康太と文の成長
「まぁ肉体強化の魔術は基本自己鍛錬のたまものだしね。これから使えるようにしなさい。っていうか何を探してたのよ?初めて使う魔術で物探しなんてできるわけないじゃない」
「いやまぁそうなんだけどさ・・・俺の索敵じゃまだ探しきれなくて」
康太の索敵はまだ練度が低い。大まかな地形やら形やらを理解することはできても細部、特に物品が雑多に置かれたこういった倉庫内では目的のものを探すだけで一苦労なのである。
だからこそアリスに助力を乞うたのだ。もっとも彼女は康太のことよりもDVDに夢中のようだったが。
「で?結局何を探してるわけ?なんか大事なものっぽかったけど」
「あぁ、俺の木刀だよ。お前と最初に戦った時に持ってたやつ」
「・・・あぁあれね。でもなんだって今更?そんなのもう必要もないでしょうに、あんたには槍があるんだし」
康太が探していたのは康太が最初に与えられた武器、木刀だった。
文と戦うときに使用し、そのあと大事に保管しており訓練の時に時折ではあったが使用していた。
槍だけではなく刀での立ち回りも重要になるだろうということである程度は学習しようとしていたのだ。
小百合がもともと刀が得意というのもあってその技術を盗みながらうまいこと学習していたのだが、つい先日訓練をしているときに木刀がはじかれてどこかに飛んで行ってしまったのだ。
索敵魔術も駆使して探しているのだが棒状の素材や商品などもこの地下倉庫にはおかれているために判別がつかない。そこでアリスに頼み込んだところ嗅覚強化の魔術を教わり、試していたというわけである。
「あれ初めて使ったってのもあって結構気に入ってるんだよ。少なくともなくしたくない」
「・・・まぁ武器に思い入れがあるってのは大事なことね・・・ちなみにだけど槍は保管してるんでしょ?」
「もちろん。武器の手入れは日常的にやってるぞ」
「まだ実用武器には至ってないってことね。管理の雑さから考えて」
「あれはまぁお守りっていうか記念品みたいなものだからな。大事に取っておきたいんだよ。師匠があそこまで弾き飛ばさなきゃこうはならなかったさ」
「いいんじゃない?おかげで新しい魔術も覚えられたんだし」
新しい魔術も覚えられた。確かにその通りなのだが覚えたのは嗅覚強化の魔術だ。戦闘に使えるとは思えないただの索敵用魔術。
しかも索敵用魔術とは言うが実戦的な索敵ではない。どちらかというと探索技能のようなものだ。
もとより康太は探索技能はあまり高くないためアリスの言うように覚えておいて損はなかったのかもしれない。
この魔術が一体いつ役に立つのかは正直微妙なところだが。
「木刀ねぇ・・・とりあえずそれらしいのは探してみるけど・・・どのあたりで飛ばされたの?」
「えっと・・・あのあたりだ。商品に傷つけないようにかばいながら戦ってたらやられた。そのあとボコボコにやられたけど」
康太が木刀をはじかれて無手になっても小百合は攻撃をやめようとはしなかった。それも一つの訓練の内だ。
こちらの武器が相手によってはじかれ、徒手空拳で何とかしなければならない状況などはあるだろう。その再現のつもりなのだろうが康太からするとただの一方的な暴力にしか見えなかった。
八つ当たりというほど鬱憤がたまっているわけでもないだろうが、何の武器も持っていない相手に対して木刀で叩きのめすというのはただのいじめのように思えなくもない。
「とにかく木刀ね・・・あのへんな模様がある奴でいいんでしょ?方陣術みたいなただの絵がかいてあるやつ」
「そうそれだ。一応前に練習で誰かが・・・姉さんだったかな?とにかく誰かが遊びで書いただけの見た目だけの奴だ」
「そんなの残しておいてどうするんだか・・・オッケー・・・木刀が結構あるわね・・・予備としておいてあるのかしら」
「とりあえず全部しらみつぶしに探そう。あれだけはちゃんと回収しなきゃ」
武器に思い入れがあるというのは実際大事なことだ。執着しすぎるのは問題だが大切に使えば武器もそれにこたえてくれるだろう。
特に康太は自分の使う武器に関してはかなり大事に扱っていた。何せ康太の戦いにおける生命線といってもいいものなのだ。
「そういえばお前っていつまでも武器持たないよな?なんか使わないのか?」
「あんたと違って接近戦の適性あんまりないからね。盾でも持とうか悩み中よ。あんたが使ってる変な小さな盾くらいの大きさの奴」
「あぁあれか。あれは便利だぞ?防御もできるし攻撃もできる」
「それはあんたが仕込んでるからでしょ?あんな危険な攻撃私なら・・・ていうか普通の人は絶対できないわよ」
康太が盾に仕込んでいる、というか康太がよく使う炸裂鉄球の類はかなり高い威力が期待できる。
