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ポンコツ魔術師の凶運  作者: 池金啓太
十三話「救いを与えるのは生か死か」

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魔術の末路

康太からのメッセージを受けた文の行動は早かった。自分の今いる場所の直下三十メートル地点を集中して索敵すると、そこには確かに康太を見つけることができた。


どうやら与えられた情報によって索敵の暗示を抜けることができたようだ。


康太の近くには神父が倒れており、さらに液体状の物体までいる。康太が落ち着いて壁に寄りかかっているところを見ると無害なのだろうが、状況を正確に把握できなかった。


とはいえ康太の位置が分かったのであれば話は早かった。文は即座に現在位置を地面にマークするとすぐに協会に戻り、門を管理している魔術師に協力を依頼した。もちろん支部長への報告も一緒に済ませて康太のいるであろう場所につながっている門を徹底的に探り出してもらった。


結局、康太のいる場所にたどり着いたのは康太のメッセージを届けられてから一時間後のことだった。


文から位置情報を知った魔術師たちは徹底的に地下にある空間を探索、門の位置を特定して即座に門の接続に入った。その接続までに時間がかかってしまったのである。


「ビー!無事!?返事しなさい!」


門をくぐって文は即座に康太のいた部屋へと走った。負傷しているのか康太はあの場所から全くと言っていいほど動こうとしなかった。もしかしたら近くにいる液体状の何かが原因で動けないのかとも考えたが、康太のいる場所に到着した文はその様子を見て考えを改めた。


「・・・おぉ・・・ようやく来たか・・・遅いぞベル」


「・・・こんな場所じゃ来るのも時間かかるわよ・・・大丈夫?ケガは?ていうかこのスライムみたいなやつは?それにこの神父も・・・」


「いっぺんに質問しないでくれ、とりあえず一から説明していくから・・・つか他の魔術師たちも来てるんだな」


文の周りに二人の魔術師が連れ添っているのに気付いた康太は少しだけ安堵していた。これで文だけが突っ込んできたのであれば自分の苦労は何だったのだろうかと思えてしまうところだ。


きちんと協会にも話を通してやってきているのであれば問題なくこの件は解決するだろう。

それがいいことなのかは正直まだ判断できないことだったが。


「当たり前でしょ。協会専属の魔術師が結構来てるわ。この場所の捜索と調査をするんだって・・・被害者も見つけられてるから・・・」


被害者も見つけられた。その言葉に康太は表情を曇らせる。仮面をつけていたためその表情がわからなかったのは幸いというべきか。


何十人もの被害者。まるで物のように置かれ、すでに肉体の腐敗が進んでいるものや白骨化しかけているものまでいる。その空間を康太も知っている。索敵で嫌というほど知ってしまっている。


実際に見てはいないが、見なければいけないだろう。康太にはその義務がある。このスライムもどきと呼ばれた魔術ウィルにも見せなければいけない。


「とりあえずこの神父が犯人だったっていうのはいいか?」


「まぁ状況的にそうなんでしょうね。とりあえず事情聴取は協会の人間がするでしょ・・・てかこの人ひどい状況だけど・・・あんた何したわけ?」


「ちょっと奥の手を使っただけだ。もう二度と目覚めないかもしれないけどそのあたりはご愛敬だろ」


「・・・事情聴取するって言ってんでしょうが・・・まぁあんたがこんだけやるってことはそれだけのことをしたってことね・・・」


康太と文が話していると他の部屋を調べていた魔術師たちに紛れて幸彦が部屋に入ってきた。


仮面をつけた状態であるために一瞬誤認しかけたが、座り込んでいる康太とその傍らにいる文と液体状の妙な物体を見つけると即座にこちらにかけてくる。


「ビー!無事かい!?」


「バズさん・・・すいません、だいぶ情けない格好ですが無事です」


康太が問題なく返事をしたことで幸彦は安心したのか小さくため息を吐く。とりあえず康太の体は問題なく動いているということでそこまで深刻な状態ではないということを察したのだろう。


