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ポンコツ魔術師の凶運  作者: 池金啓太
十三話「救いを与えるのは生か死か」

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家宅捜索と制裁

文が用務員を見つけたのはそれから数分後のことだった。


学校内が主な仕事場ということもあって比較的見つけるのは早かった。今日の段階ですでに伏見のストッキングは盗まれているのだから見つけた用務員が犯人でも不思議はないと思っていたのだが、康太の鼻ではそのにおいは犯人のものではなかった。


まずははずれ、そこで康太たちは今あった用務員に最近の勤務体制を聞くことにした。


もちろん文の暗示系魔術をふんだんに使って相手に答えないという選択肢を与えずにさっさと答えてもらった。


何でもこの用務員は今日の午後からの勤務だったらしい。つまり今日の午前中までの勤務だった人間は勤務時間を終えて帰ってしまったのだという。


夜勤を含めた午前中までの勤務だったこともあり、もうすでに家に到着しているだろう。今から追っても間違いなく間に合わない。


だが名前は聞くことができた。あとは確定的な証拠を押さえるだけである。


「で?どうするの?まぁここまで来たらやることは決まってると思うけど」


「もちろん住所調べ上げて突撃だろ。まず間違いなく家にあるだろうし。まぁお楽しみの最中だったら俺が対応するわ」


ここまで調べ上げられたのだ、あとは職員名簿などから住所を割り出せばすぐにその場に突入できる。


もちろん康太たちがそこまで荒事をするわけにはいかない。二人は今ただの学生なのだ。相手が魔術師だというのならまだわかるが、相手は多分一般人。そんな相手に魔術師として行動するのは良い行動とは言えない。


だがさすがに同級生が不安に思っているのにまた次勤務するまで待つというのは少し悠長すぎる。


一日二日を急ぐような案件ではないのは確かだ。別に急いだところで何が変わるというわけでもない。


だが早く解決すればするだけ伏見は安心できるだろう。それなら早い方がいい。何より康太としても早く解決するべきだと思っていた。


兵は神速を貴ぶ。古来より残っている言葉にもあるように、物事はすぐに行動しなければ後々面倒なことになるのだ。


これは師匠である小百合からの教えでもある。面倒なことは早めに片付けておく。後顧の憂いを断つという意味でも、問題の早期解決という意味でも、余裕を持って事に当たることができるという意味でも早い段階から行動を起こしたほうがいいのだ。


職員室で教職員名簿を見ることで件の用務員の住所はすぐに調べることができた。教師の方から疑問を持たれることもあったがそこは魔術で何の問題もなく簡単に調べることができる。


こうしてみると本当に一般人に対しては魔術というのは有用に働くのだなと、康太も暗示の魔術の技術を磨いておかなければならないなと実感しながら調べた住所を携帯などで確認してみた。


幸いにしてそこまで遠くない場所だったので康太と文はすぐに必要な道具をもってその住所に向かうことにした。


学校から徒歩で大体二十分ほど。自転車などを使えば十分以内に到着できるなかなかの好立地である。


そこにあったのは普通のアパートだった。二階建てでほかにも何人も住んでいるような場所だ。


大きく分けて二つの棟に分かれていて、左右対称の形をしている。二つの棟の内側部分に階段があり、東と西にそれぞれの部屋の窓が来るように設計されているようだった。


そして二階部分の部屋の窓の先にはベランダのようなものが設置されている。一階部分は庭のようになっておりそれぞれ洗濯物などを干すスペースのようだった。


すでに放課後で日も随分と傾き暗くなり始めている時間帯。周囲の街灯があたりを照らしはじめ、昼と夜の境目を超え徐々に夜の時間になりつつあった。


学校から帰ってくる学生だけではなく、仕事を終えて帰ってくるサラリーマンなど住宅街に足を踏み入れる人物は少なくない。


だがこれはこれで好都合。行動しやすくなるなと康太と文は同時にうなずいて周囲の索敵をして安全の確保と結界を張って一般人の接近を阻害した。


周囲が暗くなれば当然人間は目的の場所以外にはいかない。この建物が目的地でなければある程度道を変えるように誘導することだってできる。暗ければ見つかりにくくなりその分行動がしやすくなる。