単純に物理エネルギーを使って鉄の球を高速で打ち出すというものだからこそ威力が期待できるというのもあるのかもしれない。
ちゃんとした弾丸ではないため射程距離に関してはお察しだが、最近その弱点も収束の魔術によって改善しつつある。
康太が使う炸裂鉄球の魔術は主に二通りの使い方がある。
一つは一方向に指向性を持たせたタイプ。これは盾に仕込んだ鉄球や地雷式鉄球がこれに当たる。広い範囲に攻撃することはできないが集弾性と狙いをつけやすい点でかなり便利だ。
対して特定の方向に指向性を持たせないタイプ。これは炸裂鉄球の込められたお手玉や数珠などが該当する。
康太もどこに飛んでいくかわからないために運要素の強い武器ではあるが、康太は最近その使い方に一つ魔術を加えることでさらに攻撃力を増した。
それが収束の魔術だ。動いている物体に対して発動する魔術で、特定の位置を指定することでその位置に向かうように向きを変化させていく。
ただ急に曲げようとするとそれなりに多い魔力が必要になるために大きく弧を描くように変化していくことになる。
炸裂鉄球お手玉にこの収束の魔術を使うことで、目標の相手に対して全弾集中させることが可能になったのだ。
しかもこの攻撃方法のよいところは、盾や地雷式のように一方向からの直線的な攻撃と比較して多角的、さらにはわずかにではあるがタイミングをずらした攻撃ができるというところである。
一度実戦で使っているが、花火のように球状にまんべんなく広がった鉄球が目標に向かって突進していく。
打ち出された方向によって角度が異なるために、複数の角度から一気に襲い掛かることができるのだ。
もちろんこの方法にも欠点はある。まず第一に威力の減衰だ。
もともと鉄球はそこまで飛距離があるわけではない。これは命中精度的な問題もそうだが威力的な問題もあるのだ。
弾丸のように螺旋回転して空気を穿ちながら進むのであれば空気抵抗などもそれなりに無視できたかもしれないが鉄球はそういうわけにはいかない。
空気の影響をもろに受ける上に一度方向を転換しているためにただでさえない飛距離を無駄に使って目標に向かう。
もちろん可能な限り強く打ち出しているためにそれでも当たれば間違いなく相手に負傷を与えることができるが、多少威力は下がってしまうのだ。
さらにもう一つの欠点、これは康太の収束の魔術の問題なのだが、軌道を変えるときの半径が大きいため、ある程度開けた状況でなければ使えないというものだ。
三百六十度まんべんなくまき散らされる鉄球を目標めがけて当てるためにはそれなりに広い空間で使わなければならない。
この前使ったような上空への投擲が最適な使用方法だ。そのためこの攻撃は屋外でなければ使用はできない。
もっとも盾やマットなどで一方向への指向性を持たせた攻撃に収束の魔術を使えば軽い追尾性能をつけることもできるが、あくまで軽くだ。
はっきり言ってまともな追尾性能ではない。鉄球の速さも相まってほんの少し曲がる程度でしかない。
そう考えると魔力をわざわざ消費させるよりもきちんと狙って当てたほうが建設的といえるだろう。
「せっかく結構いろんな魔術使えるんだから武器とか考えてみたらどうだ?別に近接武器じゃなくても遠距離武器とかさ。雷の属性に合う武器って結構ありそうだし」
「例えば?あんまり思いつかないんだけど」
「例えばそうだな・・・針とか杭とかどうよ。相手に打ち付けちゃえば避雷針みたいにもなるし」
康太が考えている針や杭を使った避雷針のような形での電撃は確かに不可能ではない。避雷針に至るまでの電気の通り道さえ作ってしまえばあとは文が電撃を放てばいいだけだ。
だが文は案外難色を示しているようだった。
「確かにそういう道具を使って攻めるっていうのも一時期は考えてたのよ。でも攻撃面では今ので十分なのよね・・・現時点で攻撃手段は山ほどあるし・・・それだったらちょっと搦め手の道具がほしいのよ」
「それこそワイヤーとかか?お前なら見えにくくしたりして案外うまく立ち回れそうだけど」
「あー・・・ワイヤーもいいかもしれないわね・・・比較的軽いものにすれば風でも扱いやすいし・・・うまくやれば足ひっかけたりとかできるし」
文の得意としているのは中距離戦闘だ。相手と十分距離を取っての魔術の打ち合いが彼女の最も得意としている間合いである。
相手が近づこうとしているならワイヤーを使って罠にしたり、その罠を使って電気を通したり、逆に逃げようとしていたら捕縛したりとできることはかなり多い。
もっとも練習が必要だし、何より建物などの障害物が必要不可欠になるが、開けた場所であるなら文はある程度高いパフォーマンスを発揮できる。
