探偵まがいの
「ひょっとしてだけど、もう犯人の目星ついてるとか言わないよな?」
「そんなわけないじゃない。それならあんたに相談なんてしないわよ。相手が男だろうから手伝ってって話。それに今回みたいな内容の話だとあんたのほうがいろいろと頼りになりそうなのよ」
康太のほうが頼りになりそうというのがどういう意味なのか理解しかねていたが、文が一瞬伏見洋子のほうに視線を向けた時にその意味の半分を理解することができた。
彼女はおとなしくあまり自己主張をしないタイプの生徒であるらしい。もし文が自分からかかわっていかなければおそらくだが彼女は誰にも相談しなかっただろう。女子だけでこのような案件に立ち向かうというのは彼女に精神的な負担を強いかねない。そこで貴重な戦力及び信頼できる相手として康太に白羽の矢が立ったのだ。
「とはいえどうするんだ?俺自慢じゃないけど探し物とか人探しはそこまで得意じゃないんだけど?」
「そのあたりは考えてあるわよ・・・あんたこの前嗅覚強化覚えたじゃない」
文が急に小声になり康太に話しかけるが、どうやら康太の覚えた嗅覚強化の魔術を当てにしているらしい。
覚えたての魔術をあてにされても非常に困る。何せ康太はようやく嗅覚強化の魔術で強弱をつけられる程度になってきたのだから。
練度的にはまだまだ実戦投入できるような類ではない。
もっとも、もともとこの魔術は戦闘用ではなく索敵などの補助的な索敵が主な使用用途だ。康太が覚えている戦闘用索敵の魔術と違って緊迫した状態での使用を強いられるものではないために練習不足でも十分役に立つのは間違いないかもしれない。
「だったらお前の索敵だけでよかったんじゃないのか?お前そういうの得意だろ?」
「私は現在進行形の索敵は得意だけど、もうすでに起きたことに関しては調べるのは苦手なのよ・・・痕跡とかが残っててもそれだけじゃ探しきれないし・・・それならあんたににおいで追ってもらおうと思ったの」
文の使う魔術は現在における索敵能力はかなり高い。それこそ今校内で起こっていることを調べろと言われればかなり容易に調べることができるだろう。
だが文の言うようにすでに起きたことを調べるとなるとかなり手間取る。何せその場に残されているのは痕跡だけなのだ。痕跡だけを頼りに物事を調べられるような魔術を文は習得していない。
それならば慢性的に盗まれるということを逆手にとってその場に残っている、あるいは被害者のにおいをかいで犯人を探し出そうというのだ。
理屈と考えとしてはなにも間違ってはいない。間違ってはいないのだが犬扱いされるというのはなかなか複雑な気持ちだった。
「ていうか伏見・・だっけ?お前はいいのか?なんか話がどんどん勝手に進んでるような感じがするんだけど?」
「え・・・?あ・・・そ、その・・・」
唐突に話を振られたのに驚いたのか、伏見は先ほどよりもさらに視線を上下左右に動かしながら康太の問いに答えようとしている。
自分のことなのだから自分が答えなければいけないということはわかっていてもどうしても言葉がうまく出てこないらしい。臆病というよりは人と話すことに慣れていないような印象を受けた。
「わ、私は・・・もうこんなことは、やめてほしいけど・・・でもどうしたらいいかわからなくて・・・」
本人としては今回のことに嫌悪感を抱いているようだ。当然といえば当然だろう。たとえ被害者が康太だとしても、見ず知らずの人間に自分の衣服の一部を盗まれるというのは強い恐怖と不安感を覚える。
それが多感な時期の女の子ならなおさらだ。同じ年齢なのに全くと言っていいほど動じていない女子がいるのはこの際おいておこう。
「文の奴がどんどん進んでるけど、お前は俺が手伝うことはなにも異論はないのか?男が混ざってると不安とかそういうのは?」
「・・・鐘子さんが声をかけてくれなかったら・・・たぶん何もしてなかっただろうから・・・鐘子さんがそうするべきだと思ったんだったら・・・たぶんそれが一番いい方法なんだと・・・思うの」
本人もどうしたらいいのかはわからなくとも、文が何とかしようと動いてくれているということに関しては信頼しているようで文の行動を否定するつもりはないようだった。
主体性がないというのはあまり良いことではないが、彼女の場合本人の内気な性格というのもあるのだろう。活発な文の行動に引っ張られて何もできない状態になってしまうのも無理もない話かもしれない。