魔術師らしい行動だと思い返しながら二人は建物の階段を上る。


「ここの二階の三号室だったわね・・・いる?」


「あぁいるな。普通に起きてるみたいだ・・・さてお目当てのものがあるかどうか・・・」


「その言い方だと私たちが盗みに来てるみたいよ?」


「確かに。でもあながち間違ってもいないだろ・・・少なくとも匂いは嘘はつけないらしいぞ」


扉一枚隔てた場所で嗅覚強化の魔術を使うと、康太は確信をもってうなずくことができた。


この部屋の人物こそあの更衣室に残っていたにおいの元であると。


ほぼ黒に近いグレーだった状態から、グレーに近い黒に変わった瞬間だった。これで証拠であるストッキングを見つけることができれば問題なく疑惑は確信に変わるだろう。


「探し物は頼むぞ。ストッキングなんて探したことないからよくわからん」


「了解・・・でも扉の前で立ってるっていうのもあれね・・・ちょっと移動するわよ」


康太と文は扉の前から移動してベランダのほうからそれぞれ跳躍し用務員の部屋の真上の屋根に降り立った。


着地音などが響かないように気を付けて文は索敵の魔術を発動して用務員の部屋の中を調べ始めた。


「どうだ?見つかったか?」


「・・・わかんないわ・・・洗濯物とかも結構乱雑に置かれててどれがどれやら・・・」


「どれどれ・・・あー・・・確かにこれじゃわかんないな・・・しかも布団も敷きっぱなしだし・・・」


文だけに探させるのではなく自分も確認しようと索敵の魔術を発動すると、その部屋の中を大まかにではあるが知ることができた。


容疑者の用務員の部屋はまさに男の一人暮らしといった様相を呈していた。


敷きっぱなしの布団、部屋の隅に積み上げられた洗濯済みの衣類、床に適当に置かれた本や雑誌、そして申し訳程度にかけられたスーツなどの出勤用具。


独身で暮らしているとこういう部屋になるのだなと思いながら康太はより詳細に状況を確認しようと索敵の魔術を発動し続ける。


文のそれと違って康太の索敵の魔術はまだまだ練度が低い。得られる情報そのものの精度が低いせいで特定の衣類などを探し出すというのは難しかった。


それでなくてもただでさえ洗濯し終わった衣類が畳まれもせずに放置してあるのだ。その中からストッキングを確認しろと言われても無理の一言である。


「ところで文さんや、伏見の奴はどれくらいストッキング盗まれたんだっけ?」


「えっと・・・数えてるだけでも五回ね。たぶんもっと多いんだと思うけど・・・」


「・・・なるほど・・・それなら探す場所を変えるか・・・たぶんタンスの中とか・・・おっとそれっぽいの発見」


「タンス・・・?あ、ほんとだ、ストッキングっぽい」


複数盗まれているのであればそういった類のものはしっかりと仕舞っているのではないかという康太の予想は見事的中していた。


こんな予想的中しないほうがよかったのだが、男の一人暮らしの中でストッキングらしき衣類をきれいに畳んでしまっているというのはなかなかに奇妙な状況である。


「これでほぼ確定かしら・・・もう証拠突き付けたい気分だわ」


「いやまだ早いな。あくまでストッキングっぽいものであってストッキングではない可能性もある、例えば股引とかな。それにストッキングだったとしてもしかしたら本人の私物かもしれないぞ?」