そう考えれば攻撃、妨害、援護、どれにも使える康太の提案したワイヤーというのはあながち悪い選択肢とは言えなかった。
「ちょっと考えてみるわ。必要なら専用の装備を作ってもらわなきゃいけないしね。あんたの槍とか盾みたいなの」
「あぁ、いいんじゃないか?両手にワイヤー付きの盾持ってる姿が思い浮かんだわ。結構にあってそう」
「ありがと。とりあえず木刀探すわよ。次はなくさないように名前でも書いておきなさい」
「名前書いておいてもなくすもんはなくすと思うんだけどなぁ」
この場所に限っては名前を書いていても仕方がない。見つけるのが困難というだけなのだから。結局この後木刀はすぐに見つかり、康太が自分の装備置き場に大切に保管することにした。
「なるほど・・・ワイヤーか・・・」
「はい、私もそろそろまともに武器・・・とは言わなくても道具を使おうと思いまして」
後日、康太と文はエアリスこと春奈の修行場へと向かっていた。
文の師匠として文の戦闘スタイルをよく理解すると同時に、より効果的な案をもらおうと思ったのがきっかけである。
以前康太もワイヤーを使ったことがある。蓄積の魔術の仕込みを終えている鉄球に付属する形で取り付けられたワイヤーだ。相手の捕縛を主な目的として仕込んだワイヤーだが、文の場合は捕縛よりも一方的な妨害のニュアンスのほうが強い。
相手への牽制になると同時に自分の行動をしやすくする効果もある。なかなかどうして考えられている手段だといえるだろう。
「確かにそろそろ道具を使ってもいいころだろう。戦い方も大まかではあるが理解してきているだろうし・・・癪ではあるが近づこうとする相手にどう立ち回ればいいかはあのバカを相手にしていやというほど体験しているだろうからな」
相変わらず小百合のことを評価するのは嫌なようで複雑そうな表情をしているが、文が道具を使い始めるということ自体は賛成なのだろう。本を読みながら文のほうを見て目を細める。
そして引き出しの中から一つ、ひものようなものを取り出した。それはよくある裁縫糸などのロールに細い金属糸、つまりワイヤーがまとめられたものだった。
「使うというのはたやすいがどのように使うつもりだ?その状態から使うにしても、どこかに結び付けるにしてもそう簡単にはいかないだろう?」
エアリスの言うようにワイヤーを使うなどと一言に言ってもどのように使うのか、どうやって使うのかはっきり言ってほとんど経験のない二人からすればかなりの難題であるのは間違いなかった。
例えば考えていた障害物に巻き付け、また周囲に展開することで足止め用の妨害として設置するにしても、きちんとワイヤーが張っていない限りちゃんとした足止めにはならない。
自動で長さを調節できれば話は早かったのだろうが、何の細工もされていないワイヤーではそんな特殊効果は望めない。
それにワイヤーを適切な長さに切らなければ邪魔になるだけだ。風で操るなどといってもそれもなかなか至難の業。いうのは簡単だが実際にやってみるのは難しいという典型的な例といえるだろう。
「んー・・・適当にワイヤーを出して・・・適当なところで結んで・・・固定してから適当なところで切る・・・確かになんだかたわんじゃうわね・・・」
「実際やってみるとうまいこと行かないもんだな・・・さてどうしたもんか」
師匠である春奈に言われた通り、ワイヤーロールから細いワイヤーを伸ばしていき、本棚の一角に念動力を併用しながら結び付けてしっかりと引っ張ってから固定するのだが、やはりそこは人がやった作業。どうしても粗が出てしまう。
「康太も確かワイヤー使うわよね?あれはどうやってるんだっけ?」
「あれは蓄積の魔術で鉄球を飛ばしてる。こういう風に足止めとかトラップとか牽制用じゃなくて捕縛用だからしっかり張ってなくてもいいんだ。でもお前のは張っておいたほうがいいだろ?」
「そりゃね。どうしたものかしら・・・」
康太のように捕縛を主な目的とするならば、急加速するような物体を先端に着けて目標に向けて放てばいい。そうすれば先端の物体の移動に伴いワイヤーが勝手に絡みついてうまく相手を捕縛してくれる。
もちろんただのワイヤーであるがゆえにそんなものは簡単にほどかれてしまうだろうが、ほんのワンアクションでも相手の行動を遅らせることができるのならやる価値はある行動なのだ。
ただ文の場合はそういったことが目的ではなくあくまで相手の邪魔が目的。視覚的にも実用的にもしっかりと張り巡らされたワイヤーであることが好ましい。
そんな状態にするには何かしらの仕掛けが必要だろうと文は頭を悩ませていた。
