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ポンコツ魔術師の凶運  作者: 池金啓太
十三話「救いを与えるのは生か死か」

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それぞれが浮かべる犯人像

「ということで今回の目標は戦わずに依頼達成なんです。まだまだ調べること多いですけど」


「ほほう。それはなかなか・・・資料は私も見ましたけどあれ間違いなく魔術師が相手ですよ?大丈夫ですか?」


「大丈夫かどうかでいえば大丈夫ではないですけど・・・とりあえずやれるだけやってみますよ。こういう調べものメインの依頼って今までなかったですから、これも経験の内です」


「あぁ、そういえば確かに戦闘が前提にないっていうのは珍しいかもしれませんね。あくまで依頼内容は魔術師の犯行であるかどうかを特定することですし」


今まで康太がかかわってきた中で魔術師との戦闘が想定されていないものはあまりなく、今回のこれはほぼ確実に戦闘がないと思えるだけに康太も真理も珍しそうにしていた。


小百合を目の前にすると大抵の魔術師は戦闘態勢に入ってしまう。そうでなくても康太は今まで妙に面倒なことをしようとしている魔術師と遭遇してきた。こればかりは持って生まれた運が含まれているのだろうが毎回こんな風に戦ってばかりだと康太も無駄に疲れてしまう。


今回の依頼も最後まで戦わずに済むのならいいのだが、康太と真理の勘はまず間違いなく戦闘があるだろうと告げていた。


戦闘がないと高を括るよりも最初から戦闘があると考えていた方がよほど対策ができる。特に前のように誘拐した人間を操って攻撃してこないとも限らないのだ。そうした場合の対策はあらかじめ取っておくべきなのである。


「それにしても、魔術師というのはどの時代でも大体やることが変わらんの・・・人を攫って実験、そしてその対応に追われる魔術師・・・いやはや人の業の深さはいつまでたっても変わらんということか」


「アリスが言うと妙に説得力があるよな。さすが長年生きてきただけはある」


「人を年寄り扱いして・・・体はまだ張りのある十代のままなのだぞ?そんな風に言われるとひどく傷ついてしまう」


「はいはい、まぁ冗談はさておいて、やっぱ昔から魔術師が人を攫うってのはよくあったのか?」


今の魔術師の存在しか知らない康太と真理にとってはアリスの時代を超えた体験談というのはかなり貴重で興味のある内容だった。


歴史の教科書に載っているような状況を実体験している唯一の存在なのだ。彼女の知識や記憶は金を払ってでも聞いてみたいのが本心というものだろう。


「昔はそれこそ今よりも人さらいが横行していたからの。集落一つ丸ごと実験材料にした魔術師もいたし生きた人間だけではなく死体を使った実験をする者もいた。それこそ墓穴から掘り返すようなこともしていたようだぞ?」


「・・・あー・・・前に調べたことあるけど・・・あれってマジだったのか・・・」


以前吸血鬼関係の話を調べていた時に墓穴を掘り返して死体を持っていく魔女の話は出てきていた。


実際のところなぜ魔術師が死体を盗んでいったのか、その理由は康太も詳しくは知らないがそういうことが起きたことだけは知っている。


当時の魔術師がどのような理由で死体を盗んだのかはさておいて、生きた人間だけではなく死体まで利用して魔術の実験にいそしんだというのはなかなかに狂気に染まった考え方であるのは間違いないだろう。


さらに康太が戦慄したのは死体を利用したという点ではなく、集落一つを実験材料にした魔術師がいたという点だ。


現代と違って当時はまだ情報伝達速度が極端に遅く、それこそ商人や旅人から聞くくらいしか情報の伝達はされなかった。


閉ざされた場所にある村や集落であれば簡単に魔術師の手におち、容易に実験材料にされてしまうことだろう。


「人間が使うという以上人間で試すのはある意味当然かもしれないな。相手が動物などであれば実験は簡単だが、魔術師が魔術を使う相手はたいていが人間だ。そんな中で動物実験をするだけの理由を探すより人間を調達した方が早かったのだ」