康太の言うように索敵によって見つけることができた衣類が用務員の私物である可能性も否めないのだ。

そういった趣味を持っていて自分で購入したのであれば別に責められるいわれはない。かなり引かれるかもしれないが、それもある種の個性だ。


誰かに見られると死にたくなるかもしれないがそれはそれで一つの個性足り得る。


「・・・大の男がストッキングなんて履くかしら・・・?ていうかなんでそんなに平然としてられるのよ・・・」


「男は須らく変態だからな。何があったって不思議じゃないさ。とりあえず部屋の中に入っていろいろ調べるか」


「調べるって・・・まだ起きてるんでしょ?ていうか夜勤明けでこの時間ってことは昼に寝てるのかもしれないわよ?そうなるともう今日は寝ない可能性だって」


昼間に夜勤明けの勤務が終わり、今起きているということは昼から今までの間の時間で一度寝ている可能性だってある。


そうなると夜遅くまで起きて眠る時間を調整している可能性だってあるのだ。


夜とはいえまだ深夜には程遠い時間帯、このまま用務員が眠るのを待つには少しつらい状況である。

だが康太は相手が寝るのを待つつもりなど毛頭なかった。


「誰が寝るのを待つって言った?さっさと気絶させればいいだけだろ?」


そういって康太は自分の体の中から黒い瘴気を発生させる。それがどういう意味を持っているのか文はすぐに理解できた。


以前夏休みにライブを荒らしていたと思わしき人物にも行った手である。対象の生命力を吸い取って強制的に昏倒させる。


命を奪うぎりぎりのところまで吸い上げると簡単に意識を奪えるためにこういう時は本当に重宝する。


もちろんことが終われば魔力を生命力に変えて注ぎ込めば何の問題もなく一時的に意識を失っていただけということになる。


本人からすれば疲れがたまっていていつの間にか眠ってしまっていたと思うだろう。


「ていうかあんたの中の奴はそういう使い方はどう思ってるのよ。一応感情みたいなものはあるんでしょ?」


「たまにだけどな。でも基本はのんびりしたもんだよ。こういう使い方しても普通にしてるし・・・ただ魔力から生命力への変換はすっごく効率悪いけどな・・・魔力ごっそり持っていかれるし・・・」


魔力の吸引が便利すぎるその反動か、魔力を生命力に変換する際の効率は最悪といってもいいほどだった。


もとより自分の魔力を相手の生命力に変換しているのだからその変換効率が悪くなるのも仕方のない話かもしれない。


相手の魔力や生命力を自分のものに変換するのは最高に近い効率を誇っているのにこの違いは何だろうかと康太は悩んでしまう。


とはいうが悩んだところで仕方がない。この魔術を作ったのはデビットなのだ。この魔術のもととなった魔術を作ったのはデビットの師匠であるアリスなのだが、そのことは康太は知らずにいる。


知らぬが仏とはよく言ったものである。


とりあえず康太は用務員に黒い瘴気を宿らせて生命力を吸い取り始める。用務員が昏倒したのはそれから約数十秒後のことだった。






「さてはてお宅拝見・・・っと・・・調べた通りすごい男の部屋感」


「さっさと目的のものを見つけましょ・・・タンス・・・ここね・・・たぶんビンゴよ」


文の鍵開けの魔術であっさり侵入した二人は、部屋に置かれている貴重品には目もくれずタンスの中だけを確認しに行った。


そこにあったのはストッキングだ。丁寧に折りたたまれしまわれている。康太は嗅覚強化の魔術を発動するとそれが伏見のものであるということに気付ける。


「確定、犯人はこいつだ・・・さて・・・どうしたもんかな・・・」


その場で昏倒している用務員を見ながら康太は眉を顰める。実際この男が犯人であることを確認したまではいいものの、これからどのようにしてこの男を追い詰めるのかを考えていなかったのである。


実際盗んでいるだろうなどと詰め寄ったところで無意味。しらを切られるだけだ。部屋においてあるストッキングの写真などを見せても同様。自分で買ったものだといわれてしまえばそこまでである。