ワイヤーを適切な張力で展開するには、支持物の距離が正確に割り出されていなければならない。状況に応じて正確な位置情報を把握して正確にワイヤーの長さを決め、同時に強い力をもってワイヤーを張らなければいけない。
単純だがどのようにすればいいのか、考えをまとめている段階ではあまり良い意見は出てこなさそうだった。
「いっそのことさ、文も蓄積の魔術覚えるか?そうするとワイヤーも比較的早く張れるぞ?張力に関してはちょっと保証できないけど」
「んー・・・どうしたもんかしら・・・でも確かに打ち込み式のほうが楽に壁とかに取り付けられるのよね・・・いちいち巻き付けて結ぶのは面倒だし・・・」
康太が使う蓄積の魔術を使えば一気に物体を急加速させることなど容易だ。それを利用してワイヤーを特定の位置に取り付けることは簡単にできるだろう。蓄積の魔術の習得はさておいて、似たような状況を作り出せる魔術を思い浮かべながら文はいくつか考えをまとめていった。
「打ち込むのはいい考えだけど・・・張力をどうしようかしら・・・そんなに簡単には・・・」
そんなことを言いながら文は康太が持っているワイヤーのロールを見て目を細める。
康太は手持ち無沙汰なのかワイヤーロールを回して文のほうを見ていた。
それを見て文は何かを思いつく。うまくいくかどうかはわからないがやってみるだけの価値はありそうだった。
「ちょっと待ってて、いくつか思いついた・・・えっと・・・これとこれと・・・康太、ちょっと鉄球付きのワイヤー貸して。実験するから」
「あぁ、何個いる?」
「一つでいいわ。適当な長さのでいい。あんまり長すぎると邪魔だから五メートルくらいの奴お願い」
「そんな短いのあったかな・・・ちょっと待ってろ」
大体使うときはある程度距離を離した相手に対して使っている康太の鉄球だが、五メートルという短い長さではほぼ何もできないに等しい。巻き付けるのではなく打ち込むのであればそれでも問題ないだろうが、いったい何をするつもりなのだろうかと康太は疑問符を飛ばしていた。
「さて・・・それじゃ始めますか」
康太から借りた鉄球のワイヤーをロールに取り付けると、文はそれを近くの魔術練習用にあるいくつか並んで存在する木の板に投げつけた。
次の瞬間、鉄球同士が同時に勢いよく射出され、ロールからワイヤーを乱れさせながら木の板に鉄球を軽くめり込ませていく。
康太の蓄積の魔術には及ばない威力だが、木の板に浅くではあるがめり込む程度の威力はあるようだった。
もっともこれが石や鉄の壁だったらどうなっているかはわからない。彼女もそのあたりは理解しているのだろう。だがやりようはあるらしく満足しているようだった。
ワイヤー自体の射出は問題なくできていたが、ワイヤーが長すぎるのか、壁に直撃したあとワイヤーは緩んでしまっている。
ワイヤーとロール自体を穴かくぼみを使って固定しているらしく、完全にロールの巻き取り部分がなくなってもロールが落ちることはなかった。
これほど撓んでしまっては文の想像していたような効果は望めないだろう。
「へぇ・・・お前こんな魔術覚えてたんだな」
「さっき覚えたのよ。雷属性で磁力に関係する魔術・・・まだ使い方が甘いけど何とか発動はできたわ・・・」
磁力に関係している魔術。つまりあの鉄球は康太の使う蓄積の魔術のように物理的なエネルギーの開放によって弾き飛ばされたのではなく、磁力を用いた斥力によって弾き飛ばされたということだろう。
といってもどれくらいの強さではじき出されたのかはわからない。壁にめり込むということはそれなりの速さで直進したのだろうが、文がどれほどの魔力を使用してその魔術を発動したのかは一切不明である。
「まずは上々・・・さて、次はっと」
文が再び集中すると、今度は先ほどまでワイヤーをまとめていたロール部分がゆっくりと回転してワイヤーを巻き取っていく。先ほどまで緩んでいたワイヤー本当にゆっくりとだが確実に張力を強めていくのが見て取れた。
「おぉ・・・こんな使い方が」
「これだと中心にあるロールのせいでワイヤーがあるって結構バレバレになっちゃうけど、少なくとも張り出しとしては問題なさそうね・・・」
ワイヤーロールを回転させることで余ったワイヤーを再度巻き取り、ワイヤーそのものに張力を持たせる。仕組み自体は単純だが、比較的簡単にワイヤーのトラップを仕掛けることができている。
なにかの魔術を発動し続けているらしく、ワイヤーは張力を保ったままだ。巻き取った後の固定の方法は一考しなければいけないだろうが現段階でも罠として機能はしている。
これはこれで有用なのではないかと思える仕掛けだった。
「今のも雷属性の魔術か?」
