみかが栄養失調気味ではあるとしても普通に生きていたのだからそこまで長い期間監禁されていたわけではないというのは想像に難くない。


だがいくつか疑問はある。その疑問を解消するためにも支部長にはまだ聞かなければならないことが山ほどあった。


「その事件の発覚原因は何だったんです?最近そういう事件が起きたばっかりだっていうのによくそんな事件が起きましたね」


「発覚原因は一種の抗争なんだよね。もともと君の師匠にその抗争を治めてもらうようにお願いしていたんだ。だいぶ大規模なものに発展していたからね」


「あぁ・・・救出が目的だったんじゃなくて殲滅が目的だったんですか」


なぜ小百合が依頼の中であんな子供を助け出したのか不思議でならなかったが、おそらく二つの組織が争っていたところに小百合を投入し、喧嘩両成敗の精神で二つの組織をほぼ壊滅に追いやったのだろう。


魔術隠匿の関係で必要以上に規模が大きくなると一般人にも知られてしまう可能性が高くなる。


そこで魔術協会が直々に事態の鎮圧に動いたのだ。そこで小百合の力を借りたということだろう。


その過程で両陣営の拠点に赴いた時にみかを含めた被害者たちを発見。そこから話が一気に進展し面倒な方向になったと考えるのが自然な流れである。


「そのあたりで行方不明者は多かったんですか?」


「行方不明者は比較的少なかった・・・というより前の事件の影響かかなり気を使って連れてきたっていったほうが正確かな。周りの人間にばれないように連れてきたって印象だね」


「他の人たちが怪しんでいないってことですか?」


「うん、少なくとも警察はほとんど動いてなかった。十数人程度だけど相当うまくさらったんだろうね」


人間一人攫うというのはそう簡単にできるものではない。特に何かしら周囲と関係を持っている人間を攫えば当然どこか歪みが生じるものだ。


そういったところから警察などに話が通れば当然厄介なことになる。


ここ数日の間に行われたことであるとしても、数日人がいなくなればその人の身内などが何かしら異変や変調に気付いても不思議はない。


特にみかのような少女がいなくなれば誰かしらが疑問を抱くはずなのだ。


「ちなみにですけど、あの子の体質のことについて知っている人間はどれくらいいますか?」


「・・・把握しきれていないくらいとしか言いようがないね・・・今回の抗争の関係者、特に片方の陣営に関しては半分以上が知ってたんじゃないかな?それに協会の方から抗争鎮圧って形で向かった魔術師の何人かも知っているかもね」


「・・・師匠のところに預けたのは結構理にかなった状態ってことですね・・・それがまた面倒なところでもありますけど」


「君たちにはだいぶ迷惑をかけると思うけど、あの子の身の安全を考えれば仕方のない話なんだよ・・・こちらとしても何とかしてあげたいのはやまやまなんだけどね・・・」


子供を一人預かるといっても口で言うのは簡単だが実際にそれをするのは至難の業である。


何せ金も手間も大量にかかるのだ。しかもあの程度の歳の人間を預かるというのは思っているよりもずっと苦労が多い。


そういう意味では環境的には確かに小百合のところに預けるのは適切だといっていいだろう。


支部長とのつながりも強く、なおかつ小百合自身がみかを実験材料にする気配はゼロ。金銭的にも環境的にも子供がいても問題ない。小百合の性格上の問題はあるだろうがこの際その程度は目をつむるべき条件なのだ。


「事件が発生した地区は?そのあたりからあの子の両親のことを探そうと思ってるんですけど」


「えっと・・・場所は茨城県だね、地名とか言ってもわからないだろうから、抗争があった場所のそれぞれの拠点の場所を地図で出しておくよ。もっとも参考になるとは思えないけれど・・・」


みかが見つかった場所からある程度の区域で発生した行方不明者を調べれば必然的にみかの家族に行き着くと康太は考えていたが、どうやら支部長はそういった考えは持ち合わせていないようだった。


特定の人物を連れ去るにしてもやりようはあるのだ。特に子供などの場合社会人のそれと比べると周囲の人間とのつながりは希薄、というよりつながりが弱いことが多々ある。


それは記憶という意味でもそうであり、関係性の明確性という意味でもそうである。


社会人などが契約や今までの交友などによって形成される人間関係を作っているのと違い、子供同士、あるいは子供を経由した関係というのは微妙につながりが弱くなってしまう。


例えば子供の親同士だったとしても、暗示の魔術で少し風邪をひいて休んでいると言ってしまえばそうなのか以上の感想を抱くことは難しいだろう。


仮に見舞いに行きたいとしてもうつるといけないから来てはいけないなどと言われてしまえばそこまでだ。

互いに明確な意思を持ち、確固たる考えをもって関係を築いているのならまだしも、子供との付き合いというのは親同士における希薄とも思える付き合いで形成されているに等しいのだ。


つまり、子供の誘拐の場合その親さえ厳重な暗示をかけてしまえば問題なくさらうことができるのである。

特にみかのような小学校に通っているかも怪しい年代の子供の場合、さらにさらうのは容易になってしまう。


幼稚園などに通っていない子供は特にその傾向が顕著だ。外に遊びに行って友達や近所づきあいをしていなければ必然的に人間づきあいは希薄になり『いなくなった』という事実が広まるまで時間が必要になるだろう。


「ダメでもともとですよ。ひとまずあの子の両親だけでも探さないと。苗字と名前は発覚したのでそのあたりから調べていこうと思ってます」


幸いにして康太が質問した時に彼女は自分の名前だけはしっかりと言ってくれた。両親の名前も知っていてくれたら非常に楽になったのだろうが、そこまでを望むのは少々酷というものだろう。


康太だって小さいころ、特に幼稚園などに通っているような年代では自分の両親の名前など言えなかったのだから。


むしろ自分の名前をしっかりということができただけ僥倖というものである。


天野という苗字はそこまで珍しい苗字ではないが、佐藤や田中のように日本に数えられないほどいるというわけではない。


特に一定区域に限れば見つけられないことはないと思っていた。市区町村の住所届などを調べていけば見つけられないことはない。最悪探偵でも何でも使って天野みかという少女の家族を見つけることも辞さないつもりだった。


最後の手段としては警察だが、警察に頼ると当然ではあるがみかは自分の家族の元に戻ることになるだろう。


もっとも彼女の家族が生きて生活していればの話である。


もしこれで彼女の両親が殺されていた場合、もはやどうしようもなくなってしまう。


「・・・一応確認しておきますけど、その場所を拠点にしてた魔術師たちに話を聞いたりとかは・・・」


「難しいだろうね。何せ全員が意識不明状態だし」


小百合が介入した時点でこうなることはわかっていたが、貴重な情報源がなくなってしまったと康太は嘆いていた。話を聞ければ少しは状況が変わったかもしれないのにと。


「見つかるといいけどね・・・あんな小さな子で親元から離されるっていうのは結構きついものがあると思うよ」


「そうですね。しかも目の前で人が死んでるところを見てしまってるかもしれませんし・・・ちゃんと話せてるだけましって感じですよ」


みかの目の前で牢の中にいた十数人の人間が殺された可能性だってある。あの歳の子供に人間の死に関して説明しても理解はできないだろう。


もし仮に目の前で人が死んでいくさまを見ていたとしても、それがいったい何なのか、そしてそれがどのような意味を持っているのか理解できていなくても不思議はない。


それどころかその光景そのものを否定している可能性だってある。自分の頭では処理ができないと判断して意識を遮断していた可能性だって十分にあり得るのだ。


彼女の場合身を守っていたのは彼女自身ではなく彼女の身に宿っていた精霊たちなのだから何の矛盾もない。


康太の言うように話すことができているだけましなのだ。本来ならば精神が壊れてしまっていても不思議はない。


「ちなみにですけど支部長、あの子を師匠のところに預けたのは確かにいい案だとは思いますけど・・・別の人に預けることはできなかったんですか?」


「正直それも考えたよ。ぶっちゃけるとクラリスに預けるのだってだいぶ躊躇したんだよ?彼女はあんな性格だからね・・・でも一番適任だとも思ったんだ」


「長年の付き合いならではってやつですか」


「まぁね・・・彼女なら妙なことはしないだろうし、一度弟子にすると決めたらしっかり育ててくれるさ。それはジョアの一件でよくわかってる。もちろん君も含めてだけどね」


小百合は確かに性格に難があるものの、一度請け負った物事に関してはきっちりとやりきるタイプの人間だ。


特に弟子の指導に関しては徹底している。荒唐無稽で行き当たりばったりなように見えてしっかりと育成の計画を立てているようなそぶりがある。


康太は実際に小百合の指導を受けてきてそれを何となくではあるが理解していた。与えられたものだけを使うだけでは大した実力にはならないが自ら考え実行することで額面以上の実力を発揮できるように魔術を与えている。


