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ポンコツ魔術師の凶運  作者: 池金啓太
十三話「救いを与えるのは生か死か」

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のしかかる苦労

「今のところ・・・これが一番まともに見えるか?」


「・・・そうね、今までの中では一番まともかも」


康太たちが試行錯誤の末にたどり着いた結果は、想定していたものよりもだいぶ物々しい姿だった。


体積的な問題から、ウィルを体の中にしまっておくということはもはやあきらめていた。ならばと衣服や筋肉、または装甲などに偽装できないかと考えたのである。


一般人に紛れて行動する場合なら、ウィルの一部をカバンなどに擬態させて持ち運ぶことになる。そうすることで比較的目立たずにウィルを連れていくことができるだろう。


もっとも常に持ち歩いていなければいけないために、道具などを持ち運べないような場所に行く場合はウィルをどうにかして別の場所から移動させなければならない。そういう意味では地味に不便ではある。


次に魔術師としてウィルを隠す場合。こちらが今康太たちが試しているものである。


魔術師の外套や仮面、そして外套の内外にちょっとした鎧として形を変えたウィルをまるで着ている状態になっているわけである。


これなら普段持ち運んでいる魔術師装束がない状態でも魔術師の状態になれる。そういう意味では便利は便利だ。


もっとも体積の問題から鎧部分がかなり多く、普段の魔術師装束とは大きく変わってしまっている。


この状態の人間を見て魔術師だと理解するには少し時間がかかってしまうかもしれない。そういうレベルだ。


これで槍と盾を構えたらそれこそ魔術師ではなく戦隊もののキャラクターのようになりそうな勢いである。


「動きにくいとかそういうことはないんでしょ?」


「今のところな。実際動いてみないと何とも言えないけど・・・」


「隠すのは難しいが利用自体は十分できそうだの・・・さて・・・あとはこれをコータ自身がどうするかという問題が残っているわけだが・・・どうするのだ?」


こうして装備として扱えるということが分かり、比較的持ち運びもできるようになったということでこれから康太がウィルをどのように扱うのかという問題が浮上してきている。


康太はウィルの思うとおりにさせてやりたいといっていたが、実際意見が多数ありすぎて絞り切れない。だが死にたくない消えたくないという考え自体は共通している。


つまり小百合の出番はほぼないということになる。そうなってくるとこの魔術を一体どこに保管するかという問題が出てくるのである。


日中は康太たちは学校に行っている。さすがに学校内にこんな魔術を持ち込むのはリスクが高い。


そうなると誰かの家に預けるということになるのだろうが、犬猫ならばともかく魔術そのものとなるとハードルが高い。


「あらかじめ断っておくけど、私の家はやめておいた方がいいわよ?両親ともに魔術師だし・・・ここに置いておくのが一番ベターなんじゃないの?万が一があっても小百合さんが対処できるでしょうし」


「師匠にこんなもん連れてきて置かせてくれなんて言ったらなんていうか・・・それこそ元いた場所に戻して来いとか言われそうだ」


犬猫じゃないんだからと文はあきれているが、実際小百合ならそう言ってもおかしくないだろう。


断言できるが小百合は善人ではない。仮にこのウィルがかわいそうな被害者たちによって形成されていたという裏話を聞かされても『だからどうした』の一言で一蹴してしまうだろう。


「とはいえ俺の家なんてまず無理だろ。何せうちは俺以外全員ただのパンピーだしな」


「アリスが家にいるならそれで問題ないんじゃないの?暗示とかだってかけられるでしょうに」


「私は常にコータの家にいるというわけではないのだぞ?むしろ出かけることの方が多い。そうなると私はこれを持ち運ばなければいけなくなるではないか・・・それはさすがに面倒だぞ」


