犬猿の仲
その日の授業を終え、部活に今日は休むという旨を伝えた後康太は文と共に小百合のいるであろうあの怪しい店へとやってきていた。
途中ドラッグストアでトイレットペーパーを購入し、いつも通りいかにも怪しい店にたどり着くと文はその顔を思い切りしかめていた。
「・・・何ここ」
「ここが俺の師匠のいる店だ。店の名前は不明。何屋なのかも不明。あそこにいるのはまさる、店を守ってる守護神的存在だ」
まさると書かれたTシャツを着ているマネキンを紹介したところで文の表情を見る。きっと最初にこの店に来た時の自分もあんな顔をしていたんだろうなと思いながら康太は失礼しますと言った後で店の中に入っていった。
「師匠、トイレットペーパー買ってきました。あとライリーベルも一緒に連れてきましたよ。」
「トイレットペーパーが先なの・・・?」
文がそんな疑問を向けているのもいざ知らず、康太は店の奥へとどんどん進んでいく。その先にはちゃぶ台の置いてある居住スペースがあり、そこには三人の人物が待っていた。
そのうちの二人は康太もよく知る小百合と真理、そしてもう一人は康太の知らない人物だった。
「来たか・・・後ろのがライリーベルだな」
「という事はこの子がブライトビーか」
小百合の言葉を聞いて口を開いたその人物の声を康太は聞いたことがあった。そう、先日戦った後で出会ったエアリス・ロゥの声だったのだ。
小百合とは別の意味で凛とした表情をしたその女性、小百合をヘビのような瞳だと称するなら、彼女はまるで鷹のような瞳をしているというべきだろう。
どちらも性格がきつそう、というより我が強そうなのが表情に表れている。素顔を隠さなくてもいいのだろうかとも思ったのだが、その場にいる全員が仮面を身に着けていないことからその意味がないという事を理解していた。
「師匠・・・とりあえずその・・・いいんですか?」
「構わん、こいつ相手に顔を隠す意味はない。それにお前達も顔を互いに教えたんだろう?」
それはそうですけどと康太はトイレットペーパーを納戸にしまいながらとりあえず自分もちゃぶ台の近くに座ると、文にも同じように座るように示唆する。
彼女はエアリス・ロゥの近くに座り、互いに互いを見つめながら、いや睨みながらそれ以上口を開こうとしなかった。
空気が重い。それを感じながら康太は何とかしなければと頭を回転し始める。
とりあえず第一声を言わなければ。そもそもこのような状況になっているのは自分と文の問題なのだから。
「し、師匠、それで修業のことに関してなんですけど・・・」
「・・・互いに互いの修業風景を見学する・・・まぁ道理にかなってはいる。反対する理由はない。こいつ以外が相手だったらな」
やっぱりそうなるかと康太は項垂れてしまう。そもそもにおいてこの二人の相性が最悪だというのは前々からわかっていたことだ。この反応も最初から予想できていたことでもある。
そして兄弟子である真理としても同じ反応をすると予想していたのだろう、小さくため息を吐いた後で康太と文の方を見比べていた。
「ですが師匠、互いに得られるものは多いと思いますよ?向こうのお弟子さん・・・ライリーベルもそれを望んでいるという事ですし・・・今回はビーのために寛容になられては・・・」
「ふむ・・・確かにこいつは嫌いだがこいつの弟子が嫌いというわけではない・・・そちらとしてはどうだ?」
「・・・ベルがそれを望んだという事はそれが必要だと思ったという事だ。こちらとしてはその意見を尊重したく思う・・・お前が相手でなければな」
そっちもほとんど同じ考えかと、康太と真理、そして文は項垂れてしまう。
どうしてこうも同じような反応をするのか、そしてどうしてここまで互いを敵視しているのか不思議になってしまう。
「エアリス・ロゥ、確かにうちの師匠との仲が悪いというのはわかります。ですが自らの弟子が恥を忍んで頼んでいるのですよ?ここは互いの為にもお互い妥協しては・・・」
真理が互いの師匠を説得するという非常に複雑な状況に、康太はどう反応していいかわからなくなってきたが、こちらとしても頼む立場だ。真理だけに頼ってばかりはいられないと康太は口を開く。
「エアリス・ロゥ、俺もライリーベルに貴女がどのような指導をしているのか知りたいんです。うちの師匠がこうであるのは知っての通りだと思いますが、他の魔術師の指導がどういうものなのか見てみたいんです。どうかお願いします」
康太が深々と頭を下げると、文も自分が頼む立場であるということを思い出したのか、口を開いた。
「デブリス・クラリス、私は貴女の弟子であるブライトビーに敗北しました。その理由が知りたいのです。私にはない何かを彼は持っている。それをあなたが教えたのであればそれを学びたい。どうか・・・お願いします・・・!」
互いの弟子が互いの師匠に頭を下げるという状況に、それぞれどうしたものかと腕を組んでため息をついてしまっていた。
互いににらみ合いながらも、頭を下げている相手の弟子を見て小さく息をつく。
「向上心のある弟子の想いを無碍にはできんか・・・」
「・・・まったく・・・こうなるとは思っていなかった・・・」
互いに思うところはあるだろうが、こうまで頭を下げられてはそれを頑なに断るのも大人気ない。
渋々ながら両者ともに了承するような空気を醸し出していた。
「まぁこれもいい機会だ・・・お前では決してできないような指導を見せて自慢するというのも一つの手かもしれないな」
小百合の挑発のような言葉に反応し、エアリスは何を馬鹿なことをと言いながら笑いだす。