伏見が律儀にストッキングに名前を書いていてくれたら手っ取り早かったのだろうが、さすがに使い捨て同然のストッキングに名前を書くようなことはしないようだ。


「確定できたのならこっちのもんよ。あとは私に任せなさい。私に考えがあるから。もとより特定さえしてくれれば十分だったもの」


犯人を特定するまでが康太の仕事だ。そして犯人を追い詰めるのは文の仕事である。最初からそう言う想定だったのか文の表情は自信に満ち溢れていた。


ここまで文がはっきりと任せろと言っているのだ。康太としてはそれを断るつもりはなかった。


「わかった、後始末は任せたぞ。俺が協力できるのはここまでだ」


「そうね、もう十分すぎるほど手伝ってもらったわ。あんたの嗅覚強化って結構探し物には有用よね」


今回犯人を特定できたのも康太の覚えた嗅覚強化の魔術が大きな要因となっている。本人は否定するかもしれないがこれはかなり有用な魔術だ。


嗅覚という視覚的なリソースを奪わない情報源は探索などに非常に有利である。


特ににおいはこの世界においてどのようなものにも存在する。しかも匂いというのは現在だけではなく過去に残されたものもその場に残ることが多い。そういったものを完璧に嗅ぎ分けることができればこの世界で康太に探し出せないものはなくなるだろう。


まだ強弱のコントロールしかできないためにより繊細なコントロールができるようにしなければいけない。先は長いが康太の探索魔術の中で主力級の魔術になるのは間違いないだろう。


「あんたのその嗅覚強化の魔術、思っていたよりも便利ね。このまま視覚強化とか聴覚強化とかの魔術も覚えたら?たいてい風属性だろうし」


「まぁそれもいいけどな・・・現段階で覚えなきゃいけないことが山ほどあるんだぞ?そういっぺんに言われてもできないっての」


康太が覚えている探索系の魔術は近距離索敵と嗅覚強化の二つだが、今後新しいものを覚えていってもこの嗅覚強化は有用なものになるだろう。


知覚系の魔術を覚えるのが得意というのはかなり魔術戦においては有利になる。何せ五感を使った魔術というのは数多く存在するのだ。


視覚聴覚嗅覚触覚味覚、五つ存在する中で索敵など情報において重要なものは視覚聴覚嗅覚の三つ。


視覚に関しては康太は解析系の魔術で疑似的に使用している。これから視覚強化、あるいは別の種類の視覚に関わる魔術を使えばさらに康太の見えるものは変わってくる。


そして聴覚強化を覚えれば現在の詳細な音による情報を知ることができる。音速を認識して即座に反応できるほど人間の反応速度は早くない。たとえできたとしてもほぼ脊髄反射程度のものだ。


だが大きな音でなくても攻撃の予兆を知ることができるというのはかなりの利点だ。さらに言えば音の聞き分けができるようになれば周囲の索敵をしなくても相手の位置がわかるようになるかもしれない。


知覚に関わる強化魔術は大抵が風属性に属しているために、康太との相性はなかなかいいはずだ。


康太が扱える属性は無、風、火の三つ。これら三つを扱ううえで自身の感覚強化魔術は必須といえるだろう。


だが康太の言うように現在覚えようとしている魔術の数が多いのもまた事実だ。


あれやこれやといろんなものに手を出しすぎると覚えられるものも覚えられなくなるだろう。


選択肢が多いに越したことはないが、それでも選択肢が多すぎると状況に適した魔術を扱うことができないということもある。


選択肢の多さが原因でどの方法をとっていいのかわからなくなってしまうのだ。


手段が多ければその数だけの選択肢と正解が存在する。自分が持つ魔術の中から最適解を選び抜く力が康太にはまだかけているのである。


だが当然だ。康太はまだ駆け出しの魔術師。これから経験していけばいいだけの話なのだ。


「でもお前も風属性使えるんだから、感覚系の強化魔術は使えるんじゃないのか?」


「ん・・・私はなんか相性が悪かったのよね・・・私は五感に関する強化は苦手みたいだわ・・・もともと肉体強化系魔術もあんまり得意じゃないけど・・・ってそんなことはいいわ。とっとと撤収しましょ。証拠は残さないように・・・あとちゃんと生命力入れておきなさいよ?最悪死んじゃいそうだし」