「となると・・・やっぱりここにいてもらうのが最適なのではないかと思うわけだよ・・・」


事情を知っているものの中でどの家に置くのが一番安定しているかと聞かれると、やはりこの小百合の店の中ということになってしまう。


普段康太も自分の装備を多くこの場所で保管しているのもある。これからウィルが康太と行動を共にするのであれば、この場所にいてもらうのが一番楽ではあるのだ。


「だとすれば、やはりサユリを説得するしかあるまい。だがあの手のタイプはきちんと自分に利益がないとなかなか応じないぞ?」


「そこなんだよ・・・あの人の場合どんなものを利益と感じるかわからないってのがネックなんだよなぁ・・・そもそもこいつの存在そのものを気に入らないとか言われたらそこまでだし」


「相変わらず難儀な性格よね・・・とはいえここの家主は小百合さんだし・・・どうしたものかしらね・・・」


そんなことを考えているとウィルは康太の体から離れ、先ほどまでと同じような液体状になったかと思うと今度は人型になって見せる。その姿は康太を模しているのだろうか、身長から体格まで康太のそれに酷似していた。


もっとも赤い液体を使っているうえに衣服などは再現していないためにただのマネキンのように見えなくもない。


先ほど装備となったときに康太の体の形を大まかながらに学習したのだろうか。妙なところで高性能だなと思っていると康太は一つ思いつく。


とりあえず小百合を説得できるかもしれない一つの妙案を。

















「バイト雇いませんか?」


ウィルを引き連れて小百合のもとに向かった康太の第一声がこれだった。


その一言に小百合は眉間にしわを寄せて『何を言っているんだこいつは』といった表情をしている。

そしてそれは文もアリスも同様だった。


なぜ康太がそんな方向に話を進めようとしたのか全く理解できなかったのである。何よりバイトなどといっても何をさせるのかと問いたくなるほどだ。


「面倒に巻き込まれすぎて頭がおかしくなったか?うちにバイトなど入れられるはずがないだろう。何より求人を出してもこんなところで働くもの好きがどこにいる」


「魔術師の拠点である以上バイトはほぼ無理、だから俺たちが毎回毎回荷物の出し入れをしてる訳なんですけども、その状況を打破するのがこいつなんですよ」


そういって康太はウィルを自分の前に連れてくる。先ほどまでの人型状態をやめて完全に半液体状になっている。


少なくともこんなゲル状の物体にバイトが務まるとも思えなかった。


だが康太がこんなことを言い出すからには意味がある。そして今回康太がかかわった事件についてあらかじめある程度知識を得ていた小百合はほぼ正解に近い回答を頭の中に思い浮かべていた。


「・・・なるほど・・・とりあえずこいつの居場所を確保しようということか・・・私を説得する材料としてこいつに労働力としての価値を見出そうと、そういうことだな」


「その通りです。こいつそれなり以上に力強いですし、品出しとか倉庫整理とかは問題なくできますよ」


康太がウィルを好きなようにさせるために必要なこととして、まず社会的な地位を与えることが重要だと思ったのだ。


何をさせるにも必要なものはある。それは先立つものというのもあるがそれ以上に他者とのかかわりだ。


今まで神父に命じられるがままに動いていたウィルはある意味ただの機械的なものでしかなかった。そうするしかなかったからというのもあるのだが、これからは神父からの命令から解放されたのだから自分で考えなければならない。


ウィルの中にどれだけの思考能力が残っているのかは定かではないが、やりたいことがおそらくウィル自身定まっていない。ならば定まるまでいろいろと経験させようと思ったのがきっかけである。


この場所にいれば多くのものに触れる。康太たちの修行もそうだが小百合の商品もそうだし、最近ではアリスの趣味も多く配置されている。この場所に置いておくのが一番ベターといった文の意見は間違いではなかったのだ。