そして幸彦は神父の方に目を向けた後近くの協会の魔術師たちに指示を出して神父を連行していく。

もちろん拘束して動けないようにしてからだ。


「それでビー・・・このアメーバみたいなのはいったい何だい?魔術みたいだけど・・・」


スライムと言われたりアメーバと言われたりなんとも表現しにくい魔術だなと思いながら康太は小さくため息を吐く。


説明しなければいけないのだろう。少なくともこの場所でこれの正体を知っているのは康太だけなのだ。


「・・・これが今回の被害者のなれの果てです。神父曰く肉体から直接意志だけを取り出して混ぜ合わせたものなんだとか・・・」


「これが・・・?意志を混ぜ合わせるだなんてそんなことが・・・」


康太の解釈があっているかどうかはさておき、幸彦たちがこの説明を正しく受け取れたかどうかは微妙なところである。


戻ったらアリスにこの魔術の鑑定を依頼した方がいいかもしれない。おそらく彼女なら何かわかるだろう。

もしかしたら術式を破壊しなくても意志だけを何か別のものに移し替えることができるかもわからない。


そんなことができるとは康太も思っていないが、可能性がないわけではない。

もっとも、それができたとしてこの魔術ウィルがどうするかは康太にもわからないわけなのだが。


「これは危険はないの?さっきからあんたの近くで動かないけど」


「さぁな。もともと神父から命令受けてそれを遂行してたんだけど、神父からの命令が来なくなったから勝手に動いてる・・・意志を使って魔術が勝手に動けるようにしたんだとさ」


「なるほど・・・魔術の制御をこの中の意志にある程度ゆだねてるのか・・・外付けのOSでPCを動かす感じかな・・・?いやちょっと違うか・・・?」


幸彦の認識はほぼ正解に近かった。神父の使っていたこのウィルという魔術は、ある程度の指令さえ与えれば魔術そのものが考えて動くように作られている。


人工知能であるAIを魔術で作成することはできなかったために人間の意志を直接抽出して利用したが、それによって使用者に必要な処理能力が極端に減っているタイプの魔術なのだろう。


神父という絶対的な上位者がいなくなったことで、この魔術は誰の命令も受けずに勝手に動くことができるようになったというわけである。


「ビー、この魔術どうするの?まさか連れていくつもりじゃ・・・」


「連れていく。とりあえず師匠とアリスのところには連れていく。いろいろ調べてもらいたいし・・・なるべくならこいつらの思うようにしてやりたい・・・どうしようもなくなったとしても師匠なら破壊できる」


康太はこの人間ですらなくなった魔術そのものですら救おうとしているのかと文は眉をひそめた。


この魔術を個体ではなく、団体としてみている。その反応を見て文はため息を吐く。


「あんた・・・この魔術の何かを見たのね?」


「・・・なんで?」


「わかるわよ・・・デビットの時と同じ感じがしてる。あんたもう忘れたの?抱えきれないもの抱えるのはやめなさい。あんたがそんなことまでする必要は」


「わかってるよ・・・わかってるけど・・・」


以前プールで言われたことだ。康太は抱えなくてもいいことを抱えてしまっている。考えなくてもいいことを考えてしまっている。


康太自身がそうしたいのではなく、デビットがそうしたいのかもしれない。あるいは本当に康太自身がそうしたいのかもしれない。


だが康太は見て見ぬ振りができるはずもなかった。その苦しみの一端をほんの少しでも理解してしまったが故に放置しておくことなんてできるはずもなかった。


「抱え込むことはしないよ・・・あくまでこいつらの意志に任せる。消えたいか、それともこのままでいたいか・・・もしかしたら師匠に頼むことになるかもしれないけど、それまでの道案内くらいはしたい」