何せ文の行動力は時折康太も置いてけぼりを食らうほどだ。彼女がその気になったら康太も思い切り振り回されること請け合いである。
ただの引っ込み思案な女の子がどうにかできるような相手ではない。相談相手としては最適かもしれないが、相方にするには少々癖が強い相手なのは間違いないだろう。
「・・・そうか、んじゃ俺も手伝わせてもらうよ。って言っても何ができるかはわかったもんじゃないけどな」
実際今回の件で康太ができることといえば一般人相手の殴り合いとにおいをかいで目標を探すことくらいだ。
もともと康太は戦闘に特化している魔術師だ。こうした探し物などの工作活動は苦手分野になっている。
そういったことをこなしていくのもこれから必要であるとはいえ、まさか学校内の事件に関わることになるとは思っていなかった。
「ていうかさ、すごく言っちゃ悪いかもしれないけど本当にいじめの可能性はないのか?こいつおどおどしてるし、真っ先にいじめのターゲットになりそうなんだけど・・・」
「あんた言いにくいことをズバッというわね・・・普通に友達と仲良く話してるところ見てるし・・・それはないと思いたいけど・・・どうなの伏見さん。そういう可能性はあるの?」
文がその瞬間に魔術を発動したことを康太は理解していた。暗示に近い魔術だ。本人に嘘をつけないように誘導している。この二人は信頼できるということを刷り込ませてどのようなことでも相談できると思わせるのだ。
実際これが性的な犯罪目的での盗難ではなくいじめ目的での盗難だった場合、犯人の可能性が男性から女性へと大きく変動するだろう。
そうなると康太がいる必要性がなくなってしまう可能性がある。後々のことを考えてもいじめというものがあるというのはあまり良いこととは言えない。なるべくこの可能性はないほうがよいだろう。
「それは・・・ないと思う・・・たぶんだけど」
「誰かに嫌味を言われたり、悪口を言われたりは?」
「そういうのもないけど・・・」
引っ込み思案ではあれど社交性がないというわけではないようで、伏見洋子は自分の記憶をさかのぼりながらすらすらと答えている。
どうやらうそを言っているという風ではない。今のところいじめの可能性はなくなりそうだが、実際男の康太としては少し引っかかる点があった。
「どうなんですかね文さんや?女のいじめってジメジメしてるって聞いたことあるけど?本人にばれないようにやってる可能性は?」
「どうかしら・・・うちのクラスもグループがいくつかあるけど・・・そこまで変な感じはしてない・・・と思いたいわね」
男のそれと違って女のいじめは非常に陰湿なものが多い。はた目から見れば仲良くしているように見えて実はいじめを行っているということだって往々にしてあり得ることだ。
誰かにばれないようにするというのが女子のいじめの大前提。自分の身の安全を確保しつつ、相手へ嫌がらせをするというのが基本である。
そのため第三者からはわかりにくい点が多い。ただ何となくそういった雰囲気を感じ取ることくらいはできるだろう。
「文はそっちのクラスでなんか変なことがないかとか軽く探ってみてくれるか?そのほうが確実だろうし」
「了解・・・あんたは?」
「こっちはこっちでいろいろ調べるよ・・・ていうかストッキングがなくなるってこと自体がだいぶ特殊だからな・・・」
普通の衣服と違ってストッキングを履き替えるということは基本的にない。
基本学校にやってきたらそのまま制服で過ごすため、着替えなどでもしない限りそういったものがなくなる可能性はほぼゼロだ。
特にストッキングとなると体育の時くらいしか思いつかない。ならばその時になくなったと考えるべきだろう。
だが女子にとってのストッキングは男子でいうところの肌着程度のもの。あってもいいだろうがなくても問題はない。だからこそ伏見は誰かに相談というものをしなかったのかもしれない。
「とりあえず伏見、今日ストッキングがなくなった状況を教えてくれるか?いろいろ調べるから」
「う、うん・・・体育の授業があったから更衣室でストッキングを脱いで・・・戻ってきたら今日はいてきたのがなくなってて・・・」
「・・・まぁそうだよな・・・体育の授業中に取られたって考えるのが自然か・・・そうなると文のクラスの人間は除外されるよなぁ・・・」
「そうなるわよね・・・ってことは別のクラスの連中?」
