状況と対策
その日の活動は終わり、康太は師匠である小百合や奏への報告を終えると魔術協会に足を運びフェン・トゥーカという魔術師について調べ始めていた。
魔術師として登録されている以上調べること自体は容易にできた。いや、容易にできたのもその魔術師の立場を考えれば当然というものだった。
ただの魔術師だったのならば調べることはできても、それは名前やいつ魔術師になったか、登録されたかくらいでそれ以上調べるのは難しかっただろう。だがその人物に関していえばそれは当てはまらなかった。
フェン・トゥーカ。その魔術師は副本部長の腹心の部下、というより秘書に近い立場で常に行動しているらしい。
副本部長ダレイボールド、そしてその部下フェン・トゥーカ。この関係を見れば誰が今回の件を持ってきたのかは一目瞭然だろう。
ダレイボールドはアリスの一件の際に康太の持つDの慟哭を直接その身で体感している。
どの程度の出力があってどのような効果を持っているのかを正確に把握している人物の一人だ。
こうなってくると話は早い。どちらかでいうと悪い意味でなのだが。
これが適当なグループや派閥に属しているものが仕掛けたことなら直接出向いて適当に相手をして『手が出しにくい相手である』と認識させるだけで十分だった。
それだけのことはやるつもりだったしできるつもりだった。実力で勝つことはできないとしても搦め手などを使えば不可能ではなかったのだ。
だが相手の勢力がかなり大きい。副本部長であるダレイボールドの派閥は本部長のそれとほぼ同等。擁する人員もその実力もけた違いだろう。
こうなってくると話が面倒になってくる。情報の出所をたたかなければ意味がないとはいえ、フェン・トゥーカをたたくだけでは意味がない可能性があるのだ。
副本部長がそれを指示したのかもしれないし、本部長の派閥の中にいる誰かがそれをやったのかもしれない。
あくまで実行犯がフェン・トゥーカというだけなのだ。仮に情報源本人を倒しても第二第三の情報漏洩が発生しないとも限らない。
何より副本部長の派閥を敵に回すというのは康太としても避けたかった。康太が何か行動すれば当然だが相手は康太を敵とみなすだろう。
直接的に乗り込めば完全に、搦め手を使っても確実に立場は決定してしまう。
それに相手の行動に対してこちらが対応するというのは、それだけ相手の手が有効であるということを認めてしまうことにもなる。
今回するべきだったのは情報源の特定と相手の目的を把握することだ。副本部長勢力が一体どのような意味を持って今回の行動をとってきたのかはいまだ不明だが、情報源とそれを行ってきた派閥は把握できた。
となれば次にするべき行動の選択肢は二つ。一つは直接副本部長のところに乗り込んだりほかの勢力の人間に歩み寄って副本部長勢力をつぶすことだ。
小百合なら間違いなく選びそうな選択肢であるために可能ならこの方法はとりたくはなかった。
もう一つは一度この事件を無視することである。
仮にDの慟哭を有していることを知られたとしても、はっきり言ってそれを吹聴されても康太にとっての面倒ごとが多少増えるくらいでほとんどといっていいほど効果はないに等しいのである。
封印指定百七十二号を宿しているという情報が周囲の魔術師に知られるうえでの大まかな反応としては二通り、いや三通りあるといえる。
一つは忌避。ただでさえ面倒な魔術を宿しているうえにデブリス・クラリスの弟子ということも相まって近づきたいと思うような魔術師はごくごく少数だろう。
少なくとも康太だったら間違いなく近づかない。
二つ目は歩み寄り。本部でさえ手を焼いた魔術を身に宿しているということもあり、仲間にして研究やあわよくば自分のものにできればかなり強力な武器になる。今回相手にしたブギー・ホッパーとその一団がこの考えだといえるだろう。
そして三つめはいたってシンプル、敵対。数百年間猛威をふるい続け、一般人に対しても被害を出した魔術なのだ。魔術師の中にはこの魔術を今すぐにでも消去するべきであるという考えのものがいるだろう。
康太の状況を把握してたいていの魔術師がこの三つのパターンのどれかに当てはまると思われる。二つ目と三つめが面倒だと思われるかもしれないが、現状師匠経由で敵が発生し続けている状態では康太にとって強いストレスを感じるほどのことではない。
面倒なことには変わりないし、康太のやるべきことが増えてしまうのも事実だ。何より多くのものにデビットの存在を知られるというのがそもそも気に食わない。
デビットの残滓は今自分の中にいるが、これがどんな行動をとるのか康太にも予想ができない状態なのだ。むやみやたらに刺激するのは康太としても避けたい。
仮に敵が増え康太が殺された場合デビットの残滓がどのような行動に出るかはわからない。また今までのような猛威を振るう生活に戻るのか、それとも誰か別の人間の体に宿るのか、そのあたりは完全に未知数なのだ。
上層部の考えとしてはそれぞれの意見が分かれており、それぞれの思惑のものがそれぞれをけん制しあっている状態だった。
だが先日のアリスの一件によってまたその思惑に変化が生じたのだろう。その変化の節目に行動したのがフェン・トゥーカを含めた副本部長勢力というわけだ。
現状維持を主張する者のほうが多かった先日までの状況と異なり、アリスまで加わった今康太に積極的にアタックを仕掛けるべきだろうと考えるものが生まれたということである。
もっともその目的がわからないため、康太は今このアクションには反応を返さずに無視するのが得策であると考えたのだ。