「・・・はぁ・・・わかったわよ・・・そうなったら聞かないもんね。好きにしなさい。ただ協会の連中はいろいろ言ってくると思うわよ?そのあたりわかってる?」


「わかってる。こんなの明らかにヤバイ魔術だからな・・・」


前提として人間の意識を根こそぎ奪う魔術。発動条件やその消費魔力、必要な技術などもろもろわかっていないことが多すぎるが、確実に危険な魔術だ。


しかもその意識をこの液体状の物体の中に無理やり留めておくというのだからなおさら性質が悪い。


既に使用者は拘束されているが、協会としてはこの魔術を放置しておくのは避けたいところだろう。


解析するかはさておき、最終的にはこの世から抹消することも視野に入れているはずだ。


そう考えると最終的には小百合のもとに依頼が来るかもしれないが、そうなったらそうなっただ。


師匠である小百合に頼み込んでどうするかをウィル自身に任せるつもりだった。


その結果どういうことになるかは康太自身まだわかっていない。


「・・・ったく・・・じゃあこいつを門まで連れて行かなきゃいけないわけだけど・・・こいついうこと聞くの?ていうかそもそも今なんでこいつほとんど動かないのよ」


「どうしたらいいか迷ってるんじゃないのか?今まで命令与えられてたのにいきなり解放されてさ・・・たまにプルプルしてるけどなんかするって感じでもないし」


康太の言うようにたまにその液体状の体を動かしてはいるが、それでも康太の近くから動こうとはしない。


何をするわけでもなくただ待っているようにも見えるその光景を見て幸彦はもしかしたらと眉をひそめながら考え込んでいた。


「もしかしてだけどさ・・・ビーに何か礼をしたいんじゃないのかい?一応犯人から助け出してくれたわけだしさ」


「え?そんな感情あるんですか?ていうかそもそもこいつらがどこまで意志を残してるのかもまだわかってないんですけど・・・」


「そこなんだよね・・・人間程度の意識があるのか、それとも動物レベルなのか・・・はたまた機械的なものだけなのか・・・そのあたりは調べてみないことには・・・」


「やっぱりアリスのところに連れていくのがベターかしら・・・じゃあ何とかして動かしましょ・・・トゥトゥもつれてくればよかったわ・・・あいつなら水属性の術なら何とかなったでしょうに」


文も水属性の魔術を扱えるが、自分が発動した以外の魔術に過干渉できる自信はない。倉敷ならば水属性はむしろ専門だ。運ぶだけなら問題なかったかもしれないがこうなってくると一緒に来なかったことが悔やまれた。


「とりあえず移動しよう。ビー、立てるかい?」


「何とか・・・体の中ボロボロですけど」


そういって立とうとすると先ほどまでじっとしていた液体が動き出し、康太がたとうとするのをまるで補助するかのようにその体を持ち上げた。


その行動に文と幸彦、そして支えられた康太自身も目を丸くしていた。


「・・・やっぱりビーに感謝してるのか・・・助けようとしてるのか・・・それくらいビーにべったりだね」


「そうですね・・・ていうかあんたそれ大丈夫なの?」


「案外歩きやすいぞ。力入れなくても歩けるっていうのは妙な感じだけど」


康太たちはとりあえずこの地下にある門を通るべく地下通路を歩いていた。


康太は負傷しているため歩きにくいのだが、ウィルが康太の体を覆い補助するような形で歩いていた。


先ほどまで拘束され無理やり動かされていたのと同じ理屈で外側から操る形で歩いているのだ。


動作補助用のロボットなどが現代にもあるが、それの魔術版だととらえればいいだろう。


「でもビー、これどうやって説明するの?さすがに他の連中にいうのは・・・」


「俺の隠し玉ってことにしておけばいいだろ。少なくともこいつの正体知ってるの俺とお前とバズさんだけだし」


先ほどこの魔術ウィルのことに関して話した時、あの場にいたのは康太と文と幸彦だけだった。


そのためこの魔術が今回の被害者たちの集合体だと知っているのはこの場の三人だけなのだ。


緊急事態に際して康太が奥の手を使ったという風に言えば少なくとも支部長ならば問題なく信じてもらえるだろう。


「バズ、身内は助けられたのか?」


「あぁ、ちょっと負傷してるから一度協会に連れていく。門を開いてくれるか?」


「わかった・・・君、災難だったな」


「いえ・・・まぁ運がよかった方ですよ」


おそらくは幸彦の知り合いの門を管理している魔術師なのだろう。幸彦が引き連れているということで何の疑問もなく門を通過することができた。


ようやく見知った場所に出たということもあって康太は緊張の糸が解けたのか一気に脱力してしまう。


だが自分の体の周りを覆っているウィルが倒れることを許さなかった。どうやらまだ歩くということをわかっているのだろう。康太が力を抜いても支え続けていた。


「とにかく二人は一度戻ったほうがよさそうだね・・・僕はいろいろと報告に行ってくるから。ベル、ビーのことを任せてもいいかな?」


「大丈夫です。任せてください」


「すいません、いろいろご迷惑を」


「気にしなくていいさ。もとはといえばこちらが頼んだことなんだ。調査だけのつもりがまさか解決してくるとは思ってなかったけどね」


幸彦の言うように今回康太たちに依頼されたのはあくまで調査だったのだ。現地で起こっている行方不明事件に魔術師が関与しているかどうかを確認するというのが今回自分たちにまかされた依頼だったはず。