「いや今のは無属性よ。球体や円状のものを回転させるだけの魔術。限定された条件だけどそれなりに使える魔術ね」
これもさっき覚えたのよと言いながら文は笑っている。
試しに一回使ってみて、両方とも高い威力と精度とは言えないが、それでもワイヤーの使い方に関する可能性はしっかりと確認できる結果である。
もっと練度が高まれば射出される物体の速度はさらに早く、ワイヤーロールの巻き取りはさらに早く強くなるだろう。そうなれば文のワイヤートラップはほぼ完成に近いということになる。
一つのワイヤーのセットに二つの魔術を使うことになるうえに、事前準備もかなり時間がかかるだろうが、康太の蓄積の魔術の炸裂鉄球に比べれば微々たる時間だ。数メートル程度のワイヤーの長さであればそこまでワイヤーロールも大きさはいらないため所有数も多くできるだろう。
「あとは鉄球部分を杭とか刺さりにくくて抜けにくいものにすれば尚よさそうね。それにロール部分に方陣術を仕込めば・・・うん、うまくできそうな予感がする」
「さっきまで悩んでいたのにもう解決法見出すとか・・・やっぱ天才はすごいな」
「ふふ・・・そういってくれるのは嬉しいけどまだまだ課題が山積みよ?そもそもこの二つの魔術をしっかりと覚えなきゃいけないんだから。それから方陣術にして、ついでに他の術式も入れたりして・・・」
先ほどまでどうしようかと悩んでいた内容をあっさりと解決してすでに次の改良方法を模索している文を見て康太は複雑な表情を浮かべてしまう。
やはり文は魔術に関して頭の作りが違うのだろう。必要な魔術の選定に加え魔術の応用やその適応方法などとにかく正しく魔術を使うことに長けているようだった。
あまり正しい使い方ができているとはいいがたい康太としてはなかなかに複雑な心境である。
「弟子が優秀すぎるというのも考え物だな・・・私が教えることがほとんどない・・・なんとももどかしいものだ」
「あぁ・・・やっぱり弟子が優秀すぎると師匠としてはさみしいんですか?」
「そりゃそうさ。師匠としては弟子が苦労しているところを導いてやりたいところなんだから。だが君がいると文は頭の回転がだいぶ早くなるようだね。私の出番がなくなってしまうよ」
春奈はそう言って苦笑している。
自分の弟子が優秀だというのは前々から知っていたし、おそらく自分が何も言わなくても、そして康太がいなくても彼女ならば答えにたどり着いただろうが康太がいることによって彼女の思考能力が上がっているように思えてならなかったのだ。
「俺がいるとっていうのは多分買いかぶりすぎですよ。俺なんてたいてい的外れなこと言ってるんですから」
「そうでもない。君はしっかりと文の助けになっているよ。いつも感謝しているんだ。私が君にできることがほとんどないのがもどかしいほどにね」
自分はいつの間にかここまで信頼されていたのだなと康太は少し照れ臭くなりながら苦笑してしまう。
文がいろいろと考えを巡らせている間に、康太も自分で何か新しい攻撃ができないかと彼女の一挙一動を観察していた。
武器というのは多種多様だ。それこそ近接武器から遠距離武器、中には種類が同じでもその効果が全く異なるものまで存在する。
康太は主に近接武器の槍を得意として使っているが、武器や道具を使うのなら別に近接武器というくくりにこだわる必要はないのだ。
例えば中距離をメインにした武器などを考えてもいい。相手との距離を取ったまま使える武器などを用いれば康太の戦闘能力は確実に向上するだろう。
もっとも近接戦闘よりも中距離戦闘のほうに特化してしまう形になる。最低限の近接戦での防御さえ学べばあとはどうとでもなるという考えだ。
実際多少防御を学べばあとは相手を近づけさせないようにすればかなり優位に戦いを進めることができるだろう。
文はさっそく自分の考えている武器の内容をまとめ始めていた。明らかに近接専用ではないそれらを見て、康太は眉をひそめながら文に話しかける。
「大丈夫かよ・・・これ明らかに遠距離用の武器じゃないか」
「いいのよ、これの目的はあくまで妨害なんだから。康太だって基本的に槍だけで倒そうとは思ってないでしょ?」
「そりゃそうだけどさ・・・」
武器はあくまで補助的に使うもの。これが康太たちが戦士だったのなら話は別かもしれないが生憎康太たちは魔術師だ。
魔術を行使するもの、それが魔術師だ。相手に対するアプローチも攻撃も主に魔術を使ったものになる。それは間違いない。
だからこそ武器が主力なのではなく、主力の魔術を活かすために武器を使うのだ。康太の場合であればそれは槍で、文の場合はそれが今紙に描かれている武器なのだ。
しかも一種類ではなくいくつか種類を作るようだ。その中には康太の使う武器の中から発想を得たものもあるようで、康太からすればうれしい反面複雑でもあった。
