セッティング
「ていうか先輩たちってそれぞれ同盟の中で派閥組んでるじゃないですか、そういう派閥内とかで戦闘訓練とかしないんですか?」
「する人はするけど・・・それでもあまり頻度は高くないよ?それに戦闘訓練って言っても新しく覚えた魔術を試してみたり、実際に人に当てようとするためにどんなことが必要か試すくらいで、どっちかっていうと魔術の研究っていったほうが近いかな・・・」
康太と文が割と頻繁に行っているような本格的な戦闘訓練ではなく、魔術を使用し、戦闘に使用するにあたってどのような弊害や問題があるかを調査するための訓練といったほうがよさそうだった。
例えば動く相手に当てようとしたり、攻撃そのものを防いでくる相手にどのように使うかなど、的に当てるのではなく実際に人に当てようとすると必要になってくる技術や考え方は数多く存在する。
彼らが行っている訓練はそういった魔術をうまく使うための訓練だ。いかにも魔術師らしい訓練である。
「昔私がやってたのと似たような感じね。うまく魔術を使っていかに効率よくダメージを与えるかを考える。訓練としては間違ってはいないんだけど・・・」
実際にそういった訓練を行っていた文も、その魔術の訓練方法を否定するつもりはなかった。
実際康太と会うまではその方法を続けていたし、今でもそういった訓練は続けている。
だからこそその訓練が間違っているとは言わないし言えない。
だがそれだけでは足りないということを今の文は知っていた。
相手が魔術を使うことを想定した戦い方というのは、同時に相手が使ってくる魔術をある程度予想してその予想に対してさらに自分の中で使用する魔術を順に構築していく形になる。
要するに攻撃への対応、そして対応への対応といった風に、相手が行ってきた行動に対してどのように自らが有する魔術を駆使して相手よりも優位に立つかというのが魔術師における戦いの基本だ。
相手と自分の魔術を比べるように繰り出すというとわかりやすいだろうか。魔術の所有量、そして各魔術の技量、本人の持つ素質。それらすべてを駆使してどちらが上であるかを決めるのが魔術師の戦いだ。
そこに必要なのは魔術師としての総合力。経験、技術、才能、努力、ありとあらゆる部分で勝負するのが魔術師だ。
ここには個々人が持つ素質が大きくかかわってくる。
供給口は継戦闘能力、いわゆる持続力に直接かかわってくる。消費した魔力をすぐさま補充するというのは魔術師の戦いにおいて必須項目だ。
貯蔵庫は保持力、いわゆる手札の多さに関わってくる。一度に発動するのではなく一呼吸で連続して発動できる魔術の量に関わってくるものだ。魔力を補充しなくとも扱える魔術の数が多いほど、対応できる数が変わってくる。
放出口は最大威力、いわゆる瞬発力に関わってくる。強い一撃を放つことができるか否か、同時に発動できる魔術の量が多いか否か、これが少ないと状況を一気に変えることは難しくなる。
三つの素質のどれかがかければ魔術師として欠陥、弱点のある魔術師ということになる。
例えば康太がまともな魔術師戦をしようとしたら持続力に欠ける康太は長期戦になればなるほど不利になっていくだろう。
貯蔵庫と放出口は比較的恵まれているために、康太は短期決戦しかまともにできないタイプの魔術師だといえる。
文の場合まともな魔術師戦ならば問題なく立ち回れる。それこそ彼女の不意を突かない限りは彼女を切り崩すのは難しいだろう。
三つの素質に恵まれた彼女は、魔術師としては完成した部類にある。
だが素質だけでは魔術師の実力は測れない。正確には素質だけでは魔術師の戦闘能力は測れないというべきか。
「文が言うと説得力が違うな。今までの訓練と違うことをやってるからか?」
「まぁそうね・・・本当に勝ちたいなら魔術をうまく使うだけじゃだめだっていうのはいやってほど教わったわよ・・・なんだか昔の自分を見てるみたいだわ」
「あはは・・・耳が痛い限りだよ。あまり本気で戦ったりはしないでね?あくまで二年生の結託のためだと割り切ってくれると助かるかな・・・」