なのにいつの間にか康太はこの事件を解決してしまっていた。半ば強引、しかもだいぶ行き当たりばったりだったがそれでも結果として解決という事実が残ってしまったのは果たして良いことだったのだろうか。


康太は小百合の店に一番近い教会までの門を開いてもらうと、すぐに小百合の店へと向かっていた。


とはいえ表通りを歩くわけにはいかない。康太の体にまとわりついているこのスライムもどきこと魔術のウィルを何とかしなければ人目に付きすぎてしまう。


かといってタクシーを使うというのも問題だ。何せタクシーには監視カメラがついている。もしこの魔術が一般人などにも見える場合高確率でカメラにも映ってしまう。そうなってくると怪奇現象扱いだ。


そのため康太と文は魔術師装束を外した状態で裏通りをひたすら歩いて小百合の店へと戻っていた。


「あんたこれどうするのよ・・・もしこれからずっとついてくるってなるといろいろ問題よ?」


「そうなったらホントどうしような・・・とりあえず体の中に入れておくか・・・服の中に仕込んでおくかのどちらかになるな・・・いきなり俺が太ったらそういうことだと思ってくれ」


「いやな理由ね・・・まぁこいつを小百合さんがなんとかしちゃえばそれで済む話なんだけどさ・・・」


文の言うようにこれからこのスライムもどきのウィルが康太につきっきりになった場合、康太の私生活にまで強い影響が出てしまうだろう。


ウィルの体積がどれくらいなのかは康太も把握しきれていないが、体の中にしまうと同時に服の下に隠してようやくすべて収まるか収まらないかのぎりぎりのラインだ。


康太としてはこの魔術は家でおとなしくしているか、あるいは小百合に何とかしてもらったほうが楽だということはわかっている。


だがこの中に入っている意志がどのような答えを出すかによってはそれを拒むことはできないのだ。

いや、拒むことはできないというより、どうしようもないのである。


そもそもこの魔術に対して攻撃が効くかもわからないし、どこかに置いておくということができるかも怪しいのだ。そうなってくると自分についてきた場合康太は取れる手段が全くないということになってしまう。


拘束することもできないし、ウィルと意思を疎通することもほとんどできない。説得ということができない以上このスライムもどきの好きにさせる以外に方法がないのが現状なのである。













「・・・何だお前のその無様な格好は」


「言わないでくださいよ師匠・・・こっちだって結構きついんですから」


小百合の店に入ったとたんに小百合が言ったセリフは康太に深く突き刺さっていた。


確かに今の康太の姿はお世辞にも格好いいとは言えないものだ。その体の周りには妙な液体がまとわりつき、一部硬質化した状態で無理やり歩かされているようにも見える。


しかも康太自身も負傷しているのか動くたびに体のどこかしらが妙な反応をしている。


小百合は康太が負傷して何かしらの魔術、というかこの液体の魔術で歩行の補助をしているのだということをすぐに理解した。


「今回は確か調査がメインの依頼ではなかったのか?なぜそんなにボロボロになっている?」


「いえ・・・まぁいろいろありまして・・・とりあえずアリスいますか?」


「いつも通り下で何かやっている。確か今はジェガン小隊を作るとか言っていたな・・・察するにその妙な軟体生物?の事か?」


「はい・・・もしかしたら師匠の手も借りるかもしれません」


「・・・まぁいいだろう。とりあえずさっさと行ってこい」


康太は文に補助されながらゆっくりと店の地下へと降りていく。相変わらずウィルがまとわりついて康太の代わりに動いてくれるが、それでも体の中にある傷の痛みはとれなかった。


当たり前といえば当たり前だ。そこまで長くはない時間とはいえ体内に異物が入り込んでいたのだ。どこかしらに傷ができ、なおかつその傷が動くたびにいたんだとしても仕方のない話である。