「わかってるって。んじゃとりあえず出ますか」


康太と文は一切の証拠を残さずに用務員の部屋を後にした。その後康太が生命力を注入し、用務員は目を覚ましたが康太の予想通り疲れによる寝落ちだと勘違いしてくれたようである。















翌日、康太が学校に向かう頃には教員が何やら騒がしくしていた。

いったい何だろうかと疑問符を飛ばしながら教室まで向かっているとそこでさりげなく文が合流してきた。


「おはよ、昨日はお疲れさま」


「おう、それで何だこの騒ぎは・・・いったいお前なにした?」


明らかに教員たちは浮足立っている。何をしているのかまではわからなくとも何かが起きたのは間違いない。


そしてそれが文の差し金であるということも理解できていた。


「大したことじゃないわよ。ちょっとしたお手紙を書いただけの話。ちょっとした写真も同封してね」


「・・・写真?」


「まぁ偽装だけど・・・あの用務員が女子更衣室に入っていく写真と、ロッカーからストッキングを盗んでる写真よ・・・アリスに頼んで作ってもらったのよ。私も似たようなことならできるけど」


そういって文は生徒手帳の一ページ部分に一つの絵を描いていく。それは方陣術ではなく、一種の魔術であるということを康太は気づくことができた。


「へぇ・・・そんなこともできるのか・・・」


「詳細な絵を作るのはそれだけ集中力がいるけどね・・・あとは参考になるものがあるとなおいいわ。昨日のうちに写真撮りまくってたから参考資料には困らなかったし」


いつの間にそんなものを作っていたのかわからないが、少なくとも文の仕事ということは職員室に届けられたその手紙と絵はかなり精巧なものだろう。


ただの写真の合成と違って解像度の違いなども存在しないためにそれが偽装された写真であると気づくことができるものがいるかどうか。


それもそのあたりにいるような魔術師が描いたものではなく、アリスという技術の塊のような魔術師が描いたものならば見分けることはほぼ不可能だろう。


文が撮影した参考資料を基にアリスが描いたその写真は本物のそれと勝るとも劣らない出来上がりだったことだろう。


「でも今日あの用務員がしらばっくれるかもしれないぞ?その場合はどうするんだ?」


「問題ないわよ。さっき職員室に行ったとき偶然見ちゃった風を装って用務員の印象を暗示の魔術でちょろっと操作しておいたから。仮に否定しても疑惑の目は残る。学校っていうのは警察には基本通報したがらないからね、疑惑の目が残ってるだけでうまく動けなくなるものよ」


学校というのは大抵が金をもらって子供たちに教育を施す場である。親から子供を預かり、義務教育ないし必須科目を教える場として用意されている場所である。


公立私立の違いはあれど、基本的に評判などに左右される施設であるのは言うまでもないだろう。


そんな施設が自ら進んで警察に通報などするはずがない。警察が介入すれば当然噂になる。何かあったのではないか、あの学校は警察が出てくるような不祥事が起きる学校なのかと市民の間で話題になるだろう。


もちろん学校側としてはそんな流れにはしたくない。だからこそ警察は出てこない。


だが火のない所に煙は立たぬという言葉があるように、しっかりと写真にしか見えないような絵が提示されていることで疑惑の目はかなり強くなっただろう。


どの女子生徒が被害にあっているかは伏せたようだったが、それでもあの用務員の社会的地位を失墜させるには十分すぎた。


これがただの写真と手紙だけならば最悪隠蔽ということも考えられたのだろう。だがそれをさせないために文は朝に職員室に向かい偶然それを見てしまうということをしたのだ。


同時にその場にいた教員全員に暗示の魔術をかけて用務員の心証を悪くさせた。

疑いの目は確実に残る。たとえ本人が否定したとしてもその疑いの感情はずっと続いていくだろう。


「随分と生ぬるい方法をとったんだな?お前のことだから公開処刑でもするかと思ってたんだけど」


「私を何だと思ってるのよ・・・第一私の目的はあくまで犯人の特定ともう二度と盗みが起こらないようにするってだけなのよ?わざわざ社会的に殺さなくても疑いの目があるだけで行動できなくなるでしょ?」


