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ポンコツ魔術師の凶運  作者: 池金啓太
十三話「救いを与えるのは生か死か」

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内包された者たち

「お前たちも魔術を使う際にある程度無意識のうちにやっていると思うが、魔術というのは基本的な制御権は必ず大本の術式の中に入っておる。方陣術などの場合はそれらをすべて記さなければいけないために後出しでの操作ができないわけだがの」


魔術の操作をするうえで必要なのは術式そのものの中に組み込まれているいわゆるコントローラーのようなものだ。


それがなければ魔術は操作することができない。そのためほとんどの魔術にはそれが備わっている。


ただしアリスの言うように方陣術などは自分の体外に術式を出して発動する。その関係上体を経由して操作を行うことができないので方陣術自身に術式を組み込むのと一緒にどのように発動するかを事細かに書き込む必要がある。


「この魔術は主な操作権限をこの中に入っている意志に預けている状態なのだ。液体を動かしたり硬化させたりということだけならこれだけで事足りる。これはあくまで推論だが、おそらく神父が持っていたのは上位に属する操作権限、あるいは命令を出すための別の魔術だったのではないかの」


「えっと・・・つまりこの中にあるコントローラーよりも強いコントローラーか、別の魔術でこいつを操ってたってことか?」


「可能性としてはそういうことだの・・・そして康太が気にしている問題となっているのはなぜ神父が出した指示を拒否、とは言わずとも抗うことができたのか。それがこの魔術の欠点の一つでもある」


今回の解説の肝とでもいうべき部分。なぜ康太がデビットを仲介して意思を伝えてもらっただけで、この魔術は絶対的な命令者であるはずの神父の命令に抗うことができたのか。


魔術である以上使用者の命令は絶対のはずだ。少なくとも普通の魔術のほとんどはそのはずである。

もっともこの魔術を普通ととらえるのはどうかと思えるが。


「普通の魔術というのは操作者が一人であるからこそ操作に変化が生じることもなく、使用者の思いのままに操ることができる。それはお前たちが普段使う魔術でもそうだと思うが、ではここで二人が一つの魔術を扱う場合、どのようなことが起きると思う?」


「・・・発動ミスで魔術がうまく発動しない」


「可能性として十分にあり得る」


「発動しているとき暴走しやすくなる?」


「それも十分にあり得る。だが今回の場合でいえばどんなことが起きるかといえば・・・コータはすでに経験しているはずだの」


今回の場合でいえばどのようなことが起きるか。それは確かに想像に難くない。


「つまり、互いに別の操作をする可能性と、それぞれの命令を阻害しあう可能性があるってことね」


「そういうことだ。全身を動けないように拘束したい。一部でもいいから拘束を解除したい。その二つの命令が同時に行われた場合、どちらのほうが効果が高いか・・・たいていこういう命令や指示は範囲や時間が狭いほど効果が反映されやすい」


「・・・それがあの時腕が動くようになった理由だと・・・」


あくまで仮説だがなと言いながら、アリスの言葉はほぼ核心に迫っているかのような言い草だった。


実際康太はあの状況で一瞬とはいえ動けるようになったし、体のほとんどの部分は拘束されたままだった。

そう考えるとアリスの考えは間違っていないのではないかと思えてしょうがない。


「で、その欠点っていうのはどうして?赤の他人同士が一つの魔術を操るならまだいいけど、今回の場合は処理能力を残しただけの意志の塊でしょ?普通なら康太が干渉したところで問題なく動くと思うんだけど」


「魔術における操作というのは本来不確定要素のない機械的なものでなければならない。お前たちが普段使っている魔術のほとんど、というかおそらくすべてがそうだ。だがこの魔術はその操作権限を不確定要素の多い『意志』にゆだねている。それが欠点なのだ」