つまり本気で叩き潰すのではなく、ある程度加減をしてやってほしいということのようだった。
三年生の魔術師も戦闘という分野に関していえば康太たちのほうが上だと感じているのだろう。
それも無理もないかもしれない。何せ康太は協会の中でも指折りの問題児デブリス・クラリスの弟子なのだ。
彼女の戦闘能力は彼女と直接会ったことがない者でも耳にしたことがあるだろう。そんな彼女に指導されている康太の戦闘能力が低いはずがない。
三年生としては複雑だろうが、今年の一年生はいろいろと規格外であるということは入学当初からわかっていたことなのだ。
「だってさ・・・どうする康太?手加減する?」
「すいませんけど俺の魔術って基本手加減とかできないので。殺すつもりはありませんけど手を抜くつもりもありません。相手に失礼ですから」
手を抜くということは相手に対して油断しているということでもある。ただでさえ未熟な自分が油断などできないことは常日頃から教わっていることだ。
何より自分が手を抜いてそれでも二年生が負けるようなことがあれば『手を抜いた状態の下級生に負ける』というレッテルを二年生に与えることになる。
それは相手に失礼だ。全力を尽くすのが常に良いこととは言わないが今回に関してはしっかりと実力を出し切ることが大事だと康太は考えていた。
「まぁ、相方がこういうんで、私もとりあえずは全力を尽くします。それにどんな理由があったとしても相手は魔術師、油断やおごりは負けにつながります」
たとえ相手が格下だろうと油断して手を抜く理由にはなりはしない。いや、手を抜けば自分が負けることも十分にあり得るのだ。
文はかつての康太との戦いでそれをいやというほどに理解している。たとえ相手が圧倒的に格下だろうと、仮に自分のほうが強かろうと、だからといって相手を選んで手を抜くことを容認するほど文は不用心ではないのだ。
「君らが全力を尽くすとなると、もう勝負が見えているような気がするね・・・三人が少しだけかわいそうになってくるよ」
「本人たちがそれを望んだんだからそんな風に感じる必要はないでしょう。それに別に取って食うわけでも殺すわけでもないんですから」
「そうそう。それに俺らが負けることだって十分あり得るんですよ?わざわざ戦わなきゃいけなくなった俺らのほうがかわいそうですよ」
今回の戦いはあくまで二年生たちの派閥を合併することが目的だ。いうなれば二年生の都合に康太たちが巻き込まれた形になる。
提案したのが康太であるために巻き込まれたというよりは意図的にこういった流れを作り出したといったほうが正しいだろうが、戦わなければいけないもともとの原因は二年生がそれぞれ別の派閥に所属しているのと、康太たち一年生がそのどちらの派閥にも所属しなかったことだ。
これで康太と文がそれぞれの派閥に所属していたら流れは変わっていただろう。またそれぞれの派閥で対立、ないし警戒しあって日々の魔術師兼高校生としての生活を続けていただろう。
康太が最初に魔術師としての戦闘を行った時、文との仲が悪くなっていたらその未来も十分にあり得た。
康太が文のライバルとして、そして対立しあう相手として存在していたらそれはそれで違う未来が待っていただろう。
保有している魔術も、そしてどのように戦うかも変わっていたかもしれない。そう考えると今の関係が正しいのかどうかは正直判断しかねていた。
だが同時に今のままでいいなとも思えてしまうのだ。文という信頼のおける人物に出会えたのは何よりも幸運だっただろう。
魔術師としての挨拶をする前から攻撃されたのは驚いたが、ファーストコンタクトとしては比較的ましな方だったに違いない。
「君たちのほうが良ければ土曜日ということで日時を確定するけど、構わないかな?」
「土曜日なのはいいですけど時間は?まさか一日学校に張り付いて合図もなしにとか言わないですよね?」
「あぁごめんごめん。とりあえず二十一時頃を予定しているよ」
「あと、派閥それぞれってことは二連戦することになるんですか?そうなると結構つらいんですけど」
