二人の戦い
「軽いやけど程度ですね。この程度なら問題なく動けるでしょう」
康太と文は一度小百合の店に戻り、負傷した康太の手当てを頼んでいた。
負傷といっても相手から受けた傷はほとんどといっていいほどない。あるのは文の電撃によって康太が負ったわずかなやけど程度だ。
体の節々、特に体と衣服が擦れ合う場所のいくつかに小さなやけどの跡がいくつもできている。
痛みもそれなりにあるが行動するうえで邪魔になるほど強い痛みではないためにこの後に連戦しても問題なさそうな状態のようだった。
「ありがとうございます姉さん。文がもうちょっと加減してくれたら無傷で勝てたってのに」
「先輩相手に二対一でも軽傷で終えられたんだからましだと思いなさい。ていうかあんたがあの場で直接攻撃してもよかったでしょうに」
「あの状況だったらお前が攻撃するだろうなって思ったからあぁしたんじゃないか。事実俺が窓割った瞬間に攻撃飛んできたし」
「それは結果論でしょ。私が攻撃してたからよかったものの、もし傍観してたらただ窓割っただけよ?」
事実文は攻撃していたし、康太はそれを見越して窓を割っていた。もしかしたら康太が文が攻撃するかもしれないと見越したうえで文が攻撃したのかもしれないが、それはもはや水掛け論だ。
結果的に康太の思った通り、文がにらんだ通り互いが互いの思惑通りに動いたために最良の形になったのは間違いないだろう。
もっとも康太が負傷している時点で最高ではなかったのだが。
「というか本当になんであんたあの状況で攻撃しなかったわけ?私が電撃撃つよりあんたの射程距離だったんだから徹底的にボコボコにできたでしょうに」
「まぁそうだったんだけどさ・・・ぶっちゃけあんまり手の内見せすぎるのも問題かと思ってな」
「・・・あぁなるほどね。見られてたのは意識してたんだ」
文の言葉に康太は小さくうなずいて見せる。
それは戦っているときに感じていた一種の視線だ。どこから見られているかまでは把握できなかったが、確実にこちらの動きを把握されているようなそんな粘りつく視線が康太にまとわりついていた。
見ていたのがもう一方の派閥の二年生であるのは間違いない。明日戦うことになっている二名を前にあまり自分の使う魔術を見せるのはどうかと思ったのだ。
手加減できる状態ではなかったとはいえ、文がすでに攻撃を仕掛けているというのであればわざわざ康太も攻撃する必要はないと考えたのである。
「そこまで神経質にならなくてもよかったんじゃないの?少なくともあれだけ近づいてたらどんな攻撃が来ても不思議じゃないわよ?」
「ただ近づいてるだけならよかったんだけどな、完全に拘束された状態で打撃が加えられたら接近戦になんかしら攻撃手段があるってすぐばれるだろ?それなら文の攻撃に任せた方がいいかなと」
「・・・そういえば今回あんたはあんまり接近戦しなかったわね。なんで?」
「いや、しようとしたんだぞ?したけど先輩がうまいこと防いでくるからなかなかに近づけなくてな・・・あぁいうタイプは地味に厄介だ」
康太が今回完全に近づいての接近戦をなかなか行えなかったのには理由がある。結局康太が接近戦をできていたのは相手が方陣術を発動するまでで、それ以降はほとんどといっていいほどできなかった。
その原因は相手が使う魔術が単純な射撃系魔術だけではなかった点だ。
康太や真理は小百合の訓練のおかげで通常魔術に対して回避し、あるいは最低限の防御をして近づくという術に長けている。
だがまだ訓練の練度が低い康太は、真理ほど高い精度での回避ができるわけではない。
康太が完全に見切れる攻撃は一定法則で動く射撃魔術に限られるのだ。その証拠に小さな物品を飛ばしてきた攻撃に関しては何の問題もなく防御、および回避ができていた。
むろんこれに関してはウィルの功績が大きいがそのことは今は割愛しておこう。
今回相手が使ってきた魔術は捕縛目的のものであり、魔術そのものの総面積が広かったのが原因である。