「・・・ちなみにこいつ自身はどう考えているんだ?というかこいつは意識があるのか?というかこいつは何なんだ?魔術であるのはわかるが」


いきなり半液体状の物体を連れてきたと思ったら、同じくいきなりバイトとしてこの物体を雇わないかと言い出した時点でいろいろと疑問は尽きない。


これが魔術であるというのは康太の後ろにいる文とアリスの反応から察しはついている。だが問題なのはこれが一体どんな魔術なのかという点だ。


康太がやけに張り切っていることから、康太が今回関わった行方不明者関係の何かだというのはわかるが、そこから先の想像はあまりできない。おそらく被害者がかかわっているのだろうなというところまでは想像がつく。だがそれ以上のイメージがわいてこないのである。


「ぶっちゃけると行方不明者事件の被害者がこの中にひしめき合ってるわけですよ。術式でこの物体に固着されちゃってるみたいで」


「・・・それならむしろ消滅させてやった方がいいんじゃないのか?こんな状態で生き永らえさせるよりも楽にさせたほうが・・・」


「本人たちがそれは嫌だって言ってるんですもん、しょうがないじゃないですか」


「なんでそんなことが・・・あぁそうか、そういうことか。お前また妙なものを引き込んだな?」


なぜそんなことがわかるのかと言いかけて小百合はすべてを察してしまった。つまり康太はデビットの時と同じように妙なものを自身のうちに引き込んだのだと。


今回の場合はデビットの協力のもと行った結果だが、それでもやっていることはほとんど変わらない。


魔術の中に収められた意志を理解してしまったがために放置できなくなった。そのために自分が苦労しているのだから何ともばからしい話だと小百合はため息を吐く。


「自分で何とかできないからここに置かせろとそういうことか。全く、少し出歩いたと思ったら妙なものを拾ってきて・・・お前子供のころに捨てられた犬や猫を拾ってきた口だろう?」


「残念ながらうちの姉貴がそういうの嫌がる人間だったので全くそういうことはなかったですよ。とにかく頼みますって、ここにおいておけばそれなりに役に立ちますから」


康太はこういっているが、逆に言えば姉がいなければ康太はそういった動物を拾ってきたのだろうと小百合は再度ため息を吐く。


康太の言い分は理解できる。だがその言い分をすべて飲んでしまえば自分の身にも面倒が降りかかりかねない。


しかもこれが康太が作った魔術ならまだ了承もしたが、被害者が収められているということはつまりこの魔術を作り出したのは件の行方不明者に関する犯人ということになる。


協会が調査に乗り出した犯人の魔術を康太が引き連れるというのはとりあえず問題になりかねない。


「・・・まず今回あったことを一からすべて教えろ。話はそこからだ」



















「・・・なるほど・・・そういう経緯だったか・・・」


康太や文から今回の件の詳細を聞いた小百合は腕を組んだ状態で渋い表情をしている。


康太がどのようなことに関わったか、そして何を見たのかを理解した小百合は目の前にいる半液体状の魔術ウィルを見ながらどうしたものかと悩んでいるようだった。


この魔術そのものは今回の犯人である神父が作り出したものだ。本来ならば協会の方でしかるべき調査をしなければいけないだろう。


そこに被害者も関わっているのであればなおさらだ。何とかできないか、あるいは今後似たような事件が起きないようにするために術式を完全消滅させるか封印指定、あるいは禁術に指定するかしなければ面倒なことになる。


だがその事実を知っているのは犯人である神父、そして康太に文、アリスに幸彦と限られた人間だけだ。


しかも神父は康太の使った精神破壊の魔術によって目覚める可能性がかなり低い。普通は気絶に留めてあとで情報を聞き出したりするのだが、今回康太は一切の手加減をすることなく全力を叩き込んだ。


康太にその魔術を教えた小百合はその魔術の危険性を十分以上に理解している。何せ自身もその魔術で何人もの魔術師を廃人にしてきたのだから。


康太はまだ魔術師になって日が浅い。自身が経験してきた苦痛もそこまで多くはないだろうが、康太の場合少々特殊な経験をしている。人間の死を体感するという普通の魔術師ではできないような体験を。


精神破壊の魔術は自身の体験した苦痛を相手にも与える魔術だ。しかもその情報を時間短縮、いや圧縮して直接叩き込むためその処理能力の限界をはるかに超えた情報を直接叩き込める。