私はそこまで鬼にはならないわよと言いながらも、文はなかなかにえげつない手を使ったのは間違いない。

確かにこうして写真に近いものを用意したとはいえ、まだ物的証拠が挙がっていないのだ。


これが現行犯でありなおかつ確固たる証拠と言えなくもないが、用務員としての立場を考えると女子更衣室に入るまではまだぎりぎりセーフラインの上。そしてロッカーからストッキングを出すのは完全にアウトとはいえ、そんなものなど知らないと用務員が主張し続ければおそらくこの話はうやむやになるだろう。


もしかしたら学校上層部の意向によっては自主的な退職にまで追い詰めるかもしれないが、差出人不明の手紙に同封されていたものだけでそこまでのことをするのはリスクが高い。


おそらくその用務員は自主退職にまでは届かずとも、この学校にいる限り全職員から疑惑の目を向けられることになるだろう。


その目を向けられた結果どのような行動に出るかは火を見るよりも明らかだ。


疑われているのに犯行を行うものはいない。まずは自粛して様子を見るのが鉄則だ。


もし何か問題を起こすようであれば文がまた動けばいいだけの話である。


もっともそれだけ強い疑いの目を向けられてなおこの学校にい続けることができるかはわからない。


そこまで強いメンタルがあればまだ話は別かもしれないが、女子高生の衣類を盗むような人間にそこまでの強い精神力があるかははなはだ疑問である。


「まぁなんにせよこれでひとまず安心でしょ。私たちの出番は終わりよ。伏見さんには私の方からうまくいっておくわ」


「ん・・・まぁそうするのがいいだろうな・・・人助けなんてらしくないことを」


「余計なお世話よ。たまにはいいでしょ?こういうのも」


文の浮かべたいたずらっぽい笑みに少しだけ見惚れながら、康太は苦笑してしまっていた。


自分もらしくない行動をしたなと心底思いながら。













「へぇ、よかったじゃないか、人助けができたなんて」


「いや確かに良かったかもしれないですけど・・・我ながららしくないことをしたなと思いまして・・・」


「そんなことはないさ。さーちゃんだって昔は人助けの一つや二つしたものだよ」


後日、康太は小百合の店にやってきていた幸彦と組み手を行いながら文との人助けの話をしていた。


幸彦と遭遇するのは協会に顔を出していれば珍しいことではない。むしろ幸彦自身積極的に康太と会おうとしているのか、遭遇率自体はかなり高い。週に二回ほどはあっているのではないかというほどである。