一つだけではなく二つ三つと併用することでさらに高度な戦いができるように魔術を教えてきているのだ。















支部長からみかの巻き込まれた事件についての概要とその問題となっている組織の拠点の場所を知ることができた康太はとりあえず一度店に戻ることにしていた。


みかのことも心配だし、何よりもう夜遅い。行動するのは明日以降にしないと満足に情報は集められないだろうと判断したのである。


幸いにも明日は日曜日だ。役所などはやっていないかもしれないがやりようはいくらでもある。


苗字がわかっているのだから交番に道を聞きに行くという古典的な手も使うことができるだろう。


とはいえこんな夜遅くに取れる手段ではないためにとりあえず店に戻って軽く休憩をとることにしたのだ。

ついでに新しい弟弟子であるみかの様子も見ようと思ったのである。真理がうまいこと小百合を牽制していてくれることを祈り、ウィルがみかの身を守ってくれていることを願いながら康太は店に戻ってくると地下への階段を降りて行った。


時間的に言えばもう子供はとっくに寝ている時間だ。少なくとも康太が小さいころは二十一時半にはもう眠くなっていた記憶がある。


すでに深夜を過ぎたこの時間にあの少女が起きているとは思えなかったが、それでも康太はゲヘルの窯を用意しているであろう小百合たちのもとに急いでいた。


「師匠、姉さん、みかちゃんの様子はどうですか?」


康太が修行場のほうにやってくるとそこには奇妙な表情をしている小百合と真理の姿があった。


いったいどうしたというのだろうか、康太が疑問符を飛ばしながら彼女たちの近くに歩み寄るとその理由を即座に理解していた。


そこにはゲヘルの窯があった。すでに人が入っても問題ないようにある程度温度を高め、その人間の素質を強引にフル稼働させるための効果は発揮されているらしい。


そしてそこには服を脱いだ状態でゲヘルの窯の中に入っているみかの姿があった。窯の口からは彼女の頭だけがのぞき込んでいる。


一瞬この場に近づくことを躊躇した康太だが、窯の中に入っているみかが全く動かないことでその躊躇は吹き飛んだ。


まさか手遅れだったかなどと思ったが、その危惧は杞憂に終わる。


彼女は窯の中で寝息をついているのだ。目を閉じ、頭を窯の口に預けながら窯の中ですやすやと眠りについている。


「な・・・なんだ、寝てるだけか・・・びっくりした・・・」


「康太か・・・私たちもどうしたものかと思ってな・・・」


「ちょうど師匠と話をしていたところなんですよ・・・この状態ですでにかなりの時間が経過しているんですが・・・」


ゲヘルの窯の中に入れてかなりの時間が経過している。つまり魔術師としての素質をフル稼働させた状態で何の問題もなく生存し続けている。


それがどういうことであるか康太は理解していた。


「つまり素質のバランスがすごくいいってことですか?それとも中にいる精霊たちがなんか補助してるとか?」


「いや、精霊たちは何もしていないようだ。害がないということを理解しているのだろう、まったくもっておとなしい。お前の言うように素質のバランスがいいと思うべきだろうな」


魔術師の素質というのは大気中のマナを魔力に変換して体の中に入れる供給口、体の中に魔力をとどめる貯蔵庫、魔力を体外へと放出する放出口と三つの部門に分かれている。


ゲヘルの窯はそのすべての機能を強制的に最大効率で発揮させる道具だ。康太のように放出口だけが突出して高性能だと、体内に魔力を取り込むのが追い付かず、体内の魔力をすべて放出し、魔力どころか自らの生命力さえも放出しやがて衰弱して死に至る。


逆に放出口が未熟であれば、体内にため込めて置ける魔力の限界を超えて体全体に負荷がかかってしまう。

その負荷は軽いものであれば吐き気や体の痛み、不快感などで済むが度を過ぎれば内臓器の損傷にまでつながるほどだ。


魔力を自分で操ることができない状態でゲヘルの窯の中に入ったものは、この二つのタイプの素質の持ち主だった場合は注意しなければ本当に死に至るだろう。


かつてゲヘルの窯が魔術師、魔女用の拷問器具だった所以でもある。


「ちなみにその素質は高いんですか?それとも低いんですか?」


「少なくとも低くはない・・・貯蔵庫がどれくらいのものかはわからないが少なくともこの場で動いている魔力の動きを感じ取る限り凡夫ではない。そうだな?」


「はい・・・少なくとも康太君が一度に放出できる魔力と同等かそれ以上のものを持っているとみて間違いないでしょう・・・改めて師匠の弟子にするのを考えさせられる見事な素質ですね」


それは一体どういうことだと小百合は言いかけたが、彼女も真理の言う言葉に思うところがあるのだろう。それ以上言葉を出すことはなかった。


素質だけを見てもおそらく康太より圧倒的に上、もしかしたら文のそれにも届くかもしれないほどのものを持っている。


しかも素質だけならまだしも彼女は精霊たちの寵愛を受けている。ありとあらゆる属性の精霊を引き連れるという異才の持ち主なのだ。


そんな人材が小百合に指導を受けるなどというのは魔術師の世界における大きな損失なのではないかと思えてならなかった。


今からでも遅くないから別の人を師匠としたほうが良いのではないかと思えるほどである。


彼女の才能を小百合の弟子という形でつぶしてしまうのは非常に惜しいように感じるのだ。


なんならこの店に住んで文の兄弟弟子にするというのも十分あり得る選択肢の一つである。

もっとも文が何というかわからないが。


「アリス、みかちゃんの素質はお前から見てどうなんだ?」


「決して低くはない。加えてこの子の体質を考えれば一流以上の魔術師になれる可能性は十分以上にある。同じ魔術師としてうらやましくなるものだな・・・私でも精霊の扱いというのは結構苦労してしまうからな」


アリスでさえ精霊との付き合いというのは難しいものがあるのだろう。実際精霊というのは人間のそれと違ってただ感情的に動いているものばかりだ。それを魔術で制御しようとしたのでは結局のところ精霊を宿して処理を少なくするという目的に反する。


精霊との付き合いは個人差もあるがやはりその人物の特性と得意属性に大きく左右されると思っていいだろう。


いまだ精霊を身に宿したことのない康太にはまだ手の届かない領域だった。もっとも精霊とは似て非なるものだがそれに近しい存在であれば一応約一名ほど内包しているのだが、そのあたりはまた別の話である。


「これだけの時間が経過しているというのに素質による弊害が起きないということはよほどバランスがいい素質の持ち主なのだろうな・・・それゆえに精霊に好かれているのか、それともまた別の何かがあるのか、どちらにせよ希少な奴だ」


「ゲヘルの窯を使って弊害が起きない人間というのは珍しいですね・・・たいていの魔術師は必ず体調に異常をきたすのですが・・・」


「そりゃ素質を最大限発揮すればそうなりますよ・・・たぶん文だってなるんじゃないですか?」


「そうですね、この窯は大小ではなくバランスの悪さによってより凶悪さを増していきますから・・・逆に言えば何の素質も持っていない人間には無力です。ですが彼女の場合は魔力が放出されていますからその線はありません」