小百合が使っても康太が使っても、人間を廃人にするだけの威力は十分に出てしまうのだ。


もはや神父から情報を得ることは絶望的といえるだろう。そうなるとすでに康太の身内といえる人物しかこの魔術の本質を知らないことになる。


康太が新しく妙な半液体状の物体を引き連れていても、これが康太の魔術だといってしまえばそれで話は通じてしまう。


だがこの魔術、というか人の意志を何かに込めるという魔術はアリスが言っていたように禁術の類だ。詳細は小百合もあまり知らないが、それをあの神父が使っていたというのは問題でもある。


それをしっかりと調査するためには協会にこのことを伝えなければいけないだろうが、それは同時に康太の望むような待遇をこの魔術に与えてやれないことを意味する。


「・・・全く面倒なことを・・・普通なら協会に報告するところだが・・・幸彦兄さんは今どうしている?」


「協会にいろいろ報告することがあるとのことで、今は協会にいると思います・・・この魔術のことに関して伝えているかどうかはわかりません」


「・・・はぁ・・・どうしたものかな・・・真理がこの場にいたら楽だったんだが・・・康太、仕方がない。一応協会には報告しろ。だがお前が報告するべきだと思った人間だけでいい。吹聴する必要はない」


「・・・それはつまり支部長にだけ伝えておけばいいってことですか?」


「そうだ。あいつならうまいことやるだろう。とにかくあの神父が禁術の類を扱っていたということだけは伝えておかなければならない。それは絶対だ」


あの神父が自分自身で禁術を閲覧できたとは考えにくい。禁術というのは魔術協会が使用を禁止している魔術だ。どんな理由があっても閲覧できるとは思えない。


封印指定の情報とは比較にもならない。情報を見るだけならだれでもできるが、それを使えるようにするとなると術式そのものを解析しなければならないだろう。


それができるような状況を神父は作れた、あるいはそれができる人物が神父に術式を渡したということになる。


「なんか前にも似たようなことなかったか?禁術どうのこうのっての」


「長野の時の話ね・・・あの時の背後要因もまだ結局分かってないし・・・なんか妙な話になってきたわね」


長野の時の話とは康太たちが学校行事の小旅行で長野に向かった時の話である。マナを強制的に集めるという術式を発動したものがいたが、あの術式そのものも一応は禁術扱いされていたものだった。


発動者本人はその禁術を閲覧できるような状況にはなかったため、裏で誰かが糸を引いているのは間違いなかったのだが、残念ながらそれが誰なのかはまだ分かっていない。


かなり上位の魔術師であるというのはわかっている。だがそれが一体何者で何が目的なのかは把握できていないのだ。


今回も状況や内容は違うが、禁術の情報が漏洩しているということには変わりない。そしてその情報を使って何かしらの事件を起こしているのだ。


確かにこのことだけは支部長には伝えておかなければならないだろう。これからもまた似たようなことがないとも限らない。


現場だけで話を止めるのではなく、上位者に話を伝え、協会全体でこの問題を解決しなければならないだろう。


「どういう輩がこれを起こしているのかは知らん。だがお前が思っているよりもことが大きくなりつつあるのは事実だ。もしかしたら組織的に何かをやろうとしているのかもわからんな」


そうなったらお前たち個人ではどうしようもないといいながら小百合はため息を吐く。組織として立ち向かわなければ多数の敵には対処しきれないだろう。


康太が自分自身で何とかする必要はない。だが康太がかかわった二つの事件、これが無関係であるという確証もないが、伝えておいた方がいいのは間違いない。


康太と文、そしてアリスは今回の件、というかウィルのことを説明するために支部長のいる協会日本支部に戻ってきていた。


先ほど試していたようにウィルを魔術師装束としてまといやってきたのだが、赤い液体で作られた魔術師装束では目立つということでアリスが少しだけ手を加えてくれていた。


ウィルの体は普段康太がつけている仮面や外套と同じとなるようにすでに調整が加えられている。といっても魔術で少し見た目を変えているというだけだ。アリスが魔術を解除すればすぐにその状態は解除されてしまうだろう。