「お前の弟子がどれだけ可哀想な状況かをしっかりと教えてやる。なんなら私の弟子にしてやりたいくらいだ。お前よりずっと優秀に育てて見せるさ」
まさに売り言葉に買い言葉、こういうやり取りが積み重なっているからこそ二人とも仲が悪いのではないかと思えるが、とりあえず許可は出たのだろうかと康太は真理の方に視線を向ける。
「で、では互いの弟子は互いの修業の状況を見学するという事で・・・良いですか?」
「構わん、見せるくらいなら特に問題はない、ビーの訓練は見てどうこうなるものでもないしな」
「こちらは見せるだけではなくても構わないぞ。なんならお前にできないこともしっかり教え込んでやってもいいが?」
「はいはいはいはい、それじゃあ互いの弟子に互いの修業風景を見学させるという事で、誓約書でも何でも書いてくださいね!」
このままだと喧嘩になりかねないなと、真理がその間に割り込んですぐさま今の状況をまとめに入ろうとしていた。
さすが我が兄弟子、師匠の扱いに慣れているなと康太は真理の方を見ながら目を輝かせていた。
小百合とエアリスはそれぞれ何やら取り決めのようなものを記した誓約書だろうか、それらに自身のサインを施していた。
それぞれの魔術師の修業の様子を見学するうえでのルールのようなものだろう。それを破った際などの罰などもそれぞれ記してあるようで二人ともその誓約書を熟読していた。
康太がふと視線を向けると、真理はこれでもう大丈夫ですよと僅かに微笑んで見せた。
もはや感謝の言葉もないと康太は深々と頭を下げる。この人が自分の兄弟子で本当によかったと心の底から思うばかりだった。
この人がいなかったらこの場が間違いなく魔術師としての戦場に早変わりしていたことだろう。小百合が敵が多いのは単に彼女の性格というのもあるが、その沸点の低さも原因の一端なのではないかと思えてしまう。
こうして顔を突き合わせているという事もあって恐らくこのエアリス・ロゥとは単なる顔見知りというわけではなく昔から付き合いがあったのだろう、もしかしたらこういったやり取りも毎度の事、日常茶飯事なのかもしれないが見ている側としては非常に心臓に悪い光景である。
もう少しソフトに、なおかつ平和的な会話ができないのだろうかと弟子三人はため息をついてしまっていた。
「できたぞ・・・ジョア、これは保管しておけ」
「はい、これで両者の間で契約は完了です。それぞれ反故にしないようにくれぐれもお願いします」
「承知している。この子にとっても有益だろうしな」
頭を撫でられて文は恥ずかしそうにしているが、師匠が自分のために折れてくれたという事実自体は嬉しいのだろうか、複雑な表情をしている。
とはいえこれで正式に互いの訓練風景を観察することができるという事である。
魔術師として正しい姿を見ることができるという意味では康太にとっても十分利益があり、実戦において必要なものが何であるかを確かめるという意味では文にとっても十分利益がある。
互いにまだ未熟さの目立つ魔術師、切磋琢磨するという意味ではどちらも互いの様子を見ておいて損はないのである。
「じゃあ師匠、今日はこれからどうします?」
「そうだな・・・どうせここにいるんだからついでに訓練をやっていけ。ライリーベル、今日からさっそく訓練の様子を見ていくといい。エアリスはとっとと帰れ」
「え?あ・・・はい・・・」
文とエアリスの露骨な扱いの違いにその場にいた全員が眉をひそめてしまう。
それぞれの弟子に修行の様子を見せる事や、時折助言や指導をすることは認めたがそれ以外の人間に、いやそれ以外の魔術師にその風景を見せるという事を認めたわけではないのだ。
それは十分に理解できるのだがこの扱いはあまりにも露骨すぎるのではないかと思えて康太と真理は不安そうに視線を小百合とエアリスに移していく。
「あの・・・師匠・・・」
「構わない。ベル、しっかりと勉強してきなさい。この子にあって自分にないものをしっかりと見て感じて学習するんだよ」
「・・・は・・・はい!」
まるで師匠のようなセリフだと、康太と真理は感動してしまっていた。
そうだ、これこそ普通の師弟関係なのだなと、普通ではない師匠を持ってしまった二人は涙さえ浮かべてしまっていた。
うらやましい。
そんな感情を弟子二人が持っていることを理解しながら小百合は小さくため息をつく。
「ビー、さっさと始めるぞ。ジョアは準備しておけ」
「了解です」
「じゃあ先に行ってますね。エアリス・ロゥ、今日はこれで失礼します」
「あぁ、こちらも今日はこれで失礼する。さすがにこいつの顔も見飽きてきた」
「二度と見えないようにしてやろうか?」
真理が頭を下げたところでまた喧嘩が勃発しそうだったので康太は小百合を強引に地下へと移動させようとしていた。毎度毎度真理に頼ってばかりではいけない。真理の負担を少しでも軽くするために小百合を少しでもコントロールできるようにならなければと意気込み、康太は小百合の背を押しながらエアリスに軽く頭を下げていた。
こうして初めての正式な魔術師としての戦い、そして同級生の魔術師との会合は幕を下ろす。
思いもよらぬ展開になったのは言うまでもないが、それでも五体満足でいられたという意味では幸運だったというほかないだろう。
もっともこの状況で運がいいと本当に言えるのかは微妙なところだったが。
誤字報告を五件分受けたので二回分投稿
これで三話は終了です。明日から四話がスタートします
これからもお楽しみいただければ幸いです