人間によっては魔術師としての素質を生まれ持ったものもいればその逆、素質を生まれ持たなかったものもいるのだ。


ゲヘルの窯はあくまで人間が持つ魔術師としての素質を最大限に稼働させる道具、本来拷問器具だ。


そのため中に入ったものが魔術師としての素質を有していなかったらただのドラム缶風呂とそう変わらないのである。


だが真理はみかの体から魔力が放出されるのを感じ取っている。精霊に作らされた受動的な魔力ではなく、彼女の体から生成された能動的な魔力だ。


「素質も万全、精霊の加護までついているとなると・・・これはしっかり育てなければ後々面倒なことになりますね・・・師匠、責任重大ですよ」


「責任重大も何もこいつが私の弟子になるというのならいつも通り、お前たちと同じように指導していくだけの話だ。特別扱いはしないしするつもりもない」


何より私はこれ以外の指導法を知らんと小百合は吐き捨てた。自分自身が同じような指導を受けてきたからだろう、それ以外の指導方法というものを彼女は知らないのである。


それゆえに康太や真理はいろいろと苦労しているわけなのだが、それはもはやいまさらというものである。これ以上とやかく言っても仕方がない。


「康太君、私とあなたが最後の防衛線です。かわいい弟弟子のために頑張らなければいけませんね」


「そうですね・・・まさか弟子になって一年もたたない間に弟弟子ができることになるとは思いませんでしたけど・・・」


小百合がさらに新しい弟子をとるというのも予想外だったが今回は事情が事情だ。


そして何より小百合自身彼女の体質や素質以外で何かを感じ取ったのだろう、それは康太も似たようなものを感じ取っている。


あの目、康太に向けられたあの目。自分の奥底まで見抜こうとしているような、観察しようとしているようなあの目。


康太はあの目が非常に気になっていた。底が知れないというか、どこか自分を見ているようで見ていないようなそんな独特な目。


小百合もおそらく同じ部分が気になったのだろう。自分の師匠と同じ目をするこの少女がいったいどれほどの魔術師になるのか気になるというのもあるだろう。


支部長から頼まれたという建前もありながら、きっと小百合は自分の意志で彼女を弟子にすることを決めたのだろう。


小百合は良くも悪くも他人の意見に流されるような性格はしていない。仮に支部長に言われたとしても気に入らなければ有無を言わさず突っぱねただろう。


それをしないということは何かしら思うことがあったのだ。それがどのようなことなのかは康太もわからない。おそらく真理も、いやもしかしたら小百合自身もわかっていないのかもわからない。


とはいえ自分に弟弟子ができるというのはうれしくもある。そして同時に緊張や焦りにも似た独特な感情がわいてくるのだ。


これからが大変になるなと思いながらも康太は悪い気はしていなかった。


今まで真理に頼るだけだったが、これからはみかに頼られるようにならなければいけないなという自意識がわいてくる。


もっとも頼られるほど康太は強くもないし優秀でもない。だがそれでもこの歳の少女よりは頼りになりたいと思っていた。


そして同時に弟弟子に負けるわけにはいかないなという気持ちにもなってくる。素質的にはすでに負けているし、魔術師になった時期も康太のほうが年齢的に遅い。


だがそれでも自分は兄弟子になったのだ。これから正式に小百合が弟子にするまでおそらく時間はない。彼女の力になるように康太も兄弟子らしく頑張らなければならない。


そのためには、まずみかの両親を探すのが最優先になるだろう。


こんな小さな子供をいつまでも親元から引き離すわけにもいかない。可能な限り早く見つけてやりたいと考えていた。


「そういえば康太君、この子のご両親に関しての情報は得られましたか?」


みかを窯から救出し、その体をタオルで拭きながら寝間着代わりに店の居住スペースの中にあったジャージを着せながら真理がそんなことを聞いてくる。


みかの修業をしている間、康太が支部に足を運んでいたその成果、正直芳しいものとはいいがたいがある程度の収穫はあった。


少なくとも次にとる行動が決まる程度にはまともに情報を得ることはできている。


「いえ、支部長に聞いたんですがそのあたりの情報はまだつかんでいないようです。ですがある程度は絞れてます。今回師匠がかかわった一件の周辺を徹底的に当たってみようかと」


「なるほど・・・先日の神父の一件のおかげで門の使用が制限されていたおかげですね・・・不幸中の幸いというかなんというか・・・」


「はい、そういう意味では感謝するべきでしょうね。調査しなきゃいけない範囲がだいぶ絞られましたから」


人をさらうという方法に関して、前回康太がかかわった神父の一件によって協会内における門の使用に関してはかなり厳重になっていた。


厳重といっても実際に使用する魔術師の確認をさらに密に行うようになった程度のことであるが、それでも無関係な人間を連れることができなくなったのは大きい。


それが魔術師でなければ使用はできない、仮に何かしらの理由があったとしても部外者の使用は難しくなった。


もちろん魔術協会に所属していない、例えば京都の人間だったとしても申請さえあれば使用することは可能だ。


逆に言えば魔術師であれば申請があれば使用することができることになってしまうが、その理由が正当なものでなければ使用の許可が下りる可能性は限りなく低い。


そういった事情もあり、今回小百合がかかわった組織における一般人の誘拐に関しては調べる範囲はかなり限定されている。


その組織の規模なども気になるところだが、仮に車などで誘拐したとしてもその範囲が県をまたぐことはまず考えられないだろう。


暗示などによって情報を統制しようとした場合、ある程度近くであったほうが暗示の更新も容易だ。


今回の事件がどの程度の規模の抗争だったのかは実際にかかわった小百合に聞くとして、第一なのはみかの両親の確認である。


暗示をかけられているのであれば少々厄介だ。もしすでに殺されているのであれば確認自体はそう難しくはないだろう。


可能なら生きていてほしいと願いながらも、康太はすでに穏やかな寝息をついているみかのほうを見る。


彼女は今真理に髪を乾かしてもらっている。深夜近くであるから軽く揺らしても全く起きそうになかった。風邪だけひかぬように適当に布団などをひかなければならないだろう。


「そういえば師匠、この子をここで預かるみたいなこと言ってましたけど・・・住む場所とか学校とかどうするんですか?さすがに引きこもらせるのは教育上よろしくないですよ?」


「そのことか・・・とりあえず住む場所に関しては部屋が一つ空いているからそこに放り込む。学校に関してだが・・・お前の調査結果を待ったほうがいいだろうな。そもそもこいつがいったい何歳なのかもわからないんだ」


「あぁ・・・そういえばそうでしたね・・・」


みかは見た目は小学校低学年ほどに見えなくもない。だが身長によって年齢を把握するというのは全くあてにならないのだ。何せ個人差がありすぎる。


特定の年齢の平均をとったところで、ある程度個人差が出てくる上にその個人差がそれなり以上に大きいのが厄介なところである。


赤子であれば生後何か月程度のずれで済むが、すでに何年も人として育ってしまえば個人差は顕著なものになってしまう。


見た目での年齢の把握ほどあいまいなものはないのだ。そんなもので彼女の年齢を決定するわけにはいかない。


それこそ彼女の戸籍などがあれば生年月日を割り出すことができるのだ。そうすればすぐに年齢も把握できる。


この辺りは調査する以外に方法がない。


「そういえばアリスさんの魔術で年齢を把握することはできないのですか?そういった魔術があればの話ですけど」


「あー・・・そうか、アリスならそういうこともできなくもないのか?」


自身の肉体にも魔術をかけてその成長を遅らせて何百年も生きているアリスならば人間の肉体年齢から大まかな年齢を割り出せるのではないかと考えたのである。


さすがは姉さんだと康太は自分の兄弟子の発想に驚きながらアリスのほうを見る。

だが彼女はため息をついた状態で首を横に振っていた。


「お前たちは私を何だと思っているんだ。人間の成長に同調してその肉体年齢を割り出すというのは不可能ではない。ある程度歳をとったものなら安定して調べられるかもしれんが、こういう小さな子ではかなりばらつきが出てしまう」


「そういうものなのか?」


「当たり前だ。生まれ落ちる時、きちんと成長して生まれたか、それとも未熟な状態で生まれたかでそもそもスタートが変わるのだぞ?そんなものはあてにならん。コータが調べるのを待ったほうが確実だ」


確かに人間は、というか生き物は未熟児と言って生まれる適正な時期から大分早く生まれるということが多々ある。アリスの魔術によって人間の肉体年齢を測定したところでスタートが大きくずれていればそういったものがあてにならないこともあるのだ。


魔術というのは相変わらず便利なのか不便なのかわからないなと康太はため息をついていた。


そして自分が調べなければこの子は学校に通うこともできないのだなと自分自身に活を入れていた。これはしっかり調べなければと。















「というわけで手伝ってくれるよなありがとう!」


康太はさっそく家に帰って文に電話をかけていた。明日が日曜日ということもあって、そして今日の夜に魔術師としての戦いを行ったということもあって彼女もある種の興奮が抜けずに寝られなかったのだろう。康太の電話に対して数コールで彼女は出ることができていた。