康太たちが支部長のもとに向かうと、どうやらほかの魔術師たちが報告に来ていたようで机で資料を確認しながらその話を聞いているところのようだった。


「おや、君たちも報告かい?ちょっと待ってくれるかな、これが終わったら聞くよ」


「いえ、こっちは個人的なことなので後回しで構いませんよ。他の人がいると話しにくいですし」


「わかった。少し待っててくれ」


康太の言葉から、他の人間にはできない話であることを察したのか、まずはやってきていた魔術師からの報告を聞くことに専念し報告を終えさせると支部長以外の魔術師たちを全員下げた。


アリスが周囲を確認するととりあえず周囲には誰もおらず、この場を完全に周囲からシャットアウトさせた。


「さて・・・それじゃ聞こうか・・・とりあえず何の用件かな?」


「今回の誘拐殺人に関しての事なんです。結構重要事項なんで報告しておいた方がいいかと思って」


「なんだそういうことならさっき一緒に報告してもよかったのに・・・って、わざわざ人払いしたってことは面倒ごとってことだよねそうだよね」


康太がわざわざ人払いして話をしに来ているという時点ですでに面倒ごとのにおいを感じ取ったのだろう、支部長は小さくため息をつきながら苦笑している。仮面をつけている上に康太たちは彼の素顔をみたこともないのに困ったような笑みを浮かべているのが目に浮かぶようである。


「とりあえずこいつを見てください。話はそこからです」


そういって康太は外套や装甲に姿を変えてもらっていたウィルを再び半液体状に戻すと支部長の前にゆっくりと差し出した。


それが魔術によるものだと理解した支部長はいぶかしげな声を上げると同時にそれを観察していた。


「これは・・・水属性の魔術・・・かな?いやなんか妙だな・・・何だこれ?」


「実はこれ、あの神父が使ってた魔術なんです」


「え・・・?え・・・!?ちょ、ちょっと待って。なんでそれを君が使えてるの?制御権でも奪ったの?」


「そのあたりもいろいろ説明しますけどまずは前提から。この魔術、今回の被害者の意志が内包されてるんです。確か意志を何かに込める魔術は禁術に分類されてましたよね?」


「そうだけど・・・あぁ・・・そういうことか・・・君がなんでわざわざ人払いをしたのかようやく理解したよ・・・なるほどそういうことか」


伊達に今まで面倒ごとを起こしまくる小百合という魔術師とかかわってはいないということか、相変わらず状況判断が非常に早い。


なぜ康太がこの魔術を操れているのか、そしてなぜわざわざ人払いをしてまで自分に報告に来たのか、そのことをすでに大まかに把握しているようだった。


「確認するけど・・・君はその魔術を直接操ってるわけじゃないんだね?実際動いてるのはその中にいる人たちの意志・・・って感じなのかな?」


「そうです。もとは神父が指示を出して中の人たちがその補助頭脳として操作していたらしいんですけど・・・」


「神父の意識が強制的に途切れたせいで一時的に自由になっている・・・ってことか・・・あぁ・・・面倒な・・・これ本部に話とおさないといけないじゃないか・・・」


「あぁ・・・やっぱりそうなりますか」


「一応禁術関係となるとね・・・しかも門を管理してた魔術師、神父が問題を起こしてたとなったらなおさらだよ・・・禁術の漏洩に関してはこの前の件も片付いてないっていうのに・・・」


この前の件というのは康太と文がかかわった長野の一件の事だろう。その件のことも片付いていないというのに今回も禁術がかかわっているとなるとかなり面倒なことになるようだった。


