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ポンコツ魔術師の凶運  作者: 池金啓太
十三話「救いを与えるのは生か死か」

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目的は

「さて、ようやく落ち着けますね」


「・・・こっちとしては操られてて全く落ち着けないんだけど」


康太と神父がたどり着いたのは机と椅子のあるただそれだけの部屋だった。途中まで通ってきた道と同じくコンクリートが打ちっぱなしで全くもって飾り気がない。こんなただの空き部屋に机と椅子を並べただけの空間では落ち着くことなどできるはずもない。


さらに言えば康太は自分の体を覆っているこの謎の液体のせいでほとんど身動きが取れない状況にある。


外側から操られるというのは正直かなり圧迫感があるが、それだけの力を持ち合わせている相手に対して自分ができることはごくごくわずかだった。


どうにかして抜け出したいが、それができるような状況でもなさそうだった。


「ふぅ・・・ではどこからお話ししましょうか」


「・・・なんであれだけの人間を攫った?いったい何が目的だ?」


「・・・もうすでに見つけたような言い草ですね。あぁ、索敵したなら話が早い」


康太はすでに誘拐された人たちを見つけていた。先ほど索敵で現在位置を探した時に、まるで折り重なるように、いや無造作に打ち捨てられたかのような形で一つの部屋にまとめられている人々を見つけたのだ。


監禁しているとは口が裂けても言えない。本当に捨てられているだけ。その場に転がされているといってもいいほどの境遇だ。


しかも康太が知覚した中で、あの中に生きているものは一人としていなかった。


息もしていなければ脈もない。もうすでにあの場にいる人たちは命をなくしてしまっているのだ。


その数は康太も正確に数えられてはいない。折り重なるようにと表現したものの、遺体の損傷自体は少ないが時間が経過しすぎているのか、原形をとどめていないようなものまであるせいで正確な数が把握できないのだ。


少なく見積もっても三年。下手すればもっと長い年月で被害者が出てくるだろうこの神父が引き起こした誘拐。


いったい何が目的なのか、康太は眼光を強くしながら目の前の神父をにらみつけていた。


「私には目的があるんです。たいそうな目的ではないんですがね、話すのもはばかられるような子供のころからの夢という奴です」


「それを果たすために、あの人たちに犠牲になってもらったと?」


「犠牲・・・?いえいえ違いますよ。あれもまた私の目的の一部です。私の目的は一回こなせばいいというものではないんですよ」


コツコツやっていくことが大事でねと、まるで一つ一つ階段を上るかのような動きを手でしてみせると、康太は眉をひそめた。


少なくともあの場に転がされている人間全員で目的が達成したというわけではなさそうだった。


あれだけの死体の山を築いておきながらまだ満足できないのかと康太は歯噛みする。


体の奥底から湧き出すような感覚があるのに今更ながら気付けた。どうやら康太だけではなくデビットもまたこの所業に異を唱えたいらしい。


だが今は落ち着いてもらわなければならない。Dの慟哭を使うのは本当に奥の手だ。せめて拘束を解除してから、きちんと戦闘態勢に入れるようになってから行うべきだ。


自分の手の内を不利な状況から無為に明かすことはできない。康太は必死に心の中でデビットを説得しながら目の前の神父をにらんでいた。


「・・・あの場の全員殺して、それでも満足できないのか?いったいお前何をするつもりだ・・・?」


「ふふ・・・そんな風に睨まないでください。それにさっきも言いましたが、そんな風に聞かれて堂々と答えられるようなたいそうなものではないんですよ」


「たいそうかどうかは俺が判断する。答えろ」


答えろとすごんだところで答える義務などはない。何より圧倒的不利な状況である康太が強気に出たところで相手にとっては虚勢を張っている哀れな少年にしか見えないだろう。


実際その通りなのだが今の康太からすればこの目の前の神父が一体何をしたいのか知りたかった。


あれだけの死体を作っておいて、あれが目的の一部でしかないというこの男。先ほどから話をするトーンが全く変わっていない。


まるで今日初めて会った時に今後のチェックを頼んだ時のような全く変わらない声の調子だ。


きっと朝挨拶するときも、誰かと打ち合わせをするときも、そして魔術師として行動するときもこの声は変わらないのだろう。


その不変さが康太の苛立ちと不安を煽る。だがそんなことを気にしていないのか気づいていないのか、神父は少しはにかみながら言いにくそうに頬を掻いている。


「いえ実はね・・・私は人々を救いたいと思っているんです。もしも可能なら世界中の人たちを」


「・・・は?」


救いたい。今目の前の神父は間違いなくそういった。可能なら世界中の人たちを救いたいとそういった。


あれだけの人を殺しておきながら何を世迷言をと、康太は自分の耳と目の前の男の正気を疑っていた。


人を殺しておいて人を救いたいなど全くもって矛盾した言い草だ。殺すことと助けることがイコールになるなんてことはほとんどの状況ではあり得ない。


殺すことが情けになるという状況もないわけではないが、普通の人間に対して当てはまるものではないのだ。


一般人に手を出していた時点でそんな状況はありえない。いったいこの男は何を言っているのだと康太は疑問符を飛ばしてしまっていた。


「人は悩み苦しみます。生きている限り続くその苦しみは、死ぬことでしか解放されない。ですが死んでしまっては何も考えることができなくなってしまう。そこで考えたんです。肉体だけを死なせ、精神だけを生き残らせる方法を」