『・・・もはや私の返答は聞く気すらないわけね?あんた親しき仲にも礼儀ありって言葉知ってる?』


「当たり前だろ。だからちゃんとありがとうって言ったじゃないか」


『・・・私が言いたいのはそっちじゃないんだけど・・・まぁいいわ・・・私もあんたの弟弟子のこと気になるし』


康太は文にはすでに大まかな事情は説明していた。文ならば話しても問題ないだろうし何より康太自身しっかりと説明しておきたかったのである。


何せ自分の兄弟弟子となる人間のことだ。これからも同盟関係を結ぶつもりの康太からすれば文との関係は良好に保っておきたい。


そして何より文にもみかのことを気にかけてほしいのだ。親元から離れて不安であるだろうし、いきなり魔術師になれと言われて混乱もしているだろう。幼いころから魔術師として育ってきた文ならばいろんな意味でフォローできると思ったのである。


むろん必要以上に迷惑はかけられないが、文ならば快諾してくれると康太は信じていた。


『というかあんたが兄弟子か・・・真理さんはともかくあんたがねぇ・・・まさかこんなに早く兄弟子の立場になるとは思ってなかったわ』


「いやそれは俺もだよ。今日店に戻ったらいきなりその子に会ったんだ。本当にびっくりしたよ。師匠がとうとう人さらいでもしたのかと思ったくらいだ」


『あんた自分の師匠を何だと思ってるのよ・・・さすがにあの人でもそんなにひどいことは・・・』


言葉の途中で文は康太の師匠である小百合のことを思い出し、しないでしょという言葉をつなげることができなかった。


自分の師匠のことならば絶対にそんなことはしないと言い切れるのだが、それがいかんせん康太の師匠となると話が別なのである。


何せあの性格だ。今までやってきた傍若無人っぷりを見ているとどうしてもそんなことがないと言い切れるだけの自信がないのである。


あの小百合ならそれくらいやっても不思議はないなと思えてしまうのだ。完全に否定できないことに若干の申し訳なさを感じながらも文は話題を切り替えることにする。


『それで?その子の両親を探すのはいいけどさ、具体的にはどうするわけ?その天野って家を探すの?』


「それもあるな。あとは市役所とか行ってちょちょっといろいろやって調べ物をしようかと」


『あんたもあくどいこと考えるわね・・・明日日曜よ?市役所なんて普通は開いてないじゃないの』


「だからこそ文に頼んでるんだって。いろいろと頼むぜ」


いろいろという意味の中にいったいどのような意味が込められているのかを何となく察してしまった文は大きくため息をつく。


市役所が開いていないのであれば開けてしまえばいいだけの話だ。それに市役所自体が機能していないとはいえその建物の中には書類は山ほど残っている。もしかしたらパソコンも操作できるかもしれない。


そうなれば市区町村によっての検索も可能になる。みかの家族の手がかりを探すには十分すぎる方法である。


康太の場合かなり雑な処理をしなければならないが、文は一端以上の魔術師だ。隠ぺい工作も侵入もお手の物である。


調べ物や魔術師としての行動をするうえでこれほど心強いものは文のほかにはそういないだろう。


『それはいいけど、アリスはどうするの?あいつにも手伝ってもらうわけ?』


「いや、実は今アリスはその子についてもらってるんだ。俺らみたいに外見からして大人っぽい奴よりアリスみたいな外見幼女のやつに一緒にいてもらったほうが精神衛生上いいかと思ってな」


康太の言うようにアリスは今康太の家にいない。


今日は小百合の店に泊まり込んでみかの様子を見てもらっているのだ。


実際不安定な状態の人間を小百合のような危険人物の近くにいさせるわけにはいかない。何より彼女自身がみかに興味を持っているのだ。


いや正確にはみかに興味を持っているのではなく、彼女が内包している精霊たちに興味を持っているというべきだろうか。


彼女の弁を借りるのであれば『数多の精霊がどのような思惑があって一人の少女を守っているのか興味がある』とのことだった。


普通なら喧嘩をしだす多種多様な属性の精霊たちが争いもせずにただ真摯に彼女を守ろうとしている。


精霊たちの動きとしては非常に不自然だ。その圧倒的な不自然さがアリスの興味を引いたのだろう。


それがいいことなのかはさておき、アリスがみかの近くにいるきっかけになり、理由になったのは事実である。


みかのことが少し心配だった康太からすれば渡りに船だったのである。


『まぁ話を聞く限りいきなり大人たちに囲まれたら確かに驚くだろうし怯えちゃうかもね・・・その子が本当に気の毒だわ』


「そればっかりは心底同意するよ・・・本当に気の毒だ」


二人の言う気の毒がいったいどういう意味で言われているのかは定かではない。きっと両者ともに小百合の弟子になるなんてという意味が含まれているだろうが、二人ともその言葉をあえて口に出すことはなかった。


『ところで探すのはいいけどさ・・・万が一・・・もしの話よ?両親がすでに殺されてたらどうするつもり?』


文の問いは康太が頭の中で何度も何度も考えたことだった。


子供一人を誘拐する。案外簡単なことかもしれないが、それをだれにも気づかれず、親にも意識させないようにするためには多少の手順が必要となる。


暗示の魔術の前にその家の家庭環境などを調べて違和感なくその事実を刷り込ませることができれば、子供一人いなくなっても気にしないような家庭となるだろう。


だが魔術の実験材料としてとらえた人間にそこまでの手間をかけるとも思えなかったのだ。


最悪一家丸ごと連れ出して、すでにあの牢屋の中で彼女の両親だけは死んでいるということだってあり得る。


ほかの死体が原形をとどめていないものもあったらしいためにこの辺りは断言もできないのが厄介なところである。


「・・・どうしようか正直迷ってる。警察に連絡すれば当然みかの存在が明るみに出るし、何より俺たちの存在も露呈する。そうなってくるとさらに面倒なことになるんだよな・・・とは言っても・・・」


『放置できるほどあんたは冷静じゃいられないかもしれないしね・・・何より放置したところで状況的に何が変わるってわけでもないし・・・』


「よくわかってらっしゃる・・・もし家を見つけることができて、そこに死体があったら通報はしようと思ってる。どうやって通報するかは・・・まぁ文に任せるわ」


『また私任せにして・・・まぁいいわ、警察関係は私が何とかする』


みかの住んでいた家を発見できたとして、その家の中に入って調べることができてそこで両親の死体を見つけたとして、康太たちがそれを通報しようとした場合警察にどのように報告すればいいのかわからないのである。


これが道端などであれば別に死体を見つけて通報するというのも何らおかしな話ではないのだが、これが個人の家の中となると話は別である。


個人の家である以上勝手に入ることはできない。死体があると通報したとして『どうしてその家に侵入したのか』という話になるだろう。


さらに言えば高校生とはいえ勝手に他人の家に入れば立派に犯罪として取り締まられる可能性が十分にある。


さすがにこの歳で前科者にはなりたくないと康太は考えていたが、目の前に死体があったらそういったことをすべて無視してすぐに通報してしまうかもわからない。


『じゃあさっきの質問の逆をするわ、もし両親が生きていたらどうするの?両親と一緒に住めるようにでもするつもり?』


文のこの質問も、康太が頭の中で何度も考えたものである。


仮にみかの両親が健在だった場合、康太はもちろんみか本人と会わせるつもりだった。可能なら両親と一緒に暮らし、平凡に生きてほしいとさえ思う。


だがそんな状況になれないのはすでに分かり切っていた。すでに彼女はそういう場所に戻れるような場所にいないのだ。


魔術師としての才能を見出され、精霊たちに愛されるという特異性を有している彼女がもし仮に平凡なただの一般人としての生活に戻ったところで、同じような目に合うのが関の山なのである。


ほかの魔術師もそれなりの数が彼女の特異性に気付いている。名前だけ小百合の弟子と名乗ったところで実力が伴わなければむしろ敵を増やしただけに過ぎない。


「正直に言えば・・・両親と一緒に生活させてやりたい。だってあんな小さな子なんだぞ?俺があの子の歳の時は親にべったりだったと思うから、そういうのは必要だと思うんだ」