「だから、処理能力を残しただけの意志の塊なら、不確定要素なんてないんじゃないの?普通に考えてパソコンとかが人間の操作なしに勝手に動き出すなんてことないわよね?」


文の言うように、ただのOSしか入れていないパソコンが何の操作もなしに勝手に動き出すということはありえない。


もし本当にウィルの中にシステム処理的な能力しか持たない意志しかないのであれば互いの操作権限を利用しての動作不良など起こさないはずなのだ。


「人間の意志を特定の物体や魔術に宿らせる。これはだいぶ昔に禁止されたものでな。理由としては単純、制御ができないからだ」


「制御ができない・・・でもこの魔術は」


「制御ができていないからこそ動作不良を起こした。人間の意志を埋め込むというのは魔術ならできる。だがそれを制御するのはほぼ不可能だ。一人の人間を魔術を使って思うがままに操ることができるか?できないだろう?それと同じ理屈だの」


「でも、余計な部分を省けば」


「省いたところで同じだ。魂とでもいえばいいのだろうかの・・・どのような形で埋め込もうとも、結局のところ人間の根幹部分が一緒についてきてしまう。その根幹は人が変えることはできんのだ。だからこそ、そんな不確定なものに操作権限を与えるのがどれだけ危険なことか、その神父は理解していなかったのだろうな」


魂。アリスが口にする中でこれほど不明瞭なものもないだろう。実在するかどうかもわからないような存在を説明に加えるということは、おそらく彼女自身それ以外に説明のしようがないということだ。


だが康太は納得できてしまっていた。どんなに省いてもついてくる魂という存在。おそらくデビットも同じだ。どんなに形が変わっても魂がそこにある。だからこそデビットとウィルの中にいる人々は意志を通わせることができたのだ。


「魂・・・ねぇ・・・そんなの言われてもなんかぴんと来ないわね・・・」


「そうか?俺は割とすんなり理解したぞ?」


「・・・あぁそうか、あんたは似たようなの引き連れてるもんね」


文がそういうのを感じ取ったのか、それとも何か用があったのか、康太の体の中からデビットが姿を現す。

呼ばれたから出てきたのか、それとも近くにいるウィルを見て何か思うところがあったのか、特に何をするわけでもなく黒い瘴気を周囲に霧散させながらその場にたたずんでいた。


「まぁこいつの場合、ウィルよりずっと楽に意思の疎通はできるけどな。最近は何となく考えてることわかってきたし」


「へぇ・・・例えば今は何考えてるの?」


「たぶん何も考えてない。何となくって言ってもあくまで感情的なものだけだぞ?こいつは許せないとか、助けなきゃとか、そういうことがわかる程度だって」


つまり、有事の際でなければ康太はデビットの感情を理解することはできないのだ。というか普段のデビットはほとんど何も反応を示さないためにどのようなことを考えているのか、何を思っているのかも康太にはわからない。


もっとデビットとの親和性が高まればもしかしたらその思考さえ読むことができるのかもしれないが、生憎康太はそこまでデビットに深入りするつもりはなかった。


デビットが一緒にいるのは彼がそう選択したからだ。康太が強く望んでデビットを縛り付けているわけではない。


というか個人的には早く成仏してほしいとさえ思っているのだが、デビットはそれを許してくれないらしい。


仏教徒の考えはキリシタンには合わないのだろうか。そんなことを考えるが、もはやデビットの宗教的なくびきは存在しないだろう。


「でも確かそれも康太は性能を全部引き出せてないんだもんね。この液体の魔術とちょっと似てるのかも・・・?」


「あぁ確かに・・・でもデビットの場合はある程度は扱えてるぞ?もしかしたらこいつが譲歩してくれてるのかもしれないけど」


「フミの言うように、おそらくはコータの宿すそれも、理屈としては同じだろう。術者・・・というか操作者が生きた人間ではなく、魔術そのものの中に残された意志の残骸・・・だからこそコータは自分の意志ではほとんど操れていないのだ」