「文さんや、多少攻撃的すぎない?明らかに殺す気満々じゃんこれ」
「何言ってるのよ。この程度の攻撃ほとんどの魔術師が防いだり回避したりするっての。この前のあんたのあれだって一応防御はされてたでしょ?」
康太が攻撃的な道具をいくら持っていても、ある程度実力を持った魔術師であればたいてい防いでしまうのが現状だ。
康太の場合相手にどのように攻撃し、防御しにくい状況を作るかが肝になっているといってもいい。
それを文は正しく理解している。だからこそこの武器で相手を仕留めようなどとは全く考えていなかった。
重要なのはいかに相手の意識を逸らせるかだ。それができるかどうかでこれから先戦いの質が変化していくといっていいだろう。
「これだけ作って使えるのは多分二つか三つくらいでしょうね。とにかく案を出さないと何もできないもの。やるだけやってみるものよ」
「あぁ、文がどんどん戦いに染まってしまった・・・責任を感じるわ・・・」
「思ってもないことを・・・ていうかあんたの攻撃のほうがずっと危険なんだからそのあたりもう少し理解しなさいよね」
康太の攻撃というか主に康太が扱う蓄積の魔術が攻撃的すぎるのだ。あらかじめ準備できるタイプの魔術であるがゆえに日々まじめに修業をしており武器や道具の手入れも欠かさないような生真面目な人間にとって装備を作るなど朝飯前よりさらに早かった。
単純に物理エネルギーを蓄積するとは言ったが、康太は一度試しにどれほど物理エネルギーがためることができるのか実験をしてみたことがある。
普段炸裂鉄球などで使う攻撃は基本的にハンマーで叩いてエネルギーを蓄積しているのだが、その叩く回数や力は一定だ。
そこで一発だけ、康太は全く持って何の制限もしていない、徹底した蓄積実験を確実に進めていたのだ。
そしてその結果、時間と制御さえ可能ならどれだけでも物理エネルギーの蓄積が可能であることが判明する。
それは単純に鉄球への加速へと還元されるのだが、何度も何度も加えられた衝撃が一撃に集約されるため、鉄球は鉄球の形をせずまっすぐに飛ぶこともなく、うまく狙いを定められない状態になってしまっていた。
ゼロ距離で放てばまだ違うのだろうが、それをやれば当然威力が高すぎて殺してしまう可能性が高い。
この歳で人を殺すというのはさすがの康太もハードルが高い、そのくらいは本人が一番よく理解していた。
「俺は高い攻撃力をあえて使って相手をひるませるのが目的だからな。あわよくばそのまま倒せるし」
「確かにそれもそうだけど一歩間違えたらっていうのがあるじゃない。それに比べたら私のなんてかわいいものよ」
「その攻撃だけにとどまらないのがお前のすごさだよ・・・そのあとに何度も追い打ちがかかりそうだ」
康太が単純な攻撃力で相手を威圧するのに対して文はその道具を使った連鎖的な攻撃の誘発を狙っての相手の行動の封殺を目的としている。
まだまだ考えなければいけないことは多く、何より彼女自身具体的なイメージがわいていないのが現状ではあるが彼女が目指す姿に少しずつ近づいているのはきっと間違いではないだろう。
その武器が出来上がるまでのお楽しみというわけだ。特に文はその武器が早く完成しないかと今か今かと待ち望んでいた。
康太が新しい魔術を、文が新しい武器の扱いを学び始めて数日、康太は日常的なにおいから非日常的なにおいまでいろいろなものを覚えつつあった。
もちろんまだ嗅覚強化の魔術をものにしたわけではない。誰がどのようなにおいを持っているのか、何がどのようなにおいをしているのか、それを知りつつあったのだ。
そのおかげか、嗅覚強化の魔術を使って対象のにおいを追うことで疑似的な追跡もできるようになりつつあった。
むろんまだまだ成功確率はかなり低い。今は部活内で紛失した備品を倉庫内で捜索するために使っていた。
索敵の魔術を使えば倉庫内の状況を知ることはできる。だがまだ練度が低いために細かいものを正確に認識するのには不慣れだ。
そこで同じ備品のにおいをかいでそのにおいを覚えて同様の道具がそこにあるかなどを調べることにしたのだ。
まさに警察犬のそれに近いが、ものによってにおいがとにかく違うためになかなか苦戦していた。
人のにおいなどは特徴があるために覚えやすいのだが、道具のにおいというのは使っている人間のにおいも付着するためにどうにも探しにくい。
これが匂いを放つものならば比較的わかりやすい。
食べ物や飲み物、あるいは特定の薬品など、ある程度自身が持つにおいを放つタイプの物体は康太は探しやすいと思っていた。