「それもあり得るけどさ、体育の授業の間に盗まれたって言ってもほかのクラスだって授業してたんだぞ?ちなみに体育が終わって着替えに戻ってきた時間は?」
「えっと・・・着替えてるときにチャイムが鳴ったから・・・」
「まだ授業中だったっていうのになくなってたのか・・・面倒くさくなるかわかりやすくなるかの二択だな」
授業中に盗まれたということはつまり可能性が三通りに分かれる。
一つは授業中に抜け出した、あるいはサボっていた生徒による犯行。
この場合犯人の特定が非常に容易になる。何せクラスを聞いて回ってその時間に抜け出した、いなかった生徒を探して特定すればいいのだ。その人物の私物を調べればさらに特定は早くなるだろう。文の暗示の魔術を使えば誰がいて誰がいなかったなどは聞くのは容易なはずだ。
ただこの生徒による犯行説は可能性が低い。なぜなら何回も何回もストッキングがなくなっているのだ。これが今日の一回きりだったのならまだこの可能性が高かった。かなりの頻度でなくなっている以上生徒が毎回抜け出しているというのは考えにくい。
二つ目は教職員による犯行。
この場合も特定は比較的容易だ。康太が伏見のにおいか、女子更衣室に残っている男性のにおいを嗅ぎ取って追跡すればいい。
この構内にいる教職員のにおいであればたいていは覚えつつある。練習と称して個人のにおいを判別できるようになっておいてよかったと康太は苦笑していた。
三つめは部外者による犯行。
これも可能性としては低い。毎回侵入してストッキングだけを盗んでいくというのも変な話だしそんなことをしていては確実に警備や見回りをしている教職員にばれるだろう。
今のところ可能性が最も高いのは教職員による犯行だった。もっとも考えたくない犯行の内容ではあるが。
「現状考えると教職員が一番怪しいけど・・・文としてはどうだ?なんかまだ可能性あるか?」
先ほど考えた可能性を説明した後で康太は文に意見を求めた。実際康太の意見は的を射ている。
非常にわかりやすくなおかつ可能性としては十分以上にあり得る話だった。
だが文はその三つの可能性以外の可能性を提示してきた。
「確かに普通に考えればなにも間違ってないと思うわ・・・でも康太、もし同類だった場合、その可能性は大きく変わると思わない?」
「・・・マジか・・・その可能性あげる?俺は最初にないと思ってたんだけど」
同類。それがどういう意味を持っているのか伏見はわからなかったが康太にはその意味が理解できていた。
つまり文は魔術師の犯行も視野に入れているのだ。
魔術師が一般人のストッキングを盗みたいから魔術を行使して学校に侵入、あるいは授業をさぼる、そんなことがあり得るのだろうか。
確かにこの学校には康太と文以外にも魔術師や精霊術師がいる。やろうと思えばできないこともない。
そう、できないことはないのだが、そのようなことをやるだけの意味があるかどうかを康太は考えていたのである。
そもそも魔術は隠匿するべきものだ。誰にもばれてはいけない。特に一般人に対しては。
そんな事前情報を知っているというのに、例えば普通に授業を受けている、あるいは受けようとしている中で高頻度で抜け出すような魔術師がいるだろうか。
それにその時間に的確に抜け出すためには文のクラスの時間割を完全に把握していなければいけない。
時間割の把握、そして特定人物の使用ロッカー、さらには周囲を巡回する教職員などの対応、一般生徒や教職員への暗示、あるいは似た効果の魔術の使用。
ここまで苦労して得られるものがストッキングだけだとさすがに釣り合いが取れていないように思えてしまったからこそ魔術師の可能性が低いと康太は考えていたのだ。
「人間の欲望に対する行動力って恐ろしいものがあるわよ?手に入れるためなら何でもやるのが普通だもの・・・でも伏見さんだけが盗まれてるってことは、良くも悪くも狙いを定めてきてるのよね・・・そこがなんとも判断の難しいところだわ」
他の生徒も被害にあっているというのであれば、部外者による犯行の可能性がかなり高かった。だが今回の相手は対象を伏見洋子に絞ってきている。
つまり彼女の私物がほしいという目的のもと行動している。つまり彼女のことをよく知っているということではないかと思えてならなかったのだ。
これがただたんに見た目にひかれたという単純なものであれば外部犯も十分あり得る。そのためにこの段階ではまだどこの誰が犯人なのか判断しかねる状況なのである。