康太が引き連れるデビットも、ウィルと同じようにその術式の中に意志の残滓と思われるものを内包している。


それが原因なのか、康太はDの慟哭の本当の力を使えていない。


本来の実力を扱えていればそれこそかなり強力な魔術になるだろう。少なくとも康太が扱えるレベルをはるかに超える程度には強力だ。


康太だけがDの慟哭を扱えているのには理由があるだろう。それこそ康太の言うようにデビット自身が譲歩しているのかもしれない。あるいは康太だけが見たあの光景が原因なのかもしれない。


理由はわからないが、人間ならざる者の意志を術そのものに埋め込むということがどれほど不便なことを引き起こすのかは容易に想像できるだろう。


だがうまく調整すれば自身の処理を大きく削ることだってできる。そう考えると一長一短という気がしてならなかった。


「でもさ、これって本当の術者しか扱えないって考えると防犯面では役に立つ方法だよな・・・他人のを使うのはちょっとあれだけど、どうして自分の意志のコピー?みたいなのを貼り付けるのはだめだったんだ?」


「そんなコピペみたいに人格貼り付けたら大変なんじゃないの?それこそ自分の意識に反発されたりとかありそうよ?」


「まぁ、文の言っていることが大体正解だ。今までそういった魔術を使った連中は、たいてい組み込んだ意志そのものに痛い目にあわされている。直接的間接的は問わずな」


「・・・あれ?でもそういうのって基本処理しかしないんだろ?自分で考えたりとかしないならそんな痛い目にあうこともないんじゃ・・・」


魔術に組み込む意志はあくまで本人や他人のそれをひどく劣化させたものだ。自分で考えるということを極力させないためにある程度の性能しか持ち合わせていない。あくまで処理を軽減するための補助頭脳のような形での組み込みになる。


だがほとんどのものがその方法をとって痛い目にあっているのだという。なかなか矛盾しているような意見に康太は疑問符を飛ばしてしまっていた。


「先にもいったがな、人間の魂というものは不確定要素が大きいのだ。どこまで劣化させても、どこまで制御していても、必ずどこかにバグが発生する。それは絶対だ。生きているものを機械で完全再現などできんだろう?それと同じ理屈で完全に魔術で制御するなど不可能なのだ」


「・・・お前が不可能っていうとなんか重みが違うな」


「ふふん、そうだろう?少なくとも私はやったことがないがの」


「ないのかよ・・・てっきりやってみたことがあるんだと思ってた」


「私の意識を劣化させて魔術に組み込みでもしてみろ、それこそとんでもないことになる。私は自分の命を担保に賭けをするつもりはないのでな」


アリスの言うように、アリスの意志をたとえどれだけ劣化させて魔術に込めても危険な結果につながる可能性が高い。


普通の魔術師たちが行うそれでさえもだいぶ危険であれば、アリスがやればそれこそその魔術が封印指定になってしまうだろう。


ただでさえ本人も封印指定だというのにこれ以上封印指定を増やされてはたまったものではない。


康太の今後の安寧のためにもアリスにはおとなしくしてもらったほうがいいように思えた。


もっともそれが可能かどうかはわからないが。


「じゃあ、今のこいつらは操作系統・・・というかコントローラーがこいつの中にしかないからほぼ独立した動きになってるってことか・・・それこそ神父が目覚めでもしない限りずっと」


「そうなるの・・・やろうと思えば操作権限を無理やり作れなくもないが・・・コータとしてはそれは好ましくないのだろう?」


「あぁ、できる限りこいつらの好きにさせてやりたい」


アリスは何となくその理由を理解していた。普段康太の中にいるデビットがわざわざこの場に出てきたのもおそらくはそういうことなのだろう。


確かめようとしているのだ。この哀れな魂たちがどのような末路を選ぶのかを。


いや、確かめるというよりは見届けようとしているといったほうがいいだろう。自分のように人ならざる身になりながらも何かを目指すのか。


「それでなんだけどさアリス・・・この中にある人たちの意志なんだけど・・・何とかなったりしないか?」


「なんとか・・・とはどういう意味だ?少なくとも肉体はすでに滅んでいるだろうに」


「それはそうなんだけどさ・・・こうなんというか・・・もうちょっとましな状態にならないかと思って・・・」


また漠然としたことをとアリスはあきれてものも言えなくなってしまっているようだ。デビットの影響を受けているのか、康太はこんな状態になった人々さえ、いやすでに人ですらなくなったものまで救おうとしている。


