門の使い方
「そうと決まったら支部長のところに行くか。まだあの人いるかもしれないし。報告もついでにしなきゃだしな」
「そうね。協会から協力者が選ばれるにしろ、話を通しておけばある程度融通は利くでしょうし」
康太と支部長の間に割と強いコネがあるからこそこういった無茶なこともできる。こういう時は康太のコネの強さがありがたいと思えた。
もちろん康太はそのコネを得るためにいろいろと面倒な状況を抱えたわけだが、今となってはそれはむしろ良いことだったのではないかと思える。
いや、そう思わなければやっていけないだけかもしれないが。
「そういえばさ、俺この前初めて知ったんだけどこういうところの管理をしてる神父さんいるじゃん?あの人も魔術師なんだってな」
「そうよ?協会の門の管理もしてる人たちなんだから。普段日の目を見てないかもしれないけどすごい人たちなのよ?」
これから康太たちも協会の門を使用して支部のほうに向かうが、この門は方陣術によって起動している。
大地の力である龍脈と呼ばれるものに接続し、その力を引き出し経由することで離れた場所に一瞬で移動できるだけのエネルギーを得ているのだ。
方陣術と一言で言っても従来のそれとはまったくもって構造も内容も違いすぎる。そのため管理するのは一流魔術師をさらに超える一流でなければいけない。
方陣術の大本である各協会本部や支部にある術式の管理はまた別の魔術師が行っているが、その行き先となっている教会を管理する魔術師もそれなり以上の実力者ばかりなのだ。
さらに言えば与えられている権限を考慮してただ実力があればいいというだけではなく、実績からくる人格面での評価も下される。
わかりやすく言えば優秀でも人格的に問題があれば採用されないのだ。間違いなく小百合などは採用されないだろう。
「おや、お二人とも、門を使われますか?」
「はい、ブライトビー、ライリーベル両名、支部までお願いします」
「わかりました。つなげますので少々お待ちください」
康太と文はそれぞれ仮面をつけて協会支部に足を踏み入れても問題がないようにする。もう何度使ったかもわからない協会へ通じる門。
使用目的などは基本的に支部への移動、あるいは支部から別の場所への移動だ。依頼などが入らない限り基本的には使わないためにこういう慣れた行動というのも珍しいのかもしれない。
康太の場合週一で必ず奏のところに行くため割と頻繁に門を使っている。おそらく倉敷が今整理している門の使用履歴の中でブライトビーの名前がかなり記載されているだろう。
慣れているという意味では誇るべきことなのかもしれないが、それだけ便利なものに頼っていると考えるとあまり良いとも言えないかもしれない。
「つながりました。どうぞ」
「ありがとうございます。また今度来るかもしれないのでその時はよろしくお願いします。あと門のチェック、よろしくお願いしますね」
「えぇ、承りました」
神父が開いた扉の向こうに向かうと、そこはすでに何度も訪れた魔術協会の日本支部だった。
魔術師たちがそこにはおり、皆思い思いに活動や話などをしている。
と、ここで康太はあることを思い出す。せっかく協会に来たのだから被害者のにおいを確認しておこうと思ったのだ。
協会の門というのは頼んですぐにつながるというわけではない。方陣術の発動に加え、つなげる場所の指定などで多少ではあるが時間がかかる。
行方不明者をどのような形で搬送したのかはわからないが、このエントランスでただ突っ立っているとも考えにくい。おそらくどこかしら、具体的にはエントランスにある門の近くに腰を落ち着けて待っていたはずだ。
その場所がどこか判明すれば、そのあたりに注意するのもありだなと思ったのである。
「ベル、俺ちょっとこのあたり調べてくる。支部長への報告と協力のお願いは頼んでいいか?」
「いいけど・・・何調べるのよ」
「行方不明者のにおいを追う。協会に来てそのままってことはないだろ。たぶんどこかしらににおいが残ってるはずだ。教会と違ってここは誰かが掃除するってなかなかないからな。たぶん匂いが残ってるはずだ」
この場所はいわゆる公共の場所に近い。エントランスであり協会の門があるということで多くのものが利用することはするのだが、それを掃除する者はあまりいないのだ。
もともと普通の靴、いわゆる外履きで移動しているために土や砂、泥なども時折つけてくるものがいる。さすがにあまりにひどい状態だと気づいたものや協会の専属魔術師たちが掃除したりするが、その頻度はあまり高くない。
教会のように神父などに管理されている場所ならともかく、こういった公共の場所は掃除業者でも入れない限りなかなか掃除の手は行き届かないだろう。
「なるほど、確かに知っておいて損はないかもね・・・それじゃ後でね」
「おう。調べ終わったら俺は一度トゥトゥの様子を見に行く。そっちの部屋で待ってるぞ」
「了解よ。あんまり鼻酷使しすぎないようにね」
鼻を酷使しすぎないようにという忠告は初めて受けるなと康太は苦笑しながら周囲のにおいを嗅覚強化の魔術を使って把握していた。
さすがに多くの魔術師が使うだけあってかなり別のにおいが残っているが、掃除があまりされていないからかにおいを探すのは苦労しなさそうだった。
これならもしかしたらほかの被害者のにおいも残っているかもと康太は意気込んでにおい探しを始めていた。