とはいえそれは魔術師が相手であるということを想定した場合の思考だ。康太の言うようにそれだけのことをする魔術師がいるかどうかも怪しいところだし、文の言うように自分のほしいもののためならどんなことでもするのが人間だ。
そう考えるとどちらも正しいだけにどちらの可能性も捨てきれない。
そのため康太と文は折衷案を出すことにした。
「よし、現段階では校内校外構わずどっちの可能性もあるとして捜査するか」
「そうね。想定としてはどんな奴が来てもいいようにすること・・・ただ一つ気になるんだけど、体育が終わってからもう結構時間がたってるけど、まだ大丈夫?」
まだ大丈夫という言葉の意味を康太はちゃんと理解していた。つまり康太の嗅覚強化の魔術でそのにおいの痕跡を追うことができるかということだ。
当然だが匂いというのは時間の経過とともに消えてしまう。特に不特定多数の人間が使うような更衣室ではたくさんのにおいが混じりあってしまう。
そのあたりは康太も実際にやってみないことにはわからないというのが本音だが、そこまで可能性は低くないと思っていた。
「たぶん大丈夫。更衣室ってことは女子更衣室だろ?相手が男だったら多少はわかると思うぞ、男と女って結構匂い違うし」
「・・・そうなの?」
「あぁ、たとえるなら男が豚骨ラーメンで女がトマトパスタって感じ」
「・・・ちなみに私のにおいはどんな感じ?」
「・・・文っぽい匂いとしか言いようがないな」
男と女で匂いに違いがあるのは何となくわかっていたが、実際にそこまで露骨なにおいの違いがあるとなると文は自分のにおいがどんなものなのか気になってしまっていた。
人間自分のにおいは認識しにくい。そのため自分がどのような体臭を有しているのか気になってしまうのである。
康太曰く文っぽい匂いということだが、それがほめているのかどうか判断に困るところだった。
ともあれ、男子と女子のにおいの違いは明確だ。女子更衣室という基本的に女子しか入ることがない場所ならば、犯人が男だった場合はしっかりとそのにおいがつく可能性が高い。特にストッキングなどというかさばらないものを探す場合、ロッカーの中をかなり探した可能性がある。
そうなれば間違いなくほかにもいろいろと触れている。となればにおいがかなりついているとみていいだろう。
懸念するべきはそのロッカーを調べるのがいつになるかということである。
時間が経過すればするほどに不特定多数の人間が入り込むためににおいの特定が難しくなってしまう可能性がある。
見回りと称して入ってくる人物もいるかもしれない。可能なら盗まれてすぐに確実に確認したいところではあった。
早く確認したいとはいえ、女子更衣室はこの後も体育の授業があるクラスなどが使ってしまうために調査は放課後ということになった。
今回探し出すことができなくても、文が索敵の魔術で監視、そして康太がすぐに嗅覚強化の魔術で特定と、二重の策で相手を探すことになった。
もちろん伏見にそんなことを話すことができるはずもなく、伏見と別れた後で康太と文で話し合った結果こうなったのである。
そして放課後、女子更衣室を使うものがいなくなった段階で康太たちは一度集まって女子更衣室の中を調べることにした。
女子更衣室の中に男子である康太が入るというのはなかなかに問題があるような行為に思えるが、使っている女子がいなければ女子更衣室もただの空き部屋同然である。
文があらかじめ鍵を借りておいたため中に入るのにそこまで苦労はしなかった。
鍵開けの魔術を使ってもよかったのだろうが、別に悪いことをしているわけでもなし、何より伏見という一般人がいる中で魔術を乱発するのは避けた方がいいと考えた結果このようにしたのである。
「伏見さん、ドア半開きにしておくから外で見張っててくれる?」
「え?手伝わなくていいの?」
「大丈夫、それよりも誰かが来て康太のことを見られる方が厄介よ。やましいことはしてないけど一応ここ女子更衣室だし・・・使ったロッカーがどこだとかわかる?」
「えっと・・・ごめん、どこだかはちょっとわからない・・・」
基本的に更衣室のロッカーは共同で使っているために適当にその時その時で場所を選んで使うものである。今日どこを使ったのかは伏見も覚えていないらしかった。つまりそのあたりから探さなければいけないということである。
「わかった、とりあえず探しておくからだれか来ないようにここで見てて。誰か来たらすぐに教えて」
「わ、わかった。見張ってるね」