当たればそれだけで捕縛されてしまいかねないような魔術であったために康太はひたすらに回避した。
法則を見切るまでだいぶ時間がかかってしまい、距離を詰めるのに文のフォローが必要となったが、まだ康太の見切りの実力はその程度でしかないのだ。
真理ならばおそらくあの鞭の群れの中も問題なく突っ切って接近することができただろう。
その状況を見ていないために真理は何とも言えないが、康太がまだまだ課題としていることが多いということにほほえましさを覚えているようだった。
「康太君もまだまだということですね。近づくだけではなくて相手に情報を与えない魔術の使い方をそろそろ覚えてはどうでしょうか」
「う・・・前々からの課題だったんですけど・・・そんなにわかりやすいですかね・・・?」
「はい。素直なのは良いことだとは思いますが、康太君の場合少々素直すぎです。あれではすぐに相手にも手の内がばれてしまうでしょう」
真理の言うように康太は魔術を使う際非常にわかりやすい手段で使うことが多い。
実際に戦っているものからすればわかりにくかったりするかもしれないが、状況によっては一回使っただけでそれがどんな魔術なのかわかってしまうこともあるだろう。
本来魔術師は自分の使う魔術がどのようなものなのかを把握させないように使うものなのだが、康太はそういうことにまだ不慣れで素直で直接的な魔術の使用をしてしまうのである。
例えば再現の魔術を使う際、物理的な殴打に加えて殴る動作を再現すればその時点で相手は殴られた感触が増えているわけだから、動作を複製、あるいは再現している魔術だとすぐにわかってしまうだろう。
槍を扱うにしても、斬撃を再現するにしてもこちらが行っている動作が増えればそういう類の魔術であると気づくのにそう時間は必要ない。
そうなってくれば当然相手は康太に近づかなくなるだろう。康太の手が届く場所、槍が届く場所は特に危険な場所であるからである。
今回は康太があまり情報を与えずにいたために相手から近づいてきてくれたが、普段からそういう流れにはならないのだ。
何せ普通の魔術師は基本的に離れたがる。自ら近づいてくるという相手に対して多少動揺したのも事実である。
もっともその動揺も文の攻撃によって完全に吹き飛んだが。
「今日の戦いを見て明日の先輩たちもうまいこと引っかかってくれないかな?近づくと攻撃しにくくなるとかそんな感じ」
「どうかしら。私が巻き込む形で攻撃したし、難しいんじゃない?それにあんた今回そこまで殺傷能力高い攻撃してないじゃない。そういう意味では少し舐められてるかもよ?」
「ふふふ・・・能ある鷹は爪を隠すとはよく言ったものだ・・・相手を油断させて一気に叩く。もしそうなれば最高だな」
康太の言うように自分の能力を隠しているというのはある意味優秀なものの証でもあるかもしれないが、康太の場合それが当てはまるとは口が裂けても言えなかった。
隠したところで康太が使える魔術などたかが知れているのだ。それが戦闘用の魔術ならなおさらである。
特に康太の場合、威力の高い魔術というと精神破壊に用いる同調の魔術位のものなのである。
単体の魔術で相手を完全に、しかも一撃で戦闘不能状態にできるものとなるとその程度しか思い浮かばない。
蓄積の魔術も使い方によっては十分高い威力を発揮できるが、それも状況によりけりだし何より事前準備が必要な時点で使用方法が限定されてしまう。
再現の魔術は康太が自分自身で行える動作に限定されるためにこれもまた単体で高い威力を有しているとはいいがたい。
康太の戦闘における魔術の使用での攻撃は、たいていが体術だったり、他の魔術などとの組み合わせで高い効果や威力を発揮するものが多いのである。
例えば再現や遠隔動作の魔術は自身の体術と相性がよく、蓄積の魔術は再現の魔術などとの相性が非常にいい。
さらに言えば蓄積の魔術は収束の魔術との相性もよく、攻撃に防御に、どのような状況にも扱える良いコンボといえるだろう。