魔術師が魔術を使う相手はたいていが人間。確かにその通りだ。ほとんどの状況において魔術師が魔術を行使せざるを得なくなるのは相手が人間である場合がほとんどである。


もしこれで相手が大きな熊で倒すために使うといっても、人間に有効な魔術はほとんどの生き物にも有効であるために結局のところ人間を実験体にした方がいろいろと便利なのである。


「そりゃ・・・まぁわかるけどさ・・・もうちょっと躊躇とかしなかったのか・・・?だって同じ人間なんだろ?」


「同じ人間・・・確かにその通りではある。だが当時の人間は徹底して魔女や魔術師の存在を忌避していた。一般人から見た魔術師は恐ろしい異形の化け物、ないし異能を使う化け物。そんな風に見てくる相手に情けをかけるほどほとんどの魔術師は博愛主義ではなかったのだよ」


自分のことを嫌っている人間を好きになれというのは案外難しい。相手が自分に対して敵意を常に振りまいているような状態で、その相手を好意的にとらえることができるほど人間ができているような魔術師が当時どれほどいただろうか。


ただ嫌われているだけなら仕方がないと思えただろう。だがその当時の世相として魔術師や魔女は殺せという一方的な暴力をふるう可能性さえあった一般人たちに、当時の魔術師たちは恐怖と怒りを覚えただろう。


そんな状況で魔術の実験として実験体がほしいというときに便利な人間を選択しなかった魔術師がどれほどいただろうか。


アリス曰く大々的に人間を使う魔術師は少数だったのだそうだが、それでも人間を実験体にしたことのある魔術師は今より圧倒的に多かったのは事実であるらしい。


「化け物と思われていたからこそ一般人に手を出したとは言わん。結局のところ魔術の発展のために必要だったという理由ができたから実行に移したものがほとんどだろう。今回の輩もそうである可能性があるということだの」


「アリスも今回の奴は魔術師がやってると思うか?」


「資料を読んだ限りではな・・・だが人間というのは時に恐ろしいことをする。狂気に身を浸している魔術師よりも恐ろしいことを考える一般人がいるかもわからん。だから断定はできん」


アリスも資料を読んだ上では魔術師の犯行である可能性が高いとにらんでいるのだろうが、やはりそのあたりは長く人間を見てきた魔術師の言葉だ、どのような可能性があっても不思議ではないと示している。


魔術師よりも狂った考えに身を浸した一般人。


確かにそんなものも中にはいるかもしれない。世の中の凶悪事件のほとんどはただの一般人が起こしているものだ。


魔術師がおめおめ捕まるようなことはないだろうからこれも仕方がないのかもしれないが、多くの犯罪のほとんどは一般人によるもの。つまり康太が考えているような普通の思考ではなく、犯罪を犯すような危険な思考に身を浸している人間がそれだけ多いということなのである。


「ちなみにアリスの中で一番きつかった事件ってどんなのだ?やっぱ魔術師が起こしたやつなのか?」


「ん・・・聞きたいなら答えるが・・・正直あまり楽しい話ではないぞ?少なくともいやな気分にはなるだろうな」


「一応後学のために聞いておきたいかな。ちなみにスプラッタ系?」


「うむ。まぁたくさん血は飛び散っていたな」


「うへぇ・・・やっぱ魔術師の仕業なのか?」


「正確には魔術師のまねごとをしていたものがやっていたというべきか・・・あれも大概正気を失っていたが・・・とにかくひどいものだった」


魔術師のまねごと。いったいいつの時代のことなのかは康太もわからないが、魔術師という存在を知ってか知らずか超常の能力を手に入れようとした人間がいたらしい。


超常の力を手に入れるには自らも常軌を逸した行動をしなければならないと思ったのか、それともその人物の何かがそうしろと叫んでいたのか、どちらかはわからないがアリスが見た事件の中で最もおぞましい事件だったという。


「私がその事件にかかわったのは魔術協会が立ち上がってから十年くらいたった時のことだ。今回と似ているが人がいなくなるという事件が多発していてな。当時は人がいなくなるというとかなりパニックになったものだ。人手がなくなるし何の情報もないから精神的に不安定になるからな」