時折こうして徒手空拳の訓練をつけてもらうのだが、今回は訓練や世間話が目的ではなかった。


「師匠を引き合いに出されるとこっちとしてはいろいろとつらいですね・・・っていうか師匠も人助けなんてするんですね」


「するさ、さーちゃんはあぁ見えて結構優しいからね。普段はむすっとしてるからわかりにくいかもしれないけど大事な時にはしっかりと助けてくれるよ」


そういいながら幸彦は組手の様子を見ている小百合のほうに視線を向ける。彼女の眼は見ているというよりにらんでいるといったほうがいいだろう。


何でここにあなたがいるんだと目が語っている。


あの目にさらされ続けるのはあまりうれしくないなと思いながら幸彦は康太の攻撃をいなしながら話を先に進める。


「そういうわけでお師匠様に倣って人助けイベント、今日は康太君に依頼を持ってきたんだ。協会関係の依頼なんだけどちょっと人手が足りなくてね」


「あぁ、ひょっとしてこの前言ってたやつですか?」


以前プールの帰りにそんなことを話していたなと康太はその時のことを思い出しながら幸彦の攻撃を受け続けていた。


幸彦も攻撃そのものを確実に当てるつもりがないせいかそこまで攻撃に鋭さは感じられない。


あくまで準備運動のつもりなのだろう。康太としてもこの程度の動きであれば話しながらでも問題なく対応できるようにはなっていた。


奏との近接戦闘の訓練がしっかりと実を結んでいるということでもある。


「そうなんだよ。こっちでもいろいろ調整してたんだけどどうしても人員の確保ができなくてね・・・まぁ知り合いの魔術師の人たちも普通に私生活とかあるから難しいんだよね・・・僕が専属魔術師だったらそれなりに融通利かせられたんだろうけど・・・」


幸彦は協会の仕事を良く請け負ってはいるが、協会専属の魔術師というわけではない。


書類仕事や面倒ごとの解決など、幸彦は日本支部にかなり貢献しているといってもいいだろう。


実力的に見ても実績的に見ても彼は専属魔術師になってもいいだけの条件を満たしているのだ。だがそうならない、いやそうなれない理由は今自分たちをにらんでいる小百合にあった。


協会日本支部で腫物扱いされているデブリス・クラリス。その兄弟子ということで幸彦は協会から大分冷遇されているのである。


だが冷遇といっても別にいじめられているとか不当な評価を受けているとかそういうことはない。ほとんどの魔術師は幸彦の人柄やその実績などを評価している。上層部や一部の人間が協会においてこれ以上幸彦の地位が高まらないように圧力をかけているのだ。


もしこれで幸彦が小百合の兄弟子でなければ別の道もあったのだろう。もしかしたら専属の魔術師になったり別の役職に立っていたかもしれない。


だが小百合の兄弟子という立場にありながら確固たる実力と自由奔放さで恐れられている奏という存在もいる。


智代の三人の弟子は良くも悪くも三人とも非常に個性的なのだ。そのせいで一番まともな幸彦が割を食っているのは泣ける話である。


「依頼を持ってくるのはいいですがいったい康太に何をさせるつもりですか?さすがに面倒すぎる内容は私としても遠慮させてほしいんですが」


「あぁ、そんなに大した問題じゃないんだ。いやまぁ大した問題になりかけてるって感じなのかな・・・?康太君ならそこまで問題はないと思うよ」


笑みを浮かべながら幸彦は康太めがけて強烈な蹴りを放ってくる。両腕を盾にして防御するが威力を完全に殺しきれずに数メートル転がるように蹴り飛ばされてしまう。


体格差からくるこの威力は脅威だ。一瞬でも気を抜けば康太など一撃で気絶させられてしまうだろう。

幸彦はすでに康太に対して一切の油断をしていない。こうして話しているように見えても康太の一挙一動を観察して的確な攻撃と防御を繰り広げている。


そのあたりはさすがというべきだろうか。


「今日頼みたいのは調査なんだよ。実はある教会の付近で一般人の行方不明者が妙に増えててね・・・急激に増えてるっていうよりその地域だけほかの地域に比べて行方不明者が多いって感じなのかな」


「・・・それはどのように発覚したんですか?」


「その近くを拠点にしてる魔術師さ。何でも知人が行方不明になったのをきっかけに調べてみたらということらしくてね。行方不明者のタイプはほぼランダム・・・自然的な行方不明の可能性も否めないけど・・・」


「・・・不安の解消のためにも一応調査しておこうということですか・・・」


「そう、一応教会付近で起きてるっていうのがちょっと厄介でね。魔術協会側としてもあまり良くない予兆じゃないかと思ってるんだよ」


話だけを聞くと魔術の可能性も普通の誘拐あるいは失踪の可能性も両方あり得る内容だった。

それだけにまだ判断ができない。康太はしびれる腕を振り上げながら荒く息をついていた。



誤字報告十五件、ブックマーク件数2900件突破なので五回分投稿


これからもお楽しみいただければ幸いです

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