『思うってことは、それがもうできないってことは理解してるわけね?』


「・・・さすがにな・・・」


彼女が最低限の暮らしをするには小百合の住まう場所で一緒に生活し、師匠である小百合の目の届くところにいる以外に方法はないのである。


だがそれでも、それでも康太は両親に引き合わせてやりたかった。可能なら両親と一緒に生活させてやりたかった。


それがかなわないことだろうと、せめて一週間に一度くらい。両親と一緒に寝泊まりする程度でもいいから親との時間を与えてやりたかったのである。


「・・・もう一緒に暮らすとかそういうのは難しいと思う。それこそ師匠の住んでるあの店に両親一緒に住まわせでもしない限り難しいだろうな」


『まずそれは無理ね。あの人が無関係な人間を・・・仮に奇跡的にその子の両親が魔術師だったとしてもあそこに住まわせるってことはないでしょうね』


「あぁ・・・でもやっぱり親と一緒にいる時間っていうのは大事だと思う。だから可能なら生きていてほしい」


康太が自分の言っていることが非常に難易度の高いものであるということは康太自身理解している。


そして文も同じように康太の言っていることがどれほど難易度の高いことであるか理解しているのだ。


死んでいるときの仮定よりも、生きているときの仮定のほうが康太たちがとる選択肢によって大きく変化するものがある。


それはみかとみかの両親との関係性だ。


もしすでに死んでいたのであらばもはや康太たちにもどうしようもない。死んでしまった両親の代わりにみかをしっかりと指導してやるくらいしかできることはないのだ。


だが生きていたのであれば、指導する以外にもできることは山ほどある。彼女の生活を改善するためにできることは多くある。


特に彼女と両親の時間を作るためにやらなければいけないことは多い。


そういう意味では死んでいたほうが考えることややることが少なくなるというのは何とも皮肉なものである。


「とりあえずあの子の両親が生きてるものと仮定して動く。死んでたらそれはそれだ・・・生きていたら可能な限りあの子に引き合わせる」


『わかったわ。ところで明日は私たちだけで動くわけ?倉敷のやつに協力してもらったりしてもいいんじゃないの?』


文の提案に康太はどうしようかと口元に手を当てる。実際康太も倉敷の手を借りることを考えたのだが、実際手伝ってもらうとして一体何をしてもらうのか微妙なところなのである。


倉敷が暗示などの魔術を扱えたのであれば頭数に入れてもよかったのだろうが、倉敷は魔術師ではなく精霊術師だ。無属性の術を基本扱えないために暗示などのオーソドックスな無属性魔術を扱うことができないのである。


そのため調査がメインである今回の行動に連れて行っても雑用以上の役に立てないのではないかと考えたのだ。


「倉敷連れて行ってもなぁ・・・今回別に雨降らしてもらうような事案もないし・・・何より水の力が必要になることなんてないぜ?」


『まぁそうなんだけどさ・・・あんたがいいっていうならそれでいいわ。実際役に立つようなことがあるとも思えないしね』


自分で言っておきながら文も倉敷がいたとしても今回ではほとんど役に立てないだろうということはわかっていたのだろう。


わかっていたというのになかなかひどいことを言うなと康太は眉を顰めるが、今重要なのは倉敷の扱いではなくみかの今後だ。


『にしてもその子に会ってみたいわね・・・天野みかだっけ?見た目は小学生以下っぽい感じなの?』


「少なくとも俺にはそう見えた。実際どうかはわからんから何とも言えないけどな・・・少なくとも一桁台の年齢なのは間違いない」


『ふぅん・・・ちなみにかわいい?』


「おうかわいいぞ。あれが弟弟子になるとか胸が熱くなるぜ」


『お願いだから変なことしないでよね?特に新聞とかニュースになるようなことは』


「お前俺を何だと思ってるんだよ・・・俺にそっちの趣味はないぞ」


康太から見てみかは確かにかわいかった。だがそれは現時点での話だ。自分の兄弟弟子になるということもあっての身内補正のようなものが働いていた可能性も否めない。


だがそういう身内びいきを差し引いてもみかはかわいく見えたのだ。きっと将来は美人になるだろうということが今から楽しみなほどである。


とはいえ康太に幼児性愛の趣向はない。あくまでかわいい弟弟子として接するつもりだった。


今まで真理が自分に対してそうしてくれたように、可能な限りみかを守り、導いていければいいなと思っていた。


まだまだ誰かにものを教えられるほど魔術師として完成していない未熟者ではあるが、少し先に魔術師になった先輩として、そしてだいぶ先に生まれた人生の先輩として康太にもできることはあると考えたのである。


『一応今ちょっと調べてみたけど・・・捜索願とか行方不明者の中には名前が載ってないわね・・・天野みかっていうのは本名で間違いないのよね?』


「本人がそう名乗ったからそれ以外に確かめようがないな・・・うちの店に来たときはすでにあの格好だったからなんか証明できるものをもってたとも思えないし・・・そもそもあの歳の子供じゃ身分証明なんてないだろ」


『わからないわよ?最近の親御さんは子供に首から下げる形でどこの誰っていうのがわかるようにしてるらしいし。まぁ魔術的な事件に巻き込まれた時点でそれの可能性はだいぶ低いか・・・』


そもそも康太はみかが発見されたときの様子を確認していない。小百合が発見した時にどのような格好だったのかもわかっていないのだ。


もし彼女がほぼ全裸に近い状態で発見されたのであればそういった証明できる何かの存在は絶望的だが、何か身に着けた状態で発見されたのであれば可能性はある。


そのあたりを明日にでも小百合に確認してみなければならないだろう。


『ちなみにこの『みか』っていうのは漢字でどう書くわけ?ちょっと珍しい名前だけど・・・美しいに加える?それとも花?』


「子供に聞いてそんなことわかるかよ・・・現状天野って苗字だって天に野原の野で合ってるかも怪しいのに・・・」


『そういえばそうか・・・子供相手っていうのは厄介ね・・・せめて漢字がわかればもう少し調べようもあったんだけど・・・』


その人個人の正式な名前がわかれば市区町村の役所に行けばその個人がどこに住んでいるのかなどを調べることは可能だ。


普通赤の他人などがそれを調べようとする場合いろいろと面倒な手続きや証書が必要になるのだが、魔術師の場合それを魔術の暗示などによって半ば強引に突破できる可能性がある。


とはいえもちろんかなり強い違和感を相手に与えるために言葉を選ばなければうまく暗示をかけることはできないだろう。


そのあたりは暗示になれた魔術師に頼んだほうが確実である。


『にしても『みか』か・・・最近よく聞くキラキラネームってほどじゃないけど、少なくとも聞いたことないわね』


「珍しい名前だから比較的見つけやすいと思うんだよな・・・そのあたりは明日になってみないとわからないってところか。頼むぞ文」


『はいはい。とりあえず明日はあんたのところの店に集合でいいでしょ?その子も見てみたいし、私も小百合さんから直接話を聞いておきたいし』


「わかった。んじゃ頼むな」


康太はそう言って通話を切る。文の協力があればかなり調査活動は楽になる。やはり持つべきものは優秀な同盟相手ということだろうか。

















日曜日、康太と文はさっそく小百合の店に集まり康太の弟弟子になるみかの様子を見に来ていた。


先日ゲヘルの窯の中に入ったまま寝てしまったみかだったが、今日康太たちがやってくると再び窯を使いその窯の中に手を突っ込んでいるようだった。


かつて康太もやったことがある魔力を練ることができるようになるための訓練だ。昔の自分を見ているようだなと思いながら彼女の様子を眺めていると、一緒にやってきた文は彼女のことを信じられないという表情で見つめていた。


「どうした文、なんか妙な顔して」


「あ・・・いやなんでもないわ。話には聞いてたけどこうして実物見るとすごい違和感ね・・・信じられないものを見てる気分だわ」


おそらく精霊たちをまとめて内包しているというのを見て驚いているのだろう。実際康太は精霊を見ることはできるが感じ取ることはできない。話の上でみかの中にたくさんの精霊たちがいるといわれてもどれくらいいるのか、またそれがどれくらいすごいことなのか理解できないのである。