単体でしか使えない、あるいは他の魔術と組み合わせにくい魔術となると康太自身あまり持ち合わせていないのである。
戦闘とは少し違うかもしれないが、分解や構築の魔術は物理解析の魔術を用いることでその精度や効率を上げられることから相性がいいといえる。
魔術の組み合わせの方法はまだいくらでもあるが、単体でしか使えない、使いようがない魔術となると術式解析か、炸裂障壁の魔術程度しか思いつかなかった。
炸裂障壁はもともと、というか一応は防御魔術に分類されるのだが、その効果のせいもあってどちらかというと攻撃用に使われることの方が多いように思えた。
「でも手の内を隠すというのは大事なことですよ?相手がこちらの情報を知っていないというだけで状況をかなり有利に進めることができますからね」
「それはそうかもしれませんけど・・・まぁ次の戦いの場合あんたにはかき回してもらう予定だし、ちょうどいいっちゃちょうどいいのかしらね」
「おうよ、ガンガンかき回すぜ。それこそいやがらせ三昧だ」
戦闘時に重要視される行動は多くあるが、その中でも最も効果的なのが相手が嫌がる行動をすることである。
戦いにおいても自分のリズムや予定、考えのようなものがあり、それを崩されると人間というのは不思議なもので調子を落としてしまう。
逆に自分たちの思惑通りに事が運ぶと若干ではあるが調子が上がってくるのだ。
小百合との訓練で、そして文との日常的なやり取りで相手が嫌がることが一体なんであるのか康太は理解しつつあった。
「集団戦でこういう人種がいるというのは厄介ですよ。私も前にイライラさせられた覚えがあります。決して優秀な魔術師ではなく、戦闘能力も高くないはずなのになぜかあの場の全員があの人に翻弄されていましたね」
「へぇ・・・姉さんもそういう経験あるんですね」
「もちろんですよ。私にだって未熟な時代位ありましたから。とにかく、次の康太君の戦いの目標は相手への嫌がらせでしょうね。それで康太君に意識が向いたのであればそれで十分でしょう」
あとは文さんがなんとかしてくれますよと真理は他力本願にも近い言葉を告げる。
任される文としては責任重大なのだろうが、康太がその技術を完全に嫌がらせに終始させた場合いったいどうなるのか少し気になるのも事実である。
康太の戦闘能力は決して低くない。ある程度の攻撃にも耐えられるし回避できる、何より立ち回りのうまさによってうまく相手と渡り合うことができている。
これをもし相手を倒そうとせず、嫌がらせに徹する場合いったいどうなるのか想像もつかないのである。
もし自分がその立場だったらフラストレーションがたまるだろうなと文は明日戦う二年生の先輩二人に少しだけ同情してしまっていた。
康太と文の戦いは二日目に突入していた。その日は予定としては二対二の戦いとなる。
康太の負傷はほぼ回復していた。真理の行った回復魔術のおかげで体調面でも問題なく戦えるだけのコンディションを維持できている。
装備に関しても文のフォローのおかげで予備の部分を出す必要もなく万全の状態にすることができていた。
ただ今回は二対二という状況であるために装備の消耗は激しくなるだろう。あらかじめわかっていたことだ。用意した甲斐があるというものである。
「ビー、体は問題ない?」
「あぁ、姉さんのおかげでばっちりだ。ちょっとは心配してくれてるのな」
「そりゃ一応私が原因の負傷だしね。今日は無傷で勝つのは難しいでしょうからうまく攪乱頼んだわよ?」
「了解。今日は掻きまわすのが主なお仕事だからな」
魔術師二名との同時戦闘。康太は今まで経験がないわけではないが、文の場合は戦闘経験自体が少ないためにどうしても隙が生じてしまうだろう。
だが魔術師としての総合的な実力は文のほうが上だ。対応力も継続戦闘能力も康太とは比べ物にならない。
そのため不確定要素の少ない文が正面から二人とぶつかり、その二人に対して康太が横からちょっかいを出すというのが今回の作戦だった。