一応文の魔術で索敵はしているし周囲から人がやってこないように結界の魔術も展開してあるが、それも万全とはいいがたい。
それに康太がこれからやることを考えると伏見は康太の姿を見ないほうがいいだろう。それは伏見にとってもそうだし康太の名誉を守るという意味でも見せないほうがいいと判断したのだ。
「どう康太?何かわかりそう?」
すでに嗅覚強化の魔術を発動している康太は眉をひそめたあと非常にいやそうな表情をしていた。
「うっわ・・・すっごい匂い・・・これきっついわ・・・」
「なによ、女子のフローラルな香りが染みついてるんじゃないの?男子からすればご褒美みたいに思えると思ったんだけど」
康太は男子だ、女子のにおいというものに少なからず自分たちのそれとは違うものを感じているし女子のにおいがいい匂いであると感じたことも多々ある。
だがそれとこれとは全く別の問題なのである。強化した嗅覚の前には女子の香りというものもかなり鮮明に、そして色濃く出てくるのだ。
康太が嗅覚強化の魔術をまだ万全に扱うことができないというのも理由の一つだろうが、今康太はこの部屋のにおいを不快と感じ取っていた。
「あのな・・・ケーキのにおいがいい匂いだからって毎日二十四時間嗅ぎ続けてたら吐き気がしてくるだろ?そういうことだよ・・・ここのにおいは強すぎる・・・なんていうかな・・・香水とは違うんだけど別の意味でいろいろ強すぎる」
「・・・まぁ基本ここを使う場合って体育とかの時で着替えるときくらいだからね。汗かいた状態で使ってたらそりゃにおいも強くなるか・・・」
体臭というのは良くも悪くもその人物が分泌するものによって決定する。
例えば汗がそのもっとも典型な分泌物だ。汗を放置していれば悪臭になる。その悪臭を防ぐために制汗剤や消臭剤などを使うためにさらにいろいろとにおいが付着する。
この場所にあるのは女子のにおいだけではなく、そういった薬品系のにおいに加えて普段康太が嗅ぐようなものも混ざっているのだ。
だがそんなにおいのバーゲンセール状態のこの更衣室の中のにおいもだいぶ慣れてきたのか、康太は徐々にではあるがそのにおいの中にどのようなにおいが含まれるかを認識しつつあった。
「で?どうなの?どんなにおいがする?」
「えっと・・・香水・・・これは花の匂いだな・・・こっちは制汗剤で・・・これは消臭剤・・・こっちは汗だな・・・なんか血のにおいもするし・・・えっとこれは・・・あぁここが文が使ったところか」
「・・・ちょっと待ってよ、わかるの?」
「わかるよ、お前のにおい結構独特だし・・・お、ここか」
非常に気になることを言っていたが康太はようやく伏見が使ったと思われるロッカーを見つけたらしい。
ロッカーの中から伏見のにおいを嗅ぎ取ったのか、それとも異常をかぎ取ったのか、どちらかはわからないがどちらにしても康太はそのロッカーをゆっくりと開けてみる。
中には当然だが何もない。共有の更衣室のロッカーであるために着替え以外のようではここは使用しない。
そのため用件がなければ空になっているのが当然なのだ。
ここで康太はようやく気付く。この部屋の中に漂う自分だけが嗅ぎ取っている独特のにおいとその異様さに。
一度気づいてしまえばあとは早かった。伏見のロッカーを重点的に、そしてほかのロッカーもしっかりと確認していく。そうしていけばしていくほど確信は深まっていた。
「確定的だな・・・犯人のにおいは覚えたぞ」
「へぇ、案外早かったわね。そんなにこびりついてた?」
「しっかりとな・・・今回の俺らみたいにどのロッカーを伏見が使ってるか探して調べてたってのが大きいな・・・いろんなところににおいがついてた・・・それが男のだから比較的わかりやすかったよ」
女子更衣室ということもあってそこに男のにおいが混ざっていれば比較的わかりやすい。
さらに言えば康太の言うように伏見が適当に選んだロッカーを何の情報もなしに探さなければいけないのだ。片側からしらみつぶしに所持品を確認して探すのにも時間がかかるし何より触れるものも増える。
その段階でしっかりとにおいが残ってしまったのだ。
こういう風には考えたくないが、女子更衣室に侵入したことで興奮していたのだろう、汗などの分泌物がしっかりと残っていた。
ロッカーを嗅いだり床のにおいを確認したりする康太の姿はまさに犬のようだったが、それは言わないほうがいいのだろう。康太の名誉にかけて。