自分も精霊を持てばそのすごさがわかるのだろうが、あいにくとそういった許可はまだもらっていないのだ。


「そこまで驚くことか?あの子自体はただの女の子って感じがするけど」


「あの子自体はね・・・いやでもあの子自身の体質だとしても異常よ。少なくとも私はあんなの見たことないもの・・・師匠にも見せてあげたかったわ」


自分の師匠である春奈のことを思い出しながら、文は魔力を練るための訓練を続けているみかのほうを見ながら感心していた。


これから精霊を連れるうえで何か得られるものはないだろうかと探しているようだが、彼女が何かしていることで精霊たちが手を貸しているわけではない。あの場で彼女を見ても何の手がかりも得られないだろう。

そんな中、康太と文がやってきたのに気が付いたのか近くでその様子を見ていた小百合と真理がこちらにやってくる。


「なんだ、今日はあいつの情報を仕入れに行くんじゃなかったのか?」


「文がみかちゃんを見たいってことでここを集合場所にしたんですよ。あと師匠にいくつか聞きたいことがあって」


「私に?いったいなんだ?」


「あの子が見つかったときの状態について知りたくて。着ていた服とか身に着けてたものとか」


その問いに小百合はみかの個人情報につながるものがないか探しているのだろうと理解して自分の記憶の中を探し始めていた。


だが強烈な記憶であっても細部までは覚えていないのかどうだったかなと首をかしげてしまう。


「少なくともここに来た時に着ていた服は適当に買い与えた服だ、身に着けていたぼろ布のようなものはさすがに捨ててしまってな・・・あの時何かを身に着けていたかと聞かれると・・・」


どうやら牢の中にいたときにみかはほとんど何も身に着けていないに等しい状態だったのだろう。


小百合をしてぼろ布と言わしめるだけの服しか身に着けていなかったのだ。おそらく身分証明になるようなものも持っていなかったと考えるのが妥当だろうか。


「なるほど、個人情報を調べればご家族につながる情報を得やすくなりますからね。康太君もそのあたりになれてきたということでしょうか」


「いやいや、文が言ってくれなきゃ忘れてましたよ。あとアリスに一つ頼みがあるんですけど・・・あいつ今忙しいですかね?」


そういって康太はゲヘルの窯の近くでみかの様子を観察しながらプラモを自作しているアリスのほうに目を向ける。


一見するとただプラモを作っているように見えるが、実際はみかが万が一にも危険な状態にならないように常に気を張っているようだった。


そのあたりはさすがは一流の魔術師。魔術を併用してうまくみかの体調を気遣っているようだった。


「問題ないでしょう。私がしばらくみかさんにつきますのでアリスさんのところに行っても大丈夫ですよ」


「ありがとうございます。師匠、くれぐれも言っておきますけどあの子に変なことしたらだめですよ?最初に教える魔術も難易度の低い奴にしてあげてください」


「弟弟子ができたとたん兄弟子気取りか・・・真理といいお前といい・・・全く私の弟子はこんなのばっかか・・・」


小百合はかつて康太という弟弟子ができたときの真理を見ているようで頭が痛かった。


今までそれなりに文句は言いつつも従順だった弟子が、弟弟子ができたとたんに歯向かうようになったのである。


かわいい弟弟子を守るために兄弟子として師匠の毒牙から守らなければいけないという使命感に燃えているのだ。


兄弟弟子でここまで似ているのは少々頭が痛かった。


「安心しろ、少なくとも最初はお前に教えたのと同じ分解の魔術を教えるつもりだ。それにまだあの歳だ・・・正直魔術を覚えるまでに時間がかかるだろう」


「時間って・・・どれくらいですか?」


「さぁな・・・そのあたりは文に聞いたほうが早いだろう。幼ければ幼いほど魔術を覚えるのは難易度が高いんだ。魔力の補給のそれと違ってな」


幼いころから魔術師として生活してきた文はその違いについてよく知っている。小百合が言っていることがどういう意味を持っているのかも、そしてみかの魔術習得にかなり時間がかかるということも。


「そうなのか文、小さいと魔術の習得には有利だと思ってたけど・・・」


「あー・・・その認識ももちろん間違ってはいないのよ?でもそういうのってスポーツとかで子供のころからやってた人のほうが後々有利とかその程度のものだもの。子供のころのほうが覚えやすいとかそういうのではないのよ」


「なんか一気にしょぼいたとえになったな・・・子供のほうが感覚的に覚えやすいとかそういうのがあるんじゃないのか?」


「まぁないとは言い切れないけどね。でもそれが体の・・・肉体的な動作だったらまだよかったのよ。水泳とか自転車でもそうだけど体を動かす感覚を覚えることができるのと違って魔力の操作やら魔術の操作やらは完全に意識と感覚だけで行ってるでしょ?」


そういうのは子供には難しいものなのよと文は苦笑しながらみかの方を見る。


なるほど確かに魔力や魔術を操る際はほぼ感覚のみでの操作が多い。


自分自身の体の事であれば、動かして失敗を繰り返すことで学習することもできるのだろうが、自分の中の感覚となると子供では理解できないことも多くある。


そうなるとどうしても学習するのは難しくなるのかもしれない。


「もちろん子供のころから魔術に触れることで利点もあるわ。一つは魔術師的な考えをしやすくなること。もう一つは他の魔術師たちに比べて多くの魔術を覚えられるだけの時間を得られること」


どちらかというと後者の方が影響は大きいわねと言いながら文は康太の方を見て小さく笑みを浮かべる。

幼いころから魔術に触れていれば、当然多くの魔術を学習するだけの時間が与えられることになる。


康太のように高校生から魔術師のなったような人間だと、戦闘系の魔術とほんの少しの索敵、隠匿系の魔術しか現状覚える時間がないのだが、文のように子供のころから魔術に近しい場所で生きてきた人間にはいわゆる余分な魔術を覚えるだけの時間があったのだ。


余分な魔術といっても決していらない魔術というわけではない。個人の才能や素質、そして相性などを図るためにも目的の魔術だけではなく、多少毛色の違う魔術を覚えておいて損はないのだ。


以前文が康太に言ったことがあるように手札が多いに越したことはない。できることが多いということはそれだけ対応できる状況が多いということでもある。


もちろん長く与えられた時間を一定の魔術にだけに注ぎ込むことだってできる。


小百合などがその部類だ。もっとも彼女の場合は破壊の魔術しか覚えられないという起源のせいもあるのだが、そのあたりは置いておくことにする。


「てかスポーツ的な話をするならさ、子供のころからやってると素質が成長したりはしないのか?一応身体能力みたいなものなんだし」


「前にも言わなかったかしら?基本的に素質が成長することはないわ。魔術師に必要な三つの素質はあくまで肉体的なものじゃないのよ」


「でも魔力を大量に入れすぎたりすると吐きそうになるだろ?体に影響が出てるのはどういうことなんだ?」


「それはあくまで魔力を入れすぎたのが原因よ。魔力そのものが影響を及ぼしているだけで、魔力を入れるための器官が悲鳴を上げてるわけじゃないの。違いわかる?」


「・・・ん・・・なんとなく・・・」


「車の燃料を入れすぎれば車そのものが危ないことになるけどガソリンスタンドは別にどうもならないでしょって話よ」


たとえ話をしてわかりやすく説明しようとしてくれているのは康太としてもありがたくうれしいことなのだが、それでも微妙にわかりにくい。


文は頭はいいのだが説明は微妙に下手だ。言いたいことのニュアンスはわかるのだが、わかりやすい説明というものが苦手なのだろう。せっかくのたとえ話もたとえが微妙なせいでかえってわかりにくくなってしまっていた。


「でも前に薬とかで少しでもまともにできるって聞いたぜ?俺も前に飲まされたことがあったような・・・」


「それでもほんの少しだけの改善でしょ。もし魔力を補充したりする力が肉体依存ならもっと効果が得られる薬を作れてるわよ。そうじゃないからほんの少ししか効果がない薬しか作れないんじゃない」


「そうなのか・・・精神依存・・・感覚依存っていうのは結構面倒なもんだな」


「成長しないっていうのも厄介なものよ。生まれた瞬間に魔術師に向いてるかどうかがはっきり分かれちゃうんだから。人によっては子供の段階で魔術師に向いてるかどうか調べてそれで修業させるか決めるような人もいるらしいわよ?」