これがもし管理をしている神父が誘拐殺人をしただけという話ならそこまで問題にはならなかっただろう。


ただその人物が唐突にそういうことをやりだしたという話になるだけだ。そこまで脅威には感じなかった。


だがここに禁術が出てくるとなると話が変わってくる。誰が漏洩させたのか、何が目的なのか、いろいろ調査しなければいけなくなってくる。


しかもそれがただの魔術師に漏洩したのならまだ比較的話は簡単だった。あるいは今回が初めての漏洩だったのならまだよかった。


だが今年に入って二回目。いや正確に言えばこの事件は三年以上も前から行われていたのだから三年以上前に漏洩していたことになる。


ここ数年で二件も禁術の漏洩が起きているとなると話はそう簡単にはいかない。どこから漏洩したのかは一切わからない。そこが一番の問題なのだ。


もし仮に誰かが組織的に禁術の情報を漏えいさせていたとなるとそれこそこちらも組織的に対応しなければならない。となれば本部に報告するのは絶対条件の一つだ。


「君らが人払いを示唆してくれて助かったよ・・・この件はあまり広めないほうがいいだろうからね・・・重要な役職者のみに伝達して注意喚起した方がよさそうだ・・・」


「あー・・・実は今回人払いしたのはお願いがあっての事なんですけど」


「・・・え?まだ何かあるのかい?」


てっきり問題はこれだけだと思っていただけに、まだ康太が何か言いたいことがあるという事実に支部長は仮面越しでもわかるほど目を丸くしていた。


実際今回の件は確かに人払いが必要な案件だった。以前の禁術のことに加えてここ最近で禁術の情報漏洩が激しくなっているのは事実。警戒はするべきだが不用意に情報を引止めてはその犯行を行った人間も警戒心が高くなる可能性が高い。


そのため必要最低限の人員にのみ話を伝え、信頼できる人間をしっかりと選別してから話を通すべきなのだ。そういう意味では支部長は康太が人払いをかけたのも納得していたのだが、話がそれだけではないということにいやな予感と純粋な疑問が入り混じってしまっていた。


「実はこの魔術の事なんです。さっきも言った通りこの魔術は中に今回の被害者の意志が込められてまして」


「うん・・・こちらとしてはその魔術を預かって解析に回したいところなんだけど・・・あぁ、君が今操ってるなら君に協力をお願いしなきゃかな?」


「それなんですけど、この魔術を俺に預けてくれませんか?」


「・・・預ける・・・って・・・ひょっとしてだけど・・・君がこの魔術を管理するつもり?え?本気なのかい?」


ただでさえ面倒な状況になっているというのに、これ以上さらに面倒な禁術を抱え込もうとしている康太に支部長は驚くと同時に真剣に心配してしまっていた。


康太の現状を考えれば不可能ではないかもしれないが厳しい状態になるのは間違いないだろう。


何せただでさえ封印指定を二つも抱え込んでいるのだ。今回の件、いやウィルのことがまだ表沙汰になっていないとはいえ、これ以上の問題を抱えるのは康太にとってかなり大きな負担になるのは想像に難くない。


「一応聞いておきたいんだけど・・・ちゃんと許可はとったのかい?クラリスのことだから突っぱねたんじゃないのかな?」


「それはまぁそうなんですけど・・・とりあえず支部長への報告を優先しました。これで支部長が了承してくれればあとは師匠を説得します。ある程度考えはありますし・・・ある程度の状況はこなしていけると思っています」