嗅覚強化の魔術を発動した状態で保健室や理科準備室に入ると情報量の多さに頭が痛くなりそうだったが、薬品のにおいは覚えておいて損はない。刺激臭がする薬品に関してはかなりつらかったがこれから康太の周囲で使われる可能性がないとも限らないのだ。
とある日の昼休み。嗅覚強化の魔術の強弱をある程度コントロールできるようになったため、なるべく低い出力で日常的に嗅覚強化の魔術を使っていると康太の鼻はそのにおいをかぎ取っていた。
「あ、康太。ちょうどよかったわ。ちょっといい?」
それは文だった。そしてその隣にはもう一人女子生徒がいる。今まで見たことがない女の子だ。
いったい誰だろうかと思いながら首をかしげているとその女子は大丈夫なの?と不安そうな表情をしていた。
「平気よ、こいつは信用できるから。ちょっと手を貸してほしいのよね」
「なんだ?力仕事かなんかか?」
文が康太に力を借りようとするのは珍しい。それが魔術師としてならともかくこうして学校で頼むというのはなおさら珍しい。
何か備品でも運ぶのを手伝ってほしいのかと思ったが、どうやらそういうことでもないらしい。なぜなら文の隣にいる女子生徒が何やら不安そうな表情をしているからだ。
普通ただ荷物を運ぶだけの人間がこんな表情はしないだろう。
何かしらの事情があることを察した康太はとりあえず話を聞くことにした。とはいえ人目のある場所では話しにくいだろう。今は場所を移したほうがよさそうだった。
「とりあえず場所変えようぜ。ここじゃいろいろ目立つし。そのほうがいいだろ?」
「あら気が利くわね。んじゃ行きましょうか」
こちらが、というよりこの女子生徒が話しにくい内容の頼みごとをしようとしているのを察したことを驚いているのか、文は一瞬目を丸くした後笑みを浮かべて人気のない場所に二人を誘導することにした。
今は昼休み、人が動く場所はたいてい限られている。そこで文は索敵で人がいない場所を確認してから結界を張って人をさらに近づけにくくした。
もちろん一緒に来ている女子生徒はそんなことは気づけない。魔術師である康太も理屈を説明してもらっていなかったら文が何をしたのか理解できないほどなのだ。
「それで?どうかしたのか?」
とりあえず話してもらわなければどうしようもない。康太は腕を組んで文ともう一人の女子生徒のほうを見比べる。
少なくとも文は何か用件があるようには見えなかった。どちらかというとこの女子生徒が自分に用があるのだろう。
しかもそれは康太でなければできないということではない。ただ単に文が康太を信用できると判断したから康太に話が回ってきたというだけだ。
何かしらの厄介ごとのにおいがするなと思いながら康太は目を細めていた。
「えっと・・・大まかに事情を説明するわね。早い話、私物がいつの間にかなくなったのよ。この子のね」
「・・・それは落とし物とかじゃなくて、誰かに盗まれたとかそういう話か?」
「その可能性も否定はできないわ。ロッカーの中に入れておいたものがなくなった・・・これだけだと判断しかねるけど・・・ちょっと事情が事情でね」
「・・・最悪いじめとかの可能性も出てくるわけだけど・・・先生にそのことは?」
「まだ話してないわ。いたずらに話が広がるのは避けたほうがいいと思ってね」
私物がなくなる。これだけを見ると本人が単純になくした、あるいは置き場所を変えたことを忘れた、誰かに盗まれた、誰かが自分のものと間違えて持って行ったなどなど可能性はいくつもある。
物によっては気にするようなことでもないが、目の前にいる女子生徒の態度からしてどうでもいいものがなくなったという感じではないようだった。
こういうのはまず教師に相談するのがセオリーだが、教師は良くも悪くもある程度の対応しかしてくれない。誰々の物がなくなったからみんなで探してくれなどクラス全体に布告する可能性もある。
文はそれを避けるために康太にまず相談したようだった。
「それで?いったい何がなくなったんだ?」
康太の問いに文は一瞬女子生徒の顔色を窺う。文に様子をうかがわれたことで彼女は話しても大丈夫であるかを確認しているということに気付いたのか小さく頷いた。
「えっとね・・・とりあえず紹介しておくわ。この子は伏見洋子、私のクラスメートなんだけど・・・ちょっと言いにくいものが盗まれてね・・・」
伏見洋子と紹介された少女は視線を落としたまま動こうとしない。もとより自分のものが盗まれたのだから上機嫌になるほうがおかしな話だ。こういう反応をするのも無理のない話だ。
「言いにくいってことは結構深刻か・・・でも深刻ならなおさら先生には話したほうがいいと思うぞ?それが一回だけなのか慢性的なのかは知らないけどさ」