「なるほど・・・才能ないのに頑張らせる必要もないってことなんだな」


「そういうこと。でもそういう意味ならあの子は間違いなく魔術師にさせるべきね。高い素質にあの体質、他の魔術師が見たら血の涙を流すわ」


そこまでなのかと康太はみかの方を見て目を細める。


みかの素質が高いことは先ほどの小百合たちの会話で聞いていた。それくらいなら文と同じ程度の才能を持った魔術師であるといえるのだが、彼女の場合はそれだけではない。


精霊に愛されるという、文曰く人によっては血涙を流すほどの彼女の体質はうらやましいを通り越して恨めしいほどなのだろう。


康太のように精霊のすごさをまだ実感できていない人間からすると、多少すごいのだな程度にしか思えない。


「あの子は将来すごい魔術師になるわね。あんたのところで修業するとかなり戦闘能力高くなりそうだわ」


「俺としてはおしとやかに育ってほしいんだがな・・・難しいかな・・・?」


「無理でしょ。小百合さんの弟子って時点で」


それは一体どういうことだと聞き返そうかと思ったが、聞き返すまでもなく答えが出てしまうあたり悲しいところである。


「アリス、今いいか?」


「コータか・・・よいぞ、今はこいつらの研磨をするくらいしか仕事はない」


いつからアリスの仕事はプラモデルを作ることになったのだろうかと突っ込みたくなるところではあるが、今はそのことは置いておこう。康太がアリスに頼みがあるのはプラモデルの事なのではないのだ。


「実はあの子のことでな」


「ふむ、いとしい弟弟子のためということか。早速と兄弟子らしく気を使ってやれているではないか、感心したぞ」


「茶化すなよ。結構まじめな頼みなんだから」


「ほほう・・・言ってみるがいい。力になれるかは別としてな」


アリスに頼めば大抵何とかなるだろうが、彼女だって魔術師だ。使うのが魔術である以上できることとできないことというのは必ず存在している。


彼女にだってできることには限りがあるのだから頼りすぎるのは問題であるように思えたが今のところ彼女にすがるしか方法がないのだ。


「実はさ、あの子の記憶を読んであの子が住んでた町とか家とかの光景を確認できないかと思って・・・同調系の魔術だったらできるだろ?」


「・・・なるほど、住んでいた場所の特定のためということか。まぁ確かにできないことはないが・・・正直難しいだろうな」


「どうして?大体一週間とかその程度の前の話みたいだしできるんじゃないのか?前言ってたサイコメトリー的な魔術は割と長く見れるんだろ?」


以前アリスに聞いたことのある過去視に近い魔術、サイコメトリーのような魔術は確か数週間程度なら巻き戻ることが可能だといっていた。


といっても日常に近い、平凡な内容は読み取るのは難しく、何かしらのイベントがない限り日常を切り取ることは難しいだろう。


記憶を読む場合でも似たようなものだと思っていたために、難しいとは思うがそこまで期間が開いているわけではないために難しいとは思わなかった。


だがアリスの話を聞く限りあまり良い方法ではないようである。


「記憶を読む魔術というのは欠点だらけでな。一番の欠点は読んだ記憶が正しいものか間違っているものか判別できないという点にある」


「・・・正しいかどうか?どういうことだ?記憶に正しいも間違ってるもあるのかよ」


康太は理解できずにいたが、文は何となくアリスが言いたいことを理解したのだろう。なるほどねと言いながら口元に手を当ててうなり始める。


「人間というのは良くも悪くも自分の都合のいいように記憶を改竄することがあってな、記憶を読む魔術ではそういった『無意識のうちに改竄した記憶』も読み込んでしまうのだ。そうなると正しい記憶がどれなのか判別はつかん」


「そんなことあるのか?にわかには信じられないんだが」


「ならばこういうのはどうだ?コータが見た夢をコータ自身が覚えていた。それは体験したわけではないが一種の記憶として残る。事実ではなくとも記憶に残る過去の情報として読み取る対象となってしまうぞ」


「あぁ・・・そうか、そういう感じなのか・・・それは確かに困るな」


人間が記憶しているものはあくまで現実にあったものだけではない。アリスの言うように寝ているときに見る夢も記憶している場合がある。


実際に現実にはないことだが、本人の中には見たことのある光景として刻まれるわけである。


アリスの言う記憶同調はそういったものも読み取ってしまうのだろう。そうなると確かに精度は期待できない。


「さらに言えばだ・・・あ奴の境遇を聞く限りもはや日常の記憶はかすんでいるかもしれんぞ?それこそ家の形もそこに通じる道も、覚えているかどうか怪しいな」


「どういうことだ?やっぱ事件のショックとかか?」


「・・・考えてもみろ、あんな小さな子供が親から離れ、謎の集団に攫われたと思ったら周りの人間は皆殺し。そこからさらに妙な連中に連れてこられてわけがわからない状態だというのにあの子は何の疑いもせずにサユリの指示に従って修行をしている。おかしいとは思わないのか?」


「・・・そういえば・・・」


アリスに言われてそういえばその通りだと康太は思いつく。康太が小百合の弟子になるときだってちゃんと説明されてようやく仕方なしに修業を始めたのだ。


康太のような高校生程度の思考能力がある人間だからこそそういうことができたのだろうが、みかはあの歳だ。はっきり言ってまだまともな考えができるとも思えない。


感情で物事を考える年ごろであるために彼女自身が嫌だと思うことは絶対にしないだろう。


親から離れて泣きわめきたいはずなのに、何の反論も文句も言わずに修業をしているのは確かに違和感が強く残る。


「・・・じゃああの子は今・・・」


「もしかしたら夢を見ているような状態なのかもしれんの・・・あるいは考えることを停止しているか・・・それとも本能的にこの場は従っておいた方がいいと感じ取ったか・・・どちらにせよ普通の精神状態ではない。事件の記憶そのものを封印している可能性だってある」


人間は恐ろしいことや辛いことなどを体験すると、無意識のうちにその記憶を封印、あるいは消去することがあるのだという。


みかの場合周りの人間の凄惨な死のことに関してほとんど理解できていなかったかもしれないが、思い出せなくても無理はないのだ。


そうなってくるとアリスのいうように記憶同調の魔術は役に立たないかもわからない。


「・・・あ・・・」


修行がひと段落したのか、それとも集中が途切れたのか周囲を何となく見渡したみかは康太たちがこの場にやってきたことに気が付いたのだろう。康太の姿を見つけるとゲヘルの窯から離れ康太のもとに駆け寄ってきた。


そしてその傍らには常にウィルが付き添っている。康太が伝えたみかを守れという指示をしっかりと守ってくれているようだった。


「おはようみかちゃん、修業頑張ってるみたいだな」


「・・・うん・・・やってる・・・」


康太が身をかがめて頭をなでると、みかは少しくすぐったそうにしていたがされるがままになっていた。


康太には心を開いている。これがアリスの魔術によるものなのか、それとも康太個人のことを信用するに値すると思っているのか。子供相手ではそのどちらが大きな割合を占めているのかわからなかった。


そして、みかは康太の近くにいる文の存在に気が付くと康太の陰に隠れるようにして文の姿を観察していた。


文はみかに視線を向けられ、その目を見た。康太も異質に感じたその目を。


一瞬、こんな小さな子の目に文は動揺してしまった。なんて目をする子供だと素直に驚いてしまった。


こんな目は見たことがない。少なくとも、文の身近にこんな目をする者はいない。奥底まで観察しようとしている目だ。この子は確かにただものではないのかもしれないと文もまた思い始めていた。


「あぁ、こいつは俺と同盟を組んでる魔術師だ。文、この子が天野みか、俺の弟弟子になる子だ」


「えぇ・・・みかちゃん初めまして。こいつと同盟を組んでる鐘子文よ。術師名はライリーベル。よろしくね」


文が身をかがめて視線の高さを合わせそう微笑みかけると、みかは小さくうなずいてから再び康太の陰に隠れてしまった。


人見知りが激しいのか、それとも康太だから信用したのかまだわからなかった。


少なくとも文は彼女のお眼鏡にはかなわなかったということになる。


この子にはいったい何が見えているのか。もしかしたら康太が魔術の根源に近い何かが見えるという起源、ある意味体質といってもいいそれと同じように、彼女には何か普通の人間には見えない何かが見えているのではないか、そう思わせる。


