最悪の結果
さすがに三週間も経過しているとなると屋外のにおいはほとんどといっていいほどになくなっていた。
ところどころ定期的による場所を確認したところ、いくつかの場所で匂いの確認はできたがそれはおそらく今までの累積によってできたにおいスポットであり最近できたものではないだろう。
その場所は屋内のところばかりだ。その中には駅なども含まれ、彼が通勤に使うような屋内の場所にはたいていにおいが点在するように残っていた。
だがそれも彼の勤め先までの間だけ、そこまでたどることはできてもそれ以外の場所で彼のにおいを見つけることはできなかった。
「今のところ収穫はほぼないに等しいですね・・・やっぱ匂いじゃ無理か・・・」
「いや、次のところがどうかわからないよ?正直ここでは匂いがしないことを祈るけどね・・・」
「ですね・・・ここはさすがにあると面倒なことになりますよ・・・」
康太とマウ・フォウが門の設置された教会に戻ってくると、康太はその瞬間に顔をしかめた。
いやな予感が、最悪の想像が的中してしまったのである。
「あぁ・・・だめです・・・においがあります・・・」
嗅覚強化を一時的に最大まで引き上げて周囲のにおいを徹底的に確認すると、間違いなく先ほど嗅いだ男性のにおいがかすかにではあるが残されていた。
床、手すり、そして椅子など、だいぶかすかではあるがところどころに彼のにおいと思わしきものが残っているのだ。
「・・・悪いニュースだね・・・これで捜索範囲がぐっと広がることになった・・・全国全世界の門が設置された教会すべてを確認して回る必要があるかな?」
「はは・・・いったい何年かかるやら・・・どれくらいの数回ることになるか想像もつきませんよ・・・」
康太は魔術協会の門が一体どれだけの数の教会につながっているのかは知らないが、この教会の門を使ったのは多分間違いないだろう。
教会の裏に回り、門があるところにもしっかりと男性のにおいは残っていた。絶望的になる反面、今回康太たちが任された犯人が魔術師であるか否かを調査するという依頼は完遂したことになる。
「これで確定的ですね・・・今回の犯人は・・・この男性に関しては間違いなく魔術師が犯人です」
「うん・・・とっても厄介な確証だ・・・八篠君、悪いんだけど他の被害者の人のにおいも確認したいんだ。他の被害者の家によってからもう一度お願いできるかい?」
「構いませんけど・・・たぶん難しいですよ?この人のにおいでさえもう消えかけてます・・・嗅覚強化最大にしてようやく嗅ぎ取れるレベルですから・・・これより古い人のはもう消えてても不思議じゃない・・・」
屋外のにおいに比べれば消えにくいとはいえ、屋内にある匂いだって決して永続的に残されているというわけではない。
三週間前のものでさえ本当にかろうじて残されていたのだ。それよりも前、一か月以上前にさかのぼるとなると残っているかどうかは定かではない。
むしろここに残っていたのはある意味奇跡的といえるだろう。運がよかったと言い換えてもいい。
どちらにせよ他の行方不明者のにおいがこの場に残されているとは考えにくかった。
定期的に掃除をすればその分匂いは薄まる。そのにおいの痕跡がかけらでも残っていれば確かに確定的だといえるかもしれないが、可能性は薄い。
「それでもいい。確証をさらに深めたいだけさ。一人ではなく二人だったなら、また三人だったなら、どんどんその確証は深まっていくだろう?何ならまだ確定していない行方不明者で試してもいい」
まだ今回の事件に関わっているかどうかも完全に調べがついていない未確定行方不明者も含めて、においがこの場に残されているかどうかを試す。
確かにその方法はありかもしれない。
もしその中で教会に来るような人物がいなければ、その人物もまた同じような手口で誘拐されたということになる。
そうなればまず間違いなくそういった手段でこのあたりから人間が誘拐されていたということになるのだ。
「わかりました。今日はとことんお付き合いしますよ・・・そうなったらベルも呼び戻さなきゃな・・・いろいろと話をしておかないと・・・」
康太たちの依頼自体はこれで終了だ。この事件は間違いなく魔術師がかかわっている。しかもこの区域にいる魔術師ではなく、別の地区にいる魔術師の可能性がかなり高くなった。
康太が最初に想像していたよりもずっと厄介な話だ。だがそうなってくると疑問も生じてくる。
いったいなぜこの場所なのかということだ。
人を攫うのであれば一か所にとどまることなくあらゆる土地から攫って行った方がばれにくいしよりいろんな人種がいるために実験だけならそのほうがよほど安定して行えるはずだ。
なのに協会の門を使っておきながらわざわざ同じ場所から誘拐していく。明らかに面倒な手段を踏んでいる。
目立つ行動をしていると言い換えてもいい。もしかしたらあえて見つかりやすい行動をしているのかもしれないが、そんなことをするメリットが考え付かなかった。
自分だけで考えてもらちが明かないということはわかっているため、康太はそのあたりで思考を切り上げて今日一日自分にできることをやろうと意気込んでいた。