「アリス、ちょっといいか?」


「少し待ってくれ、今塗装作業中なのだ・・・ってコータ、見つかったのだな。フミが妙に心配していたぞ?」


「へぇ、心配してくれてたのか」


またこいつは余計なことをと文はいやそうな顔をするが、実際心配していたのは事実なので顔を背けるだけにとどめた。


そんな様子を見て康太とアリスはにやにやしているが、そんなことは知ったことではない。今は文の心情よりも康太の体にまとわりついている魔術のほうが重要なことなのだ。


「そんなことより、こいつのこれを見てほしいのよ。この変な魔術、これがどうなってるのか」


「全く話を露骨に逸らせようとしよって・・・ふむ・・・またこれは随分と懐かしい魔術だの・・・まだこんなものを使うものがいたとは」


アリスはプラモデルの塗装作業を一度やめて康太の体の周りにあるスライムもどきウィルに触れるとその魔術を解析し始める。


どうやら知っている魔術のようでアリスは眉をひそめて首を傾げ始める。


「え?アリスこれのこと知ってるのか?」


「少し昔に同じものを見たことがある・・・だが確かこれは協会内では禁止されていたと記憶しているが・・・制度が変わったのかの・・・?」


「いや・・・たぶんそのままだと思うぞ・・・そうか・・・これ禁術の類だったのか」


「いやまて・・・すこし・・・いやだいぶいじっているな・・・というかこれではもはやほぼ別物・・・か・・・?なるほど、よく考えたものだ」


「勝手に納得しないで教えてくれよ。これってどういう魔術なんだ?」


アリスはすでにこの魔術がどんなものであるのか理解しているようだったが、康太と文は全く理解できていない。


彼女が感心しているということはそれだけの魔術ということなのだろうが、康太と文にはそのすごさが全く分からない。


「ふむ・・・ではまずこの魔術の原形について話しておこう。この魔術のもとの魔術は血液を操作するというものなのだが、少々特殊でな。血液を操るために自分の人格をコピーして血液そのものに移すというものなのだが・・・人格のコピーというのが協会のタブーに触れて禁止されていたのだ」


「・・・また随分とアグレッシブな魔術だな・・・ってことはちょっと待てよ・・・?この魔術のこれってもしかして血なのか?」


康太は体の周りにある赤黒い液体を指さしていやそうな顔をする。少なくとも血の匂いはしないのだがもしこれが血だったらと思うとあまり良い気はしなかった。


特に被害者の血液である可能性があると考えるとなおさらである。


「話は最後まで聞け。少なくともそれは血ではない。この魔術、原形からかなりいじっておるな・・・この液体自体はいろいろなものの混合物であるようだ・・・ただの水というわけではないが・・・それに他人の意識を組み込めるようにしたようだの・・・よくもまぁこんなものを・・・」


この液体が血ではないということに関しては安堵するべきなのだろうが、それよりも康太は気になることがあった。


この中に収められている意志の話と、制御権限の話である。


「アリス、この魔術の中にいる人たちのこと何かわかるか?あとこいつを操るとかそういうことも知りたいんだけど」


「この魔術を使ってた魔術師は今どうしている?少なくともコータではないだろう?」


「あぁ。とりあえず気絶させた。もう起きるかどうかわからないけど」


その言葉を受けてお前にしては随分手ひどくやったのだのと笑いながらアリスはさらにこの魔術を調べようと集中する。


時折うなり、感心しながらもこの魔術のことを調べていくと、ひときわ大きなため息をついて康太の方を向いてから再びため息を吐く。


康太が何を言いたいのか、何を聞きたいのかを理解してしまったのだろう。


「とりあえずこの魔術の制御権のことについて話そうかの・・・どうやらこの魔術はすでに独立してしまっているようだ・・・魔力の供給自体はコータから行われているようだがの」


「そうなのか?でも発動者は気絶しただけだぞ?」


「もう目覚めないかもとか言っておいて気絶しただけとか・・・まぁいいわ・・・でも確かに意識を失っただけで独立するってのはちょっとあれなんじゃないの?眠るだけで独立しちゃいそうじゃない」


文の言うように意識を失うだけで独立してしまうようでは、制御系を分けた意味がないように思えてしまう。


最悪自分の魔術に殺されるということだってあり得る事態だ。そんな間抜けなことをするようなものとも思えない。


なぜ今このスライムもどきウィルが独立状態にあるのか、それは康太も文も疑問に思っていた。


「そのあたりは私もわからん。本来であれば意識を失った状態でも待機状態にできたりするんだが・・・もしかしたらコータが攻撃した際に何かあったのかもしれんの。とにかくこやつは今独立状態・・・勝手に動く状態にある」