だがこの歳の子供ならこういった臆病さと人見知り的な反応を含めていても不思議はない。現状ではまだこの反応がどういう意味を持っているのかを理解することは難しかった。


「フミよ、少々確認したいことがあるからサユリのもとへ向かうぞ、ついてこい」


「へ?何言ってるのよアリス、そんなの」


「いいから来い・・・時間が惜しい」


アリスは唐突に文の手を取って少し離れた場所でこちらに意識を向けている小百合の方へと向かおうとする。そして康太とすれ違う瞬間、みかの頭を撫でて頑張れよと小さくつぶやいた。


すると同時に康太の耳元でアリスの声が聞こえる。


『コータよ、私たちはしばらく席を外す。その間に可能な限りミカをリラックスした状態にさせてくれ。そうした方が記憶が読みやすくなる』


その言葉が聞こえてきた瞬間、アリスがみかの記憶を読むことをあきらめていないということを理解した。おそらく今頭に触れたのは彼女の記憶へのリンクを作ったのだろう。


口では難しいといいながら、やる気は十分ということだろう。


本当にリラックスしている状態というのは眠っているときだが、その時見た夢などによって急に状態が変わることもある。何より康太たちは今日動こうとしているのだ。無理やり眠らせるより信用を勝ち取っている康太にリラックスしている状態を作らせた方がいいと判断したのだろう。


とはいえいきなり二人だけにされて一体何をどうしろというのか、とりあえず康太はその場に座りみかと視線の高さを合わせることにした。


「みかちゃんは今つらくないか?いきなりよくわからないことさせられて・・・こんなところに連れてこられて」


なるべくわかりやすい、子供でも伝わるような言葉を選んでそういうと、みかは少し目を伏せた後で首を横に振る。


つらくはない。そう言いながらもみかは康太の服の裾をつかんで離さない。おそらく我慢しているのだろう。


こんな小さな子供だというのに、大人を困らせないために我慢をしている。随分と思慮深く、そしてかわいそうな子だと康太は思った。


今まで暮らしてきた生活環境が原因か、それとも彼女の体験してしまった事件が原因なのか、この歳の子供らしくない反応だと思った。


「いいか?無理する必要なんてない、言いたいことははっきり言うんだ。そうじゃないとみんな勘違いしちゃう。ここには君を傷つける人はいない」


そういって康太はみかの頭をやさしくなでる。この子が何かを抱えているのはわかる。つらくないはずがないのだ。これが本当に辛くないというのならこの子は今以上に凄惨な状況にいたということになる。こんなに小さな子がそんな状況になるなんて考えたくはないが家庭によってはありえてしまうことだ。


ありえてはならないことだと思いながらもあり得てしまうその事実に康太は心を痛めながらも、目の前の小さな弟弟子を前に柔らかな笑みを浮かべながらその頭を撫で続ける。


徐々に彼女の体に込められていた力がなくなっていくのを康太は感じていた。アリスが補助として何かをしたのか、それとも康太が近くにいることで安心し始めているのか少しずつ緊張の糸が解けているような気がした。


「そういえばみんなの名前は覚えたか?ここにどんな人がいるか、教えてくれるか?」


「・・・怖い顔のししょーのさゆり・・・優しいお姉さんのまり・・・あと・・・お兄ちゃんのこうた・・・」


お兄ちゃんと呼ばれたことで康太はほんの少しだがかつての真理の気持ちを理解しつつあった。


あの時真理は康太に姉と呼ばれたことで非常に喜んでいた。あの時兄弟子はこんな気持ちだったのかと今更になって康太は実感していた。


弟や妹のいない康太にとって、こんな風に呼ばれることがこんなにうれしく、そして気恥ずかしいものだったとは思わなかった。


何というか、目覚めてはいけない何かに目覚めそうな勢いだった。


「あと、変な子のアリス、クッションのウィル・・・お兄ちゃんのどーめーのふみ・・・」


アリスを変な子扱いしているこの子は本当に大物になるなと思いつつ、ウィルがクッション扱いされているのもまた何とも言えない気持ちになった。


実際にウィルはみかの近くにいるときクッションや椅子代わりになったりしている。おそらく彼女の中のウィルのイメージは勝手についてきて勝手にクッションになってくれる便利な謎の物体くらいにしか思っていないのだろう。


このウィルがどのように生まれたのかを知ったら一体どんな風に思ってしまうのか少し不安でもあるが、きっとそんなことを話すきっかけはないだろう。


知らぬが仏という言葉もある。知らないほうがいいこともあるのだ。


「それと」


今のところすでに全員の名前と印象を言ったのに、みかはさらに続けた。もしかして父親や母親のことを思い出したのだろうかと期待していたが、みかは康太を指さした。


「お兄ちゃんの中にいる黒い人」


「・・・黒い人・・・って・・・」


康太は目を見開いて驚愕してしまっていた。みかが言っているのがデビットの事であるということにはすぐ気付けたが、みかにはデビットが見えているのかということもそうだが今まで康太はみかにデビットを見せたことはない。


それどころか彼女の前で黒い瘴気を出したことすらないのだ。だというのにこの少女は康太の中に納まっているデビットの存在に気付いているようだった。


「みかちゃん・・・君・・・見えてるの?」


「・・・ううん、わかるの。中に黒い人がいるって」


なんとも感覚的な話だ。少なくとも視認しているわけではない。だが康太の中にデビットがいるということはわかっているようだ。


康太はとりあえずデビットを自分の横に出して見せた。するとみかの視線は康太から出ていくデビットを追うように動いて見せた。


「・・・こいつは見えてるんだね?」


「・・・うん、見えるよ。黒い人」


この歳ですでに魔術師としての視覚にも目覚めている。おそらく本当に幼いころから精霊の寵愛を受け続け、魔力を内包し続けた結果だろうか。おそらく物心ついた時にはすでに精霊の姿が見えていたのだろう。

康太が最近目覚めた魔術師としての視覚をすでに有しているということに関しては素直に驚いたが、それ以上に彼女の感覚に驚いていた。


見えていないものを感じ取っている。そこに何がいてどんなものがいるのかおそらく五感とは別のところで感じ取っているのだ。


いったいこの子には何が見えて何が感じ取れているのか不思議でならない。以前自分が見てもらったように、この子の起源を見てもらえば少しはわかるのだろうかと康太は少しだけ目を細め小さく息をつきながらデビットを体の中に収めていく。


「そうか、みかちゃんにはいろんなものが見えてるんだな」


「・・・いらない」


「え?」


「ちゃん・・・いらない。みか」


子供特有の言葉足らずなものだったが、この少女が何を言いたいのかは康太にも理解できた。


この子が何を考えているのはまだわからない。言葉を知らない子供だからこそ、自分が伝えたいことをちゃんと伝えることができない。だからこそ大人はその子供が何を言いたいのかをある程度察してやらなければならないだろう。


「わかったよみか。これでいいか?」


「・・・うん」


康太もこのくらいの歳の頃があった。いやこの世界で生きるすべての人間はこんな風に子供で、周りにいるほとんどの大人が別の生き物のように見えることがあった。


それでもこの子はこの場に順応しようとしている。それがどれほどつらいことなのか康太はほとんど理解できないだろう。


だから少しでもこの子の助けになってやりたいと思っていた。


そんなことを考えていると康太の耳に再びアリスの声が聞こえてくる。


『もうよいぞコータ。おそらくこれ以上は無理だろう』


どうやら記憶を読むことはできたのだろうか、それとも見えたものと見えないものがはっきりしたのだろうか。その言葉に康太は少しだけ期待をもって小さくため息をついた。


「みか、俺と文は今日ちょっと出かけなきゃいけないんだ。修行頑張れるか?」


「・・・大丈夫、アリスとウィルがいるから」


「そうか。頑張るんだぞ。もしもの時はウィルに守ってもらうからな」


近くにいるウィルは肯定の意を示すためか震えだす。ウィルとアリス、それに真理もいれば小百合の暴虐からみかを守ることはできるだろう。少しだけ安心しながらも彼女の中にあるほんのわずかな不安を感じながら康太はみかの頭をやさしくなでた。


誤字報告85件分、そして日曜日、累計pv数が7,000,000超えたので20回分投稿


あっはっはっはっはっはっは!来ましたよとうとうこの時が。文字が多いとこういうことは稀によくあることです。だがもはや私のメンタルはこの程度の誤字では微動だにごめんなさいやっぱきついっす


これからもお楽しみいただければ幸いです

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