趣味に精を出す
康太の周りに存在する得体のしれないものがまた一つ増えてからすでに一週間がたとうとしていた。
始まりともいうべき得体のしれないもの第一号であるデビットの残滓。封印指定百七十二号である彼は康太の体の中に宿り、基本的に普段は何をするわけでもなく康太の体の中でおとなしくしている。
次に現れた得体のしれないもの第二号であるアリシア・メリノス。封印指定二十八号にして現代まで生き続けた魔術師。現代にてもっとも優れた技術を有する魔術師である。
普段は康太の家に居候し、魔術師としての活動はほぼ皆無といっていい。日常的に小百合の店の地下にある個人スペースなどを使って趣味にいそしんでいる。長い人生の中で趣味は日々の生活を彩るのだと胸を張って主張している。
そして新たに仲間になった得体のしれないもの第三号である魔術『ウィル』
とある神父によって生み出された何十人もの人間の意志が埋め込まれている特殊な魔術で、第三者による操作がほぼ不可能で、ある程度人間の指示に従うことはできるがその指示に従うかどうかはウィル自身によって決められる。
魔術としてというより魔術という体を得た一つの個体と考えるべきだろうか。存在を維持するための魔力は康太から供給されている。基本的には康太と行動を共にするが、康太が学校などに行く際などは小百合の店で留守番をしている。
「ウィル、すまんがニッパーを取ってくれ」
そんな留守番の時間、アリスはいつも通り小百合の店の地下で趣味にいそしんでいた。その傍らではウィルが助手としてアリスの補助をしている。
ウィルが近くにあったニッパーをアリスに渡すと、彼女はニッパーを使ってパーツをランナーから切り離していた。
彼女が今作っているのはロボットものアニメに出てきた旗艦のプラモの作成である。
もともと発売していないものだったために、彼女はジャンクパーツ屋でそれぞれそれらしいパーツを購入し、自分で一から作成しているのだ。
最終目的としては作品の設定と同じ量の機体を収納し、なおかつ動作できるようにすることである。
当然そうなるとパーツ一つ一つを吟味し、加工し、うまく組み合わせていかなければならない。
「ウィル、これのやすり掛けを頼む。最初は金属を使ってそのあとに四百、六百、八百、千の順で紙やすりで仕上げをしてくれ」
アリスの指示に逆らうつもりはないのか、ウィルは慣れた手つきでアリスからパーツを受け取るとそこに残ったゲート跡を取り除いていく。
先ほどまでは突起が残っていたが、アリスの指示通りにやすりをかけていくと徐々にそれらは取り除かれていき、最後には全く突起のない平坦なパーツが出来上がっていた。
「よしよしいい出来だ。次は艦首に取り掛かるか・・・とはいえパーツがないな・・・タンク・・・いやシールドパーツで・・・それだと丸みがありすぎるか・・・」
次の部分を作るのにどのパーツを使えば再現率を高められるか、そして加工部分を少なくできるかと、アリスは手元にあるジャンクパーツをあさりながら自分で作った設計図を見ながら悩んでいる。
「おいアリス、そろそろ昼飯にするぞ。上がってこい」
そんな悩みを抱いていると階段を下りて小百合がやってきた。どうやらいつの間にか正午になっていたらしく、アリスの腹は確かに空腹を告げて小さくうなりを上げていた。
「おぉもうそんな時間か。一度休憩を挟むか・・・ウィル、とりあえず上に上がろう」
「よくもまぁこんなものを作る気になったものだ・・・私でも機体を作るのでせいぜいだというのに」
アリスが作ろうとしている主力戦艦を見て小百合はため息をついている。普段小百合が作る小サイズの機体のプラモを収められるような大きさとなるとかなり巨大なものになる。当然それをジャンクパーツから作るというのだから時間も金もいくらあっても足りないのではないかと思えるほどだ。
それでも時間も金も山ほどあるアリスからすればこの程度何でもないのかもわからない。
「ふふふ、こうした作業場があるというだけでいろいろ捗るというものよ。それに今では優秀な助手がいるからの。こいつがいてくれるだけで作業効率がだいぶ上がる」
「ほう・・・少しは役に立つようになってきたのか」
「最初はそれこそ何をやらせても時間がかかったがの。こやつも学習するということだろう、なかなか手際よく物事をこなせるようになってきておるぞ」
「・・・学習する魔術か・・・本当にあいつは妙なものを引き寄せたな・・・それなら今度料理でもさせてみるか」
「おぉ、それはいいかもしれんの。日常的なところからできることを増やしていけば何かしら別の作業にも通じるものがあるかもしれん。ところで今日の昼飯は何だの?」
「今日はそばと野菜炒めだ。薬味もいくつかある」
「まだ暑いからの・・・もう十月だというのになかなか残暑が抜けきらん・・・日本の夏はここまで暑かったかの・・・?」
「昔と今は違うということだ。とはいえさすがに夕方を過ぎるとだいぶ涼しくなってきている。そろそろ半そででは生活できなくなってきているからな。季節の変わり目というのは厄介なものだ」
外に出るわけでもないのに自分の服装に気を配る必要があるのかと康太がこの場にいたらいうだろうが、女性はどこにいても自分の服装に気を配るものだ。それが自分だけの空間ならまだいいが、生憎ここは一応店という形をとっている。いつ第三者に見られてもおかしくないため、最低限身なりに気を使う必要があるのである。
アリスも女性であるがゆえにそのあたりは理解しているのだろう。あえて口出しはせずにウィルとともに上に上がり、小百合の作った昼食に舌鼓を打っていた。