まだ小百合が了承していないとはいえ、バイトもとい店の経営と倉庫の整理役として雇うという形で落ち着かせるという考えを小百合自身強くは否定していなかった。


小百合の店を主に拠点としていて、小百合自身があの場所に住み着いている以上ウィルが勝手に動くということがない限りあの場においておいて問題はないように思える。


もし不安ならばアリスに力を借りるという手もある。


取れる手段は比較的多いのだ、幸か不幸か周りには魔術に対して有効な対策をとれる人間が多くいる。

魔術の術式を破壊できる小百合に、あらゆる魔術に精通し高い実力を持ったアリス。この二人がいればほとんどの状況に困ることはないだろう。


自分のわがままなのに他人任せというのがなんとも情けない限りだが、今康太ができる精一杯なのだ。

ウィルをこのままにはしておけない。少なくともただの魔術のままでいるのは康太としては許容しかねていた。


「それで・・・どうしてそんなことを?クラリスみたいに気分でそうしたいとかいうわけじゃないんだろ?君そんなタイプじゃないし」


「・・・こいつの時と状況が似ていたんです。中にいる人の抱えてることが理解できてしまって・・・」


そういって康太は自分の体の中からデビットを顕現させる。黒い瘴気の塊として現れたデビットはまっすぐに支部長のほうを見ている。


デビットが現れたことで支部長は少しだけ体を強張らせたが、その意味がないことをすぐに理解するとため息をついて康太とデビットのほうを見比べる。


「君にそれが執着しているのと同じ理由・・・ということ・・・だとすれば、その魔術も君にしかどうにかすることはできないってことなのかな?」


「・・・」


康太は否定も肯定もできなかった。自分の体の中に術式を植え付けて居座り続けているデビットと違い、ウィルは本体の中に術式を込めている。康太の中にあるのはあくまで魔力供給と康太との意思疎通のための術式だ。


実際に康太が操っているわけでもなければ、康太でなければつながれないというわけではない。


だが康太のほうが親和性が強いのは間違いないだろう。


言い方として適切かどうかはわからないが、ウィルも康太になついているように思える。ペットのようだといえなくもないが本質的には全く違う。


そういう意味ではなついているというよりは信頼されているというべきだろうか。


どちらにせよデビットのそれとはかなり違う存在なのだ。


康太が言いよどんでいるその理由を考え、康太自身まだ混乱しているのだろうと考えた支部長は小さくため息をついてから首を横に振る。


「本当なら、君を拘束してでもその魔術を解析するところなんだけどね・・・君には実績がある。何よりクラリスの身内に手を出すのはこちらとしても避けたい」


「・・・じゃあ」


「好きにするといいよ。ただしもし少しでも君の管理下から離れるようなら、こちらとしては正式にその魔術の『破壊』を依頼することになるからそのつもりでいてね」


支部長の許可は思っていたよりもあっさりと降りた。もちろん条件付きだ。


康太が確実にこの魔術を管理下に置くこと。二十四時間とは言わないが、それに近い形でこの魔術の行動を制限することが条件の一つ。この条件はこの魔術が勝手に動くことで魔術の存在を一般人に露呈しないようにすることが目的だ。


そのほかの条件はいわゆる口止めに近い。この魔術『ウィル』が禁術によって構成されているということを他の魔術師に知られないこと。このことは先日起きた長野の事件との関連性が考えられる。どのような理由があれど禁術の情報が漏洩しているのだ。


万が一にも悟られることがないようにそこを徹底すること。


そしてもし協会側、具体的には禁術だと知っている人間、今回の場合まだ支部長だけだが、そういった人間が協力を打診した場合それに従うこと。もちろん術者兼管理者として康太も同席することが許される。


他にもいくつか条件があるが、とりあえず現状で特筆するべき点はこのくらいだろうか。それらが一つでも守られなかった場合、支部長直々にデブリス・クラリスこと小百合に『ウィル』の破壊依頼を出すとのことだった。


術式を直接破壊するのか、それとも康太とのつながりとなっている部分だけを破壊するのかは明言しなかったが、万が一の際は小百合が敵に回ることも考えられるだろう。


依頼を受けるかどうかは小百合の気分次第だが、小百合としてもこの魔術は破壊しておいた方がいいと考えるだろう。


そういう意味では万が一の場合は小百合と戦うことも視野に入れなければならなさそうだった。


とはいえやはり今まで積み重ねたコネのおかげか、客観的に見れば相当甘い采配であることは康太でも理解できる。


康太が支部長の立場なら、問答無用でウィルを康太から引きはがしていただろう。どんな理由があったところで康太が言っているのはあくまで感情論だ。現実問題事件として認識され、その重要な証拠や参考となるようなものを自分で管理したいなどと普通なら通る話ではない。