「ふぅん・・・さすがのアリスもわからないことってあるのね」


「解析を進めればなにがあったのかを予測するところまではできるかもしれんがの、事実を知ることはできん。あくまで予測、私だって人間だ。わからないことの一つや二つある」


未来を知ることが難しいように、過去を知ることもまた難しい。特に今回の場合術者はもう目覚めない可能性が高いのだ。


康太の使った精神破壊はそれこそ廃人を作り出すレベルの威力を有しているのである。


その魔術を使った際に、ウィルの制御権を持っていた神父に何かあったのか、それともまた別の要因があったのか、それはわからないがとにかく今ウィルは制御されていない状態にある。


つまり中に込められた意志によって動いている状態なのだ。


「話を戻すぞ。こやつの制御はその神父とやらが担っていた。それは間違いない。ある程度の指示を出すことで、あとはこの中にいる意志が勝手にその指示に沿った行動をとるという簡単なものだ。より複雑な指示を理解し、なおかつこなせるように多くの種類の人間が必要だっただろうがの」


「・・・なるほど、被害者に一貫性がなかったのはそのせいか」


「いろんな人の意志を集めることでより精度の高い処理を行えるようにしたってことね・・・魔術師らしい理由だこと」


口では救うとのたまわっていながらも、結局はこの魔術をより強化するために人を集めていたということだ。


もしかしたらこの魔術を完璧なものにしてから救おうと考えていたのかもしれないが、そんなことは康太にはもはやどうでもいいことである。


ありとあらゆる人を取り込む。人というのは個人によって考えることは全く違う。年齢性別性格立場状況環境経験、何か一つ違えば考えることも思うことも違ってくる。


同じような文面を読んでも受け取り方は様々だ。そのためありとあらゆる種類の人間を集めてその意志を統合することで、より複雑な指示もしっかりとこなせるようにしていたのだろう。


その結果が数年に及ぶ人々の誘拐というわけだ。


文は魔術師らしいといったが、康太はあの男が神父として人を攫っていたのではないかと今でも思っていた。


間違った救いを与え続けていたのではないかと思えてならなかった。そのついでに魔術師として魔術を強化していた、そんな風に思えるのだ。


「そしてこの魔術、おそらくこれからも勝手に動き続けるだろう。それこそ先の話にも出ていた神父が目を覚まし、再びこの魔術と出会わない限り、これは自由に動き続ける」


「意志を持った魔術の出来上がりってことね・・・何か康太の周りってそんなのばっか集まってくるわね・・・」


「意志を持つというがな・・・これはそんな生易しいものではないぞ?意志とはいうが意識ではない。個人の考えがあるわけではない。ただ指示に対してそれをこなせるだけの思考能力と行動理念があるだけだ・・・生き物をそのままコンピューターのようにした感じといえばわかりやすいかの?」


「・・・なんかすごくえげつない映像が浮かんできた気がするわ・・・脳みそがぷかぷか浮いてるような感じ」


その認識で間違ってはおらんのとアリスはため息を吐く。


この魔術の中に意志が残されているなどと神父は言ったが、アリスに言わせればこの中に残されているのは意志とも言えないような人間が持つ思考能力や行動理念のみを抽出したようなシステム的なものだけなのだという。


そのため命令に逆らうことはできず、基本的に指示されるがままの存在であるという。

だがその意見に康太は少々反論したかった。


「でもさ、俺がデビットを介して頼んだ時はその頼みを聞いてくれたぞ?俺を拘束することが指示だったんだろうけど、一部とはいえその拘束を解いてくれたしさ」


「そこがこの魔術の・・・いやこういった魔術の欠点でもある。特にこの魔術は欠点だらけだ。何せ大まかな指示を与えた後はすべてこれに任せる形になってしまう。では次は魔術の制御についての解説も混ぜていこうか」


だんだんと魔術の授業になりつつあるなと思いながら康太と文はその場に座り、アリスの魔術講座に耳を傾けることにした。


なんだかんだ言ってアリスは実力のある魔術師だ。弟子を何度も取ったことがあることから教えるのはうまいだろう。ここは聞いておいた方が後々のためになるだろうなと康太と文は考えていた。


誤字報告20件分受けたので五回分投稿


これからもお楽しみいただければ幸いです

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