情報伝達が早い現代でさえ、身近なものがさらわれれば不安にもなる。情報が得られるのであれば早いに越したことはなく、ちゃんとした警察などの行政機関が存在するために探すのもそういった組織に頼めばいいが昔はそうではない。


突然いなくなった場合はその被害者の家族や友人たちはいろいろな考えをしたのだ。それこそ犯罪者に誘拐されただの、恋人と駆け落ちしただの、化け物がさらっていっただの食べていっただのとあり得る話から荒唐無稽な内容までより取り見取りな考えを巡らせたのである。


可能性があればその分だけ不安は募る。そうした不安が蓄積していく中、これは魔女の仕業ではないかといううわさが流れ始める。


むろんこれは当時の病魔との苦しさなどから逃れるために人々が作り出した妄想のそれに過ぎなかった。


だが設立まだ間もない魔術協会はこの噂に過敏に反応した。その結果この行方不明者の事件を調べることになったのである。


「結果的に言えば、さらわれた者たちは八割は生きていた。それを幸いというべきか不幸というべきかは、もう言うまでもないだろう?」


「ボロボロにされてたけど、生かされてたとかそういう感じか」


「正解だ・・・ボロボロという言葉さえ生ぬるいほどの状況だったよ。何を思ってそんなことをしたのかも、理解したくはなかったな」


その当時の人間としては明らかに異常と取れるような行動をとっていた一般人に対して、当然魔術師たちはその行動目的を知ろうと魔術による尋問を行った。


このまま野放しにしていては魔術師たちへの風当たりが強くなると考え事件の解決のために犯人までたどり着き、二次被害を避けるために調査したのだ。


だが結局分かったのは犯人が狂っていたということ、そして犯人が魔術師になろうと儀式を行っていたのだということ。


どこかの誰かが書いたであろう狂気に染まってしまうような書物を片手に、その人物は本気で魔術師になれると信じてその儀式を行い続けたのだ。


むろんそんなもので魔術師になれるはずもなく、最終的にはアリスたち協会の魔術師の手によって葬られることになった。


アリスをして理解したくなかったと思えるほどの内容、それが収められた書物も魔術協会が完全にこの世から消滅させたのだという。


人を狂気に陥れるその内容に少し興味がわいたが、きっと自分の精神では同じように精神を病むだけだなと康太は自粛していた。


「まぁなんにせよだ。人さらいをする人種は基本的に碌な奴はいない。今回の輩も魔術師だろうと一般人だろうと危険なことには違いないだろう。十分に注意するのだぞ?」


「わかってるって。警戒は常にしておくよ」


実際相手が魔術師であるという想定の下動いているのだ。油断できるような内容ではないだけに康太としては新しい物事が多いために高い集中力が求められる依頼である。












後日、康太と文は今回の依頼の発端となった魔術師に会いに来ていた。


知人が行方不明となり、その結果三年の月日を費やして行方不明者のことに関して調べ上げたという根気強い魔術師のことである。


今回話を聞きに来たのは調査の一端を自分たちが担うことになったのを伝えるためと、具体的な背後関係について確認しておきたかったのである。


実際資料ではいろいろと書かれていたしそれを読んできてはいるが、それを調べた人間にしかわからない何かがあるかもしれない。


文章として載せるためにはある程度の客観性が必要不可欠になる。だがその人物の話であれば主観性を含めても何ら問題はない。


これから現地に行ったり、現地を拠点としている魔術師を調査するうえでもある程度主観が混じっていてもいいから少しでも情報がほしかったのである。


「それにしても三年かぁ・・・私たちが中学に上がりたての頃から調べてるんでしょ?年季が違うわよね・・・」


「年季っていうか根気が違うって感じだよな。俺三年も一つのことを調べるなんて無理だぞ・・・まぁそれだけ真剣になってるってことはわかるけどさ・・・」


魔術協会日本支部の部屋を一つ借りて件の魔術師を待っている間、康太たちは資料を読みながら雑談していた。


まだ資料の隅から隅まで把握できているわけではない。確実な情報だけが載っている資料というのも有用だ。主観性の強い一個人の話を聞くだけではなくこうした客観性の高い情報を得られるというのは非常にありがたい。