それにしてもこれだけ苦労しながらそれで盗んでいくのがストッキングだというのだからこれは真正の変態だなと確信を持ちながら康太はため息を吐く。
「とにかく匂いは覚えたから追えるぞ。学校内で嗅いだことのある匂いだから学校関係者のはずだ」
「オッケー。生徒か先生かはわからないけど容疑者はぐっと狭まったわね。でもどうしようかしら・・・まさかあんたが匂いで判別したとは言えないし・・・」
「あぁ、伏見のことか・・・確かにどう説明したもんかな・・・適当に鍵返してもらう間に俺が探し回っててもいいぞ?」
「いちいち説明するよりはそのほうがいいかしらね・・・更衣室の中になんか落とし物とかはなかったの?犯人特定できそうな感じの」
「におい追跡しようとしたけどだめだ、ここじゃ見つからない。他の場所に行けば見つけられるかもな・・・問題はまだだれかわかってないってことだ。探そうにも言い訳が難しいぞ?」
康太が犯人のにおいを覚えたからといって犯人を特定したわけではないのだ。普通に考えてこの状況で更衣室の中を探し回って次にどこを探しに行くのか。
今のところ手掛かりは更衣室というだけなのだ。今ここでそれらしいものが見つからなかったということはつまり今のところ打つ手はないということである。
もっともそれは一般人としての考え方であり、魔術師である康太と文には当てはまらないのだ。
二人は今すぐにでも犯人を捕らえられる環境にある。問題となっているのはそれをどのように伏見に伝えるかというところなのだ。
「いっそのこと今日はもう解散ってことにするか。別に伏見に犯人を教える必要はないんだろ?俺らでさっさと解決しちゃえばそれでいいんだし」
「それでもいいけどさ・・・当の本人がいないのに解決っていうのも味気なくない?ちょっと探偵気分だったのに」
「・・・お前ノックスの十戒って知ってるか?俺らみたいなのは探偵になっちゃいけないんだよ・・・ていうか探偵ものには出てもいけないんだ」
「なんで?別に良くない?ただの高校生なんだから」
「魔術を使うような人間はミステリーにはいちゃいけないんだよ。物語が簡単に破綻するだろうが」
ノックスの十戒というのはミステリーものを書くにあたって気を付けるべき、また参考にするべき原則というかルールのようなものである。
これを破らないようにしなければいけないという絶対的な法律のようなものは存在しないが、これらを守ることで面白いミステリーを書くことができるだろうと記されたのがノックスの十戒だ。
もっとも細かく上げていけば実際は十だけではなく二十にも届くがそのあたりは割愛していくことにする。
そしてそのノックスの十戒の中にはこのようなものがあるのだ。
探偵方法に超自然的な能力を用いてはならない。
要するにあくまで自然に存在する物理学などを用いて解決しなければいけないもので、康太たちのような魔術を扱う存在はそもそも探偵系の現場には出てはいけないのだ。それこそそんなことをしたら物語が簡単に破綻する。
もっとも実際に殺人事件などが起きたらそんな法則などは全く無視して速攻で事件解決に臨むだろう。
康太としてはそんなことにならないように望むところである。
「残念だわ。それでワトソン君、何かいい案はあるのかね?」
「お前がホームズかよ・・・とりあえず今日は調べたけど収穫なしってことで解散しようぜ・・・明日以降本格的に対策するって感じでさ・・・それで俺らは今日中に犯人を追い詰める」
「ん・・・まぁそうするしかなさそうね・・・まぁ実際あんたの魔術がなけりゃ痕跡なんてまるで出なかったわけだし嘘は言ってないか」
今回痕跡を見つけられたのは康太が嗅覚強化の魔術を覚えたからだ。まだ未熟とはいえある程度の操作はできるようになってきたためににおいの特定くらいは簡単にできる。
逆に言えば康太がいなければそれこそ警察犬でも連れてくるか監視カメラでもつけなければ解決は難しかっただろう。
康太が知覚系の魔術を得意としている魔術師で本当に良かったとこの時だけは思う。
自分の体臭が独特であるといわれた文としては少し引っかかるところがあるが、そんなことは今言っても仕方のない話である。
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いつの間にか結構書いたんだなという印象です。前作の大体半分くらい?まだまだ先は長そうです
これからもお楽しみいただければ幸いです