むろん相手の攻撃の標的が康太に向けばそれでもよし。相手が康太と文が一緒に戦うのを嫌がって一対一の状態に持ち込んでくれるのであれば尚よし。
互いに一対一の状況を作ったほうが戦いやすいこともある。逆に相手が二人そろっていた方が戦いやすい場合もある。
状況に応じて康太と文ならばどうとでも対応できる。
相手が派閥を同じくしているといっても、それはあくまでこの学校内での話だ。康太と文は学校というくくりをなしにしても常に同盟関係で結ばれており、濃い密度で訓練を行っている。
連携で負けるつもりはない。少なくとも康太と文はそれぞれそう思っていた。
「お前の方は大丈夫なのか?最初は一緒に行動するけど、俺の方は勝手に動き回るからフォローはできないかもしれないぞ?」
「構わないわ。少しの間なら強引に攻め続けて相手に攻撃させる余裕を作らないようにできると思う。あんたはその間にうまく行動しなさい」
文の素質をもってすれば、大量の魔術を使って広い範囲と高い威力で相手への攻撃をし続けることができるだろう。
素質のレベルが康太とは違うために高い出力の魔術を連発できるのが文の強みである。
しかも文の使う魔術の性質上、彼女は範囲攻撃も得意としている。
電撃という魔術の性質上、不規則に動く軌道に加えてその速度も比較的速い。普段は水属性の魔術と併用することで不規則な軌道を誘導する形で狙いをつけているが、使い方によってはほぼ無差別な攻撃だって可能なのだ。
相手が対応できるかどうかはさておき、視覚的にも威力的にも脅威になるのは間違いない。
何せ文の電撃は強弱こそあれど一度体で受けてしまうと一瞬ではあるが硬直してしまうのだ。
魔術を発動することはできても肉体を動かすのは比較的慣れている康太でも難しい。戦っている状況で体の動きが一瞬でも止まってしまうというのは地味に危険だ。
特に乱戦に近い状態では。
「うっへ・・・さすが素質が高い奴は言うことが違うな。何ならまた目くらまし使うか?」
そういいながら康太は体の中からほんのわずかに黒い瘴気を吹き出させた。康太の使うDの慟哭を本気でばらまけば周囲一帯は黒い瘴気でおおわれるだろう。それは視覚をほとんど奪うことと同義だ。何せこの黒い瘴気でおおわれてしまえば一メートル先でさえも見えにくくなってしまうのだから。
「それは状況によりけりね・・・相手の索敵能力にもよるだろうし、あんたが使ったほうがいいなと思った場面があったら使ってちょうだい。そしたら私が合わせるから」
「文は常に索敵張ってるタイプなのか?普段からして結構索敵してるイメージあるけど」
「そうね・・・障害物が多い場所では使ってるかな。お望みとあれば常時索敵しててあげるけど?そのほうがあんたとは連携しやすいだろうし」
「そうしてくれると助かるかな。今日とりあえず装備使い切るつもりで戦うから。かなりハイペースになると思うぞ。徹底的に攻撃しまくる」
「・・・攻撃に特化してるやつは言うことが違うわね・・・やろうとしてることは同じはずなのになんかあんたが言うと妙に身構えちゃうわ」
「なんでだよ・・・ベルの攻撃のほうがいろいろと威力はあるだろうに」
「威力はあっても殺傷能力は抑えてるつもりよ。あんたの場合殺傷能力まったく抑えてないでしょ」
文は高い威力を保持していながらも、それは相手を戦闘不能にさせるための威力であって殺すための威力ではない。
康太の場合、攻撃力イコール殺傷能力に直結してしまうため、攻撃しまくるというと非常に危うく感じてしまうのだ。
相手がうまく反応できなかった時は自分がフォローしなければいけないなと文は少しだけ康太の動向に気を付けようと心に決めた。
少なくとも康太を人殺しにしてはいけない。戦い慣れている康太だ、最低限のラインはわきまえているとは思いたいが万が一ということがある。
特に今回は二人同時に相手にするということもあって苦戦を強いられるかもしれない。乱戦状態の時に万が一が起きないとも限らないのだ。
誤字報告を十件分受けたので三回分投稿
これからもお楽しみいただければ幸いです