魔術に込められた人の意志がかわいそうだなどと思わない。ただ本人たちの思うようにしてやりたい。そんなものは子供のわがままでしかないのだ。そんなものを許容するほど魔術師は甘くはない。


だが支部長はそれを認めた。それは康太がデビットという封印指定を現状においても制御し続けているという実績と、彼の周りの環境がそうさせるというべきだろうか。


支部長は康太がどのような魔術師かは知っているし、どのような人物であるかもある程度把握している。


何せ康太が魔術師になったころからの付き合いなのだ。様々な事件に遭遇したり巻き込まれたりしながらも、その報告を自分のところにしてきたこの少年。少なくとも何か悪事を働くようなタイプではないのは確信をもって言える。


心配なのは意志を持った魔術に取り殺されないかという点だが、少なくとも現段階においてはその心配は不要と思っていいだろう。康太の話を聞く限り、康太はウィルを制御下に置いているのではなくあくまで管理下に置いているだけのようだ。


本当にあの術に意志が込められていて、ある程度勝手に動くのだとして、その気になればおそらく康太くらい簡単に殺せるだろう。


そうしないのはあの魔術自身が康太のことを認めているからに他ならない。


さらに言えば康太の背後関係も了承した原因といえるだろう。


師匠であるデブリス・クラリスこと小百合、そして同盟相手のアリシア・メリノス。康太の申し出を拒否し、強引にウィルを引きはがそうとすればこの両者の怒りを買うことにもつながると考えたのだ。


当然小百合はこの魔術に関してあまりいい印象は持っていないだろうが、それでも彼女の弟子の意向を無下にするというのは支部長としてもはばかられた。


無駄に長い付き合いが災いしたなと支部長は内心ため息を止められなかった。それに加えて彼女の弟子が比較的まともでありながらも、まともではなくなりつつある現状を止められずにいるのがさらに彼のため息を加速させる。


康太の事情はある程度聞いているしこの魔術の被害者たちのことを考えれば確かに気の毒だとは思う。


だが魔術師としては感情だけで動くわけにはいかないのだ。時には心を鬼にして問題解決に尽力しなければならない。


客観的に見れば支部長のこの行為はただ単に身内びいきをしているだけに過ぎない。彼もそのことに気付いているらしく、自分は魔術師に向いていないのかもしれないなと今更ながらに思っていた。


だが自分以上に感情で動く魔術師を支部長は知っている。いや彼女の場合感情というかその時の気分というべきか。


そう考えるとあの師匠にしてこの弟子ありという感じなのだろうかと支部長は苦笑してしまっていた。


「もちろんのことだけど、クラリスの了承が得られなければこの件はなしだからね?しっかりと彼女を説得するように。説得できたらまたおいで」


「わかりました・・・すいません、わがままを言ってしまって」


「それがわかっているのであればまだいいほうさ。君の師匠なんて『それがどうした』みたいなこと言うんだよ?全くいつまでたってもかわりゃしない・・・」


「・・・本当にすいません・・・師弟そろって迷惑ばかりかけて」


「今に始まった話じゃないさ。それに君の場合は能動的じゃないだけましだよ。説得するときにクラリスにもう少しおとなしくしてくれと言伝しておいてくれるかな」


「伝えておきます。あの人は多分全く意に介さないでしょうけど」


違いないねと支部長と康太は苦笑しあう。迷惑をかけるものとかけられるもの。奇妙な関係だなと思いながらも支部長がしっかりと小百合のことを信頼していることがうかがえる瞬間でもあった。


日曜日と誤字20件報告もらったので六回分投稿


最近誤字がちょっと多くなってきた印象ですね


直さなければ(使命感)


活動報告を追加しました


これからもお楽しみいただければ幸いです

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