康太の素質的な問題のこともある。はっきり言って康太は長期戦はあまり向いていない。
Dの慟哭のおかげで比較的供給できる魔力も増えたがそれでもまだ文のように長時間安定して戦えるような状態ではない。
康太の所有している装備の問題もある。基本的に使ったら再利用はできないために連戦となると消耗した状態で次の戦いが始まることになってしまう。
文のように魔術だけで戦えるのならそれでも良いのだが、康太のように装備をあらかじめ用意することで戦う魔術師にとっては死活問題といえる内容だった。
「あぁ・・・そういえばそうかもね・・・ふむ・・・じゃあどちらかをずらしてもらうか・・・金曜日か日曜日にずらすことは可能だと思うけど」
「どっちでも構いませんから片方をどっちかにずらしてください」
わかったよと告げて三年生の魔術師は二人から離れていく。おそらくこれから二年生の魔術師にこのことを告げに行くのだろう。
「そんなに気にすること?あんた五連戦くらいしたことあるんでしょ?」
「いやそりゃあるけどさ・・・その中には雑魚も含まれたぞ?ちゃんとした魔術師相手にするならきちんと準備もしたいじゃんか」
文が言っているのは京都での一件の話だ。確かにあの時は分類すれば連戦したことになるだろうが、一部、というか半分近い人間は魔術師といってもほとんど一般人と変わらないような実力の持ち主だった。
あの場にいたまともな魔術師は数えられる程度。しかもその半分は兄弟子である真理が請け負っていた。
そう考えるとあの状態でまともに戦ったのは三回程度。しかもそのうちの二つは真理との共闘だ。単一戦闘状態ではないために連戦の記録にいれられるかといわれると微妙なところなのである。
とはいえ実際にそれなり以上の数を連戦でこなしたのは事実。一対一の戦いを繰り返したわけではないとはいえ魔力のペース配分はそれなりに心得ているつもりだった。
「ぶっちゃけあんたとしてはどうなの?一対二、二対二を連戦するのと三対二を一回やるのと、どっちが助かる?」
「・・・正直なところ一長一短なんだよな・・・普通に考えれば数が少ない方がありがたい。ただ相手がきちんとした連携ができないなら一括でやってくれた方が楽かもしれないし・・・そのあたりはやってみないと何とも言えないな。どっちにしろ二人同時に相手にすることになるからおんなじって気はするかも」
三人を相手にする場合、一対一を三回繰り返すのと三人を同時に相手にするのではまったく意味が違う。
同時に処理しなければいけない情報が増える分、多対一という状況はそれだけで高い実力を求められる。康太は比較的多対一の経験は少ないとはいえ、一人である程度戦えるだけの自信はあった。
「まぁ今回は私もいるし・・・片方とは連携勝負になるでしょうね。もう片方は連携でうまく翻弄できれば御の字ね」
「相手もそのくらいは想定してるだろうけどな。まぁうまくやるさ。少なくとも俺の戦闘手段はある程度知られてると思ったほうがいいだろうな」
「前の戦いを知ってればね・・・そのあたりはうまくやりなさい」
以前学校にやってきた魔術師との戦闘を先輩魔術師たちは間近で見ている。もっともDの慟哭を広範囲に使っていたせいで目視することは難しかっただろうが索敵の魔術でどのような戦い方をしていたのかを確認することはできただろう。
康太の手の内をある程度把握している相手との戦闘という条件のもと戦い方を組み立てれば問題はなさそうだと文は考えているようだった。
勝つためにあらゆる手段を講じる。そういう意味では康太も文も敵に回したらもっとも厄介なタイプだというべきだろう。
これも偏に小百合の実戦的すぎる訓練が原因であることは言うまでもない。結果主義といえばそこまでだが、戦う上で本当の意味で必要なものを小百合はよくわかっている。
魔術師としての矜持を忘れるつもりはない。魔術師として戦うということを意識しているつもりだ。
だがそれでも、卑怯だなんだといわれるようないわれはない。堂々とこの戦い方をする。それが康太と文の結論だった。