二つの面からその情報がどのような意味を持っているのかを正確に把握することができるからである。


多角的に情報を見ることができるというのはこういった情報収集や調査系の依頼ではなかなかの好条件だろう。


幸彦が康太にこれを頼んだのも、初心者向けともいえる条件がそろっているからなのかもわからない。


「知人が行方不明って言ってたけど・・・やっぱ家族なのかしらね?親戚とか?」


「それなら親族だろ・・・幼馴染とか、あとは・・・恋人とか?」


「それなら三年追うっていうのもうなずけるけど・・・なんだかなぁ・・・こうピンと来ないのよね・・・」


資料での情報を見ても、そして康太と一緒に考察しても文は今のところ歯車が噛みあうような思考に至っていないらしい。


どうにもうまく話の全容が読めないのか、それとも彼女なりの勘が働かないのか資料を見ながらうなっている。


仮面をつけているためにその表情は康太には読めないが、おそらく複雑な顔をしているのだろう。


「でもさ・・・実際私たちがやるのは調査だけど・・・あくまで魔術師がかかわってるかどうかの調査でしょ?犯人が魔術師じゃない、あるいは魔術師であるってわかった時点で私たちの仕事は終わりなわけでしょ?」


「・・・一応そうなるけど・・・文としては最後まで関わりたいのか?」


「面倒だから関わりたいとは言わないわよ・・・けどなんていうかさ・・・こういうのってなんかこう・・・乗り掛かった舟ってのがあるじゃない」


文の言いたいことは康太にも理解できる。実際康太も幸彦に詳しい話を聞いてどうなのだろうかと疑問に思ったくらいだ。


康太が幸彦から依頼されたのは、そして協会側が求めているのはこの行方不明者の原因が魔術師なのかどうかという点に限られる。


魔術師であれば協会が対応するし、魔術師でなければ協会は全くのノータッチを貫くことになるだろう。


もし犯罪者だったのなら、今日これから会う魔術師は協会の協力を得ることができず、一人で行方不明者の調査をしなければならなくなるかもしれない。


むろん個人的に依頼を出すことも可能だろうが、組織的に捜査するのと個人で捜査するのでは規模も資金面も実力も違いすぎる。


こういっては何だが、今回の件が魔術師の仕業であった方が今日会う魔術師は報われるのではないかと思えてしまうのだ。


「まさかとは思うけど適当な調査して魔術師の仕業ってことにしちゃえとか思ってないよな?」


「それとこれとは話が別よ。依頼として受けた以上しっかりこなすのが一人前ってもんよ。その結果がどうであれきちんと真実を報告するのが私たちの義務。でもそこから先は私たちの自由じゃない?」


「要するに手伝いたいってことだな?」


「私たちに余裕があるならね・・・だってこの人の資料見たでしょ?相当気合い入れてるわよ?なんていうか・・・報われてほしいじゃない」


「お前にしては珍しくお優しい言葉だこと。面倒ごとは嫌だって切り捨てるもんだと思ってたよ」


「あのね・・・私だって冷血漢ってわけじゃないのよ?頑張ってる人は報われてほしいくらいの気持ちはあるわよ。これ見てると本当にそう思うもの」


文は善人ではないにしろ個人的に頑張ってほしい、あるいは報われてほしいと思う人間くらいいる。


特に彼女の場合はひたむきな努力をする人間に対してそう思うのだ。康太もそうだがとにかく努力して結果を残そうとする人間が好きなのである。


まだ実物にはあったことはないが、文はその努力をこの資料から読み取っていた。この紙の束はそれだけの血と汗がしみ込んだものだと感じたのだ。むろんそれは康太も感じているものである。


誤字報告五件分、評価者人数240人突破で三回分投稿


これからもお楽しみいただければ幸いです

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