死こそが救いになる。確かにそういう宗教は存在する。多くの宗教において死という概念は切っても切り離せないものになっている。何せあらゆる人間に、生き物に死はつきものだからである。


神父らしく自分の宗教観を語る中で、目の前の神父は康太を拘束している赤い液体に目を向けた。


この段階で康太は気づいていた。この男が一体何をしたのか。そしてこの液体の正体が一体なんであるのか。


「・・・まさか・・・お前・・・」


「察しがよくて何よりです。人々の精神を肉体という檻から解放し、魔術でつなぎとめているのがその魔術です。いうなれば意志をもった魔術。実際その魔術はある程度は私の思い通りになりますが、基本的な動きはほぼその魔術自身が行っているんですよ」


意志を持つ魔術。そんなものがあり得るはずがないと普通の魔術師ならば言うだろう。


だが康太だけはそれがあり得ると断言できた。


何せ康太自身もデビットというある意味意志をもった魔術を内包しているのだから。


もっとも康太の場合意志をもった魔術というよりは、魔術を有した意志の残滓を内包しているといったほうが正確かもしれない。


その違いはむしろ些細なものかもしれない。つまりこの康太を拘束している赤い液体の魔術は、この神父の操作によってすべての動きをなしているのではなく、ある程度のニュアンスを神父が指示することによって勝手に動く半自動操作の魔術なのだ。


操作するうえで必要な処理を削減することができる上に、仮に術者本人が自動防御などを指示した場合術者が知覚できない攻撃も防御してくれるかもしれない。


だがその反面細かい操作はできなくなるかもしれないが、それにしたって有用な魔術である。


だがそこに込められた意志、つまり精神というべきか、それとも魂というべきか、そういった人間を人間足らしめている部分がこの中には込められているのだ。


しかも一人や二人ではない。何十人という人間のそれがこの液体の中には込められているのだ。


「私はその魔術を『ウィル』と呼んでいます。意志を持っている以上、名前は必要ですからね」


ウィル。それがただの名前ではなく英語で意志を示す単語であると気づくのに少しだけ時間がかかってしまった。


意志、それが込められた魔術。そんなものを作り出すためにあれだけの人を殺したのか。そう考えて康太は否定する。


先ほどこの男は人々を救いたいといった。つまりこの魔術を作るのが目的ではなく、目的を達成する過程、あるいは結果的にこの魔術を作ったということになる。


肉体から解放された意志や魂の新たな器とでもいえばいいのだろうか。自慢げに話すその姿に、康太は狂気すら感じていた。


「・・・この中に・・・まだ個人としての意識はあるのか?」


「いえいえ、もはや集合体となってしまっているでしょう。そのためにその魔術を作ったんですから。個人での悩みは集団となることで解決する。一人で悩むのではなく皆で一つになれば悩む必要はなくなるのです」


何という考え方だろうか。個人を救うために個人を殺し、集団の中に溶け込ませ巨大な一つの個体としてしまう。


まるで機械の中に部品として組み込まれ、私情を許されない歯車の役割をさせられているように思えた。


そこにもはや個人の意見などはない。後悔もなければ苦しみも喜びもない。この中にいる人の意志が一体どのようになっているのか康太は知ることはできなかったが、それが救いとは程遠いことくらいは容易に想像できた。


「これを作るのにだいぶ時間がかかりました。私の魔術師としての人生の集大成といってもいい。これだけのものを作れたのも、いわゆる神の思し召しかもしれませんね。私に救えとおっしゃっているように感じられましたよ」


もっとも私は神など信じてはいないのですけれどと、神父にあるまじき発言を聞き流しながら、康太は怒りに震えていた。


この怒りはデビットによって引き起こされたものではない。むしろデビットは今全く反応しなくなっていた。怒りを通り越したのか、それとも康太が怒っているからこそ逆に冷静になったのか。


そのどちらだろうと今の康太にとってはどうでもいいことだった。


康太が怒っているのは、この男が神父であり、また人を救いたいなどということを口走っていることそのものだった。


この男は神父でありながら、デビットと同じ神父でありながら、デビットと同じ人を救いたいという戯言を口にした。


救いたいと本気で願い、自らの存在や生命すら投げ出した男と同じ願いを口にした。


人を殺し、その精神をこの魔術に縛り付けているようなものが、人を救おうとし、力及ばず神すら呪おうとした男と同じことを口にした。


それが康太には許せなかった。他でもないデビットの最期の瞬間を体感していただけに、そして多くの死と、誰かの救いにすがった多くの人々の願いを経験しているが故に、この男の言葉が受け入れられなかった。


他でもない康太だからこそこれほどまでの怒りを覚えたのだろう。今までにないほどに、これまでの人生で初めてだと思えるほど、康太の怒りはその内部で暴れまわっていた。


ブックマーク件数が3000件突破したので二回分投稿


これからもお楽しみいただければ幸いです

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