見える人影
康太がしたのは実にシンプルだった。自分には意志を伝達するような技術はない。そんな魔術も持ち合わせていない。
だからこそ、自分の体の中にいるデビットに自分の意志を託して同じく体内にいる魔術『ウィル』に自分の意思を伝達してもらおうとしたのである。
どのような形でそれをしたのかは知らないが、奇妙なリンクが康太とこの液体魔術の間に形成されているのは間違いない。
だが康太はそのリンクを認識できない。つまりこのリンクと両者の間を取り持っているのはデビットの残滓に他ならないのだ。
ならば自分から直接この液体魔術に語り掛けても意味はない。故に康太はデビットに語り掛けた。
会話が成り立つとは思っていない。だがほかならぬデビットの残滓自身がこの状況を作り出したのだ。
すべてを自分にまかせるのではなく、少しは手伝えというのが康太の考えだった。
幸い、時間はある。神父がいなくなり、今の康太には他にできることはない。
技術的にも状況的にもほかにやることがないのだ。神父が来るまでに少しでも状況を変えなければならない。
このまま体の中に異物が入っている状態では、まともに動くことなどできはしない。あの神父を倒すには数瞬、せめて一秒は動けないと話にならないのだ。
だがそれはこの液体魔術に話が通じればの話だ。基本的な命令権は神父にあり、この液体魔術に残された意思に決定権がどれほどあるのか分かったものではない。
だから多くは望めない。それでもできることはある。
まだ話をする時間は多くある。康太が上の様子を確認すると、何人かの魔術師が教会を通過して外に出ていったのが確認できた。
おそらくマウ・フォウや文の報告から魔術協会もこの件に本格的に動くつもりになったのだろう。
大々的に魔術師を投入して調査をするつもりのようだった。
だが教会と協会の門を管理している神父こそ犯人であると気づけない限り、事態は全く進展しない。むしろこれから被害がひどくなる可能性だってある。
魔術師の調査が始まったことを受けて、おそらくあの神父は部署の移動、あるいは門の管理という立場から降りる可能性が高い。
調査が始まった場所にいつまでもいたら、どんなきっかけで犯人であると察知されるか分かったものではないのだ。
そうなれば神父をあの場所に縛っておくことはできない。これからどこに行くのかもわからない状態にされるよりは、今の状況のまま事件を解決しなければならないのだ。
やってきた多くの魔術師の中には康太の同盟相手である文の姿もある。おそらく康太がこの教会に向かったということを門の近くにいた魔術師から聞いたのだろう。
いつまでたっても戻らない、そして倉敷とも合流しない康太を不審がって探しに来たのだろうが、おそらくこの場所には来れないと思ったほうがいい。
これだけ大々的に探してもこの空間を見つけられない可能性が高いのだ。もしこの場にアリスがやってくれば話は別だろう。
数日康太が姿を見せなければ、アリスならその変調や怪しい部分などに気付けるはずだ。
だがそこまで康太が生かされている保証もない。
一日、というより今日の活動が終わる前に決着をつけなければ康太の命は危ういだろう。
何をするかもわからない危険な魔術師をいつまでも放置しているわけにはいかないのだ。考えが変わらないというのならさっさと殺して、この魔術の一部として取り込んでしまった方が手っ取り早い。
少なくとも康太ならそうする。危険因子をいつまでも懐に置いていたところでデメリットしかないのだ。
幸いにもやってきた魔術師たちの対応に追われて神父は教会から動こうとしない。これはチャンスでもある。それだけこの液体の魔術に自信を持っているということだろう。
魔術師の活動が終わるのはあまり決まった時刻というのはないが、基本的に人が活動限界になる深夜から明け方になることが多い。
つまりそれまでは神父は協会の門を扱うために上の教会にかかりきりになってしまうということでもある。
時間の猶予はまだある。それが康太にとって唯一の好機だった。
神父は変な追加操作もしていないし、先ほどまでうごめいていた液体魔術は活動を停止している。
まるで康太を意図的に傷つけないようにしているかのようである。
これなら作戦を考える余地も、話し合いをするだけの余地も生まれそうである。
もしかしたらすでに話し合いは成立しているのかもしれない。デビットから見せられるその光景に奇妙なものが含まれていた。
そこにはいろんな人影があった。
先ほど見えた神父の姿ではない。姿形それらすべては一定ではない。
身長も性別も年齢もおそらく違うのだろう。服装さえも一定しないそれらがいったい誰なのか、何なのか、康太もすでに理解できていた。
これはこの魔術にとらわれた人々の意志だ。統合され、ひとまとめにされてもなおこの人たちは人としての意志を残してしまっている。
それが良いことだったのか悪いことだったのか、康太にはわからなかった。
少なくとも自分だったらこんな状況にはなりたくなかったなと思いながら、その人たちを見ながら再び会話を開始する。
力を貸してほしいと、そう強く願いながら。




