調査の方法
「でもさ、もし魔術師が相手だとしてさ、わざわざ門がある教会の近くでこんなことやるかな?明らかに警戒してくださいって言ってるようなもんだろ」
「確かにそれはそうよね・・・もしやるなら前に行った長野の時じゃないけど、協会の門がないような場所で活動するでしょうし・・・それこそ周りにばれないようにするのがセオリーよね」
基本的に魔術師は協会の門がある教会の周りはいろいろと便利だからよくとおる。協会に足を運ぶためもそうだが、別の場所に向かうためにも協会の門は本当に便利なのだ。
その利便性にあやかりたいというのは至極自然な考えなのだろうが、犯罪を犯している魔術師が人の往来が激しい場所をわざわざ犯行場所に選ぶとも考えにくいのだ。
特に門の近くでは魔術協会の警戒の度合いが強くなる。今回行方不明者が特定の場所で多く確認されているという情報だけで魔術協会が調査するために動いたのもそういった理由が大きい。
文の言うようにもし問題となるような行動をするのであれば魔術師の少ない場所を選ぶだろう。かつて康太たちが戦った魔術師がそうであったように。
「逆に考えましょ。協会の門の周囲でなければ活動できない理由がある」
「なるほど発想の転換だな?・・・そうだな・・・協会の門を使って誘拐した人間を運んでるとか?」
「無理ね、運ぶ段階で教会の神父さんにも、協会支部の人間にも目撃されるわ」
「・・・その段階でもう暗示とか洗脳してたら?仮面と外套をつけさせちゃえばぶっちゃけ誰だって魔術師みたいに見えるぞ?」
「たしかに・・・それはあり得るわね・・・門付近で攫う人間を洗脳して仮面と外套を着せてから門で移動・・・不可能ではないわ・・・協会の門を使用する場合って代表者が登録すればいいから・・・」
魔術協会の門を使う場合必要なのは使用する者たちの中で代表となるものの術師名とその目的だ。
それがたとえ魔術協会に登録されていない人間でも使うこと自体は可能だ。以前康太も協会に登録するという目的のもと門を利用した。あの時は一応魔術を使えるということで魔術師ではあったが、協会に登録はしていなかった。
申請が必要とはいえそこまで変な理由でない限りたいていの申請は通過する。協会の門は基本閉ざされることがない。それは魔術師にとってありがたいことでもある。だが今回に限っては少し面倒だった。
もし仮に康太の考えが当たっていた場合、協会の門を使ってその門をよく使う魔術師を選定しなければいけない。
協会の門の使用者を列挙すること自体は協会への協力を申し入れたり幸彦や支部長に頼み込めば可能であるだろうから難しくないが、問題なのは容疑者がかなり増えるということである。
もともと容疑者候補だった、特定地域を拠点にしている三人だけではなく、その周囲に移動したことのある魔術師全員が容疑者候補になりえるのだ。
むろんここ数年で割と頻繁に行き来している人物に限られるだろうが、調べてみないことにはそれがどれくらいいるのかは分かったものではない。
一人ひとり確認するにしてもかなり時間がかかるだろう。
さすがにこの資料には門の利用者やこの地域に足を運んだ魔術師のことまでは記載されていなかった。
おそらくこのあたりを拠点としている魔術師が犯人だという先入観から逃れられなかったのだろう。
一人で考えることの限界とでもいえばいいか、思考の袋小路に詰まってしまっているのかもしれない。
「調べるとなるとそのあたりから始めたほうがよさそうだな。まずは協会の門使用者の確認、あとは通行記録なんかもみたいな・・・そのあたりの記録日本支部にあるといいけど」
「あるでしょうけど・・・たぶんその数はかなり多いと思うわよ?ただでさえ期間長いんだから・・・」
文の言うようにこの事件は少なくとも三年前から起きているのだ。発覚したのが三年前だというだけでそれよりもずっと前から行われていた可能性が高い。
つまり向こう十年とは言わずとも、五年前までの記録をさかのぼって確認していかなければならないことになる。
普段協会の門を使う人間が多い以上、おそらくその記録は膨大なものになるだろう。
その中から特定人物を探すとなるとさらに難しくなる。
数を数えるだけでも一日仕事になりそうな予感がしていた。
「とりあえず俺は幸彦さんか支部長のところに行って門の使用履歴を見せてもらうわ・・・どれくらい役に立つかわからないけど一応あったほうがいいだろ」
「そうね・・・それじゃ私はその近辺の魔術師に話でも聞きに行こうかしら・・・一応容疑者だし」
「一人で平気かよ・・・何なら俺行こうか?」
「私を子ども扱いできるようになるとはずいぶんと立派になったことじゃない。私だっていきなり会いに行くとかはしないわよ。協会に掛け合って呼び出してもらうのよ。相手が魔術師である以上協会の呼び出しには出なきゃと思うでしょうし、支部の中なら面倒も起こせないでしょ?」
直接現地に行って話を聞くよりも協会の支部に呼び出してそこで話を聞いたほうがずっと安全ではある。だが同時に支部に呼び出すというのは相手に緊張を誘うだろう。相手が犯人であればその緊張はより強くなるはずだ。
文はその緊張を逆手にとって相手から情報を聞き出そうとしているのだろう。やはり彼女は自分より上手の魔術師だなと康太は感心していた。
「なるほど・・・門の使用履歴ねぇ・・・」