「それが言えれば苦労はしないわよ・・・っていうかこの子私が気づかなかったらたぶん話そうともしなかったわよ?内気なのは知ってたけど自分だけで何とかしようとしてたみたいで・・・」
「・・・文の世話焼きが発動したってわけか。普段世話になってるだけになんとも言い難いなこりゃ」
文は普段からしてなかなかに面倒見がいい。康太のような未熟な魔術師にでも懇切丁寧に魔術の常識や技術を教えてくれたり、実戦訓練の相手になってくれたり、小さなことでも反応を返してくれたりと彼女がいて助かったことは多々ある。
そんな彼女が彼女らしく誰かに対しておせっかいをしているというのは面倒でもあり、同時に納得できてしまっていた。
文なら仕方がない、そう思えてならないのだ。
「私も多少のことだったら見て見ぬふりでもしたかもしれないけどね・・・でもこればっかりは見過ごせないのよ」
文は魔術師である。康太もそうだが基本的に善人とはいいがたく、ただ単に面倒見がいいだけの女子高生だ。
自分に関わりのないことであれば無視だってするし見ないふりだってする。誰だって自分から面倒ごとに関わりたいとは思わないのだ。それは文だって同じだ。
だが今回に限っては文は見て見ぬふりをするつもりはないらしい。
「お前がそこまで言うってことは結構なものがなくなったってことだな・・・それで?結局何がなくなったんだよ」
先ほどの問いを繰り返す。何がなくなったのかによっては確かに深刻な問題に発展するだろう。
それが金銭の類であれば最悪退学などの処置を下さなければならないほどだ。客観的に見ても私物を盗むというのは窃盗と同じ。思春期における私物の窃盗というのはいろいろな意味で性質が悪い。
「・・・この子の格好見て何か気づかない?特に下半身」
「恰好・・・?普通の制服姿だけど・・・ん・・・?」
康太は伏見洋子の全身を隅から隅まで眺めてみる。少し癖があるセミロングの髪、運動などはしていないのか華奢な体に白い肌。眼鏡をかけておりその視線は先ほどから康太を見たり地面のほうを見たりと忙しい。
制服は文が着ているのと同じものだ。特に変わったところはない。いたって健康的な足のように見える。
「・・・普通の足だけど?」
「・・・あぁそっか・・・そうよね・・・この子今日の朝はストッキングはいてたのよ」
「・・・あー・・・なるほどそういうことか・・・うん、事情は把握した・・・また何とも奇妙なもんを・・・」
「しかも割と頻繁にやられてるらしいのよ・・・」
「いやまぁ確かに女の身としては気持ち悪いわな・・・ていうかなんでわざわざストッキングをチョイスしたんだか・・・」
そう、伏見洋子が盗まれているというのは普段つけているストッキングだった。彼女は今内履きをはだしの状態で履いているのである。
まだ下着などを盗むというのであれば何となくではあるが理解できた康太だがストッキングとなると理由が思い浮かばなかった。
思い浮かばなかったが普段ニュースやらを見ていればある程度の察しはつく。そういったものに性的な興奮を覚えてしまう男がやったと考えるのが自然な流れだろう。
熟考する必要も推理をする必要もなく、相手は男であることは断定。問題はどのようにして犯人を捜すかということである。
「話は理解した。それで俺に何を手伝ってほしいんだよ?犯人探しだけならお前だけでも十分だろ?」
文の魔術があればそれこそ探し物には困らないだろう。犯人の特定ならなおさらだ。特定の人物のものがかなりの頻度でなくなっているというのならそれこそ監視用の魔術でも配置すればいいだけの話である。
ここで康太に手を借りるというのが疑問だった。
「何言ってんのよ、もし犯人が逆上した時に私たちか弱い乙女じゃ止められないでしょ?あんたが頑張って止めてくれるのを期待してるのよ」
「・・・か弱い・・・?」
「何か言ったかしら?」
「・・・イエナンデモアリマセン」
大の大人と戦っても問題なく勝つことができるだろう実力を有している女の子を果たしてか弱いといっていいものかどうかは疑問が残るところだ。
少なくとも康太は文のほうが強いと思っている。か弱いという言葉は彼女には合わないということも理解している。
だがだからこそ彼女にすごまれては何も言い返すことができないのだ。彼女がか弱いといったのならそれはその通りなのだ。
彼女が白と言ったら黒いものでも白くなる。それが康太と文の間における信頼関係なのである。果たしてそれを信頼と呼んでいいのかは微妙なところだが。
日曜日、そして誤字報告を25件分受けたので七回分投稿
誤字報告多かったなぁ・・・ちょっと頑張ってチェックせねば
これからもお楽しみいただければ幸いです