「文から見て勝算は?」
「・・・勝率六割ってところかしら。十分やる価値はあると思うわよ?」
「六割か・・・高いのか低いのかわからない数字だな」
「下馬評通りならってだけの話よ。未知数な点が多い分変動も大きいと思いなさい・・・まぁそれでもあんたにとっては十分すぎる数字かもしれないけどさ」
康太が今まで戦ってきた相手はほとんど格上だった。勝率から言えば二割あるかないかといった状態で戦ってきた。
そんな中で常にとは言わないがかなり高い確率で勝利を収めてきている。逆境に強いというわけではないが、そういった低い勝率でも勝利をものにできるだけのものを康太は持っているのだ。
そんな康太の戦歴の中で六割という勝率は比較的高い方だといえるだろう。
「しかも今回は今まであんたがやってきたような戦い方は難しいと思いなさい。相手に実力差を思い知らせなきゃいけないんだから」
「不意打ちだまし討ちはだめってことだろ?正々堂々ってのもなかなか難しいんだぞ?」
「わかってるから言ってるんじゃない。正面突破よ。気合い入れなさい」
正面突破。少なくとも今までの康太からは考えられないような戦い方だった。
基本的に康太は相手の意識の外からの攻撃を得意としている。いわゆる不意打ちやだまし討ちなのだが、今回の想定として二年生魔術師に自分たちとの実力の差をはっきりと理解させなければいけない。
そのためわけもわからないうちにやられたというのでは『次は不意打ちを気を付ければ勝てるかもしれない』などという淡い期待を抱かせてしまいかねないのだ。
そういった可能性を完全に否定するためにも魔術師としての実力で勝利しなければいけない。
それが今回康太にとってかなりの難題だった。
「さすがに肉弾戦を封印しろとかは言わないよな?あれがないと俺ただの役立たずだぞ」
「そうでもないでしょうに・・・まぁ肉弾戦封印とは言わないわ。前に出てしっかり囮と盾役をこなしなさい。そしたら私がうまくフォローするから」
「頼んだぞ。一人の方も二人の方も、たぶん躍起になって攻撃してくると思うし・・・そうなるとよけきれるかわからん」
今回康太は図らずも二年生相手にかなり露骨な挑発をしたことになる。そのため間違いなく相手はこちらを倒しに来るだろう。
逃げ切りや引き分けといったことは一切考えずに、一年生の二人を倒しにやってくるだろう。
どちらを先に倒すかと聞かれれば、これは康太の予想ではあるのだが自分が狙われる可能性が高いと考えていた。
おそらく戦いの序盤こそ文が狙われることがあっても、その状態が続くことはまず間違いなくない。
文はまともな魔術師戦をすれば安定した戦いができる。持ち前の素質の高さと魔術の豊富さとそれを扱えるだけの処理能力を持っているためにちょっとやそっとでは切り崩せない。
そんな状態の文を相手にするよりも、康太を相手にした方がいいだろうと相手は判断するだろう。
康太がいくら小百合の指導によって射撃系の魔術をよける技術が高いといっても、物理的によけきれないほどの密度で攻撃されてしまえば回避することは難しい。
防御用の魔術ももちろん保有しているが、康太が持っている防御魔術といえば攻撃にも使える炸裂障壁のみ。
あとは補助で扱える収束の魔術に物理的な攻撃であれば防げる蓄積の魔術だ。この三つを駆使すればある程度は対応できる。
だがそれでも二人から同時に狙われれば一人では対応しきれないだろう。
二人を相手にした時に矢面に立つというのはそれだけ危険が伴う。特に一方向からだけではなく二方向から挟み撃ちをする形で攻撃されれば当然だが対応が遅れる。
死角からの攻撃というのはそれだけ厄介なのだ。いくら康太が索敵の魔術を使っていても反応できる距離には限界がある。
囮兼盾役として前に出るという時点で文のフォローがなければ危うくなるのは康太もよくわかっていることだった。
誤字報告五件分、評価者人数が265人突破したので三回分投稿
これからもお楽しみいただければ幸いです