もちろん康太だってこの状態からまともな状態に戻せるとは思っていない。少なくとも生きていたのと同じ状態にするのが不可能であることくらいわかっている。


一度ミキサーにかけてしまったものを、元通りにすることができないのと同じだ。すでにこの者たちの原形からは大きくかけ離れてしまっている。そんな人たちを少しでもまともにしたいと思ったところで形を戻せるはずもない。できるのはまた別の処理をして全く別の形に作り直すことくらいだ。


康太が期待しているのはそこだった。つまり何かしらの補助、あるいは何かを付与してもう少しまともな思考ができるようにならないかと思ったのだ。


康太にそれができなくても、アリスならできるのではないかとほんのわずかに期待しているところがある。


「・・・本人たちがこの場にいればそれもできていたかもしれんがの・・・残念だが本人たちはすでに死んでいるとなると難しいの・・・全く別物に作り替えてやることならできるが・・・それはお前の望むものではないのだろう?」


「・・・あぁ・・・やっぱり難しいか・・・?」


「・・・そんな顔をするな・・・やれるだけやってみよう・・・だが期待するなよ?劣化しているものを再び元に戻すなんてやったことがないのだ。何よりこやつらがそれを望むかもわからん」


ウィルの中にいる人々が一体どのようなことを考えているのかはわからない。少なくとも康太に敵意を向けようとしていないことだけはわかる。


そうなってくると問題なのはアリスがこの中に収められているものたちの意志をどれだけ復元できるかというところにかかっている。


せめてデビットと同じレベルまで戻すことができれば、最低限の意志を感じ取ることくらいはできるかもしれないのだが。


そんな淡い期待を持ちながらアリスの作業を待っていると、ウィルはアリスから逃げるように移動し康太を盾にして見せた。


「・・・コータ、そいつを私の前に連れてこい。作業ができん」


「そういわれても・・・何だよいやなのか?案外臆病だな・・・っていうかそれも当然か・・・一般人の集合体なんだから・・・」


これが魔術師の意志を内包した存在であるのならもう少しましになったかもしれないのだが、さすがに一般人だけしか取り込まれていないのでは魔術という存在そのものに畏怖を抱くのも無理はないかもしれない。


特に目の前にいるのは魔術師の中でもトップクラスに入る人物だ。いや現在生きている魔術師の中でトップであるといっても過言ではないだろう。


おびえるのも当然かもしれないと思いながら康太はふと思いつく。やってみても損はないだろうその手段を。


「なぁアリス。俺の意志をコピーしてこいつに埋め込むことってできるのか?」


「・・・それは・・・できるだろうが・・・絶対いい結果にはならんぞ?」


「それでも今よりはましになるだろ?俺とのつながりを作っておけば比較的意識の共有とかもできそうだ」


確かに康太の言うように、自分のコピーを移しておけばそれを介してリンクを作成しある程度の感情を読み取ることくらいはできるようになるかもしれない。


要するに先ほどデビットに仲介してもらっていたものを自分のコピーでやろうとしているのだ。


もちろん不可能ではない。今まで数多くの魔術師が挑戦してきたことを康太がやろうとしているだけのことだ。


だからこそその失敗とその危険が具体的にわかっているだけに、アリスはあまり賛成できないのである。


だがこれをすることで得られるものは大きい。少なくともこの魔術に込められてしまった人々が一体何を考えているのかはわかりそうだ。


むろんデビットのように感情やその時の気分程度しかわからないだろうが、それでもわかるだけいいのだ。

何が嫌で何が良いのか、今はそれすらもわからない状況なのだからせめてイエスノーくらいは把握したいところである。


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これからもお楽しみいただければ幸いです

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