「それで、結局一日いろんなところに行ってたわけだ」
「あぁ、鼻が曲がりそうだよ・・・さすがにいろんな奴のにおいを嗅いだからだいぶ疲れた・・・」
康太と文は教会の礼拝堂の一角に座り話をしていた。夕方ということもあってか時折人がやってきては座ってゆっくりと祈りをささげている。敬虔なキリシタンというものはどこにでもいるのだなと思いながらあまり声を大きくすることなく二人だけに聞こえる声で話を続けていた。
「結局、ここを使ってたってことは間違いなく魔術師の仕業ね・・・そういえばマウ・フォウは?」
「あの人は支部長に報告しに行ったよ・・・門を使ってた可能性が非常に高いってな・・・そうなってくると犯人は魔術師確定だから協会が動く話になる・・・これで俺らはお役御免ってわけだ」
「・・・一応依頼自体は完遂したことになるけどさ・・・あんたこのままにしておくつもりなの?」
康太だってバカじゃない。文が言わんとしていることくらいは理解できる。
ここまで協力しておいて最後まで付き合わず、途中下車するつもりなのかと文は言っているのだ。
最後まで、この事件を解決するまで協力するのが筋ではないかと文はそう言いたいのだ。
むろん康太だってこの事件をこのまま放置していいとは思っていない。これだけの被害者が出ていて、しかも魔術師が関与しているとなれば当然自分たちも積極的に解決のために協力するべきだ。
だが実際こうして協会の門を使っている可能性を目の当たりにするとどうしても気おされてしまう。
「言いたいことはわかるけどさ・・・実際どうするんだ?門を使ってる以上世界中どこにだって行けるわけだぞ?そんなやつを追い切れるか?」
「それは・・・そうかもしれないけど・・・」
正直今回協会の門を使用しているとわかった時点で康太はこれ以上事件に協力できる気がしなかった。
正確に言えば協力する気はある。だが協力するとは言ったが自分が一体どれほど役に立つのかということがわからなかったのである。
康太は未熟だ。戦闘面ならまだしもこういった探索、調査に関しては素人もよいところだ。
最近嗅覚強化の魔術を覚え、出力の調整ができず暴走状態での発動を強いられているために弱い匂いも嗅ぎ取ることができたが、もっと完璧な嗅覚強化を扱える魔術師は山ほどいるだろう。
「それにさ、これから本格的に協会が動くだろ?そうなってくると俺らの出番なんてないぞ?適材適所でいろんな魔術師を回してくるだろうしさ」
「・・・確かにそれはそうなんだけど・・・」
今回門を使っているということもあって犯人が魔術師であることが確定した。おそらくこれから協会が本格的にこの事件の解決に乗り出すだろう。
それこそ康太たちよりもずっと適任の魔術師たちが何人もこの事件の解決のために尽力するだろう。
そんな中で康太たちに一体何ができるというのか。
文のように索敵系魔術を多く覚えている魔術師ならともかく、康太はまだ半人前レベルの索敵系魔術しか使えないうえに、お粗末な発動しかできない嗅覚強化を扱えるだけだ。
他の協会の魔術師たちと比べると康太はだいぶ劣っている。文は見劣りしないかもしれないが。
康太が言っているのは間違いなく正論だ。実際康太たちがいて何ができるかといわれると何ができるというわけでもない。
問題が起きた時の露払い程度はできるかもしれないが、それ以上のことは望めない。ほとんど他の魔術師たちがやってしまうだろう。
むろん手を貸してくれと言われれば喜んで手を貸す。だが本当にその手を貸す意味があるのかといわれると微妙なところだった。
これだけの状況がそろっていながらも、正当な理由がそろっていながらも、文はこの事件に関わろうとしていた。
この事件に何らかの思い入れがあるというわけでもない。別に誰か特別な人がいなくなったというわけではない。
だが文はこの事件の解決に協力したいようだった。
おそらくはマウ・フォウの存在が大きいだろう。
三年もかけて事件を追い続け、協会を動かすために資料を作り、今なお犯人を追うために尽力している。
その努力は並大抵のものではない。資料を目にした文と康太はそれをよく理解している。だからこそ報われてほしいと彼女は思っているのだ。
彼が報われるために自分たちができることはしてやりたい。力になれるなら協力したい。そう思っているのだろう。
文自身が根っからの努力家だからか、他の誰かが努力しているところを、その結果を間近で見てしまうとどうしても応援したくなってしまうようだった。
「・・・わかったよ・・・マウ・フォウが俺らの手が必要だって言ったら協力しよう。もし邪魔だって言われたらその時はいないほうがあの人のためだ。犯人の手かがりをつぶすようなことはお前もしたくないだろ?」
「・・・悪いわね・・・迷惑かけて」
「それは言わない約束だろお前さん」
「バカ・・・ありがと」
普段は康太のほうが圧倒的に迷惑をかけているのだ。こんな時ぐらい文の意見に流されるのも悪くはない。
何より康太だって不完全燃焼の気分なのは間違いないのだ。文の意見に乗るのは半ば必然だったかもしれない。
誤字報告五件分受けたので二回分投稿
これからもお楽しみいただければ幸いです