「はい、考えにくいことではありますが協会の門を利用して犯行を行っている可能性があります。もしそうだとしたら年単位での把握が必要になるのでその特定地域だけでもいいので履歴を出してくれるとありがたいと」
康太は後日さっそく協会に足を運び、支部長に直接頼みに来ていた。
こういう時に支部長とのコネがあると強い。ある程度の頼み事はすぐにできてしまうのだから。
可能不可能は置いておいて気軽に話せる相手に偉い人がいるというのは個人的にはかなりありがたかった。
「まぁできないことはないけれど・・・でも特定地域へのかぁ・・・そういう風には記録はしてないんだよなぁ・・・」
「そうなんですか・・・ってことは今までの門の記録全部って感じですか」
「そうなるね。支部を経由して門を使った場合記録されるのは年月日と行先、あと使用者だけだから・・・出してあげることはできるけどその教会の使用履歴っていうのは・・・ちょっと難しいかな」
「ちなみに何で管理してるんですか?紙ですか?それともデータですか?」
「紙だよ。方陣術で記録してる。一般人に見られても問題ないようにね。だから目的の情報を知りたいなら自分でやってもらうことになっちゃうけど・・・」
協会に存在している情報やデータなどは一括して紙によって管理されている。データにすればもっと簡単にまとめられるのだろうが、一般人に万が一にも漏出する可能性がないように、また仮に漏出しても一般人には見えないように方陣術を利用して記載が施されているのである。
熟練した方陣術の技術を持つものなら普通に紙に書くより、また普通にパソコンで打ち込むよりも早く作ることができる。
むろんデータ管理という面でいえば面倒なことこの上ないだろうが、これも一般人への情報漏洩を警戒した結果だ。仕方がないことだといえるだろう。
「ちなみに五年分のデータとなると・・・大体どれくらいになりますか?」
「・・・五年分・・・たぶん読むだけでもかなり時間がかかるよ?はっきり言っておすすめはできない手段だね・・・それならちょっと越権行為かもだけどその教会を使用する魔術師への対応を変えることだってできる。そのほうが楽じゃないかな?」
もし仮に康太の考えたような内容で魔術師が一般人を誘拐していたのであれば、その教会から支部へと向かう魔術師に関してちょっとしたひと手間を加えるだけでそれを防ぐことが可能になる。
もちろん今すぐに犯人を見つけるということはできないし、容疑者を選定するという行為ではないために効果自体は遅効性だが、もし康太の考えがあっていた場合その対策をとって以降の誘拐は防ぐことができることになる。
むろん康太の考えが当たっている前提の話だが。
「確かに・・・それで行方不明者が少なくなれば魔術師の犯行だと特定できますし、犯行も未然に防げる・・・そのほうが確実かもしれませんね」
「そうだね。もちろん履歴を調べても構わないけど持ち出しは厳禁だよ。とりあえずそういう風に手配はしておこう。対策を取っておいて損はないからね。個人的には魔術師の犯行ではないことを望みたいんだけど・・・」
「それは・・・ちょっと可能性低いですね・・・少なくとも現状見る限り」
「あぁ、やっぱり君もそう思う?資料を見る限り明らかに作為的なものがあるからね・・・あの資料作った人よくあそこまで調べたと思うよ」
「本当に・・・ところでその資料を作った魔術師の方とお会いすることはできますか?一応話を聞いておきたいんですけど」
「それは構わないけど少し時間がかかるよ?呼び出したり連絡したりしなきゃいけないから」
「構いません。履歴のほうは一応閲覧できるようにだけしておいてくれると助かります。一応使える人材はいるんでそいつに頼もうかと」
使える人材というのは言わずもがな倉敷のことである。幸いにして現状まだできることがほとんどないために倉敷に履歴の整理に当たらせて康太と文で聞き込みや現地への調査に向かったほうがいいだろう。
やることが定まってきたことである程度の基本方針も決まってきた。
これまでのような戦闘、護衛、殲滅などといったこととは違い今回は平和的に調査がメインの依頼だ。
内容が平和ではないのが残念なところだが、少なくとも犯人に肉薄しない限りは戦闘にはならないだろう。
今までと勝手が違うためにどうしても戸惑うこともあるが、こういう経験も必要だろう。おそらくだがだからこそ幸彦は今回の件を自分に任せたのではないかと思う。
戦ってばかりではそれだけしかできない人間になってしまう。本当に実力をつけるためにはありとあらゆる状況に適応しなければいけないのだ。
今のところ康太は戦闘に特化した魔術師だ。これからこういった調査や戦闘だけでは解決できないようなことが出てくるだろう。
調査して聞き込みをして解決する。そういった方法もまた魔術師の仕事のうちの一つなのである。
師匠である小百合ならきっと『そのあたりにいる魔術師全員病院送りにして経過を見たほうが早い』とか言い出すだろう。
実際有効な手段ではあるがその分多くの人間を敵に回すことになってしまう。
はっきり言って上策とは言えない。むろん有効であるのは認めるが。
自分の兄弟子の真理ならこういうことは得意なのだろうなと思いながら康太はこの後支部長といくつか打ち合わせをして支部を後にすることにした。
誤字報告を五件分受けたので二回分投稿
活動報告「描いてくださいました! その三」を加筆しました
これからもお楽しみいただければ幸いです