協会の門があるエントランスの匂いを探し始めて数分、康太は完全に行き詰っていた。
被害者のにおいが全く残っていないのである。
この門を利用したのであれば協会の門周辺にあるエントランスなどににおいが残っていると思っていたのだが、どういうわけかにおいはかけらも残っていなかった。
教会に残されていたにおいは確かに門の寸前まで残っていたというのに、なぜこの場所ににおいがないのか疑問が浮かぶ。
そして同時に、もしかしたらという可能性が脳裏によぎった。
「あの、一つ聞いていいですか?」
康太は門の近くにいる協会支部から門を管理している魔術師に話しかけた。普段門を使用するときに必ず話しかける人物であったために、そのスケジュールなどはある程度把握している。
康太が話しかけたのは比較的気さくで話しやすい人物だった。といっても素顔はわからない。互いに仮面同士での付き合いだが、その魔術師も康太のことを認識してどうしたのだろうかと疑問符を浮かせながらもどうしたと答えてくれる。
「この門を使うにあたってなんですけど、支部から各地の教会に、あるいは各地の教会から支部に行くことはできますけど、各地の教会同士を結ぶことってできるんですか?」
「不可能ではない。実際に今我々がいる支部も門が通じている道の一つでしかない。管理の関係から支部を必ず経由するようにしているだけの話だ」
「・・・じゃあ、意図的に教会同士を移動することもできるんですね?」
「それはやろうと思えばできるが、たいていは許可が下りないだろう。無許可で門を使用するということは基本的にはできない。我々のような魔術師が見張っているからな」
我々のような魔術師。協会の専属魔術師とはまた別のグループとでもいえばいいだろうか、門の管理を専門にしている魔術師のグループが存在しているのだ。
その中には各地の教会を管理する神父なども当てはまる。彼らが見張っている限り基本的に門を勝手に利用することはできないだろう。
門を勝手に利用することは普通の魔術師には無理。では、この場ににおいが残っていないのに教会にはにおいが残っていたその訳。
康太の中には嫌な予感が残っていた。そしてそのいやな予感が外れてほしいと願いながらも、もう一つ聞きたいことがあった。
「今のところ門って管理されてる協会にしかありませんよね?新しい場所に門を作るってことは不可能なんですか?」
「いや十分可能だ。用地の問題とかそこを管理する人材の関係とかいろいろあるけど、基本的に大地の力の行き届くところならどこでも門は作れる。ただその門を作るのも我々のような魔術師が時間をかけて行うことになるがな」
魔術師の回答に、康太は愕然としながらうなだれてしまう。そしてこのままではまずいことになるかもしれないと目の前の魔術師に食って掛かるように頼み込んだ。
「お願いです、今すぐに門を使わせてください。さっき俺が出てきた教会に行きたいんです!」
「ま、待て待て、君の門の使用は今日はもう終わっているんじゃないのか?あとは家に帰るいつもの教会までだろう?」
「事情が変わったんです!お願いします!」
事情が変わった。それはもう劇的に。急がなければこの事件は一生解決できなくなるかもしれない、それほどに鬼気迫っているのだ。
康太の剣幕に押されたのか、それとも康太と比較的友好的な関係を築いていたからか、門の管理をしている魔術師は小さくため息をついて仕方ないなとつぶやく。
本当はいけないんだからなと付け足しながら門を開いてくれると、康太は礼を言いながらすぐにその門をくぐった。
康太がたどり着いたのは先ほどまで自分たちがいた教会だった。いやな予感はいまだ収まってくれない。
いや、もはや予感というレベルのものではなくなっている。外れていてくれればいい。自分がただ考えすぎだったというだけの話なのだ。
「おや、もう帰ったはずでは・・・?ひょっとして忘れ物ですか?」
康太が門から姿を現したことに驚きながらも、迎えてくれたのは神父だった。穏やかな声に含まれる少しばかりの驚き。なにも怪しいところはない、平然としている。
康太が息を荒くしているのを見てさらに不思議そうにしている。これだけ見たら康太がただ単に慌てているだけだ。確かに忘れ物でもしたのではないかという風に見えるのも仕方がないのかもしれない。
「神父さん、確認したいことがあって戻ってきたんです」
「はい、何でしょうか?」
「神父さんはこの門を使って他の協会に移動できますか?」
「・・・協会に許可されないですから、そういうことはしませんよ?それに他の教会に直接つなげたらそこにいる神父にもばれますからね」
嘘は言っていない。声の抑揚からも、康太のことをまっすぐ見るその表情からも、康太からすれば嘘は言っていないように思えた。
「じゃあ、教会ではないどこか別の場所にある門につなげたことはありますか?何か協会からの依頼とかで」
「いいえ、そういうことは・・・門をつなげられるかの調査や、実際の門の開通作業に従事したことはありますけど、教会がない場所につなげたことはありません」
嘘を言っているようには思えない。門の開通などに従事したことがあってもつなげたことはない。
実際門を管理している魔術師ならばそういう状況に立つこともあるだろう。門を管理するということは門を形成している術式を理解しなければいけないのだから。
土曜日なので二回分投稿
これからもお楽しみいただければ幸いです




